*第二十一話*とある英雄
「……何だコレ」
「わぁ〜!広いねぇ!!」
「…内装はしっかりしてるのね。外の看板と誘い文句は怪しすぎるけど」
『パッチールのカフェ』に入り、『スカイ』の三匹の開口一番のセリフがこれである。上から順にゼロ、リーフ、シオンの言葉だ。
明るくシンプルな内装。中は想像していたよりも広く、奥に二つのカウンターがあり、テーブルが並べてある。そのテーブルの近くでいろいろな飲み物を飲みながらポケモン達がくつろいでいる。
すると、一匹のポケモンがフラフラと妙な足取りで踊りながら近づいてきた。パッチールと呼ばれるポケモンである。
「いらっしゃいませ〜!『パッチールのカフェ』へようこそ〜!手前、このカフェのオーナーのリラン・アルフェッタと申しますぅ〜」
ぺこりと頭を下げるリラン。
「ここは新しい発見を求めて日々チャレンジし続ける探検家のためのカフェなんですぅ。探検の合間に美味しいドリンクを片手にくつろいでいただくのはもちろんのこと、そして探検家の皆様に喜んでいただけるようなサービスをご用意させていただいておりますぅ。
今日はオープン初日なので、お店の中をご案内しますね」
次々とまくし立てるリランに押され、急だが店の中を案内してもらうことになった。
リランはフラフラと不思議な足取りで左のカウンターに近づくと、今は誰もいないカウンターを指差した。
「こちらドリンクスタンドになりますぅ。皆さんが探検中に拾った木の実やグミ、種などを使って美味しいドリンクをお作りいたしますぅ。お好みの食材を渡していただければ、手前リランが腕によりをかけてお作りしますよ」
「んーと…つまり、リンゴを渡せばそれを使った飲み物が出てくるってことだよね」
「そうそう、そんな感じですぅ」
リンゴと聞いて、ゼロの瞳が一瞬キラリと輝いた。彼は無類のリンゴ好きなのである。
「美味しいドリンク片手に、探検話に花を咲かせちゃってください〜」
ドリンクスタンドの説明を終えると、リランは次に右のカウンターへと移動する。すると、先程までカフェの入り口にいたはずのソーナノとソーナンスも何故か一緒についてきた。
「こちらはこのカフェの目玉、「探検リサイクル」ですぅ。
皆さんの倉庫に、溜まってしまって使わない道具ってありますよね?時には泣く泣く捨ててしまったり……あぁ、もったいない!!今も何処かのダンジョンでお腹を空かせている探検隊がいるかもしれないというのにッ!!」
嘆きに暮れたような表情をしてみせるリランを見て、リーフはぽかんとしている。シオンは呆れたような細い目で見ているし、ゼロに至っては若干引き気味だ。
「そこで手前どもは、皆さんの余った道具を此処に集めてほしい道具と交換したらどうかと考えたのです。ある方は要らなくても、ある方は欲しいって思うこと、よくあるじゃないですか。カフェに集う探検家の間で道具をグルグル使いまわせば皆幸せなのではないか…と。道具も無駄に捨てずに済む、これでもったいないとは言わせないッ!……みたいな。
なので、使わない道具が溜まったら是非とも此処「探検リサイクル」をご利用くださいませ〜。おまけでクジ引きなんかもやっているので、合わせてお楽しみください〜」
ニコニコと笑顔を見せながらクルクルと回るリラン。それを見るゼロとシオンの視線がとても痛々しいものなのは気のせいではないだろう。
「とまぁ、駆け足でご案内してきましたが、だいたいこんなお店になりますぅ」
「なかなか楽しそうなお店だよね!」
「はい〜。ありがとうございますぅ〜。沢山の探検家に愛される夢と浪漫あふれるカフェを目指してまいりますので、今後とも『パッチールのカフェ』をよろしくお願いします〜」
ソーナノとソーナンスと共に再びペコリと頭を下げると、リランはドリンクスタンドの方へと戻っていく。ソーナノとソーナンスは探検リサイクルの方のカウンターへと戻っていく。
「……とりあえず、どうするのよ?」
「…ドリンク」
珍しくもゼロが真っ先に答える。普段無口で答えるスピードが他人よりも遅くなりがちなゼロにしては珍しいことだった。おそらく先程のリンゴのドリンクの説明に興味を惹かれたのだろう。
「わかった、じゃあドリンクスタンドに行く、でいい?」
「私は別にいいわよ」
「……まぁ、言い出したの俺だし」
「じゃあ決定だね」
リランのいるカウンターへと移動する三匹。
「いらっしゃいませ〜。食材は何になさいますか〜」
「…リンゴ」
「私は若草グミ!」
「私は……赤いグミで」
「かしこまりました〜、少々お待ちください〜」
リランが三匹に渡された食材をシェイクしながらドリンクを作っている最中、ふとリーフがゼロに尋ねた。
「そういえば、ゼロって甘いものダメなのにリンゴは好きなの?」
普段食堂で出される夕食はたくさんの木の実やグミが乗っている。
リーフがこの前ふとゼロの夕食に目をやった時、見事なまでに甘いものが全てよけられていた。尋ねてみると、甘いものが嫌いなのだとか。
