叛骨の強奪者






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Second Stage - EX-Team Rocket part -
Phase 36 カロスから来た戦士
『本ミッションの概要を再確認します。まず、目的は伝説の鳥ポケモン・ファイヤーの捕獲阻止。そして、ネオロケット団ボスの撃破です』
 ジュノーの説明を、オペレーター両名が引き継ぐ。
『主な流れは昨日のブリーフィング通りです。五合目までシロガネ・スバルラインを使い、一般人に扮し、各自バスに乗車。ネオロケット団は卑劣にも、一般人が乗車するバスに爆弾を仕掛けているとのことです。その爆弾は爆発すれば最後、レーザー光線と同じ効力の爆発で辺りを石化させます』
『イトハのボーマンダに乗ったマルバが上空から波導で探知し、爆弾車両を特定。ホオズキとイトハは、マルバの指示が来るまでバス内で待機』
 各自、インカムを装着した耳元に手をあて、了解、と返答する。マルバのマスクには元から通信機能が組み込まれている。
 マルバは荒くれ者のボーマンダを既に手なづけ、それだけでも驚くべきことだが、シロガネ・スバルラインの掌握までも済ませている。
 お手並み拝見、とわざわざ余裕を偽造する必要もなく、出来るタスクをこなすために招かれたのだと改めて思い知らされる。
『それでは、ミッション・スタート』
 敵の本陣に攻め込む決死の作戦が、幕を上げた。


 バスは一台ごとに、かなりの間隔を置く。あたりをつけたのは、ボーマンダの軌道から垂直降下地点を走る車両だ。
 マルバは石化爆弾の波導をこの中から見出せなかった。代わりに、多数の人間、ポケモンの熱分布を観測する。
「第一号車、反応無し」
『敵は恐らく何処かに潜んでいると思われます。包囲網を掻い潜り、気付かれないよう上空からの接近を試みてください』
「了解」
 マルバが何を言わずとも、ボーマンダは意思を汲んだかのように翼をはためかせる。あのボーマンダがここまで従順な様を初めて見たと言えるぐらいには大人しい。
 マルバを紹介した時から、威嚇動作ひとつとらなかったことを思い出す。マルバが手を差し伸べた瞬間、ボーマンダはてっきり手首ごと噛みちぎるかと慌てた。それがどうして、首を低くしながら唸り声を喉で転がすに留まったのは、レンジャーからしても意外だった。
 屍が埋葬されず剥き出しのまま放っておかれる戦場で、生を確保してきたという実績は、ポケモンの地肌にも痺れるように伝わるのかもしれない。
 林が敷き詰められた代わり映えしない風景は、広大なスケールがやがて拓ける前触れかと、乗客は期待せずにいられない。
 イトハが窓枠に頬杖を突き、少し靄がかってきた外気の変化に気付くタイミングを見計らったように、通信が入る。
『こちらマルバ、爆弾車両を特定した。ホオズキが乗車中の第三号車だ。至急、移動を要請する』
「了解」
 出番だ。キャプチャ・スタイラーや小道具の装着を再度確認。一気に窓を開放する。
 案の定、隣の乗客は引き留めようとする。
「嬢ちゃん、何してる」
「心配しないでください。わたしはポケモンレンジャーです」
 イトハは仮初のジャケットを席に脱ぎ捨てると、クラス10の腕章を力強く強調する。道路と並行にマルバとボーマンダが飛行してくるのを見て、乗客は更に口をぽかんと開け放っていた。

