Phase 40 もう一人の波導使い
サイコキネシスが直下する。
マルバとルカリオは両者共に波導使い。念力の導線を読み取って、操り人形を避ける。四本ある房をピンと震わせ、被弾箇所を読み切った。破けた帆の穴を通り抜け、衝撃から逃れる。
時間差を詰め、ドンカラスの辻斬りが向かった。これも読めている。甲の棘を鉤爪状に変形させ、水平上にかち合った。
「神速」からの、「メタルクロー」。
マルバが指示を送った様子は見られない。ルカリオ自身の判断によるものだ。
あまりの鮮やかさに言葉を失う中、ようやくマルバが動く。
「ストーンエッジ」
房から外気に漏れ出る波導が、ルカリオの周囲に扇状の刃を展開していく。放たれた瞬間、帆は引き裂かれ、艦内ごと串刺しの惨状と化した。バスを窮地から救ったあの技が、今度は敵となって猛威を振るう。
「サーナイト、守――」
相手の予備動作が皆無に等しいから、対応が間に合わない。ルカリオは降下地点からほぼポジションを崩さず、掌でエッジを自在に駆った。空中機動隊がサーナイトとドンカラスを楽々墜落する。
カメックスの高速スピンにエッジを弾かせ、散弾をやり過ごしながら敵の波導を読み取る。
場所を選ばず、思う存分暴れさせられれば、ルカリオの常識外れな反応速度にもある程度追い付けるかもしれない。
エッジの切れ目が攻撃を当てる隙だ。
矢のように間髪入れず飛び回る波導式刃にも、終わりは来る。
ヒイラギは一足早くタイミングを見計らって、防御態勢を中止させた。
カメックスの狙撃は同種族の中でも公式記録を狙える速度だが、これまでのように敵がはいそうですかと撃ち抜かれてくれる気はまるでしない。ルカリオには、カメックスのチャージを波導から悟り、逃避先を選ぶ自由がある。
だから出来る限りマルバの先手を行き、手札を先取することが勝機を導き出す。
重火力の砲台をフルに稼働させるべく、ラグを減らす。その間、ヒイラギは敵の分析を完了した。
「ルカリオの急所は、波導を感じる房。出来る限り後頭部を狙え」
カメックスならストーンエッジの直撃にも多少は耐えられる。ここが、サーナイトやドンカラスの体構造と異なり、小回りを犠牲に手に入れた防御力の真価だ。
インターカムを寄せ、チームメイトに小声で告げる。
「出来る限りルカリオを動かし、背中を向けさせろ。おれたちがその隙を、撃つ」
「了解」
二人はすぐさま意図を理解し、実行に移す。
「ドンカラス、霧払い!」
ルカリオには向かい風だ。霧を払いのけるほどの風力は、バランス感覚を失いゆくフリゲートと伴って、足場を狂わせる。
ルカリオは支柱に目をつけ、念力の線が通っていないことを確かめてから、神速の挙動に入るため、四肢をかがめる。一度始めた動作を即座に中断は出来ない。それを見計らって、命じる。
「テレポート!」
サーナイトと一緒に瞬間移動したホオズキが、ニードルガンを撃ち抜き、反動で翻る。針は柱に突き刺さったままだが、命中を嫌った金色の螺旋は、あらぬ方向へと捻じ曲げられた。それで結構。サーナイトが交差させた両腕をかざす。
「サイコキネシス!」
今度は直撃。宙に浮いたルカリオは固定され、波導の照準と合わさる。
「ハイドロポンプ!」
「波導弾、そして神速」
ルカリオは地下牢獄に収容されたケダモノのように吼え、宙に波導を生成する。
赤黒い血のかさぶたを無残に剥がし丸めて練り込んだような塊で、カメックスの蒼とはそれは似ても似つかない。
サーナイトが悪意の重力に押しつぶされ、効力が弱体化した。ルカリオは飛距離を詰め、落下の勢いを利用する。踵でカメックスの後頭部に重たい一撃を入れようとして、相手は首を引っ込める。
「ブレイズキック」
空の獲物を獲ったルカリオだが怯まず、続いて余った右脚で波導を纏い、強烈な蹴りを入れる。
