*第十八話*お前はお前だ
「…暗い空だ」
小さく呟く青年の声。
「当たり前だろ」
呆れたように返答するもう1匹の男の声。
何を当たり前のことを言っている、といったような呆れを含んだ声である。
「…星空が、見たい」
「星?」
怪訝そうに尋ねた男に、青年は「あぁ」と短く答える。
その声は、感情が読み取りにくく、静かで冷静なのがありありと窺えるのに、どこか楽しそうに聞こえる。
あまり変化を見せない表情も、ほんの少し綻んでいて。
青年は楽しげに語る。
「…雪や、雨が降った後の星空は、普通の星空より綺麗で神秘的らしいんだ」
「…そうなのか?」
「…実際に見たことはないから、はっきりと事実だ、と言い切ることはできないが。本で読んだことがあるくらいだ、確か」
「読書好きだな…本当に」
「そうか?俺は寝るのも好きだが」
「誰もそんなことは聞いていない…」
呆れたように溜め息をつく男の声も、少し楽しそうで。
青年はツッコまれたことに対して首を傾げていた。
不意に男が話し出す。
「俺は、星を見るのは好きじゃない。のんびりしてて疲れる」
「せっかちだからな」
「うるさい」
不意に青年は空を見上げると、遠い目で虚空を仰ぐ。
その表情は、無表情ながらにどこか楽しそうに綻んでいて、男は不思議そうに青年をジッと見ている。
「…星は、綺麗だからな。
太陽のように明るく照らしてくれるわけじゃないが、深くて暗い闇夜の空を、儚く輝きながらも照らしてくれる、道標のような星々…
俺は、それが好きなんだ」
ゆっくりと、言葉を選びながら紡いでいく青年を男はジッと見据え、言葉に耳を傾けている。
「…本にあったすごい数の星が浮かぶ空はとても綺麗だった。いつか、あれぐらいの満天の星空を…見てみたい」
青年は、こちらを見据える男と目を合わせてそう語る。
「…お前の考え方なら、俺でも意外とゆっくり星が見れるかもしれない」
「…そうか。そうなったら、案外楽しいかもな」
ゼロはいつも通り起き上がると、窓辺に行き、外を眺める。
まだ朝日は昇らず、ゼロは空に浮かび続けている星を眺める。
「ゼロ。おはよー」
「……ん」
珍しく早起きのリーフに、たった一文字で答えるゼロ。
「何見てるの?」
「星」
あまりにも簡潔な言葉に苦笑しつつ、リーフはゼロの隣に立つ。
「ゼロは星が好きなの?」
「知らん」
「へ?」
あまりにもさらりと言われたので思わず素っ頓狂な声が出るリーフ。
それでも、ゼロの記憶はないのだということを思い出す。
「…だが。綺麗だとは思う」
「へぇ〜」
「…知ってるか?雪が降った後の星空は、普通の星空より綺麗なんだそうだ」
「え?なんで?」
「…俺も詳しくは知らないが。空気中の汚れを雪が一緒に落としてくれるんだそうだ。雨でも、同じ現象が起こると聞いた。正しいかどうかは知らないが」
「へぇー!ゼロ、詳しいね!!」
「…正しいかどうかは知らないぞ?
