叛骨の強奪者






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Second Stage - EX-Team Rocket part -
Phase 41 正義の果て
 戦場に乱入するミュウツーは、久々に再会した友人が変わり果ててしまった時の縁遠い感覚を彷彿とさせた。
 2mもの身長を大きく見せる下半身は萌黄色。鋼タイプ並のメタリックな色使いを誇るプロテクターが肩に、手に、顔に、固定された。
 母なるルーツから均整のとれた顔立ちも、人間の造り出した武装に表情を隠す。
 双眸がクリアパーツを通して、ほのかに開眼する。
 戦士として、一から教育し直された。もう、ミュウツーは戻ってこない。
 スナッチャーがハナダ洞窟での捕獲に成功していれば、ミュウツーと肩を並べる未来もあったかとしれないと、実在しなかった儚い仮定に思い馳せると、やりきれない。
 クリスタル・システムに囚われたミュウツーは破壊の遺伝子を採取され、記憶を改竄された上で、波導使いとしてマルバの手ほどきを受けた。すると、ロケット団が望んだ通りの戦闘マシーンに出来上がった。血と涙の代わりには、赤い波導が通っている。
 マルバはきっとこう逆撫でするだろう。「そなたらのおかげで、最高のポケモンに巡り合えた」と。

 メガシンカの際に発せられる波導の衝突が止み、ようやく当事者として立ち入ることを許された。ホオズキは激したい気持ちを無理でも封じ込め、非情に徹する。
 表には出さないが、眼が熱い。
 眼孔が収縮し、顔面は本人も無意識の間に凝り固まり、変化を失っている。
「ヒイラギ、少し休め。おまえはおれたちの砦なんだ。もう一度戦えるまで、時間を稼いでやる」
 そんな状態で話しかけたら、言葉尻もきつい響きを持ってしまう。
 即答しないヒイラギに向かって、左右どちらにも揺れ動く振り子を掴み取るようにきっぱりと両断する。
「奴の言うことなんて真に受けるな。石化は、最も憎むべき略奪行為。救世主ってのは、いつだって盲目だ。その勝手な救いとやらで、全てを壊される者たちがいる。なら、それがおれたちの叛逆する理由だろ」
 ヒイラギは肩を抱いたまま、無言でホオズキの背を見送るのだった。


 子どもへのパスを出すように、モンスターボールを宙に放る。力を抜いたというより、それ以外の動作があまりに億劫すぎて、粗雑に済ませた型だった。
 ドンカラスとホオズキの瞳は、友を操った、今となっては明確な敵に向けられる。
「そいつは生憎おれのダチでな。糞野郎の手に堕ちたのを黙って見過ごせるほど、浅い縁じゃないのでね」
「ミュウツー、覚えがあるのか」
 首を横に振るのがヒトに近付けられた者としてそれらしき反応だが、無反応を貫いた。心までネオロケット団のソルジャーに堕ちたのだ。
「ならば、導いてやれ」
 敵に堕した友は、地表との距離をミリ単位まで詰めた上で浮遊する。滑らかに、見惚れる動きで、スタートを切った。

 仕掛け方を何通り考えたところで、勝敗自体は一撃で決するのだった。
 ルカリオよりも救いようのない、手遅れな赤い念力の線が、一瞬で間合いという概念を打ち消す。
 カメックスのミラーコートは間に合わず、その奥にいるドンカラスだけを正確かつ冷酷無比に迎え撃つ。今放たれたのは波導弾だ。
 黒羽を一挙に羽毛が出来るほど散らす。嘴を開き、三白眼を寄せて、墜落するほかなかった。ホオズキはすぐさまドンカラスに駆け寄る。
「まずは一匹」
 マルバが進めるカウントダウンは、全滅までの秒読み。その様子を観戦していたヒイラギの隣に、イトハが立つ。

 ツギ コウナルノハ オマエダ

 ミュウツーから滲み出る無言の圧力が、これから戦わなければならない理解を共有した戦士同士に伝播する。
「イトハ……。おれが隙を作る。すかさず割り込め」
 こくりと、相方は相槌を打つに留まる。

