叛骨の強奪者






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First Stage - The Ranger part -
Phase 7 眠れる最強


 それは十年前に造られた。
 いでんしポケモン・ミュウツー。
 目の前の敵を倒すことしか考えられず、ポケモンで一番凶暴な心を持つという。あまりに強すぎるため人間の手には負えず、屈強なポケモンたちが群れをなす洞窟に廃棄された。
 捕獲の際には、くれぐれも警戒を怠らないように、とのお達しだ。

 目標地点の座標を打ち込んだ転送機能によって、三つの影が白を上塗りするように浮かび上がる。科学技術の進歩を疑うわけではないが、本当にポケモンの力を応用することで長距離転送が現実のものとなった。
 霧がうっすらと漂う入口――これといって形のない穴――が地べたに沿って開いている。冒険者を飲み込む門だ。ハナダの洞窟は、これまで協会の厳重な管理下にあった。四の五の言っている状況ではなくなったから、使える手段は全部手中に収めようという魂胆での開放だ。ただし、立入禁止区域への進出を許可されたのは現時点でスナッチャーのみ。
 ミュウツーが今まで歴史の表舞台に姿を現さなかったのは、洞窟で十年もの眠りに就いていたからである。ハンターたちは禁断の扉を開いたという武勇伝を語りたいのだ。
 イトハは愁いを帯びた声色で、作戦に異議を唱える。
「人間の都合で突き放したポケモンを、人間の都合でまた外に出そうなんて、間違ってる」
 ささやかな抵抗は周りにしっかり届いた。当然、ヒイラギが反論する。まだテレポートを克服していないのか、まぶたを抑えつつ三半規管の安定を図りながらだが。
「勝つためにミュウツーを動員する、という上の判断だ……。おれたちと同じように戦えるポケモンは限られている」
 そこで終わりかと思いきや、彼にしては神妙な顔つきで付け加える。
「それが、力を持ってしまった者の定めだ」
 意味ありげな一言を気にかけつつも、イトハにとっては疑問で仕方ない。レンジャーとして派遣されたにも関わらず、次々とレンジャーの精神に反する行いを要求される。
 スナッチャーが求める理想のポケモン像とは、力だ。逆に言えば必要条件はそれだけ。チームメイトのふたりは本当にそう思っているのか。これまでポケモンとどのように接し、関係を築いてきたのだろう。彼女が歩み寄る以外、知る術はない。
「それじゃ」
「人間のために戦う生き物みたいじゃない……」
 悲痛な訴えも権力に届かなければ、空に溶け込むただの吐息だ。