 指令を受けたホオズキは、周囲から困惑の視線に晒されながらも、運転席に顔を出す。
「ちょっと良いか」
「走行中です、危ないので――」
「この車両に、爆弾が仕掛けられている」
 耳打ちすると、車線を踏み外したのか、動揺がそのまま運転に表れる。何人かが、なんだ、とざわめいた。
 ホオズキはまず、運転手のメンタルを慮る。
「大丈夫か」
『足場が悪いところを通り抜けたため、車両が少し揺れました。乗客中の皆様に、ご迷惑をおかけしましたこと御詫びします』
 即座な機転はさすがプロの一言だ。しかし、まもなく状況は酒乱の運転に悪化する。
「わたしは政府の人間だ」
 一般人相手にスナッチャーとは名乗れない。交付された政府の身分証明書を見せ、その場は納得してもらう。
 運転手は「爆弾」という物騒な響きにすっかり怯え切っており、ハンドルを切る手も心もとない。それが普通のドライバー人生を送っていた者のする正しい反応だ。
「今から、このバスから乗客を避難させる。後始末はこちらでやる。協力してくれ」
「で、わたしは何をすれば……?」
「落ち着け、とにかくわたしの指示に従ってくれればそれでいい。アナウンスは切れ。乗客を下手に動揺させるな」
「は、はいっ」
 バスの通路中央に、イトハとサーナイトが転移する。彼女はすっくと立ちあがるや否や、乗客の困惑を塞ぐように大声を張り上げる。
「皆さん、落ち着いて聴いてください。この車両には爆弾が仕掛けられています」
「爆弾!?」
 座席の四方八方から、金切り声が飛び交う。隣席の子どもを抱きしめる親、愛しのポケモンと顔を見合わせる老女、情報が出ていないかとポケフォンでの検索をはじめる若者まで、イトハの公式声明は一瞬にして事態を混沌に放り込む。
「我々は政府の直属部隊です! 今から皆さんを避難誘導しますので――」
 バスの側面がガードレールを擦った。
 車両全体を襲う衝撃に目をつぶった後には、運転手は帰らぬ人となっていた。
『運転手が石化された』
 ホオズキの全体通信に、イトハは思わず後方ならぬ前方を振り返る。マルバが少し遅れて、林の陰から石化光線を放ったネオロケット団戦闘員に向かって行く。
 窓ガラスは指一本しか通さない穴をつくって、正確無比に運転手を捉えていた。
 遅れて、マルバから通信が入る。
『山道にネオロケット団の戦闘員潜伏を確認。数……五以上の反応。まとめて我が引き受けよう』
『戦闘はマルバに任せます。ホオズキは運転をお願い。乗客の方は、テレポートで順に山麓へ避難させます』
『了解』
 イトハが臨機応変に指示を出す。乗客避難作業に集中しなければならない以上、ホオズキがバスを動かすのは必然だ。乗客の命はスナッチャーが預かることになった。
「すまんな、っ!」
 石像を棺まで丁寧に持ち運べるほど、死者を贈り出す猶予は無い。運転席側のドアを蹴破るようにして石像を道路に押し出す。
 悪天候の中、標高も伴ってか凄まじい冷気が流れ込む。おまけに平衡感覚を奪い去る霧のセットだ。運転には最悪の条件だが、誰かがやるしかない。このバスの運転手はもう変わったのだ。
『ホオズキさん、爆弾の解析、終了しました』
「助かる」
『が、解除は困難かと思われます』
 オペレーターからの吉報に浮き足立つも、現状は前進どころか二歩後退したような気分に駆られた。
『乗客を避難させ次第、波導が確認されない場所にバスを放棄するのが適切かと思われます』
「分かった。スピードを落とすぞ」
 霧中での運転は事故に繋がりやすい。アクセルを踏む力を弱めかけた時だ。
『それだけはいけません!』
 オペレーターの剣幕に押され、強く踏み直す。
『信管は速度測定系に連動しています。速度が一度でも80kmを越えると安全装置が解除され、二回下回ると爆発する仕組みになっているようです』
「不注意だった」
『いえ、状況は酷くなるばかりですが、なんとか持ち堪えてください』
 次第に霧が濃さを増し、マルバの居場所もバックミラーから到底追い切れない。 
 マルバが戦闘員の処理に追われている間、ホオズキは丸裸で隙を晒すも同然。いつレーザーが飛んでくるか油断も出来ない状況で、大量の乗客という、もはや勝負事のハンデを超えた次元の手錠をかけられている。
 今まで、犠牲者が自分やチームメイト、支援してくれる人たちだけに留まっていたのは、逆に幸運と言わざるを得ない。
 嫌な汗が、脇からじわりと吹き出す。
 意識を研ぎ澄ませようと首を振り、前方を見据えるも、当事者は夢心地のようにハンドルを繰り、ギアチェンジを行う。
 たまに自分はこの世界に存在しているのか不可思議な感覚に迷い込む。すると、何やら自分の体が地上を離れて、声がすっかり遠くなり、全ての事象が他人事のように感じる体験と遭遇するが、まさに今がその状態だった。
 夢見心地で、勘と、タイヤの滑り心地だけを頼りに、言うことを聞きにくい巨体を制御する感覚だ。少なくとも、バスはエンジンをフル稼働させている。ポケモンを乗りこなすのとはまた別物の手触り。本来このような走行をさせるには、ひどく適さないタイプの車なのに。
 血眼でメーターと睨み合う。80kmを切れば一巻の終わりだ。
「霧が濃すぎるッ」
『フォグライトがあるでしょ!』
 そこで、霧の中でも視界を確保するためのフォグライトがあることを思い出した。
 路肩の視界をなんとか直近までは確保したところで、マルバから退避命令が届く。
『ホオズキ、済まない、防ぎきれなかった攻撃がそちらへ向かう』
「なに!?」
 マルバの宣告通り、レーザーがタイヤごと焼き切らんと通過する。ホオズキは咄嗟にアクセルを抑えた。
 メーターは78Kmを指したが、それよりもライトが点灯しない。何度スイッチを叩いても、反応を一切示さない。今のレーザーに機能を破壊された。
「フォグライトが攻撃された! それに安全装置も……」
『ホオズキ、落ち着いて』
『代わりに霧中を切り抜ける術は何かあるか』
 イトハに重ねられたマルバの声に、全細胞を活性化させ、一点の解を導こうと脳を焼く。
 片手でハンドルを握り、片手でボールから自身の頼れるポケモンを呼び出した。
「ドンカラス、頼む、おまえが命綱だ。バスの進行方向を『霧払い』してくれ」
 ドンカラスは光と共に具現化すると、一目散に道路を滑空し、前方の霧を透かし、青空と再会させる。
 ひとまず事故死という最悪の可能性は免れた。しかし、五合目のゲートに爆弾を持ち込んでからでは遅い。
「イトハ、あとどのくらいだ?」
『あと六人。七、八分持たせられる?』
 サーナイトに手を触れようとして、座席に腰を打って痛がる乗客の声と、イトハの大丈夫ですか、という気遣いが入り混じり、ホオズキはハンドルを握り締めた。
「きっちり十分間持たせてやる」
『ホオズキさん。バスですが、上空で大破させてください。五合目の駐車場に到着するよりも手前のガードレールを破壊して、そのまま進路を逸れると同時に、イトハさんと共にバスから脱出してください。そうすれば、被害を最小限に食い止めることが出来ます』
「ガードレールだな、よし」
 作戦自体を文章化すれば、狂気の沙汰ではない。助かるために自ら死地へ飛び込むのは逆転の発想とはいえ、本末転倒がすぎる。
 だが、このままバスを走行させた先には、シロガネ山五合目を通過するための認可ゲートが待つ。本来ならばジムバッジ16個以上を所有する者でなければ通行許可の下りないゲートだ。スナッチャーは全員それ以上の使い手であるため、無条件で承認されているが、そこで一般人は登山終了となる。
 つまり、人口密集地だ。そんなところで石化光線を発動させれば、どれだけの被害が生じるか。
 しかし、事態は更に混迷を極める。
『上空より、ネオロケット団戦闘員が接近中です』
 運転席からでも一目瞭然だった。赤いレーザーが窓ガラスをそのまま貫通してくる。
「ぐうううううっ!」
 ホオズキは胸板を打ち、クラクションがけたたましい鳴き声をあげる。
 数発穴が開いた。皹が窓ガラスの穴を起点に侵食する。
 マフィアの抗争劇とこれでは何も変わらない。いや、それよりも性質の悪い無秩序だ。ホオズキは一層歯を食いしばる。
『ホオズキさん、カーブを利用して攪乱を』
「しかし乗客が」
『イトハさんのサーナイトが「まもる」を展開しています。車線通りに走っては、格好の的です』
 サーナイトの「まもる」が欲しくても、こちらに来いとは死んでも言えない。
 死んでからでは遅いが、こうも攻撃が激しいと、他のポケモンを出す間もない。モンスターボールからポケモンを召喚するまでにロスタイムがありすぎる。
 左手でハンドルを操作し、右手はニードルガンに持ち替えた。
 命中が目的ではない、抵抗するという意思表示が敵の判断を鈍らせる。
 それから、ハンドルの軌道を滅茶苦茶に振り回す。ガードレールに激突し、ボディの一部が破損した。タイヤがパンクしないように、細心の注意を払う。メーターは85〜90の振れ幅で左右している。いける。

