*第二十四話*マイペース
「う〜ん……ゼロ帰ってこないねぇ……」
ギルドの掲示板の前で顔を顰めながら唸っているのはリーフである。その隣でブツブツと呟いているのはシオンである。
「遅い……!もうとっくに日も暮れてるのに、まだ帰ってこないの……!?」
「大丈夫かなぁ……」
食事抜きにされた彼女達は、弟子達が夕食を食べている間、こうやって掲示板の前でゼロの帰還を待っているのだ。しかし、ゼロが帰ってくる様子は一向にない。リーフは心配そうな表情を見せ、シオンは苛立った様子を見せている。
「……あ!」
不意にリーフが声を上げた。シオンもすぐにリーフの視線の先へと目を向けた。
バッジの能力でテレポートしてきた一匹のポケモン。それは間違いなく、見慣れたゼロの姿だった。
特に外傷もなく、いつもの無表情が崩れることも全くない。リーフとシオンが傍に駆け寄っても、いつも通り無反応だった。
「ちょっと、何処行ってたのよ!?」
「…お前ら、なんでここにいるんだ?ちょうど夕食時だと思ったんだが」
「私の質問無視しないでくれるかしら」
「セカイイチ取ってこれなかったから、夕食抜きだって」
「なんで二匹して私の質問スルーしてんのよ」
自身の質問をいつも通りゼロにスルーされ、更にはリーフにまで無視されたシオンは不満げな表情でツッコむ。
「…鳥……じゃなかった、シモンは?」
「下にいると思うよ?」
「……ん」
「ちょ、ストップストップ!!」
歩き出して下の階へ向かおうとするゼロに、慌てて静止をかけるシオン。ここでようやくゼロはシオンの方に目を向けた。
「あんた何処行ってたのよ!?」
「あ、そうだよ!ゼロ、怪我とかしてない!?元気!?大丈夫!?」
「……一気に質問すんな」
若干怪訝そうに顔を顰めると、ゼロはリーフ達に向き直る。
「…【リンゴの森】の奥地に行ってきた。理由はセカイイチを見つけるため」
「…まぁ、予想通りな行動だけど」
呆れたように呟くシオン。次はリーフの質問に答えるべく、ゼロはリーフの方に視線を移した。
「……別に怪我はしてない。元気かどうかは置いといて。…まぁ、強いて言うなら……」
「「強いて言うなら……?」」
その言葉に、固唾を飲んで次の言葉を待ち構えるリーフとシオン。
「……久しぶりに物凄く腹が減った」
真剣な面持ちでゼロの言葉を復唱し、次の言葉を待っていたリーフ達に告げられたのは、あまりにも軽い内容だった。
表情一つ変えずけろりと言ってのけたので、リーフもシオンも思わずずっこける。
「……なんか、拍子抜けしたわ」
「あはは……」
頭をかかえるシオンと、苦笑するリーフ。
何故そんな反応をされたのか分からず、ゼロは首を傾げている。
「……とりあえず、俺は鳥…じゃない、シモンのところに用があるから行く」
さらりと述べると、ゼロは何事もなかったかのようにさっさと下に下りていく。
そのマイペースな行動にリーフは慌ててゼロの後を追い、シオンはそれはそれは大きな溜め息をついて面倒くさそうについていくのであった。
「遅いっ」
「…うるさい」
いつも通り、アスラルの部屋の前の朝会を開く場所にいたシモンが開口一番放った言葉を、ゼロは全く表情を変えずストレートに切り捨てる。
もちろんそれにシモンが更に苛立ちを募らせたのは言うまでもない。
「いったいこんな時間まで何をやってたんだいっ!?」
「…セカイイチを探しに行ってた。それぐらい察しがつくだろ」
顔色一つ変えずさらりと述べるゼロは、マイペースに返答する。
食堂からは、シモンの怒鳴り声を聞きつけた弟子達がこっそりと覗いて様子を伺っている。その中には、ニヤニヤと笑う『ドクローズ』の姿もある。
梯子の前では、リーフとシオンが近過ぎず遠過ぎずといった距離で見守っている。二匹とも静かにしてはいるが、理不尽な事を言われればすぐに反論する構えである。
「えぇい、うるさいっ!本当に酷い減らず口だねっ!!
