叛骨の強奪者






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Second Stage - EX-Team Rocket part -
Phase 45 記憶というキズナの形
「来ると思っていましたよ、エクリュ。あなたもつくづく、不幸な運命に生まれついた御方ですね……。やはり、わたしが救って差し上げなければ」
 距離を詰める歩と、構えた腕を解いてしまうような柔らかい語り口の両極は、反発して相殺される。ジュノーは出来栄えの良い庭園をさも誇らしげに。客人を招き入れる寛大さを惜しげ無く披露した。顕著な変化をひとつ挙げるなら、自分の素性を微塵も隠そうとはしなくなったところだ。
 仇敵の姿をとったまま石と化したメタモンに慈愛をくれてやる。彼の言う「救済」とは、享受する側の都合を考えず、あなたは不幸だと予め決めつけた上で一方的に配分する幸福のことである。
「そしてサカキ。ロケット団首領とお会い出来るなんて、光栄なことです」
「口数が多い。目障りだ」
 挨拶が銃声付きなのはマフィア流だ。ジュノーに直接焼きを入れたつもりだったが、手応えが足りない。グライオンの「ポイズンテール」は首元で阻まれ、貫通とはいかなかった。不審に思い、攻撃を続けるたびに無効化される。
「鬼火」
 近くに従える携帯獣が見当たらないにもかかわらずの吐露は、間抜けにすら映る。しかし、サカキのグライオンは尻尾に確かな火傷を負った。
『敵性反応、サーチ不能』
 比較的手薄な守りの腹部に撃ち込まれるシャドーボールが、サカキごとグライオンを連れ去りゆく。
「いいのですか、助けなくて」
 崖際で持ち堪える当人は、甘さを捨てろと目で訴えている。エクリュに辛くあたるサカキを助けようという積極的な気も起きにくく、決断しかねる間に事は終わった。
 ジュノーは効率よく侵入者を分散させていく。残されたエクリュはモンスターボールの開閉スイッチを押し、戦いの意思を示した。しかし、彼女の影から、すかさず掠めとる。
「影討ち」
 クリムガン・メタモンの二匹が石化した今、頼みの綱であるスターミーのボールはあれよと攫われ。ドアの向こう側で待機済みのギギギアルに挟まった。

「これはどういうことですか、ジュノー」
「アクロマ……」

 歯車を止めたボールを手に取り、同伴者は問う。
 主を目前にしながら、そのモンスターボールを返してくれと願うばかりだった。アクロマは記憶を改竄されており、エクリュの存在を忘れている。
「まもなくスナッチャーは生まれ変わろうとしている。アクロマ、あなたにはどちらにつくべきか考える時間を差し上げましょう」
「ネオロケット団につくことが正しい……と? あなたは内通者としてマルバを引き入れ、ヒイラギたちを見事始末したというわけですね」
「始末ではない。救済ですよアクロマ」
「わたくしの研究テーマは【ポケモンの力は何によって引き出されるのか】。ネオロケット団は応えてくれるのでしょうか」
「応えて差し上げますとも」
「ほう。それはどのようなアプローチで?」
 会話の雲行きが不穏になりつつある。事と次第によっては、アクロマはネオロケット団に手を貸すのではないか。彼の中で善悪や倫理の優先度はそれほど高くない。
 ジュノーはこれからのネオロケット団が目指す方向性を、高らかに唱える。
「『不完全な心を無くし、波導を閉ざすのです。ポケモンはただ戦うためだけの救世主になる』」
「ふむ。……その答えで決めました」

「わたくしは、スナッチャーに加勢します」
 
 エクリュの手元に返るボールが答えだ。代わりに彼女は通信機を投げ渡す。
 彼にとって魅力的なプランを明示したはずが、ジュノーは目算が狂った。
 その選択が既に誤ったものだという自己完結から、彼の宣言を嫌悪する。
「なぜ自ら苦しみを選び取るのか、理解に苦しみますね」
「そうですか……。では、あなたは研究の徒ではありませんね。科学者は解明できない、という苦しみに日夜立ち向かっている。それを愉しめないようでは務まりませんよ」
 ジュノーの嘲笑は「愉快」という単語に愉快と不愉快、二通りの意味を付加した。
「プラズマ団であるあなたにも、そのような矜持があったとは」
「元、プラズマ団ですがね」
 加勢が一人二人増えたところでスナッチャーの劣勢は一向に変わらない。
 ジュノーはゆらりと手を挙げ、自身のポケモンに命令を下そうとする。が、背中の穴ごと「燕返し」によって貫かれた天の使いのごときポケモンは正体を暴かれ、陥落する。