リーフの質問に、ゼロは「……あぁ」と頷いた。
「…そうだな。モモンの実とかは無理だが、リンゴの甘さは好きだな。そもそも、甘いものは口に合わなかったし、この前ゴスの実食べたら気分悪くなった」
「甘すぎる、もしくはまあまあ甘みが強い食べ物がだめなのね」
「…多分な」
どうやら当の本人もどこまで甘いのが苦手なのかは把握していないようだ。
「お待たせしました〜!会心の出来栄えの予感ですよっ」
「あ、予感なんだ」
リランが作り終わった三つのジュースを差し出してきた。
それを受け取り、三匹は座れる席を探す。しかし、まあまあのポケモン達でにぎわっている店内に、空いているテーブルはない。
その時だった。
「…おい、そんなところで何をしている?」
辺りをキョロキョロと見回していた三匹に話しかけたのは、一匹のアブソルだった。
通常とは違う、金色に輝く瞳が此方を射抜くように見据えている。
いきなり話しかけられてぽかんとしているリーフや、元々話す気が無いらしいゼロの代わりにシオンが口を開き、アブソルに問いかけた。
「そこ、貴方以外はいないわよね?同席してもいいかしら?」
「あぁ、構わない」
ゼロとは違う、独特の響きを持った綺麗な声で肯定するアブソル。若干ゼロと口調は似ているが、声色や感情の有無は全く違った。
ゼロとリーフ、シオンはアブソルの座っていたテーブルに飲み物を置き近くに座る。
一口ジュースを飲んだゼロは、無表情のままキラリと目を輝かせた。リーフは「美味しい〜」と幸せそうに呟き、シオンも相当お気に召したらしくニコリと笑顔を見せる。
一段落すると、シオンは顔を上げ、此方をジッと見ているアブソルに尋ねた。
「さて、と……貴方、誰かしら?」
「まず自分から名乗るのが礼儀ってものだろ」
「見知らぬポケモンに名乗るほど私はバカじゃないわ」
「なら此方も名を明かすことはできないな」
「あら、じゃあ交渉決裂ね」
かなり口が達者であるシオンと互角の言い合いを繰り広げるアブソル。
『スカイ』とアブソルの間に生まれる、沈黙。
リーフは心配そうにシオンを見るが、シオンは余裕そうな表情を崩さずジッとアブソルに視線を向けている。ゼロは腕組みをしながら同じようにアブソルに視線を向けている。もちろん、無表情のままだが。
シオンとゼロ、アブソルはしばらくお互いに視線をぶつけていたが、やがてその沈黙を破ったのはフッと笑ったアブソルの方だった。
「……負けたな。お前ら二匹とも、意志を曲げるつもりは毛頭ないようだな。まぁ、そこのチコリータはそこの二匹に比べて随分と素直なようだが」
「ふぇっ!?」
自分だけ何故か素直だと言われ、妙な声を上げるリーフ。
シオンはリーフの反応が面白かったらしく、フフッと笑いを漏らした。ゼロは腕を組んだままアブソルから視線を外さない。
シオンはクスクスと笑い続けながらも、アブソルに尋ねた。
「負けたと認めたってことは、名前を先に教えてくれるのよね?」
「あぁ。オレはアレン。アレン・グラフェージュだ」
「アレン、ね。私はシオン・アルシオーネよ」
「私、リーフ・ヴィーテだよ!」
「……ゼロ・エルサレア」
アブソル――アレンが名乗り、ゼロ達も名乗る。
と、リーフの中に不意にとある疑問が浮かび上がってきた。
「…グラフェージュ?」
「……どうかしたのか」
首を傾げながらアレンの名字を呟くリーフに、ゼロが視線を移し問いかける。
「グラフェージュってまさか……えぇっ!?」
突如大声を上げたリーフに、カフェ内の全員の視線が向けられる。その視線にハッと我に返ったリーフは、慌ててカフェにいたポケモンに謝った。
視線が全て外れたのを確認し、安堵のため息をつく。
少しだが顔を顰めたゼロが「……うるさい」と言い、アレンは苦々しい表情を浮かべる。シオンに至っては何故リーフが叫んだのかわからずきょとんとしている。
「どうしたのよ、急に大声出して……」
「だって…「グラフェージュ」って200年前に世界を救った英雄の姓だよ!」
声を潜めながら告げられたリーフの言葉に、シオンは唖然としてアレンを見つめ、ゼロは小さく目を見開いた。
「えっと、ずっと前に本で読んだことあるだけなんだけど……
この星を破壊しちゃうような隕石の衝突を食い止めた、伝説の救助隊なんだ!」
「………」
妙にアバウトなリーフの説明でゼロが脳裏に描いたのは、伝説のポケモンばかりである。そんな大きな隕石を食い止めるのは、余程の力を持っていない限り不可能だろう。しかし、目の前にいる子孫らしき男はアブソルである。ゼロが首をひねっていると、シオンが溜め息をついた。
「……リーフ、説明がアバウトすぎてゼロが理解できてないわ」
「ふぇ?あ…ご、ごめん!えっと、その救助隊は今まで誰も行ったことのないダンジョンを攻略して、そこに住む伝説のポケモン、レックウザに隕石の破壊を頼んで見事世界を救ったんだよ!
