第六話*ポケモンパラダイス
「はぁ…はぁ…や、やった!やっと来れた〜…」
「……」
先ほどのでこぼこ山から全力疾走してきたシェリルとクローネは、やがて三つの道に分かれている分かれ道に着いた。
足の速いシェリルについていくのに精一杯だったクローネは、苦しそうに息切れをしながらも表情は嬉しそうに綻んでいる。
一方のシェリルは息切れなど見せず、腕組みをして怪訝そうな表情でクローネを見ている。息切れが激しい理由が解せないようである。
「シェリルのおかげだよ!本当にありがとう!」
「…別に。礼を言われるほどのことはしてないよ」
(っていうか、勝手に連れてきたのキミだろ)
心の中でひそかにツッコむシェリル。
表面上では、プイッと顔を背けている。
早くもシェリルの性格をつかんだクローネはニコニコと笑顔のままである。
「さぁ、早く行かなくちゃ!手紙には確かこっちだって書いてあった…はず!」
クローネは右の分かれ道を指さす。
「…そう」
「シェリルも行こっ!ねっ!」
「ちょ、引っ張るなよ!?てか、なんで僕まで!?」
シェリルを引っ張りながらクローネは駆け出していく。
それを、左の分かれ道からジッと見つめる者がいたことに、二匹は気が付かなかった――
二匹が進んだ先は、広い荒野が広がっていた。
シェリルたちの前方には水色のポケモンがポツリと佇んでいた。
そのポケモンの前でクローネは立ち止まる。
「よ、よかった…間に合った…」
その声に、水色のポケモン――ヌオーは反応を示す。
「ん〜…ワシはシュロ・サントラーというだぬ。ここら辺の土地を管理している者だぬ」
「…だぬ?(語尾変じゃね?)」
シュロの語尾に疑問そうに首を傾げるシェリル。
一方のクローネは気にしていない。
「もしかしてヌシかぬ?クローネ・メレクディアというのは」
「うん!そうだよ!」
コクリと頷くクローネ。
「おぉ、やっぱり!…では、ヌシは?」
シュロの視線はシェリルへと向けられる。
「………」
ツイッと顔を横に背けるシェリル。人見知りが激しいようだ。
「あ、ごめんなさい!この子はシェリル・ソルテラージャっていうんだ!」
「この子っていうなっ!あと勝手に名前教えんなっ!」
代わりにシェリルの自己紹介をしたクローネに絶妙のタイミングでシェリルがツッコミを入れる。
「シェリルというだぬ?良い名前だぬ」
「あんたも勝手に呼び捨てにするなっ!」
「あ、シュロさん誤解しないで!シェリルは照れてるだけだから!」
「ちーがーうーっ!!」
シェリルは激しくツッコミを入れる。心なしか、息が上がっているようだ。
「にしてもヌシ、珍しいだぬな」
「は?」
「その目のことだぬ」
「…!」
一気に不機嫌な表情へと変わるシェリル。
クローネは首を傾げ、あぁ!と納得したような表情へと変わった。
「綺麗だよね、シェリルの目!綺麗な緋色と深緑!」
「…はぁ!?」
「ふぇっ!?」
シェリルの大声に今度はクローネが仰天する。
「え…あんた、頭大丈夫?」
「なんで!?」
「いや、なんとなく」
「なんかひどい!?」
「…んーっ…(漫才コンビのようだぬ…)」
シュロのことを思い出したシェリルは、なんとも複雑な表情を見せる。
「…まぁ、この目は元からなんだよ(人間のころから変わらないんだよね)」
「ふむぅ…」
シュロはしばらく唸って何かを考えていたようだが、やがて話を切り替えた。
「ともかく、遠路はるばるご苦労様だぬ。んでワシも待ってた甲斐があっただぬ」
うんうんと頷くシュロ。待っていてよかったと言わんばかりだ。
「ここに一匹でずっと、ぼぉ〜っと立ってたんだがぬ…あまりにも暇だったんでもう帰ろうかと思ってたところだぬ」
「ぅ…ご、ごめんなさい。来る途中でいろいろとトラブルがあって…(ボク地図見ないとすぐ迷子になるし…)」
「…まぁ、トラブルっちゃトラブルだったね(てか、クローネの方向音痴って、軽い方だけど探検家としては結構致命的じゃないか?)」
「まぁいいだぬ」
それより、とシュロは尋ねる。
「…本当にいいのかぬ?こんな土地で」
シュロは首を傾げ、後ろを振り向く。
(…こんな土地?)
