*第二十三話*奥地の先に
「はぁ!?し、失敗したぁーーーーーー!!?」
「う…うん……」
「声の上げ過ぎは喉痛めますよ。そもそも今回の失敗は『ドクローズ』がですね――」
「うるさいッ!!言い訳なんか聞きたくないよッ!」
「言い訳じゃありません、事実です!」
「お黙りッ!!」
「黙ることはできません!私達には事実を話す義務があるんです!」
「失敗してきた奴から言い訳なんて聞きたくもないッ!」
「に、二匹とも落ち着いて……!!」
一触即発のケンカになりかけたところを、リーフが仲裁に入ることでなんとか場を収める。
シモンはまだ怒りを収めることができないらしく、苛立った表情を隠しもせずに尋ねる。
「だいたいゼロは何処に行ったんだい!?」
「あ、ゼロは「先に帰れ」って言って一匹で森の中に走って行っちゃったよ。すごい速かったから追いつけないだろうし、シモンへの報告を頼まれちゃったから私とシオンは戻ってきたんだ」
「ったく……!!またお得意の独断行動かい……!ったく、帰ってきたらきっちり説教だな……!」
いかにも面倒くさいと言わんばかりの表情で舌打ちをするシモン。その表情が何気に引きつり、青ざめているのは気のせいではないだろう。しかし、その理由はリーフには見当もつかなかった。
「ともかくお前達!今日は罰として夕食抜き!わかったね!!」
「えぇっ!?」
「ちょ、話は最後まで――」
シオンとリーフが静止をかけるが、シモンは聞く耳を持たず「あぁ、どうしよう……!親方様が…親方様が……!!」とブツブツと呟きながら去っていってしまった。
「そんな……!」
「……仕方ないわ。あの鳥、意見を変える気はさらさらないみたいだし、今度時間があったら焼き鳥にしてやるわ」
「シ、シオン!?それはだめだよ!?」
「冗談よ、冗談」
「シオンの冗談は冗談に聞こえないよ……」
「あら、どういう意味かしら?」
「ごめんシオン、とりあえずその黒いオーラなんとかしてもらってもいいかな、ちょっと怖いよ?」
「え、そんなに?ごめんなさい、意識してなかったわ」
シオンはクスクス笑うと、ふと真面目な表情に戻った。
「とりあえず、今はゼロにかけるしかないわ。何してるかなんて知らないけど、ね」
「うん、そうだね……」
冷静に事実を述べるシオンだが、内心腸が煮えくり返りそうになっている。
シモンが話を聞かないことに対して。そして理不尽に責任を押し付けられそうになっていることに対して。『ドクローズ』に対して。そして何より、何一つできていない自分に対して。
(……私って、ほんと情けないわね。本当、この欠点は何とかできないものかしら)
面倒くさそうに小さく溜め息をつくシオンだった。
リーフ達と別れ、一匹で森の奥深くにやってきていたゼロは、立ち止まり溜め息をついた。
「……ここにも無い、か」
奥地に成っていたセカイイチは、『ドクロ−ズ』によって全て腐ってしまった。しかし、この森は広大でこんなにたくさんリンゴがあるのだ。もう少しくらいセカイイチがあってもおかしくはない。そう考え、森を駆け回っているのだが、セカイイチらしきリンゴは一向に見つからない。
探し続けて一時間以上が立つ。カフェに立ち寄ったり、少しゆっくりと進んだり、途中ではぐれる等のトラブルが発生したりなどの出来事が重なったため、時刻は既に黄昏時である。強い橙色の西日が既に沈みかけている。
「…チッ、暗くなったら厄介だな」
ゼロは夜目がきくので、暗闇でもさして困ることはないのだが、やはり動くのに夜は適しているとは言えない。
地面を蹴り、風を切る勢いで走り出す。
辺りを見回しながら走り続けるが、目的のセカイイチは一向に見つからない。
不意に光が途切れた。夕日が完全に沈んでしまったようだ。
「チッ……」
苛立たしさに、自然と舌打ちが出た。
ゼロにとって『ドクローズ』は鬱陶しい奴らであることこの上ない。
そもそも今回のことも、ただセカイイチを手に入れることに失敗しただけだったのならまだよかった。しかしそれが『ドクローズ』のせいで失敗したということだけは許しがたいことであった。意外と負けず嫌いであるゼロは、どんな形であれ敵視している『ドクローズ』に負けたと感じることが嫌だったのだ。
