*第二話*出会い
「わあ〜!綺麗だなぁ〜!」
チコリータは、帰る途中、近くにある海岸に寄っていた。
ここは元々彼女のお気に入りの場所でもあった為、よく遊びに来たりしていたのだ。
「ここは天気がいいと、いつもクラブ達が泡を吹いて、それが夕日の海と重なって……本当、いつ見ても綺麗だよね……」
一匹で小さな声で独白し、溜め息をつく。
顔にゆっくりと苦笑いが浮かぶ。
「私、落ち込んだ時はよくここに来るけど……今日も来てよかったなぁ……」
それからしばらく、チコリータは海を眺めていた。
そして、もう帰ろう、と思った矢先の事だった。
ふと海岸の先にある洞窟の方を見たときだ。
視界の端に一匹のポケモンが倒れているのが見えたのだ。
「…あれ?…誰か倒れてる!」
チコリータは急いで駆け寄った。
倒れているポケモンの瞳は固く閉じられ、動く様子も見せないが、どうやら倒れているだけのようだ。
(確か、このポケモンは波紋ポケモンのリオル……だっけ……)
「ねえ、だいじょうぶ?しっかりしてよ!!」
(……うっ…ここは…いったい……?)
思いのほか彼がすんなりと起きたことで、チコリータが安心したように溜め息をつく。
「よかったぁ…!!…君、ここで倒れてたんだよ?」
(倒れてた?俺が……?…なんで?)
自分の話を聞いていない上に、更に何故か考え事まで始めてしまったリオル。
チコリータは少しずつだが不審に思い始めた。
「…なんだか君、怪しいね。もしかして、私を油断させて騙そうとしてるの?」
彼女にしては珍しく、疑いの声を向けたのだが
「…………」
黙ったきりのリオル。全く返答する気がないらしいリオルに、更に不審感を抱くチコリータ。
(本当のことだから話さないのかな……?だったら逃げた方がいいかな……)
チコリータがそう感じ、後ざすりを始めた瞬間だった。
「……初対面のお前を騙して、俺に何の得がある?」
リオルが始めて喋ったのだ。チコリータの方は見ていないが。
「ふぇ…?…あ、えっと…その…じゃあ名前は?名前はなんて言うの?」
チコリータは唖然とした為素っ頓狂な声が出てしまったが、慌ててしどろもどろになりながらリオルに質問した。
恐ろしいほど愛想の無いぶっきらぼうな話し方をしたリオルに驚いたのだ。
「………」
黙りながら悩んだ様子を見せたが、ここでようやくチコリータに向き直ると、
「……ゼロ。ゼロ・エルサレアだ。そんでもって人間。他のこと、思い出せない。以上だ」
思い出せる限りの自分の事をチコリータに話した。
ゼロにとっては単なる自己紹介で済むはずだった。
「に、人間!?で、でも、どこからどう見てもリオルだよ?」
「は?…んな、訳……」
そう言いつつゼロは自分の体を見てみる。
「……っ……!?」
今まで無表情を務めてきた顔が驚愕の表情へと変わり、瞳は驚きに満ちている。
今まで反応も薄く、無表情だったためか、彼の表情が変わるのがやけに新鮮に感じた。
「…俺が…リオル……?」
チコリータは、最初は驚いていた。
人間だと言っているこの少年は自分の体を見て驚きを隠せないでいる。
だが、彼はどこからどう見てもリオルなのである。
(不思議なポケモンだなぁ……)
のんきにそんなことを考えるチコリータ。
「えっと…人間、だったの?」
「…それは間違いない」
「なんでポケモンになっちゃったのかわからないの?」
「…信じるのか?」
少し驚いたように尋ねるゼロ。
「だって、嘘はついてないでしょ?」
「…それはそうだが…」
頭をかくゼロ。ここまですんなりと信じてもらえるとは思わなかったのだ。
「で?結局なんでポケモンになっちゃったのかわからないの?」
「…言っただろ。他のことを思い出せない。つまり、記憶喪失ってやつだな…」
「そっか…大変だね」
ゼロの事を信用したい気持ちからか、何かを感じ取ったのか、チコリータは うん、と頷く。
「どうやら怪しいポケモンじゃないみたいだね」
「……(いや、むしろ疑うとこだろ)」
ゼロがちらっとこちらを見た。
その何かツッコみたげな瞳にチコリータは気づかない。
「私はリーフ・ヴィーテっていうの。さっきは疑ってごめんね」
と謝罪と簡素な自己紹介をした。
そして、ゼロをマジマジと見つめる。
水色と黒を基調とした体。スラリとした体形。
真紅の光を放つ鋭い瞳は暗く感じ、何を考えているのか読み取ることは難しい。
更に、抑え込んでいるようだが、僅かに殺気が漏れ出ている。やはり自分は警戒されているのだろうと感じるリーフ。
しかし、抑えているにもかかわらず感じる鋭い殺気や、暗い闇を宿したこれほど鋭い瞳にしては、やけに綺麗な瞳だった。
とても殺気を放っている瞳とは思えないぐらいだった。
自分の事をジッと見ているリーフにゼロは質問をしてみる。
「……さっきなんで俺の事を疑ったんだ?」
「うん…なんかここのところ物騒なんだよね。悪いポケモン達も増えてるし…」
「…ふーん」
(悪い奴らが増えている……か。 …ん?)