その言葉に疑問を持ったシェリルもシュロの後ろを見る。
その疑問はすぐに解けた。
(うっわ…荒れ果ててる…酷いな、コレ。手入れも何もしてなかっただろ)
思いっきり顔をしかめるシェリル。
「こんなに荒れてるし、何もないところだぬし…何よりここらは不思議のダンジョン♂サが進んでいて、何が起こるかわからぬ土地だぬよ?」
「……?(不思議のダンジョン化?なんだソレ?)」
心配そうな声を発するシュロ。まぁ、ぬぼーっとした表情に変わりはないが。
一方のシェリルは聞きなれない単語に首を傾げている。
しかし、クローネの決心は固いようだった。
「うん。むしろそれを望んでいるんだ」
そしてゴソゴソとバックをあさる。
「お金も持ってきたよ」
かなりのお金が入っているであろう袋をシュロに手渡す。
「ん〜…後悔しないんだぬ?ん〜じゃほれ、権利書」
シュロはお金と引き換えに書類のようなものをクローネに手渡す。
「今日からこの土地はヌシのものだからぬ。自由に使っていいからぬ」
それだけ言うと、シュロはシェリルたちが来た方へと去っていった。
「なんだったんだ、アイツ…」
何とも言えない表情でシュロの後姿を見送るシェリル。
その隣でフルフルと震えているクローネ。
「なに?どーしたのさ?」
「……や……」
「や?」
次の瞬間クローネはバッと顔を上げ、
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!」
と声を上げた。
その大声にシェリルが顔をしかめたのはまた別の話。
「今日からここが…ボクの楽園だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
「………」
「……あ」
何かを忘れていたことに(隣からくる痛々しい視線によって)気がつき、ハッとなるクローネ。
何かとはもちろん……
「…………」
途轍もなく不機嫌な顔で腕組みをしながらこちらを睨みつけるシェリルである。
「ご、ごめんシェリル!一人で盛り上がっちゃって…」
「うるさいのを直せば許す」
忘れられていたことより、クローネの大声にご立腹の様子であった…
「う…ごめん、気を付けるよ」
「で?」
クローネの謝罪を見事にスルーし、話を促すシェリル。
「あ、うん…ボク、さっきいろんなものを知りたいし、探検家になりたいって言ったよね」
「…あぁ、そういや言ってたね」
「でね!その夢を実現するためのスタートがここなんだ!」
「…?」
キラキラとした瞳で語るクローネ。
なにやら急に熱心に語りだしたクローネにシェリルは少し引き気味だったりするが。
「ボクの夢…それはボク達の楽園、ポケモンパラダイス≠つくること!」
「ポケモンパラダイス…?」
「うん!ここを夢の楽園にするんだよ!!」
いっそうわけのわからないというような表情を浮かべるシェリルに、クローネは説明を始める。
「ここらは、不思議のダンジョン化が進んでいて、何が起こるかわからない土地なんだ。だからそれを嫌がるポケモンも多いんだけど…でも、逆にワクワクするような冒険も起きると思うんだよ!」
「……」
「ここからいろんな冒険をして、仲間も集めて…みんなで力を合わせて暮らせる…そんなみんなで心が躍るような生活ができる、まるで楽園のような場所をつくりたい!それがボクの夢なんだ!!」
「ふうん…(なるほど…やっぱり面白い考え方してるな)」
「そのためにお金を貯めて、今やっと買ったところなんだよ」
「なるほどね。さっきシュロって奴から買い取ったのはこの土地の権利書ってわけだ」
「うん!…まぁ、他はあまりに高すぎて、ここを買うしかなかった、っていうのもあるけど…」
「……そりゃ、土地は高いからね」
「うん。でもいいんだ。ここがボクの夢のスタート地点になるんだ!!」
意気込むクローネをジッと見つめるシェリル。
(面白い夢だね。でもまぁ、夢があるのはいいことなのかもね。聞いてると面白いし、意外な面を知ることもできるし)
まぁ僕にはそんなもの必要ないけど、と心の中で皮肉めいたことを思うシェリル。
「あ、そうだ!シェリルはこれからどうするの?」
「は?」
「どこか行くあてとかあるの?」
「むしろ初めてきた場所に行くあてがあったらすごいと思う」
