叛骨の強奪者






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Second Stage - EX-Team Rocket part -
Phase 44 制圧された本部
 チーム・スナッチャーの本拠地は、タマムシシティカントー・ポケモン協会の地下に潜む。協会が表側なら、地下塔は裏側に位置する。
 建造物や交通インフラは、ポケモンに合わせた充分な広さをもって作ることが法により定められている。大型ポケモン、例えばホエルオーが基準値として用いられる。何かの拍子で開閉スイッチが誤作動したとき、容積を超えたポケモンが繰り出されても人間の安全を保障出来るよう、義務付けられている。
 そんな、ホエルオーが入れるほどの大きさで塔全体を貫く中央エレベーターを使い、各フロアを移動する。本部には螺旋階段が無いため、移動式昇降機だけが頼りだ。
 本部の代表的な構成員を除けば、労働力はほぼポケモンで賄われる。地理的には政府と直結していることから、そのまま職員がスナッチャー本部のシステム管理や警備をこなすよう充てられている。ヒイラギ・イトハ・ホオズキの目に見えないところで、多くの人員が彼らのサポートに割かれていたということだ。
 しかし、その体制は思えば、敵の「プロジェクト」を進行させるための序曲に過ぎなかったのかもしれない。
 チーム・スナッチャーは今や、敵意に占拠された。内通者ジュノーの手引きにより、ネオロケット団として潜り込んだ工作員によって政府自体が掌握されつつある。
 一度そうなってしまった政治は、本来民を啓蒙する役目を失い、スナッチャーという体制を堅持しようとする者と、制度を解体しようと目論む者の二項対立によってのみ構成される。
 スナッチャーだけではない。国家の中枢部が侵食されるという事実は、すなわちカントーの機構がウイルスに感染していくような状態だ。ジョウト、ホウエン、シンオウ、イッシュ、カロス、〇〇〇〇、etc――世界に散らばる「ネオロケット」という悪性腫瘍は、人の形に成りすまし、虎視眈々と国家衰弱の機会を狙っている。彼らの掲げた大命はそれだけ人々を魅了し、悪の波導へと誘うものだった。
 そして、恐ろしいことに。その現状はまだ一般市民に開示されていない。
 ここまで局面が進めば、カントーで起きた諸々の出来事には根拠を伴った説明がつく。ポケモンハンター・Jが、奇しくもロケット団と同日同時刻にシルフカンパニーを占拠した。紛れもなくネオロケット団No.1であるマルバからの当てつけだ。新生悪意はロケット団にとって代わる、という主張。その嚆矢に選ばれたカントー地方は、石化の悪夢に日々怯え過ごす。真実を知らないまま明日が続くと当たり前に信じていた人々の予想を裏切り、ある日突然やって来る破滅の光によって世界は静かな終わりを迎えるだろう。
 カントーを震撼させたロケット団が、まさかカントーのために戦う日が来るなど。裏切り者も、かつての首領も、その仮定を考えることすら昔なら嘲笑に付したろう。  
 オペレーターを務めるスレートは、敵勢力の分析に取り掛かる。ネオロケット団の特徴的な武装は、ポケモンの持ち物である「突撃チョッキ」の繊維を織り入れたものだ。シルフカンパニー後、スナッチャーの攻撃力による一点突破を許すまいとしたマルバが全団員に着用・装備を命じた。
「ポケモンの攻撃をいなす、いかにもマルバの教えらしいな」
 ホオズキが吐き捨てる。
 靴音が指揮者を無視したリズムを刻み、音の無い空間に満ちる。
 倒しても倒しても増殖する有象無象がやがて鬱陶しくなったのか、サカキはポケモンの選択、銃口からのボール射出、命令をほぼ同時に行った。
「ハサミギロチン」
 レーザーサイトを合わせようとした団員が横薙ぎの尻尾に足元を払われ、文字通り首と胴体を分離されようとしたところを、間一髪でドンカラスの翼が持って行った。
 ハットの陰から覗く、敵味方問わず殺意をはらんだ鈍い光は、衰えを感じさせても古豪のマフィアそのものだ。
 慌てたホオズキも油断は切らさない。背景に「保護色」で同化したドーブルの尻尾を掴み、背負い投げ。尻尾を踏みつけてからトレーナーを撃ち抜く。辻斬り跡は意識を失い、壁や床に倒れ伏したポケモンばかりだ。そう、意識を奪うだけで事は済む。
「ここを血祭りにあげる気か」
 サカキの戦い方は敵を殺しかねない。グライオンへの指示は全く躊躇がなかった。最初から殺そうとしている。まるで敵討ちにでも来たかのように。
『サカキさん、あくまでも我々の流儀に則ってもらわなければ困ります』
 スナッチャーの教義は「強奪」であり、ジェノサイドではない。スレートは重客を逆撫でしないよう言葉を選び、マフィアの戦争観と対峙した。
「餓鬼の遊びじゃないんだぞ」
『すみません、ですが』
「局面に差し支えると判断すればその時は迷わず首を刎ねる。これならいいか」
 いいか、とは暗黙の了解だ。サカキに譲歩させただけでも上出来である。
『分かりました。そうならないよう、全力でサポートしますから』
 青いな、と思われようが構わなかった。ハマユウとイチジクや、プラズマ団たちは人を殺めてまで会いに来た者の手を取りたいとは思わないはず。そのジレンマは誕生の島で克服した。
 エレベーターに突入すると、大型の自動ドアが閉まり、一人は操作を試み、一人は警戒を張り巡らせた。
『お二人は、そのままフロアを降下してください。本部の内部構造をこちらで把握します』
 エレベーターの行き先を指定しても、あの稼働したという浮遊感が一向に訪れない。
「駄目だ、ボタンが効かない」
 ホオズキが何度押しても、ライトの点かなくなったチョンチーのような反応が続く。
『本部のシステムが向こうに操作されているのですね。こちらから干渉出来るかやってみます。しかし、侵入が割れてしまうかもしれません』
「移動不可よりマシだ」
 サカキの即断が、ハッキングを加速させる。鳴動しながら、重い腰をあげた。
「よし、動いた!」
 ドンカラス・グライオンは合図に応じて周囲を哨戒、ホオズキ・サカキは左右両開きするドアからの大挙に備え、死角を陣取って待機した。
『ですが、一階ずつしか解禁出来ません』
「ならひとつずつ攻略するまでだ」
 鉄壁のセキュリティは、ネオロケット団が研究を大成させるための時間稼ぎになる。
 スレートの予見通り、すぐさまアラートが非常事態を告げた。エレベーターの色彩がカラーコーディネートを忘れ、赤一面の血に染まる。そのままの佇まいではいられなくなるようなこの世ならざる音が響いた。
【 スナッチャー本部に侵入者発見。侵入者は約2名。警戒Lv.X 】
 全フロアに戦闘員が配置され、ホオズキとサカキを石化光線の乱舞が迎え撃つ。
 エレベーターが停止した。ドアが全貌を明らかにするまでもなく、与えられた生活圏のことを思い出す。
「戦闘員用フロアだ」
 ヒイラギ、イトハ、ホオズキ、三人の待機兼生活用部屋としてあてがわれた。独房のような待機部屋で、他の構成員のプライバシーに立ち入るきっかけは無かった。生活の痕跡すら嗅いで辿る追跡者たちによって、このフロアも踏み荒らされていく。
 ホオズキが光の玉を転がすと、敵の眼が眩み、スレートの指示が一層冴え渡る。
『今です、指示を!』
「フェザーダンス」
「雷の牙」
 黒翼、はらりと舞い。場違いの落葉を艶やかに演じた。
 怪力鋏の切断面が壁に嵌まると、床全体が電流を伝い、戦闘員に感電する。突撃チョッキにより失神を免れるが、電気を受け付けないダグトリオが足場ごと切り裂いた。
『敵性勢力沈黙。突入可能です』
 黒装束二名は、両性の部屋に転がり込む。

