叛骨の強奪者






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Second Stage - EX-Team Rocket part -
Phase 33 鬼灯に残された宝
 ホオズキではない、ロケット団の「裏切り者」が島に潜伏している。スナッチャーも敵の並行を想像しつつ、慎重に先手を打ちたい。
 ジュノーらとの通信手段が遮断された今、イトハとホオズキは絶海に浮かぶ孤島へと閉じ込められた。残り時間をどう使うにせよ、ここからは構成員の判断が成否を左右する。
 ひとつ好転した事態といえば、ホオズキとイトハが素直になれたこと。ミッションの進捗より、個人の歩幅が大切な時もある。

「チッ、壊れてやがる。十年以上も経てばそりゃそうなるか」
 着いて来い、と啖呵を切るホオズキが連れて来たのは、気泡一切を遮断するプレパラートの如き無菌室である。
 陰険かつ醜悪な惨状だけが、不幸にも生き永らえていた。
 イトハは入るなり、思わず鼻をつまむ。
 フーディンたちのエリアがまだ錯乱した芸術家の爪痕とでも称すれば、こちらは部屋自体が水槽であり、檻であり、箱庭である。黒と赤の幾何学模様が床を走り、実験体の眠っていたであろう円筒を、無骨なコンピューター群が取り囲んでいる。
 二十四時間体制で、僅かな変調も見逃すまいと構え、監視対象を威圧する。
 ミュウツーは、完璧なソルジャーであることを目指されたばかりに、光届かぬ地下で育てられた。ポケモンという種族の輪郭を借りた戦闘兵器・ミュウツーには、一点の矛盾も、あってはならなかったのだ。
 イトハは波導を開発していない。にもかかわらず、長くこの場にいてはならない、第六感に近い胸騒ぎがはたらきかけた。誕生の島に来てからというものの、胸の奥に嘔吐物が詰まったような気持ち悪さを拭えないでいる。
「ホオズキ、わたしたちには時間が無い。これは必要なことなの?」
「おまえが何より知りたがってることだよ」
 ホオズキは反応がワン、ツーテンポも遅れがちなキーボードを打鍵するが、応答は無きに等しい。過去の実験詳細を呼び戻そうと躍起になっているようだ。
 イトハは怪訝そうに念を押す。
「『ロケット団のタイタン』」
「『イトハ』ってのは良い名前だよな」
「なに、どうしたのいきなり」
 イトハは、この壮年がいきなり年頃の女性を口説き始めたのかと、在りもしない仮定を錯覚する。それだけ突飛な方向転換だった。
 しかし、ホオズキはいたって真面目だ。
「いや、名前なんざ個人を識別するための記号に過ぎんと思っていたが、付けられてみると悪くないもんだ」
 ずっとコードネームと共に生活してきたホオズキにとって、名前ほど空虚な響きを放つものは無かったのだろう。
「今の偽名は、ハマユウがおれの正体を隠すために考えてくれた名前だ」
 イトハは既に、フーディンの記憶の中で、ホオズキの名付け親を知っている。
 本当の名前など何処に残してきたのか分からないし、覚えてもいない。コードネームをいくつも使い分ける生活の中で、捨ててきた有象無象だ。
 しかし、『ホオズキ』になると誓った瞬間、名も無い男の人生に命が吹き込まれた。それが、言葉遊びによる残酷な花言葉でも、自分に似合った名前をつけてくれることへの感謝が勝る。
 イトハもふと、両親のことを思い出し、おのずと語っていた。
「『「糸」のように人やポケモンとの縁を紡いで、「葉」のように強く気高くたくましく育って欲しい』って、聴かされたことがある」 
 親の願いはしっかりと引き継がれている。
 本人は現在ヒールを演じているつもりだろうが、心の奥にある人格までは到底欺き切れていない。イトハは成長こそしているが、自分の芯を曲げたことは一度も無い。
「その名の通りに育ってるじゃないか」
 イトハの慎ましやかな反応とは真逆に、振り向いたホオズキは、勝手知ったる陰の笑みを張り付けた。
「『ホオズキ』という男は、正確に言えば戸籍上存在しない。データ無し、スナッチャーに潜り込んだ謎の人物」
「あなたは招集を受けたのではなく、スナッチャーに入れられたという口ぶりをしている」
「その通り。スナッチャーが最初欲した人材は、おれではなく」

