叛骨の強奪者






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Second Stage - EX-Team Rocket part -
Phase 42 勇者にあらず
 シロガネ山には波導をめぐる「色」が咲き乱れていた。彩度を高め、領地を拡大した者が勝利する。そう、これは天下分け目にも等しい一戦。
 最強のポケモントレーナーが決した場で、今度は惑星最強と謳われし候補どもがぶつかり合う。何の因果か、決戦に所縁ある土地だ。金色の土は一面に照り映え、蒼い光芒に誘われて粉末が羽ばたくかのよう。

 力を振り絞ったミュウを、ミュウツーは尻尾の一振りで呆気なく打ち倒す。垂直落下の直撃が脳天を貫いた。
「ミュウ!」
 かつての島一つを丸ごと占領するエネルギーは幻想の彼方へ。この攻防はきっと紙一重の差で決まると確信した。
「誤算だったな。かつての力はもはや残っておらぬ。生命樹なしでは、エネルギーを確保できまい」
 ミュウは世界のはじまりの樹を管理するポケモンだ。ミュウの生命の源は波導と共に在り、波導と強弱は比例する。
 負けじと張り合う。全身を力ませ、牡丹色の外殻を纏う。ギアナが育んだポケモンの始祖に対抗すべく、ミュウツーもまた、萌黄色のバリアを発動した。
 遠ざかり、そして惹かれ合うように冷天に向かい、光を立ち昇らせていく。力と力、生き物同士の根本を比べ合った。

 マルバが手をかざし、波導を送り込むと、ミュウを上回る体積へと増幅されていく。
 「ミュウ」という種族に対するミュウツーのコンプレックスは筆舌しがたい。このミュウは、かつてミュウツーをけしかけた個体とは異なる。それでもミュウツーの体はミュウから生まれたものであり、常に自分が忌み嫌うパーツと同居させられる。コピーは粗悪というレッテルを悔い改めさせる意趣を、闘争のエネルギーと換えていた。
 競り負けるミュウを放っておけば、このまま息絶えてしまう。
 ヒイラギは痛みを堪えて駆け出した。
「止めるな」
「どうするつもりだ」
 勝算も無しに飛び出すな、とホオズキは制止をかける。
「おれの全波導を、ミュウに託す」
 自分よりも互換性の高い波導使いとして完成されたマルバに勝つためには、アーロンと同じようにミュウを救える勇者になるしかない。
 オリジナル素体であるミュウの力が回復すれば、コピーのミュウツーを圧倒出来るはず。
 ミュウツーの猛攻を凌ぎ切るには、これまでにない致命傷を加える必要がある。波導によるミュウ強化は当然の帰結だ。
 しかし、問題点は一考挟む余地もない。下手をすれば、命を顧みない作戦だ。
「そんなことすれば、おまえが死ぬぞ」
「なら見殺しにするのか」
「アーロンはそうした!」
「おまえはおまえだ! アーロンじゃねえ!」
 ヒイラギは腕を強引に払いのけ、ミュウに波導を与えようとする。

