Phase 5 暗部会議
ジュノーは青光りする中央司令室で、それぞれのプロフィールを閲覧していた。
光の反射が淡麗な輪郭を浮かび上がらせ、司令官らしい威容を増す。
タッチパネル式のデータは、指で横にスライドすることで流れて行く。その中でもヒイラギにかける時間は長かった。
大都ヤマブキで勃発した一連の事件を、形としては阻止に導いた国家ぐるみのプロジェクト。国際警察最強の部隊SECTをもってしても石化光線銃を抑えつけられはしなかったが、互角に戦う力を得た政府重役の顔は期待に弾む。
遠くから指揮をする人間には、これからチーム・スナッチャーが味わうであろう脅威と恐怖の程度をうかがい知ることは出来ないだろう。その証左として、リニア衝突後すぐに急患として運ばれた三人は二日間も生死の淵をさまよっていた。
今日は、ようやく全員が一堂に介する日だ。
カードキーを通し認証を受けた三人が、それぞれの面持ちで入室してきた。
ジュノーの左右ではオペレーターが絶え間なくプログラムを入力している。
後ろに控える巨大なモニターは出番を待つようにじっと黒ずんだまま。
少し段を上がった所に、ワープポイントが設置されてあるのが見えて、ヒイラギは露骨に傷だらけの顔をしかめた。シルフにあったものよりも収容人数を多く見積もられていることがわかる。ミッションに臨む際の転送拠点だと思うと憂鬱になりそうだ。本格的な対策を講じる必要が出て来るかもしれない。
彼らはそこまで招かれるようにして登り、規律正しく立ち止まる。ジュノーから見て左にイトハ、ヒイラギ、ホオズキの順だ。
一斉に銀髪を背中に流す容姿端麗な男性を見て、よもや自分たちの司令官だとは思えないと言わんばかりの観察ぶりである。街角で見かければ、薄幸の美女を思わせるような毛並みが目を惹く。肌の色は儚い。いくつもの襞を重ねた白い制服は聖職者が着るという厳かな印象を与える。
オペレーターが作業の手を止め、司令官の話し出す合図となる。
「シルフ攻略作戦での活躍、及びリニア攻防での機転……見事なはたらきでした。確かに敵の親玉であるJこそ逃がしましたが、あなたがたの実力は国家の脅威に充分通用し得るものだと確信しました。ひとまず、ミッションクリアです」
それぞれ思うところがありながらも称賛を素直に受け取ったようだ。
「それではひとりずつ、自己紹介をしてもらいましょうか。認識を共有しておきたいのです。経歴、役職などで構いません。では、あなたからどうぞ」
背筋をぴんと伸ばし、凛々しい声で喋り出す。
「アルミア地方・レンジャーユニオンより派遣されました、トップレンジャーのイトハです。ポケモンレンジャーは国際的な組織ですが、主な拠点はアルミアとフィオレ、オブリビオで……カントーの人々とは少し活動圏が異なっています。このたびわたしは、ユニオンからの命令でチームに参画させていただきます」
「なるほど。ポケモンレンジャーについてもう少し詳しく、説明をお願いします」
ジュノーが詳細を求めると、イトハは待ってましたとばかりに意気揚々と喋り出す。
「わたしたちは〈キャプチャ〉によって、ポケモンと心を通わせることが出来ます。この……腕に装着された機械は〈キャプチャ・スタイラー〉と言って、ディスクを収納した情報端末です。わたしのものは今回の任務用に作られた新型スタイラーで、ディスクをシュートし、スタイラーで軌道を操作します」
「わたしたちの役目は自然や人々、そしてポケモンを守ることです。ですから、モンスターボールは使わず、手伝ってもらった後は野生に返します。パートナーポケモンだけは活動の便宜上、モンスターボールの保管機能を模倣したディスク内臓装置で、休んでもらってますけどね」
ヒイラギとホオズキは今の説明で理解したと見える。疑問の色はない。
「ありがとうございました。では右の方、お願いします」
「波導使いのヒイラギだ。出身はシンオウのロータ。幼少期から里での修業後、戦闘特化任務にあたり国際警察や政府を裏から支援。十年間に渡り各地方で猛威をふるった悪の組織ロケット団、マグマ・アクア団、ギンガ団、プラズマ団、フレア団の計画に対し交戦を続けてきた。その戦果が認められ、今回はこのチームに加わることとなった」
原稿を読み上げるように正確な言葉遣いと、箇条書きにも似た活動報告で、イトハもホオズキも彼の実績をおのずと想像出来たようだ。
「なるほど。波導とはなんですか」
「気やオーラといった概念に近い。自然豊かな土地で、気候の流れを読む力をおれたちは身に着ける。すべては万物に宿る固有の気を感じるためだ」
「では、最後にあなた」
ヒイラギもイトハも、ホオズキに関しては気にかかる。
任務でも途中から参入しており、ふたりとは異なる立ち位置のようだ。元ロケット団という肩書が、安易に人柄を悟らせないベールとなって、ミステリアスな刺激物のように距離を取らせる。
「元ロケット団アポロ小隊長・ホオズキ。わたしは訳あって、第一にチーム参入を命じられた。ロケット団自体は解散しており、コネクションの類は一切ない。出身はカントーだが、今はイッシュのセッカに住居を構えている」
「……それだけ?」
イトハは目を丸くした。
「他に何か」
「何か、って……あなたがチームにいること」
「そりゃ、今にわかるだろうよ」
企みを浮かべるときの名残が、ホオズキの口元には浮かんでいた。