「簡単な推理だ。ポケモンの技を無効化、シャドーボールに鬼火、となればヌケニンしかいない」

 サカキは落下間際、拳銃をエレベーターの足場に向けて斜めに突き付けた。即座に繰り出されたラグラージは主人を乗せて「滝登り」で上昇し、「見破る」によって敵を暴露する。後は効果抜群の技を貫通させてしまう「不思議な守り」唯一の弱点を撃ち抜けば、タネは割れたも同然だ。サカキは水流を地としながら、戦場に舞い戻った。
 ジムリーダーをしていれば、千差万別の挑戦者を相手にする。意識するまでもなく、自然と覚えていく。サカキのバイブルの前では、ジュノーの小手調べも通用しない。
「お見事。では、このポケモンならいかがでしょうか」
 ジュノーのモンスターボールからは、空飛ぶ円盤状の「鋼の翼」が飛び交った。墜落と同時、砂漠から出現したというポケモンの進化系・オーベム――その希少種である色違いが召喚される。
「いけない。ギアソーサー!」
 素早く目を光らせたアクロマは、ギギギアルをフル回転させた。ブーメランよろしくギアルの顔面付き小ギアを投擲する。
 サカキとアクロマは、共通の敵を挟み撃ちに、互いの存在そして正体を視認し合う。
 サカキも一時期イッシュ地方に武者修行の旅に出たことがあり、アクロマもまた裏社会の事情に精通していることから、彼らの間に無駄な挨拶は必要無かった。
「ペルシアン、乗れ!」
 サカキの拳銃から飛び出すのは彼の愛玩ポケモンだ。ソーサーが足場代わりとなり、円盤を一機ずつ撃墜していく。
「シグナルビーム!」
 ジュノーもこの期に及んで手加減はしない。ヒイラギを追い詰めた手練手管を解禁し、内通者としての本性を表す。
 怪光線が三叉に広がった。鏡面のような床に色が反射する。
 ギアからギアに飛び移る様は、まさに軽やかな跳躍だ。しかし、小ギアに光線がかすり、刃こぼれのように鉄を溶かしていく。
「ギアチェンジ……!」
 長期戦は不利と見越したアクロマは、ギギギアルのエネルギータンクを燃焼させる。それまで何とか、場を凌いでもらわねばならない。
 標的変更、シグナルは人間側に牙を剥く。
 ペルシアンが乗り落とした小ギアとスターミーを雲梯のように掴み、足を持ち上げ、辛うじて地平を薙ぎ払うシグナルビームをやり過ごす。
『オーベムに対抗するためにはもう一、二匹戦力が欲しいです。サカキさん、ポケモンを繰り出すことは出来ませんか』
 サカキがスレートの要望に応えようとした予備動作を見逃すジュノーではない。
「『封印』しなさい」
 オーベムの点滅する信号によって、一気に神経系統にまで干渉される。体中が言うことを聞かなくなり、運動機能が退化、ポケモンを繰り出す動作を封じられる。
『しまった、その手が……』
 サカキは拳銃を取りこぼす。スターミーは鋼の翼に打ち上げられた。小ギアは光線に焼け付く。一度に全方位を受け持つオーベムの超念力は賞賛に値するほどだ。
 やはり波導使いヒイラギを返り討ちにした実力は本物である。このまま手をこまねいていては、敗色は濃厚だ。
「どのみち限界ですか、ならば」
 アクロマは隣接するギギギアルが充電を終えたことを確認した。
 出力、最大。
 小ギアを定位置に装着し、大車輪で火花を散らす。ギアの突出部から収束したエネルギーを撃ち出した。
「チャージビーム発射!」
 鋼の翼が集合し、オーベムを護衛する盾には決定打を与えたとは言いにくかった。
 それでも、歴戦の勘から科学者の意図を掴むのが元トキワシティジムリーダーだ。
「奴の首を獲れ。スピードスター」
 ジュノーをまっしぐらに狙うペルシアンは、金の体毛を流星に換えて一振り解き放つ。スターミーの流線が引率し、オーベムの鋼の翼を打ち破った。
「本体がガラ空きだ!」
 サカキの言葉で勢い付くように、エクリュとアクロマはポケモンたちに技を撃ち込ませる。オーベムはジュノーを取り囲むように戦い、主人に届く寸前で攻撃を防いでいる。アクロマのポジションからは、遠目にそれがよく見える。ペルシアンがジュノーを狙うたびに、オーベムは体をせり出してくる。
「良い傾向です」
 あの忠誠心の高さは、戦地で育まれ、躾けられたものだろう。徹底してそのような上下関係を教え込まれ、訓練されたポケモンほど、主人を護るための思考回路を優先して働かせる。エスパータイプとなれば、尚更頭の回転は速い。
 アクロマは、手袋に包まれた白い指を折りたたみ、また違う指を伸ばす。どの部位からビームを発射したかのカウントだ。ギギギアルの反応速度もオーベムに比肩している。
「今です」
 オーベムが念力を寄せ、巨大な盾でペルシアンの「シャドークロー」を受け止める。
 サカキはアクロマの思惑を理解した。効果の薄い技を連発する行動には意味がある。
「チェックメイトは譲ってやる」
「ありがたい。チャージビーム!」
 三発、四発、と同じ技を、とジュノーは小賢しい足掻きに気を散らしただろう。それが極太の電流と化した時には、自らの犯した過ちに気付けなかった作戦ミスを悔いる。
 オーベムは直線状の電流に絡め取られ、一斉攻撃を浴び、遂に崩れ落ちた。
 チャージビームは放つごとに高確率で威力が上昇する電気タイプの技だ。ギアチェンジでギギギアル自体のチャージ速度を高め、対オーベム包囲網を余すことなく活用した。知略対知略は、スナッチャーの助太刀に軍配が上がる。
 J2という刺客自体は、ロケット団ボス・サカキ&プラズマ団リーダー・アクロマという二大タッグの前に敗れる。
「さすがは、かつての組織を束ねてきた者たちというべきでしょうか」
「遺言はそれだけか?」
 抵抗手段を失ったジュノーに待つものは、死あるのみ。サカキは本物のピストルに指をあてがう。
 身を護ってくれる兵隊がいなくなった以上、生身で攻撃を喰らえば、無事では済まない。自らの亡霊が生み出した悪意にケリをつけようとした、その時。


