第二話*出会いは偶然 そして必然?
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!?」
元人間であるツタージャは、大声で叫びながら下へと落ちていく。
(あ、これ僕死ぬかも)
とまぁ、本能的にはパニック状態に近いはずなのに、頭ではなぜか途轍もなく落ち着いていた。
――――
『そう毎日を邪険にするな。何もない日々こそが幸せなんだから』
『ある日フッとこの日常が途絶えるかもしれない。だから、今を精一杯生きるべきだと思うぞ』
――――
(あー…本当だったね、ルトア。まさかいつも通りの日常がこんなにあっさりと途絶えるとは……疑ってごめんよ、いまさらだけど)
何故かほとんど諦めモードに入っているツタージャ。
(こんなことになるんだったら、ルトアの言う通りもっと人生楽しんでおくべきだったか…?……いや、僕には無理か)
落ちている最中なのだが、やけにのんきなツタージャ。
というよりは、完全に諦めているようである。
そして――
森に衝撃音が走った。
「…いたたた…」
ツタージャは無事だった。
大きな木々の上に落ちたため、幸い無事だったようだ。
ツタージャは木の枝に引っかかっていたため、何とか起き上がろうとした瞬間――
ドジを踏んでしまったのか、木の枝から落ちた。
今度はしっかり地面と衝突した。
「ひどい…ひどすぎる…」
若干(?)目を回しているためか、足に力が入らず立ち上がることができないようだ。
(あぁ…僕このまま終わるのか…あっけなかったなぁ)
そのとき、誰かが隣に立ったのを気配で感じた。
誰かは慌てた様子で、倒れこんでいるツタージャを揺らしながら話しかけてくる。
綺麗な声だったが、その声は少年のものだ。
「キ、キミ!大丈夫!?しっかりしてよ!!」
(…耳元で…叫ばないでくれよ…)
「ねぇ!ねぇったら!!」
しつこく揺らされ、ツタージャは少しキレ気味である。
揺らしている誰かとしては、ツタージャを心配しての行動なのだろうが、揺らされているツタージャ本人としては、おせっかい+迷惑でしかないらしい。
「起きて!!起きてよっ!!」
「…うるさい黙れ願わくば二度と口を開くなそれくらいうるさいんだよあんた聞こえてるから声の大きさ下げろよ」
ツタージャは思いついた悪態を一息で言い切った。
なぜかその誰かは、文句を言われたことより、そして倒れていたツタージャが起きていたということより、悪態を一息で言い切ったということに驚いていた。
「うわぁ…一息で言い切るなんてすごいねぇ…」
「…あんた、感性ズレてるって言われない?」
ツタージャはゆっくりと体を起こしながらツッコミを入れる。
座り込んだ状態で目の前に立っているポケモンを見つめる。
黄色い体に先っぽが黒い耳、ギザギザの尻尾を持つ赤い頬のポケモン。
漆黒の瞳はキラキラと輝いている。
(ピカチュウ…だっけ、このポケモン)
「大丈夫?立ち上がれる?」
「…頑張りゃいけるだろ」
「そっかぁ!よかったぁ!!」
ツタージャは重たい体に鞭を打ち、ゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫?怪我とかしてない?」
「腰は打ったからちょっと痛いけど、まぁそれ以外は平気なんじゃない?」
「…なんか、他人事みたいな言い方だね」
「うるさい、少し黙れよ」
「あ、ごめんね!でもキミ倒れてたから、ボク焦っちゃって…」
「………」
「でも、怪我が無いなんて本当にラッキーだったね!」
「……うわぁ」
ツタージャの瞳が興味津々といったように一瞬だけ輝いたように見えた。
「今更な気がするけど…ピカチュウが…喋ってるや」
「は!?」
「…いつもと違う。感じるっていう感じじゃないし…なんか、普通に喋ってるように聞こえる。…なんで?」
ぶつぶつと何かを呟くツタージャに、目の前のピカチュウは怪訝そうに首を傾げる。
「…ねぇ、どうしたの?」
「どういうことだ?あれか、ついに喋ることができるポケモンが出てきたってことか?んー?」
「おーい?ねぇったらー…」
「あ、それとも…(僕が、ポケモンになったからか?あ、だからポケモンの声がいつもとは違う自然な感じでわかるのか)」
「…ねぇ、ちょっと!」
無視されっぱなしなことに少し腹を立てたらしいピカチュウは大きな声で呼びかける。
顔を上げたツタージャに、通常のツタージャとは違う違和感を感じたピカチュウ。
「…なに?僕、今忙しいんだけど」
「えっと…せめて自己紹介くらいしとくね。ボクはクローネ!クローネ・メレクディアだよ!よろしくね!」
「…ん」
「で?君の名前は?」
「……」
「えーっと…?」
無愛想なツタージャに対し苦笑い気味になってしまうピカチュウ。
「…シェリル」
「え?」
面倒くさそうに、だーかーらー、と続ける。
「僕の名前だよ。シェリル・ソルテラージャ」
「そっか、シェリルだね!」
「君の名…クローネか」
「うん。あれ、さっき言わなかったっけ?」
「言った」
「…あ、言ったよね」
「…昔読んだ本にでてくる名にもクローネってあったな、と思っただけ」
「そうなの!?」
「あぁ、本の主人公の名前がクローネだった」
「へぇ、そうなんだぁ」
「クローネって、確か王冠って意味だけどね」
「えぇ!?そ、それはちょっと意味が重いよね!?」
「…自分の名だろ」
呆れたような表情のシェリルを見て苦笑するピカチュウ――クローネ。
「それでさ、シェリル…」
「…なに?」
「シェリルはどこから来たの?」
「……は?」
「ほら、ツタージャなんてここらへんじゃ見ない種族だしキミ、空から落ちてきたでしょ?」
(あ、そっか。僕、空から落ちたんだっけ)
「だから、出身地とかどこなのかな〜って思って。そりゃ、空から降ってきたことは疑問だけど…まさか、空に自分の家があるなんてこと、ないよね?」
「んなわけないじゃん」
(空なんかに住めるかって―の)
呆れ顔を見せるシェリル。
(まぁ、空の向こう側…別の世界から来たなんて言ったって…普通は信じるわけないよね。…っていうか、僕の言葉を信じる奴なんて、ほとんどいないだろうけど)
「…シェリル?」
(…ちょっとひっかけてみるか)
「…クローネ。君は僕の言うこと、信じるかい?」
「え?」
「僕の言うことが信じられるかい?」
意味が分からないというかのように首を傾げるクローネ。
だが、すぐに満面の笑みで、
「うん!わかった、話してよ!」
「!?」
予想外の返答が返ってきたため、驚いた表情を見せるシェリル。
「…あっそ。まぁいいや」
「?」
「じゃあ教えてあげるよ」
シェリルは空を見上げ、虚空を仰ぐ。
そのとき、通常の色とは違うシェリルの目を見たクローネは、底知れない闇を湛えているのを悟った。
「僕は…別世界から来た人間なんだよ」
―― 今日は本当に不思議な日だ… ――
シェリルとクローネは、心のどこかでそんなことを思っていた――