シェリルの的確なツッコミに思わず苦笑するクローネ。
と、同時にシェリルが途方に暮れているのも感じていた。
シェリルは空から落ちてきた。帰る場所は当然ここにはないわけで、慣れない場所やら風景やら、感動もしてはいたが同時に戸惑いを隠せないようでもあった。
「……(思えばシェリルには今、帰る家もない。多分、シェリルの家族も心配してたりするんだろうなぁ…)」
「……?」
「あ、あのさ!えと…その」
「なに?はっきり言ってくれないと伝わらないんだけど」
「あぅ…えっと…」
はっきりと口に出そうとするが、どうしても口ごもってしまうクローネ。
「……」
だがシェリルにはせっかちな節があるようで、だんだんと不機嫌な表情へと変わっていく。
「…あー…もうっ!!言いたいことがあるならさっさと言えっ!!」
「うぇっ!?ご、ごめん…」
いきなり怒鳴ったシェリルに驚くクローネ。
「…あのね!もしよかったら…ポケモンパラダイス≠つくるの、シェリルも手伝ってくれない?」
「……」
「…?…シェリル?」
「…はぁっ!?」
「反応遅っ!?」
あまりにも驚いたため反応が遅れたようだ。
クローネは少しずつ言葉を詰まらせながらも一言ずつ紡いでいく。
「お願い!!ボク一匹だけじゃとうてい無理だろうし…だからこれから仲間も増やさなくちゃって思ってて…だから、シェリルにも仲間になってもらえないかなぁって…!!」
「……(僕に?仲間になってほしい?何言ってんだ、こいつ…)」
「ど、どうかな!お願い!!」
シェリルは、今この後どうするかということより、自分が誘われたということに驚愕していた。
「何言ってんだ、あんた。頭、打った?」
「いや打ってないよ!?いたって正常だし、さっきのも本気だよ!」
小さく顔を歪めるシェリルの些細な表情に敏感に気付き、クローネはなにか悪いことでも言ってしまったかと内心焦る。
「シェリルが嫌なら無理にとは言わないよ。でも、ボクはシェリルに仲間になってほしいんだ!ほかの誰でもない、シェリルに!」
「………(…こいつ、本気だ)」
クローネの瞳をジッと見据え、嘘ではないことを感じ取り何とも言えない表情になるシェリル。
しばらくの沈黙の後、ようやく口を開いた。
「…まぁ、行くとこもないし、僕もいろいろと疑問があるからね。それが解けるまでは一緒にいてやってもいいよ」
最後はプイッと顔を背けてしまったシェリル。
それが照れているだけだと悟ったクローネはパァァァッと表情を輝かせる。
「ありがとうっ!!今日からボクたちは仲間だねっ!!よろしくね、シェリル!!ボク、頑張るからね!!」
楽しそうに一気にまくしたてると、荒野へ向かって叫んだりし始めた。
よほど嬉しかったのだろう、「よーし、やーるぞぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」などと叫んでいる。
(手伝うって言ったの、本当はかなり後悔したけど…まぁ、あそこまで喜んでるんだし、今はいいか。行くあてもないし、それに、確かめなくちゃいけないこともいろいろあるし。僕が何でポケモンになったのかも気になる。それと、あの「助けて」という声…僕に助ける義理なんてないけど、聞こえた以上は気になるし)
そして何気なく、知りたいことに対して手がかりが一つもない、ということを思い出し、いかにも疲れたというような表情を見せる。
「…先は長そうだ」
小さく溜め息をつき、前方ではしゃいでいるクローネをじっと見つめる。
「…ヒューシャみたいだ」
ふいに呟かれた名前は、その名を持つ者のところへ届くことなく消えていく。
すると、今まで叫んでいたクローネが戻ってくる。
「シェリル!!これから頑張ろうね!まぁ、今は何もないわけだけど…でもっ!!ここが!こここそがっ!!」
クローネは片腕を突き上げ、シェリルの手をつかんで突き上げさせる。
「ちょっ…」
「ボクたちの…楽園だぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!」
「……」
シェリルは何とも言えないような表情を見せていたが、やがてその無愛想な表情は、小さく綻んでいた。
この出会いという小さな小さな歯車が大きな運命を動かすこととなる――