 ヒイラギとマルバは洗礼を浴びた。一回一回の激突が、山頂内ごと磔の処刑場に変えるような重々しさを伴っている。
 マルバはマントで半身を護り、ミュウツーとミュウの戦いに目ならぬ波導を凝らす。
 近付こうとするだけで重力という法則に抗うような震動が総毛を起こす。
 伝説と幻の規模が真正面からぶつかり合う戦いなど、正気の沙汰ではない。
 ヒイラギはカメックスとの脈拍を一定に保ち、メガシンカの際に生じる波導をまとめてミュウに届ける。
 両者のオーラとでも呼ぶべき奔出は、一度火が点いたらどちらかの勢いを消し去るまで燃え続ける。
 ヒイラギはその場に踏みとどまるのがやっとだった。あの二匹の決闘に、誰が直接介入出来るというのか。ここが正念場だ。
「カメックス、持ち堪えろ……」
 バリアが削れ、その剥がれ落ちた破片が隕石のように被弾する。その一弾が波導使いに降り注いだ時、黒翼が烈火を裂いた。
 ドンカラスがヒイラギを衝撃から守る。
 ホオズキはヒイラギに背中を預け、硝子を頬に擦り付けてきそうなほど震える時計に目配せした。
「護れて後数分だ……」
 ヒイラギとミュウのサポートに徹する道を選んだホオズキは、彼がどこまで無理をしてミュウを救おうと躍起になるのか、いざという時のストッパーを務めねばならないと、自分の立ち位置を見極める。
 ヒイラギの頭の中には、もうマルバを倒すことしかないからだ。フレキシブルな思考こそが最後の砦となる。
 彼は、嫌なタイプの咳をしだす。人の声に不安が混じったようなあの咳だ。
 まもなく彼の口から、血が伝う。顎の角から零れ落ち、首から下着を汚していった。
 黒柄のグローブで適当に拭った。染みもつくまい。
 衝撃は体に毒だ。もう許容値を超えているはず。HP0で戦い続ける感覚に近い。
 自身の体が軋んでいくのを感じる。
 キーストーンが半径分のひび割れを起こし、掠れた悲鳴をあげる。それがSOSだと感じられ、倒れかけた彼の腕をとった。
「待て、それ以上やるな」
 意地でも波導の供給をやめようとはしない。
 
 ミュウツーとミュウが、地割れの中核にまで降下してくる。カメラのフラッシュを絶えず焚き、一枚一枚をネガとポジフィルムに振り分けるような閃光が眼孔を眩ませた。
 ドンカラスはホオズキの肩を掴み、間隔を開けて襲来する巨大な波を羽ばたきのテンポに任せ、やり過ごしていった。
 ヒイラギとイトハも助けろ、とは口が裂けても頼めない。二本足は主人の肩を掴むのが最優先、それ以上は数が足りない。
 しかし、上空から望めるシロガネ山は、花火が大衆間で爆発したような惨状を引き起こす。この戦いを終えた後には、遺産の登録は取り消しになるかもしれない。
 イトハとサーナイトは戦闘不能、ヒイラギとカメックスは――まだ、まだ。立っている。
 