「ハマユウだ」

 水槽内に、驚きの空気が漏れた、気配がした。

 彼は大前提として、この組織に籍を置くはずもない人物だった。
 もし、ホオズキではなくハマユウがチームメイトになっていたとしたら、スナッチャーの勢力図は大きく書き換わる。
 プロジェクトの一参画者として、彼女やミュウツーと共に過ごした郷愁に浸れるような手つきと、指の運び方で、すうっとコンピューターを撫でていく。ホオズキは愛する妻を、他人に教えるために、わざと展示物のごとく語り出す。
「彼女は優れた携帯獣学者だった。ミュウツープロジェクトにおいても、その実績は証明されていた。天下のタマムシ大学・人工携帯獣研究開発学部の教授が、『ポケモン製造研究団体』の有力者とコネクションを持っていたらしい。それでハマユウが抜擢された。コードネーム:アリアンとしてな」
 「ポケモン製造研究団体」と大学法人の癒着、そのような繋がりは、さして驚く事柄でもない。
 ハマユウは純粋な学徒で在り続けることと、科学の進歩に魂を売る狭間で、酷く思い悩んだという。ロケット団の実態を知らずに、表面上の条件で参画した彼女は、裏世界の一端を垣間見ることとなった。
 ホオズキが彼女と共にミュウツーの成長記録を採っていた時、ふと漏らした弱音だったそうだ。ミュウツーの誕生が、ポケモン界にとって奨励される変革をもたらせればと、本気で願っていた。
「ハマユウは最初、スナッチャーへのオファーを断っていたんだ。おれたちが手に入れた暮らしを、あくまで護るために」
 セッカシティの住居と、スナッチャーの任務は、生きる角度があまりにもかけ離れている。ハマユウの決断は、背景を考えれば至極当然だった。
「ハマユウさんに何をさせるつもりだったのかしら」
「それを突き止めるために、おれはホオズキとして潜り込んだ。スナッチャーは、ハマユウが参画するには不明点が多すぎた。正体を特定されてはまずい、おれはハマユウから偽名をもらって、内情を探った……。だが、あともう一息というところでこのザマだ。結局、ハマユウとイチジクが人質にとられたのは、おれが失敗したからだ」
 ホオズキが一瞬歩を止めたため、イトハも倣う。
「ジュノーはそれを弱味として傘下に引き入れた。元ロケット団アポロの部下をつとめた、おれの力を欲したんだ」
 ホオズキは天井を仰ぎ見る。
 闇の底では、帽子を失くしても、日差しが鬱陶しくない。
「だが、ひとつだけ分かったことがある。スナッチャーは『あるポケモン』の研究を、組織ぐるみで行っているようだ。その人材を密かに欲していた」
 更に初耳だ。末端の構成員には知らされていない情報である。恐らく、ヒイラギもまだ掴み切れていない秘匿事項だ。
「組織ぐるみでポケモンの研究……。ミュウツーのようなポケモンかしら」
「突き止めることは出来なかった。だが、ポケモンの中でも、かなりの上位に位置づけられる種族だろう」
 最低限でも――伝説のポケモン。
 組織をフル稼働させて研究体制を敷くポケモンなど、それ以上想像もつかない。
「ハマユウさんにそのポケモンを研究させるため、スナッチャーはあなたたちのことを突き止めた……それは、ジュノーの意思?」
「ジュノーはスナッチャーの全権を委譲されているが、スナッチャー・プロジェクトを始めたのは、国際警察のはずだ」
「警視総監が各地方のポケモン協会に協力を要請し、戦士を探し出した。プロセスはそうだと聴いている」
「ああ、だが、どこかで歯車が狂い……」
 次に放つ台詞は、見事に重なる。
「組織の中核に、内通者が入り込んだ」
 こうしてみると、ヒイラギとイトハは、本当に何も詳細を告げられぬまま、召集に従ったのだと痛感する。
 その違和感を一番に察知したのがヒイラギだった。
 闇の組織だ、必要悪だ、聴こえの良い大義名分を並べておきながら、ホオズキ一家の幸福を奪うやり方は、打倒すべき敵の卑劣さと変わりない。
「この前提すら疑ってかかるべきかもな」
 スナッチャー設立に関わった人間は、政府の上層部で、ホオズキやイトハにはほとんど手の届かないような人物たちである。
 戦闘員は為すべきことを為せば良い。そう思って戦ってきた。しかし、政府の失態と負債は、そのまま戦闘員に圧し掛かる。
 欺瞞を白日の下に晒すための組織が、政局を混迷に陥れているようでもあった。
 ホオズキは思いつめたのか、視線を斜め下にすとんと落とす。
「スナッチャーに来てから、おれはずっと解けない謎を追い続けている……」
「わたしはあなたの謎を追い続けていた」
 似た者同士、なんとなく笑い合った。 
「まさか、イチジク以外の誰かにおれのことを話す日が来るとはな」
「イチジクちゃんには話してるの? ロケット団のこと……」
 少し、とホオズキは言葉を濁す。一から十までを教えたわけではなさそうだ。
「子供の眼は鋭い。嘘をつけば、親を信じられなくなる」
 分別がつく年齢なら、白状と隠蔽のどちらを選んでも、自分の娘に何かしらの十字架を背負わせることにはなる。
「勝手かな」
 ホオズキは顎を上げ、親らしい表情を浮かべる。
「悪党が自分達の都合で逃走を図った挙句、逃避行先に家を構えて、子供まで産んで。おれたちは、幸せになってはいけなかったのかもしれん」
 慰めてくれ、と露骨に受け取るには失礼な気がした。両親の道程を知った上で聴くと、この卑下も本物になってしまう。
 だから、イトハは軽々しく人の人生にポジティブな付加価値を与えられない。
「そんな! ……こと、ない……」
 無理矢理引き出した言葉は、抜け殻にもなれないまま、響きを落とし、崩れ去った。
 自分のことのように受け止める素直なイトハに口端を緩めたホオズキは、モンスターボールを設置する。
「ゴルーグ、電子空間にアクセスを頼む」
 コンピューター内部にアクセスし、情報の残骸を拾い集める。
 吸い込まれていくボールを見ながら、逆に落ち込んでしまったイトハを励ました。
「ポケモンってのは不思議だな、こうして現実と仮想空間を行き来出来る」
「ごまかさないで」
 イトハは半目で睨んだ。そうやって、重要なところを別の話題に置き換えて流したフリを努めるのは、やめてほしい。
「そう怖い顔するな。おまえにだけは教えてやると言ってるんだ」
 教えてやる、と言われた当人の眼は一瞬にして、くりんと丸みを帯びる。
 ホオズキのタイピング速度など比較にもならず、コンピューターが自発的に稼動を始める。電子化されたゴルーグが機構に入り込み、ビッグデータを絞り込む。
 凄まじい勢いで、大量のウインドウが開かれては閉じ、文字の羅列が上から下へとおびただしく流れる。
「あったぞ、これだ。まだ生きてるみたいだな」
 ホオズキはキーボードを叩き、ゴルーグに指示を送る。イッシュ語のスペルを一音ずつ打ち込んだ。
 Let us see that.
 映像は波打ち際の浜より安定せず、今にも途切れそうな形で再生された。

