叛骨の強奪者






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Second Stage - EX-Team Rocket part -
Phase 24 傀儡
「ヒイラギ。おまえは今必死に考えているな」
 初めて「波導使い」としての敗北感を覚える。ヒイラギはこれまで弾劾する立場であり、される立場を意識して来なかった。しかし、都合の良すぎる話だ。
 いずれ、遅かれ早かれ、ヒイラギの非を問う人物が現れるだろう。その時は来た。イトハは波導使いを庇ってくれたが、ホオズキという番人の眼や嗅覚は誤魔化せない。
 あらゆる人物の心理を掌握し、ほだされることもあった。しかし、これほど掌で転がされていたと痛感する瞬間は、未だかつて無かったと断言出来る。ホオズキの言葉がひとつひとつ、いやに反響した。
「何故それを知っているのか」
「隠し通したはずだった」
「どこで情報が漏れたのか」
「……波導使いでなくても、心は読める」
 ヒイラギは大分動揺しつつ、それでも平静を装う。
「心理戦で出し抜いたことは褒めてやる。だが、元ロケット団」
「今度は「元」と付けてくれたか」
「おまえの立場が信用を失わせる」
「ロケット団とわたしが内通している、とでも考えているなら、見当外れもいいところだ」
 そうではない。ヒイラギは少し考え、第一の疑念を語り出した。
「ミュウツーは捕獲された。最初はおまえの失敗かと思っていたが、少し考えが変わった。おまえはあえて、ミュウツーを逃がしたな?」
 ハナダの洞窟での任務。スナッチャーが捕獲すべきミュウツーは、任務失敗によりハンターの手へと渡った。ホオズキが内通者ならば、ミュウツーの捕獲を、彼らに許した可能性も浮上する。
「それを言うなら、おまえはプラズマ団と遭遇していながら、内通者に関するメッセージを共有しなかった」
 ヒイラギは目を見開く。星標によるエクリュのメッセージに関しては、イトハ以外の誰にも教えていない。プラズマ団のエクリュと戦闘行為を行い、その結果勝利した、よって身分を拘束する必要がある、としか伝えていないのに。
「何故それを知っている」
 ホオズキが「内通者」について知り得る機会は、二択だ。
 自身が内通者であるか、サント・アンヌ号の任務で知ったか。
 ホオズキはあくまでも互角を主張する。
「疑惑は五分五分ってわけさ。内通者を嗅ぎ回っていたのは、おまえだけじゃない」
「……おまえか……。プールサイドで感じた、気配の正体は!」
 そう考えれば、合点がいく。全ての発端は、ヒイラギがエクリュと接触した際、メッセージを託された点にあったのだ。
 ヒイラギは、星標を送ったスターミーがカラマネロに捕捉されたのち、エクリュが頭痛に苛まれ、苦しみ出す姿を目にした。その後、エクリュは意識を失い、寝たきりになっている。だから、ヒイラギは彼女の意思を継ぐために背負って立ったのだ。
 その際、エクリュを襲撃したと思われる何者かが、すぐ傍のデッキ内に紛れ込んでいた。感知可能な程、近距離でもなく、さして強い波導でも無かったため、手掛かりとしては弱かった。だが、あの時エクリュを襲撃したのがホオズキであるとすれば、理屈には適っている。
 一方で、ホオズキは以下のように考えていた。
 ホオズキはスレートを追いかける中で、11デッキに辿り着き、プールサイドでの一連の出来事を目撃した。だからこそ、スナッチャーに内通者が紛れ込んでいると考え、ヒイラギ同様、突き止めようと動き出した。しかし、事情を知らないホオズキには、ヒイラギがエクリュを襲ったようにも見えるわけだ。疑心暗鬼のチーム内で、二人はお互いが敵同士だと想定した上で牽制し合っていた。
「そうだ。話が早い」
「墓穴を掘ったな。その肯定は、自分が内通者だと暴露しているようなものだ」
「ヒイラギ、確かにおまえは頭が切れる。だが、今のはナンセンスだな。おまえにも同じことが言える。誰がプラズマ団を襲撃したか、それは隠蔽された事実だ」
 ヒイラギは言い淀む。確かにホオズキの言う通り、確証が無い。だからこそ、遠隔攻撃可能なエスパーポケモンだと当たりをつけているのだが、敵はなかなか尻尾を出してくれない。
