*第十四話*読めない依頼
【キザキの森】
ゼロとリーフが眠り込んだ時間、【キザキの森】と呼ばれる深い森の中を、一匹のポケモンが全速力で走っていた。
夜だということもあり、辺りは真っ暗。
それに加え、天候は嵐ということもあるので、そのポケモンの姿は全く見えない。
「まだ着かないのか…」
そのポケモンは奥地へ向かっていたが、奥地らしき場所が全く見当たらないことに少々苛立ちを感じていた。
しかし、奥の方が青白く光っているのを見ると一気にスピードを上げ、最深部に辿り着く。
光の元となっているものを見つめる。
「ついに見つけた……時の歯車!」
空中に浮き、不思議な光を出しているもの――――
それは、その地域の時間を支える物でもあり、正常な時の流れを守るための宝でもある。
その為、どんな悪党だとしても、時の歯車を決して盗もうとはしない。
しかし、そのポケモンは、躊躇なく時の歯車に近づいていく。
途中で誰かが見ていないかどうか、確かめはしたものの、その後は躊躇なく手を伸ばし、『時の歯車』を掴み取る。
その瞬間、周りの時が止まり、辺りは暗闇に包まれる。
「まずは……一つ目!」
そのポケモンは一言呟くと、時の歯車を自分のカバンにしまい、来た道を、全速力で走りぬけ、出口に向かった。
ゼロは不意にフッと目が覚めた。
小さく独り言を呟き、隣を見る。
リーフはまだ眠っている。しかも、この上なく幸せそうに。
窓からは光が差し込み始める。そろそろ朝日が出る時間帯なのだろう。
ゼロは窓辺にいった。
大地から光が出始め、神々しさを感じさせる様な朝日が出始める。
ゼロはこれ程美しい物を見たことが無かった。
たまたま早く起きたとはいえ、ゼロが早起きして本当によかった、と思ったのはこれが初めてだろう。
(………すごい、な…)
暫くの間、ゼロは朝日を見つめていたが、そろそろウェルクが来るのでリーフを起こそうとした。
しかし、熟睡しているのか、揺すっても全く起きない。
少し考えた後、何故かゼロはリーフの上にドカッと座った。
「う〜…く、苦しい…」
リーフが目を覚ますと、ゼロはゆっくりとリーフの上から降りる。
「もう…何するの!?」
「…そろそろウェルクの来る時間」
「えっ?…あ、来た」
リーフが入口を向くとウェルクが入ってきた。
ゼロとリーフが起きているにも関わらず、大声を出そうと大きく息を吸い込む。
その瞬間、ゼロのはっけいで吹っ飛ばされていた。
「「「「「「「「みーっつ!!皆笑顔で明るいギルド!!」」」」」」」」
「さあ、皆!今日も仕事に掛かるよっ♪」
「「「「「「「「おおーーーーー!!!」」」」」」」」
斉唱が終わると、ゼロとリーフは地下一階に向かう。
シモンに、今日は依頼を自分達で決めて実行しろ、と言われた為である。
「…お尋ね者捕まえる依頼でいいだろ」
「えー!?だ、だって怖いじゃん!!」
ゼロはお尋ね者を逮捕する依頼がいい、と提案したが、リーフにより即 却下された。
というか、お尋ね者という言葉に対してのリーフのこの恐怖心はなんなんだ、と真面目に考えてしまう。
「これなんかどうかな?」
リーフが進めたのは、黄色グミを取ってきてください、というシンプルな依頼だった。
すぐにゼロから「…却下」という声が飛ぶ。おつかい系の依頼は、なんとなくやる気が起きないのだ。
ゼロは「荷物まとめてくる、変なの選ぶなよ」と言い残し、1匹でトレジャータウンへと赴く。
そのため依頼を決めることになったリーフは頭を抱えている。
「もう、どんな依頼だったらいいの…」
依頼をどれにしようか、悩みながら愚痴を漏らす。
そんな中、不意にリーフが見つけたのは、見たことのない字で書かれた依頼。
「何これ?変な文字……」