 フロア全体を、轟音が走り抜けた。


『ジュノーから超エネルギー反応による転移を確認……加えて、もうひとつの反応を確認』
 
 ジュノーは取り逃がした。代わりに浮かび上がるものは、無色透明の魂。
『ポケモンと同等の生体反応を示しています』
 エクリュ、サカキ、アクロマが一斉に同じ方向を見上げる。
 戦場に散らばるポケモンたちは、オーベム戦の余波もあるとはいえ、それにしては随分と疲弊していた。戦う気力を、眼前の存在によって強制的に奪われているようだ。
「……『置き土産』というわけか。エレベーターの分離もこいつの仕業だな」
「ポケモンを戻せません」
「繰り出すことが出来るなら構わん」
 悲観的な報告がなされるにもかかわらず、サカキは譲らない。ジュノーへの道を阻む者は誰であれ始末する。
 二丁拳銃の中に込められたモンスターボールからドリュウズをセレクトした。秒殺で片付ける。抜け殻じみた奇妙な化け物に一矢報いようとする。
「角ドリル」
 ドリュウズの三頂点が重なり、ドリルを模った。魂に逼迫するも、攻撃を寄せ付けない。
「格上か。ラグラージ、『見破』れ」
 看破に先駆け、スレートは連動して該当ポケモンの絞り込みにかかる。
『協会データベースとの照合結果……出ました……』
 二の句が継げない。ろくな結果ではないことは一同も覚悟した。新生悪意の底知れなさは留まることを知らなかった。


『あれは……』


『「知識ポケモン ユクシー」です』



 シンオウ地方・エイチ湖、神の三柱の一角「知識」を啓蒙した存在。

 三人は、この局面まで辿り着いた者に対して送られる名前があまりに突飛すぎたため、陳腐な感想すら薄れてしまい、ただ未曽有の戦いを予感させる事実を嚥下するしかなかった。
「そんな奴を飼っていたのか」
『サカキ。ユクシーは、ハマユウ……アリアンが研究させられていたポケモンかもしれん』
 ホオズキからの通信だ。向こう岸からは、分離の際に送り込んだニドキングの雄叫びが割り込む。インカムを寄せ、傾聴する。
「続けろ」
『スナッチャーを利用して、ネオロケット団が破れた世界に視野を広げていたなら、ギラティナと関連性の深いシンオウ地方の伝説ポケモンは、押さえておきたいと思うだろう』
 理には適っている。
 かの「ユクシー」が動き出した。ドリルライナーを放つドリュウズをものともせず、幾度か微動する。その間隔だけで人の心には次に何が起こるのかという災害級の不安を呼び起こした。
 ユクシーに埋め込まれた結晶石と思しき額から青色のレーザーが放たれる。オーベムよりも遥かに速い「シグナルビーム」を受けたラグラージとドリュウズは足元から凍り付き、エイチ湖の大寒波に屈したかのごとく、石化する。
『ポケモンが石化されました! ユクシーの能力を至急解析します!』
 サカキは両目の形を歪にした。その訃報は場外のホオズキにも届く。
『石化。まさか』
 マルバは、人とポケモンを石化させる力を神の権能にして贈り物だと称していた。生命を一握りにする力、それは紛れもなく神にしか成し得ない絶対権力だ。
『「エムリット・アグノム・ユクシー」』
 解析に勤しむスレートが語り出した。
『神と呼ばれしポケモンを、ネオロケット団はその手に収めたのでしょう』
 対話できる状態ではない三人に代わり、その場にいないホオズキが受け継ぐ。
『ああ、マルバはそう言っていた』
『エムリットとアグノム、そしてユクシーの力に関連すると考えられる神話を詠みあげます』

