*第十一話*【湿った岩場】
【湿った岩場】
「葉っぱカッター!」
「…はっけい」
この場……ゼロとリーフが向かった【湿った岩場】も不思議のダンジョンだった。
主に、ここに出てくるポケモンは、水タイプや岩タイプが多い。
リーフにとってはタイプ相性的にも最も戦いやすい場であり、ゼロにとってはそこそこ戦いやすいだろう。
だからだろう、それほど苦労せず、どんどん進んでいける。
「なんか、思った以上にスムーズに進めるねー」
「………」
呟いたリーフの言葉に、たった今カラナクシを倒したゼロは答えずに自分の手をジッと見ている。
「ゼロ?どうかした?」
「…やりにくい」
「へ?」
素っ頓狂な声を出すリーフに怪訝そうな表情を見せつつ、ゼロは肩をグルグルと回し、肩慣らしをする。
「…ポケモンになったからか、リーチが短い気がする。格闘技が使いやすい分リオルで良かったとは思うが、やはりポケモンなのは向いてない気がするな…」
「えーっと…うん、大変だね?」
「分からなかったのなら素直に分からないと言え」
えへへ、と苦笑するリーフを呆れたような目で見るゼロ。
「…リーチが短いって、分かるか?」
「え?えーっと…」
「…そこからか」
ゼロは重々しく溜め息をつく。
いろんな意味で諦めがグルグルとゼロの中で渦巻く。
「…リーチが短いってのは、自分の手や足、もしくは武器が自分の慣れてる感じより短いことを言う」
「……うーん…と」
元々説明が苦手なゼロはさらに溜め息をついた。面倒くさくなったので、簡潔に説明を済ますことにした。
「…要は、戦いがやりにくいってことだ」
「あぁ!なるほど!」
「…本気で突き詰めてやっと分かったか」
既に疲れきった表情のゼロは、諦めにも似た感情を溜め息と共に吐き出した。
一転してさっさと歩き出す。
その後ろにリーフも続く。
「しかし…無駄に罠が多いな」
「そうだねー」
そんな会話を続けながらもゼロはカチッと下から音が聞こえた瞬間、素早い動きで横に飛び退く。
刹那、ゼロが踏んだトラップの場所めがけてイガグリが落ちてくる。
イガグリスイッチである。
「…罠だらけで鬱陶しいな」
「避けるとかすごいね!」
「…普通避けるだろ。なんだ、当たりに行く奴とかいるか、普通?」
「私が褒めたのは反射神経に対してなんだけどな…」
思わず苦笑してしまうリーフであった。
暫くすると、今までよりも広くなり、最下層に辿り着いたことが伺える。
彼方此方から水が湧き出し、神秘的な雰囲気を醸し出している。
その奥に、特に水が湧き出ている所の下に、キラキラと輝く真珠が落ちていた。
「ゼロ。あれ、バネブーの真珠かな?」
「………」
ゼロは答えない。何者かの気配を感じ取ったからだ。
「…誰だ?出てこい」
「え?え?な、何が?」
ゼロの言葉に反応する者はいない。静寂がその場を包む。
「…波動弾」
刹那、ゼロは威嚇攻撃のつもりで波動弾を岩の影に向かって撃つ。
ドォォォォンという破壊音と共に、小さいながらも「ぴぎゃっ…!?」という悲鳴が聞こえる。
再び静かになったその場に、控えめな声が響く。
「あ、あの…」
岩の影から出てきたのは、チェリムと呼ばれるポケモンだ。
ゼロの威嚇攻撃のせいか、涙目だ。
「えっと…君、誰?」
リーフが尋ねると、少し怯えつつもチェリムは自己紹介をしてくれる。
「えっと…私は、サクラ・エヴァルノといいます。あの…その、貴方達は…?」
「あ、私達?私はリーフ・ヴィーテで、こっちは私の仲間のゼロ!