 あの堅物が質素なインテリアを引き立てるような写真立てに淡い記憶を忍ばせていたことが意外すぎて、思わず目を取られた。
 一緒に写っている女性は、淑女を思わせる清楚な見た目。イトハよりも並んだ時の背丈の差が大きく開いている。銀髪が肩に流れ落ちるか落ちないかの瀬戸際で靡き、良い塩梅で先端をウェーブしている。
 隣では、今とさして変わりのない、強いて言えば顔の傷の少ないヒイラギが無愛想に取り澄ましている。
 一瞬、彼らのいる場所が思考を席捲する。
「『プリズムタワー』?」
『ホオズキさん、来ます』
 スレートの切迫に合わせ、すぐに視線を切り替える。据える目線は銃口で良い。
 フレアドライブを纏い突進するヒヒダルマに向かって、ベッドのシーツをめくりあげ、自分と敵の視界に白線を引いた。すぐさま燃え落ちる衣を通して、敵の線形を把握した銃声が勝る。
 申し訳程度の花瓶が割れ、彼が大事にしていたであろう写真立ての、女性の額辺りを、ヒヒダルマの拳が劈いた。
『ホオズキさん、ここは去りましょう。ホオズキさん?』
「……ん、ああ」
 おまえも隅に置けないな、とそのうち肘で突っつけただろうか。そもそもそのような軽口を叩く仲でもない。もっと、コミュニケーションを取っておけばよかったな。
 ホオズキは、跡形もなくなったヒイラギの部屋から退出する。

