Phase 23 敵愾心
マナフィ護衛ミッションにおける目的地・海底神殿アクーシャへの道程は長い。特定のダイビングスポットを経由し、海底石膏洞窟を経由する。世界最長と呼ばれる洞窟を、潜水艦の規模で通過することは難しい。
そこで、ダイビング用のスーツを用意した。石膏洞窟を一群で切り抜け、海底神殿を目指す。キナギのダイバーはトレーナーとポケモン含め、屈強な肉体と過酷な訓練を潜り抜けた精鋭たちの集まりである。スナッチャーは言わずもがなだ。
海底石膏洞窟は、遍く大海原を総べ、大洪水を起こして人類に恵みの雨を降らせた……と云われるポケモン・カイオーガが封印されていた跡地でもある。封印から目覚めたカイオーガはもう一匹、海底石膏洞窟に眠ると云われる大地の化身・グラードンと自然エネルギーを巡って戦いを求めた。そうジュノーが言っていたことを思い出す。
改めて聖堂に集った、マナフィ親衛隊一同は、キナギ評議会の選抜トレーナーとスナッチャーによる混成チームである。
ミッションは「マナフィの帰巣護衛」。スナッチャーは政府役人で、強奪行為を行う政府直属の非合法組織であることは、当然伏せられている。志は同じですから――テレビ通信越しに、ジュノーは美辞麗句を重ねた。
本当にそうであれば良かったのだが。残念ながら、結成当初からチームの理想は統一されていない。評議会のスレートは、長と前々から意見を対立させていることも小耳に挟んだ。キナギ民からすれば親しまれこそすれど、スレートは異邦人である。彼の見地は時に新しい政策を提示するものだったが、従来のキナギの価値観や伝統を容赦なく変えていくという不満も散見されることが、事前の住民との会話や下調べによりおのずと判明してきた。
長直々の指名により、ホオズキはAチーム、イトハはBチーム、ヒイラギはCチームに配置された。また、キナギ評議会の主要面子からは、長がAチーム、スレートがBチームに所属。
ハンター・J一味との戦闘を考慮し、時間差で対応出来るようにグループを分割した。選抜の一隊を送り込み、全滅、となれば目も当てられない惨状だ。長は改めて巻物のような紙面を読み上げる。
「政府直属部隊からは、ホオズキ氏を本任務の指揮隊長とする」
イトハはなるべく、司令官の決定に不服であることを悟られまいと表情を固く結んだ。この処遇と決定には、悪意を感じる。
「ホオズキは優秀な戦士で、有事における咄嗟の判断力もあります。キナギの皆さんにお力添え出来るでしょう」
ジュノーの紹介と共に、指名を受けたホオズキは表情一つ変えず、軽く前に出て会釈した。承認を得るかのように、拍手が贈られる。
スレートとイトハは心内で訝しむ。本来ならば、スナッチャーのエースはヒイラギだ。Aチームに配属されるのは先発隊長のヒイラギが望ましい。しかし、ジュノーはヒイラギではなくホオズキを推薦したのだ。その意味を図れなければ、闇の任務を仕損じる。
ヒイラギを支援する二人からすれば、一刻も早く彼の顔色を見たいところだった。しかし、生憎今回の任務で過度な接触をすれば、ホオズキとジュノーの監視カメラの如き包囲網が、容赦なく疑惑を突きつけるだろう。
故に下手な動きはとれない。イトハは、あくまでも隙を見つけ、スレートとハートスワップの情報交換を行うのみに留まる。ホオズキの動向は不明、ヒイラギの思惑もまた不明だ。
しかし、ヒイラギは一流の戦士だ。これまで幾多もの逆境を跳ね返し、奇想天外の策略で敵を陥れて来た。その実績に関して、スレートもまた信頼と期待を寄せている。
イトハは「だからおまえは、あくまで任務に専念しろ。火の粉の及ばないところで、静かに好機を待つんだ。犠牲はおれだけでいい」というヒイラギの教えを忠実に守るつもりでいた。何もしないことが、ヒイラギのシークレットミッションを円滑に進める助けとなるならば、彼女は今回、黒子に徹する。時が満ちるまで――。
【 Mission マナフィ帰巣護衛 】
海底石膏洞窟にダイブしてから、Aチームはマナフィの誘導が義務付けられている。マナフィはまだ目覚め立ての身、本来ならば数ヶ月後に帰巣の準備を始めるものだ。今年はハンターの襲来という例外があるため、評議会が焦燥感を募らせ、常より時期を早めたのだ。
