第七話*友達の定義
「なんか…あっという間に夜になったね…」
「あんたがずっとはしゃぎまくってたからね」
「ぅ……」
クローネは図星を突かれ、何とも言えないような表情をする。
「まぁ…とりあえず寝泊まりしなきゃなんだけど…」
シェリルはクローネの表情を見て、溜め息をついた。
なんとなく次の言葉が予想できたのである。
「…うん、なんか察してくれたみたいだけど、ボクはここを買ったばかりだから…家がないんだ」
「うん、なんとなく察しはついてたけど、つまりは野宿ってことだろ」
「う、うん…」
クローネの弱々しい返事に、シェリルは肩をすくめた。
「まぁ、仕方がないだろ。ないものをすぐねだるほど僕はバカじゃないし」
「うぅ…本当にごめんね!」
「別に」
プイッと顔を背けるシェリルを見て、クローネはにっこりと笑った。
どうやら許していただけたようだ。
シェリルが顔を背け「別に」等の言葉を台詞を言った場合は、ほとんど照れ隠しなのであると、クローネは理解しているのである。
「アハハ」
「…なんで笑うんだよ?」
「ううん、なんでもない!!」
「?」
意味が分からないといったように首を傾げるシェリル。
「あ、そうだ!毛布ならある!」
「二枚?」
「…一枚デス」
「だと思った」
「で、でもないよりはいいと思うんだよ!野宿なんだし!」
「………」
「シェリル?やっぱり…野宿、嫌だった?」
「…いや、そこまでじゃない。それに、知り合いに言われたことがある」
「な、なに?」
「…『人生は遊び心やC調が大切!』なんだって」
「…C調ってなに?」
「音楽では、ハ調を指す。 ハ調の音階は明るく調子のよいことから、軽薄で、調子のよいこと、っていう意味」
「…それ、今関係あるかな?」
「いや、楽観視してたら乗り越えられるんじゃないかなって思った」
「いや今の状況楽観視で乗り越えられる程度のレベルじゃないからね!?」
「いや、意外といけるかも…?」
「いや無理だよ!?」
「冗談だよ」
「冗談だったの!?」
クローネのツッコミにシェリルは肩をすくめる。
「怒鳴るなよ。僕だってあいつみたいな面倒で胡散臭い奴の意見に賛同したりなんかしたくないから」
さりげなく「あいつ」と呼ばれたシェリルの知り合いが貶されている気がしたクローネであった。
「そ、それよりさ、ベッドの代わりになる藁とか探しに行かない?ここは荒れ地だからきっとたくさんあると思う!」
「…いいけどさ。僕は僕一人で探すから」
「よかった!じゃあさっそく探しに行こうよ!」
「元気だね…無駄なくらい」
意気込むクローネを尻目に、シェリルは遠い目でボソッと一言。
「…藁細工でも作ろうかな」
「え!?」
「藁、いっぱい集まったね!!」
「……」
藁を集めたクローネは、藁の中でくるまりながら満足そうに笑う。
同じく藁の中でくるまっているシェリルは、無表情のままであるが。
「さて、と…ねぇ、シェリル」
「なに?」
「毛布、二人で使ったらどうかな?一緒に寝ることになるけどさ」
「なんで?」
「いや、何でと言われても…」
シェリルは手を組み、首を傾げる。
「別に僕はいいよ。あんた一人で使いな」
「だ、だめだよ!」
「だからなんでさ?」
「シェリル風邪ひいちゃうよ!?」
「そんなに簡単に風邪ひいてたまるか」
シェリルは断り続けているが、クローネも引き下がろうとしない。
「だめだよ!もしも風邪ひいちゃったら大変だよ!」
「いいから」
シェリルは起き上がると毛布を無理やりクローネから奪い、クローネに無造作にかける。というより、投げつける。
そして、また藁の中へと戻っていく。
「でも…シェリル、寒くない?」
「僕平気だし」
「本当に…?」
シェリルはクローネの疑わしそうな視線に溜め息をつく。
「…僕が人間の時にいた世界…【ルルーシュア】っていうんだけど…そこに、アルディアシティっていう場所がある。雪の降る街で、シティって言ってるけどすっごく人口は少ない。下手したら村って言った方がいいんじゃないってくらい人口が少ない。そんな街」
「…?」
何故いきなりこんな話を始めるのかクローネはよくわからず首を傾げていたが、それでも知らない世界の話を聞いているうちに、どんどん話に引き込まれていった。
「晴れることなんてまずほとんどなくて、一年中雪ばっかり降ってるんだ。もちろん気温は【ルルーシュア】で一番低い。僕はそこに住んでいた」
「へぇ〜!!」
「だから寒さには強いし、めったなことじゃ寒いとは思わないんだ。それに、この程度の寒さ、アルディアシティの平均気温より余裕で暖かいくらいだ」
「そうなんだ…(っていうかこれで暖かいくらいなの!?)」
「だから、僕は別に毛布なんてなくてもいいよ。正直他人と一緒に寝るだなんて死んでも御免だ」
話を終えて、シェリルはあることに気がついた。
「ねぇ。この世界は、なんて言うの?【ルルーシュア】じゃないだろ?」
「え?うん。この世界は【シェーレ】っていうんだよ」
「【シェーレ】…ねぇ(…どこかで聞いたような…?)」
いや、異世界の名など僕が知っているはずもないか、と溜め息をつく。
「…うん。それだけ」
「そっか」
しばらくの沈黙の後、口を開いたのはクローネだった。
「シェリル…あのね、お願いがあるんだけど」
「なに」
「ボクと…友達になってくれないかな?」
「…は?」
シェリルは上半身をお越し、クローネと視線を合わせる。