「そもそも、チームに潜伏しながら、これほど正体を長く隠し通せる奴こそが内通者だ。だとしたら、答えはおのずと絞られてくる」
「まさか……」
 スナッチャー内部にいて、エスパーポケモンを所持しており、正体を隠し通せる人物。次のホオズキの推理が手に取るように予想出来た。
「わたしは仮説を立てた。おまえかイトハ、オツキミ山で、どちらかがどちらかを洗脳している。エスパータイプの催眠術で。だとすれば、内通者の手持ちにサーナイトは有力候補だ。封印を使われた、プラズマ団はそう言った」
 既に反証された道だが、あの光景を見れば、誰もが同じ推測を抱くのも無理はない。
 事の真相を、身を削るような想いで調べ上げたからこそ、ヒイラギは断固否定した。
「なるほど、見ていただけのことはあるな。では、そこからの結果を教えてやろう。おれはイトハとサーナイトに直接封印をかけたが、変化は起こらなかった。あいつらは100%白だ」
「それをどうやって証明する」
 ホオズキは勝ち誇ったように顎をくいと上げて見せる。
「それこそ、マナフィだ。おれ自身の波導を、ハートスワップで見せてやる」
「ハートスワップ?」
「マナフィが使える技だ」
 スレートが述べたハートスワップの性質を利用すれば、今ここでヒイラギとホオズキの記憶を入れ替えることが出来る。しかし、相手に詳細を語るのは無策が過ぎる。
 波導に適応したヒイラギの体にホオズキが宿れば、ホオズキの体に宿ったヒイラギの波導を、ホオズキの視点で覗くことが出来る。そこで、ヒイラギの証言に波導の歪みが無ければ、ヒイラギは白になる……という理屈だ。
 ヒイラギは一歩進み、ゴルーグを睨み付ける。ゴルーグの中に浸透するマナフィの波導を追尾し、ここまでやって来たのだ。心眼はどこに隠れようとも、見過ごすことは無い。ヒイラギは目標対象であるマナフィの捕獲、その寸前まで漕ぎ付けている。
「マナフィがアクーシャの王になれば、ハートスワップの機会も失われる。王には、させない」
 ホオズキはその発言に更なる失望を覚えた。
「自分が何を言っているか、分かっているのか」
 深い息を吐き、もはや戦士としての矜持を置き去りにしてしまったのかもしれない男に対して、ホオズキは告げる。
「ヒイラギ……。やっぱりおまえは、操られているよ」
 ――自分で何を言ってるか、分かってる? あんた……ヒイラギじゃないでしょう。
 今の状況は、かつてイトハと対峙した時に案じられた台詞と瓜二つだ。よもやここまで重なるとは、偶然の一致にヒイラギは思わず自嘲する。
「何がおかしい」
「いや」
「小僧、いい加減処世術を学べ。ここで踏みとどまれば、おまえやわたしたちはまだスナッチャーでいられるんだ」
 今回、ジュノーの命令通りに任務を遂行し、マナフィを王座に据えれば、ジュノーはヒイラギを再び信頼するかもしれない。
 それでは本質的な内通者事件の解決にはならない。むしろ目下の問題は先送りにされたままだ。欺瞞を放置しておけば、組織は根本から腐り落ちる。
「この組織を、このままにしておけと?」
「もっと大人のやり方があるだろう。おまえは青二才だ」
 ヒイラギよりも数十年長く生きて来たホオズキからすれば、まだ波導使いといえども、世間知らずのお子様に映るのかもしれない。
 だが、本当にそれでいいのか。ここでキナギ民の事情を優先し、王に仕立て上げることこそ、内通者の思惑通りではないのか。
 ヒイラギは思い出す、これまでの全てを、スナッチャーで歩んできた、地獄のようで、僅かばかりの救いを貰った……複雑な軌跡を。
 決して幸せとは言えなかった人生のことを。
 真実を究明するために、犠牲となったプラズマ団のことを。マナフィを放棄することは、キナギではなく、プラズマ団の頼みを裏切ることになる。
 記憶を消されてなお、出所の分からない怒りに苛まれる者を見た。
 そして何より、炎の中に消えて行った、あの女性のことを片時たりとも忘れたことは無かった。
 ヒイラギは散って行った者達の、無念の叫びに応える責務がある。
 彼がこの世で未だに生かされているのは、実現出来なかった願いを代弁するためなのだ。

 ――すべてを壊し、すべてを護る

 それが波導使いヒイラギの矜持。
 迷う必要は無く、答えは考える前から既に決まっていた。