ポケモンだって外界を認識し、生きていくための術を学習するまでには相当な期間を要する。マナフィはまだ生後数日の赤子も同然だった。そのため、マナフィは外界の事物・環境に対して、人間達が予想するよりも過敏に反応を示す。そのアンテナによって、マナフィが帰巣ルートから逸脱した海流に流されてしまったり、危険な深海ポケモンと遭遇し傷を負わないように、ポケモンを退ける等して、適宜細心の注意を払わねばならない。
キナギ選抜メンバーに抜かりは無かった。マナフィ誘導のプロフェッショナルと呼ぶべき鮮やかさだ。
深海にも適応出来るランターンを数匹繰り出して、マナフィの向かうべきスポットで先にフラッシュを焚き、なるべく誘導を行う。
ミロカロスを繰り出して、マナフィにアクアリングの加護を与えて、回遊による疲労感を回復させつつ、リングで上手く拘束し、ルートを外れないように導く。
脇と前後はダイバーたちで固め、こちらもまた深海に適応しやすいハンテールやサクラビスを多めに連れている。時折現れるジーランスの接触を遠ざけるためだ。長も正確に周囲の環境を察知しており、暗がりの中でも上手いこと一団を率いている。こうした滞りのない手腕は、ホオズキを静かに感服させた。
海底石膏洞窟は、その名に違わず石膏で出来た、水中洞窟である。
石膏内は非常に複雑な迷路を形成しており、誘導なしに帰巣することは至難の業と言って良いだろう。任務でなければ本来ダイビングの許可も下りない、一種のホウエン自然遺産である。
水には一切濁りが無く、宇宙を連想させるほど透明度に満ちた空間が広がっている。しかし、遺産の写真等から確認するほど、生易しい探索の難易度ではない。
内部は、サメハダーの口内にびっしりと生えた細やかな牙の如き刃先を揃えた石膏や、破れかかった衣服のように歪な先端を描いている石膏、破壊され煉瓦のように積み重なった石膏等、その形状を一つ一つ噛み砕いていくと、枚挙に暇が無い。
ホオズキにとって意外だったのは、石膏からは僅かに人工物の匂いが感じられる点だ。この洞窟は天然の自然によって少しずつ、今ですら未完成のところをつくり続けているのかと最初は感じられた。
しかし、時折建物を思わせるような入口、隙間等を垣間見ると、どこかここら一帯は居住区であったのか、と浪漫を抱かせがちな生活の色がある。この先が海底都市の残骸であるならば、神殿を中心として、かつて地上に沈む前の文化というものが存在したのかもしれない。
海底神殿は摩訶不思議な様子で、深奥に鎮座していた。酷く特徴的であったのは、アクアリングのルーツを感じさせるような光の輪が連なり、球体上に神殿を取り囲んでいる点だ。
まるで最初から其処で、王の誕生を待ち受けるために存在している、と云わんばかりの威容を誇っていた。数百、数千年前の芸術を、その空間だけが従来のクオリティで丁重に保存しているのだ。
やはり周辺の環境と同じく、生活の跡地に見えなくもない。苔生した一帯は大昔、それこそゲンシの時代に遡るまで、場に訪れた者達に悠久を無言で語る。冒涜をはたらいてはならないと、自戒させるだけの圧が水底から伝わってくる。
「海底神殿、アクーシャだ」
長がジェスチャーで到着を伝える。彼は長寿の中で何度か訪れたことがあるのか、別段感慨に耽る気抜けは見られない。だが、ホオズキ含め、若いダイバー達には感動をもたらす建造物であった。
マナフィは誘導に従わず、一目散に触覚を揺らし、神殿に向かって泳いでいく。一瞬でも気を抜いたダイバーたちがすぐさまポケモンたちを向かわせ、王子の道をつくらせる。あとは無事に海の王冠をマナフィが被れば戴冠式は完了され、海の秩序はしばらくの安寧に包まれることとなる。ここまでは手筈通りだ。
一同は、神殿前に飛行艇を見つけ、いよいよ固唾を呑む。
膜の中に突入すると、長は一通りの装備を外し、モンスターボールをチェックする。隊員たちは呼吸が可能なことに驚いた。