『ミュウ・ツー、の……成長、度合を――ため、本日、よ――記、を、映――として、残残残残』
 
 一方で安定したカメラの枠内には、見違えるほど整備された実験場に、ホオズキとミュウツーがセットで映っている。
 培養液内で腕を交差させ、眼を瞑るミュウツー.Jrは、たとえ幼少期でも触れてはならない禁忌と神秘性を感じさせた。
「おれは当初ロケット団において『タイタン』というコードネームを与えられた。幹部アポロの腹心であり、家系的にも繋がりがあった。おれは将来ロケット団を背負って立つことを嘱望された。その贔屓もあって、ミュウツー製造プロジェクトに携わることとなった」
 戦闘兵器として産み出されたミュウツーは、人間とコミュニケーションする術を早い段階で身に付けた。
 人間の幼児が歩き始める頃には、ミュウツーはサイコキネシスを会得する。子供が識字能力を得る頃には、ミュウツーは高度な計算を頭の中で行う。
 ミュウツーは高度な頭脳を有し、それをどの方向にも向けられる賢さを備えた。
 戦いなど望まず、優しい心の持ち主であった……というよりも、予め組み込まれた凶悪なプログラムを少しずつ問答で是正していくような長い困難が待ち構えていた。
 ミュウツーは培養液の中からでも、実験用の使い捨てポケモンを簡単に殺してしまう。手首を捻る、眼に力を込める、首を揺らす、それだけで生き物の命は尽きた。
 アリアンが訴えると、ミュウツーは以下のように問うたという。
『ナゼ ジブンヨリ ヨワイ イキモノヲコロシテハ イケナイノカ』
 アリアンらとの会話を通して(それすらもロケット団の実験の一環であった)、常識や生き物としての良識を蓄えていく内、檻からでは見られない世界の美しさというものに惹かれ、夢に見始めた。それは、ミュウツーにとって自我の芽生えとでも呼ぶべき兆候であった。
 ロケット団の反応は悪い。タイタンとアリアン、そして当時のプロジェクトに加担していたポケモン博士号取得者オーキド・ユキナリらは、ミュウツーを純粋な生き物として育てようとする想いを持っていた。
 ミュウツーが人間的幸福を享受することなど在り得ないし、変に人間の感情に左右されては、ミュウツー自身のアイデンティティに破綻をきたす恐れがある。
 人間は環境の中で自身を形成していくが、ミュウツーの場合にはその環境が極端に制限されている。外界の刺激ひとつひとつに振り回されて、本来の役目を遂行出来なくなっては、本末転倒である。
 ロケット団は危惧を覚えた。
 彼等はミュウツーと良好な関係性を築いていったにもかかわらず、プロジェクトの終盤では主要メンバーから外されてしまう。
 それでも、戦闘兵器としての存在意義に疑問を抱くミュウツーを、タイタンは自分の運命と重ねていかずにはいられなかった。

 報告書によれば、ミュウツーは暴走状態の最中で、実験体モデル・種族名「ミュウ」と交戦を繰り広げたのち、研究施設各所を破壊して回り、姿を消したとされるが、上記の報告には、いくつかの空白がある。
「逃がしたんだよ、おれたちで」
 ――おれは昔、ミュウツーを逃がした罪状から、組織に命を狙われ、イッシュ地方に逃げおおせた。
イトハが記憶している台詞と一致する。現に、動画の内部は大荒れだった。

 紅と蒼のオーラが地表で激突し、大地が玩具のように抉り取られていく。一介のポケモン同士の戦闘とはスケールが違った。
 誕生の島中に、怒号と放送が行き交う。
『団員は一刻も早く避難せよ。繰り返す、団員は――』

 当時、青年タイタンは、ミュウツーを安全な、人間の手の届かない土地に逃がしてやろうと考え、最良の生息地を探し始めた。
 その行き先は、カロス地方だ。カロス地方には、ポケモンの村と呼ばれる場所がある。人間は干渉せず、ポケモン同士でひっそりと暮らして行くことが出来る。来る者は拒まず、去る者も追わない野生の王国だ。
 彼の名案に賛同の意を示したアリアンと共に、ロケット団に反旗を翻した。途中までは事を上手く運べたが、やはりポケモンマフィアのトップを出し抜くことは至難の業であった。
 脱走したミュウツーを捕獲するためには、同じだけの力を有するポケモンが要る。ロケット団はミュウを足止めに使った。
 ところが、ミュウとミュウツーの闘いは、人知の及ぶ領域ではなかった。ミュウはミュウツーを粗悪なコピー品とみなし、徹底的な排除を試みた。その罵倒が引き金となり、ミュウツーの暴走状態を招いた。
 誕生の島は阿鼻叫喚の事態となり、ロケット団の最高幹部を中心に、重鎮たちは次々とヘリに護送され、本部に帰還した。
 その間隙を縫って、オーキド博士が島からの脱出経路を確保し、彼等は命からがら島から逃走を果たした。ミュウツーの暴走に対しては、無力を貫くほかなかった。ミュウとの戦闘を終えたミュウツーは、自己修復機能を備えた体で、静かに姿を消すのだった。
 計画を白紙にされたロケット団は、血眼になって「一匹」と「二人」のターゲットを追い続けた。想像を絶する執拗な追走は、タイタンとアリアンの精神を疲弊させ、束の間の休息となる居場所さえも奪ったのだ。
 二人は極限生活の中で、互いをパートナーとして意識するようになり、追走の手が緩んだところで、セッカシティという小さな雪の街に居を構えた。その幸せに至るまでの道には、数え切れない絶望もあっただろう。