 その ポケモンの めを みたもの
 いっしゅんにして きおくが なくなり
 かえることが できなくなる
 その ポケモンに ふれたもの
 みっかにして かんじょうが なくなる
 その ポケモンに きずを つけたもの
 なのかにして うごけなくなり
 なにも できなくなる

『その神話に書かれる現象の一つ一つが、神の力に当てはまるということか。その理屈でいくと、石化はアグノムの力だな』
 消去法でいけば、ユクシーは知識面と近しい記憶部分の要素を担っているはずだ。
『ですが、ユクシーから放たれたシグナルビームの色は「青」』
 ホオズキはここに眠る違和感に気付く。
『アグノムの色だな』
 ホオズキは、ビデオ再生に記録されていた神々の威光を、一度だけ目にしたことがある。リニア戦を終えた後の会議で検証されたJの死亡証拠映像は、エムリット・アグノム・ユクシーを辛うじて捉えていた。
『ええ、本来の力を取り戻す前の状態かもしれません。恐らくですが、ユクシーは三つある神々の権能を全て持ち合わせていると考えられます。別の神の力の使い方をも「知識」として理解している。つまり、どの力をどれだけ出力するかを自在にコントロール出来るという仮説が成り立ちます』
 精神――こころ――を司る力の共有、それが結晶体から放たれる赤・青・黄の「シグナルビーム」という形で表れる。
 不気味なほど出来過ぎた考察だ。
 人がどれだけ足掻こうと、神は高みより造作なく力を振るう。スナッチャーが今まで相対してきた中でも、ユクシーは最も恐ろしい敵だ。
『シグナルビームを受けないよう、細心の注意を心がけてください』
 忠告を聞き入れる返事が来ない。
 温度差があった。勝利を見据えて戦おうとするスレートと、協力者らには。
 悪意と天秤に並ぶ試練を課せられてなお、諦める素振りもしなければ、弱音一切吐かない。その精神のたくましさに、スナッチャー以外の人間はついていけなかった。
「ポケモンが石化されてしまうのであれば、どれだけの策を講じたところで……」
 アクロマまでもが演算を中止しようとした、その時。