 ミュウツーは三本指を繰り、ホオズキとドンカラスを引き剥がそうとした。一人と一匹を庇うカメックスが、自分の判断で水流を発射する。
「だめだ!」
 ホオズキが制止を叫ぶのは、前回の戦闘経験が活きているからだ。張られた障壁が九十度にベクトルを急変更させた。
 瞳が光ったかと思えば、無防備な空中に放られる。
 ホオズキの連射をテレポートで翻弄し、三、四回目の転移でカメックスに逼迫。外した針を利用して、カメックスを射止める。
 抵抗を図るハイドロキャノンの角度変更を押し戻すと、そのまま岩場に薙ぎ払った。
 実に完成度の高い演目だ。
 プログラムを練習せずして、一発目で成功させるだけの力を、ミュウツーは持っている。
 手負いの身とはいえ、カメックスがここまで無抵抗に連続攻撃を許すのは珍しい。
 あれはポケモンか、という根本的な問いからして、解答に自信を無くさせる挙動を披露したのだ。
 最強になるべく産み出された人工ポケモンは、愚劣な民とは、視えている次元が違う。
「ヒイラギ、イトハ。前回を思い出せ。バリアを剥がしてから攻撃するんだ」
 「守る」と同様の自然障壁を、ミュウツーは常時展開している。ホオズキのアドバイスに従い、サーナイトでこれを封印した。
「戦闘性を排除出来れば、勝機はある」
 裏を返せば、まともに戦っては勝ち目など無い相手だということだ。
 イトハもハナダのミッションから、比べ物にならないほど成長している。だから、あえて全権を任せた。
「分かった」
 サーナイトに先攻させながら、キャプチャを実行する。
 スタイラーを装着した右腕を後方まで引き、そのまま跳躍。バリアが切れるタイミングを計算し、身をねじらせながら、回転と共にストリングを引き抜く。
 着地に成功し、岩の縫い目を爆走しながら、瞬く間にミュウツーを取り囲んだ。
 よし、とヒイラギ、ホオズキが拳を作る。
 後はミュウツーの退路を塞ぐだけだ。どこの座標にテレポートされてもいいよう、ホオズキがサーナイトの手を借りる。
「ヒイラギ、波導頼む」
 ホオズキの狙撃を、ヒイラギの索敵能力で命中させる。転移しなければキャプチャが行われ、転移すればたちまち毒針の餌食となる。スナッチャーは包囲網を敷いた。

 イトハは、スナッチャーで築き上げた固有のレンジャー像を基に、彼女の持てる全てを注ぎ込む。
 ミュウツーレベルのキャプチャとなると、戦わなくてもいいといった類のヤワなメッセージはかえって相手を狂暴化させる。イトハが下す命令は「わたしに従え」だ。
 ミュウツーでなければ、既にキャプチャは完了していただろう。

 跳ね返ってきたテレパシーは。


 シタガウ リユウ ナド ナイ


 咄嗟にスタイラーを駆る手が止まる。しかし、イトハが警戒したキャプチャそのものに干渉し、影響を与える技は一向に来なかった。
「……え?」
 スタイラーがおのずと回転力を失う。
 最初は、何の間違いかと思った。
 だからイトハは、スナッチャーのサポートを背に感じながら、キャプチャにリトライする。同じ体制からシュートした。
「まただ」
 結果は変わらなかった。ラインが、囲む寸前で、独りでに消失する。
 イトハの意思に反して、勝手にスタイラーがキャプチャフェイズを終了してしまう。
 スタイラーの機能自体に念波を送り込み、狂わせているのかと疑った。
 ラティオスのように暴走し、我を失っているわけではない。ハガネールのように殺意を突き付けてくるわけでもない。
 そもそも、キャプチャをはじめから「相手にしていない」。
 チェインは繋がらず、三角形は途切れるばかりだ。次第に、周囲からの注目を集めていることが彼女の焦りを募らせていった。
 ラインが、ラインが描けない。
 囲んでは消える。
 次第に、ヒイラギとホオズキも雲行きが怪しいと気付き始める。

