*第十五話*同じ境遇
「…お前…もしかして、人間なのか?」
ゼロの放った言葉により、その場の空気が凍りつく。
「ちょっと、ゼロ?何言ってるの?」
意味がわからない、というような顔をしているリーフ。
一方のシオンは、表情が凍りついている。
「……あの依頼に書かれていた文字は、間違いなく人間の使う文字だ。
…それ以外に理由はないが、…ちょっとな」
「えぇ…?あのね、これで違ったらどうするの!?ねえ、シオン……シオン?」
シオンに話を振るが、シオンは妙に落ち着いていた。
その落ち着きぶりに、リーフは話を振った張本人にもかかわらず首を傾げてしまう。
「…そう。なるほどね?私が知ってる文字と、ポケモンが使っている文字とは違うのね」
「え…シオン?」
シオンはスッとゼロを見据えた。その瞳には迷いなどは全くなく、まっすぐゼロだけを見据えていた。
「……そうよ、私は人間。…いえ、元人間と言った方がいいかしら?」
その言葉に、リーフは驚きに目を見開く。
彼女__シオンもまた、人間の一人だったというのだ。
シオンが人間だと解った瞬間、ゼロはシオンに近づいていった。
尋ねてみたかった疑問を口にする。
「…お前、記憶はあるのか?」
「いいえ、残念ながら無いわ。自分が『シオン・アルシオーネ』と言う名だったという事と、この耳飾りを付けていたってことだけ」
シオンは、今も付けている耳飾りを見せてくれた。
雫の形をした、ルビーで出来ているイヤリングだった。
「……!?…お前も、か………」
「お前も?」
リーフは周りの空気が重くなるのを感じた。そうでなくても、ここはダンジョンの中であることに変わりはない。そんな場所で話をするのは危険だと思ったリーフは、黙りこくっている2匹に遠慮がちに話しかける。
「……と、とりあえず帰ろう?ここにいたら、野生ポケモンに襲われるかもしれないしね?」
リーフの促しにより、二匹はとりあえず会話を中断した。
ゼロはまずシオンにバッジを翳すと、バッジの能力を使って自身もギルドに帰っていった。
「で?」
ギルドへ戻ったゼロ達は、シモンには聞かれぬように、話し始めた。
こそこそと話している3匹を、シモンは訝しげに見てはいるが、話に介入してきたりはしない。
ゼロは、単刀直入に切り出した。
「…俺から話す。……俺は目が覚めたとき、海岸に倒れていて、その時コイツに助けられた。その時は、既に記憶が無かった。
それで、記憶を取り戻すため、コイツと探検隊を始めた。……お前は?」
簡潔に話を締めくくると、今度はシオンに振る。
話を振られたシオンは頷き、話し始める。
「私は、気がついたら【幸せ岬】って所にいたの。そこから、記憶を戻す為に旅に出たの。それで、薬草がほしいなって思ったからアスコットとあの山に登ったら、あいつ等に絡まれたって訳。どうやら、これが欲しかったみたいだけど」
シオンは話し終わると、はぁ…とため息をつく。
「…あ、あの。一ついいかしら?」
「………?」
「何?どうしたの?」
シオンは、ここに来るまで考えていたことを思い切ってゼロとリーフに話してみる。
「私、『スカイ』に入りたいのよ。だから、入れてもらってもいい?」
「え!?」
「………」
シオンの突然の提案に、驚くリーフと、動じないゼロ。
暫くの沈黙が続く。
その沈黙を破るように、シオンは理由を話し出す。
「自分が何なのか知りたいし。探検隊をしていればわかるかもしれない。
それに、ゼロは境遇が一緒だし。どちらかの、ポケモンになってしまった謎が解ければ、もう一方のポケモンになってしまった理由がわかるかもしれないと思ったのよ」
理由をしっかりと述べ、自分の考えをできる限り簡潔に伝える。
それでも、この2匹の沈黙はやはり破れることはない。
「……ダメ…かしら…?」
リーフがプルプルと震えていることに対し、ダメなのかと諦めかけるシオン。
(私なんかが入ったところで、戦力はゼロがいるから逆に足手まといになるかもしれないし……
無理だったとしても、しょうがないわよね……)
そんなことを考えていたシオンの耳に入ってきた言葉は、シオンが望んでいた言葉だった。
「ううん!寧ろ嬉しい!是非、入って!!」
「え…い、いいの?」
「うん!ねぇ、ゼロ?」
満面の笑顔で、話をゼロに振るリーフ。
ゼロはシオンとリーフを見る。
(…この場合、俺が「嫌だ」って言ってもきっと聞かないな…コイツ。ま、いいか…)
はぁ…と溜め息をつくと、無言で首を縦に振る。
これには、シオンも少し驚いた顔をした。
ゼロの場合、断ると思ったのだろう。
「ほ、本当にいいの?」
「…同じ境遇の者は、記憶を戻すのにも必要だと思っただけだ。
……それに、俺が断ってもコイツがきっと聞かないからな……」
ゼロの意見にコクコクと頷くリーフ。
断っても聞かない、という部分に賛同しているらしい。
それを見て、さらに溜め息をついてしまうゼロであった。
「ありがとう!これからよろしく!」
ようやく笑顔を見せるシオン。こうして、探検隊、チーム『スカイ』に新しい仲間が増えた。
アスラルにもシオンを紹介した後。
戻ってきたシオンはフラフラと千鳥足である。
慌てて駆け寄るリーフと、対称的に本から目を離さないゼロ。
「シオン…大丈夫?」
「とにかく耳が死んだわ…」