『諦めるな』


『いや、そんな言い方は無いな……。でも、そう言うしかない』
 唯一立つことをやめなかったのは、ホオズキだった。
『ネオロケット団はとにかく、あらゆる手段でおれたちを追い詰める。だが、それは「戦おうとする意思」を奪うためだ。戦えなくなった奴はその場で石にされる。何があっても、戦うことを諦めちゃいけない。それがネオロケット団に勝つための唯一の方法なんだ』
 サカキは、誕生の島以来見違えた彼にかすかな人望を抱きながら、同じ地平に立つ対等な関係として問う。
「タイタン、教えろ……。スナッチャーの連中なら、どうやって覆す?」
 個人の磨き上げたカリスマで組織を率いたサカキが部下に助けを求めるのは、初めてのことだった。
 ホオズキは眉間を摘まむ。正直、ミュウツーを超える敵など皆目見当もつかなかった。
 神なるユクシーはスケールだけ見れば、人に造られたミュウツーよりも次元を飛び越えた存在だ。しかし、ユクシーを前にして、ヒイラギとイトハが心折れたかといえばそうではなく、最後まで戦い抜いただろう。
『イトハは、キャプチャを行う。敵の戦闘性をそうやって削ってきた。攻撃を弱めることが出来れば……』
『ヒイラギは、急所を探す。敵の思い通りにさせない戦術はあいつの十八番だ』
 サカキに無いスキルの持ち主を模倣するのではなく、「攻撃を弱める」「思い通りにさせない」というアドバイスに着目した。
 メタモン・ラグラージ・ドリュウズの石像を見渡してから、グライオンを繰り出す。
「『ステルスロック』の陣を張れ!」
 ユクシーの周囲に、浮遊物が結界を形作る。エクリュのスターミーがそれを操作し、霊体に全弾被弾させた。
『総員退避、シグナルビームが来ます!』
 スレートの指示が冴える。小賢しい。薙ぎ払うように、一閃がグライオンを石化させる。しかし、サカキは目もくれずに次のボールを発射した。
「ゴローニャ、大爆発!」
 ユクシー目掛けて繰り出されたゴローニャは、岩塊の皹割れから地核レベルに発光し玉砕を図る。諸共に道連れとまではいかなかったが、魂に揺らぎが生じた。
 だが、すぐに持ち直す。ボールに戻すよりもキャッチが勝ったのはユクシーの放ったシグナルビームサイドだ。
「ドンファン、氷の礫!」
 ビーム後の静止時間にすかさず撃ち込んでいく。ドンファンが高速スピンと共に、礫を飛散させていった。これも石になる。
「ガマゲロゲ、エコーボイス。マンムー、吹雪!」
 エクリュはもうやめて、と銃を取る手にしがみつく。とても見ていられない。モニター上から、無残に散っていくポケモンたちの浪費を見せつけられるスレートは思わず苦言を呈する。
『サカキさん、あなたは自分のポケモンを石化させてでもユクシーを倒すつもりか!』
「邪魔な」エクリュを容赦なく振り払い、石像を増やし、展覧会を取り仕切る。
 こんなところで仲間割れをきたしている場合ではないが、かつての自分が同類だったからこそ、エクリュは到底サカキのやり方を認められなかった。
「言ったはずだ。ポケモンは人間に忠誠を誓う生き物だと」
 エクリュに凄むと、「ロケット団のポケモン観」を語り聞かせる。
「わたしにとってポケモンは所詮道具だ。おまえたちのように愛着も無ければ、消えたところで何も感じない」
 サカキは気持ち良いぐらい、綺麗さっぱりと言い切った。
 この男を改めて敵に回さなくてよかったとスレートは感じる。目的を果たすためなら、ポケモンにどんな負担でも強いるだろう。しかし、ジムリーダーとしてエキスパートを極め、数多の地面タイプを強く鍛え、後進を育てるだけの器である、それだけは本物だ。
『なんという人だ……』
 苛烈すぎる。
「おまえたちは甘すぎて反吐が出る。戦いというものを、このサカキが教えてやる」
 サカキの価値観が根本から変わることはない。スレートは説得を諦め、あくまでオペレートに徹すると決めた。
「わたくしの理想とは異なりますが、それもまた一つのアプローチでしょう」
「そう思うなら、とっとと手を下せ」
 サカキとアクロマは憎まれ口を叩き合いながら、過酷な戦況を打開しようとする。
「言われなくとも。チャージビーム!」
「次だ。ハガネール、アイアンテール!」
 二人の指示が連続した。
 パーツ分解したハガネールを技で電磁誘導する。ギギギアルがハガネールを磁場操作し、プレスをかけていく。
 尾の先端が、魂を内から蹴破った。
『ユクシーの魂に、少しずつダメージが入っています。これなら突破出来るかもしれません!』
 ガマゲロゲ、マンムーと、使い捨て用品のように役目を終えたら石化させ、ポケモンたちの石像を積み重ねることで、サカキは神の喉元に迫った。
「ユクシー、聴こえるか? おまえたちポケモンが神格化されるのは、人間が畏れ敬うおかげだ。だがわたしは違う。わたしはポケモンごときに操られはしない」
 世界征服のため、ポケモンを道具扱いするロケット団流イズムが、この極限状態で潰えぬ叛骨精神と化す。
「この世で神に最も近い存在は誰か分かるか? 人間だ。バクーダ、噴火しろ!」
 ポケモンの尊厳をとことん軽んじるサカキと、ポケモンの有難みに気付いたホオズキとでは、主義主張が相成れなさすぎる。
 しかし。
「人間を舐めるな」
 という俗物らの驕りが、神をその座から引きずり下ろす範疇に捉えた。
 ハガネールとバクーダが石化した。神の霊魂が鏡のように皹割れる。

 *

 プラズマフリゲートに残留し、アクロマの研究を手伝い始めたスレートとエクリュ。
 イッシュ政府から「Team Snatcher」なる組織発足の話が舞い込んだ。なんと、白羽の矢を立てられたのはアクロマ。

 *

『な……んだ?』
 眼が眩むような記憶の復元を浴び、スレートは一時操縦席に突っ伏しそうになる。
「どうした」
『いえ。攻撃を続けてください』
 
 *

 チーム成立のための必須条件は以下二つ。
 「リライブ(Re-live)」を可能とする人材
 「ダークポケモン(Dark Pokemon)」に対抗する「スナッチ・コア(Snatch-Core)」の解禁

 スナッチャー司令室にて、アクロマとスレートは過去の事例を閲覧していた。
「これまであらゆる伝説のポケモンが悪事に転用、また狙われましたが、ネオロケット団はどのようなポケモンに焦点を据えたのでしょうか」
「歴史の陰です」
「陰……?」
 アクロマは布をあて、眼鏡を拭き始める。
「これまで誰もが触れてこようとはしなかった領域に、踏み込むつもりでしょう。我々は来たるべき災厄に備えねばなりません。政府の要求は、それを見越しているのです」
 ギラティナとミュウツー。
 歴史の陰に忘却され、存在の痕跡すら抹消されていた者たち。
 神と、人智の集合体。いずれ世界を覆うと定義された禁忌。
 そしてミュウツーはポケモンたちを破壊の遺伝子で満たし、ダークポケモンを率いる長になるだろう。人間は自らが誕生を祈った命に滅ぼされる――。