 エレベーター作動がよりスムーズ化し、いくつかの階層を飛ばして小回りが利くようになった。銀河の渓流を下るように幻想的な意匠を散りばめる。より地下へ、より深みへと晒されていくホオズキ。ハマユウとイチジクが幽閉されているかもしれない場所を虱潰しに探す。
『侵入者だと割れた今、正面突破は効率が悪いです。おふたりの手持ちデータを一通り見せてもらいましたが、この場を切り抜けるなら、メタモンが最適でしょう』
 サカキが眉を吊り上げた。
「あれはわたしのポケモンではない」
『エクリュのポケモンでしょう』
「そうだ。石化させてもいいというなら、出してやる。決断しろ」
 まもなく次の戦場に到着する。処置室一帯を完備したフロアだ。構成員のメディカルチェックなどを主に行う。
「突入する。返答は次のフロアで聞くぞ」
 サカキとホオズキは銃を抱え、構える。

 
 塔を忙しなく駆け抜ける罵声と喧騒は、医務室の左から右に波打つ。
 ネオロケット団によってまもなく施錠される重要取調人は、意識を取り戻し始めていた。自分が果たすべき任務を思い出し、繋がれた点滴を無理矢理引き抜こうとする。
 記憶はサント・アンヌ号で途切れている。彼女は眠りに就いたためシグナルビームを眼で「見ない」ことで記憶改竄を回避した。だが、一旦でも意識が覚醒を遂げたのなら、ジュノーにとって格好の救済対象となる。

「彼女がプラズマ団の残党です」

 久しぶりの外の景色には、元凶である内通者がいた。部下を引き連れている。
 彼が健在ということは、エクリュ決死の告発は無に帰したことが分かる。
 言葉を喋れず、口元をガムテープで覆われたような悲鳴になる。
 台の上から残っているボールをひったくり、クリムガンを前方のガードに置く。震える指でサインが読み取れないが、このポケモンは応えてみせた。「蛇睨み」――何人かが硬直を負った。突撃チョッキを引き裂くドラゴンクローに合わせ、ジュノーがあろうことか引率した団員たちの首に回し蹴りを入れる。
「早く、クリムガンに騎乗を!」
 エクリュは起床の怠さを根こそぎ吹き飛ばされたように、睨み付ける。
 夢をまだ見ているのか。王子が助けに来てくれるなどという、出来過ぎた最終幻想を。
「『この姿』では、言いたいことも山ほどあるでしょう」
 ジュノーは、エクリュの手首を引っ張る。
 機器類のチューブが散乱し、混ざり合って何が何か分からない警報が鳴り響く。構わず、エクリュを連れ去ろうとする。クリムガンが炎を吐くと、ジュノーの焼け落ちた髪が、ぐにゃりと細胞変化を露わにした。
「あなたが言葉を喋れるようになったら、直に聴きたいものです」
 