「しかし……見事なまでにリンゴしかないな」
何処を向いてもリンゴの木しか見えない景色に、リンゴ好きのゼロは若干嬉しそうに、しかしどこか呆れも含んだような声音で呟く。
何気にそこら辺に落ちていたリンゴを拾ったりしている。
そんな時だった。
「……っ!?」
急激な睡魔に襲われる。目の前が揺れ、ふらふらと倒れ込むのを必死に堪えている。
「っ……こんな、時に……!な、んで…眠く……なって…」
そこまでが限界だった。ふらりと倒れ込むゼロ。
しかし、地面に倒れ込むことはなかった。ギリギリでバランスを取り、体を支えたのだ。
立ち上がったゼロは、思いっきり伸びをした。
「ん〜…」と何とものんびりとした声を発しながら欠伸をする。
伸びをやめ、閉じていた目を見開いたゼロ。いつもの真紅の色とは違い、ワインレッドに輝く瞳が悪戯っぽく輝いている。
「……ふぅ。さっさと終わらせますかっ!」
いつもの彼からは考えられないような明るく悪戯っぽい声で、楽しそうに声を上げると、手を頭の後ろで組みニコニコと笑いながらリンゴの森を歩いていく。
「ワォ、見事なまでにリンゴの木一色だな♪」
ケラケラと笑いながら一直線に歩いていくゼロは、いつもとはまるで雰囲気の違う、まるで別人のようだった。
「ん〜…お、あったあった!」
彼の目の前には、セカイイチの樹がたくさんある場所が広がっている。
そこの下には、同じくセカイイチを取ろうとしているのか、ポケモン達が数匹群がっていた。
「よぉ!俺もセカイイチが欲しいんだ、ちょっとどいてくれるか?」
彼としては朗らかに話しかけたつもりだった。しかし、野生のポケモン達が向けてきたのは、殺気。食料を渡さないという頑なな気持ちが此方にまで伝わってくるほど鋭い睨みを彼らが利かせているにも関わらず、彼には全く伝わっていないらしく、きょとんとした表情を浮かべていた。
「ん……?どうした、なんだってそんな怖い目で俺のこと見てんの?
……あ、もしかして眠いとか!?そりゃあ良くない、睡眠不足は体に良くないぞお前ら!」
妙に説教じみた口調で素っ頓狂なことを言い出す彼を、野生のポケモン達はそれこそ最初はぽかんとした表情で見ていたが、やがて呆れたような表情を向けてきた。それに気づき、彼はまた首を傾げる。
「……ん?もしかして違うのか?あ、じゃあまさかストレスか!?いやーやっぱり昨今の世界事情はよろしくないからなぁ――」
うんうんと頷きながら呟く彼を、ポケモン達は先ほどよりも更に目を鋭くさせながら彼の周りを囲んだ。
「ありゃ?」と首をひねりながらも笑顔を絶やすことのない彼は、ケラケラと笑っている。
「…まぁいいや。どいてくれないのなら……」
刹那、彼の周りの空気が変わった。その鋭利な雰囲気に、野生のポケモンは思わず身震いした。彼らの本能が告げているのだ。このポケモンには敵わない、と。
彼は怖気づいているポケモン達に、邪気の感じられないにっこりとした笑顔を向けた。
そして、先ほどよりも若干怪しげで低い声を発する。その言葉に、ポケモン達はまた怖気づくこととなった。
「……そりゃあもちろん、力ずくで解決するしかねぇよな?」
「……何だコレ」
起き上ったゼロが開口一番はなった言葉。
呆れたような、驚いたような声音でぽつりと呟く。
起きあがってみれば、先ほど倒れていた場所とは違う見たことのない場所。周りには、戦闘不能になった野生のポケモン達。そして自分の目の前にたくさん根付いているセカイイチの樹々。そして、ご丁寧に足元に置かれた五〜六個のセカイイチ。
はっきり言って、さっぱり状況が分からなかった。
何がどうしてこうなったのやら。
そのため、ゼロの声音には若干呆れの声が含まれていた。
「……あれか、夢遊病か…?……まぁ、何にしても結果オーライ……ってことでいいか」
納得できるかと言われれば全くできない状況なのだが、どうしてこうなったのか教えてくれる者などいない。仕方がないのでポジティブな方向でてきとうに納得しておくゼロ。あまりにも粗雑な納得の仕方だが、考えても答えが出ないので仕方がない。
足元に置かれていたセカイイチを拾い、バッグにしまうと、ゼロは探検隊バッジを翳してギルドへと戻っていくのだった。