叛骨の強奪者






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Second Stage - EX-Team Rocket part -
Phase 25 心の交換
 人が他人の体に入り込むとは、いかなる感覚なのか、想像だにしない、それが普通だろう。長寿を全うした者であろうとも、夢幻でもない限り、出くわすことの無い機会なのだから。
 人生に一度有るか無いかという摩訶不思議を、ヒイラギとホオズキは体験することになった。
 ハートスワップ自体は成功に終わる。しかし、マナフィが完全に能力を把握した上で放ったわけではなく、苦痛という名の負荷を与え、あくまでも人為的に発動させた以上、肉体交換は永く持たないだろう。もって、ゴルーグを回復させるまでが関の山だ。
 ヒイラギはまず「己の」手の皺を確認する。翻してみると、幾分色白な手の甲から、逞しい毛が生えている。自分も大概だが、この男の方が確かな年輪を刻んでいる。
 波導が無い世界――ノイズを根こそぎ取り払った空間は、ヒイラギにとってあまりにも現実離れしていた。目の前でゴルーグが苦しんでいようとも、僅かに他人事と感じてしまうのは、呪いを受けない体に入れ替わったからか、波導を一時的とはいえ、失くしたからか。
 慣れない体に一喜一憂している場合ではない。体の「元」所有者が握っていたニードルガンを構え、焦点を絞る。記憶が引き継がれているから、狙撃の勘も充分に生きていた。
 もし、相手が内通者ならばこの時点で襲撃を仕掛けてくるはずだ。波導の体にすぐさま適応出来る人間ということで黒、確定である。ホオズキが波導使いではない普通の肉体だからこそ、瞬時に隙を見せまいと動くことが出来た。
 しかし、その警戒は深読みが過ぎたようである。
 もう片方、波導を感じ、視る眼を持ってしまった男は、ヒイラギの体に適応しようとする余り、顔面の筋肉すら引き攣っている。ヒイラギの記憶でならば多少押し殺す程度で済む痛みも、ホオズキの記憶では味わったことの無い痛みに変わる。肉体の熟練度の差が如実に表れた。
 波導使いの体内で呪いを味わうダブルパンチは、筆舌に尽くしがたい拷問というものだろう。
「なん、だ、これは……。謀った。な……き、さま」
 眼を白黒させ、服を鷲掴みにしながら、虚空を切るように手を伸ばすヒイラギの体を、元の所有者は酷く冷徹に観察する。オツキミ山でカラマネロに嵌められ、イトハを信じなければ良かったと敵意を露わにする、かつての自分の生き写しを見ているような気持ちに駆られた。
「いつ、おれが、ゴルーグを助けると言った。自分のポケモンを苦しませた罪は、自分で禊をしろ」
 喉から紡ぎ出される声が、まるで自分のものではなく、絶妙な渋さをもった重低音であることにすら、気持ち悪さを隠せない。しかし、もっと混乱しているのはホオズキの方なのだ。先までのように言い返すこともままならない。波導の体に適応しようと足掻くのは、そういうことだ。
 ハートスワップが作り出した現況こそ、ヒイラギ最大の勝算。
 ヒイラギもホオズキも、お互いの体を人質に取られたことになる。 
 だが、一度ヒイラギの体に転移してしまえば、後は思う壺だ。波導は常人には扱えず、開花させることも難しい能力である。故に彼の体を乗っ取るどころか、記憶ごと波導の肉体に支配されてしまう。宿った瞬間、手足や体格などといった違和感は些末なものになる。
 迫り来るものは、鮮烈過ぎる程の音と色の応酬。自然界のあらゆる情報がフィルターを介さずに入り込んでくるため、取捨選択出来なければ自ら破滅する。
 記憶の状態で疲弊させ、肉体における主導権を握る。相手を無力化させたのち、再び元の鞘に収まれば、勝利はヒイラギのものだ。
 彼はハートスワップの性質をスレートに聴いた時から、波導の体質が逆転の切札になることを予感していた。そうして、目論見は成功した。ホオズキはもはやヒイラギを倒す、倒さないといった思考すら浮かべるのも難しいだろう。
 ホオズキの敵愾心を煽り、自滅を誘発させた。相手の心理、作戦、すべてを掌握し、利用してこそ、波導使いの真骨頂だ。