 今スナッチャー本部で最高地位に就く者が誰かを考えれば、その人物は只一人しかいない。内通者ジュノーに変じれば、団員たちの困惑を誘えるほか、部下からの攻撃を防ぎ、情報を獲得することが出来る。
 メタモンは以前、内通者騒動でヒイラギに手を貸した。イトハをオツキミ山へと呼び出すべく、ジュノー本人に「変身」した経験がある。その時は、声帯を真似たにすぎない完成度だった。変身は長時間持たず、自然にメタモンの姿へと融解してしまう。そのため救出は迅速に行う必要があった。
 ホオズキはエクリュがこのフロアに眠っていることを知っていたため、後は助け出すための段取りを整えればよかった。少しでも生還率を伸ばすには、囮が必要になる。その役目を買って出てくれたのだ。
 エクリュのメタモンは実に数奇な運命を辿った。ヒイラギの手持ちになり、イトハとの対峙後、カラマネロによって洗脳を施される。イトハのキャプチャで洗脳を解かれたメタモンは、ピッピの群れを動かしたのち、サカキに拾われる。巡り巡って、このメタモンが元鞘に収まる時が来た。メタモン自身の承諾を取り付け、敵に変装し、隙を見計らってエクリュを救出する、これがスレートの立てた「変身の作戦」全貌だ。
 エレベーター前に集結する団員のうち、一人が問いかけた。
「J2様、その女性は」
 メタモンは、間髪入れず司令官権限を行使する。
「わたしの管理下に置いた人間です。そこを開けてください」
 団員の中でも判断を仰ぐ立場の者が、すぐに了承せず、代表として一拍置く。
「J2様、『あのポケモン』はどうなさいますか」
「スナッチャーの管理下に置いているポケモンのことです」
 ネオロケット団の重鎮であれば、研究中のポケモン名を言えないはずがない。
 ホオズキとサカキの判断で、すぐさまボタンを押し、内側からエレベーターの扉を開ける。スタンバイ中の二人は、メタモンとエクリュを迎える予定だった。
 偽物を疑った敵の機転により、当初の方針は覆された。こうなれば武力行使だ。
『エレベーターに退避を!』
「こいつは偽物だ!」
 スレートと団員の指示が重なった。秒読みで銃撃戦が繰り広げられる。
 サカキが昏倒させた団員を革靴で踏み潰し、骨が砕けるほど力を込めた。
「あのポケモンとは何だ!?」
『サカキさん戻って!』
 ジュノーと瓜二つのメタモンは、変身制限時間までは主人を護り抜くとばかり、エレベーターに転がり込む。
 エクリュは事情一切を飲み込む猶予も与えられないまま、混濁の渦に乗せられた。激昂するサカキをよそに、ホオズキはあくまで彼女の心労を慮るように切り出す。
「きみのことはヒイラギから聞いてる。スレートは分かるな? 彼もいる。指示を送ってる」
 頷くほかの選択肢は無く。エレベーター内にも戦いの余波が飛散する。
 フロアタイルのせいで、地形変化や砂地を利用する地面系統の技が使えない。そうでなければ、ストーンエッジで防壁を築き、侵入を防ぐことも出来た。エレベーターの誤作動を危惧し、使用を避けていたが、今は窮地だ。建物内でこそ真価を発揮する大地の奥義を炸裂させる。
「ドサイドン、地震だ!」
 縦から来る直下型の衝撃が、敵味方もろとも巻き添えにする。ホオズキは手すりに掴まり、堪えようとした。苦し紛れに放たれたレーザーは、サカキを通り抜け、トレーナーに被さったポケモンへと向かう。

