叛骨の強奪者






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Second Stage - EX-Team Rocket part -
Phase 28 尋問開始
 乗組員皆無の飛行型帆船を自機さながら操り、海域からの脱出を図った。スレートの足取りは依然として掴めない。
 一方、スナッチャーの構成員・ヒイラギは作戦後、休む間もなく司令官・ジュノーから喚問を受けるため、単身神殿に残った。
 ミッション終了時の態勢は酷く不安定であり、チーム半壊状態での指揮系統は乱れている。ヒイラギの捕縛は嘘のようにあっさり遂げられたし、彼も抵抗しなかった。
 後の処分は、国家の側に委ねて欲しい、然るべき処罰にかけます、とイトハの弁解が功を奏し、スナッチャーは本件に関する裁量権を握った。キナギ民には、到底ヒイラギとイトハを結ぶ不可視の糸、その張りの強さになど気付かず、都合が良かった。もっとも、形骸化したキナギ評議会には、もう権力という二文字など、残されていなかったが。
 事態を大方把握したホオズキは、ヒイラギを黙って連行した。このように、チーム構成員一人一人の反応は多岐に分かれる。オペレーター二名は「ヒイラギさんが、そんな」といった、ある意味信頼を置いているから出来るオーソドックスな反応を見せた。しかし、アクロマの反応は珍妙だった。
「彼はいつか、何かをやってくれるのではないかと思っていたのですよ。思いのほか早かったですがね!」
 白衣の科学者は、スナッチャーで起きた一騒動をある意味俯瞰し、愉悦と勘違いしている節が見受けられた。
 帰路は惨澹たるものだったが、生者はとにかくキナギタウンへと帰還を果たさねばならない。長とスレート、その他有力者を欠いた評議会の空気は、全員沈痛な面持ちだ。イトハとホオズキもその中に参席していた。ヒイラギの真意を知る者同士、当然、言葉を交わすべき状況ではない。下手なコンタクトは愚策に向く。彼らは厄介な板挟みに置かれたが、沈黙と演技を駆使して、その場を乗り切るだろう。
 アクロマのように流せない人物がいる。
 チームの元締めであるジュノーだ。早速、帰路の潜水艦にて連絡が届いた。丁度、意識を虚無の海に泳がせていた頃である。語気は既に指弾のモードに切り替わっていた。常よりもバリトンボイスのようにトーンを低め、怯えに近いものすら感じさせる慎重さで問う。
『あなたは何をしようとしているのです』
 放置しておけば、ヒイラギはスナッチャーに災いをもたらす。平然と自分の身を顧みない行動に出る危うさを有する波導使いは、得体が知れなくて、到底乗りこなせるものではない。
 問われた側は出方を窺っているのか、それとも言い逃れるための方策を考えているのか、奇妙な間が置かれた。
『イトハから、聴きました』
 反応を誘える人名を添えて、言い置く。
「イトハから?」
 一旦、上体を起こし、ヒイラギは不自由に拘束された座席中で打ち明けるように声を潜める。
『はい。「あなたの行いは組織を逸脱している」と』
 再び、会話が膠着した。
 上手く立ち回ったものだ。そして、ヒイラギの好機を作った。荷が重い頼みをしたと思っているが、それでもやってのけた。
『マナフィを使い、何かを行う。だから自分の監視下に置く。そう受け取れます。……プラズマ団の処理に関しても、今一つ腑に落ちません。報告は果たして正しかったのか。命令にこれ以上背けば、わたしとしてもあなたを庇うことは出来なくなりますよ』
「やはり、司令官には本来、第一に伝えておくべきだったな」
「と言いますと」
 潜水艦内であれば、ヒイラギも隙を見て脱出することは不可能だ。故に、生存者は心労を癒す最中で、監視の目は弱い。逆にありがたかった、これから告げる核心を思えば。
「……スナッチャー内部に、敵が紛れ込んでいる可能性がある」
 さあ、どう出る。
 波導が視えずとも、海の底からであっても、ひたすらに上昇を目指す泡のように、真意を見破ってやる。
『内通者、ですか。あなたはそれを追っていると』
 しかし、期待に応える程のリアクションではなかった。堅固に築かれた城門が、何者の侵入も許しはしないように。ただ、事実のみを咀嚼し、口の中で転がしているようだ。司令官の称号を冠する以上、可能性は初期から兆候として捉えていた、と言わんばかりの余裕が癪に障る。