「なんで……どうして?」

 それからというもの、シュートをひたすら繰り返した。
 まるで、スクールの授業でひとりだけ成功しなかったから、放課後に居残り練習を課されたように。返って来るディスクを拾っては、再びスイッチを入れなおす。
 リアクションの薄さは、次第に自信を揺るがしていく。イトハのエリート意識が薄らいでいった。
 自分のキャプチャは正しいのか。
 これでよかったのか、そもそもキャプチャとは、どうやって行うんだったか。
 キャプチャラインが繋がらない。スタイラーは故障せず、正常に動作している。
 いっそ、攻撃のひとつにカウンターでもくれればいいものを。コミュニケーションごと封鎖され、イトハはいよいよ自分だけが絶え間なく運動していた徒労に躓く。
 ミュウツーにはキャプチャ・ラインが引けない。完璧に対話を遮断している。感情が最初から閉じられてしまっていて、開けようもないのだ。
 規格外の敵に、いつ以来か、キャプチャ不能の現実が過った。
 見苦しさを見かねたミュウツーは、イトハが誇示する強さなど、自分にとっては一銭の価値にも値しないことを言葉で突き付ける。
 
 ヨワキ モノハ チレ

 人間は自分よりはっきり目に見える形で劣った、完成度の低い種族だ。最強が最弱に媚びへつらうことほど、滑稽な光景はない。
 その時、ミュウツーの、痺れを切らした強靭な殺意が言葉に被さるのを見通す。
 迷いなくイトハに向かって飛びつき、そのまま彼女を抱き締めたまま、ヒイラギは地面に何度も体を打ち、転げまわる。
 先程までイトハがポジションをとっていた地点が、地割れを起こしていた。
 ヒイラギは身を起こし、地にうなだれるイトハを見やった。

 弱き者は、散れ。

 それがミュウツー唯一の返信だった。
 あらゆるポケモンレンジャーの模範生に立つトップ、12名の内の選ばれし一人が、根こそぎ自信を喪失し、錯乱状態に陥っている。
「どうしたらいいの」
「キャプチャ出来ないのか?」
 責めるでもなく、事実のみを確認する。
「どうしたらいいかもう分からない」
「今までもあっただろ。本当に無理なのか」
「キャプチャラインが消されるの」
 これまでもキャプチャ不可能のポケモンには数匹出くわしてきたが、その都度スナッチャーは敗北した。イトハは生命線を担っている。その彼女がキャプチャ出来ないと言うのであれば、ミュウツーの戦闘性を削ぎ取る作戦は成立しない。
 だとすれば、実力行使でミュウツーを直接弱らせるしか、選択肢はない。

 もはや、ここまでか――。

 今やメガシンカの余波を受けて防護機能を失ったコートは、もう役に立たない。
 脱ぎ捨て、地黒の肌を露わにした。プレシャスボールもオーベムを捕獲するのに使い切り、補充分は無い。膝をつき、もう一方の膝を立て、赴くための準備をした。
 向こうには、マルバとミュウツーの影。
「ヒイラギ、だめ。死んじゃう」
 イトハは行ったら最期だ、と鬼気迫る様子で止める。
「波導使いは波導使いにしか倒せない」
「使命に、殉じる気?」
「ここで倒さなければ、もっと犠牲は増える。死ぬまで戦うのが波導使いだ」
「生き残るために戦うんじゃないの」
「おまえは逃げれば良い」
 ヒイラギなりに、不器用な思いやりをかけたつもりだった。
 しかし、その思いやりは言葉が足りていようが足りなかろうが、あまりにもイトハの気持ちを無視したものだった。