クローネの言葉と瞳からは嘘偽りは感じなかった。
「…誰が、誰と、友達なんてものになりたいって?」
「ボクがシェリルと友達になりたいって言った」
「…なんで?」
「え?理由なんているの?」
「……」
クローネの言葉に唖然とした表情を見せるシェリル。表情に、「何言ってんだコイツ」という思いがありありと浮かんでいる。
「…シェリル?」
「………」
「ボクと友達になるの…嫌?」
シュンとした表情のクローネと、未だに解せないといったような表情のシェリル。
「……なんで僕なの?他にもいるだろ、友達になれそうな奴なんて。それに、あんたなら友達多そうだけど」
クローネが一瞬だけさびしそうな表情を見せたのをシェリルは見逃さなかった。
「…ボク、友達いないんだ」
「…?」
「正直、友達のつくり方とか、どうしたら友達になれるのかとかわからないんだ。だから、今まで友達もいなかった。だから、仲間のシェリルと友達になりたいんだ」
「……」
「シェリルは、いた?友達」
「…知らない。一緒にいた奴はいたけど…友達なのかどうかはわからない」
「……」
「何をもってして友達なのか…どれだけの関係があれば仲間と言えるのか…僕は知らない。ルトアも…ヒューシャも…僕の友達なのか、そして僕のことを友達と思っていたのか…そんなの知らない。興味もなかった。変な奴だとは思ったけど」
「……」
聞き覚えのない名前にクローネは、その人達がシェリルと一緒にいた人達なんだな、と思いながら話を聞き続ける。
「ただ、一緒にいた。それだけで、友達と言えるのか?仲が良かったのかなんてわからないし、どれだけの関係性で仲が良かったかと言えるのかわからないけど」
「それは、友達だと思う。一緒にいれる、それだけで十分信頼できるってことだと思う」
「…ふーん」
解せないといったような表情を崩さないシェリル。
「信頼…ねぇ」
「うん。信頼できる人やポケモンは皆友達だと思う」
「じゃあいない」
「え?」
突如発せられたシェリルの言葉にきょとんとするクローネ。しかしシェリルの目を見て、深く追求するような言葉は出てこなかった。
シェリルの目に浮かぶ、はっきりとした拒絶の光。他人全てを否定するような、そんな目に、クローネは口を噤む。
「僕は信頼してる奴なんていない。信頼した分だけ裏切られる。だから僕は誰も信頼なんてしない」
「……」
「信じたって…皆裏切るんだ」
淡々と言葉を述べるシェリルは、しかしどこか表情が陰っているように見えた。それを見て、クローネは複雑な表情となる。
しかし、次の瞬間にはもう笑顔に戻っていた。
「うん!やっぱりボクシェリルと友達になりたい!」
「はぁ?」
「シェリルに友達って、信頼っていいなって思ってもらえるように!ボク頑張るからさ!だから、ボクと友達になって!お願い!」
シェリルは押し黙り、しばらくの沈黙が続く。
「…嫌だ」
「え!?」
「…僕には関係ないし興味ないから」
「うーん…じゃあ、シェリルはボクの最初の友達になる予定ってことにしようよ!シェリルにとってはボクはまだ友達じゃなくていいよ。でも、ボクにとってはシェリルが最初の友達だから!シェリルがボクのことを信頼してもいいって思った頃にボクのこと友達って認識してくれればいいから!」
「…つまり、僕はあんたで友達の定義をはかれ、と?」
「うーんと…?ボク、難しいことはよくわからないけど、多分そう!」
「…あっそ」
興味なさげに吐き捨てるシェリル。強がりでも何でもなく、ただ、心から思ったことを口にしている。
それでも、シェリルは思いのうちを語る事はまずない。扱いづらい奴である。
「…勝手にすれば。僕が信頼することなんてまずありえないとは思うけど。あと、夜中に騒ぐな」
「はーい」
返事はしたものの、いまだに瞳をキラキラと輝かせるクローネ。
「今日はなんだか夢みたいな日だなぁ…ボク寝れるかな?」
「はぁ…鬱陶しいから早く寝ろ」
「うん!じゃあおやすみ!」
「…………」
少し経つと、寝れるかな?と言っていたクローネからは小さく寝息が聞こえてきた。
シェリルはその音を聞き、ゆっくりと体を起こした。
「ふぅ…寝たね。案外早く」
クローネを顔を覗き込み、寝たことを確認する。
そしていそいそと布団代わりの藁の中へと戻っていく。
「はぁ…友達ねぇ。はっきり言って友達を持つ意味が分からない」
シェリルにとっては自分以外の生き物は自分とは関係のない他人という認識しかない。
「…まぁ、いいや。僕には一生縁のないことだ」
シェリルは空を見上げる。
空には美しく、そして儚く輝く満月が昇っていた。
「…月は、どこでも綺麗なんだね」
そう言ってジッと月を見上げるシェリルの無愛想な表情には、月と同じように儚さが宿っているようにも見える。
ゴソゴソと、どこに隠していたのか首飾りやらピアスやらを取り出し一束の藁の中に隠す。
「ルトアもヒューシャも…多分生きてるよね。まだ一日しか経ってないけど」
ヒューシャだけなら何をやらかすかわからないので家に置いておくのは心配だが、ルトアがいるからおそらくは大丈夫だろうと憶測する。
「…ポケモンの世界…【シェーレ】…まさかね」
一瞬の希望を首を振って頭から追い出す。
「でももしかしたら…見つけられるだろうか」
溜め息をつき、広大で奇怪な話だと肩をすくめる。
「やれやれ…やることが増えちゃったね…」
月を眺めるシェリルの瞳は徐々に閉じられ、やがて寝息は一つから二つへと変わった――