 後は、ホオズキの出方を窺うだけで良い。ホオズキの顔が、苦痛に喘ぐ波導使いを冷たく見下ろす。
「おまえがゴルーグに与えた苦しみがどれほどのものか、自身の体で味わうといい」
 波導使いは助け舟を出さない。肉体という檻に閉じ込められたホオズキには、彼の言葉が死刑宣告に聴こえただろう。

 ヒイラギの顔をしたホオズキは、愉悦一切を覗かせない本物の波導使いを心底恨めしく、同時に羨望を交えて睨む。
 勝利を目前にしながら、口元を引き結び、為すべきことだけを見据えた表情を、あろうことか自分の顔で見せ付けられるのは、何にも勝る屈辱だった。
 ホオズキは痛みに掻き乱され、安定しない思考の渦で、おのずと思い出す。
 自分はああなりたかったのだ。今のホオズキこそが、本来、彼自身が渇望した理想形なのだ。権威に叛逆し、例え茨と分かっていても、我が道を往く。
 それが出来なかったから、やろうとして失敗したから。正義の在処を見つけられず彷徨う羽目になり、ホオズキの顔はいつの間にか皺が増え、痩せこけてしまった。
 彼は弱気で内気な人間になってしまった。いつの間にか、目指していたはずの勇者像は遠退き、大人になるにつれ現実は勇気を剥奪していった。蛮勇に挑む者を無謀と決めつけ、心の片隅で嘲るようになっていった。
 二十年間という積み重ねを通して、次第に自分はそのように生きることが正しく、逃避もひとつの勇気であると言い聞かせて来たのだ。それよりも、手元で掴んだ小さな幸せを噛み締めることで精一杯だった。溺れる藁を掴むような想いで手にした宝たちを、二度と離さないように護り抜くことだけが、彼にとっての生きる意味だ。
 しかし、今その宝たちは、もはや自分の手には届かない所に囚われてしまっている。だから、護るための強さを再び得ようとした。劣等意識と結びついた焦燥や執着が、彼を次第に暴走させていった。
 ホオズキは危うく、ゴルーグを失うことで、人として守るべき最後の一線まで見失うところだった。それを思い出させたのが、忌むべき波導使いであるというのが如何ともしがたいほどの屈辱だ。
 しかし、ヒイラギは私怨を晴らすために戦っているのではない。その点では、戦士の正しい在り方としてホオズキは一歩どころか、十歩、否、百歩すら劣っている。
 だが、もう一度、勇者になろうとするだけの無謀さを持てたとしたら。変われなくても良い、その一歩を踏み出すだけで僥倖だ。
 ジュノーの言いなりとして任務を遂行するのではなく、ヒイラギのように――。
 刺すような痛みだけが支配する意識の中で、ホオズキは不思議にもおぼろげな己のルーツに回帰する。人は、窮地に追い込まれると、無我の境地に達するのかもしれないとすら思えた。
 ミュウツーを助けたのは、何のためだったか……。
 ロケット団にとって、どれだけ害を及ぼす存在と疎まれようとも、ホオズキは反抗を選んだ。戦闘兵器として造られた悲劇の命を救い出す、その一点だけを見据えて。
 ならば、もう一度自分のポケモンと向き合い、かつて最もロケット団らしくないと呼ばれた男に戻るのも、悪くは無い。
 それは、決して浅ましい願いではない気がした。

 ヒイラギの体を預かったホオズキは、何度も揺らめきながら、辛うじて立ち上がる。唇の切れ端に溜まる泡を拭った。
「……波導の使い方を、教えろ」
 無様で見苦しいその姿を、ホオズキでの眼を通して見届けたヒイラギは、決して馬鹿にしない。
「痛みを流せ。全身ではなく、一点に意識を集中させろ。指先に至るまで、神経を張り詰めるように」
 この瞬間だけの波導使いは、右手の手首を抑えつけ、ゴルーグに向けた。軽い咳込みから、血が顎を伝う。
「難しいな。こう、か」
 波導の感覚を、正確に頭で掴むことは出来ない。だから、無意識に、言われた通りにやる。ヒイラギの体を借りれば、きっと出来るはずだ。指導者は続けた。
「眼を閉じろ」
 ホオズキは眼を強く瞑り、ゴルーグの存在を肌身に感じる。
 おまえは、ずっと苦しんでいたのだろうか、気付けなくて済まなかった――。心の視界で暴れ狂うゴルーグの苦しみを、少しでも分かろうと務め、トレーナーである自分の過ちを甘んじて受けるように、歯を食い縛る。