フリゲート領内から吹き飛ばされ、先に足場は無い。このままだと山頂に真っ逆さまだ。
ヒイラギが後方を向くと、マルバは既にルカリオへと掴まり、追撃をかける。
甲羅状態のカメックスはハイドロポンプの推進力と浮動力を駆使して、己を制御しながら戦う。
「カメックスッ!」
「ヒイラギ、行って」
サーナイトは、今にも山頂まで送り届けてやろうと手を差し伸べていた。切羽詰まったイトハの声色に、有無を言わさぬものを感じ、即座に手を借りる。
「おれたちも後から追いかける!」
ホオズキがドンカラスを肩に乗せる波導を感じながら、次なる戦場へと転送された。
着地の振動と、いつになく味わう瞬間移動の不快感が込み上げ、同時にヒイラギの感覚を鈍化させた。
カメックスがハイドロポンプをジェット代わりに着陸し、ルカリオがすぐさま距離を開く。
砂や岩の成分がこの環境をもたらしたのか、高貴な金箔に染められた岩壁が取り囲んでいた。
地表から側壁に至るまで輝かしく、血塗られた戦いにはいささか不釣り合いに思えた。
かつて、レッドとゴールド、ポケモントレーナーの頂点を競う二人が最後にポケモンバトルを繰り広げたといわれる聖地だ。
ヒイラギとマルバはこれより、どちらが波導の勇者に真にふさわしいかを決定する。
「宣言通り、これで一対一だ」
「そういう意味か……」
「一対一」の意味を今更になって噛み締める。マルバは手始めにヒイラギの心を折るつもりでいる。
波導から来る威圧感は、何とか打ち消せている。しかし、波導があろうとなかろうと、マルバから溢れ出る敵意は変わらない。
「そなたは『繋がり』と言ったな。そなたのすがる絆の力がどれほど脆く、弱いものか、教えてしんぜよう」
マルバは肩のコアを叩き、ルカリオと共鳴する。
メガシンカ、それは戦場の行方をいとも容易く左右する禁忌の力。しかし、マルバの認識がおよそ自分とはかけ離れたものだと知る。
「メガシンカが、弱い?」
本当に、そう言ったのか。
ともかく、ヒイラギもまた右腕を肩まで持ち上げ、天にかざす。
その者たちから見て「もう一人」の波導使いは、正反対の教義を唱和した。
「「波導は我に在り!」」
相対する色相環の扉が開き、二匹が秘めたる可能性を解放する。
対のハイドロキャノンは砲身を合体させた。額の面積に陰を与えるほど突き出た砲身は、遠距離の獲物を狩り取る。
他方、波導とメガシンカのエネルギーが激しく競り合い、全身に刻まれた痕が残る。
「カメックス、出し惜しみ無しだ」
この命燃やしてでも立ち向かわなければ、及ばない敵であろうことは、歴戦の勘がそれとなく告げている。
それでも、マスターであるヒイラギを再び窮地に遭わせてしまうのではないかと、本気になりきれない。カメックスの波導には限界を超えることへのためらいがあった。
また、どちらかが傷付く結末になるかもしれない。
「迷いは分かる」
ヒイラギとカメックスがそれぞれ顔に残す傷痕は、不名誉の象徴。顔の飾りと称して、これ以上増やしはしない。
「マルバを倒して全て終わらせよう。あともう少し……。もう少し、付き合ってくれ」
カメックスは拳を打ち合わせることで応える。
ストーンエッジの弾幕が出迎える。
先程よりも巨大な円陣が、ルカリオを中心に模られる。漲る紅き波導が、刃を黒く研磨させた。
ガラスの破片のごとき一枚一枚が、カメックス目掛けて攻めかかる。
ヒイラギは全身に通う均衡をあえて崩し、深呼吸すると同時に、波導を一点に凝縮するイメージで意識を研ぎ澄ます。
スナッチャーに来てからは初めて使う、この波導式。中指と人差し指をクイと持ち上げた。メガシンカによって上昇する波導での意思疎通を、攻撃力へと転化させる。
瞬間、爆発、跳躍。
ハイドロポンプ、高速スピン、ハイドロポンプ、高速スピン、裏拳、スピン、ポンプ、ポンプ。