「ヒイラギ、カメックス、死ぬな」

 ホオズキは固唾をのんだ。
 もうこの戦いは参加出来ている方が常人ではなくなってしまったのだ。


 ヒイラギの波導は、ミュウに「十八回」の技を使わせるだけの猶予を与えた。
 十八回である。
 観測されうる全タイプの技を、ミュウは解き放った。惑星上に散らばるポケットモンスターの遺伝子が味方するように。 
 その鬼神のごとき猛追と、これから起こる一部始終を、ホオズキは生涯忘れないだろう。
 バリアが弾けた瞬間、ミュウは何処に落下すべきか着地点を決めあぐねている岩石群に生きがいを与え、敵を閉塞の檻に完封する。
「岩石封じ」いわ、1。
 即座に遮光が漏れ、内より脱獄を果たす。
 だが、数秒単位で形勢が目まぐるしく入れ替わる頂上決戦において、相手にターンを渡した失策は響く。
 身長計が首をくの字に曲げ、顔面を突き出させるような強制力に抗えなかった。
「重力」エスパー、2。
 発生源に向け、辛うじて三本指を繰ろうとするも、尻尾が腕を払った。先程のお返しとばかり、アーマーの空きを狙い、尻尾ごと零距離で打ち込んでくる。
「地獄突き」あく、3。
 ミュウツーは籠手と甲冑を駆使し、急所を曝け出さないよう、時に宙返りを混ぜ翻弄。波導による予知能力の高まりが一枚上手を行く。
 もっと、もっと速く。波導に悟らせず、追い付こうという思考の隙間さえ与えない、神速の次元へ。
 ミュウツーが六本指の中で、醜悪な物体を練る中。ミュウは尻尾を一振り、先から迸る火炎車に身を投げ込んでいく。
「ニトロチャージ」ほのお、4。
 波導弾の描く不規則な軌道を、火の輪くぐりに見立て、潜り抜けた。咄嗟に、ミュウツーが指を自分側へと折り曲げ、屈折から追尾させる。
 接近を匂わせる波導に向かって翻り、障害物を飛び越える要領で、軽やかに滑る。
「滝登り」みず、5。
 ミュウツーとミュウの眼が上下真っ二つに交錯した。視線の探り合いに罠を仕込む。
「電磁波」でんき、6。
 視線の動きは囮、本命は外装にある。ミュウツーは鎧の動作不良に、何が起こったかを知るため視線を逸らせた。
 研ぎ澄まされた念力の刃が空気に相乗し、約一秒間、静止した標的を切り刻む。
「エアカッター」ひこう、7。
 念力と波導を掛け合わせ、全身に流れる麻痺を追い出す矢先、睥睨ひとつでカッターを折り曲げた。しかし、風を味方につけたミュウは性質と法則を捻じ曲げる。
 金箔と銀箔の混ざった風というよりも暴風域のそれが攫う。
「銀色の風」むし、8。
 ミュウツーは関節をぐるりと回したかと思えば、風向きを反転させた。竜巻の随所に波導を配置し、一斉に向かわせる。
 降り注ぐ制裁と氷の礫が打ち消し合うのも束の間。
「霰」こおり、9。
 台風の目から夥しい光線が撃ち抜かれ、発射と到着はまさに光の速さの認識に相違なかった。
「破壊光線」ノーマル、10。
 宙にも届くような極太の束は、ミュウツーを否応なく焼き払った。片方の籠手が熱を伴って溶解を始める。
 ミュウの反動とミュウツーの落下、どちらかが更に速く体勢を立て直すかの審議。ニトロチャージでの助走が幸いしたか、動き出したのはミュウだ。
 硝煙をくゆらせ、断層目掛け急降下する敵に並走し、容赦ない追撃を加えていく。
 ミュウが右手を振り抜くと、竜の顎が肩部ごと引きちぎるように左右をアンバランス化。
「ドラゴンクロー」ドラゴン、11。
 予断を許さず二発目が襲来する。
「シャドークロー」ゴースト、12。
 しなやかな痩身を絞り切るようにして左ひねりを加えると、霊力が腹を引き裂いた。
 まだ、終わらない。
 尻尾を槍に見立て振るうがごとく、重たい盾を刺し貫いた。
「スマートホーン」はがね、13。
 マルバが体勢を変更し、防戦一方のミュウツーを奮い立たせるような波導を送る。
 覚醒。
 あまりに長すぎたロスタイムから目を見開いた最強は、生半可ではない本物の尻尾でミュウを連れ去る。輪郭を岩壁の狭間にめり込ませた状態で押し潰そうと、アーマーの消えた右腕を後方に引いた。
 背後を撃ち抜く一擲が、最強のポケモンを地につける。
「気合玉」かくとう、14。
 這い出す岩壁の狭間から立ち昇る瘴気が、鎧失いゆく生身を激痛で悶えさせた。
「毒毒」どく、15。
 瘴気は美醜の花となり。ミュウツーという死骸を、せめて美しく飾ってやろうという母の恩寵が、花道をつくる。
「草結び」くさ、16。
 辛うじて首をもたげると、半分剥がれ落ちた仮面の裏の素顔に、泥を塗られた。
「泥かけ」じめん、17。
 顔面に浴びせた屈辱を拭い去る頃には、ミュウは誰も知らない高みへと到達する。
 不可視の光を一度でも、可視にしたならば。その神々しさにひれ伏し、暴徒よ。永遠に眠るがいい。 
「マジカルシャイン」フェアリー、18。
 十八もの属性を司る遺伝子の力で、ミュウツーを見事、鎮圧した。
 プロテクターは遂に全壊し、ミュウツーにノイズという欠損が生じる。
 たった二文字を励ましとして生きてきたミュウツーのアイデンティティを根本から揺さぶり、破綻させる。
 負ける――。
 最強のポケモン、ミュウツーが。
 何者にも侵犯されぬ神聖領域に満たされるミュウを、誰もが母と崇めただろう。