「イトハとホオズキは無実だ」
『それはどうやって突き止めたのですか』
「おれは波導使いだ、当然、波導で確かめた。少しばかりの罠を張ってな」
『つまり、あなたはわたしを疑っているのですね』
「話が早くて助かる。今すぐにでも、あなたを波導式尋問にかけたいところだが」
『構いませんよ』
 即答に次ぐ、即答とは響かなかった。
 およそ二十秒に渡り、会話を沈黙が閉ざす。あまりにも理想通りの展開ではないか、という違和感が警鐘を鳴らした。
『罠か、と勘繰っているのでしょうが……。マナフィの件もあります。それと、尋ねたいこともいくらか。カラマネロの収容室に来なさい。あなたがしたいという質問をして、わたしの心に嘘が無いか、確かめれば良い。イトハやホオズキには黙っておきなさい』
「通信機越しでは波導も効かん。おまえが内通者なら、おれを今、窮地に追いやったということだ」
 心象はすべて言い表した通りだった。元々望んだ対決ではあるが、罠が仕掛けられていないはずなど無い。ジュノーが内通者ならば、敵の戦場真っ只中に武装を解除して挑むようなものだ。ヒイラギはいよいよ引き返せなくなったのである。
「ヒイラギ……あなたは夢を見ているのでしょう。わたしは司令官、それが真実です」
 通信は詩的な文言をもって、終了する。
 話すべきことは話した。後は、面と向かって互いのビジョンを、掲げた崇高な理想を、嘘の関係を、問いとして突きつければ良い。ヒイラギに残された最後の仕事が始まろうとしていた。
「夢だと? 夢は醒めれば終わる。だが、何も終わっていないじゃないか」


 両脚を機敏に駆動させ、歩行する、というよりは、もはや自意識による支配下から解き放たれてしまったモノを地べたで引き摺る感覚が正しい。ヒイラギはようやく、ジュノーに管理を任せたカラマネロの特別収容室に辿り着いた。
 イトハ戦〜ホオズキ戦と、内通者疑惑を巡って精神対決に打ち勝って来た。主導権はその時、間違いなくヒイラギ側にあった。
 次の相手はスナッチャーの司令官。ミッションを考案し、構成員に指示を出す、いわば組織の頭脳である。そんな存在に楯突こうというのだから、我ながら失笑ものである。
 波導使いという立場でどこまで戦えるかは、活性化する思考と、頭の回転力をもって、先の先を行く読みを、何度展開出来るかによる。一度でも出し抜かれればと、己の末路を鮮明に想像する弱気は捨て、唯一現状で縋ることの出来る希望を手にした。
 イトハから貰い受けたレンジャー用の薬だ。すべての錠剤を手元に出して、唾と共に飲み下す。まだ頭は靄の中を泳いで渡る感覚が拭えないが。
 ifがあるとすれば、それは紛れも無く今だ。ヒイラギは顔の筋肉がまだ生きていることを確かめ、上下に開くゲートの、遥かなる闇の向こうへ馳せ参じた。

 部屋に入った瞬間、狭い監獄塔における序列が、階段状で示された。ジュノーは上り切った先からヒイラギを見下ろす。
「ヒイラギ、こちらへ」
 首をぐるりと動かすだけで、見渡したことになる室内は、天井の高さと壁の狭さで長方形の空間を模っている。
 手すりの無い階段を、なるべく一段ずつ、踏みしめる。近付くにつれ、ジュノーは背中まで伸びる銀の髪を翻した。ヒイラギをリードし、生命維持装置を兼ねた複雑な模様の培養液へと案内する。
「ここで良い」
 ヒイラギは若干の距離を置いて立ち止まった。
 培養液の中には、カラマネロが「収容」されている。アクロマの手術により、人工心臓を埋め込まれ、一命を取り留めた。
 随分と時間が経った今でも、生暖かい血の感触が沁み出して離れない。血糊で紅白を上書きされたモンスターボールが装置に組み込まれている。
 キナギの民がスナッチャーに期待したのは国家権力による、独断専行への徹底した裁きであろう。しかし、ジュノーにはもっと別の懸念事項があるようだった。
「極秘情報なのですが……。カラマネロの記憶が消されているようです」
「何!? いつ!」
「キナギの、ミッション前です」
 培養液とヒイラギを隔てるガラスに手を付くと、指紋がへばりつく。
「おまえ、おれを覚えているか」
 しかし、カラマネロは寝惚けまなこにヒイラギを宿し、首を傾げるだけだ。
「馬鹿な……」
 スレートに続き、カラマネロまでが被害を受けた。すぐ考えに戻る。重要な事実を再確認し、情報を選別するように呟く。