 振り切ったはずの過去と向かい合うのは、何よりも辛いことだ。時系列を何度も前後した動画が終わり、ホオズキはしばらく言葉を失っていた。
 データのダウンロードが完了したのか、ゴルーグからの信号が鳴り止まない。
 出来ることなら、思い出と呼ぶには美しくないが、舞い散る雪の記憶に、しばらく浸らせてやりたかった。
「早くデータを回収した方が良い」
 事態は悠長に運べない。当たり前のことしか言えず、心底気の利かない自分の冷え切った物言いに苛立つばかりだ。せめて、相手の名前を呼んでみる。
「……『ホオズキ』?」
「ああ、分かっている。これでおれの素性が知られることは無い。データは、こいつに預かってもらう」
「そういえば、さっき……ゴルーグと何か、あったの?」
 サカキとの戦いで、ゴルーグに指示を出しかけて、口を閉ざした。イトハは迷いを見逃さなかったのである。

 *

「ゴルーグ、その男を……」
 今こうしてゴルーグが満足に戦えているのは、己の過失を、ヒイラギが清算してくれたからだ。張り裂けそうな劣等感から、命令など出せるはずもなかった。
 ホオズキは、そのままレーザーに照射されれば、まず間違いなく石化したであろう隙を晒して、完全に硬直する。

 *

「レンジャーの眼光は鋭いな」
 流石はポケモンを視るプロだ。
 この際、自分の過ちをもうひとつ白状することにした。
「ヒイラギはゴルーグの恩人なんだ」
「えっ?」
 海底神殿で起きた一連の出来事に対し、特にポケモンへの過剰な負担を強いた点で、イトハは良い顔をしなかった。これまで以上に複雑そうな口元を浮かべ、窮屈そうに反応する。
「……そろそろ行くか。ここは空気が悪い」