でも…一度でいいから見てみたいんだ」
ゼロが肩をすくめた、その時だった。不意に窓から光が差し込んできた。
とても綺麗な朝日だった。神秘的で、神々しいその光景に、リーフだけでなくゼロですらも目を奪われる。
「…やっぱり、綺麗だな」
「ゼロ、いっつもこれ見てるの?」
「あぁ」
「好きなの?」
「…朝日は好き。星空も、好きだ」
「そうなんだ」
そういえばゼロの一番好きな言葉は「スカイ」…つまり空という意味だと言っていた。
「嵐でも、雨でも雪でも…空が好きだから、天候は基本全て好きだな」
さてと、とゼロは起き上がる。
そして、シオンを踏みつけて起こそうとする。
それを止めるのにリーフが一苦労したのは、また別の話。
結局叩き起こされたシオンは、不機嫌そうにぶつぶつと呟く。
「今度から早起きしないとダメかしら…?」
「ま、まあ、別にいいんじゃない…?」
などと、リーフとシオンは早起き談義をしていた。
「え〜、という訳で、我々のギルドも久しぶりに遠征に繰り出そうと考えている」
シモンの言葉に、弟子全員が騒ぎ出す。
皆、遠征が楽しみなようだ。
「おおっ!!」
「遠征か!!」
「あっしはまだ行った事が無いので、是非行きたいでゲス!!」
「ってことはよ……またこの中からメンバーを選抜すんのか?」
ウェルクが質問すると、シモンは頷く。
「その通りだ。という訳なので、皆一生懸命仕事をして選ばれるよう、頑張ってくれ♪」
「「「「「「「「おおーーーーー!!!」」」」」」」」
「キャーーーー!!!何だか燃えてきましたわーーー!!!」
アーシャがハイテンションで喋っている。
「頑張って遠征メンバーに選ばれようぜ!!!」
ウェルクも気合を入れている。
「ヘイヘイ!!負けないぜ!ヘイヘーイ!!」
「お互いに頑張りましょう!!」
既に皆が燃えている。
リーフとシオンも、再度気合を入れなおしている。
ただ、やる気を感じられない弟子が一匹いた。
その場に似合わない欠伸の声が聞こえてくる。
弟子ポケモン全員が其方を向く。
そのポケモンはそんな皆の視線を気にせず、上に上がっていこうとする。
「……俺は、あんま興味無いからな。遠征」
この場の空気を重くする発言をするその弟子―――ゼロはポカーンとしているリーフとシオンに話しかける。
「…おい、リーフ。…俺が買い物してくるから、お前らで依頼選んどけ」
などと言いながら上がっていってしまうゼロ。
リーフ達だけではなく、他の弟子達でさえもポカーンとしていた。
この日からゼロが独断行動タイプだという話は一気に広がりを見せたのだった。
「……おい、ラウロ、エウロ」
「は〜い♪今日は何をお買い求めでしょうか?」
ゼロが暗く喋りかけても、いつでも明るいラウロとエウロ。
ある意味この二匹はすごいといえる。
「…リンゴ三つとオレンの実二つ」
「かしこまりました〜!」
ポケを出しながら注文をし、買い終わると、なんとなく崖の方に向かう。
崖に着くと、何か茶色のポケモンが騒いでいるのが見えた。
ギルドの弟子の一匹、アルバである。
何故かはわからないが「海よぉぉぉーーーーーーーーー!!!」と叫んだ。
瞬間、ボコッと地面に潜って帰って行った。
なんだったんだ、と思いつつも先ほどまでアルバがいたところまで歩いていくと、座り込むゼロ。
「…海、綺麗だな」
「ゼロ。ゼロ!」
「……ん」
座り込んだ状態のままウトウトとしていたゼロは、聞き慣れた声で起こされた。
そして、ゼロは自分を起こしたそのポケモンに話しかける。
「……何してんだ?シオン」
ゼロに話しかけられ、シオンは呆れたような表情になった。
「あんたが帰ってこないから、依頼選ぶのはリーフにまかせて来たのよ。リーフが探してきてくれっていうから」
「…リーフはまだ決めてないのか」
「ったく…買い物は?」
「…終わった」
「ここで何してんのよ?」
「アルバがわけの分からんことを叫んでたから座ってみた。そしたら眠くなった」
「いや意味わかんないわよ」
思わずツッコむシオン。
ゼロは「そうか?」と首を傾げた。ボケているのか本気で言っているのかこの上なくわかりにくい。
「…まぁいい。さっさと行くぞ」
ゼロはバックを下げると、ギルドの方へ歩いて行った。
その後ろを、シオンは慌てて追いかけるのだった。
一方、そのころ――
「う〜ん…。ゼロが文句言いそうだけど、救助依頼にしとくかな」
などと考え、リーフは梯子を登り、救助依頼のある掲示板へ――
と思ったが、掲示板の前には既に別のポケモンがいた。