 結局、自分のポケモンだけは、特別なのだ。
 忠実なおやとポケモンの関係ではなく、痛みすら分かち合うことの出来るトレーナーとポケモンの関係に少しでも近付ければいいと、都合良く、格好をつけながら。自分の意思の弱さに呆れ果て、地獄の中で、今の自分の中途半端さを象徴したような薄ら笑いを、貼り付けた。
 願う度、全身から流血しているのではないかと挫けそうになるほど、問答無用で悪寒と激痛が木霊する。しかし、ホオズキは手を緩めなかった。
 ドンカラスは翼を折り畳んで介入せず、ホオズキとヒイラギを何度も見比べる。
 ハートスワップの反動から目を覚ましたマナフィは、ふとドンカラスと目が合う。二匹の視線の先では、カメックスがハイドロキャノンを構え、いつでも凝縮した波導を撃ち込めるようにスタンバイの態勢をキープしている。
 呪いがホオズキを蝕むか、ゴルーグが朽ち果てるのが先か。結審を待つ前に、ホオズキが唸る。
「ヒイラギッ、これ以上は無理だ。おまえの体までボロボロになるぞ」
 ハートスワップの時間制限が来れば、この傷を引き受けるのはヒイラギ本人なのだ。
 ホオズキとヒイラギは、それまで二人を取り巻き続けた溝から溢れ出る敵意の波を取り去るように、協力していた。だからこそ、おのずと見えてくる。ホオズキの中にいるヒイラギという男の波導が。

 ヒイラギは腕時計を確認する。波導を送り込み始めてから、五分ほどが経とうとしている。
 常人ならば上出来すぎるぐらい素直に賞賛出来る執念だ。波導のいろはも弁えず、咄嗟の行動に出た素人の割には、存外持ち堪えた方だろう。
 何故なら、ホオズキは波導の体に適応などしていない。己の悔恨だけで乗りこなしているのだ。波導使いの里に生まれても、まず波導を認識出来るまでおよそ一ヶ月はかかることを鑑みれば、常識外れの使い手と言える。
 惜しいな、とヒイラギは思う。波導使いなら芽を出したかもしれない。だが、所詮は結果論だ。それもそのはずで、ゴルーグの為、という名目が無ければ、ここまでの力は発揮出来ない。
 ヒイラギはホオズキのことを少し勘違いしていたのかもしれない、と認めざるを得ない。ゴルーグを身を呈して救おうとするここまでの覚悟は、嘘偽り無い本物の心だ。内通者であれば、ハートスワップを利用して、ヒイラギかゴルーグをその場で処分するはずだ。
 イトハにもイトハの人生があったように、ホオズキにもホオズキの抱えて来たものが、きっとあるのだ。ならば自分は、彼の分も背負って、真なる悪を突き止めねばならない。
「……カメックス、頃合だ」
 カメックスがホオズキの隣に立つ。装填された波導弾が、今かと発射の刻を待っている。
 ホオズキはカメックスを見やり、精神を統一した。ゴルーグの周囲に漂う呪いを掻き消すように、一層力を込める。足は小刻みに震え、顔を持ち上げるのもやっとだ。強靭なヒイラギの肉体が悲鳴を上げ、壊れかけている。
「悪いな」
 ホオズキの呟きに対し、カメックスは僅かばかり顎を傾ける。
 ヒイラギが号令をかけた。
「行け……波導は我に在り!」
 ゴルーグの封印痕を狙い、正確無比な射撃が、新たなる命を灯す。
 廃棄された炉に、一筋の炎が燃え上がって行き、永い命を灯すような昂ぶりをもって。巨人は、再生を遂げた。

 ゴルーグはその場に俯き、膝を突いたまま動かなくなった。呪いは良性の波導によって、神殿上空を取り巻いていた鼻を突くような刺激臭ごと消え去った。
 呪いに見舞われた苦痛が僅かでも引いてくるや否や、ホオズキはすぐさまゴルーグに駆け寄り、手をあてて語りかけた。咳込む度に吐血し、白亜のボディに赤い染みが垂れこんだとしても、ヒイラギの体を酷使することになるとしても、彼の想いで、言葉を伝えることをやめるわけにいかなかった。
「ゴルーグ。ごめん、ごめん……、ごめんな……」
 大人から子どもに退行したかのように、ぼろぼろと涙を流す。
 ヒイラギはさしたる感慨も無い。ただポケモンに対して払うべき当然の責任を、破らなかったまでのことだ。