 まだ薄暗い視界だけで、霧が進行を妨げるに留まっているが、既に来るべき所へ来てしまったという終焉を彼らは感じ取る。本来ならば、冒険の最後にでも回すべきとでも言わんばかり。プロフェッショナルでなければ、その場に立っていることすら数秒も敵うまい。
「妙な波導だ」
 エースのヒイラギが弱音を零すと、メンバーの士気にも繋がりかねない。イトハがふたりの前に躍り出た。
「わたしが先頭を行きます。恐らく、複雑な構造になっているはず……この手の地形を攻略するのは、レンジャーの十八番です」
「待て。まずドンカラスを偵察に向かわせる」
 夜目の利くドンカラスなら適任だろう。ドンカラス自身も折りたたんだ羽を広げる準備は出来ているようだ。
「それでは、ドンカラスがピントレンズ越しに見た風景を、サーナイトに念写してもらいます。それで突入の段取りを立てましょう」
 この中で最年少とはいえ、いくつもの修羅場を潜り抜けた精鋭に違いない。有無を言わせぬ手際の良さで、最年長のメンバーを頷かせる。
「了解した。ドンカラス。野生ポケモンの数、地形、敵性勢力、だいたいの様子が分かれば良い。石化光線の気配が少しでもしたら、すぐさま退散しろ」
 モノクル版ピントレンズをつけたドンカラスは、屋敷に忠誠を誓った使用人かと思うほど、主の命令に忠実である。シルクハットを被り直すように羽で帽子を抑え、了解の合図を示す。一番最初に魔境へと飛び立った。
「驚いた。ずいぶん丁寧ね」
「付き合いは長いんだけどな」
「ドンカラスなりに気を遣ってるのよ」
「そうだといいがな」
 褒められてまんざらでもなさそうだ。口ぶりからして、ホオズキは自分のポケモンを大切にしているのだろう。ヒイラギもカメックスのことは誇らしげにしていたが。
「ヒイラギ、妙な波導ってのはどういうことだ」
「生半可なポケモンならば萎縮する威圧感が、洞窟内に呪文の如くかかっている」
「全力を出せるのか? お前、プレッシャーに弱いみたいだが」
「善処はする。足手まといだと思ったらおれは捨てて、当初の目的を果たせ」
「そんな!」
「ああ。もしもの時はそうするが、ミュウツー捕獲にはお前が必須だってことを忘れるな」
 イトハとホオズキの反応は対照的である。一方は仲間を見捨てられず、一方は自己責任の考えを重んじる。ヒイラギはいい加減にしろという目でイトハを睨んだ。
『待機中のようですので、今回のミッションについて改めて確認を行います』
 オペレーターからの通信に、一同は耳を澄ます。
『ハナダの洞窟に生息する野生ポケモン・ミュウツーを捕獲することが任務の目的です。ハンターが既に洞窟に向かっていると情報がありますが、今のところ我々の方からも反応は探知出来ませんでした。奇襲の可能性が濃厚ですので、くれぐれも油断なきように。また、ダンジョン内は屈強な野生ポケモンが生息しています。こちらは別段問題ないと思いますが、細心の注意を払ってください。攻略の手順に関しては、皆さんに一任します』
「オペレーター。洞窟に入り次第、すぐにミュウツーの生体反応を探れ。おれたちは最短ルートで内部を攻略する。時間の浪費でハンターに楽をさせる気はない」
 オペレーターに指示を下すのはヒイラギだ。
『了解しました。準備が出来次第、すぐに突入してください』
 ひとまず概要の説明を終える。
 タイミング良く、ドンカラスが戻ってきた。ディスクの保管装置から現れたサーナイトが、ピントレンズに手をかざし、全員に風景を念写する。
 明かりの見当たらない岩壁、水路もある。蠢く影はポケモンのものだろう。数は多くないが、すぐれた鋭敏な感覚でドンカラスを警戒していたと見える。人間の輪郭は見当たらず、前情報通り、ハンターはまだ到着していないようだ。
「イトハが先頭、ヒイラギが真ん中につけ。わたしは後ろからサポートする」
 ホオズキは手袋に指を通し、バッグから首尾よく必要な装備を整えていく。
 布陣は出来上がり、一同は挑む目つきへと変わった。
「準備完了だ。これより、ハナダの洞窟に突入する」
『ミッション、スタート』
『健闘を祈ります』
 物音も立てず、外壁に張り付きながら入り込む。
 かくして、任務は開始された。