「正しくないと分かったことを前にして、それを見過ごす真似は、おれには出来ない」
 ホオズキはヒイラギの返答に、心底苛立ちを覚えた。綺麗事だけで物事は上手く回らない。ヒイラギは孤高のイレギュラーを気取りながら、あくまでも自分の理想に耽溺し、任務に殉じようとしているだけだ。
「時代遅れの正義感を振りかざしても、相応に処分されるだけだ! 無頼漢、おれはおまえを疑っている……。今なら引き返せるぞ。わたしがこの任務を、おまえに代わって達成する」
「引き返す気は、無い!」
 ヒイラギはプレシャスボールを構え、デンチュラを繰り出した。スレートがわざと夜戦の中でヒイラギにスナッチさせた、彼のパートナーだ。力を借りるぞ、そう心で唱え、デンチュラに指示を下す。
「エレキネット!」
 デンチュラは指示を聴いた。ヒイラギがスレートの協力者であることを、予め吹き込まれていたからである。腹部の後端にある糸いぼから、糸の代わりに可視電流が迸る。
 土人形であるゴルーグに本来、電気は通らない。だが、マナフィがゴルーグを「みずびたし」にしている今、ゴルーグはマナフィと同化した体になっている。すなわち、みずタイプそのものだ。
 ゴルーグに入り込み、抉るように突き刺す電撃の網が伝い、マナフィとゴルーグを分離させた。
「くそっ、何しやがる!」
 ヒイラギはコートを開き、プレシャスボールの開閉スイッチを押す。ホオズキはニードルガンでボールを手元から吹き飛ばし、ドンカラスを差し向ける。カメックスがドンカラスの突撃を抑え込んだ。
「ドンカラス。おまえもおれの邪魔をするのか……」
 かつてマボロシ島で共闘した名残は無く、あくまでもホオズキという主人に寄り添うドンカラスは、敵と見なしたヒイラギに向かい威嚇するようにけたたましく鳴いた。
 拡張を続けるエレキネットに拘束されたマナフィは、駄々をこねるように泣き喚き、首を何度も振った。赤子はまだ力の使い方を熟知していない。だが、マナフィの触覚が点滅を始めた。行き場の無い負荷をあらぬ場所へと放出しようとしているのだ。
 狙い通りとばかり、ヒイラギは高らかな呪詛の如き叫びをあげる。
「ハートスワップを使え!」
「ゴルーグ、マナフィを取り戻す。ドンカラス、カメックスを抑えろ」
 カメックスは地上に噴射した後、高度を保ちながら、壁際に甲羅を削りつけ、火花を散らす回転の勢いと共に、飛翔するドンカラスへと一目散、向かって行く。ドンカラスは神風を纏いながら、互角に斬り合っていく。二匹が壁際の攻防を繰り広げる中、ヒイラギはマナフィに意識を集中させた。
「虫のさざめき!」
 デンチュラはより触肢を震わせ、糸に振動を伝えていく。エレキネットを張ったのはこのためでもある。音を伝える媒介としての糸が振幅を増大させた。ざわめきはマナフィの鼓膜を強く揺さぶる。
 ヒイラギは残酷に告げた。
「耐えろ」
「やめろ……」
 ロケット団所属時もそうだった。
 戦闘兵器として産み落とされ、右と左の認識さえ掴めず、ただ持て余すほど無理に与えられた力を行使するしかなかった存在を見た。
 ミュウツーという、そのポケモンを放っておけず、彼は――。
 首を横に振る。
 もうこれ以上、蒼海の王子が苦しむ姿を見たくはない。それは、自分勝手な感情と断じられてしまうのだろうか。
 ここまで感情移入するのは、ホオズキの良く知る人物に丁度似た年齢だったからか。自分は蒼海の王子に、彼女を重ねているのかもしれない。
 ジュノーはヒイラギの撃破などホオズキには到底不可能だと思っていたし、本人もその気は無かった。今の今までは、だ。
 しかし、ヒイラギを倒さなければならないという想いが、ホオズキの力に対する欲求を深めていく。 
 あの波導使いは危険因子なのだと、敵愾心が急激な信号のように増幅し、歯止めをかけられない。
 しかし、「あの技」だけは、いかなる時も命じるまい、と言い聞かせて続けてきた。禁を破れば、ポケモンはどうなるか分からない。
 だが、もう手立ては、たった一つしかない。ヒイラギをホオズキの実力で正面から打ち倒すことは、不可能だ。
 護りたい者のために、護るべき者を捨てねばならない。
「許せ、おれは地獄に落ちても構わん」
 ホオズキはキャスケット帽の鍔を深めにおろし、これより行う命令への罪悪感から目を逸らす。