「わたしたち何のためのパートナーなの?」
「お互い、すれ違ってない?」

 今まで言わなかったことも含めて、細切れに想いを綴っていった。
「あんたを売ったのはわたし。それは二人で決めた戦略だった」
「でも、本当は……」
「そんなことしたくなかったよ」
 イトハの苦しみを推して測る。
 慣れない殺意の飛び交う戦場で、やっとの想いで見つけたパートナーと離れ離れになり、別れを自らの手で仕向けなければならず、帰ってきたかと思えば記憶改竄で一旦は関係を否定され、それでもめげずに彼を取り戻した。
 そしてまた八つ裂きにされようとしている。
「この戦いを潜り抜けるまで一緒だよ、って約束したのに」
「それが大事なとき傍にいなかったら、さ」
「意味無いんじゃない」
 本音を発した張本人自身が、甘い言葉は欲していなかったし、ムードにも適さなかった。
 だから、戦士への絶大な敬意をもって誘い掛ける。

「なら、おれと共倒れしないか?」

 ヒイラギは手を差し伸べた。彼女は同じく、破けた上着を脱ぎ捨て、袖を肩の付け根までめくりあげる。
 今度は、共に。
 この世の地獄へと、案内される。


 
「ヒイラギ、そなたも不幸な役目を担わされたものだ。里から出る勇気さえあれば、そなたも変わることが出来たろうに」
「……里は、叛逆者を許さない。差し向けた刺客をどうした?」
 ロータから出た追放者は、必ず後始末される。波導一族の教義は秘密主義によって今日まで流出を防いできた。
 マルバは平然と言い放つ。

「救済したとも。一人残らず」

 こいつは、やばい。
 追手が全員石化されている。
 自分が立ち向かわされている敵のおぞましさに、歯を食いしばる。
「躾か、躾が足りないようだな」
 ヒイラギがこうも物分かり悪く逆らい続けるのは、彼の調教が足りないと言いたげに、マルバは片手をかざす。
 ヒイラギは本能から来る防衛反応で、両の掌を広げ、一身に受け止める。
 マルバの放つ抑圧的な波導は、相手を潰すことに特化した暗黒面の力。ヒイラギが信じてきた護るための波導では、打ち破るための敵意には至らない。
 靴底をすり減らし、上下の歯で顎と首を支えながら、眼を開くのもやっとなのに。マルバの背を伸ばし、マントをはためかせながら、威風堂々と服従の波導を送り込む、なんと気軽なことか。
 二人が究めた波導のレベル差を物語っていた。
 波導使いとしての力の差に圧倒される。
 電磁砲が飛び交うような直線状の撃ち合いで、ヒイラギは全くというほど相手に波導を届かせることが出来ず、一方的に押し潰されていく。
 彼らが誇り、代々受け継いできた波導が、通用しなかった。
 たった数秒の応酬で。
 二十年を懸けて築き上げてきた覇道が、崩れ落ちていく。
 彼らの最も頼りにしていた希望がかくも弱く、儚いものだと、見せつけるように。
 波から身を引くと、波導弾が容赦なく追撃を加える。身を護るために、マルバに負けた使えない波導を展開する。実体をもたない己の内から湧き出る何かから逃げるように、みっともなく、息を切らしながら。
「逃げるな!」
 マルバの叫びと共に、ミュウツーが瞬間移動、一切の隙間を残さない。
 イトハがすかさず割り込み、サーナイトでの硬直を命じる声が聞こえてくる。ホオズキの銃声も鳴り止まない。
 誰かがルーティン通りの役割を果たすことで絶望感を無理にでも埋め、戦況は互角で自分たちはあくまでも立派に張り合っているものだと錯覚させる。
「なんだ」
「なんだ、アレは……」
 ヒイラギは、がくがくと震えていた。
 あの恐れ知らずの破天荒な男が。イトハは口を引き結ぶ。