「ここまでは手筈通り。しかし、見ての通りハンターは我々よりも先に神殿へと到達している。各自、戦闘準備をせよ」
物々しい雰囲気に武装していく集団に、マナフィはきょとんと我関せずの顔で首をかしげていた。キナギの民が繰り出したポケモンたちに囲まれ、マナフィはプリンス宜しく護衛される形となる。
「ホオズキ殿、頼みますぞ。どうか蒼海の王子を護り抜いていただきたい」
長はこの場で最も戦闘の心得に長けたホオズキを、改めて信頼する眼差しを寄せる。ホオズキは目を瞑り、腰を折り曲げて、ここまで一団を率いた長に礼節を表現すると同時、後は任されたという意思を示した。長は頷くとそのまま踵を返し、彼のポケモンであるトドゼルガを繰り出す。
神殿到達から数分後、Bチーム到着の報せが届く。
今回、ホオズキにとって最も懸念するのは、ヒイラギの動向だった。圧倒的な力を誇り、絶望的な局面でもチームを牽引したエースは、今や何をしでかすか動向の読めない危険人物としてマークされている。
ホオズキはヒイラギの正体を暴くため、一つの罠を張っている。自らマナフィ護衛の先頭を引き受けた、最大の理由でもある。
海の知識を隅から隅まで熟知したプロフェッショナルとしてだけでなく、ホオズキが予想するよりも長時間、ハンターに対してキナギ選抜チームは健闘していた。というのも、彼らは自然の造形物を生かすのが上手い。さすがは自然と調和を図って来た民だけのことはある。
カクレオンの模様を柱の模様と誤認させ、長く伸びる舌で、石化銃を引き剥がす。崩落した壁の一部にノズパスの鼻を擬態させ、石化銃を磁石の要領で引き寄せ、獲物を撃つ。「甲羅が硬くなるまで敵の攻撃を避けるため、川底の穴に隠れている」というシザリガーの生態を利用し、水中に身を隠して奇襲に転じる。動きの応用が実に利いているため、戦いには専念しやすかった。
革靴が、薄く張った水面を弾く。映った影は忙しなく動き、はたまた停止する。何かを祀る厳かな柱が規則正しい間隔を守って屹立する部屋を、無秩序な照射が照らし出していく。神殿の何処にも安置となる場所は無い。
ホオズキはマナフィを守護する役目を仰せつかった近衛のポケモン達と共に応戦する。シャワーズが圧縮した水泡を放ち、戦闘員の一人に直撃した。しかし、赤い防弾チョッキを着込んだ戦闘員は、ポケモンの技を受けながらにして倒れる気配がない。ヒイラギがデンチュラの麻痺から受けた影響具合を鑑みるに、何らかの武装を施していると考えるのが妥当だろう。
周りからも徐々に、自力の差に悲鳴の声が上がり出す。彼らは戦闘慣れしていないわけではないが、戦闘に特別秀でたスキルを持ち合わせているわけではない。現場の指揮官であるホオズキは、キナギ選抜チームの精神が疲弊していることを憂慮する。もうじき加勢は来る、と今にも士気向上のために叫びたい思いへと駆られるも、戦場で相手に居場所を知らせることがどれだけ安直な選択かと思い直し、口を噤んだ。
彼の脳裏には、圧倒的な戦闘力を誇る一人の男が浮かび上がる。滴る水か汗か判別のつかぬ液体が、帽子内の髪から一滴流れ落ちた。先程から充分応戦はしているつもりだが、敵のポケモンよりもスナイパー達が倒れてくれない。おかしい、今までのハンターはここまで粘り強くなかった。目算を間違えたか。
「耐久力が高すぎる!」
「くそっ、どうすればいいんだ」
「取り乱すな。各自、後退しつつ、布陣を維持しろ」
鋭く叱責を無線で飛ばすホオズキだが、これ以上は人員の士気を下げるばかりだ。横のシャワーズやペリッパーも、水の放出量が限界に達している。であれば、とホオズキはモンスターボールを構えた。出来れば自軍の戦力は温存しておきたかったが、やむを得ない。
「ゴルーグ、ジャイロボール!」
鉄球となって放たれたゴルーグが、神殿の壁ごと、ハンターの元に吹き飛んで行く。当たれば恐らく骨折では済むまい。レーザーを照射した隙を見計らい、回転数を増して粉砕する。
なんとか一人は始末した。しかし、その安堵もマナフィの近衛兵が石化されることで、すぐさま失態への強烈な後悔と変わる。
