泡沫
嵐のような人だった。
出会ったのは数か月前。きっかけは些細なことだった。
何もかもをかき消してしまうような雨の日。急いで家に帰ってきたら、あの人がそこにいた。勝手に人の家の軒下を使っていたのだ。
家の前に知らない人がいる。その状況がなんとなくうっとおしかったから、雨が小降りになった時にビニール傘を渡した。
そしたら次の日、律義に返しに来た。
その律義さに昨日邪険に扱ってしまった自分が何となく恥ずかしくなって、気がついたら、お茶でも飲んでいきませんか?と声をかけていた。
それから、あの人は時々家に来るようになった。
まるで昔からそうだったかのように、彼は私の生活の一部となった。
気がついたら、いつも彼のことが気になるようになってしまった。会えない日はどうしようもなく寂しかった。
最近疲れてるけどどうしたの?って訊かれたから。
眠れないのって答えた。
あなたのせいです。あなたのこと思い出して眠れなくなるんです。そんなことは言えなかったけど。
そしたらあの人、数日後にモンスターボールを渡してきた。
プリンの歌はよく効くから、これで眠るといいよって。
何一つわかってないなぁと思いながら、でもその優しさが嬉しかった。
一人になったその夜、プリンは歌ってくれた。
あの人のことを想いながら、私はぐっすり眠りにおちた。
とりあえず不眠は解消された。根本的な原因は何も解決しなかったのに。
そしてある日。旅に出ると一言だけ言って、彼は去ってしまった。
私の生活は元に戻った。まるで初めからあの人なんていなかったかのように。
でも、相変わらず自力じゃ眠れない。それは元には戻らない。
そしてニックネームをつけることのできないプリン。それだけが唯一の彼がいた証だ。
あなたのことを思い出して、今日も私はプリンに歌ってもらう。
あなたのせいで眠れないのに、今日も私はぐっすりと眠りにおちていく。