 *

 スレートは、最強を目指して取り憑かれたようにひた走るミュウツーを思い出した。
『止めなければ』
「当然だ」
『ユクシーを止めよう』
 サカキとホオズキは、スレートの言葉の意味を勘違いしている。だが、言い直してまで訂正する気にはならない。彼らが今戦っているポケモンだけのことを考えるのに、水を差したくはない。
 スレートは心内で何か一言でも添えたい気持ちをそっと制御する。
 サカキさん、あなたの予想は当たっていましたよ。

 *

 プラズマ団は既に無害化したと、国家は判断した。ゲーチスを欠いてはテロリズムも始動しない。となれば、アクロマは国家が喉から手が出るほど欲する人材だったのだ。
 元プラズマ団員は国家機密事項に翻弄されつつ、成し遂げられなかった真の意味での解放チャンスを与えられ、これを贖罪にしようと考えていた。
「「あ」」
 ばたりと鉢合わせた二人には、まだ組織仮発足状態というスタートアップならではの、親密になり切れない気恥ずかしさが残る。
「遅くまでお疲れ様です」
 エクリュは後ろに指を組み、スナッチャーのメインベースを見渡した。組織を立ち上げることになってからというものの、日夜業務に追われる日々が続いている。
「ここで皆さんと一緒に戦える日が楽しみです」
 そんなヤワな任務じゃない。どこまでもこの子は前向きだな、と顔に書いてあったのがバレた。
「スレートさんは、そうじゃないんですか」
「ぼくは、正直怖いです。また奪うための戦いをすることが」
 チーム・スナッチャーは、各国際組織の選り抜きを集める方針だと聞く。
 スレート自身はプラズマ団から足を洗っても、戦いの中で、再び昔の自分に回帰してしまうことが怖かった。
「わたしたちが忘れなければ大丈夫ですよ。チーム・スナッチャーの在り方を」
「それもそうですね」
 エクリュの言葉は、いつもどこか、スレートを元気にさせる。

 *

 突如、脳裏に流れ込んできたこの映像は、かけがえない戦友と分かち合った記憶だ。
「スレ――」
 女性のものと思われる声が回線に混入し、一同に違和感をもたらした。
「今の声、誰だ」
『待て』
 ホオズキからの制止を受け、サカキは思い当たる節を睨み付ける。しかし、視線はそれ以上の詰問をとりやめた。彼女、エクリュの双眸は気弱な光をたたえていたからだ。
「スレート……」
『その声。エクリュか?』

 *

 アクロマはゲーチスの腹心・ダークトリニティの結束力を目の当たりにしていたから、三人の戦士を望んだ。もっともバランスがとりやすく、チームワークの面でもフォローしやすいと考えた。そして、「単なる実力者」では、この戦いにいつか着いてこられなくなると先を見越していた。年齢層を統一せず、性格・任務姿勢にも十色を分けることが、チームの画一化を防ぐと多様性を認めていた。
 なるべく、死線を経験した者が良い。
 あらゆるデータベースを探り、国家の必要とする人材を追い求めた。

 そして各国の有力者を集めるだけ集め、厳正なる会議の下選ばれたのが、ヒイラギ・イトハ・ホオズキの三人。
 スナッチャーの要である戦闘員・ヒイラギは、類稀なるプロフェッショナルでありながら、素行に難のある人物として国際警察から要注意評価を受けていた。彼は、自分が正しいと判断した事柄を、善悪の倫理観に左右されず、実行に移す節がある。過去の任務報告書からもそれはありありと記されていた。彼がこれまで腫物扱いされながらも重用されてきたのは、ひとえに実力と任務遂行力、二手三手も先を読む知略の高さから来る絶対評価主義によるものだ。それでも、アクロマはニュートラルに生きる彼の在り方に惹かれていた。
 スナッチャーの大黒柱である戦闘員・ホオズキに関しては、妻もまた有力な筋の科学者であることから、二人の内どちらかを抜擢すべきとの議論が噴出した。しかし、アクロマは妻でなく夫の方に要請を出すべきだと考えた。元ロケット団の経験を有しながらも今は足を洗っており、サカキから実の訓練を施されたサラブレッドの血筋を持つ男。そして護るべき者のために戦う価値を知っている彼は、後述する最後の候補やヒイラギほど秀でたスキルは無いにせよ、大局を見据え行動し、チームの柱になってくれるに違いない。様々な団員を見てきたアクロマには確信をもって宣言出来る。
 スナッチャー縁の下の力持ちである戦闘員・イトハは、訓練生時代から「最もレンジャーらしくないレンジャー」という奇妙な評価を下されていた。迷わない正義感と義務感による任務遂行力がポケモンレンジャーの特徴だが、イトハはクラス10に就任してからもキャプチャの是非に戸惑っている。それが他のトップ11名に無い唯一の葛藤であり、彼らと差を良くも悪くも隔てるものだった。アクロマは彼女が在籍することで、スナッチャーが未知のポテンシャルを発揮出来るようになると考えていた。キャプチャの腕だけではなく、人間として公明正大に在ろうとする彼女の理念は、ヒイラギやホオズキとまた大きく異なるものだ。必ずスナッチャーに刺激を加えるだろうと期待を寄せた。
 自分たちの想いを伝えれば、きっと計画に賛同してくれると思っていた。それは、アクロマが「絆」という考え方に目覚め、変わろうとする兆候でもあった。


