*第十九話*怪しい助っ人
次の朝――ゼロが踏みつける事により、シオンとリーフの朝は始まるのだ。
その前に起きればいいのかもしれないが、意外と難しいものだ。
「もう、なんでいつも踏みつけるのよ」
「もう少し優しくしてくれたっていいのに………ねえ、シオン?」
「そうよ。全く…本当に容赦しないのね、ゼロって」
2匹は(少しでも扱いが改善されるように)わざとゼロに聞こえるように喋っていた。
しかし、反応は帰ってこない。二匹が視線を向けると、どうやらゼロは考え事をしているようだった。
「ど、どうしたの?ゼロ」
「…嫌な予感がする」
普通ならこれはかなり深刻な顔をしながら言うセリフである……
筈なのだが、いつも通り無表情なのであまり深刻には感じられない。
表情が変わりにくいため、本気なのか冗談なのかわかりにくいのだ。
「……ホントに?」
「……なんだその疑いの目は?」
「あんたの表情がわかりにくいのが悪い」
「…単純明快じゃないか?」
「いやどこが!?」
「ねぇ、行こうよ〜」
空気を読まないリーフの台詞が混じっている。空気が読めていないのは天然だからか、わざとなのか。
ゼロは溜め息をつくと、さっさと歩いていく。朝礼に遅れないようにしないとうるさいのだ。
シオンはゼロを疑ったまま、広場に向かっていった。
「えー、今日は新しい仲間を紹介するぞ」
シモンの言葉により、皆がザワザワと騒ぐ。
「新しい仲間?また弟子入りか?」
「さあ…」
「どんなポケモンでゲスかねぇ…」
弟子達はかなり気になっているらしく、周りと喋り合っている。
リーフとシオンも「もしかしたら後輩が出来るかもね♪」などとニコニコ喋り合っている。
その瞬間だった。悪臭ともとれる臭いがしたのは。
一瞬にして全員(約一名を除く)が顔を顰めた。
そして、弟子の何匹かが――特にリーフが苦手としているポケモン達。
そのポケモン達が下りて来た時、リーフは驚きに唖然としており、ゼロは小さく――誰にも聞こえない程度の音で「…チッ」と舌打ちをした。
「この三匹が新しい仲間だ♪」
シモンは気になっていないようだが、殆どの弟子達は顔色が悪い。
恐らく、悪臭のせいだろう。
「ケッ、ドガースのトゥルム・マレオスだ」
「ヘヘヘッ、ズバットのアビス・ウェガフェルだ」
「そしてこの俺様がチーム『ドクローズ』のリーダー、スカタンクのグラッジ・ネグレクトだ。
覚えておいてもらおう」
そこで台詞を切る。
弟子達は、悪臭のせいだろうが顔色が悪く、なんとか悪臭に耐えているようだった。
そんな弟子達の様子を見て、ドガースとズバットは更に嫌な笑いを浮かべ、スカタンクはリーフ達の方を見る。
「特にお前等にはな」
ビクッと肩を揺らすリーフ、怪訝そうな表情のシオン、そして自分の仲間を意図も容易く倒したゼロを順番に上から目線で睨みつける。
リーフは明らかに怯えているのがわかる。
シオンは「何なのよ…何様のつもり?偉そうにしちゃって…」などとブツブツ愚痴をこぼしている。ある意味強い。いろんな意味で、精神的に。
「…っていうか、『ドクローズ』ってチーム名どうなのよ。趣味悪すぎでしょ、っていうかセンスないわね…」
勿論、『ドクローズ』に聞こえない程度の大きさでだが、バカにしている。聞こえていたら大ゲンカ間違いなしである。
ちなみにシオンは途中から仲間になった為、『ドクローズ』がどんな輩なのか知らないのだ。
一方のゼロは――――
「……………」
ゼロは珍しく言い返さなかった。俯いているのだ。
その様子を見て、シモンは珍しいなと首を傾げているし、『ドクローズ』は更にニヤニヤしている。
「…ゼロ?」
「ちょ、どうしたの?」
リーフとシオンは珍しく言い返さないゼロが変だと思っていたのか、話しかけてみる。
だが、返事は来ない。
だがその時、リーフは小さな音が聞こえた。
まさか、と思いつつその音のする方を見ると――――