 バスの運転は危険のレベルを通り越していた。平常心を失いパニックに陥った人々が残していった紛失物や荷物の類が、座席から思わぬ速度で吹き飛んでくる。
「わたし、彼氏のところに帰れるんでしょうか」
 イトハが手を伸ばしているのは、先に転移させた彼氏を残した人生半ばの女性だ。ちょうど同い年ぐらいか、イトハは生活圏の違いを羨みつつも、仕事人の顔つきで応える。
「それがわたしの責任ですから、帰します」
「きゃああっ!」
 背中を打ったのか、言葉がつかえて出ないようだ。サーナイトがサイコパワーの浮力で傾くバスを持ち上げるように支える。ガードレールにタイヤを引っ掛けながら走っている。
 雲梯の要領でバスの照明に掴まり、道路に叩き落されないよう腕力で堪える。
 短めのトンネルに入った。ドンカラスの霧払いが通用しない。ランプもほぼ壊されている。道が見えない――ホオズキは歯軋りした。
「なんでも良いから点け!」
 速度100km。ドンカラスの夜目と嗅覚が辛うじて進路を支えていた。
『ホオズキ、絶対減速しちゃだめよ!』
「分かってる!」
『トンネルを抜けた先に大量の敵性勢力を確認!』
「こちらでは間に合わん!」
 続けざまに繰り出される指示と要請に、ホオズキとて判断が間に合わない。
『トンネルまもなく突破します!』
「どうする、どうすれば――」