いいかい、チームリーダーとして責任持って親方様に失敗報告するんだよっ!」
「……は?」
「……ん?」
シモンが怒りの声のあげた瞬間、ゼロは驚いたような表情を見せる。
その為、つられてシモンも疑問の声をあげた。
と。
「やぁシモン、ゼロ♪」
なんとも妙な空気の中、それを見事に打ち砕くような明るい声があがる。
それは、親方の部屋から出てきたアスラルであった。
「お、親方様!」
「ねぇねぇシモン、セカイイチは?」
「あっ、はっ…いやっその…ですね、親方様……!!」
無邪気な笑顔で痛いところを突いてきたアスラルにシモンは言葉をに詰まらせる。
絶体絶命の大ピンチ。
シモンの目が切実にそう語っていた。
その表情に余裕など一切なく、もはやこれまでと言わんばかりに冷や汗を流し続けている。
無邪気な笑顔のアスラル。
まさに窮地に立たされた時のような表情のシモン。
完全なる無表情のゼロ。
固唾を飲んで見守っているリーフとシオン、そして弟子達。
ニヤつきを露わにする『ドクローズ』。
張り詰めた空気の中、一番最初に行動したのはゼロだった。
何を思ったか、バッグをゴソゴソと漁り出すと、おもむろに「何か」をアスラルとシモンの足元に置いた。
赤く熟れたその果実を見た瞬間、アスラルの目が輝き、シモンは驚きの表情を隠せずにいる。
リーフとシオンはほっと胸を撫で下ろし、『ドクローズ』は驚愕し過ぎたのか顎が外れんばかりに開いた口が塞がらない。
アスラルはゼロが置いた果実、セカイイチを頭に乗せると、クルクルと器用に頭の上で回し出す。
「わ〜い♪
セカイイチだ〜、セカイイチだ〜♪」
そしてクルクルとセカイイチを回しながら他のセカイイチを拾うと、にこやかに自分の部屋へと帰っていった。
シモンは腰が抜けたかのようにへたり込んでいる。
そんなシモンに「……飯は食うからな」と言い残し、そのまま食堂に直行するゼロ。
それを思わず途中まで見送っていたリーフとシオンは自分達も空腹であることに気づき、ゼロの後を追う。
弟子達も安堵したかのようにそれぞれの食事に戻り、シャラはわざわざ自分の食事を中断して三匹の晩御飯を持ってくる。
『ドクローズ』は唖然としたままだ。
その横を通る際、ゼロはおもむろに口を開き、呟いた。
「……あまり調子に乗るな」
と。
背筋も凍るような低いその声に『ドクローズ』はおろか、たまたま聞いていたリーフやシオンも思わず居住まいを正してしまう。
ゼロはそんな様子を気にもとめずに自分の席へと着く。
リーフとシオンも晩御飯を食べはじめたものの、その手はあるものを見たことによってすぐに止まることとなった。
弟子達もふとその光景を見たことによって全員が驚愕の表情を見せる。
あの食欲旺盛なクレファですら手を止める有様である。
リーフがぽかんとしながら思わず呟く。
「ゼ、ゼロが……すごい勢いでご飯食べてる……」
「……んぐっ。…なんか言ったか?」
瞬く間に晩御飯を平らげたゼロは最後の一口を飲み込むと呟きを漏らしたリーフに尋ねる。そしてその返答を待つことなくシャラに「おかわりくれ、量多めで」と声をかける。
まさに天変地異でも起こったのではないかというぐらいの驚きぶりを見せる弟子達。シャラだけは若干焦りながら慌てておかわりを持ってくる。ゼロはそれを普段からは考えられないスピードで胃の中に収めていく。いつもは他の弟子達より半分の量でも食べきれないゼロとは思えない食べっぷりに、全員が驚愕を隠せずにいる。