 腕時計の針が動く。ハートスワップはまもなく終わる。最後に、ヒイラギはどうしても、聴いておきたいことがあった。
「教えてくれ。おれの波導は何色なんだ?」
 ホオズキはその時、初めて人の波導というものを見た。
 ヒイラギは、まるで嵐が過ぎ去り、凪いだ海のように、透き通った蒼炎の波導をたたえている。切り立った崖に寄せては返す波のような雄々しさの底に、研磨を待つ宝石がぽつりと置かれていた。
 その波導が物語る。ヒイラギは、内通者ではないと。
 同じ人間でも、全く異なる世界の景色を見つめ続け、今日までこの肉体で生きていたことに気付いた時、ホオズキの中には敵意を超越し、ヒイラギへの敬意とすら呼ぶべきものが芽生え始めた。
 もう、平常心で言葉を交わせる。
「おまえの波導は、……」
 ヒイラギを視て、率直に、先程感じた通りのままを伝える。
 ヒイラギは首筋ひとつ動かさず硬直していたかと思えば、次にはひたすらに長い息を吐く。
「そうか。ようやく、ようやく知ることが出来た……」
 眉を下げ、ホオズキが自身の宝に接する時のような柔らかさをそっと抱いた、とても心地の良い表情だった。
 他人の自分がつくる顔を見て、ホオズキは何だか恥ずかしさを覚える。もう何ヶ月もそんな表情をしたことはない。
 ハートスワップは、二人の心臓を再び奏で、役目を終えた。


 記憶の再交換が無事に完了し、やはりこちらの体の方が良い、とホオズキは改めて悪くない形での感慨に耽っていたところ、元の体でフィードバックを受けたヒイラギが即座に吐血する。
「おい」
 ヒイラギは黙らせるように、ホオズキの不安を手で制する。
「無理は……」
 ヒイラギは虚ろな眼で首を振る。ホオズキからそれ以上何も言うことは無かった。
 ものが違ったのだ。ヒイラギは既に次を見据えている。
 ヒイラギはしばらく心配になるような咳を続けたのち、肩で息を繰り返し、喋れる状態に戻る。
 この程度の痛み、戦火の惨状に比べれば、大したことは無い。だがホオズキは大分ぞんざいに扱ってくれたようで、少なくともこの後の戦いでは、自分は使い物にならないだろう。イトハとスレートに託すしかない。
「……波導は我に在り、か」
 ホオズキは、ヒイラギがしばしば唱える教義をなぞってみせた。

 ヒイラギはカメックスに目配せし、その場を立ち去ろうとする。
 あれほどマナフィへの執着を隠さずにおきながら、今になって易々と踵を返すヒイラギがやはり読めず、ホオズキは唖然とする。
 マナフィがヒイラギの後に着いていこうとした。ヒイラギは足を止めると、鋭く拒絶を言い渡す。
「行きたいならそいつの所に行け。おまえを護る気持ちは本物だ」
 厳しさの中に含まれた、僅かばかりの、図ることも難しい真意を知り、ホオズキは思わず困惑する。 
 聴き間違いでなければ、ヒイラギはマナフィをホオズキに任せる、と言っているのだ。
 ヒイラギは胡乱げに眉を潜めた。
「ハートスワップの使い方は分かったな」
「……ああ。だけど、おまえの所に預けた方が安心だ」
 ホオズキは負けを認めた。
 敵として立ちはだかったのに、自分のポケモンの命を救われては返す言葉も無い。この男は、本当に何をしでかすか分からない、そう感じて、ホオズキはニヒルに苦笑する。
「おまえ、何も変わらねえな。スナッチャーに来た時から、今まで」
「どういう意味だ」
「おまえは操り人形じゃない。自分の手で、何かを変えるために戦っている」
 ヒイラギはそうではない、と思った。決して自分は、ホオズキが美化するほど、真っ向から正義を愛し、悪を挫く人間などではない。むしろ、その逆かもしれないという自覚すらある。だが、あえて伏せた。
「ならおまえは操り人形か。その言葉をどう解釈すればいい」
「好きに受け取れ。わたしにも戦う理由はある」
「世界より重要な大義があるとでも」
「最後の宝を、護らねばならない」
 ホオズキは左手の薬指を触りながら、ここではないどこかに、誰かが存在するような祝福を求める。