 その時。

『我が行こう』
 波導使いの声が轟いた。
「マルバ!? 大丈夫なのか!」
『支援が遅れて済まない』
「いや、頼もしい。おまえの力を見せてくれ」

『……波導は我に在り』

 拓けた視界に映ったものは、モンスターボールに秘められた純・波導使い。遂にベールを脱ぐ。
「ルカリオ、神速」
 光は金色の一閃と化し、審判の矢が降り注いだかのよう。頑強な鎧を持つエアームドが墜落したのを冷たい眼で見下ろし、宙で房を漲らせる。
「ストーンエッジ」
 マルバの重々しい命令が響いた。
 波導によって形成された石型の刃が、ルカリオより続けざまに解き放たれていく。
 戦場を一心不乱に舞い踊り。
 その挙動に目を奪われたポケモンと使い手たちは、一匹残らず、一撃ではらわたを貫かれていった。
『上空部隊、全滅。敵性反応の消失を確認』
 まさに、一方的な蹂躙。
「強い……」
 おぞましささえ感じる強さだ。
 この胸騒ぎはなんだ。
 新たなるチームメイトが、既存のメンバーに実力を披露しただけ。自分は一体何の懸念を抱いているのだろうか――。
 すると、肩に柔らかな手が触れる。柔らかでいて、自分をしっかり持った者の手だ。
「ホオズキ」
 その声はどこか、ホオズキを安堵させた。
「イトハか」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。それより、乗客は」
「避難完了したよ」
 この娘も、こんなに頼もしかったか。
「……そうか。よくやった」
 イトハは一瞬戸惑いを隠せず、しかし、一旦意味を飲み込んでからは、周囲を寄せ付けない戦士から、年相応の柔和な表情に帰る。
「そう言われたの、初めてな気がする」
「バスを放棄するぞ。テレポートの準備をしておけ」
 爆弾を積んでいるのに、このやり取りの気楽さときたら、どこか場違いで。任務開始以来、初めて肩の力を抜くことが出来た。