そして、そのポケモン達とは――
「あああーーーー!!?あ、あなた達はあの時の!!」
「ん?…ああーーーー!!?テ、テメエはあの時の!!」
お互いによく知っているポケモン。
そして、あまり会いたくない相手でもあったのだが。
そのポケモン達は―――ドガースとズバット。
かつて、リーフの遺跡の欠片を奪おうとしたポケモン達だ。
そして、彼らにとっては、リーフの相棒であるゼロに敗北したという苦い思い出がある。
三匹の大声で起きてしまった沈黙を最初に破ったのは、リーフだった。
「…嘘…なんで…あなた達がいるの…」
途切れ途切れに出したその言葉は、驚きで満ちていた。
一方 ドガース達は冷静に答える。
相手が動揺しているとかえって落ち着くようである。
「どうしてかって?そりゃあ、俺達も探検隊なんだからいいじゃねえか」
「ええぇーーー!!?あ、あなた達が探検隊!?嘘でしょ……!?」
この言葉には、リーフもかなり驚いたようだ。
「ヘヘッ。探検隊が掲示板の前にいて何が悪いんだよ?」
「まあ、やり方は少しあくどいがな」
(うわあ…自分で認めちゃってるよ、この人達…)
リーフは心の中で呆れている。内心だけに留めているつもりだろうが、目が呆れているので上手くいっているとは言えない。
ズバットはリーフに冷やかしの言葉をかける。
「そういうお前こそ、何でここにいるんだよ?」
その言葉にウッと詰まってしまうリーフ。別に詰まる必要はないのだが。
が、途切れ途切れになりながらも言い返す。
「わ、私も探検隊になりたくて…それで…ここに弟子入りして修行してるんだ…!」
我ながら情けなくなるリーフ。
あの時の自分とはもう違う――そう思っていた。
しかし、普通に話そうとしたのに――もう少し強気でも良かったのに、結局は声のトーンが下がっていってしまうリーフ。
しかし、リーフの言葉は二匹を驚かせるのには十分だった。
「「なにいいいいぃぃぃぃぃ!!!?」」
二匹は揃って驚きの声を出す。
信じられない、といったような表情である。
「お、お前が探検隊だってええぇぇぇ!!?」
どうやらわざとではなく本気で驚いているらしい。声が本気で驚いているのがわかる。
そして、二匹は目配せをすると、リーフを部屋の隅に連れていく。
「な、何?」
突然の事にリーフは戸惑っている。
しかし、相手に負けないようできる限り強気で話しかける。
「オイ、悪い事は言わねぇ。お前、探検隊は諦めろ」
その忠告とも取れる発言に、リーフはかなり驚いた。
「ええぇっ!?な、何で?」
「だって、お前弱虫じゃないか。お前みたいな弱虫には無理だって」
「うっ……」
自分でもまだ自覚しているのか、また詰まってしまうリーフ。
しかし、すぐに顔を上げると言い返す。
「た、確かに私は臆病だよ…でも!
そんな自分を変えたくて…そんな自分に負けないように…一生懸命修行しているつもりだよ!!」
リーフに強く反論され、これには驚く二匹。
まさか反論してくるとは思わなかったのだ。
「それに!今も遠征メンバーに選ばれるよう、頑張ってるんだから!!」
リーフのこの言葉には反応するドガースとズバット。
「ほう。遠征があるのか」
「いい話を聞いたな、こりゃ」
その発言を聞いた時、リーフは心の何処かで「しまった…」と感じていた。
何故しまった、と思ったのかは本人は無自覚だが。
その時、何処からか嫌な臭いが漂い始めた。要するに悪臭である。
「きゃーーーーーー!!!なんだかオナラ臭いですわーーーーー!!!」
アーシャが大声を出す。
どちらかというと、悲鳴に近かったが。
それと同時にハバルも騒ぎ出す。
「ヘイヘーーーイ!!なんだってんだーーー!!?ヘイヘーーイ!!」
そこでクレファが慌てて自分を弁論する。
「あっしがしたんじゃないでゲスよーーーー!!!?」
「じゃあ誰がしたってんだーー!?ヘイヘーーイ!!」
謎の言い合いを続けるハバルとクレファ。
もはや誰も相手にしておらず、全員に無視されているが。
「お!噂をすればこのニオイ!!」
「ニオイ?」
「ヘヘヘッ、アニキのお出ましだ!!」
どうやらこの二匹は平気らしい。
「ア、アニキ?」
「ケッ、我らが『ドクローズ』は全員で三匹。そして、アニキこそが“ドクローズ”最強のお方なのだ!!」
胸を張って偉そうに言う。
リーフは内心、頬を膨らませていた。表情にも少なからず表れているので、感情を内心に留めているとは言えないが。
(何それ…あなた達、結局は人任せじゃん!それで偉そうにしないでよ!!)
