プロローグ ―とある日常の話―
「はぁ…」
広大な大地に降り積もる雪の中に消えていくとある人間の溜め息。
雪の降りしきる広い所有地の中、ポツンと建つ洋館の入り口にある階段に座り込んでいる一人の人間。
目の前には、仲間と思われるグレイシアが雪原を楽しそうに駆け回っている。
天を見上げても、曇天の世界から真っ白な雪が舞い降りてくるのみ。
それを見て、また人間の口から溜め息が出てくる。
「はぁ…」
『そんなに溜め息をついてばかりだと、幸せが逃げるぞ』
その隣に立つ、真っ白な毛を持ち真紅の瞳を輝かせるポケモン――アブソル。
その人間はそのポケモンの言葉を理解し、言葉を返した。
綺麗な響きを持つ凛とした声は不満がありありと表れているかのようだ。
「…それ本当?どこの誰が言ったんだよ」
『…そこまでは知らんが』
「だろ?だったら信憑性なんてないじゃないか」
『…偏屈だな』
「うるさい、ルトア」
ルトアと呼ばれたアブソルはフッと笑い、その人間の隣に座り込む。
『…で?どうしたんだ?』
「退屈」
『…またか』
ふん、と鼻を鳴らす人間。
『そう毎日を邪険にするな。何もない日々こそが幸せなんだから』
「…そういうもんかな?僕幸せとかわかんないんだけど」
『そういうものさ。ある日フッとこの日常が途絶えるかもしれない。だから、今を精一杯生きるべきだと思うぞ』
「生きる…ねぇ。僕、生きてる意味が分からない。なんで僕は生きてるんだろうね?」
その言葉にルトアは悲しげに表情を歪めた。
この人間に幸せになってほしいのに、この人間は生きる喜びを、見出せない。
そんなルトアの悲しげな表情に気づいているのかいないのか定かではないが、人間は一つの問いをルトアに尋ねてみる。
「…ルトアは、幸せ?僕と居るのが」
『あぁ、幸せさ。俺の、いや、俺たちの声を聞き届け、受け入れてくれるお前と居るのは』
「僕は受け入れてるつもりないけど」
『そうか?お前は優しいと思うよ』
「それだけはないと思うけど」
『あたしはそう思うよ?』
いきなり話に介入してきたのは今まで駆け回っていたグレイシア。
なんの前触れもなく唐突に話題に入ってきたグレイシアに、ルトアは思わず顔を顰める。
『ヒューシャ…いきなり話に割って入ってくるな、驚くだろう』
『いいじゃない、別に!』
ヒューシャと呼ばれたグレイシアは文句ありげに頬を膨らませる。
『せめて気配を消すのをやめてくれれば俺だって文句は言わないんだが』
『だって気配を消した方が面白いんだもん!!』
『確信犯じゃないか』
得意気に胸を張るヒューシャと、呆れた表情を見せるルトア。
ポケモン同士の言い合いを聞き流しながら、人間は天を見上げた。
「……そっか」
(…こんな日常も…悪くない、のかな?僕はよくわからないや)
そう思いながらも、その表情の変化は途轍もなく乏しいが、心なしか綻んでいるように思われた。
言い争いをしている二匹を尻目に、透き通るように美しく、綺麗な声で歌を歌う。
そんな、とある人間の日常の話。
始まりの歌は流れ出した。この日常は、いつまで続くのか――