 
 島の地理にはホオズキが詳しいため、彼のエスコートに信頼を寄せれば間違い無い。
 人類の縮図の如き深みに潜っていたイトハたちは、ようやく地上の光を浴びた。ただし、相変わらず壮観な眺めではない。
 人の強欲が、罰として根こそぎ破壊された廃墟の現状を、最後まで好きになれそうもない。すっかり時代に取り残された建造物を踏みしめ歩いていると、ふとホオズキが聴いてもいないのに話し出した。
「ゴルーグとはゴビットの時、『リュウラセンの塔』という場所で会った」
 うん、とか、そう、といった相槌を返さずとも、彼は流暢に話し続ける。
「イチジクがゲットしたポケモンなんだが、いかんせん世話がむずかしいから、おれが半分ほど面倒を見てやっていたんだ」
 イチジクは近所のコジョフーと遊んでいる内に、遠くまで出かけるようになりだした。しかし、リュウラセンの塔には強い野生ポケモンもいるため、ハマユウやホオズキはほとほと手を焼いたのである。
「リュウラセンの塔、って確か」
「セッカシティ近辺にある、雪原地帯の建造物だ。かつては戦争に使われる拠点だったようだが、今では負の遺産となっている」
「だから、雪を被って白いの?」
 ホオズキのゴルーグは、薄ら灰がかって、白に近い。一般的に知られるゴルーグの色調としては珍しい種類だ。
「いや、ゴルーグは色違いでな」
「素敵じゃない」
「昔はよく、イチジクの遊び相手になってもらったもんだ……」
 気にしているのだろうな、とイトハは思った。ゴルーグについて、妙にペラペラと口走る。それだけ関係性が気楽になったものと思えばいいが、ホオズキのそれは自責の裏返しだ。
 こういうトレーナーは他にも目にしてきた。レンジャー稼業をしていると、ポケモンと人間の関係性にはどうしても鋭敏なアンテナを張ってしまう。
 イトハはあえて、きつく言った。
「正直、わたしにはあなたが自分のポケモンをどう思っているのか、トレーナーじゃないから分からないけれど。口ぶりでは、大切にしているように思える」
 スナッチャー発足当初、イトハにとってヒイラギとホオズキは、決して得意な人種ではなかった。それはポケモンの扱い方にも滲み出ていた。だが、現実として、ヒイラギはポケモンを思いやる心を持っていた。一見、厳しさに映るものは、戦士としての覚悟だったのだ。
 ホオズキは実際、どうなのか。
「……おれは、多分サカキと同じだよ」
 彼は自信なさげに肩をすくめる。
「ポケモンを道具扱いしている。自分の愛する者たちとは、明確な距離を置いている」
 ロケット団の思想というものに芯から漬かってきた中で、自分のポケモンを大切に世話する者は少数派だった。大体は支給された個体を使い潰すか、取り替える。ホオズキのヤミカラスへの仕打ちが最も分かりやすい例だ。
 ホオズキはロケット団であった事実を忌み嫌いつつも、自分のポケモンに対する薄情な認識から、サカキ同様にポケモンを見下していると自嘲する。ロケット団として育てられたから、どんなに嫌悪したところで、その血潮が彼の脈にも流れているのだ。
 どこかに「生活のためのアシスタント」だという認識が根付いている。それは人間中心の考え方だとは、勿論分かった上で。
 マナフィを護ろうとしたのは、境遇にイチジクを見ていたからだ。マナフィを攻撃するヒイラギを軽蔑しながら、ゴルーグに呪いの命令を下した自分は矛盾している。
 だが、己のために、と付け加えれば、途端に一貫するのだから可笑しい。ホオズキはヒイラギやイトハの純粋な動機と異なり、人質を取られ、「自分の」一挙一動が生命を左右する中で戦ってきた。相手を思いやる余裕など無かったと言ってしまえば、確かにその通りではある。