その時、何者かが下りてきた。
スカタンクと呼ばれる種族だ。さっきの悪臭はこのポケモンのせいだろう。
しかし、妙にオーラがあった。
強い、というのを本能で感じ取るリーフ。
「どけ!!張り倒されたいのか!?」
スカタンクの威嚇と威圧(+悪臭)により、リーフは怯んでしまう。
そして渋々そこを退く。
近寄ってきたスカタンクに、ドガースとズバットは笑みを浮かべている。
「さっすがグラッジのアニキ!!」
「ホントホント!!」
「そんな事より、トゥルム、アビス。金になりそうな仕事はあったのか?」
「いいえ、残念ながら…」
「でも、いい話が……」
トゥルムと呼ばれたドガースは首を横に振る。
そこで話を切り、ズバット、つまりアビスはグラッジと呼ばれたスカタンクの耳元でヒソヒソと囁く。
「ほう?遠征か。それはおいしい話だな。早速帰って作戦会議だ」
それだけ言うと、スカタンクは梯子を使って上がっていった。
「ヘヘッ、じゃあな、弱虫君」
ドガース達もそれを追っていく。
その後、リーフが暫くボーッとしていると、ゼロとシオンが帰ってきた。
「リーフ?どうしたのよ、大丈夫?」
「え、あ、うん……」
リーフは立ち上がると、ゼロに尋ねてみる。
その表情は、暗く沈んでいる。
「ねえ、ゼロ」
「…なんだ」
「あのさ…私って、やっぱり臆病なのかな……」
いつもよりリーフの声はトーンが小さい。
シオンはそんなリーフを「どうしたの?」などと尋ねながら宥めている。
シオンは宥めながらも、ゼロに視線で早く答えなさい、と訴えかけている。
その場に静寂が訪れる。ゼロはどう答えようか考えているのか、黙り込んだままだ。
やがて、ゼロは口を開いた。
「……ああ、お前は臆病だ」
「!?」
「っ!?ちょ、ゼロ!!」
まさか、相棒にまで言われるとは心の何処かではありえないとでも思ってはいたのか、驚いているリーフ。
そして、いくらゼロでも、こんな時だったら優しい言葉を掛けるかと思っていたシオンも驚いている。
そんな二匹の反応は気にせず、ゼロは淡々と続ける。
「…お前は臆病で、いくじなしで無駄にヘタレで弱虫だ。確かにそうだ」
「…そうだよね…」
「ちょっとゼロ!あんたねー!!」
ゼロの言いように、さらに落ち込むリーフとそれを宥めながらゼロに怒るシオン。
「…ちょっと待て。勝手に話を終わらせるな」
「…え?」
「は?」
「……確かにお前はさっき言った通りの奴だ。
だからなんだ?臆病だからなんだ?弱虫だからなんなんだ?これから変えていけばいい。
それなのに、お前はなんだ?落ち込んでばかりじゃ何も変わらないだろ」
ゼロは一端そこで話を切る。
「…お前はお前だろ。自信を持っていけばいい」
「…うん!!」
ゼロに励まされるのはかなり珍しい。
滅多に他人を元気付けようなどと考えないからだ。
リーフは嬉しそうに自信を持って答える。シオンも納得顔でゼロに話しかける。
「偉いわ、ゼロ!見直したわ!!」
「……あまり喋りたくないんだがな」
ポソッと呟く。彼は喋ること自体が本当は嫌いなのだそうだ。
その言葉を聞いた瞬間、シオンは溜息をつき、頭を抱える。
「あんたって、ホントよく解らない奴ね……」
「…それは褒めているのか?貶しているのか?」
「いや普通貶されているって考えるでしょ」
「ゼロだから!」
「それ意味わかんないしフォローになってないわよリーフ」
すっかりいつもの調子に戻る三匹。
「…ところで。何で悩んでたのかは知らないが、依頼は決まったのか」
「…あ!」
「決めてなかったの!?」
リーフは大慌てで依頼を選ぶと、「これにしよ!」とゼロとシオンに見せる。
その仕事内容に、ゼロが小さく舌打ちしたのは誰も知らなかったりする。
依頼を終え、ギルドに戻ると、既に夕食の時間だった。
急いでお礼を受け取ると、食堂まで走っていく二匹…と、歩いていく一匹。
昨日の要望通り、ゼロの夕食は少なめだ。
要望を通りにしてくれたらしい。ゼロは心の中でシャラに感謝した。
しかし、挨拶をした瞬間、食らいついていく弟子達を見て、ゼロは改めて、ある意味で凄いと思ったのだった。
シオンはこの光景を見て、たった一言。
「食べ物の恨みは恐ろしいっていう言葉があるけど…皆、食べ物への執着は半端ないわね」
「ふああ〜…お休み〜」
布団に就いた瞬間この発言をしたのはリーフ。
どうやらそうとう疲れたらしい。間髪入れずに寝息が聞こえてくる。
次に寝たのはシオン。
こちらも布団に入って数十秒後には寝息が聞こえていた。
そして、ただ1匹、ゼロは嫌な予感がしたため起きていた。
面倒な事が起こりそうな気がしていたのだ。
しかも厄介なことに勘は意外と当たるタイプなのである。
とりあえず早起きをする為、ゼロも無理やり寝付く。
この後、本当にゼロの予感が的中するとは知らずに………