「自己再生」




 マルバは、「ミュウツーにあって」「ミュウにない」技を命じた。
 全ての勝敗はそこで決した。
 地上界最強になるべく産み出されたミュウツーのみに搭載される自己修復機能が、ミュウ決死の攻撃を亡き者にしていく。

「嘘だろ……」
 ホオズキは、そう発するしか言葉が思いつかなかった。

 心もとない輪郭をもう一度、天に羽ばたく光に変えようと、波導供給をやめない。
 負けを決して認めない波導使いの足掻きが、同じ波導使いには滑稽らしく映る。
 既に波導合戦を中止したマルバは、無様な波導使いを説き伏せる態度へと様変わりする。
「ヒイラギ、それほどまでして勇者になりたいのか」
 マルバの言葉にも耳を貸さない。
「波導の勇者に夢を見過ぎだ。奴もまた、歴史に操られた男に過ぎぬ」
 アーロンの、何を知っている。
 憧れ、忌み、愛し、勇者になれなかった者が拠り所として抱き締めた最後の夢を、偽りの先導者は諸共に奪い去る。
 両腕を広げ、折り曲げたその指で、遍く生命を手中に収めながら。
 勇者は死んだと。
 一歩ごとに宣言する。

「我が、そなたの夢となってやる」

「我が、新たな勇者に君臨する」

「波導の勇者ではない、本物の勇者として」


 ヒイラギは眼の一体どこからが白目で、どこからが青目になるのか、傍から見れば区別のつかない怪物的形相を滲ませた。
 牙を露わにし。
 蒼い波導が血走る。


「マルバァァァァァァァァァァァァァ……」


「貴様だけは、貴様だけは許さん……!!」


「待て! 何をする気だ!」
 ドンカラスとホオズキが反応するタイミングは寸分違わず同時だった。
 届ける手が誰のものであっても今ばかりは寄せ付けない。
 ヒイラギとカメックス、波導という波導を漲らせ、一撃に振り切る。
 決まらなければ、もう手立ては無い。
 そう確信して、不完全な究極を放つ。
 

「ハイドロ……カノォォォォンッッッ!!」


 ミュウツーが、よろり、立ち上がった。
 楯突くことの身の程を知れ。
 ミュウではなくカメックスなら、腕一本で遊んでやるには充分だと。
 かの指先から、紅色の焔が三叉を描き。片腕を抑え込んだミュウツーを灼熱が取り囲んでいく。
 ヒイラギは「炎」というスケールの背後に控える独裁に圧倒され、眼を中央に凝縮させた。
 もう、地上最強のポケモンは止まらない。
 マルバは覇王の誕生を祝し、天に向かって快哉を叫ぶ。


「サイコ ブレイク」


 光速の波導と、怨嗟の波導。
 破壊の異名をとった念波は、相手の技の性質ごと瓦解させ、無効化する。
 ハイドロカノンが瞬く間、憎悪の波導へと吸い込まれ、数えるのも忌々しい物理的な残響が押し寄せた。
 カノンごと一撃で握り潰されたカメックス、メガシンカもまた強制解除の余波を受ける。