シモンが丁度、地下一階にやって来た為、聞いてみたのだが。
「なんだい、その字は?ワタシも見たことが無いよ」
情報通なシモンにもわからないのだから、解るものはこのギルドいるはずがないだろう。
「案外、文字に見せかけた悪戯書きかもしれないねぇ」
「そうかな…でもそれだったら、まずここまで来ないと思うけど」
「そりゃ皆、読めなかったら捨てるかそのままギルドに回してくるとかするだろう」
「そう…なのかな?でも、場所を特定するにも、肝心の文字が読めないんじゃなぁ…」
そこへ、トレジャータウンから戻ってきたゼロが「…何してんだ?」と怪訝そうに尋ねる。
「この依頼なんだけどね?読めないねーって話してたの」
「…見せろ」
「あ、でもシモンでも読めなかったから…!」
ところが、ゼロに見せると、思いっきり訝しげな表情をされた。そして実にあっさりと読み解いた。
「…え〜っと…
『助けてください。なんか解らないけど、いきなりポケモンが襲ってきたんです!味方が1匹いるけど、私も彼もそろそろ限界です。
場所は多分山の中で、山頂近くがトゲトゲしています。
お願いします!助けてください!』
………だと。
…なんだ?依頼、これにするのか?」
「「え……えぇ!?」」
思わずリーフもシモンも驚きの声を上げる。
無理もないだろう。あれだけ読めない読めないと騒いでいたのに、まさかゼロが簡単に読み解いてしまうとは。
「…トゲトゲした山っていえば【トゲトゲ山】だろ。さっさと行くぞ」
「え?あ、うん…!待ってゼロ!」
さっさと歩いていってしまうゼロを、ハッと我に返ると慌てて追いかけるリーフ。
依頼通りに2匹は【トゲトゲ山】に向かった。
襲いかかってきたワンリキーをマジカルリーフで倒すと、ふと疑問に思ったことを口にするリーフ。
「ねえ…あのさ、ゼロ」
「…ん?」
さらに襲いかかってきたイシツブテを葉っぱカッターで倒すと、リーフは質問を続ける。
ゼロは別のイシツブテを一蹴すると、首を傾げる。何故質問されるのか、とでも言いたげである。
「どうしてゼロは、あの依頼が読めたの?」
「……どうしてかって言われてもな」
頭を掻くゼロ。答えようがないのだろうか。
「…逆に聞くが、お前はなんで読めなかったんだ?」
「うぇ!?そ、そんなこと言われても…
だって、見たことない文字だったし…」
「…だろうな。まぁ、読めなくて当然だとは思う。…あれ、人間が使う文字だしな」
「に、人間が使う文字!?」
ゼロは最初、ポケモンが使う文字__足形文字が解らなかった。
ギルドに入門した後、リーフに教えてもらい、今では読んだり書いたりもできる。
「…俺は元々人間だからな。人間が使う文字くらいは、多分わかる」
しかし、元は人間である為、人間が使う文字も解るらしい。
多分、がついたのは謎だが。
「…おい、あれか?」
「え?」
不意にゼロの指差した方向には、2匹のポケモンが、10数匹のポケモンを相手に戦っていた。
次の瞬間、ゼロは素早い動作でその中に突っ込んでいった。
「ちょ、ちょっと!?ゼローーー!?」
1匹置いていかれたリーフは慌てていた。
「はぁ…はぁ…もう、倒しても倒しても全然数が減らないじゃない!!」
「そんなこと、言われてもね!!俺も頑張ってんだけどな!!」
そのポケモン__ロコンは相手を倒しながら愚痴を漏らす。
口調や声音からして女のようだ。
そのロコンの愚痴に答えながらポケモンを倒していくブイゼル。
こちらは口調や声音からすると男のようだ。
しかし、相手がただのポケモン達ではないことに、彼女達は気付いていない。
「おい、お前がその耳飾りを渡せば、それで済むんだぜ?さっさと渡せ!」
相手のボスらしきポケモン――サイドンがロコンを脅す。