「この監獄塔で、何者かがおれたちの眼を盗み、記憶を改竄した」
「そのようです。不覚でした。ヒイラギ、改めてわたしからもお願いします。スナッチャーに潜む内通者を、突き止めていただきたい」
 協力の要請は、予想外だった。よもや内通者の魔の手が本部まで侵食しているとなると、事態は深刻である。
 先程の簡素な応答が、既に内通者を知っていた上での反応となれば納得はいく。
 ジュノーが内通者なら、カラマネロを引き受けた時点で記憶を改竄出来る――そう睨んだが、相手の波導は沈黙を貫いたまま。そうなると、カラマネロの記憶をいじったのは、ジュノーではない誰か、という説すら浮上してしまうが、それでは振りだしだ。今更、イトハとホオズキを疑っても、負の連鎖を繰り返すだけである。
 ヒイラギの勘が正しければ、ジュノーは構成員に語らない。何かを隠しているはず。
 判断を下すには、証拠も吟味も不足している。依然として警戒を解かないヒイラギに対し、ジュノーは彼の周りを、ゆっくりと歩き始める。
「そうすれば、処分は軽くしましょう」
 甘言が流れ込んでくる。
「アクーシャの件は『無かったこと』に。わたしの手を使えば、あなたの罪を帳消しにすることも出来る。ただし、金輪際あなたにはわたしの言うことに従ってもらいますがね」
 ヒイラギの後ろに回り込み、囁くように告げる。
「そんなことをしていいのか。おまえは中間管理職の立場だろう」
「出来ますとも。たかが漁村ひとつと、国家ぐるみの権力、どちらの声が上か。考えるまでもないでしょう」
 正論を正論のまま吐かれるのは実に不快だ。少なくともジュノーは現場を見ていない。「たかが」「漁村」「ひとつ」三つの文節だけで、こうも嫌な響きを出せるのは尊敬に値する。ヒイラギははっきりと軽蔑した。
「……貴様はそういう奴だったな」
 この司令官に忠誠を誓って処分を軽くしてもらうより、キナギ民が望んだ正当な裁きを受ける方が、いくらか気が楽に収まる。
 波導の心眼が、海の色を帯びる。ヒイラギは振り返った。
「元よりおれの目的が変わることなど無い。その前にひとつはっきりさせておこう。おれの心眼は絶対に誤魔化せない。おれはイトハとホオズキにブラフをかけた。結果、奴等からボロは出なかった。残っているのはおまえとオペレーター、残りの職員だ。しかし、これほどの事態を起こせるならば、そいつはある程度スナッチャーにおける『権力者』でなくては、辻褄が合わない。よって作戦を指揮するおまえは、容疑者の筆頭だ」
 薬品の効能が実感出来る。頭は冴え渡り、一面の霧を払ったかのように、晴れ晴れとしてきた。波導使いの勘が復活を遂げる。
 出来る限り、眼力に圧を込めた。
「例えおまえが平静を気取ろうと、おれの術によってまもなく掌握される」
「ヒイラギ、わたしは確かにあなたがたの見えない部分で活動している。ですが、カラマネロの記憶を改竄するために動いているわけではありませんよ」
 強敵は、したたかな態度を崩さない。
「わたしは司令官。それ以上でも以下でもない……この答えに、嘘がありますか?」
 残念ながら、ジュノーの波導は潔白を証明している。これ以上、探りを入れたところで、手応えは感じられない。
 同時に、最悪の仮定が頭をよぎる。それが第一の問いかけになるだろう。
 だから、尋問を始める必要があった。
「……無い」
 モンスターボールを手の内に滑らせて。
「嘘は、な」
「何を……」
「エレキネット」
 人の体とは、脆くて軽いものだと、奇襲行為の非道さを一時忘れさせてしまうほど、呆気なくジュノーは吹きかけた糸の勢いで壁に打ち付けられ、手足を封じられる。重ねて、雷撃の網を両者の境界線として張るよう指示した。
 この網に触れれば、肉体を焼き焦がすような刻印の鋭さが、彼の華奢な体躯に跡を刻み入れるだろう。
 エレキネットはただの糸と違って、安易な接近を許さない。抜け出そうとすれば痛みが貫く。ポケモンを繰り出そうにも、固定した糸を、生身の腕力で引き千切るのは難しく、実質、身動きは取れない。裁く者と裁かれる者の上下関係は、一瞬にして反転した。
「すまない、嘘をついたのはおれの方だ。もうひとつ質問があった」
 ヒイラギは一音ずつ明瞭に問うた。
「おまえは波導使いか?」

はやめ ( 2018/01/28(日) 22:02 )