「……ごちそーさま」
そんな面々を尻目に、いつも弟子達が食べる量と同じ量、つまりは普段の3倍以上を食べきると、さっさと部屋に戻っていってしまう。
「シ、シオン……ゼロが、ゼロが……!」
「明日は雨か槍が降るわよ……」
驚き過ぎたのかオロオロと狼狽えるリーフと、落ち着いてはいるものの中々に失礼な事をさらりと溜め息にのせて呟くシオン。
弟子達もやっとショックから解放されたらしく、またそれぞれが食事を再開する。
リーフとシオンもようやく食事を再開したが、リーフは何やら疑問があるらしく、しきりに首を傾げている。
その様子に目敏く気づいたシオンは、晩御飯を口に運びつつリーフに声をかける。
「リーフ?どうかしたの?」
「へ?」
「何か腑に落ちないような顔してたわよ。こーんな感じで、眉間に皺が寄ってたわよ」
そう言いながら、リーフの表情の真似をしてみせるシオン。本当にお見通しだなぁ、と苦笑しつつリーフは口を開く。
「いや、なんか……ゼロ、変じゃなかった?」
「?いっつも変じゃない?だってあいつマイペースな変わり者だし」
「いや、そうじゃなくて……」
「あぁ、普段の超少食ぶりからは考えられないほどバカ食いしてたこと?」
「いや、そうでもなくて……うーんとね、雰囲気というか顔色というか…なんかいつもと違う気がするな、って思ったの」
自分の疑問にきょとんとして答えたシオンの言葉の毒舌さに苦笑いを隠せなかったが、リーフは言葉を模索しつつ再び説明する。
「……さぁ?私が仲間になってから日が浅いからゼロの事は詳しくは知らないし、そんなに観察してたわけじゃないから」
「うーん…そっかぁ。気のせい……かな?
ごめんね、変なこと聞いて」
「此方こそ、役に立てなくてごめんなさいね」
とりあえずさっさとご飯食べましょ、と笑顔で言うシオンに、笑顔で頷くとリーフはやはり渦巻く疑問を抱えながら食事を再開したのであった。
食事を終えた弟子達はしばらく雑談を続けていたが、早く寝るよう催促したシモンが戻っていったのを境に寝ようという気分になってきたらしい。
「俺達も寝ようぜ」
「そうでゲスね…」
「ふあぁ〜…」
口々に寝床に戻ると言い始め、まばらながらも皆部屋に戻っていく。
「リーフ、私達も行きましょ」
「うん」
あまり遅くなってはいけないと思ったシオンは、リーフに声をかける。リーフもアーシャとシャラとの雑談に花が咲いていた為に名残惜しそうだったが、明日に響くのも良くないと思いなおし、二匹に「おやすみ」と挨拶すると部屋へと戻る。
部屋に戻ると、ゼロは既に眠りについた後だった。木陰に隠れるように縮こまって寝る癖のあるらしいゼロは、腕で顔を隠すような体制のせいで顔は見えない。その為、何がいつものゼロと違っていたのか気づくのは難しそうだった。
シオンは「あらら、お早い就寝だこと」と呟くものの、リーフの言っていた何が違うのかは気にはしていないようだ。そそくさと自分の布団へと入り込んでいる。そしてわずか数秒後には寝息が聞こえる。
相変わらずの寝るスピードの速さに苦笑いしながらも、自分も睡眠につくべく布団へと入る。
(やっぱり、今日のゼロ、帰ってきてから何か、変だったなぁ……)
一気に襲ってきた疲労と微睡みの中でそんな事を頭の隅に浮かべつつ、リーフはゆっくりと眠りにつくのだった。