プロローグ
『星の停止』が『エメラルド』に阻止されてから、もう三年も経ったんだね。いやー、時が流れるのは早いよ。こうやって僕の元にお客さんが来てくれるのだって、随分昔のことだし。これでも伝説ではけっこう語り継がれてきたのに、だーれも僕のところに来てくれないんだよ。ひどいと思わない?
…え?そんなことどうでもいいから、エメラルドのこと教えろって?えー、せっかくお客さんが来てくれたから、話すこといっぱいあったのに…よりによってあんな有名な探検隊のこと?なのに、今更何を話せっていうの?そりゃ普通のポケモンよりは、いろいろ知ってるけど。
…まあいいや。エメラルドのことだっけ?君には時間がないみたいだから、出来るだけ短く説明するよ。
エメラルドは元は人間で記憶喪失のピカチュウと、少し弱虫なイーブイがつくった探検隊なんだよ。プクリンギルドで修行を積んでいった二人は、めきめき強くなっていくんだけど…まあそれだけじゃ普通の探検隊と同じだよね。でもここからが、二人の凄いところなんだよ。
冒険を続けていくなかで、ピカチュウが未来から来た存在だって発覚するんだ。相棒のジュプトルと、星の停止を防ぐ為に過去にやってきたということが。
そして弱虫なイーブイも、その星の停止を防ぐことに必要な、遺跡の欠片に選ばれた存在。
そんな選ばれた二人の活躍により時は正常になって、世界には平和が訪れたんだ。
全然短くないって?これでもかなり省略した方なんだけどな。
でも凄いよね!この二人の出会いは、正に運命だと思うんだ!自分と世界を天秤にかけて、世界を選ぶ決意が出来た少女。勇気を奮い立たせて、伝説に立ち向かった少年。二人とも本当に―――――って、
「どこに行くんだい?話はまだ終わってないのに!」
「…聞きたいことは全て聞いたからな。それに、もう行かなくちゃなんねーから」
「そんな…やっと話相手ができたのに!!」
残されそうになったポケモンが縋るように言うが、少年の意思は変わらない。すぐにでも行かなければ、あいつらがここまで追ってくるだろう。それだけは避けなければならなかった。
それでも少年はすぐ立ち止まった。先ほどのポケモンの言葉を思い出したからだ。
「…おい、お前」
「ん?まだ聞きたいことがあるのかい?」
「違う。エメラルドのことを教えてくれたのは、礼を言う―――だけどな」
「俺は『運命』も『選ばれた存在』も、大嫌いなんだよ。そんな確かめようがないこと、俺は信じねぇ。絶対にな」
言葉に込められた僅かな殺気に、気づかない者は大勢いるだろう。現に目の前にいる少年も、それを告げ終わるときにはそんなもの消え失せていた。こちらに背を向けて去っていく少年の姿を、ポケモンは微笑んで見送る。
辺りは再び静寂に包まれ、そこに住む彼以外は誰もいなくなった。それでもポケモンは視線を少年が去ったところから外さない。
「――――君は、分からないんだねぇ」
「これから自分がどうするべきかも、どうやって罪を償っていくかも」
「だからこそ、『運命』も『選ばれた存在』も大嫌いなのだろう?」
「でも、大丈夫だよ。全てはもう決まっている」
「彼女だって、君を待っているんだから!」
その言葉は、誰にも届かない。
ただ、澄んだ空気に溶けて、消えていくだけだった。