 ホオズキの波導は、ヒイラギという英雄の成り損ないを否定し、内通者としての化けの面の皮を剥がすという一点において、絶対的な正義に満ちていた。
 もし、その意思が何者かによって捻じ曲げられ、捏造されたものでなければ、彼は正気であるということになる。もし、正気の最中で内通者を演じることが出来る精神力の持ち主ならば、それは狂気の沙汰である。
 ホオズキの正義の在処が「内通者を暴き、倒す」ことにあるならば、仮に自身が内通者であるという矛盾に直面した時、正義の根拠は崩壊する。人間は余程の狂信者でなければ、そのような自己破綻をきたすことは有り得ない。
 だからこそ、ヒイラギはホオズキの中に、突如として、一滴だけ違う色の絵具を落としたような違和感を無視出来なかった。
「波導の色がくすんでいる」
 酷く調合を間違えた色だ。罪の意識を自覚しながら、それでいて違う具材で塗り固め、罪悪感ごと無かったように、黒へと変えてしまおうとしている。

 波導を読むヒイラギの前では、一時も気を抜けない。
 切羽詰まったホオズキに思案出来る策は、投降か叛逆か、いずれか二つに一つ。
 禁じ手を使う。喉の奥から絞り出すような苦渋をもって、告げた。
「……奴を、呪え」
 音節は確かに聴き届けられた。
 命令として滞りなく、迅速に処理される。
 ゴルーグは、人間とポケモンを護れという意思を持たされた。故に命令を忠実に遂行し、そこに私的感情等の無駄を交えない。
 指示の意図を理解する。自ら胸の封印を剥がし、溢れ出る怨念を放出し始めた。
 ゴルーグの命と引き換えに解き放たれる邪念は、ヒイラギの波導にも凶兆を及ぼした。
「正気か……!」
 まず、よぎった予感。
 強すぎる敵愾心――やはり、奴は内通者なのか。その真偽を確かめるためにも、やはりハートスワップを行わねばならないだろう。
 虫のさざめきによる震えではなく、直接呪いを受けたデンチュラは痙攣を始め、不吉な挙動を繰り返す。ヒイラギはすかさずボールの中にデンチュラを戻す。エレキネットはコントロールを失い、マナフィの拘束は解除された。しかし、マナフィを受け止める器としてのゴルーグはもう存在しない。
 ゴルーグは膝をつき、うずくまり、頭を抱えて苦しみ悶えながら、止め処も無く霊気を放出し続ける。渦は暗雲のようにとぐろを巻き、毒素のような臭気を漂わせる。この空間が呪いで満たされれば、ヒイラギとてただでは済まない。
 生き物の霊感に触れ続けたヒイラギとしては、ゴルーグの中から這い出て来たものがいかに悪性か、痛いほど良く分かる。体の中に溜め続けた腫瘍とほとんど変わらない。古代人こそ、ゴルーグを呪いで造り上げていたのだ。
 上空で競り合っていたカメックスとドンカラスが異変に気付き、地上に着地する。ホオズキはその中心で、何かを諦めたように立つ。
「終わりだ。こうなればゴルーグは誰にも止められない」
 ヒイラギは腕を振り、叫ぶ。呪いが肺に入り込めば、彼も波導を支配され、病に侵される。
「自分のポケモンを殺してまでおれを倒したいか!? トレーナーの屑が!!」
 ヒイラギは咳込み、胃から嫌なものが込み上げてくるのを感じる。それでも言わねば気が済まない。
 屑と、あまりにも強い罵詈雑言を叩きつけられようとも、ホオズキにはそれを翻して一笑に付すだけの不快な余裕が芽生えていた。
「そうさ。少なくともわたしたちは、最初からまともなトレーナーではないだろう。だが、マナフィを苦しませるおまえに、わたしを非難する権利は無い」
 ヒイラギは同族嫌悪から来る侮蔑の表情で、ホオズキを睨む。
 ハートスワップ発動まで、マナフィが苦しむことは承知の上だった。あくまで一時的な苦しみであり、ハートスワップによるエネルギーを放出すれば楽になると分かった上で攻撃していた。
 だが、ゴルーグはこのまま放っておけば文字通り命尽きるだろう。自分のポケモンが死に瀕するような命令を送るとは、やはりこの男の本質はロケット団だ。
 マナフィは先程まで自分を護ってくれていたはずの心強いゴーレムが、何故だか苦しみに駆られているのを見る。赤子特有の移ろいがちな記憶に、その一時点だけがこびりつく程、マナフィの瞳に刻まれていく。
「ゴルーグを、助けたいか」