今の瞬間まで戦っていたシャワーズが石になった。ホオズキは歯軋りし、仇を探す。すると、別の方向から異なる二音の衝撃が響いた。一人は討ち果たされ、一人は石に変わりゆく。
「こちら、Aチーム。敵、倒れる気配ありません……」
「こちら、Bチーム。味方が……」
「こちら――」
無線には次々と石化という名の訃報が入る。元より覚悟の上だっただろうが、申し訳なさよりも危機感が勝る。
チームは分断され、混乱には収集がつかなくなっていった。より内奥に向かった長達の安否連絡も無い。恐らく、同じスナッチャーであるイトハが奮戦しているか否か、ぎりぎりの範疇だろう。
報告がもはや意識を途切れさせるだけのノイズと化した時、ホオズキはほぼ本能だけでマナフィを護ろうと、ゴルーグのボディを見上げる。抱えられたマナフィは目元に涙を浮かべていた。理屈は分からずとも、恐怖を感じているのだろう。しかし、赤子のように泣き喚いてはホオズキを窮地に追いやることを、この歳にして理解しているのか、きゅっと口を引き結ぶ。なるほど、既に王たる素養を備えている、と感じた。やはりマナフィは、王になるべくして産まれて来たポケモンなのだ。このポケモンの想いを無碍には出来ない。自分が、マナフィを王にする――ホオズキはそう決意した。
「ゴルーグ、マナフィを引き受けてくれるか」
ゴルーグが巨体から手を差し伸べ、抱えるように迎え入れる。
マナフィは弾かれたように跳躍し、ゴルーグの霊体に水分と化して取り込まれた。本来みずタイプを苦手とする岩石性のゴーレムだが、ホオズキのゴルーグは極寒の地で生まれ育った経緯がある。多少の弱点ぐらいは克服しているからこそ、大事な王子を任せられる。
「大丈夫だ、そいつの中にいれば」
しかし、懸念事項が解決したわけではない。
ふと気を緩めた際、嫌な光がホオズキの頬を掠めた。彼はホルスターからニードルガンを取り出し、迷いなく撃ち抜く。光が閃き、今まさに喉元へと届かんとした時、影はばたりと倒れ込む。
「相手の装備は突撃チョッキだ。飛び道具は攻め手に欠ける。上半身以外の部位を狙え」
無線に、よく知る声が入った。一体何人が彼の声を聴き取ったか分からないが、アドバイスに従い、ホオズキはドンカラスを繰り出す。見えた標的の足を辻斬りで横薙ぎに払った。手応えありだ。
ホオズキの頬ごと掠めるように、水の矢が何本も吹き出て、次々と野太い悲鳴が上がった。息をつかせず、辺り一帯が炎上したかと錯覚するほどの高波が迫る。この一撃の殆どをもって、以降どこからも物音は上がらなくなった。
波浪の中から、ヒイラギとカメックスが現れる。
遠距離に佇む選抜メンバーを確認し、その彼女を狙う反応を同時に索敵する。ヒイラギの動作と目線を辿ったホオズキは、造作もないこととばかり、同じ角度に背中合わせでニードルガンを撃ち込んだ。数回の銃撃音が響き渡ったのち、現階層における残りのハンターを処理し終える。
「先に行け」
ヒイラギは大声で先を促した。神殿内の音が途端に騒がしくなる。救援が間に合ったのだろう。戦士の声に弾かれた選抜メンバーの一人は、すぐさま長たちの方へと向かって行った。
場にはホオズキとヒイラギ、ドンカラスとゴルーグ、カメックス。そして吸収されたマナフィだけが残る。後は物言わぬ屍と、非業の石化を遂げたキナギの民だけだ。
人間同士の間合いは、険悪などという簡素な言葉では片付けられないほどの怨嗟に満ちていた。
最初、ヒイラギはCチームに配属された時、任務の失敗を予感した。波導を持つ自分を先頭に送らない、という采配に失望した。傲慢な自負等ではなく、敵の数に大凡の見当をつけられるという長所からして、ヒイラギを後列に配置するという策は、愚の骨頂である。
ヒイラギは以前から、ジュノーの采配には思うところがあった。彼の考案する作戦の成功率が低いからだ。
だが、あえて司令官の決定を覆さなかった。ここで反論を上げようものなら、サント・アンヌの時と同じく黙殺されることは目に見えていたからだ。イトハにも告げた通り、恐らく次に怪しい挙動を見せれば、チームから追放される。しかし、ヒイラギはスナッチャーを去る前にやるべきことがある。マナフィを奪わねばならない――そのためには、Aチームの存在は言ってしまえば、やや面倒だった。