 メガストーンが跡形も無く爆ぜる。
 同時に、キーストーンも太刀筋で斬りとられたように真っ二つとなり、持ち主の手を離れていった。

 石の欠片をかき集めようと手を伸ばすヒイラギ、膝を突き、五十音の先頭の音だけが口から空気のように抜けていく。
 ホオズキが降り立ち、ドンカラスをボールに戻すや否や、一目散に走っていく。
「おい。しっかりしろ! ヒイラギ、ヒイラギ! ヒイラギおいっ! イトハッ!」
 縁の切れた、もはや友ではない絶交の敵に向かって、ミュウツーがにじり寄る。
「ミュウツー、そのままミュウとカメックスを捕らえよ」
 マルバは最初から、自身の「スナッチマシン」をミュウツーにインプットさせるつもりだった。自ら使用するよりもミュウツーの処理速度でいち早く改造された方が、真の効力を発揮すると睨んでいたのだ。スナッチを遂行するのはマルバではなくミュウツーだ。
 波導の蒼ではない青ざめ方をするヒイラギを抱えながら、恨み節を述べる。
「スナッチャーはおれたちだ。そう簡単に渡してたまるか」
「まもなくスナッチャーは忘却の彼方に飲み込まれる。そなたらを記憶する者は、誰もいなくなる。ここまでよくぞ、頑張った」

 必死にカメックスを庇おうとするミュウ。
 その健気な奮闘に、ミュウツーはテレパシーで語り掛けた。

 コピイ ニモ オトル ホンモノガ ホンモノ ナノカ

 サキニ ウマレテ クレバ ソレガ ホンモノ ナノカ

 デハ ホンモノ トハ ナンダ
 ワタシハ ダレダ

 オマエハ ワタシノ ナンダ

 肩当の役割を偽装していたマシンが、従来の性能を引き出された。コードとも暗号ともつかない古代文字列が紡ぎ出され、テープのように連なったそれが、ミュウツーの頭脳にインストールされる。
「やめろ……おまえの母親だぞ……?」
 まだ引き返せる。断腸の思いで告げる。
「おまえはポケモンだ」
「立派なポケモンだよ」
「この世界に存在しても良いんだ」
 ミュウへのメッセージに対する解答のつもりだった。
「それを決めるのはそなたらではない」
「聴いたか。この男は、ミュウツー、そなたを否定した。にもかかわらず、掌を返した。これが人間の浅ましさだ。そんな人間に与するポケモンもまた浅ましい。そなたは救われねばならぬ、邪悪な思想から」
 この世にデザインされた史上初のモンスターボールは、世間に発表するにあたっての企画会議で、間違いなく真っ先に候補から落選する見た目だった。
 開閉スイッチのあるはずの箇所に、不気味な一つ目がグルグルと右往左往する。
「ミュウツーッ!! 耳を貸すなぁっ! おれたちは戦わなくてもよかったんだ。おれたちは、何を? どこで間違った!」

 ニンゲンノ ゲンシ カラ

「やめろーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 ミュウは、成す術無く、ミュウツー自身が生成したスナッチボールに収まった。
 命運を握り返してやった。
 先刻まで自分に臨死という概念を体感させた存在が、掌の中にある。
 ミュウツーは防具の外れた貌で、勝利の盃を酌み交わしたように妖しく笑む。
「ミュウが」
「スナッチされた」
 ヒイラギのかすかな生命反応にわざと被せるようなタイミングで、ミュウツーは二匹目の逆捕獲を完了する。
 ミュウがいなくなり、そしてカメックスもまた、ヒイラギの前からいなくなる。
「カメックス……スナッチ完了」
 極めて事務的な報告をもって、予言通り一人のトレーナーと一匹のポケモンは絆を摘み取られた。
 ミュウツーはそれ以上、ボールを生成出来ないのか、サーナイトやドンカラスのスナッチは免れた。
「まだ二匹が限界か……」

 抱きかかえてくれる者の胸倉を思わず掴む。引っ張り上げるのではなく、引き寄せて、己の非力さにこそ怒りの矛先を突き付けるように咽ぶ。
 ホオズキは決してそれを邪険にしなかった。
「おれのせいだ。おれの……」
「違う、そうじゃない」
 イトハといいヒイラギといい、必ず自分を責めたがる。
「おれがカメックスをあんな風に戦わせたから」
 彼とポケモンの関係に対して、自分と手持ちたちの、なんと浅いことか。語る言葉を持たず、また声をかけること自体が無駄だと思ってしまう。