ゼロの手の方だ。見ると、蒼い波動の様な物を手に纏っているのだ。ゼロの得意技、はっけいだ。
そこで何気にリーフは青ざめた。まずい、と。
ようやくゼロが顔を上げ、喋った。顔は無表情なのに、声は苛立っているのが即座にわかった。
「……オマエ等。一発殴らせろ」
目は殺気を抑え込んでいるのでそこまで怖くはないが、無表情というのが何より怖いのだ。
流石に、『ドクローズ』の顔色も変わる。
シオンとリーフも顔が青ざめ、飛びかかる寸前のゼロを一生懸命止めている。
仕方がないので、ゼロは渋々攻撃を止めたのだが、弟子達は密かにこんな事まで考えていたらしい。
本当に怒らせたら、『ドクローズ』よりゼロの方が怖いのでは? ……と。
シモンはそんな空気を読まずにグラッジとゼロの顔を交互に見る。
「何だ、顔見知りだったのか」
「…いや、このスカタンクは知らん」
「…まぁいい。とりあえずそれなら話は早い♪この方々は弟子入りではなく、遠征の助っ人として参加してもらうことになったのだ♪」
「えええぇぇぇぇ!!?」
「え?え?ちょ、リーフ?どうしたの?」
リーフはかなり驚いたようで大声を出し、シオンは何故叫んだのかわからないようで少しばかりオロオロしている。
「ん?何か問題でもあるのか?」
シモンが質問したので、リーフが慌てて答えようとする。
が、グラッジがそれを遮り、代わりに答える。
「シモンさん、アイツはいちいち大袈裟なんですよ」
シモンもグラッジの言葉を何故か信用したらしく、頷いた。おかげでリーフは『ドクローズ』について説明することができなかった。
「まあ、皆!短い間だが、仲良くしてやってくれ♪」
シオンは、(皆、短い間の付き合いの方がいいんじゃないかな?)などと考えていたらしいが。
ある意味正解である。
「さあ、皆♪今日も仕事に掛かるよ♪」
いつもならこの後、弟子たちの元気のいい覇気のある声が聞こえるはずだった。
――――のだが…
「「「「「「「「おおー………」」」」」」」」
いつもの元気の良さは何処へ行ったのか、明らかに渋々答えた、という感じの声になっている弟子達。
シモンは弟子たちの顔を一匹一匹確かめ、首を傾げる。
「あれ?皆どうしたの?元気がないな?」
「え〜…」
「だって……」
「それに…ねえ…」
皆が口ぐちに文句をいう中、シモンは首を傾げている。そちらの方が弟子達には信じられなかったりする。
すると、遂にウェルクが痺れを切らし、大声で不満をぶちまける。
その大声たるや、本気でうるさいものだった。
「だってよぉ!!!シモンはわかんねぇのか!?こんなに臭いのにさぁ!!
元気出せって方が無…理……」
大声で文句を言っている途中、ウェルクは「…たぁ………」という声を聞きとった。
それは確かにアスラルの声だったのだ。
皆がアスラルの方を向くと、悲しそうな顔をしている。
何がまずいのか『スカイ』以外の弟子全員の顔が青ざめる。
刹那、ギルド全体が揺れ始めた。
その瞬間、シモンの血の気がサァァ、と引いていった。
「(まずい!?)み、皆!!無理にでも元気を出すんだよ!!」
「えぇ!?む、無理にでもってどういうーー」
リーフの問いにシモンは「いいから!!!」と叫ぶ。
何をそんなに慌てているのか理解していない『スカイ』や『ドクローズ』は首を捻るばかりである。
だが、何かまずい状況下なのは理解できた。
「今日も仕事に掛かるよ!!!」
「「「「「「「「おおーーーーーっ!!!」」」」」」」」
シモンの掛け声も、弟子達の掛け声(一匹を除く)も、いつも以上に大きい声だったが、何処か焦りも入り混じっていたのだった。
その声を聞き、アスラルはいつもの笑顔に戻り、地響きも止む。
その豹変ぶりは、ゼロが首を傾げるほどである。
それを見て、シモンや弟子達がホッと溜息をついたのを、ゼロは見逃さなかった。
(一体……)
ゼロは目を瞑り、思考を巡らせる。
今浮かんだ一つの疑問。
(一体、アスラルを怒らせると、どうなるんだ?)