 【 Mission:ミュウツー捕獲 】


 ひとたび未踏の地に入れば、レンジャーの独壇場だ。
 トップレンジャーの腕が光る。お手並み拝見と洒落こむまでもなかった。
 ヒイラギがアメジスト色の鉱物、その周辺から発する電磁波をキャッチする。位置の詳細を聞いたイトハがすぐさまシューターを引き抜き、ディスクで軽く音を立てると、レアコイルを誘き出す。何も知らずにのこのこ様子をうかがいに来たレアコイルは、気付けばディスクの回転に目を回す。協力を求める意思が伝わるにつれ、膜で覆われていく。すっかりトップレンジャーの思念に負けたレアコイルは、スナッチャーのしもべとして動く。
「レアコイル、フラッシュをお願い」
 三つのユニットから電流を発すると、照明が灯されたように周囲の視界が白む。これでヒイラギ以外も戦局を判断するのに困らない。レアコイルは仕事を終えると、そのまま洞窟のいずこかへと姿をくらまして行った。リリースのことを事前に聞いていたから驚きはないにせよ、ヒイラギからすれば一度保有した戦力を即座に逃がすのは理解しがたい愚かさだ。
 その後もスタイラーが鞭の如く唸りをあげる。前方敵なし。オコリザルのパンチをいなし、ユンゲラーを束縛する。カメックスが一秒の隙も逃さず、死角から急所を撃つ。 
 ハナダの洞窟の野生ポケモンだけでは、実力不足。ウォーミングアップにもならないのが現実だ。毒々しい大地を、自分たちの領土を広げるように勇み足で駆け行く。
 ゴルバットが急降下して首を掻こうとも、次には黒い翼が一刀両断する。狙われた当のホオズキは、組織から支給された小道具を構える。ニードルガンだ。毒――どくポケモンから採取したもの――をたっぷりと塗り込んだ銀の針をソーナンスの尻尾に突き刺す。影踏みの支配権を握るのは実質尻尾の方だから、狙いは正しい。
 影を傷つけられたソーナンスは痛みのあまり、意識を失い、地べたに伏す。ニードルガンを手中で適当に一回転させて専用のホルスターに収めると、まもなく訪れるヒイラギの警告に意識を張り巡らせた。
「ゴローンの雪崩が来るぞ!」
「ゴルーグ、押し止めろ」
 急勾配の坂に召喚されたゴルーグは、掌でゴローンをせき止めにかかる。
 野生ポケモンは環境の些細な変化にもアンテナを立てている。生息期間が長ければ長いほど、入り込んだ異物を目ざとく見つけ出す能力が染み付く。特に移動を繰り返すいわポケモンたちの大移動にも影響しかねない。イトハはスタイラーを振るい、ゴローンたちの潜在意識に呼びかけた。彼らはパニック状態になっているだけなのだ。
 ヒイラギは波導ひとつで、ドンカラスが辻斬りを連発し上空を威嚇するのと、ゴローンたちの落石が止む気配と、次なる進路を選び抜く作業を同時並行で行う。依然としてペースは自分たちのものだ。このままゴールまで一直線に進むまで。
 ゴローンたちは落ち着いたのか、丸めていた体を起こし始め、少しずつ散らばる。彼らを見届ける暇はない。波導の視界が、水路と陸地の二択を迫る。このまま洞窟を登降するのは効率が悪い。加えて、ぽつぽつと灯る生命反応の数々は、静謐な流れを守る細波を選択させるよう仕向けた。
「ショートカットする。付いて来い!」
 颯爽と駆け出し、ほぼ崖に近い傾斜を滑り降りるべく、カメックスを繰り出す。イトハとホオズキも躊躇いなく続いた。ホオズキが走りながらゴルーグを戻し、跳躍と共に腕を伸ばすと、予め測っていたかのようにドンカラスが片足を預ける。イトハは飛び出すや否や僅かな足場を捉えて、ロッククライムの要領で一足飛びに飛び降りて行った。
 全員がほぼ同時に辿り着くと、ゴルダックの群れが砂利道を踏みしめて大挙する。ホオズキは指をさし、ドンカラスに辻斬りを命じた。ゴルダックの数匹は水路に潜り、これをかわす。苦肉の策もお構いなしに、カメックスのダイブが隠れ場の半分を奪い取った。イトハがスタイラーで一斉に後始末に取り掛かる。戦闘意欲を削がれたゴルダックたちは嵐の訪れを前に硬直し、カメックスの噴射をただ呆然と見守っていた。
 悠長になみのりするはずもなく、カメックスのハイドロポンプによる噴射と推進力を利用して、一気に突き進む。すると視界は再び暗がりへ。波導で天井の凹凸を感じ取り、洞窟の中盤に差し掛かったことを悟る。
「光を確保しろ」
 ホオズキの肩にドンカラスが留まり、夜目を利かせ、敵の襲来を甲高く告げる。ヒイラギは輪郭により、いくら払っても湧き出て来るダンジョン最大の難敵を予知した。
「ゴルバット六、七……九匹!」
「光としては充分ね」
 ゴルバットをキャプチャすれば、そのまま怪しい光を道標代わりに出来る。だがカメックスの上で戦うのは、バランスを崩す危険性が孕む。視界の便宜を考慮すればなおさら慎重策を講じるべきだ。ヒイラギはカメックスという小舟の舵取りに意識を配る。
「カメックス、砲口の角度を調整しろ。次は右だ」
 凄まじいカーブで脇腹を叩きつけられるが、全員踏みとどまっている。
 ドンカラスが飛び立ち、ゴルバットを引き寄せる囮を買って出た。ホオズキはホルスターからニードルガンを取り出し、闇の視界に慣れて来た目で襲来に備える。もしものことがあればゴルバットの翼を串刺しにして、鍾乳石の磔にするつもりだ。
「イトハ、今だ行け!」
 ホオズキが叫ぶ。荒ぶる急流下で、飛行軌道の読めない野生ポケモンの群れをキャプチャする。正確無比のコントロールと物怖じしない精神力が問われる難題だ。
 イトハはカメックスの甲羅に手をついてしゃがみ、ヒイラギに頼む。
「わたしにも角度を伝えてください」
 ドンカラスは旋回を繰り返す。なるべくイトハとカメックスの間を近付けさせないようにしつつ、それでもディスクの射程から遠ざかってはいけない。イトハもその苦労に応えるつもりだ。だが、彼女でもすぐにはスタイラーを射出するには躊躇う状況だ。
 ヒイラギはカメックスに命じるのと変わらない調子で、イトハの腕をすぐ傍に感じ取る。
「腕をずらせ、あと30、いや25度の補正をかけろ。そう、そこだ……。群れの、先頭を狙え」
 さしもの彼も正確さに欠ける。進路を任せている以上、詳細を求めるのは酷だろう。後はトップレンジャーという立場に裏打ちされた経験と自信を信じるしかない。
 発射の反動であわよくば脱落しそうになるも、ヒイラギが後方すら見ずに彼女の腕を掴む。物言わぬ剛腕は、それでも絶対に離さないという安心感をイトハに抱かせるのだった。
「あ、ありがと」
「操作に集中しろ!」
 一喝され、すぐさま意識を向ける。
 射出角度の誤差とゴルバット軍団の解読不可な挙動が災いして、ドンカラスのピントレンズ目掛けて飛んで行ったが、ホオズキの鍛え上げたポケモンは機転を利かせる。
 ドンカラスはあえてディスクに突っ込んでいった。瞬間的な加速が功を奏して、帽子の鍔をそのまま伝いながら、ディスクが空を舞う。八の字を幾重にも描き、ゴルバットはキャプチャされた。灯る光の束によって、ようやく先が見える。ひとまず難所を切り抜けたスナッチャーたちの心境をも表すようだった。