『お疲れ様です。乗客は全員無事生還を果たしたとのこと、これも皆さんのおかげです』
 ホオズキとイトハは段取りよくバスから脱出を図った。ゴルーグのジェットと、サーナイトのテレポートをもってすれば、爆発から逃れるための飛距離は稼げる。
 バスは上空にて大破した。膨張する爆風は木の何本かを攫っていくに留まり、犠牲者は一名たりとも出さずに済んだ。
 あの中には、乗客のスーツケースやトランクがいくつも積み込まれており、思い出ごと消え去ったが、命あっての物種だ、とホオズキは思う。
 オペレーターによって第一関門の成功が告げられ、一同は根こそぎ体力をもっていかれたように息をつく。
「イトハ、ホオズキ、そなたらの実力。しかと見せてもらった」
 ボーマンダに騎乗するマルバは、これから生死の懸かった激務を共にする相手を認める。
「マルバ……。おまえは、完璧だ」
 リザルトは、その一言に尽きた。
 ヒイラギよりも、遥かに息が合っている。波導使いの中でも選りすぐりという話は、眉唾ものではなく、真のようだ。
 ここで、ひとつの疑問が浮上する。
 何故、ロータは最初からマルバをよこさなかったのか。
 ヒイラギとマルバでは、人格的にもチームへの適応力が違う。更に、マルバの実力がヒイラギより上となれば、スナッチャーという国家ぐるみのプロジェクトに参画を要求しない理由が無い。言ってしまえば、ヒイラギを採るか、マルバを採るか。この二択は残念ながら、択として成立しない。
 紛争に赴いていたマルバを、カントーに来させるわけにはいかなかった、とも考えにくい。マルバがオファーを蹴ったかどうかまでは本人に尋ねなければ分からないが、そうであれば参画を受け入れた理由もまた謎に包まれてしまう。
 マルバがスナッチャーに来た理由は、本当にヒイラギの代わりなのか……。
 ホオズキの不安に呼応するかのごとく、ポケフォンが振動する。

 オーキド・ユキナリ
 
 表示中の氏名を見て、ホオズキはその場の誰にも告げず、通話ボタンを押した。まくしたてるようにオーキドは早口で喋り出す。
「手短に伝えるぞ。盗聴の危険は」
「今がチャンスだ」
「よし」
 ロケット団に追われていた際、二人は組織の追走の目をごまかすため、ありとあらゆる細工を仕掛けたものだ。
「マルバの属していた団体を調べた。その団体は、フレア団の前母体だ」
「黄色い花とは、『最終兵器』のことを指しておる。つまり、黄色い花はやがてフレア団という組織をつくる。慈善団体の代表者は、フラダリ」
「マルバの格好だが、あれは恐らくイクスパンションスーツの派生形だ。フレア団の科学者が開発した戦闘服じゃな」
「ユキナリ、感謝する」
 提供される情報の密度に対して、端的な感謝しか述べられないことを歯がゆく思う。しかし、旧友はそれでもホオズキの身を案じていた。
「わしに出来るのはここまでだが、くれぐれも気を付けるんだぞ」