朝礼が終わると、『スカイ』は早速依頼探しに行く。
…筈なのだが、リーフは何処かしら顔色が悪い。
「……あのさ、ゼロ、シオン…」
「何?どうしたの?」
「………?」
リーフに呼び止められ、ゼロとシオンは立ち止まった。
リーフは思いきって話すことにした。
「…あのね、『ドクローズ』が遠征の事を知ってここに入ったのって、もしかしたら、私のせいかもしれないの…」
「え?どういうこと?」
リーフの言葉の意味がよく解らないシオン。
まずシオンは『ドクローズ』がどんな者達なのか知らない。よくは思っていないようだが。
そこでリーフは、『ドクローズ』がどんな輩なのか、シオンに説明する。
その話を聞いたシオンは怒りを見せる。だいぶ逆鱗に触れたようである。
「許せない!!何て奴らなの!!?…でも、それとこれと何の関係があるの?」
「実は……」
リーフは昨日の経緯を二匹に話して聞かせる。
説明を終えると、シオンはかなり驚く。
「で、でも!リーフのせいじゃないわよ!そんな考えを企てたあいつ等が悪いんだから!!」
シオンは一生懸命リーフを励ます。が、あまり効果はなかったようだ。
「で、でも…」
「……別にいいだろ」
リーフの言葉を、ゼロが遮る。
ゼロが言葉を遮るなどという滅多にない珍しいことに、リーフもシオンもきょとんとする。
「「え?」」
「別にいいだろ、終わった事は終わった事だ。次に成すべきこと……つまり、これからどうすればいいのか、それだけ考えればいい」
それだけ言うと、ゼロは依頼選びの為に歩いていく。
「…うん。そうだよね!」
リーフは再び笑顔になり、ゼロの後を追い駆けていく。
一匹、取り残されたシオンは苦笑した。
「凄いわね…ゼロ…あんなに落ち込んでたリーフを簡単に励まして元気にさせちゃうんだから。私なんかには到底できないわ…」
この時シオンは心に劣等感を抱いた。
自分がこのチームにいなくても普通にやっていけるのではないか…と。
自分がこのチームにいたら、逆に足手纏いなのではないのか…と。
人に甘えるのも甘やかすのも苦手なシオンは、人を励ますのもあまり得意ではない。しかし、ゼロは表情一つ変えずにやってのけてしまう。シオンにとっては羨ましい限りだった。
(でも、今はそんなこと言ってる場合じゃないわね。私は私のできることをしなくっちゃ。
『ドクローズ』になんか負けてられないわ!!)
元々ポジティブなので、すぐに自分を励まし、悩みを吹っ飛ばす。シオンも2匹の後を追い、走っていった。
探検を終え、帰ってきて夕食を食べた後、3匹は部屋に戻ってきた。
「さ、流石に疲れた……」
リーフは部屋に戻った瞬間、布団に倒れこむ。
「そ、そりゃそうでしょ…。一日に十件も依頼こなすなんて、私もリーフもやったこと無いもの。はあ…」
などと文句を言いつつ、シオンも布団に倒れこんだ。
相当お疲れのようだ。
「………そうか?俺は全然平気だが?」
ただ1匹、ゼロはそれほどまで疲れていないようだが。
最も今回の依頼は、8件程はゼロ1匹で戦っていたようなもののはずなのだが。
「「あ、ありえない……」」
リーフとシオンは、布団の上でグッタリとしている。もう動く気などサラサラないようだ。
ゼロはもう既に布団に入り、寝る準備は万全だ。
シオンは既に寝ている。
「ありえない」と呟いた数秒後には寝息が聞こえるほど早かった。
リーフもシオンと同じくらい早いスピードで寝ている。
どうやら二匹とも相当疲れたようだった。
そんな2匹を呆れたような目で見ると、ゼロはふと思考を巡らせる。
(遠征…か。もし行けたら、俺の記憶も…戻るんだろうか)
ゼロ達が眠りに就いた同時刻のことだった。
明かりが消え、暗闇の食堂。その中に三つの影があった。
言わずと知れた、『ドクローズ』である。
「はあ…それにしても、腹が減りましたね〜アニキ」
「全くだ。ギルドの飯なんかじゃ腹一杯になりゃしねえ」
「どうします〜アニキ」
「決まっているだろ。ギルドの食料を盗み食いするんだよ」
「なるほど〜!」
「さっすがアニキ!」
三匹は、食糧が保管されている所へ歩いて行った。