前進と一退を繰り返し、着実に距離を詰めていく。目指すは、ストーンエッジの操作に思念を傾けるルカリオだ。
ヒイラギの光彩に、ぽつり。
雫が垂れ、蒼さはより深みをたたえる。外部器官遮断による反応速度の倍加だ。消耗が激しく、本来は短期決戦用である。
波導を命令系統全般に張り巡らせ、肉体の五感、あらゆる感覚を絞り、抜き取っていく。
カメックスと一になる。
感覚を同調させていくほど、視界に同じ景色が晴れてくる。ストーンエッジの被弾をぎりぎりで処理していくこのスリル。噴射から回転に移り、回転から噴射に移る。下を、上を、斜めを、切りつけようと止まない応酬にもめげず、果敢に活路を切り開いていく。
ルカリオまでもうすぐ。あと少し、あと十回やりすごせば。
甲羅ごと滑り込み、金粉を散らし舞い上げながら再びハイドロポンプで上昇。かと思えば斜めに切り込み、真横を取る。
ルカリオは残る二つの破片を握り直し、得物のように振り上げた。激突後、横回転で回り込んだ先、カメックスとヒイラギ両方の視界が、充血する瞳を捕らえた。
その瞬間、ルカリオが武器を放棄し。
「はっけい」
二本足を岩肌に突き刺し、腰を据えて。ルカリオが前後に差し出した両掌から、悪性の気功が迸る。
勢いづいたヒイラギとカメックスは、進路を変更できない。
「駄目かっ……!」
甲羅に身を隠していたことが功を奏し、大打撃を免れた。
カメックスは体内から、ひびが入ったような音を聞く。
「ぐううううッ!!」
半身を刺激する痛みが、左目から指の足に至るまでを駆け抜けた。
ヒイラギは肩を庇い、一秒に二回の感覚で息を吸っては吐く。心臓の鼓動が直に感じられた。左半身が麻痺し、一時的に重心を落とす。
だが、今の攻撃で、ルカリオもストーンエッジを出すための余力を失った。その技はこの戦いにおいてもう使えない。
山頂に駆け付けるホオズキとイトハは、ヒイラギの様子がおかしいことに気付く。
「ホオズキ、あれって」
「カメックスと同じ痛みを受けている?」
マルバは両腕を広げた。彼お得意の高説を解く前触れだ。
波導同士の衝突が、疑似的なスタジアムを作り上げている。逆立つ波はデスマッチの監獄さながら、介入禁止の、どちらが倒れるまで終わらない死闘を行うよう命じている。サーナイトの転移をも受け付けない激しいぶつかり合いだ。
この決闘において、イトハとホオズキは観客だった。
「見よ。この痛みこそがメガシンカの『悪』だ。ポケモンを強くさせるために使う力が、なぜ代償を伴ったデメリットでなければならない」
明らかに先程までの気勢を削がれたヒイラギを案じ、力を抜きかけたカメックスは、次の一言に撃たれた。
「構うな行けッ!」
心を鬼にしてでも戦場に送り出す。叱咤ではなく、鼓舞だ。
自分たちの目的はマルバを倒すこと、それ以外の情を交える必要は今無い。
メガランチャーから竜型の波導を高く撃ち出す。ルカリオは一層凹凸を増した体の前腕を更に硬化させ、助走をつけると共にメタルクローで真っ二つに顎から引きちぎり、握力を利用して締め上げる。
高速スピンで受け止めるはずのクローを、今度は脚の甲から生えた鉤爪が押し込もうとする。メタルクローはルカリオの棘がある部分であれば、どこからでも発生する。忌み嫌うように攻撃同士が反発した。
カメックスは仰向けに、ルカリオは宙に投げ出されるが立ち直り神速の次元に入る。しかし、波導を高めたヒイラギたちの方が速い。
「波導弾!」
降下地点を狙って、破裂音が炸裂した。腹に撃ち込んだ一弾は、マルバのリーチを超えて、ルカリオをシロガネの壁に打ち付ける。
ホオズキは、息を呑む。
自らのトレーナー像と照らし合わせる。
自分にあんな戦い方が出来るか?
自分はポケモンとあんな風に通じ合っているか?