 ヒイラギには解せない類の感情だが、彼の言う「宝」が何を指し示すのかに関しては、悟る部分があった。ホオズキも誰かを求めている。失ってしまったものを取り戻すために戦っているのかもしれない。それを裏付けるだけの発言が、ホオズキの口から飛び出した。
「ヒイラギ。護りたいものはあるか」
「無い……と、思っていた」
「今ではあると?」
 ヒイラギは頷く。
「そいつに対する感情が何なのか、おれ自身でも掴みあぐねている」
「小娘か」
 洗脳とほざいた自分の憶測が、一気に馬鹿らしくなった。
 もはやあの二人を否定出来まい、と呆れたように息をつく。あまりにも純情すぎて、彼より老いたホオズキには、こそばゆく感じられるのだ。
「何があったか知らんが、随分と深い部分で共鳴しているようだな」
「時々眩しすぎるがな」
「そりゃそうだろ。なんたって世界に奉仕し、輝かしい成績を残して来たんだからな。対して、おれはおまえの言う通り、ヤクザ上がりの悪党だとも」
 急激に熱を帯びて、乱雑な口調をもって、素に変貌するホオズキは、血走った眼でヒイラギを見上げる。
「おまえらといる日々は見せしめに近かったよ。あろうことかチームを組まされ、挙句の果てには内通者ときたもんだ」
 そんな想いを抱いて、今日まで戦ってきたとは。ヒイラギは素直に驚き、言葉を失くした。
 ホオズキは、ヒイラギとイトハの地位に嫉妬していたのだ。
 これではまるで、ヒイラギの鏡ではないか。イトハに嫉妬し、目が曇り、彼女の器や優しさといったものを見落としていた、かつてのヒイラギと彼は同じだ。
「ちくしょう……、これがおれの本音だよ」
 ヒイラギは、なんだ、と思った。人間とは実に矮小で、つまらないことに苛立ちを募らせ、皆が皆、平気な顔をして、同じようなことをうじうじと、悩み続ける生き物なのだ。
 だから、痛快な程、彼の永い永い煩悶を一笑に付してみせた。それは決して悪意から来る嘲笑ではない。当然、真意を百八十度、誤解される言動だ。ホオズキは獰猛に噛み付く。
「おかしいか」
「おまえは何を考えているのか、全く分からなかった。読めない思考を読もうとするより、ありのままの想いをぶつけられた方が気持ち良い。……だがこれだけは言っておくぜ、おれたちは勇者に程遠い。だからこんな汚れ仕事を引き受けてるんだ。おれとイトハも、おまえと変わらない」
 何を言われようとも、今は響かないし、腑に落ちない。ホオズキもまた己を肯定出来るほど立派な人生を送って来なかった。
 だから、ヒイラギの最終目的だけを簡潔に問う。
「この組織をどうするつもりだ」
 チーム・スナッチャーには触れてはならない秘密がある。内通者のことだけではなく。
 思い出される、あの仕打ちが。いっそ、吐いてしまおうか。そうすれば楽になれるかもしれない。目の前の戦士ならば、もしかするとホオズキの願いに応えてくれるかもしれない。
 駄目だ。
 そんな「かもしれない」という都合の良い憶測だけを積もり積もらせ、ホオズキは結局己の本心を明かすことが出来なかった。
 混濁しすぎた苦痛は、半ば懇願のように爆発する。
「ジュノーには逆らうなッ!!」
「おれは膿を出し切るだけだ」
 ヒイラギは、魂の叫びに等しい忠告も意に介さず、頬を親指の爪で切って捨てるような動作で、気障に表現する。
「それは正しいことだろう」
 行使する正義に、淀みなき自信を抱く者の眼ではない。蒼の虹彩は、創造出来ず、破壊することしか出来ない自分の弱さを、必死に肯定したがっているように見えた。自分は正義を、歪んだ形でしか実現出来ないのだから、そんな訴えを含んでいた。
 ホオズキはもう後を追わない。自分の庇護下から離れ、戦場へと巣立っていくマナフィに対しても、親のようなまなざしを向けた。ヒイラギが突っぱねても、マナフィは彼に着いていくだろう。若人たちの背中を見て、思いがけずひとりごちていた。
「……若いな」
 憂いを背負った戦士は、やはり孤独なまま、暗闇へと消えて行く。
 それに比べ、何も出来ない自身のなんと無力なことか。若さ故の過ちを恨みながら、ヒイラギの向こう見ずな強さに縋りたくなる。
 ホオズキは遂に、彼を止め切ることが出来なかった。

はやめ ( 2017/12/18(月) 22:14 )