 エクリュを護り、石化するメタモン。
 声が出ないことをこんなに恨めしく思ったことは無かった。
 
 クリムガンが弔いのごとく咆哮し、馬鹿力でエレベーターに屯する団員を薙ぎ払う。鮫肌に裂かれた彼らの体からは鮮血が噴き出た。そのまま暴走で我を失いそうなクリムガンを石化光線が仕留める。
『……降下してください』
 エクリュがクリムガンの像に手を触れようとするが、壮絶な揺れが二者をどんどん遠ざけていった。残されたのは、ジュノーであってジュノーではない高潔なるポケモンの姿だ。
 サカキは帽子を押さえつけながら、やっとの思いでエレベーターに戻り、ドサイドンを回収する。攻撃を繰り出さなければ帰って来ることは至難の業だっただろう。
 像に寄り添い、石を濡らす。泣き止まない啜りを聞きながら、冷たく突き放す。
「メタモンとクリムガンはおまえを護るために戦ってきた、それがポケモンの役目だ」
 だがホオズキのかける言葉は違っていた。
「エクリュ、おまえはそう思わないだろ!? なら、ポケモンの想いを無駄にするな!」
 カメックスとミュウのスナッチを止めきれず、また目の前で味方のポケモンが石になった。ポケモンの想い、など口にするのもおこがましく、それでいて白々しいと以前のホオズキならニヒリズムの中にその綺麗事を仕舞い込んだだろう。そうではなかったのだ。どんなに軽蔑されようが、もう二度とポケモンを道具などとは思わない。

 敵のいない牢獄フロアに着いた。以前、収容されていたポケモンたちもどうやら解き放たれたようだ。ハンターらによって回収されたのだろう。
 任務開始から数時間が経過して、ようやく息つく一瞬が生まれた。ホオズキはどこか棘の含まれていた先程の言葉をずっと気に留めており、改めて仕切り直す。
「さっきはすまなかった。どうしてもああいう口調になってしまってね」
 エクリュは眼を白黒させ、首を横に振る。
「訳の分からん内に巻き込まれ、どこの誰とも分からん奴と組まされて、正直滅入っているだろう。だが聞いてくれ。ヒイラギは石化された。もう一人のメンバー、イトハもだ。今スナッチャーは、おれしかいない」
 ホオズキの置かれた立場を理解したエクリュは、どう反応するのが正しいことなのか、迷いに迷い、最後に俯いた。
「おれはあいつと同じチームだ。きみが内通者ジュノーの情報を届けようとしたことも知っている。見ての通り、生き残りは少なくてね。一緒に戦ってほしい」
 眼が覚めたと思えばフロアを脱出し、相棒を二匹も失った。治癒だって回復段階ではなく病人を叩き起こしたようなものだ。宣告が相乗効果でエクリュを再度の眠りに落としたとしても不思議ではない。
 サカキは、遠巻きに二人のやり取りを眺めるだけでスナッチャーの事情には介入しない。ただの荷物が増える、と言われてもおかしくない状況下で、ホオズキの甘えがどこまで通用するのか見守った。
『エクリュ……そこにいるんですね?』
「ああ。だが言葉を話せない」
『知っています』
「スレート、今敵の気配は無いな?」
『ありませんが』
「少しで良い、個人回線に切り替えろ」
『しかし……それではオペレートが』
「今だけだ」
 ホオズキは自分の小型インカムを渡す。
「声だけでも」
 聴力が失われているのでなければ、スレートの言葉だけは聞き取れるはずだ。エクリュにとって、ホオズキもサカキも赤の他人だが、スレートは違う。彼の態度や口ぶりからもエクリュとは並大抵の関係ではないことがうかがえる。ホオズキなりの不器用な思いやりだった。
『エクリュ……久しぶりだね』
 エクリュはこくりと頷く。
『助け出すのが遅くなってすまない』
 ううん。首を横に振る。
『一緒に戦ってくれるか。今度は、味方として』
 彼らは、お互いに机を隔てて向き合い話すかのように、会話のテンポを一致させていた。なんとなく、喋れなくても。彼女の、彼の、想いが手に取れる。
 二人の出会いは、遡ること数年前。


 
 組織解散後、自由を得たプラズマ団員は船から降り、またひとりと居住区を後にし、第二の人生の舵を切った。アクロマがフリゲート内を見回りしていた時である。

 一人の青年が、甲板に佇んでいた。

「あなたは、この船の一員ですか?」
「はい」
「でしたら、すぐに出なさい。プラズマ団は解散しました。もうわたくしは、あなたがたのリーダーではありません」
「疑問がありまして……」
「疑問?」
 青年は振り返る。
「あなたは科学者です。尽きない疑問があれば、その答えを探そうとするでしょう」
「……して、その疑問、とは」
 