「アハハ…」
「諦めろ」
「何かきっぱり言いきられた!?」
本から顔を上げることなくさらりと言ってのけたゼロに思わずツッコむシオン。
「とりあえず、今日からここで寝泊まりするから。よろしくね」
「…テリトリーが減る」
「心配するところそこなのかしら!?」
ゼロ達の部屋で寝ることとなったシオン。最初からこんなにツッコんでこの先大丈夫なのか。
次の日は、ゼロがなかなか起きないリーフとシオンに苛立ち、踏みつけて起こしたことから始まった。
「何も踏みつけなくてもいいのに…ねえ、リーフ?」
「そうだよね…でも慣れてないシオンにあれを聞かせるのはちょっと…ね」
苦笑いしながら自身の嫌な思い出を思い起こすリーフ。
“あれ”とは、恐らくウェルクの目覚ましだろう。
正直言って、シオンにあの目覚ましは聞かせたくない、というのがリーフの本音だろう。
(それに、次あれを聞いたら、ウェルクがどうなるか…)
ウェルクの心配をするのは、きっと次ゼロがあの目覚ましを聞いたら怒ってウェルクを攻撃するんじゃないか、というリーフの考えからだった。
「え〜、今日 皆に知らせたいことが2つある。1つは、ゼロ達のチームに新しいメンバーが入った。
おい、こっちに来て挨拶しな」
「シオン、呼んでるよ」
「わかってるわ」
それだけ言うと、シオンは皆の前に来た。
「シオン・アルシオーネです。『スカイ』に入りました。ご迷惑をおかけするかもしれませんがよろしくお願いします」
礼儀正しくぺこりとお辞儀をすると、リーフの隣へ戻っていく。
『スカイ』にもやっと常識人が入ったと、しばらく話題になっていたのはここだけの話。
「え〜、2つ目は、ここから南東へ行った所に【キザキの森】という場所がある。
その場所の時が…止まってしまったらしい」
シモンの一言で、新しい弟子入りに嬉しそうに気持ちが沸いていた弟子ポケモン達に戦慄が走る。
「時が止まった!?」
「そんなことがあり得るのか?」
シモンはただ、淡々と説明する。
「時が止まったキザキの森は………風も吹かず、雲も動かず……葉っぱについた水滴も落ちることはなく…ただその場で佇むのみ…」
「でも……なんで、キザキの森の時は、停止しちゃったの?」
リーフは疑問に思ったことをペラップに聞いてみた。
最もな疑問だろう。原因が気になるのは皆同じである。
その時、弟子の一匹、アーシャが頭の中で最悪の事態を予想してしまった。
「まさか…」
アーシャのその一声だけで、誰もがその考えを予想した。実際は、ゼロとシオンを除いて、だが。
「そうだ……その森の中には"時の歯車"があり、それを何者かに盗まれてしまったらしい」
“何者かによって"時の歯車"が盗まれた”……
その事実を知った弟子達は、衝撃を受けた。
「"時の歯車"が…!?」
「噂でしか聞いたことがありませんでしたけれど……本当に実在していたのですね」
「しかしよぉ!!!誰がそんなことをしたんだよ!!"時の歯車"を盗むなんて!!」
怒りとショックを隠せない弟子達の反応を見て、ゼロは首を傾げ、シオンは余程大切なものなのだろうと推察する。
ウェルクの怒りのこもった質問にシモンは表情を暗くしつつ返答する。
「まだそれはわからない。しかし、アギル保安官が既に調査に乗り出している。
不審な者を見かけたら、即刻知らせてほしいとのことだ。
伝えることは以上!それじゃあ皆!今日も仕事にかかるよっ!!」
「「「「「「「「おおーーーーー!!!」」」」」」」」
「おい、お前達!ちょっとこっちに来なさい!」
シモンの呼びかけで、すぐにシモンの元へ走っていくリーフ、早歩きで駆けていくシオン、欠伸をしながら歩いていくゼロ、という風に、いっそ清々しい程バラバラな行動態度を見せる『スカイ』。
「お前達、ここのギルドにもだいぶ慣れたな。まあ、シオンは昨日来たばかりだが…
そこで!今回は今までとは違って、探検隊らしい仕事をやってもらおうと思う」
「えっ!!」
「探検隊らしい…?」
「………」
上から順に、リーフ、シオン、ゼロである。
「ゼロ。不思議な地図を広げてくれ♪」
ゼロは言われたとおりにする。チッ、という軽い舌打ちを忘れずに。
「ここだ♪今回はこの滝を調査してきてほしい♪」
シモンが指した部分は、大きな滝のある場所だった。
「ここに、実は何かしらの秘密が隠されているんじゃないか、という情報が入った。
その調査を、お前達にしてもらおう、という訳だ。わかったか?」
ここで、本心は謎だが素直に「了解しました」と答えるシオン、面倒くさそうな顔をするゼロ。
そして……何故か震えているリーフ。
「?どうしたんだい?」
シモンが尋ねるが、返事がない。
よく見ると、リーフは涙を流していた。
「ど、どうしたのよ、リーフ!?」
「どこか痛いのかい!?」
シオンとシモンが心配する中、ゼロだけは冷静でいる。…いや、軽く眉を顰めている。
何で泣いてんだ、こいつ?全く意味が分からん…とでも言いたげな表情だった。
「……大丈夫、武者震いだよ。私、初めて探検隊の仕事が出来るんで、感動してたんだ………」
なんだ、とホッと胸を撫で下ろすシオンとシモン。
「私、なんだか凄くワクワクしてきたよ!頑張ろうね、ゼロ、シオン!」
「…………ああ」
「わかってるわ。頑張りましょ♪」