2匹で探検隊をしてるの!チーム『スカイ』だよ!」
「…………」
リーフは優しく笑いかけ、ゼロは若干顎を引いて本当に軽くだが3〜4cm頭を下げる。
「よ、よろしくお願いします…」
サクラもぺこりと頭を下げる。
「それで?サクラはどうしてここにいたの?」
「あ…えっとですね…」
サクラの話によると、サクラは仲間と探検していたのだが、途中で仲間がはぐれてしまったらしい。
1匹はとりあえず引き上げて捜索を頼みに行き、そしてサクラははぐれてしまったもう1匹を探していたとのことだった。
が、しかしサクラも道に迷い、ここまで来てしまったらしい。
「えっと…つまり」
「う…ま、迷子なんです…
私…すごい方向音痴だから…」
なんでも、他の者と共に行動していないと、とんでもない方向音痴が発揮されてしまうようだ。
リーフは話を聞き終え、何かを思いついたようだ。
「じゃあ、私たちと一緒に帰らない?」
「え…い、いいんですか…!?」
「うん!私達、ギルドで修行してるから、そこから連絡とればいいと思うよ!」
「じゃ、じゃあお願いします…!」
「わかった!」
リーフはニッコリと笑う。
ゼロは何も言わずに真珠を拾うと、バッジを翳し、3匹は帰って行った。
「本当にありがとうございました!私、頭の上に真珠が無いとそれはもう落ち着かなくて…
そこらじゅうピョンピョン跳ねまくり!おかげでここ数週間、痣だらけでしたよ…」
ギルドに帰ってきた後、バネブーを呼び出し、真珠を届けた。
さらに、バネブーのくれたお礼の内容がまたすごかった。
タウリンなどの補強栄養剤などに加え、バネブーがくれた賞金はなんと2000ポケだった。
「えぇ!?2000ポケも!?こ、こんな大金、本当にいいの!?」
「どうぞどうぞ。真珠に比べたら安いもんですよ!それでは♪」
最後に挨拶をすると、バネブーは帰っていった。
「うわぁ!ゼロ、私達いきなりお金持ちだよ!」
すると、近くで見ていたシモンが近づいてきてお金の入った袋をリーフから取り上げた。
「お前達、よくやったな♪でも、このお金は預かっておこう♪」
「…は?」
「ええぇーーーーーー!?」
リーフはおろか、ゼロですら抗議の声を上げる。
「えーっと…うん、お前達の取り分はこれぐらいかな♪」
そしてシモンに渡された金額は…….200ポケ。
「えぇ!?こ、これだけ!?」
「これもギルドのしきたりなんだよ。我慢しな♪」
確かにギルドの入り口付近にあった看板に書かれたギルド10か条には『稼いだ賞金はギルドで分けるよ!』とあった。
これはそのことだったのだろうとゼロは頭の片隅で考える。
が、賞金をぶん取った時のシモンは、どことなく嬉しそうな顔をしている気がした。
(このクソ鳥が…ふざけてんのか)
何気にゼロが心の中で悪態をついていたのは知る由もない。
だが、その時ゼロの目から微かに感じ取れた殺気に、シモンが冷や汗を垂らしたのは確かだった。
「あの…」
「ふぇ?あ、サクラ!どうだった?」
「はい、すぐここに向かってくれるって言ってました…!」
「そっか!それは良かったね!」
「本当にありがとうございました…!」
「いいんだよ。ポケモンを助けるのも私達の役目だし♪」
リーフとサクラが談笑し、ゼロが壁に寄っかかって腕を組みジッと話を聞いているところに、2匹のポケモンが入ってきた。
「サクラ!」
そのうちの1匹、ミミロルがホッとしたような表情でサクラの名を呼ぶ。
「あ、ライムちゃん…!リョウくんも…!」
「サクラ、無事だったんですね。良かったです」
「ったく…方向音痴なくせにふらふら歩き回るから…」
丁寧口調のコリンクに対し、ミミロルの方はどちらかというと粗雑な言葉遣いである。
「方向音痴なんだからあんまり1匹で歩き回るのやめなよ」
「最初に迷子になったキミに言われたくないでしょうけどね?」
「うぐっ…そ、それはだなぁ…」
「う…とりあえず、なるべく、気をつける…」
「いつものことですし、もう慣れましたから大丈夫ですよ」
「…はぁ」
しゅんとするサクラを宥めようと微笑むコリンクと、肩をすくめて溜め息をつくミミロル。
一転してゼロとリーフに向き直るミミロル。
「あんた達がサクラを助けてくれたの?あんがと、とりあえず礼は言っとくわ」
眠そうな表情を変えずに礼を述べるミミロル。
「あたしはライム・シャーディ」