ハンター戦の中で、幾らかの犠牲が出てしまうという現実を見通した時、彼は大を救うために小を犠牲にするという道を選ばざるを得なかった。その方が、むしろ石化していくキナギの民の覚悟を尊重したことにもなる。無論、ヒイラギはわざと遅延し、犠牲を闇雲に増やしたわけではなく、着いた時にはそうなっていただけだ。皮肉にも「Cチーム配属」という愚策が、ヒイラギにとって思わぬ好機を生み出したのである。だが、それを手放しで喜ぶ程、ヒイラギの心は落ちぶれていない。むしろ、怒りさえ感じる程だ。
だから、起こる事態の本質を捉えようとせず、ジュノーに追従するホオズキとの激突は、もはや避けようもないと考えていた。
「マナフィを渡してもらおう」
「マナフィを? 何故」
ヒイラギは苛立ちを隠さず、顎で指し示す。
「何故? この惨状が目に入らないか。おまえでは護れない」
一方的に責められるホオズキにも、言い分はある。だがその「言い分」を明かしてしまえば、いよいよ後には退けないだろう。まずは探りを入れるところから始めた。
「……マナフィを、どうするつもりだ」
「何を疑うことがある? まさかおれが、マナフィを私欲で利用するとでも言いたいのか」
この男を信じても良いか、ホオズキは考えあぐねる。
「おれはその気になれば、おまえを倒し、先に進んでも良い」
ヒイラギはボールを構えた。武力を行使してでもマナフィを奪い取る、という予告だ。
交渉は瞬間、決裂した。
そうだった、とホオズキは思い出す。ヒイラギは、最初からスナッチャーのメンバーに対して信頼など寄せていない。彼は任務のリザルトだけで人間の全てを評価する人格の持ち主であったことを、彼の力にすっかり魅せられ忘れていたことに気付いた時、この男の存在が馬鹿馬鹿しくなった。
自分こそが強者だと自負し、弱者を見下す者は、自分でレッテルを張った人間からの思わぬ反撃を食らった時、圧倒的な牙城が崩されたような、実に情けない顔をする。ホオズキはニードルガンをヒイラギの左耳寸前で外すように撃ち抜いた。刺突の如き風が、ヒイラギのうなじに伸びる茶髪を刈り取り去る。だが彼は驚かなかった、それどころか目蓋ひとつ揺らしもしなかった。
「そのおもちゃを下ろせ」
ヒイラギは自分が何をされたか、その行為にどのような含みをホオズキが持たせたのかを悟った上で、涼しげに命令した。
ホオズキは屈辱を味わいながら、より憎々しげに引き金を抑える。
「次は外さん」
「撃てもしない銃を持つな」
「本来のヒイラギって野郎は、そういう奴だよな。安心したぜ、おまえは手段を選ばない。だが、今回の動きは雑すぎたな」
ヒイラギは目の前にいる人物から、途端にいつぞやの既視感がする。
――あんたは、そういう人間だよね。わたしをずっと、ずっと目の敵にしてきた。今すぐにでも、悪者にしてやりたいんでしょ。そうだよね。オツキミ山でイトハに言われた台詞がふと思い出された。
ホオズキが何故ここまで敵対心を露わにするのか、腑に落ちた気がする。ヒイラギは、知らず知らずの内、イトハにかけた冤罪と同じ決めつけを、ホオズキに対しても行っているのだ。また、悪であることを忌み嫌うホオズキを、更生の余地なき悪として扱った。彼が元悪党なりに培ったプライドを粉砕するには、充分すぎたのだ。
ホオズキから見れば、急に沈黙したヒイラギに対し、畳み掛ける。
「わたしがAチームになれば、おまえは好きに身動き出来ない。だから必ず、わたしの所に来ると踏んでいた。確かに任務も大事だが、それはキナギの連中に任せておけばいい。今わたしは、おまえという危険因子を排除しなければならなくなった」
ホオズキは吐き捨ててから、長には悪いが、と心中で付け加える。だがヒイラギを倒すことが、マナフィを護ることに繋がると信じて。
「さあ、ケリをつけよう」
今度こそ、銃のトリガーにかける人差し指の圧に、自信が籠る。もう引き返せない、この二人は最初からこうなる運命だった。
ホオズキは問う。言葉ひとつで、対立に説明は付くのだから。
「おまえが――内通者か?」