波導の読み合いによる精神力の疲労が、身体のダメージよりも大きく戦闘力を削ぎ取る。ルカリオは息も絶え絶えだった。
マルバは決して温情を与えず、ただ問いかけるのみ。
「辛いか」
ルカリオは虚ろな半分の瞳で頷く。
この戦いから解放してくれ、ルカリオはそう望んでいるようだった。
ヒイラギとカメックスの戦い方は、後先を考えない異常性に満ちている。波導による部位強化を利用し、トレーナー・ポケモン間の接続をより強固なものとする。それを行う自身らに、どれだけの跳ね返りがあるかを心得ながら。
「……本当に信頼出来る間柄なら、痛みにも耐えうる。そんなものを互いに強いられる関係というのは、地獄ではないか」
「カメックス、まだだ。まだ奴の波導は強い」
ルカリオが終わっていないことを、波導という証拠から確信づける。
相手の戦闘意欲が根こそぎ消失するまで、徹底的に叩く。森の湿った泥水が忍び寄るような恐怖の裏返しだった。
奪わなければ先に奪われる。
避けていた記憶が蘇りつつある。
炎の中で襲い来て突き立てられる牙、衝撃によるシンクロの解除、自分だけが逃れた痛み。
忘れたい記憶から逃れるか、逃れないか。二人の波導使いの道はそこで分かたれた。
ルカリオはメガシンカから元に戻る。背丈が僅かに小ぶりになった。
「そうだろう。そなたはその姿の方が強い」
ルカリオとマルバは確かに繋がっていた。
絆の力に辟易した彼らが見出したのは、利害のみによる一致。「彼ら」の敵である力は、要らない。
「やはり、メガシンカは弱い」
マルバは自ら、スナッチマシンに取り付けたキーストーンを外し、ありったけの憎しみを込めて握りつぶす。
マルバの拳から、無残な粉末まで回帰した珠とも呼べぬ何かが零れ落ちた。
「ようやく煩わしい鎖から解き放たれたわ」
メガストーンとキーストーンは、一人前と認められた里の戦士にのみ渡される。
ロータから与えられたものを心底忌み嫌っているのだろう。
「我らは絆を断ち切るという目的のもとに戦っているのだ。偽善の象徴など、やがて必要無くなる。最後には捨てるのだからな」
ヒイラギは、マルバの行為に一抹の寂しさを感じずにはいられない。
「おまえはそれでいいのか……」
倒れたルカリオが誇らしげに笑っているのを不気味に思う。
「そなたとカメックスの絆が深ければ深いほど、自分たちを抉る傷口もまた深くなる。互いが求めるものの重さで、破滅を迎えるがよい」
彼の言う通り、ヒイラギとカメックスの関係は歪であり、普通のトレーナーとポケモンのそれとは遥かに違って重い。
メガシンカはいわば、鍵と鍵穴の関係。
鍵はポケモンとトレーナーを結ぶ想いや記憶。故に「キーストーン」という。鍵を壊せば、扉は開かない。
「手放してしまいたいと思うことはないか? 切り離してしまえば、いっそ楽になると」
ヒイラギは答えない。
マルバの問答に付き合えば、自分の心まで弱みに漬けられてしまう気がしたから。
「メガシンカでは、ポケモンの可能性を引き出すどころか、殺している。痛みを介さなければならない力など、力としては不完全に他ならない」
マルバから言わせれば「不完全」な力を行使する関係性を、彼はそのように総括した。
解除されたルカリオとメガシンカしたままのカメックスを戦わせるも、ヒイラギの方が追い込まれていくことに、彼は尋常ではない危惧を覚えた。
指示は精細を欠き、砲撃を何度か外した。対するルカリオは体の負担が減ったせいか、動きが身軽になっている。
掴み合いを制したルカリオは、そのまま神速をかけ、甲羅形態のカメックスを岩盤にめり込ませ、光跡の威力にものを言わせながら、良いように引きずっている。
ヒイラギは、きりきりと腕を削られるような痛みに顔をしかめる。
「何故だ……」
自分たちは絆の力を振るうに足る資格を手に入れた。にもかかわらず、絆の力を捨てた者たちの執念にここまで追い詰められている。
一概に戦闘力云々では計測出来ない。最も恐ろしい敵の意地こそが、ヒイラギとカメックスを芯から怯えさせている。弱気になればなるほど、マルバはそこに容赦なく入り込んでくるのだ。
カメックスとヒイラギの間には、まだ完治しきっていない傷がある。その傷口がマルバによってこじ開けられていくのだ。
「ヒイラギ、まだそなたは迷っている。この我と対峙しながら、未だ真に討つべき敵かどうか、思案している」
