間章2
妖精と宿屋


あなぬけのたまを使いボーダーシティに戻ってきたヒョウガ達はヌルの家を訪ねた。宝玉を納める場所を教えてもらうために。しかし……。


「それが……解読したにはしたのじゃが……この街の妖精の宿屋の主人が全てを知っているだろうとしかわからなかった……すまぬのぅ……でもまあ…フェリー・ローレライの宿屋に行けば何かわかるじゃろう。たくさんの種族が泊まるからのう。」


古文書に目を向けたままヌルは言った。モモは落胆の色を浮かべて俯いた。


「チータラおいしい〜っ」
「2人目の勇者は緊張感がないのぅ…!」
「…? 俺はセハルだ。あんたは……だれだっけ?」


初対面の2人は同じでんきタイプ。セハルは相変わらずおつまみを食べている。

「そういえばまだだったな。ワシはヌル・イールじゃ。一応市長じゃ。」
「タイプ:ヌル?」
「……すまぬの耳が遠くてのう……もう一度言ってくれぬか?」
「ナンデモナイデス。」


パチパチと電気を纏ったヌルに圧されてセハルは口を閉じた。口を開けてすぐに柿ピーを食べ始めたが。


「勇者についての情報じゃ。あと5人もおるが……『ぷらす』と『まいなす』らしいぞい。」


古文書の解読の割に随分とやる気がなく適当な感じだ。ヌルの家から出て妖精の宿屋を探すことにしたヒョウガ達はとりあえず大通りに出た。


「おお〜…!」
「うまいものありそうだな〜!」
「話はきいてましたけどここまで混んでいるんですね。」
「あっ、そうかヒョウガもセハルもカガミも初めてか」
「うん。あの時はすぐに扉をくぐったし、聖堂も天文台も大通りを通らなかったし。」


人混みの中を歩くのが精一杯というふうな顔をしてヒョウガは、食べ物探しに張り切るセハルの後ろを歩く。


「この街は宿屋がたくさんあるし、迷うだろうからあそこの交番で聞いて位置を確認しようか。」
「ついでに美味しいおつまみのあるの店もね!」


クロが十字路の角にある赤い明かりが入り口に付いている建物を指さして言った。


そこを覗くとブースターが椅子に座って銃を丁寧に磨いているのが見える。


「すみませ〜ん…!」
「ん…? なんだ?」


モモが声をかけると、座っていたブースターが椅子から立ち上がり入口までやってきた。

「ここは交番だ。何か用か?」
「フェリー・ローレライの宿屋を探してるんですけど……」
「ああ…フェリーの宿屋か。」


もふもふしている頭の毛を撫でてブースターは地図を開いてある一点を指した。


「ここだ。ここが宿屋だ。」
「ありがとうございます。」
「しっかし……ここの宿屋に用がある奴なんて珍しいな…」


怪訝な顔をしたブースターの真紅の眼がヒョウガたちに向けられる。


「なぜ…ですか?」


ヒョウガは藍色の瞳をブースターに向ける。セハルは欠伸をして眠そうに目をこする。カガミとモモは不審な顔をしている。その中でクロだけは真剣な顔でブースターの顔を見据えている。


「そりゃあ…フェリーは…変わったやつだからな。」


少しだけ言い淀み、ぎこちない笑みを浮かべてブースターは頭を掻いた。


「さあ、用は済んだだろ? さあ出てってくれ。」


ブースターはしっしと手を振ると棚にある資料を取り、それを読み始めた。仕方ないとクロたちは外に出た。ヒョウガが最後にブースターに向かって言った。

「最後に一ついいですか?」
「…なんだ?」
「あなたの名前は…?」
「ブラスト・シュレンだ。またこの街で迷うことがあれば来るといい。」


ヒョウガは頷くとクロたちの後を追いかけた。彼らが去るとブラストのいる交番には水を打ったような静けさが戻っていた。

ブラストに教えてもらったフェリーの宿屋はこの街でもかなり大きい部類に入る。モモがいつの間にか取り出したボーダーシティガイドブックには街一番の宿屋として掲載されている。それなのにどうしてブラストは珍しく思ったのだろうか…? ヒョウガはそれを気にしていた。


「着いた! ここに間違いないわ!」


モモが《草笛の宿》と書いてある暖簾の前に立って言った。ガイドブックに書いてある通り面積がかなり広い。が、店の名前が違い、人の声は全く聞こえない。


「あの……この宿に何か用でしょうか……?」
「あなたは…?」
「私はこの宿に住み込みで働いているサクラと申します。」



花が微風に揺られるかのようにふわりと挨拶をしたのはニンフィアだ。普通のニンフィアよりも若干小柄だ。声が高いがはっきりとしている。


「ここ、妖精の宿屋よね? 」
「……いいえ? ここは草笛の宿ですよ。」


サクラが首を振って怪しんだようにヒョウガ達を見据えた。


「あなたたちは……何をしに…?」
「僕はこの宝玉を収める場所があると聞いてここまで…。」
「そんな場所……。」



あるわけない、とサクラが言いかけた時、老いた声がそれを制した、


「サクラ…ありますよ。待ってましたよ。勇者よ。」


サクラの背後からすっと現れたのはやはりニンフィアだ。彼女はフェリー・ローレライと名乗った。


「妖精の宿屋じゃないの?」
「儂はずいぶん前に引退して素直な後継ぎに宿を任せたんだよ。んで、名前も変わったってワケよ。」


フェリーはセハルの疑問に即答する。その後に古来から続いてきた名前も私の血筋が切れたからこの際に変えたんだけどね。



「さあ、おいで。こっちにあるよ。」


そう言うと、ヒョウガ達を宿の中へ手招きした。






「ここだよ。」
「こ…ここは……?」
「神棚さ。ここに宝玉を収めることとなっている。」


宿主の部屋にある神棚にはお供え物のリンゴが置かれている。台座が置いてあり、その中心にぽっかりと窪んでいる。ヒョウガはそれに静かに一礼して、神棚にある窪みに橙色の宝玉を嵌め込んだ。

宝玉は橙色の光を発して輝きだんだん薄くなり、街灯ほどの明るさを保って神棚に収まった。それを見てフェリーはヒョウガとセハルに顔を向けて言った。


「これで二つ目だろう? まだまだこれからだよ。頑張りな。」

と、フェリーが力強く声をかけるとヒョウガとセハルの2人の勇者は頷いた。残る勇者と宝玉はあと……5人。勇者一行は次の場所へ向かうのだった。

緑のヨッシー ( 2017/06/08(木) 23:53 )