リーフの方に誰かが向かってきていた。
そのポケモンはドガースとズバット、と呼ばれる種族だった。
そして、突然リーフに向かって体当たりを仕掛けた。
「うわっ!」
不意打ちともとれる攻撃を避ける事ができず、リーフはもろに攻撃を受けた。
「うぅ…何するの、酷いよ!」
「ヘヘッ、わからないのか?お前に絡みたくてチョッカイだしてんのさ」
「えええっ!?」
何故、と動揺するリーフに、ドガースとズバットはニヤリと笑って、ある物を指差す。
「それ、お前のだろ。悪いがこれはもらっておくぜ」
などと言うと、ドガースは、リーフが落とした、石のような物を拾った。
「ああぁーーーーーー!!!」
大声を出し、すぐにドガースに立ち向かう……かと思われたが。
何故かリーフは硬直したままだった。
「ケッ…てっきりすぐ取り返しにくると思っていたが…なんだ、ただのいくじなしなんだな」
「うっ….」
「ああ、取り返すつもりもないみたいだし。さっさと行こうぜ」
ニヤニヤと笑いながらズバットに話しかけるドガース。
「ああ、そうだな」
同じくニヤニヤとしながらドガースに答えるズバット。
「じゃあな、弱虫君、ヘヘッ」
リーフを罵倒し、2匹は近くの洞窟へと進んで行く。
洞窟へ2匹が入っていった後、ようやくリーフが小さく呟いた。
「ああ、どうしよ…」
ゼロの視線に気付き、振り向く。
その瞳は泣きそうになるのを堪えているのか、既に潤んでいる。
「…あれ、私の宝物なの…あれが無くなったら、私は……」
「…だったら、取り返せばいいだけだろ」
「だって、私はいくじなしだし…さっきだって取り返しに行きたかったのに体が動かなかったし…」
ゼロは短く溜め息をついた。
「…俺は取り返しに行かない方がいくじなしだと思う」
「え…」
「…行くのか行かないのかはお前が決めることだ。俺がとやかく言う事ではない」
特に感情を込めるわけでもなく、淡々と話す。
「……お前が行かないのなら、それだけのことだ。俺の中でお前の印象がいくじなしとなって、なおかつ自身の宝物すら取り返せない。それだけだ」
愛想の無いぶっきらぼうな話し方だった。
だいたい、お前が行こうが行くまいが俺の知ったことではない!…とでも言いたそうな言い方だった。
「ゼロ…うぅ、でも…私…」
「……だが」
唐突に話の続きを言い出した。
「……お前があの中に行って、宝物をどうしても取り返したいというのなら。…手伝ってやってもいい」
「え?」
あまりに唐突な言葉にリーフは驚きの声しか出なかった。
「手伝って…くれるの?」
「……あいつらのやり方には賛同しかねる。ただそれだけの事だ」
短く言うと、その鋭い瞳がリーフの瞳を捉える。
「……どうするんだ?」
「…私は…逃げたくない!お願い!手伝って!」
「……わかった」
そして、2匹は海岸の洞窟へと入って行った。