ほぼ同じ思想、境遇でありながら、採った選択は真逆。つまり、波導使いはどちらにも傾きうるギリギリの心のバランスしかとれないような戦士を、二人も生み出した。
「……そうだな。だが、おれが貴様と似たような境遇であっても、こうして対峙するなら理解し合うことなど在り得ない」
ヒイラギの使命は、誤った教義に目覚めた悪の波導使いを同族として処分すること。
「貴様がおれと同じであれば、尚更この世界に生かしておくわけにはいかん」
マルバは傾聴したのち、カメックスとルカリオの戦いの行方に視線を注ぐ。
「ヒイラギ、愛しき我が半身よ……。先達としてそなたを導いてやろう」
引導を渡すつもりだ。
ヒイラギは眼をカッと見開き、ルカリオの油断を突いた。
「カメックス、加速しろ!」
甲羅からメガランチャーを少しでも伸長させ、岩と岩の隙間に差し込む。縫い目から漏れ出た水流がすぐに蒸気を伴った爆発と化し、カメックスとルカリオが同じ条件で渡り合う。
「ブレイズキック」
埒が明かないと見たか、神速から踵落としに移行する。動きを変えた。ヒイラギは手を鷲掴みにして命じる。
「ルカリオを掴め!!」
ブレイズを纏うルカリオを羽交い絞めにし、甲とメガランチャーで合わせて硬く締め付ける。腹に棘が刺さるも、ヒイラギはカメックスと共に胸の痛みをこらえた。抑えつけたコートに何重もの皺が寄る。
落下体制の中で辛うじてキックが炸裂し、カメックスだけが叩き落とされるところ、ハイドロポンプで着地のダメージを和らげる。地上を滑り、再度標的を視認しなおした。
首をぐわんと回し、ルカリオは、決め手たる必殺技を繰り出す。
「波導弾」
無数の重力波、これを喰らえば、メガシンカでもひとたまりはない。
勝負をかける技の選択。
ヒイラギは大地に手をつく。
必殺技ならば、こちらにも有る。
ヒイラギとカメックスはシンクロパルスを無理矢理にでも一致させる。心がひび割れる喪失の音を許しながら。
しかし構うまい。この一撃を放てるのなら。七音がカメックスの意識を覚醒させる。
彼らは代償として何かを支払い、次の技を成立させた。
「ハイドロ カノン!!」
ルカリオが房から波導を繰り、カメックスを押し潰すには充分な物量を備えた。
カメックスは盤上に根を下ろし、ランチャーの角度誤差を修正する。
スローモーションでもなければ、その光景を眼でとらえることは出来なかった。
カメックスの砲撃速度に「カノン」の定義が合わされば、瞬間最高火力を生み出す。
ルカリオは水泡の中で勝機のないことを悟り、滲み出る悔しさと共にこと切れるような雄叫びをあげた。
波導弾が、ハイドロカノンの直撃に伴う飛散で内側から破裂していく。
地表を大雨が覆う頃には、紅の波導戦士は精魂尽き果てていた。
「『究極技』か……。この我に立ちはだかるだけのことはある」
負けたからといって荒ぶるでもなく、ともすれば、ルカリオの健闘に何も感じていないのではないかという無機質ぶりだった。
カメックスのメガシンカが解け、ふらり倒れかけたところで、辛うじて意識ごと踏みとどまる。
ヒイラギたちは不完全な力であるメガシンカ、その「強さ」の証明を見事完了した。
「世界から痛みを無くそう、題目は立派だ。痛みは確かに不幸をもたらす……。だが、それがあるから相手と繋がれるんじゃないのか。少なくとも、おれは今日までそうして生きてきた」
苦しみは悪いことだけではないと、信じたかった。
「ありとあらゆる痛みを無くしたとしても、そこにあるのは虚無でしかない」
「そう、その虚無をこそつくりだす」
「おまえは何も分かっちゃいない……」
「なら、分かるように我を倒してみせよ」
倒してみせよ、とはいかなる余裕か。
マルバは手持ちを光に吸い込むと、第二ラウンドの幕開けを告げる。
「……そろそろ着く頃だろう」
彼の予感ではない予言は的中した。
天から降り立ち、雨上がりの後光を控えながら。
「最強は誰か」と、証明に現れる。
その永遠ともいえる問いかけに、自ら答えるポケモンがいた。
比類無き完璧な存在。
我こそが最強だと。
この気配は、一度感じたことがある。
降り立つ者の正体が判明する頃には、ヒイラギは、スナッチャーは絶望を知った。
マルバは両腕で抱擁するように、愛しき参戦者を呼ぶ。
「嗚呼、『ミュウツー』。我が一番弟子よ――」