 時折思う、ミュウツーに対しても自分こそが正しく行動出来る人間で、ロケット団の駒ではない、と証明するために利用したのかもしれないとすら。イトハなら、断じてそんなことは無いと否定する思考だろうが、彼に差す陰は悪い方に囁いて来る。
 既に終わった結果を、後でああだこうだと掘り返し、その時の信念にまで嘘をついてしまうのが、彼の悪い癖だ。
 丁度、くたびれた教室のような一画に立ち寄り、ホオズキが壁に手をかけた。
 散乱した椅子と、ひび割れた黒板が、埃と異臭を立てている。団員を教育する施設でもあったのだろうか――と想像が進む。
「中途半端な情を与えちまって、それを放棄するようでは、トレーナー失格だ」
 だから、愛情を与えず、感傷を寄せない。スナッチャーの任務を遂行する上では、ある意味正しい距離の取り方だろう。
 ヒイラギもそうだった。心を許し、関係に固執すれば、失った時の悲しみはとてつもないダメージとなり襲い掛かってくる。
 ポケモンにも同じ振る舞いをしているだけに過ぎない。それがポケモンを酷使して良い理由にはならないと感じた。
「なら逃がせば?」
 わざと反対のことを言ってみる。
 ホオズキは振り返り、一体何を言い出すのかとすっかり呆れ顔である。
「おまえ本気で言ってるのか。今、逃がしたら――」
「戦力が減る」
「そうだ、分かってるじゃないか」
 ヒイラギもまた、イトハと考えを同じくする側の人間だったのだなと痛感する。
 ホオズキは、明らかに二人とは違う考えをもって、ポケモンと接している。
 ポケモンとの付き合い方など千差万別で押し付けるものでもないが、ポケモンを救う任務に就いている者が、ポケモンをさほど大切に思っていないなら――、と考えて、変に納得がいった。
 世の中には、もっと違う割り切り方が存在する。
「そっか、やっぱりあなたにとって、ポケモンは道具なのね」
「現状を考えろ。これ以上つまらんことで悩ませるな」
「つまらんこと?」
 言ってすぐに、時を巻き戻したくなった。開き直っている、と受け取られても仕方が無い。そういう傲慢が無意識の内にあるから、きっと言葉に出てしまうのだ。
 イトハに火が点き、まくし立ててくる。
「自分でトレーナー失格って言ったんじゃん!」
「あのな」
「任務に差し障りがあるから手放したくない。生活を便利にしたいから飼っておきたい、それは人間の考え」
 再び険悪になることを覚悟で、ホオズキはイトハの常識を咎める。
「レンジャー、世の中の人間がポケモンを愛し抜くものだと思ったら大間違いだ」
 すべての人間が、ポケモンに対して無上の愛を捧げねばいけない法律は無い。
 人間と共存するにあたって、ポケモンはあまりにも不利だ。何故なら、
「ポケモンは力を持ちすぎた」
 狙われ、利用される、人間を魅惑する別次元の力。ポケモンを都合よく解釈する人間とて、後が絶えない。スナッチャーだって、ハマユウを使ってポケモンを研究している。最終的に利用するためだ。
「『フーディンだって生き物なんだぜ……』これ、あなたが言った言葉」
「記憶力が良いな」
「なんだ、覚えてるんじゃない」
「逃がしてあげた方が、ゴルーグにとっては幸せなんじゃない」
「幸せね。それはレンジャーとしての見解か? それとも、イトハという人間の意見か」
 イトハはくるりと背を向け、居心地の悪さから偵察を申し出る。
「わたし、周囲を散策してくる」
「おい」