「スナッチャーよ、これでもまだ戦うと言うのか」

 組織No.1直々の推参は、形勢を三百六十度を二周、三周するほど引っ繰り返し、ネオロケット団の勝算を揺るぎないものへと変えた。
 イクスパンションアーマーまではミュウの力でも剥がせない。
 マルバは未だ無傷。無敵の彼は、何通りでも、異なる絶望形態を用意できる。実際、その手筈は整っていた。
 この、発足以来最悪と称して差し支えない場面で、ヒイラギに残された役割の光明を探り出し、最善のバトンを託すには、何を、どうすればいいのか。
 出血と同時進行で次第に意識全般が霞み、二度と目を覚ますことはないだろう。死地の境目を彷徨っていた。ひどく冷静かつ、客観的に分析する。
「ヒイラギ、ホオズキ、そなたらは賢い戦士だ。故に分かっておろう、今、我はそなたらの生殺与奪権を握っている」
 マルバは心臓まで手を伸ばした。生かすも殺すも、気の赴くまま。
 偏に、握り潰そうと思えば実行出来る。
 しかし、ひとつ心に決めたことがある。少しでも多くの命を零さず、その手で掬い上げると誓うだけの理由が。

「次なる世界では神を信じよ。この世界では、悲運だったと考えるが良い。さすれば、そなたらは加護のもとに報われるであろう」

 スナッチャーとの戦闘前、マルバはいかに叛骨神ギラティナの福音が世界を導くか熱弁を振るった。

 石化は、死を意味しない。
 正確には、生からも死からも「破れた」世界と、今の世界を繋ぐ空間断絶機能だ。
 異なる世界を行き来する神の権能を利用した、超越空間への唯一の干渉方法。
 石と化せば、意思の神らが息を止めたまま深く、深く潜る「送りの泉」を経由して、人は、ポケモンは、鏡面にてもうひとつの成し得なかった可能性を具現化した夢を見る。
 映し鏡は願望器、どんな理想にも再現の不可能は無く、その者を幸福で包み込む。

 マルバ曰く、の話だ。
 それが真実かどうかは、この眼で確かめなければ分からない。ヒイラギは、マルバの波導に偽りが無いことから、彼の救世主足らんとする王者の素質に懸けた。
 この場で死を選ばず、生死の境目のない状態に自らを移行させる。
 その先に何が待つかは科学でも演算出来ないほど未知数だ。だから彼の言う救いとやらを、身をもって享受する。マルバをも利用して、その先にある景色を観に向かう。
 人知れず死を迎える期間はもう過ぎたと考えていた。あの日、彼女がそう思わせた。
 どのみち死ぬぐらいなら、一時の恥など脱ぎ去って、無様だろうが、格好がつかなかろうが、どれだけ矛盾していようが、敵に頭を下げた方がいい。生に対して貪欲になれたヒイラギは、あくまでも見苦しく、食い下がろうとした。

「マルバ。おれを石にするなら、そうすればいい」

「……その言葉を待っていたぞ」
 ヒイラギの闘志は、遂に蝋燭ごと溶け切ってしまったのかとホオズキに思わせる。
 しかし、マルバにレーザーを撃たせるための一芝居だとはまだ気付いていない。
 このミッションからの生還者は限られる。
 マルバに「スナッチャーを石化させた」という充足感を味わわせることこそ、この場を最も平穏に収める選択なのだ。
 左肩当てが開き、二連主砲からレーザーが発射準備を始める。
「野郎、まだ隠し札を……」
 マルバが手をかざす。
 威圧感、ホオズキの挙動が制止をかけられた。

 自分にはもう後が無いから。
 同志に、全て託す。

 ヒイラギは残る腕力で、ホオズキを突き飛ばし、血走るほど己の腕を咬む。
 一瞬の、そのままショックで死んでしまいそうな激痛を好機に変えて。全身の波導を強制的に起こし、体中の枝を一気に開き、蒼い血脈を迸らせる。ルカリオのブレイズキックほど威力は出せないが、人間一人ならこれで充分。
 力の限り、ホオズキの腹に蹴りを加えた。