 ヒイラギはホオズキではなく、マナフィに問いかける。少なからず、ここまでマナフィを護って来たゴルーグに対し、恩情を自覚しているだろうと踏んだ上での詰問だった。マナフィはヒイラギの言語を解さないようで、ただ未知ながらに影響を与える存在として、彼のことを見つめるばかりだ。
 この状況で回答を求めるのは残酷だろう。だからヒイラギは、マナフィの深層心理を視た。
 困惑、迷い、不安、逡巡――綯い交ぜの感情が色彩となり、溢れ出ていく。
 行かねば、ヒイラギは腕を噛み、呪いの激痛に痛覚を上書きしながら、一歩ずつゴルーグに近付く。
 ホオズキにとっては予想外の反応である。まず、カメックスを戻さないことが第一だ。ヒイラギにあてた呪いは、傍らのカメックスをも対象に含める。一刻も早くボールに戻さなければ、カメックスの体力が削り取られていくというのに。
 カメックス自身もボールに戻る気は無いという眼差しで、そしてヒイラギの意図をまるで理解したように、彼を後方から支える。
 こんな関係性は見たことが無い。ホオズキは、急にヒイラギとカメックスが何か得体の知れない、おぞましいものに見てとれた。
「待て、何をするつもりだ」 
「良性の波導を、ゴルーグに送り込み、新たなるエネルギーとする」
 この期に及び、自分たちの危険よりも、敵を救おうとする。ホオズキは己の覚悟すら嘲られたようで我慢ならなかった。玉砕に等しき技を前にして、あろうことか敵を救おうなどと、冒涜以外の何者でも無い。ヒイラギは容赦無くとどめを刺す類の人間だというホオズキの認識が、根本から瓦解していく。
「なんだと……。おまえは、敵に塩を送る気か」
 違う、とヒイラギは叫びたかった。恐らく、ホオズキの波導の不安定な変色からして、彼なりに葛藤した上での命令だったのだろう。
 だが、ヒイラギとカメックスは、目の前で力尽きようとしているポケモンを、好機と見込んで始末出来るほど、損得の利害で生きてはいない。彼らは隙だらけで、必要悪に成りきれない存在だから、互いを補填している。
 お互いを知らないが故に、お互いを警戒する。ホオズキはヒイラギの執念を甘く勘定しすぎた。そしてヒイラギもホオズキの葛藤を見誤ったのだ。
「苦しむポケモンを助けるのが先だろうが!」
 マナフィには、ゴルーグを助けようとするヒイラギの姿が映る。
 自身を懸命に護り、悪役に徹しようとするホオズキよりも、心強く、怖いほど真っ直ぐに見えてしまうのだ。
「マナフィ、奴に耳を貸すな。奴はおまえを――」
 ホオズキは子どもを攫われ、身代金を要求される親のように、マナフィを必死の形相で庇い立てした。マナフィは目を凝らす。果たして、どちらが真の悪党なのかを見極めるために。
「目を覚ますのは貴様の方だ」
「来るな!」
 ホオズキはヒイラギではなく、その先に潜む目視不可能の何かと闘っている。彼が見ているものは既にヒイラギではなかった。
 ホオズキの本能的な恐怖を引き出す何か、ヒイラギの瞳の、そのまた遥か先に潜んでいるのだ。
 しかし、今は他人の事情に想いを馳せる時間ではない。憐憫の情をかけてやるのは、トレーナーではなくポケモンに対してだ。
 ヒイラギは必要悪のやり方で、彼との戦いに決着をつける。どれだけ非合法と責められようとも。
 マナフィは前に躍り出た。
 触覚に赤い光輝を瞬かせ、一足早い戴冠式のようにクラウンを形作っている。広げる両腕は、攻撃を甘んじて受ける、という意思を言葉無しに表していた。
 ヒイラギはマナフィの王たる所以を知る。このポケモンは紛れもなく、威風を備えた、生まれながらにしての王だ。敬意を払い、その覚悟に応じる。
「マナフィ、行かないでくれ」
 ホオズキは震える手で、行くな、とマナフィを引き寄せようとするが、もう遅かった。
「カメックス、やれ」
 ヒイラギが指を鳴らし、カメックスは予め構えていたキャノンから一点の曇りなき波導を撃ち出した。マナフィは全身を呑まれ、歯を食いしばりながら、磔に耐える。
 触覚が鮮血を浴びたように輝き、重力に逆らいながら体ごと持ち上げる。神殿ごと浮上するかという錯覚を得たのち、ホオズキの心臓と、ヒイラギの心臓が、同時に激しく脈打った。

はやめ ( 2017/12/18(月) 22:13 )