*第二十二話*【リンゴの森】
「ここが…リンゴの森かぁ…。食料に困らなさそうだねぇ」
この場所に来た者、全てが言いそうな言葉だ。
「…面倒くさいから早く行くぞ」
ゼロは既に歩きだしている。相変わらずの独断行動である。その後からシオンが「待ちなさいよー!!」と追い駆けていく。
そしてリーフは…「待って〜!」とか言ってはいるが、ちゃっかりリンゴを拾って食べながら走っていっている。
しかし、三匹の後ろ姿を木の陰から怪しげな影が見ていたことには、誰も気づかなかった。
カプッ…シャクシャクシャク……
先程からリンゴを齧る音が響いている。
勿論、リーフが齧っている音もあるのだが、今の音はゼロが出している音である。
ゼロはリンゴが好物なのだ。いつもは小食で、食堂で出される夕食などあまり食べはしないのだが、リンゴはよほど好物なのか今ので二個目だ。
ここは草、虫タイプが多い為、「頑張るわよー!!」とか言って炎タイプのシオンが一番張り切って攻撃している。
勿論、いざという時の為に火炎放射などの高威力技は使わず、火の粉などの技で対応している。
ちなみにリーフは、リンゴをかじっている。
かなりのんびりした御一行である。
「ねえ、シオン」
「何?どうしたの?」
「疲れてない?」
リーフはシオンばかり戦っているので、疲れているのでは、という心配があった。
当の本人は「大丈夫よー」などと言ってケラケラ笑っているが。
シオンとリーフは横に並んで他愛のないおしゃべりを続け、ゼロは欠伸をしている。
その時――――
カチッ
不意にリーフの足元で音がした。
三匹は足元に視線を移した。リーフとシオンは同時に顔が青くなり、ゼロは音の原因を認識するなり瞬時に飛びのいた。
扇風機のような模様。『吹き飛ばしトラップ』だ。
刹那、物凄い風が起こり、リーフとシオンは悲鳴を上げながら吹き飛ばされていく。
ゼロは近くの木に掴まって耐えている。しかし、その場のものを全て吹き飛ばさんとするような強風に、顔を顰めている。
三匹が目を開けた時には、仲間の姿は見えず、ただ別々の場所に飛ばされてしまった事だけがわかっていた。
二匹と離れてしまったゼロは奥地を目指しながら二匹を探していた。
「…………?」
どこかガス臭いニオイがする。首を傾げ、ゼロはその先を見る。
黄色いものが落ちていた。これはいわゆる蜂の巣だ。
ここにいるポケモンで蜂の巣を連想させるポケモンは二種類いる。
片方は簡単に倒せる。『ミツハニー』と呼ばれるポケモン達は集団で行動するが、ゼロにとっては簡単に倒せるポケモン、と印象付けられている。
もう一種類は…あまり想像したくない。
この森では、種族的に一、二を争う実力のあるポケモンである。
かなり厄介なポケモンなのだ。特に、今はシオンがいない為、有効な技が無いのだ。それに合わせ、このポケモンは集団で行動するためゼロとて簡単に倒せるかどうかはわからない。運悪く、ゼロの悪い予感は当たってしまう。
何処からか羽音が聞こえてくる。
ゼロが上を見上げると、蜂を思わせる体をした者達が、怒りを露わにしている。
「テ、テメエ……俺達の巣をよくも……」
「スピアー」と呼ばれる種族だ。
「…めんどいのが出てきた」
ゼロとしては本心を言っただけなのだが、この言葉によりスピアー達は怒り狂ってしまう。それも仕方ないだろう、ゼロのこの言葉は傍から聞いていればバカにしているようにしか聞こえない。
「うるせーーー!!!“毒針”ーーーーーー!!!」
“毒針”を全体で連射してくる。
ゼロは“シャドークロー”で薙ぎ払うが、一本が右腕に当たってしまう。
「………だから面倒くさいって言ったんだ」
溜息をつきながらも、冷静に毒針を抜いている。その表情は全くと言っていいほど動いていない。
視線をスピアー達から外さずバッグをゴソゴソとあさり、青色の珠を取り出す。