「サクラを助けていただき、ありがとうございました。あとライムの言葉遣いが粗雑ですみません。僕はリョウ・メディオスといいます」
ライムと名乗ったミミロルは、どこか面倒くさそうに話す。
一方のリョウと名乗ったコリンクは、かなり礼儀正しく話す。微笑みと共に礼と謝罪を言っている。
「私はリーフ・ヴィーテ」
「…ゼロ」
「……!!」
「ゼロ……!?」
リョウとライムが驚いたような声音だったため、ゼロは訝しげに尋ねる。
「…何かおかしいのか?」
「…あぁ、いえ、なんでもありません」
「べ、別に何にも?か、変わった名前だと思っただけだし!別に変な意味があるわけじゃないし!」
「…ライム。それ、いろいろと失礼です。というか、いろいろと誤解を招きますよ」
何故か焦るライムに対して溜め息をつき、ツッコむリョウ。苦労しているようである。
「いろいろとすみませんね。知り合いに、似た名前の方がいらっしゃるので少し驚いたんです」
「…あっそ」
ゼロは何とも言えないような表情でリョウとライムを見る。
サクラとリーフはその様子を首を傾げて見ている。
「さて、そろそろお暇しますね。あまり長居をするわけにも行かないので。
サクラ、ライム、行きますよ」
「あ、うん…!いろいろありがとうございました…!」
「じゃーな」
リョウ達はもう一度頭を下げると、帰っていった。
もっとも、ライムのみは頭を下げてはいなかったが。
3匹が去った後、ゼロはぼそりと呟いた。
「…変な奴ら」
「皆さーん!お待たせしましたー!」
「なんだろ?」
「……?」
新入りであるゼロとリーフはわけが分からず首を傾げる。
「食事の用意ができました!晩御飯の時間ですよーーー!」
「「「「わぁーーーーーーーーーーー!!」」」」
シャラが夕食が出来たことを告げた瞬間、弟子達がものすごい勢いで食堂へと駆け込んでいく。
空腹だったらしく、リーフも同じようにダッシュで駆け込んでいく。
それを呆れたような目で見ながら、ゼロも歩いて食堂に入っていく。
その後、ゼロは修羅場を見ることとなる。
「………」
つまり、状況を簡潔に説明すると皆途轍もなく食べるスピードが速い。
その速さは、表情を全くと言っていいほど変えないゼロが、思わず唖然としてしまうほどだった。
リーフは一生懸命すごいスピードで食していくし、ゼロの場合は元々少食なのでマイペースに食べてはいるが弟子達が夕食を食べ終える頃にはゼロも食べ終えていた。
「あれ?ゼロ、全然食べてないけど大丈夫?」
「よくお前ら…あれだけ食べようとか思えるよな」
首を傾げるリーフに、ゼロは溜め息をつく。
この場合、リーフ達がたくさん食べるというより、ゼロが食べなさ過ぎるだけであるのだが。それでもゼロからすればある意味畏怖の対象である。
ちなみにゼロはリンゴ1個にグミ2個を食べて残り半分以上は残している。
さらに、ゼロの残した分はクレファが食べきった。恐るべしクレファ。
「「「「「ごちそーさま!」」」」」
そのまま皆自室へと戻っていく。
ゼロとリーフもそれに習い、自室へと戻っていった。
ギルド中が寝静まった頃…
布団に入り、静かに睡魔が襲ってくるのを待っていたリーフは、寝ているであろうことを承知でゼロに話しかける。
「…ねぇ、ゼロ」
「………」
やはり、返事は返って来ない。それでもリーフは言葉を紡ぐ。
「今日は、いろいろあって忙しかったね。でも、初めての仕事が上手くいって良かったよ。まぁ、アスラルのところにお金ほとんど持っていかれちゃったのは悔しかったけど…これも修行だし、仕方ないよね」
苦笑しながら言うリーフ。
それに、と話を続ける。
「私、何よりバネブーに感謝されたのがすごく嬉しかったの。なんだかんだ言っちゃったけど、初めての依頼がこれで良かったと思う」
話しているうちに、だんだんと睡魔に襲われ、欠伸をするリーフ。
「私、眠いからもう寝るね。また明日頑張ろうね、ゼロ」
おやすみ、と告げ、数秒のうちにリーフからは寝息が聞こえてきた。
それと同時にゼロは目を開けた。
「感謝、な…」
記憶は無いが、あまり感謝された覚えのないゼロ。
日常会話でもよく出てくる「ありがとう」という言葉ですらゼロにとってはこそばゆい言葉である。
(嫌ではないんだが…やはり性に合わない気がする)
溜め息を一つつくと、睡魔に身を委ねる。
やがて部屋に響く寝息が一つから二つへと変わっていった。