乙女の姿
クロがニンフィアに見とれていることに気付いたのはやはりモモだった。
「クロ?」
「!! な、なんでもない!」
「イカ焼きうまーい!」
「あは……は…」
クロは焦りながら首を振る。そこがまた怪しく見えたらしくモモは鋭く彼を睨んだ。そんなことはお構いなしとばかりにセハルは露店で買ったイカ焼きを頬張っている。カガミは少し顔を引きつらせて笑っている。
その間に舞台の準備は終わり明かりが灯った。そこに照らされているのはニンフィア。それに先ほどのエネコロロ______シオンとミミロップのヒショウ、グラエナのホテリもいる。舞台の周りには人が集まって歓声が飛んでいる。
「今宵はこのお祭りに参加してくれてありがとう! みんな楽しんでいってね!」
「ニンフィア______ガグヤの乙女の舞です!」
シオンが朗々と感謝の言葉を述べるとその後をヒショウが継ぎ、祭りの演目を言った。
ニンフィア______ガグヤは恭しく一礼し一歩踏み出した。反対に、シオンたちは後ろへと退いた。
「ようせいのかぜ!」
桃色の暖かな微風が観客の頬を撫でる。先ほどの戦闘で昂ぶって強張っていたヒョウガ達の表情も落ち着気を取り戻した。
「ムーンフォース! スピードスター!」
空に浮かぶ月が光を増し、星が舞台の上で舞う。カグヤはその間にもゆっくりと端から端までゆったりと飛び、舞う。
「サイコショック!」
小さな石が星に当てられ、粉々になった残骸が光を纏い降り注ぐ……。
「フィニッシュ!」
その中に彼女は立ち、触手をひらひらと揺らしてポーズを決めた。
月が照らすその下に荘厳かつ鮮やかに舞ったニンフィア。彼女の舞が終わると静かだった観客席が魔法が解けたかのように拍手喝采が飛び交う。ヒョウガ達はニンフィアの舞に魅了され口をぽかーんと開いていた。風が頬に触れはっと気を戻した。
「とても綺麗だったね…!」
「うん! もうなんて言えばいいんだろう……!」
「私もあのように舞えるようになりたいわ……」
モモとヒョウガが拍手を送りながら話す。カガミもうっとりとした表情で呟いた。彼女の身体では流石に無理があるが。クロは相変わらず黙り込んでいる。
ニンフィアが退場し拍手が鳴り止むとシオンが舞台に現れた。
「皆さんに伝えなければならないことがあります。」
「女王様の登場だ。」
「珍しいなあ……」
「何かあったのじゃろうか……。」
シオンがそう言うと少しだけざわめき、すぐに会場は水を打ったように静まり返った。
「この世界に再び危機が訪れようとしています。まずこの世界に伝わる神話の話をしましょうか……遠い遠い昔のこと、七つの国で宝玉が作られました。その宝玉には病を治したり雨を降らせたり、様々な用途があるそうでその力を悪用する者が出ないよう各国はそれぞれ隠しました。
ある日世界を滅亡させる力を持つ闇の予言書が見つかります。それを使いある男が千年前に世界を滅亡の寸前まで追い込みました。今、空に空いたあの黒い穴。あれは千年前にも現れていたそうです。あれを消すには…七つの宝玉を集め予言書を操る者を倒さねばなりません。1000年前もそうやって平和が保たれました。つまり、世界を救う勇者が必要なのです。そして……今! すでに宝玉を1つ持つ者が現れました。私はそこのグレイシア______ヒョウガという勇者に橙の宝玉を授けます。ヒョウガ、出てきてください。」
ヒョウガはいきなり名前を呼ばれびくりと身を震わせた。モモとクロが彼と目を合わせて頷いた。
「いってこいよ、しっかりしろよ!」
クロはそう言って励ました。
「うん! 行ってくる!」
ヒョウガは舞台へと登っていく。いつの間にか満月が昇っていて煌々と輝いている。その光が舞台にも降り注ぐ。
「よく来ました、ヒョウガ。さあ、この宝玉を……と、思いましたが、もう1人いましたね。」
「はい。」
「そこのイカ焼きを食べているピカチュウ! あなたもここへ!」
「んぐんぐ……はい!」
シオンに呼ばれたセハルはイカ焼きを飲み下し電光石火のごとく、いや、本当に電光石火を使ったのか素早く軽やかに舞台へと飛び乗った。
「ヒョウガ、セハル。宝玉を授ける前にあなたたちの力を見せてください。ヒショウ、ホテリ。」
シオンはそう言うといつの間にかヒショウとホテリが彼女の前に立っている。
「改めて名乗らせていただこう。俺は暁月 飛翔(アカツキ ヒショウ)だ。」
「黒影 火照(クロカゲ ホテリ)だ。」
「さあ2人の勇者よ。」
「私達、女王の従者を超えてみせなさい。」
ヒョウガとセハルは互いを見て頷いた。
その頃、モモたちのところに……。カグヤがやってきていた。
「クロ〜! 久しぶり!」
「カグヤ……元気そうだな。」
カグヤがクロの前足に触手を巻きつけて言った。クロは微笑んで彼女の頭を撫でた。
「クロ〜???」
「……。(しゅ、修羅場っ!?)」
モモがかなり怖い顔をしてクロの方へのしのしと詰め寄る。その怖さというと猛獣の如くだ。カガミはそれをハラハラしながら見つめている。
「モモ、何か勘違いしていないか? こいつは従姉妹だ。」
「ふぇっ?」
「クロに会ったのちょー久しぶりなの! 見ての通り元気だよ!」
「ふ〜…(良かった修羅場にならなくて…)」
クロがニンフィアとの関係を説明するのモモは素っ頓狂な声をあげた。それを見てカガミは安堵のため息をついた。
「私は天津風 輝夜(あまつかぜ かぐや)よ。モモさん? 私とクロは従姉妹よ! 」
「そ、そうだったの……。カグヤ、クロごめんね?」
「大丈夫よ! よくあることだし!」
「そうだな。」
クロとカグヤは頷き笑った。きっと勘違いされたことがあるのだろう。
「(よくあることなのかなあ……)」
そう思いながらカガミはヒョウガとセハルがヒショウとホテリと対峙しているステージに目を向けるのだった。