「ぼくは、何故負けたのでしょう。ポケモンを強くすること以外に、何が足りなかったのでしょう」

 アクロマのハイライトが灯らない瞳には幼稚に映るほど、まっすぐな青年だった。
 好奇心あまりに人間性までゴミ箱に捨て去った科学者と乗り合わせる理由が、皆目見当もつかない。
 彼は、この船から降りることで、疑問という荷を置き去りにしてしまうからこそ、歯がゆさを今になって噛み締めているのだ。
「負けた。それはあの侵入してきたトレーナー相手に? なら無理もありません、このわたくしとて……」
 青年とアクロマの会話はどうにも噛み合わないようだった。それもそのはず、その時まったく別の人物を思い描いていた。
「同じプラズマ団です。白い制服の女性に」
 白きプラズマ団と黒きプラズマ団、分裂した二つの組織は、イッシュ制圧とそれを阻止するために蜂起した。
 ソウリュウシティが凍結されるという前代未聞の事件、それはイッシュリーグ統括局長にして市長シャガの街を襲うことでプラズマ団が国家のアンチテーゼであると主張する示威行為だった。ジャイアントホールを目指し停泊していたプラズマフリゲートに、「三人の」ポケモントレーナーが殴り込みをかけた。
 白きプラズマ団はかつての自分たちを憐れむように、黒い影を消し去ろうとした。黒きプラズマ団は、骸を糸で吊り、不均等に動かしているような歪さの結び目で成り立っていた。彼らはポケモンを完全に道具と視認し、自己の欲望を満たす器に境界の竜を選んだ。
 結果、黒き復讐の炎は鎮火する。そのプラズマ団を束ねしリーダーは解散を宣言、団員たちは燃え落ちる旗印の束縛から解放された。その戦いの中で、青年は同じプラズマ団に負けたのだという。
 何か訓示を与えてやるべきかという温情もアクロマにはただの気まぐれだ。しかし、物事を白黒つけたがる年頃の迷える子メリープを導いてやろうかと血迷うぐらいには、アクロマの心は人間寄りに回帰してきた。

「かつての王・Nはこう言いました」

 世界を変えるための数式は、異なる考えを否定するのではなく、異なる考えを受け入れることにあると。

「我々の組織は白と黒に分裂し、それはまるでイッシュ建国神話のようでした。ですが、ゼクロムもレシラムもキュレムも、もとを正せばひとつのポケモンなのです」
 アクロマの回りくどい比喩は、青年をかえって戸惑わせる。
「ええと、何が言いたいのですか?」
 解を急ぐなと、アクロマはイッシュに吹き渡る四季の風の調子で穏やかに告げた。
「つまり、我々も灰色に染まるべきです」
 答えになっているようで、実は答えになっていない。青年は溜息をついた。アクロマという変わり者に解を求めたことを馬鹿馬鹿しいと後悔していたのだ。