 飛行隊列に戻ると、イトハにも勘付かれていない。連絡のタイミングが、みなの集中力を欠く疲弊時で心底助かった。
 マルバに波導を悟られまいかどうか、内心気が気でない。よりにもよって――。
「参ったな」
 首を振る。いよいよ心労はピークに達しそうである。結局、自分たちでは後手に回ることしか出来ないのかという悔しさが込み上げてくる。
 そして、事態は更に急変を迎えた。
『シロガネ山五号目以降から、大量の敵性反応を確認』
 一戦交えた後とはいえ、二重、三重に張り巡らされた罠の狙いを、スナッチャーは察知しそびれた。
『十、十五、三十……よ、四十……』
『反応、次々と拡大していきます。これは一体』
 オペレーターは司令室上でカウントされる敵の数に、読み上げることを諦めてしまうほどの絶望を覚えたことが、声の調子から分かる。彼らを弱気にさせるものは、ポケモンレンジャーの科学力で辛うじて識別できた。
「イトハ、あれの種族は」
 スタイラーのブラウザには、縦長の宇宙からの訪問者を思わせる容貌のポケモン。
「『オーベム』」
 三本指から放たれる特殊な怪光線で記憶を操作するといわれる。
 狙う先は、波導使いマルバ。
『シグナルビームが来ます!』
「イトハ、そこからキャプチャは届くか?」
「だめ、完全に射程範囲外」
「スナッチは」
「間に合わない!」
 二人が対策を練る一方で、当のマルバは完全に沈黙した。
 波導をもってしても、回避し切れる量ではない。マルバとルカリオは夥しい波導の数の、一体いくつから逃げられるかを瞬時に演算し、その過程で動きを止めた。
「これは……」
 ルカリオも同様の反応を示す。神速を使って逃げ切った先でも、光線に撃ち抜かれる。あらゆる逃走経路を先回りした上で、ルートごと封鎖されている。
『マルバさん、逃げてください! マルバさん!』
 マルバは何も言わず、ボーマンダを乗り捨てた。ルカリオに掴まり、神速を発動する。
 オーベムの指先で瞬く、赤・黄・緑のアラートが、金色の螺旋と絡まり合う。
 マルバとルカリオは持ち前の反射神経で一時こそ凌げども、螺旋軌道は弄ばれる。
 最初に、緑の光線が肩のマシンを掠め、黄の光線がマントを貫通する。赤の光線がとどめにルカリオの勢いを止めた。
『ぐはっ』
 一同の回線には、リアリティのある悲鳴だけが乗せられる。
「マルバ……」
「ホオズキ、早く!」
 今しがた彼の推測されうる正体に触れかけたホオズキとしては、この出来事をどう受け取っていいか分からなかった。
「オペレーター、マルバの救出に向かいます」
『了解です。どうか、ご武運を……』 
 ミッションは今しがた第二フェイズに直面した。ゴルーグやボーマンダ、サーナイトと共に、戦士たちは、シグナルビームの磔にされるマルバとルカリオを追って、シロガネの内部・登山道へと急降下していく。 
 ネオロケット団は、石化爆弾作戦の失敗を受けて、作戦の障害となるマルバから潰しに行ったのか。だが、それにしては用意周到な仕打ちだ。
 一連の流れを操作した指揮官がいる。
 やはり、自分の与り知らないところで何か大きな気配が動いているのだ。
 ジュノーがこの任務を「ラストミッション」と称する理由が、ホオズキの過った最悪の想像でなければいいのだが。
 波導使いは煙を立てて、派手に散り行く。 



 地方境を丁度跨ぐ。
 一時代前に役目を終えたはずの宙船――プラズマフリゲート――が、雲を割り、推進する。寝具に困り果てた折には雑魚寝さえ見られた艦内も今や、乗組員二名という寂しさに常時隙間風が吹いている。
 そんな寝室で、雑に放置されたままの毛布を敷き、膝を立て待機姿勢をとる男に向かって、司令室からアナウンスが鳴り響く。
『もうすぐシロガネ山に到達します。その時は、任務に向かっていただきます』
「加勢は?」
 男は天井と会話する。
『ポケモンレンジャーと元ロケット団の2名。覚えていますか? あなたの同僚「だった」人達です』
 過去形に語気を込めてみたところで空振りの徒労だ。やはり、期待した反応は得られない。

はやめ ( 2019/02/05(火) 21:57 )