その救助隊『ホープ』のリーダーがコトネ・グラフェージュ!!私の憧れのポケモンなんだぁ!!」
キラキラと瞳を輝かせながら語るリーフ。アレンはその様子を見て、苦笑を漏らした。
「本…な。実際はもう少し複雑なんだが…まぁいいか」
短く呟き、話の続きを言葉にして紡ぎだす。
「確かにオレはコトネ・グラフェージュの子孫だ。まぁ、コトネとは違ってイーブイではなくアブソルなのはリーフならわかるよな。
……まぁ、実際は英雄の子孫なんて面倒くさいだけなんだけどな」
「え?」
「誰もオレ自身を見ようとしないからな。皆オレのことを英雄の子孫だからとプレッシャーをかけ、“アレン”というアブソルのことを見ようともせず、“グラフェージュ”の名にばかりとらわれる。好きに動けば、英雄の子孫らしくしてくれと言われるしな。俺は元々やんちゃな方ではあったからそういうのははっきり言って迷惑だった。だからあまり名乗らないようにしてるんだ」
「そ、そうだったんだ……ごめんね、アレン」
「いや、気にすることはないさ。お前は“アレン”の方を尊重してくれている。それだけで十分さ」
フッと微笑むアレンに、リーフも笑顔を返す。
と、シオンが首を傾げながらある疑問を口にした。
「でも、どうして私達には普通に名前を教えてくれたのかしら?」
そういえば、とばかりにアレンを見るリーフとゼロ。ちなみにゼロは先ほどから淹れてもらった飲み物を飲みながら視線を向けているため、一言も発していない。
アレンは微笑みを崩さないまま口を開く。
「強いて言うのであれば…そうだな、お前らが面白そうだったから、かな。こんな個性的なチームは初めて見た気がするし、それに、代々オレの一族の勘は恐ろしいほど鋭いしな。…始祖、つまりコトネの勘が鋭かったせいかもな」
「へ〜…そうなんだ」
「変な理由ね。…個性的なのは認めるけど」
「…シオンに同感。リーフもシオンも個性的だしな」
「あんたが一番個性的だっての」
「…そうか?」
シオンのツッコミに首を傾げるゼロ。それを見て苦笑するリーフ。
どうやら個性的な者ほど、自分が個性にあふれていると自覚していないようだ。
ゼロは飲み物を一気に飲み干すと、ヒョイと軽やかに立ち上がった。
「……さて。そろそろ行かないと、帰りが遅くなるぞ」
「あ、そうだった!」
「……?何処かに行くのか?」
アレンの問いに、リーフは頷いた。
「うん!【リンゴの森】に行って、セカイイチっていう大きいリンゴを取りに行くの!」
「そうか。まぁ…とにかく気を付けろ。あまり良い予感はしないから」
「それも貴方の勘ってやつなのかしら?」
「…いや、わからない。そもそも勘の方はオレ自身のこと以外、あまり当たる自信は無いし、アブソルの能力の方は災いしかキャッチしない。どこまでが災いと呼べるのか、その定義も不明なんだ。まぁ…警告として心の隅にでも留めておいてくれればくれればいい」
「……そう。わかったわ、警告ありがと」
「行ってきまーす!」
「……じゃあな」
『スカイ』はアレンに別れを告げると、改めて目的を果たすために【リンゴの森】へと向かっていくのだった――