 朽ち果てた橋に人工の手入れ跡を見て、アメジストの迷宮を抜ける。その度、戻れない深みへとはまっていくのを感じずにはいられない。野生ポケモンは気味が悪いほど姿を消してしまった。どうやら先住民にとって、ここは生息圏に適さないようである。文明の奏でるノイズに慣れ過ぎた人間やポケモンは、唾を飲み下す様すらゆっくりと認識出来る静けさに直面すると、普段の力の八割も引き出せなくなる。だが、彼らはプロだ。甘えは通用しない。
 空気がプレッシャーを帯びて、痛いほど肌に針が刺す。傷痕だらけの顔を更に歪ませつつも、鳴り響く通信に精神の周波数を合わせる。オペレーターの無機質な声がいっそう際立つ。
『この先、生体エネルギーの反応を確認』
 何を意味するかは、言われなくても分かる。
「戦闘結果から主要ステータスを炙り出せ」
『了解』
 ヒイラギとオペレーターの会話を、チームメイトのふたりもインカムで共有する。
 彼らに特別な、これといった感慨はない。弱音も吐かず、過剰な自信も示さない。敵の能力値がスナッチャーの奇策を上回るか否か、それだけの話である。
「予定に狂いはない。行くぞ」
 突き当たり、直下する穴を視界に捉える。ゴルーグの背中に体を預け、霊圧と共に降下した。
 