彼らはお尋ね者――しかもAランクという、かなり凶悪なポケモン達なのだ。
そんな者達を相手にしているとは知らず、彼女は強気に言い返す。
緋色の耳飾りを揺らしながら。
「うるさいわよ!なんであんた達にこれを渡さないといけないのよ!?お断りよ!それに……」
彼女はぐるりと周りを見回すと、サイドンに向かって挑発的に言ってのける。
「…それに、しつこい男は嫌われるわよ、オジサン?」
「なっ……!!」
馬鹿にされ、元々気が短いのだろう、簡単にぶち切れた。
意図も簡単にブチ切れたことに内心拍子抜けしつつも、それを表情には出さない。
「あはは…さすがだな。なんか、簡単に挑発にのってるし」
ブイゼルが呆れたような苦笑いをしながら頭を掻く。
彼も敵があまりにも簡単に挑発にのったことに内心呆れている様子だ。ロコンとは違い、とてもよく顔に表れているが。
「うるせえ!だったら、力ずくで奪い取る!」
サイドンの命令でサイドンの手下達は再び陣形を組んで二匹を取り囲む。
互いに背中合わせになりながら、ロコンは不意に呟く。
「ごめんなさいね、アスコット。巻き込んで」
「大丈夫だ。それに、元々巻き込んだのは俺なんだ。謝るのは俺の方だ」
ロコンが謝ると、アスコットと呼ばれたブイゼルがニカッと笑ってみせると、敵の群れに飛び込んでいった。
1匹だけとなったロコンの後ろからイトマル達が“毒針”で攻撃する。
だが、ロコンも“ひのこ”で毒針を正確に撃ち落としていく。
その攻撃には、一寸の狂いもない。
しかし、ロコンの後ろに、ムックルが電光石火で攻撃する。
「きゃあ!?」
途中で攻撃を仕掛けられた為、ひのこも強制的に止められてしまった。そのため、打ち落とし損ねた残りの毒針が当たってしまう。
そんなことで倒れるような彼女ではないが、毒を喰らって一瞬でもフラつき、転んでしまったのは災難だった。
「今だ!頭突き!」
サイドンの頭突きは容赦なくロコンに向かっていく。
もうダメだ、とロコンは目を瞑った。
しかし、技はいつまでたっても当たった気配がない。
ロコンが目を開けると、一匹のポケモンがサイドンの頭突きを軽々と止めている者がいた。無論、ゼロである。
「…弱い」
ゼロはロコンの方を向き、サイドンの手下の方を見渡し、サイドンに向き直ってから、一言呟く。
手下たちはゼロに睨みつけられ怯えてしまったらしく、ほとんどが逃げていった。
もっとも、ゼロは睨んだつもりはないだろうが。
「テメェ…なめてんじゃねぇぞ!?」
「……俺は事実を述べただけだ」
Aランクのお尋ね者に、喧嘩を売るゼロ。
これもツッコむまでもなく、ゼロは喧嘩を売っている気はない。
怒り狂ったサイドンはゼロに向かって突進を繰り出し、突っ込んでいく。
それに対抗しゼロははっけいを、突進をかわしてから2回打ち込む。
効果は抜群。サイドンは倒されたが、まだ手下がいる。
だが、ゼロのそんな心配は、後ろを向いた瞬間に消えていた。
「はう……疲れた…」
何故かリーフがすべて倒していたのだった。その隣にはブイゼル、アスコットもいる。そしてケラケラ笑っている。謎である。
リーフ曰く、自分の方に手下達が来たらしく、彼女は半ばパニック状態でとりあえずてきとうに技を撃っていたら、皆倒れていたらしい。
それを聞いたゼロは何とも言えない表情で一言。
「……変な奴。…ある意味強いんだろうけどな」
ゼロのそんな呟きは、リーフには聞こえなかった。
「ゼロ〜!終わったよ〜!」
「……わかった」
お尋ね者を全て搬送すると、ゼロとリーフは依頼人の方へ向かっていく。
「えっと、あなたが依頼者?」
リーフが聞いてみると、ロコンの方がコクリと頷いてみせた。