「ヒイラギ、まだだ。まだ、そなたには足りぬ」

 ミュウツーのアタックは続く。片手でサーナイトを払いのけ、標的へと執拗に粘着する。
 カメックスが目前で10万ボルトもの電撃に焼き切られていく。ヒイラギは相棒の苦しみにも応えられず、口を半開きに茫然自失することしか出来なかった。
 ヒイラギの積み上げてきたものをひとつひとつ、入念に壊していくように。
 痛めつけることで、無理矢理思考を捻じ曲げ、誘導するような拷問に等しい。はい、というまでやめようとはしない、これは教育という名の処刑だった。
 甲羅の黒い煤が焦げ茶と判別つかず、軌道がふらついてなお、数発の波導弾で打ち上げ、ヒイラギとカメックスを衝突させる。 
 誰もが眼を瞑りたくなった。
 膝をつくサーナイトは、今にも応戦しなければと焦点を定めるが、脚は動いてくれない。マルバが後方からミュウツーを支援する波導を送り込んでいることは確かだった。
 イトハは次第に、先程の決意表明を撤回したくなる。
 憧れにも近く、勇気と無謀さで、いつもスナッチャーを率いてきた彼が。一度は戦場から逃げ出そうとした主人を託した高潔なポケモンが。
 へし折られていく。

「やめて」

 訴えは、次第に、懇願へと変わる。

「もう、やめてよ……」

 マルバの足元にヒイラギが投げ捨てられた。抵抗も許されず、嬲られる。
 頭を蹴られ、踏まれた。その上で問いかける。
「さぞ、辛かろう」
「これがこの世界の悪意というものだ。我らが悪意を代弁し、世界の敵となる。そうすれば、そなたらは従ってくれるだろう。許せ、もうこのような方法しかないのだ」
 髪ごと引っ張り上げられても辛いとは断じて言わないヒイラギだが、逆らう気力も、もはや無くなりつつある。両足で鎧を蹴り飛ばし、束縛から逃れる。
 マルバは効いていないにもかかわらず、マスクを抑えるフリをした。
「まだ逆らう気力があるのか。敵ながら天晴だ」
 金切り声に乗って、放たれる狂気のキャプチャ・ディスク。より強い狂気が、それを飲み込み、圧殺する。
 マルバは指を鷲掴みに、波導を蓄えながら諭す。

「イトハよ、憎しみでは勝てない。そなたが道を外れれば外れるほど、その怒りはミュウツーのエネルギーになるのだ」

 イトハは抑えつけた指の隙間からこぼれる血の跡を引っ掻くようにして拭い、生きてきた中でこれほど余裕面の首根っこを掴んでマスクを槌で叩き割り、暴いた素顔を怯懦な一色に染め上げてやりたいと思ったことはない人間に向かって咆える。

「黙れ」

「次喋ったら殺してやる」

 透明な波導が徐々に穢されていくではないか。マルバはそれすら愉悦と換える。
「素晴らしい波導だ……。心を失くすまで、あともう少し」
 ディスクがカラカラと音を立てて転がり落ちた、それがどこかに行ってしまったことにも気付かず、膝を突く。
 とっくに心は枯れ落ちているというのに。

「もう」

「いいでしょ……?」

 ホオズキが、彼女の肩を掴み揺らす。
「イトハ、気をしっかり持て」
「だって、だってこんなの」
「あんまりすぎる」

 スナッチャーを芯から支え続けた二枚がかりのエースがここまで一方的に蹂躙されるのを、ホオズキは初めて間近に見た。
 これまでのミッションに光明が0.1%でも差していたとすれば、今回は0%の敗北シミュレーションに付き合わされているようだった。
 みな、プライドを粉々に打ち砕かれた。
 充分な報いを受けたはずだ。人としての情が僅かでも残っているならば、途中で自分の所業に臆し、命じた自分自身すら恐ろしくなるはず。
 マルバにはまるでそういった懸念が無い。
 正義だと、確信している。
 ホオズキは友の記憶を操られた。イトハはレンジャーとしての全てを否定された。ヒイラギは波導使いとしての完全敗北を喫した。今日まで続いてきたスナッチャーの戦いも、この結末に収束するのだとしたら。
 ネオロケット団のもたらす、生きて来なければよかったと思うほどの後悔になんて、到底立ち向かえない。
「今までずっと頑張ってきたんだよ」
「分かってる」
「頑張ってきたんだよ、ヒイラギは」
「知ってる」
「わたしが弱いから……」
「そうじゃない」
 まずい状況だ。
 波導使いマルバの邪悪な精神が、ヒイラギとイトハにも影響を及ぼしている。
 ただでさえ呼応しやすい体質の彼らに、マインドコントロールを与えているような強迫観念だ。
 ホオズキはその影響下から逃れる、「特異体質ではない人間」であったことが幸いした。意識を保ち、マルバに意見出来る。
 なんだかんだといえども、ヒイラギとイトハもまだ、齢二十近辺の感受性豊かな若者に過ぎない。ホオズキはまるで実子を思いやるかのように、彼女の腕をそっと払う。
 瞳にはこの上ない怒りがにじみ出ていた。