 落雷時に見る筋のような切れ味をもって、ゴルーグが着陸する。
 たった一匹のポケモンを投棄するために充てられた部屋は、アメジストどころか、ダイヤモンドの成分を随所に散りばめた硬質なつくりだ。フラッシュを使うまでもなく威風堂々と照り映える灰色の地肌が、眠れる最強への通り道を敷く。光差す地点には玉座を用意されているどころか、背中と尻尾を丸め、ポケモンと呼ぶべきどうかも分からないものが、ぽつねんと座り込むだけであった。
 白磁に、薄めるだけ薄めた絵具を流し込んだような肌の色。首筋と肩部を繋ぐチューブが奇形じみた生命体と認識させる。身を抱え込む指は三本、突き出た耳、目を凝らしてみると僅かに地と離れた足が、ヒトに近付けようとして出来なかった成れの果てをまざまざと知らせる。腹部と尾は繋がっており、これもまた淡い〈緑〉をもって、芸術的に仕上げられていた。そう、今のままでは生を得てすらいなく、場に鎮座することで観客を満足させる作品でしかない。
『ミュウツーは非戦闘状態下にあります。今の内に捕獲を試みてください』
 ジュノーの直接指示が下る。寝首を掻け、と言っているようなもので、イトハは少し嫌悪感を剥き出しにするが、ここまで来て手段を選ぶ方が愚か者だ。
 ヒイラギは腕を広げ、カメックスを繰り出し、容赦なく先制を取る。
 先程からミュウツーと思しきプレッシャーが圧し掛かる。イトハとホオズキは感じられるだろうか、この底知れなさを。幸い自身は動けるから、タイムリミットまでに片付ける。
 脳がミュウツーのサーモグラフィを送りつける。波導に従って、微弱な箇所をなぞっていくが、抜け目なく同色で塗りたくられている。
 ドラピオンの時と同じで、急所が存在しない。
 まず疑うべきは〈カブトアーマー〉の可能性だが、それほど外皮が硬く発達しているとは考えにくい。むしろ、しなやかで流動的な輪郭にはデザインの美しさを感じる。特性もなしに急所を超越した存在ということか。ヒイラギは心の中で舌打ちする。
「陣を組め!」
 イトハとホオズキが頷き、配置につく。眠ったままのミュウツーを包囲し、サーナイトとゴルーグを控えに置く。相手の出方が未だ分からない以上、まずはエースに攻略を任せ、自分たちは反撃に備えるのが筋道というものだ。
「ハイドロポンプ、首を狙え」
 ミュウツーの表面で最も防御の脆そうな部分といえば、せいぜい連結部ぐらいのものだ。殺意など微塵もないが、これで死ぬぐらいの雑魚ならばジュノーが欲しがるはずもない。
 小手調べの意味合いで水の弾丸を二発撃ち込む。真っ先に反応したのはホオズキだった。
「伏せろ!」
 波導使いの反射神経でなければ、間に合わなかったかもしれない。カメックスは横にスピンを利かせ、ヒイラギはそのまま跳ね返って来た水の矢を間一髪でかわす。当たり所が悪ければ、一瞬にしてエースの機能が停止していたところである。
 ホオズキがすぐさまインカム越しに問いかけた。
「あれは何だ」
『〈まもる〉に類似した効果の障壁と考えられます』
「それって、攻撃が通らないってこと?」
『障壁を取り除く何らかの方法がなければ、恐らく……』
 願わくば無意識の内にけりをつけたかったが、そうもいかなそうだ。
「なら、勝負をかけるのは次ね。ふたりとも聞いて」
 ヒイラギとホオズキが耳を傾ける。策士たる余裕には期待をかけても良さそうだ。
「ミュウツーのバリアを、サーナイトの技で破る。その後、一瞬で良い。動きを止めてさえくれれば、わたしがヒイラギのチャンスを作ります」
 今更キャプチャの腕を疑う者など誰もいない。彼女の提案は淀みなく受け入れられる。
「良いだろう。タイプ一致攻撃を三匹で仕掛ける」
「ダイブは約三十秒が限界だ。その内に決めろ」
 パチンと指を鳴らすと、ゴルーグは空気と同化するように異空間へと消える。
「サーナイト、ふういん!」
 サーナイトは背中を折り曲げ、シンオウの神に祈りを捧げるように片手は胸へと添え、もう一方を天に伸ばす。発現した障壁がミュウツーのものを呼び出し、共鳴する。ガラスを割ったように脆く剥がれ落ちて行く殻。この間、ホオズキの腕時計で針が約二十秒を刻んだ。
「上出来だ。ゴルーグ、ゴーストダイブ」
「カメックス、ハイドロポンプ!」
「サーナイト、サイコキネシス!」
 水・超・霊の陣。
 各トレーナーが高らかに宣言し、三つの砲台から極大の水流が溢れ出る。トライアングルを描く属性攻撃が、身ぐるみを奪われ、無防備のミュウツーに襲い掛かった。
 これで終わりではない。スタイラーを奔らせ、光の軌跡を描く。後は対象の安否に関わらず、ボールに収めて任務はクリア。ここまではすべてが淀みなく進行していた。
 突如ディスクが回転力を失ったと思えば、ひびが入り、次にはイトハの絶叫が木霊する。
 呆気なく転がった独楽は、火炙りにでもされたかのような煙をあげていた。彼女は目を強く瞑り頭を振り乱したかと思えば、方向感覚を失い、壁にもたれかかる。
「まさか、逆思念か!?」
 ヒイラギはイトハの尋常ではない苦痛の正体に心当たりがあった。この現象は、思念によるフィードバックだ。レンジャーが強力な思念でポケモンを服従させようとするならば、向こうは抗おうとする。中でもエスパータイプであれば、思念を手玉に取ることとて不可能ではない。
「奴はエスパータイプのポケモンか……!」
『莫大なエネルギー反応! 総員回避を!』
「駄目だっ、間に合わん!」
 オペレーターが平静を失うほどの事態が何を意味するか。
 ミュウツーの周囲を、刃のような思念が渦巻き、全員が壁際に縫い留められた。旋風に嘲笑われる中で、失敗を悟る。とうとう、悪魔を起こしてしまったのだ。
 体を起こし、切れ長の瞳をヒイラギに向ける。
 十年間眠り続けたポケモンが最初に見たものだった。


はやめ ( 2015/10/27(火) 22:42 )