 オウム返しが決まり、船内のパイプを突く音が勝利の祝杯となった。
「やった……勝てた。勝てたぞ!」
 青年は喜色満面に振り向く。
「アクロマさん、勝ちました!」
「ほう」
 青年のポケモンには可能性が感じられた。
 アバゴーラやバルジーナは、トレーナーとまさにひとつの勝利をもぎ取った。ハイタッチは喜びの共有だ。
 プラズマフリゲートにまだ残留する団員がいると噂を聞き付け来てみれば、申し込まれたのは再戦だった。
 呆気にとられる女性は、万に一つも負けるとは想像しなかったらしい。敗者へと立場を逆転されてしまったクリムガンに頬を寄せながら、ボールに戻す。
「強いですね」
 絶対に認めない、という褒め方だ。
「でも、わたしの方がポケモンのことを愛していたはずです。なのにどうして、あなたに負けたの?」
 そんな格好つけられたものじゃないと肩を落とし、青年は懺悔を始めた。
「ぼくは元々、イッシュリーグに挑戦するつもりでした」
 丁度、チャンピオンロードで行き詰りを感じていた。しかし、ここさえ踏破すればポケモンリーグは目と鼻の先だ。
 そんな時、あの城が浮上した。
「なんだか、よく分からなくなっちゃって」
 自分では手が届かない、神の領域にあると思っていた四天王をいとも容易く打ち倒す三人のトレーナー、伝説の威光にひれ伏すチャンピオンが情けなく思えた。
 この程度のものを、自分は目指していたのかと。
 プラズマ団に降伏するリーグに挑む価値など、これっぽっちも感じなくなってしまった。そうなると、今まで積み上げてきた時間や歩んできた道を否定するのは一瞬だった。力のやり場が分からず、強く在るには、リーグではなくプラズマ団に行くべきだと感じた。
「きっと、リーグより上の力を持つ集団に属することで、自分を高く見積もろうとしたんです。浅ましい話です」
 しかし、全土にポケモン解放宣布をもたらすはずの王は、いずこかへと姿を眩ます。気付いた頃にはリーグを囲んでいた城は潰え、またも趨勢はめまぐるしく変化した。それでも復旧を遂げたポケモンリーグの門は、もう前と同じ憧れで見つめられなかった。
 放浪の果てに、プラズマ団が復活を迎えようとしていることを聞きつける。
「今思えば、愚かでした。一度足を踏み外せば、もう二度と」
 人の道には戻れない、そう言おうとした。
「戻れます」
「え……?」
「も、戻れますよ!」
 女性は何故だか、必死にガッツポーズをつくり、訴えかけてきた。
「わたしもN様がいなくなられて、何をどうしたらいいか分からなくなりました。でもきっと、ポケモンを逃がした方がいいんだろうなって。その時、ポケモンのことを道具のように思っていたわたしに、離れたくないって、なついてくれたこの子は……」
 クリムガンを愛おしそうに撫でる。
「今のわたしに変えてくれた恩人です」
 青年は思った。こういうことか。
 彼が女性に勝てたのは、己の弱さと向き合い、機械化した付き合いになってしまったポケモンたちに愛情を注ごうと、立ち直ったからだ。そのきっかけを作ったのは、違法科学に身を染めたはずのアクロマだった。最初は半信半疑で特訓に付き合わされてみたが、この科学者は物言わぬ答えをくれた。
 アクロマもまた、彼の柔らかな口角が礼を送っているように思えて、その感覚は孤独の研究にはない成果を出している。
 アクロマを倒したトレーナーが語った概念は、なかなかどうして、興味深いではないか。次なる研究テーマを見つけた。
「ふむ。二人とも……わたくしの研究を手伝ってみる気は?」
 


『ありがとうございました』
「気にするな」
 インカムを装着し直すホオズキに、どれだけの感謝を伝えても嘘になる。ホオズキだってハマユウたちがいるのに、なんと言葉をかけてよいかわからない。

 エクリュにも予備のインカムを装着してもらい、一同はエレベーターに乗り込む。要人を一人逃したネオロケット団の更なる陰謀が彼らを襲った。エレベーターを中央にかけて、真っ二つに切り裂かれる。
『エレベーターが、分離!?』
 サカキとエクリュを取り残し、ホオズキ側のエレベーターが逆走を始める。
 緊急事態を飲み込み、二丁拳銃から支援のポケモンが送られた。二人の視線が交差したまま、無条件に距離は開かれていく。
 まるでかつてのリニア逆走事件を彷彿とさせる展開に、不穏の感が拭えない。
「スレート、次の階は……」
 中身がぱっくり割れ、地下の冷え切った肌寒さが、墓場を報せるように。下方に向かうエレベーターの辿り着いた次なるフロアは。
『中央司令室……』
 ミッション・スタートを告げる構成員たちの拠点だ。
 しかし、始まりの間ではなく、終わりの間として待ち受ける。サカキとエクリュは、到着音を聞く。侵入、いや私物を用いるように入場してくる影、それは、今度こそ本物の――。

はやめ ( 2019/04/21(日) 11:01 )