*第九話*第一歩
シモンの案内で、2匹は地下二階の、変わった模様が描かれている扉の前に着いた。
「さあ、ここが親方様の部屋だ。…くれぐれも失礼の無いようにな」
ゼロとリーフに忠告をした後、シモンは目の前にあるドアをノックした。
「親方様、シモンです。入りますよ」
そう声を掛けると、シモンは扉を開けて「ほら、早く入った入った」と二匹を促す。
中に入ると一匹のポケモン――プクリンが後ろを向いて立っていた。
「親方様、こちらの二匹が新しく弟子入りを志願している者達です」
「…………………」
後ろを向いたまま、返事はない。
微動だにしないプクリンを見て、訝しげな表情をするゼロとリーフ。
「……?親方様?どうなされました?」
「………」
シモンの問いにも答えず、ただ沈黙を突き通しているプクリン。
さっさと終わらせたくなったゼロがつついて起こそうとして一歩踏み出した瞬間だった。
「やあっ!」
いきなりプクリンがこちらを向いた。
ビクッと反応するシモンとリーフ。
ゼロに至っては「…なんだ、起きてたならさっさとしろ」と短く呟いただけである。
「君たちが弟子入り志願の子たちだね♪僕、アスラル・ノルディース!ここのギルドの親方だよ?」
リーフとシモンが絶句して唖然としている中、ゼロだけは
「………(なぜ最後が疑問形?)」
などと、どうでもいいことを考えていた。
「弟子入りしたいんだったよね!うん、じゃあ一緒に頑張ろーね♪ とりあえず、チーム名を教えて?」
「えっ、チーム名?」
リーフはキョトンとしたような表情を見せ、悩む素振りを見せる。
「…う〜ん……特に決めてなかったなあ…ゼロ、なんかいいチーム名ないかな?」
「……変なところで俺に振るなよ」
内心、(決めてねぇのかよ!)とツッコミを入れていたゼロだが、そんなことは表情に微塵も出さない。
チーム名。
記憶を無くしたばかりのゼロにとっては、いい名前などすぐに浮かぶはずがない。
しかし、少し考えた後、自分が一番好きだった言葉が思い浮かぶ。
「…“スカイ”」「えっ?」
「…ダメか?スカイ……『空』という意味だった。
…そうだな、意味合いとしては、大空のように果てしない冒険を求めて、みたいな感じか。
……俺が一番好きだった言葉だと思うんだが……」
「『スカイ』……空…かぁ……うん、気にいった♪ 今日から私達は、チーム『スカイ』!」
「スカイだね♪ リーダーはどっちかな?」
「あ、ゼロです!」
「…おい、勝手に決めるな」
「わかった、ゼロがリーダーだね♪
よし!登録♪登録♪みんな登録♪………」
「………?」
「え…?」
「げっ……お前達、とにかく早く耳を塞げぇっ!!!」
何故?という疑問が湧き上がったものの、とりあえずすぐに指示に従う二匹。
刹那、その判断が正しかったことを痛感することとなった。
「たあああああーーーーーーーーー!!!!」
「!?」
「きゃうっ!?」
「うわあああああ!?」
耳を貫くような叫び声に、驚き、伏せようとするが、恐ろしい程勢いがあるのでゼロは立ったまま防御する。
リーフとシモンは耳を塞ぐと同時に、吹っ飛ばされぬよう必死になっている。
「ふう…おめでとう!これで君達も登録完了だよ♪ さあ、記念にこれを受けとって!!」
そう言ってアスラルは箱からいろいろと取り出し、ゼロに手渡していく。
「まず、それが探検隊バッジ。探検隊の証だよ。こっちがゼロの探検隊バッジ、こっちがリーフのバッジだよ。大切なものだから絶対無くさないでね」
アスラルは丁度手に収まるぐらいのバッジを二匹に手渡す。
若干ゼロのバッジの方が大きい。リーダーのバッジだからだろうか。
「次♪不思議な地図だよ。各地のダンジョンが載っている、とっても便利な地図だよ♪」
アスラルは地図をゼロに手渡す。
「最後にトレジャーバック♪ダンジョンで拾ったり、店に行って買った道具などをそのバックにしまうことができるよ♪」
そう言うと、アスラルは群青色のバックをゼロに、薄い黄緑色のバックをリーフに手渡した。
「あ、ゼロ。その中にプレゼントがあるから!!早く見てみて♪ 」
ゼロがそれぞれに与えられたバックの中を調べると、ゼロのバックから白いバンダナを見つけることができた。
「………バンダナ?」
「リボンだよ、結べばリボンになるからさ♪」
「………」
ゼロは、よくわからない、といった表情のようだが、とりあえず白いバンダナを手にする。
その瞬間、ゼロが触れた途端にバンダナの色が純白から清々しい青色へと変化した。
「……っ!?」
「えぇ!!?い、一体何が!?」
状況がよく飲み込めなかったようで、リーフはオタオタする。
ゼロも少し驚いているようだ。
アスラルは楽しそうに説明を始める。
「それは“波導のリボン”といって、持ち主の波導の色によって、リボン自体の色も変化するんだ。ゼロは青色だから、ブルーリボン、波導の色は『クールなスカイブルー』だね」
その言葉を聞き、リーフがクスッと笑った。
「『クールなスカイブルー』かぁ。まさにゼロのことだね♪」
「………それは褒めているのか、それとも貶しているのか?」
「褒めてるんだよ、一応」
「……一応って」
呆れたような目を向けるゼロと、ニコニコと笑っているリーフ。
「リーフの分は、用意できなかったんだ。ゴメンね。その代わり、手に入ったらすぐにあげるよ♪それまで我慢してね」
「はい、ありがとうございます!まぁ、私は普通のリボンがあるから大丈夫だし!」
「……そんなのあったのか?」
ゼロの問いに、リーフはこくりと頷くと、
「なんの効果も無いただのリボンだけどね。昔貰ったものなんだ」
確かに、だいぶ付け慣れている様子だ。
「うん!これから頑張ろうね、ゼロ!」
「………ああ」
ゼロは無表情のまま、リーフは満面の笑みを浮かべながらハイタッチした。
「ここがお前達の部屋だ。明日は早起きしないとダメだからな。じゃあな」
簡潔に説明をすると、シモンは部屋から出て行った。
部屋にはベットが二つあり、机らしきものも二つある。
二匹はそれを使って自分のテリトリーを作る。
「……ふぅ…もう今日はドキドキだったよ〜……でも、プクリンも案外優しかったし…」
「……俺が思うにあいつの頭の中は、夢の花畑みたいな感じ……だと思う」
「ふふっ、言えてるね♪……でも、よかったぁ」
「……何がだ?」
「うん…一つは、ギルドに入れてよかった、って事。もう一つは、ゼロの事」
「……俺?」
何故自分のことが『よかった。』なのか、理解できないようだ。
「海岸でも言ったけど、私、最初はゼロのこと、クールで恐いだけかと思ってた。でも、それだけじゃなくてよかった、ってこと」
「……それだけじゃない…だと?」
「うん、だって私の宝物取り返すの手伝ってくれたし。優しい人だな……って思った。」
「……あれは、あいつらの態度がムカついた。…だいたい、海岸でも言ったが、俺は優しくなどない」
「……そっか♪じゃあ私はもう寝るね。おやすみ〜」
「……ああ」
ゼロは眠りにつく前、少し思考回路を巡らせる。
(ほんのわずかだが、一歩踏み出せた気がする……俺の記憶が戻るまでの、第一歩が……)
そんなことを考えて、ゼロもリーフと同じように眠りに就いた。