 前触れなく決定は覆された。
 アクロマが主導していたスナッチャーの指揮権は、今後「ジュノー」と名乗る人物が引き継ぐことになったのだ。
 アクロマはジュノーについての調査を開始する。これまでの地方規模事件においても姿を見せたことがなく、捜査は難航、裏社会の人間としても仔細が謎のヴェールに包まれていた。裏のコネクションを用いた結果、アクロマは「ネオロケット団」なる組織が勃興を遂げたことを突き止める。

 *

 記憶の濃度が直接ダメージを与える。瞳を見開き、スレート、エクリュ、アクロマの三人が一斉に発狂しそうな悲鳴をあげた。
『スレート! どうしたスレート!? 応答しろ!!』

 *

 スナッチャー結成を間近にして、ネオロケット団からの刺客が政府権力を盾に、直接侵攻を仕掛けた。彼らの居住地であるプラズマフリゲートを奪い取ろうとしたのだ。当初、アクロマたちは政府陣と交渉を図るため、ホウエン地方に停泊していた。
 
 デンチュラのシグナルビームと、ユクシーのシグナルビームを相殺し、スレートは紙一重の幸運で、「内通者」という単語だけを忘れずに生き延びた。プラズマフリゲートが海底深くに沈んでいく様を見届けながら。

 代償として、エクリュはユクシーによって口封じされた。彼女はジュノーが内通者であるという記憶を保持したまま逃げ出そうとしたからだ。しかし、本来記憶を消される運命を回避し、内通者の正体を覚えていられたのは、アクロマが先にエクリュを逃避させた功績である。

 *

 ホオズキは以前もこんな場面に出くわしたことがある。ヒイラギの記憶改竄だ。スレートは今、失っていた記憶を回復する過程にあるのかもしれない。彼の言った意味を理解しようと、真摯に耳を澄ませた。
 スナッチャーのオペレーターは、二人して、白衣をはためかせる科学者本来の名前ではなく、ある時からその肩書きに生きると決めた男を呼ぶ。
「「司令官!」」

 *

 部下を護り切ったアクロマは、全てを忘れ去る。散り際、ジュノーにこう告げた。
「あなたが否定する概念を、わたくしはアプローチとして頼ろうと思う。いかなる結果が出るか、楽しみですね」
 ジュノーはフリゲートから脱出し、チーム・スナッチャーの完全掌握に成功した。

 アクロマの想いは踏みにじられ、以降組織のスタンスは大きな転換期を迎えた。
 ホオズキとハマユウは、ネオロケット団の研究のために一家を壊された。ヒイラギは正しい疑惑を冤罪にかけられ、チームを追放された。エクリュはヒイラギに内通者の正体を報せようとした結果、二度目の敗北に陥った。スレートは水面下で正体不明の敵を倒すために準備を整え、キナギタウンという第二の故郷に背き、人生の師を失った。ジュノーがサント・アンヌ号で協力者としてアクロマを引き入れようとしたのは、彼の身柄を確保しておくためだ。
 いつの間にか、スナッチャーの初期メンバーですら把握出来ないほどに、世界の歯車は動き出し、止まれなくなった。彼らもまた陰謀の渦の底に叩き落されていったのだ。