 息が出来なくなるほどの器官が閉ざされる衝撃に、急速な吐気と眩暈を覚える。胃の中をぶちまけずに済んだのは、腹部に叩き込まれた拒絶の真意を推し量り、戦士の鑑を案じたからだ。
 一度で二人分を仕留めようとした石化光線の照準から逸れれば、次の充填までの間を縫って逃げ出せる。
 残り一発が狙うのはイトハだ。
 全滅なんてさせやしない、必ず一人は生きて帰す。ヒイラギの決意が、チーム・スナッチャーの命を繋ぐ。



「ヒイラ、ギ――」


 た

 た

 か

 え


 ホオズキには、口がそう動いているように見えた。よもや読唇術の心得が無かったことを後悔する日が来るとは思わなかった。
 だが、その時、確かに、ヒイラギとホオズキは通じ合った。


 距離さえ短ければ、あとほんのもう少しで届きそうなほど、手を伸ばし。足首のあたりから、徐々に、石の魔術に侵される。
 岩壁に身を預け項垂れるイトハは、アシストをモンスターボールに入れて、胸元で庇い、握り締めた。


 
 地べたからあがるホオズキの顔面は、しわくちゃに崩れる。
 戦友と呼べるかもしれないと思っていた者たちが、揃って彼の前で石と化した。

 次に芽生えるのは、無意識の復讐心。

 ヒイラギが与えてくれたチャンスをふいにすると分かっていながら、敵討ちに燃える、人間存在としていたって自然な成り行きの波導の変遷を前にして、マルバは予告を残す。
「ホオズキ……まだ足りぬようだな。そなたは我が腹心がとどめを刺す。必ず、最後に屈するだろう」
 我が腹心であるところのジュノーが、スナッチャーの完全制圧に向けて動き出す。
 これから、ハマユウとイチジクの身に何かが起きる悪寒も。我を失っても、忘れているわけではない。
 ただ、今は。
 ヒイラギとイトハの石化を悼む時間にあてた。
 

「我の役目は済んだ。撤退する」
 諸悪の根源は、ミュウツーと共にテレポートでの戦略的撤退を図ろうとする。敵も満身創痍でないわけではなかった。

 が――。




「敵を根元から絶たないでどうする」
「甘い、甘すぎる」



 地中から突き上げるものは、杭。
 揺らいでいた波導では反応が遅れた。
 胸元を抉られ、ボディは半壊する。大地の奥義から繰り出されるドサイドンの「ストーンエッジ」。恐るべき威力に、一戦交えた後のミュウツーは不覚をとった。
「ロケットの矜持を偽っておきながらその程度か……」
 山頂に、新参者の声が響き渡る。
「命を脅かすなら、覚悟ぐらいしておけ。死と死の入り混じる戦場にこそ、生のスリルが生まれる。この世に永遠は無い。生か死か、どちらかを選べ」
「生と死を超越する、それが勇者の特権。そなたの存在には感謝する。そなたあってこそのネオロケット団」
「ならわたしは貴様を憎む」
「決着は預けよう、サカキ殿」
 

 自分を助けてくれたミュウツーが、あろうことか自分の戦友に手をかけるとは。
「ヒイラギ……、イトハ……」

「くそ。くそ……くそがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 叫びを何らかの形で吐き出さなければ、頭がおかしくなりそうだった。

 助け船が現れたのはその時だ。
『急いで。早く! 一刻を争います。早く!』
 現状を察したスレートが予断を許さぬ勢いで艦内から拡声する。
 訳も分からず甲板に雪崩れ込んだホオズキを乗せて、プラズマフリゲートは急発進する。
 ミュウツーは、霊峰から気配を完全に消し去る前に、追い打ちをかけた。
『追撃!?』
 波導弾がまっすぐ操縦席を狙う。先の激闘で船体ごと機能を大幅に低下させられたこの船は、飛行するのもやっとだった。
 シロガネ山の山肌を、ロッククライムに失敗したかのような惨状で滑り落ちていく。
『まずい、不時着します!』
 行き先は――。

はやめ ( 2019/03/27(水) 23:21 )