思いっきり地面に叩きつけ、効果を発揮させる。刹那、スピアー達の動きが止まる。ゼロが使ったのは『縛り珠』と呼ばれるものだ。敵の動きを止める効果を持つ。攻撃さえ当たらなければ、とりあえずはこのままだ。
元々ゼロは、バトルなどする気が無かったようだ。
まるで、「お前らとはバトルする気などない」とでも言っているかのような視線をスピアーに送っている。
こうしてゼロは悠々とスピアーの群れから脱出した。
リーフは走っている。ひたすら走っているのだ。
確かに奥地を目指せばゼロ達に会える、と考えているのもある。
だが、問題は後ろだった。
羽音がする。今、彼女が走っている理由。それは――――――
「お前、よくも縄張りに入ってきたなーーーー!!!」
「ごめんってばーーーー!!!」
リーフが落ちた場所が原因だったのだ。起き上った時、リーフは再び顔を青くさせた。そこはミツハニー達の縄張りだったのだ。
しかも、かなり怒り狂ったミツハニー達の、あろうことかど真ん中に落ちてきたのだ。かろうじて今まで逃げ続けているのだが。
そのせいで今、彼女は走り続けているのだった。
「勘弁してーーーーーーーー!!!」
途方に暮れたリーフの叫びだけがなんとも空しく響いていた。
シオンは運良く、と言っていいのかどうかはわからないが、奥地の近くに落ちた。リーフ達とは違い、ポケモンの縄張りに落ちることもなかったため、一番運がいいと言えるだろう。
なので、一匹でトコトコ歩いている。タイプの相性の事もあり、全く苦労もせず楽々と進んでいる。
襲いかかってきたハネッコを火の粉で倒すと、拾ったリンゴを齧る。
「あら?あれは…」
先の道に、水色と黒色のポケモンの姿が見える。
シオンと同じようにリンゴを齧りながら、野生ポケモンを“はっけい”で倒しているのが見える。
表情一つ動かしていないのがなんとも彼らしい。
「お〜い、ゼローーー!!」
シオンはその者の名を呼ぶ。
するとそのポケモン―――ゼロは近づいてきた。
「…早く行くぞ」
その途端、シオンはずっこける。
「ちょっ……会って、開口一番それ!?」
「……他に何か言うべき言葉なんてあるか?」
「いや普通に考えてあるでしょ!?」
「……お疲れ?」
「何でかしら今無性に腹が立ったんだけど」
「知るか」
ゼロは勝手にスタスタ歩いて行ってしまう。元々一匹で行動するのが染みついているのか、他のポケモンのことを気にせず行動する。
少しの間の後ハッと我に返ったシオンは慌ててその後を追う。
「待ちなさいよーーー!!!」
「はぁ…はぁ…つ、疲れた……」
リーフは奥地に逃げ込み、何とかミツハニー達を撒いた。かなり息切れが激しい。今まで走っていたため、無理もないのだが。
そこへゼロ達がやってきた。リーフの疲れたような表情を見て、シオンは首を傾げた。
「リーフ、どうしてそんなに息切れしてるの?」
「実は…ミツハニーの縄張りに落ちちゃったみたいで……今までずっと追いかけられてました………ははは」
最後に苦笑いをする。というより、苦笑する以外にどうしようもなかった。
シオンもその説明を受け、苦笑を隠せずにいる。表情が微妙に引きつっている。
「そ、それは大変だったわね…」
「うん…でももう大丈夫だよ」
平気なところを見せようとにっこりと笑うリーフ。そして、何気なく横を見た。
その時、奥の方に他のリンゴより明らかに大きいリンゴ、『セカイイチ』が成っているのが映る。
「あ、あれきっとセカイイチの樹だね…。ついに来た〜」
この事には素直に喜ぶシオンとリーフ。なんだかんだでトラブル続きだったが、こうして無事(?)セカイイチの樹のある場所までたどり着けたのだ。
その時、先ほどから沈黙を決め込んでいたゼロが、樹に向かって話しかけた。もっとも、その立ち姿はフレンドリーな様子とは程遠い。
「…おい。お前ら、いつまで隠れているつもりだ?鬱陶しいからさっさと出てこい」