 *

 記憶改竄の元凶が零落した結果、彼ら一人一人に施した心理錠(サイコ・ロック)が脆弱化した。開錠された記憶は、プラズマ団の状態に後ずさりした三人を、スナッチャーの戦士へと揺り戻していく。
 数分前まで、何のために戦うかさえ自分の言葉に置き換えられないでいた青年は、長い幻を見ていたように目覚める。
『こんな大事なことを。ポケモンの力とはいえ、忘れさせられていた……』
 一度堰を切ったような奔流に攫われ、その流れに乗り直すことが出来れば、世界は何もかも違って見える。
 自分たちの手で。自分たちが造り上げ、そして戦士の集結に立ち会えなかった尖塔を攻略している。共に反旗を翻し、時に利用さえしたヒイラギ・イトハ・ホオズキは、本来自分が導く同志の仲になれるはずだった。
『ぼくは、なんてことを』
 彼らに対して、合わせる顔が無い。
 そう思いかけた時だった。
『何を悔やんでいるのか知らんが……。「オペレーター」、指示を出すのはおまえだ』
 スレートは、ホオズキからそう呼ばれて、感極まりそうになる。
『大方の事情は察したよ。でもな、おれたちが元々チームメイトだとして、やることは変わらないだろ』
「ホオズキさんの言う通りだよ」
 女性の相槌は本来驚くべきことのはずなのに、あまりにもやり取りが自然すぎて、続くサカキの言葉に意識が向いてしまうぐらいだった。
「見ろ」
 チーム・スナッチャー原初の三人を記憶改竄した黒幕、その魂の外殻が消滅していく。ユクシーのカケラを倒し、彼らに施した「封印」の効果が完全に解除された。
 これでエクリュも言葉を喋れるようになる。
 ホオズキのおかげだ。彼はその場にいないにもかかわらず、戦士たちのために旗を振った。
 この人がチームメイトに選ばれてくれてよかった――スレートは心からそう思う。勿論、ヒイラギとイトハに対しても、だ。

『ユクシーの撃破を確認。とはいえ、まだ油断は出来ません。引き続き警戒を続け、ジュノーの行方を追いましょう』

「これまでのオペレート、感謝します」
『アクロマ司令官……』
「二人とも、良いですか。『我々の』スナッチャーを、これから取り戻しに行きますよ」
 はい、という返事は了解以上の意味を持つ。彼らが、一体どれだけの旅路を経て、この一瞬に漕ぎ着けたか。想像し、秒で不可能を悟る。プラズマ団の三人が強固な絆で結ばれていることは、家庭を持つホオズキだから分かる。
 
『改めて、中央司令室に向かいます』
 晴れて足並みを揃え、深奥へと突入するスナッチャー。その組織名を背負わない約一名は異様な居心地の悪さをおぼえていた。
『サカキさん?』
「先に行け」
『しかし、我々にはあなたの力が』
「良いから、行け。後で追う」
 組織と居場所、何より仲間を取り戻したアクロマの陰に、サカキは置かれていた。
 ロケット団には無かったものを、チーム・スナッチャーは持っている。
 そう思うと、彼らがあまりにも輝かしく見えてしまい、直視するのが辛い。羨むように、そして憎らしげに。サカキは、エクリュたちを見つめるのだった。


 到着を察するや、ジュノーは椅子を回転させ、そこに座るはずだった科学者と向き合う。
「その座は返してもらいますよ」
「思ったより早く来ましたね。その様子だと、全てを思い出したのでしょう」
 エクリュとアクロマに追い詰められ、ジュノーは実際後がないはずだ。手持ちを破られ、秘密兵器ユクシーを返り討ちにされた。それでも勝ち誇るように、上から評価する。
「わたしは少し思い違いをしていたようだ。誰よりも恐ろしいのは、あなたがた三人でした」
「いや。『六人』だ」
 もう一人が追い付く。
「再会の悦びも刹那の感情です。記憶が戻るならもう一度改竄すればいい。倒しても立ち上がるなら石にすればいい」
「絆」とは、断つことの出来ない繋がりであり、離れがたい結びつきでもある。ネオロケット団が何よりも憎み、断ち切ろうと画策した輪廻。ジュノーは記憶改竄という手段をもって、人々やポケモンの絆を無理矢理奪い取った。
 それは、世界に対する些細な復讐だった。
 自分の声は世界に全く響かない。存在を無き者にされてしまう、それが許せなかった。だから、同じ苦しみを味わわせる。
 絆を憎む同志マルバと一緒に、世界への問題提起を為そうと考えた。
 カウンターとして要請されたプラズマレムナントは、残骸の足掻きと矜持。仲間を得て、地獄の底から舞い戻る。
 スナッチャーは存在してはならないような組織ではない。人間の過ちと、新たなる道へ進もうとする願いが生んだ、必要悪。
 アクロマと、スレートと、エクリュは、三人の戦士を支えようと誓った。その三人は今、窮地に瀕している。ならば、今度は我々が三人の戦士の盾となろう。
「ジュノー……」
 アクロマには知って欲しい想いがあった。

「絆とは、そのようなものではありませんよ」

 この場でやるべきことは、ジュノーの撃破。ネオロケット団No.2を倒して、初めて。
 チーム・スナッチャーは始動する。

はやめ ( 2019/05/03(金) 19:00 )