2匹共、先ほど手渡したオレンの実で体力は既に回復している。
「ええ、そうだけど。何、あなた達、探検隊なの?」
「う、うん。私達はチーム『スカイ』」
「ふ〜ん……」
ロコンの問いかけに、リーフが応答する。が、どことなく、疑っている感じがある。
その空気を変えるかのように、アスコットは口を開く。
おそらく、今の空気が微妙なものであることに気づいてはいないだろうが。
「そっか!助けてくれてありがとな!俺、アスコット・トレビスだ!よろしくな」
「…ま、いいわ。あなた達、名前は?」
「リーフ・ヴィーテだよ。よろしくね」
「ほ〜…で、そこのアンタは?」
「……助けてやったのに、偉そうだな」
ロコンはゼロに話を振ったのだが。
ゼロから帰ってきた返事の内容は、生意気だ、ということだと悟ったロコンは意図も容易く喧嘩を買う。
「何よ、アンタこそ生意気じゃない!」
「……お前にだけは言われたくない」
「なんですって!?もう一度言ってみなさいよ!!」
「ね、ねえ…少し落ち着こうよ…」
「おぉ〜…珍しく喧嘩買ってんのな!」
リーフの制止も聞かず、言い合いを続ける2匹。
アスコットに至ってはロコンを見て妙なポイントで驚いている。
絶賛喧嘩中(?)の2匹を見つめ、リーフは1匹で溜息をつく。
「一体、私はどうしたらいいの……」
「あはは!2匹共、元気だな!!」
「よくそこまでポジティブに考えられるね!?」
「そーか?」
「私の名前は、シオン・アルシオーネ」
数分の言い合いの後、ようやく落ち着いたロコンに名前を聞くと、案外普通に答えてくれる。
「…俺は、ゼロ・エルサレア」
シオンが名乗ったからだろう、ゼロも名乗り返しておく。
無作法なのか、礼儀正しいのかわからない。
「ねぇ、シオン達はどうしてこの山に登ったの?」
リーフの問いに、アスコットはきょとんとする。
「なんだ、知らねぇのか?【トゲトゲ山】には、ここでしか取れない薬草があるんだ。…まぁ、よほどの専門家でもない限り知らねぇだろうけど」
「…それ、知らなくて当たり前じゃないか?」
「アハハッ!それもそうだなっ!」
ゼロに訝しげな表情をされ、ツッコまれても笑顔を崩さないアスコット。彼のポジティブ精神は称賛に値するだろう。
「とにかく、それを取りに来たのよ。で、帰りがけにあいつらに襲われたってわけ。私とアスコットは、どっちも薬草を必要としていてね。だから、一緒に手を組んで薬草を取りに来たの」
「へぇ〜そうなんだ!」
感心したようにリーフは頷いた。
ゼロは全くと言っていいほど反応を示さない。
ねぇ、と不意にシオンがリーフに話しかけた。
「アスコットは今できるだけ早く帰らないといけないの。兄弟の容態を安泰させるために、薬草が必要だったから。でも、私のせいで無駄なことに時間を裂いてしまった。だから、アスコットだけでも先に戻してあげて」
この頼みを、リーフは快く引き受けた。
「じゃな、シオン!」
「えぇ。またいつか、会うことがあったらね」
実に簡素に挨拶を済ませると、アスコットはゼロのバッジの力で帰された。
「うん、じゃあシオン。私達も帰ろう」
「解ってるわよ」
「…ちょっと待て」
少しは和んだリーフとシオンにストップをかけるゼロ。
リーフはコテンと首を傾げ、シオンは不機嫌そうに「何よ?」と尋ねる。
「…お前に話がある」
「私に?まさかまた喧嘩売ろうってんじゃないわよね?」
しかし、ゼロは静かに首を振る。
ちなみにゼロとしては、先ほどのも喧嘩しているつもりは全くない。
これをゼロの言葉で言い表すのなら「事実を述べただけ」である。
とにかく真剣な表情でシオンに聞く。
次の瞬間、リーフもシオンもゼロの質問に絶句することとなる。
「…お前…もしかして、人間なのか?」