 取り残されたホオズキは、手のひらに二つのモンスターボールを握り締めた。ゴルーグに向かって話しかける。
「おれは、おまえたちを苦しめているだけなのか」
 ポケモンの中には、トレーナーの言うことに従わず、勝手に中から飛び出してくる個体もいるようだが、ゴルーグは求められたときだけ応じる。
 余計なことは一切しないからこそ、余計な部分の気持ちが分からない。ゴルーグは元々イチジクのポケモンで、ホオズキは親であっても「おや」ではないのだ。一緒に戦ってくれているが、本心は窺い知れない。
 命令を忠実に遂行するだけで、不気味さすら感じてしまうこともある。その時、生き物としての根本的な違いを知るのだ。
 ゴルーグ。おまえは一体、何を考えているんだ? もしかして、ずっと憎悪を溜め込んできたんじゃないのか。本当のおやでもない男にこき使われて、命の危機に晒されて。そうなら、そうだと言って欲しい。
 すべてのポケモンが、ドンカラスのように、感情の機微を示すわけではない。
「悔しいよな」
 一方的に言われっぱなしでは。逃がした方が良い、それも一理ある。
 だが、ホオズキはポケモンを蔑ろにしているわけではない。
「おれはおまえたちの声を聴きたいと思う」
 自分のポケモンの言葉や、奥にある想いをもっと汲み取れれば、不幸にはさせない。見苦しかろうとも、それだけは嘘偽りの無い望みだ。
「サカキの野郎とおれは違う、そう言い聞かせても。結局は、ロケット団というジレンマから逃れられないんだ」
 マフィアの世界に入り浸ったホオズキが、ハマユウやイチジクという家庭を持ち、一般人に扮したように見えて、より隔世を感じることもあった。
 当然だが、イチジクはロケット団と無縁だ。だからこそ、彼女は優しい心を歪ませることなく育ち、ゴビットやコジョフーを大層大切にしていた。コジョフーが跳び膝蹴りの練習ですりむいた時は大泣きした。
 ホオズキは道徳を娘に説きながらも、自分自身の中でその道徳が腑に落ちていない。良い親を演じているだけなのかもしれない、と思うこともある。
 もっと遡れば、タマムシ大卒の令嬢などに、ロケット団崩れがふさわしいのかと自問していたあの頃まで、呪詛はホオズキを引き戻す。またしても引っ張られそうになり、踏み止まった。
「すまんな。こんなトレーナーに付き合わせちまって」
 こんな調子だから、ミュウもそっぽを向いてしまった……。その光を、願わくばもう一度だけ見せて欲しいと望み、屋外を覗きかけた。

 建造物の彼方から、赤い閃光が迸る。

 ホオズキはすぐさま身を翻す。次の瞬間、レーザーがホオズキのいた位置に照射される。なんとかボールを取りこぼさずに済んだ。前後左右を確認せずとも分かる。もうこの島から、安全地帯は消えた。
 潜んでいた敵が動き出したのだ。

はやめ ( 2018/06/30(土) 16:46 )