ゼロが声を掛けると、樹の中から「クククッ」という声が聞こえる。この声にはリーフもシオンも聞き覚えがあった。
刹那、森の中から三匹のポケモンが降りてくる。
言わずと知れた『ドクローズ』だ。何処か満腹そうな顔をしている。
そして、通常リンゴが成っている樹よりもはるかに少ない量しかセカイイチが成っていない樹。
樹の上から三匹が現れたことも含め、恐らくセカイイチの殆どは『ドクローズ』が食べてしまったものと思われた。
リーフとシオンは唖然とした。もっともシオンはすぐに表情を引き締めた。『ドクローズ』がいる理由をすぐに察したためである。一方のリーフは何故『ドクローズ』が此処にいるのかわからず、唖然とした表情のままである。
「な、なんで此処にいるの……!?」
リーフの質問には答えず、グラッジは三匹に喋りかけた。
「お前達、よく見てろよ」
刹那、グラッジは木に突進する。
二、三度突進すると、木から目的のリンゴ、『セカイイチ』が落ちてくる。
「ほら、持っていきな」
「え?え?」
リーフは意味がわからないというような顔をしている。どうして彼らが自分たちを助けるのか理解できないのだ。そっとシオンに視線を向ける。シオンは『ドクローズ』をキッと睨みつけていた。よく通る大人びたソプラノの声で鋭く言い放つ。
「あんた達、何が目的なのかしら?そんな罠に引っ掛かるほど、私達は馬鹿じゃないわ」
リーフは納得がいったような顔をした。
『ドクローズ』は何かを企んでいるのだ、とリーフも気づいたのだ。
その一方で『ドクローズ』はかなり驚いた顔をしている。
「驚いた。こいつら全然引っ掛からないぜ」
「しょうがない。あれをやるぞ」
そう言うと、アビスが後ろに下がり、トゥルムとグラッジが前に出てくる。ニヤニヤと余裕ぶって笑っているあたり、何か向こうには策があるようだ。
『ドクローズ』の余裕ぶった笑みからそう感じ取ったシオンは表情を引き締めた。
「ゼロ、リーフ、気を付けて。何か仕掛けてくるわ」
「うん…」
「……………言われなくても」
それぞれ戦闘態勢に入る『スカイ』を、バカにしたように嘲ると、グラッジは高らかに言い放った。
「果たしてお前達にこの攻撃が耐えられるかな?
俺様とトゥルムの―――――スペシャル毒ガスコンボ!!!」
次の瞬間、『スカイ』の視界を覆ったのは紫色の煙だった。そして恐ろしいほど強烈な臭いが三匹を襲う。
「く、臭い…!?何よこれッ……!!」
「……チッ」
「うぅっ……!ちょ、ちょっと待ってて…!!」
シオンは早くも頭がクラクラしてきているようだ。ゼロは片膝をついている。どうやらゼロにも相当堪えたようだ。
幸い、慌ててリーフがチコリータ特有の甘い香りを使って消臭する。
が、気がついた時には『ドクローズ』はおらず、セカイイチも全て腐っていて食べ物にすらならないべトベタフードなっていた。
「そ、そんな……」
「……最ッ悪」
リーフが泣き声で呟く。シオンも悔しそうに歯ぎしりしている。
無表情のまま突っ立っているゼロは、下を向いた。少しして顔を上げると、俯いているリーフと悔しそうな表情を隠しもしないシオンに話しかけた。
「……帰れ」
「…へ?」
「は?ちょ、ゼロったら何言ってんのよ?」
「いいから、先に帰れ。……シモンに報告よろしく。遅くなる前には帰る……はずだ」
「えぇぇ!?」
「ちょ!?待ちなさいよッ――」
ゼロはシオンの静止も聞かず、次の瞬間には天性の運動神経を活かし猛スピードで森の中に消えていた。
「…どうしよう、シオン」
「……今から行ってもあいつに追いつけるわけないわ。ゼロの言う通り、いったんギルドに戻りましょ。現状をシモンに報告する義務が私達には残ってるし」
シオンはゼロが走り去っていった森の方にチラリと視線をやったが、小さくを溜め息をつくと、毅然とした態度で踵を返した。
リーフは小首を傾げたが、シオンとゼロの言葉を信じ、シオンの隣に並んでギルドへの帰路につくのだった。