「これがおまえのやり方か……マルバ」

「政府への復讐に逃げたのはおまえの弱さだろうが。本気で世界を救おうとする奴は、こんなことしない。絶対にな」

「おまえは先導者なんかじゃない。人の、成れの果てだ」
 
 ホオズキはマルバの存在意義を根こそぎ、完膚なきまでに否定する。ヒイラギとイトハが受けた屈辱を倍にして返すように。
 勇者の外殻を纏う悪魔的人物は、そこまで言われてなお、何も返さない。
 終ぞホオズキは、己の信条をも曲げる、苦渋の決断を下さなければならなかった。ミュウツーを倒すための最終にして最も効果的な手段に出る。彼が手に取り、開閉スイッチを押すボールの中に秘められているのは。
「これだけはしたくなかったが……。今の味方はこっちだ」

 ヒイラギが、スナッチャーの手にした一縷の希望を目にし、波導使いと因縁浅からぬポケモンの名をなぞる。

「ミュウ……」

 プレシャスボールから繰り出された母の姿を見て、ミュウツーが初めて動揺を隠せなくなった。
「かつてそなたが助けたポケモンを、今度は自分自身の手で屠らねばならない。なんと美しい悲劇か」
「マルバ、もうやめろ。この世界はおまえを必要とするほど困っちゃいない」
「ミュウツー、相手は我々の存在を否定しているのだ。もうそなたを助けてはくれぬ」
 マルバの洗脳にかどかわされ、敵意を向けられた友は、仲を引き裂いた者の傍らに降り立つ。

 ミュウの光に招かれ、脚を引きずるヒイラギは、見るのも痛ましいほどやっとの状態だ。そんな彼に、ホオズキは心から告げる。
「助けは要るか」
 暗夜の礫を受けた時のやり取りがリフレインする。
「……エネコの手も欲しいぐらいだ」
「冗談が言えるならまだ死んでないな。マルバを倒す。おまえはミュウツーをやれ」
 二人は並び立ち、譲れないもののために手を取り合った。
 
 ミュウは、傷付いた者たちに癒しの波導を施す。その柔らかい光が、傷を修復し、遺伝子にそっと囁きかけた。

 まだ、戦えると。

 扉がどこからともなく浮上し、限界の出力を開いた。意識は覚醒を遂げる。
 メガシンカ――メガカメックス。
 ヒイラギとカメックスは、再び一つになる。眼を覆ってもなお刮目させるほどの蒼い波導がグローブから迸った。シロガネ山の光輝が不屈の闘志を総勢で奨励する。
「何だ」
「何が起きている」
 マルバは呟く。彼には理解しがたい現象が起きていた。
「マルバ……、貴様には分かるまい」
 しかし、時間は少ない。
 ミュウの輝きは褪せていく……。マルバとミュウツーを倒せるのは、僅かなチャンスの中でのみだ。

 この世を覆い尽くそうとする無限の悪意に屈さず、最後の最後まで立ち上がるヒイラギとカメックスの姿は、まるで。
 ロータの伝承に口伝されるアーロンを彷彿とさせる。
 イトハはおぼろげな意識の中で、ひとりごちた。
「ミュウと……波導の、勇者」

はやめ ( 2019/03/21(木) 22:41 )