子供扱いされているようで我慢ならない。しかも、ジュノーが追及しないのも出来過ぎた話だ。ふたりに知られるとまずいことでもあるのだろうか。否、あるに違いない。
「司令官、ちゃんと説明してください」
「分かりました。その前に、私が自己紹介をしましょう」
全員の名乗りを受けて、ジュノーは胸に手を添え、自らを語る。
「わたしが〈チーム・スナッチャー〉最高責任者兼司令官・ジュノーです。政府の重役から指揮を任されました。彼らはあなたがたのミッションを補佐するオペレーターです」
ご丁寧に会釈するので、こちらも返す。二人ともバイザーをかけており素顔は見えないが、髪型や柔らかな体つきから判断して女性だろう。
「わたしたちはあなたがたが任務に専念出来るよう、メディカルチェックなども含めて、抜かりなくバックアップを行います。処理のことはわたしたちに任せていただきたい」
改めて人となりを確認した後は、本格的な討議に移る。
ジュノーに促され、ヒイラギたちはそれぞれ三角になる形で円卓に腰掛けた。テーブルの上では幾何学が目まぐるしく動き、映し出される。最新式の技術にみな、目を見張った。
「イトハの質問にお答えしましょう。何故、ホオズキがチーム参入しているか」
「まずは、自分たちがどのような立場にあるかを自覚していただきます。これを見てください」
ジュノーの背後にあるモニターが稼働し、報道番組を流す。半壊したシルフカンパニーの前で、記者がマイク片手に一言一句はっきりとなぞる。交通規制が敷かれており、立入禁止区域の指定を受けた場所だ。
『ヤマブキシティを中心として勃発した人質事件は、国際警察の特殊部隊であるSECTの尽力によって、被害を最小限に食い止めました。敵の首謀者であるS級クラス犯罪者〈コードネーム:J〉と名乗る女性の犯行グループは、シルフカンパニーの発明であるマスターボールを人質と引き換えに要求しましたが、このプログラムも無事に政府へと引き渡されたとのことです。また、ヤマブキ―コガネ間のリニア事故に関して、ヤマブキ中央管制センターは「Jら犯行グループが人工ポケモンを使ってプログラムを乗っ取った」という声明を出しており、逆走の経緯を詳しく調べるとのことです』
そこまで見せると、ジュノーは放送を打ち切った。再び静けさの戻る室内で、真っ先に立ち上がり、甲高い異論を唱えるのはイトハだ。
「偏向報道もいいところです!」
「そう思いますか」
ジュノーの鋭い双眸に射竦められ、おずおずと座り直す。
「御存知の通り、あなたがたはかつての所属組織と政府間の交渉により集められた精鋭ですが、その存在はおろか、組織があること自体を秘匿されています」
三人の関心が司令官へと注がれる。
「何故か。それは、我々が非合法の組織だからです」
「SNATCHは……強奪、という意味ですよね」
イトハはヒイラギを横目に見やるが、当の本人は気にもかけない。
「その通り。スナッチはイッシュ主導で実験を繰り返していましたが、いかんせん導入が急だったため、まだ満足に作用しない恐れがありました。騙すような真似をしたことはお詫びします。しかし、SECTですら手を焼いた犯罪集団を出し抜くには、必要な手段なのです」
スナッチャー・ヒイラギは腕組みしたまま、何も言わない。自分に課せられた役目が組織の根幹を為し、敵に対する絶対的な対抗策であることの責任に、何の異存も持たない。
「事の経緯を説明しましょう」
構成員の疑問を拭い去るかのように、モニターに映像が映し出される。
遠い外国――白亜の塔のコロシアムに立つ青年が、人々から称賛を受けている。
「数年前、オーレ地方で勃興した〈スナッチ団〉という組織が、人のポケモンを奪い取るマシンの開発に成功しました。これを用いた英雄がオーレを救ったことは、まだ記憶に新しいかと思います」
ヒイラギだけは英雄、という響きに眉を動かす。
「イッシュ政府はオーレの事件後に設計図を極秘入手し、開発を進めました。それを小型化し洗練を重ねたものが……ヒイラギのグローブにはめられた、〈スナッチコア〉です」
ヒイラギのグローブへと、一斉に視線が集中する。
「無論各国から非難を受け、スナッチコアが日の目を見ることはありませんでした。しかしこの度、事態は急を要するということで、スナッチコアの使用が初認可されたのです」
「わたしたちがスナッチを使うことに、どのような意味がある?」
問うたのはホオズキだ。
「一番には、ハンターが奪ったポケモンを奪還出来るというメリットがあります」
「スナッチは、モンスターボールの内臓データを書き換え、無効化する機能を持つ、一種の干渉プログラムなのです。それにより、どんなポケモンでも『逆』捕獲が可能となる。ですから、ハンターが奪ったポケモンを、スナッチで奪い返す。現時点考えられる、最も有効な対抗手段と言えるのです」
奪うハンター、奪い返すスナッチャー、という対立構図だ。どういうわけか、石化光線銃を用いてポケモンを奪う行為が激化したのは、つい最近である。
「しかし、リニア戦のハンター……もといJの部下は、ポケモンを捨て駒にしていた」
でんきタイプのポケモンたちなどは、明らかに足止めを意識され、消費しても構わないという前提の下で動員されていた。ジュノーは冷たい結論を言い放つ。
「恐らく、動員と供給を繰り返しているのでしょう。足りなくなれば、また別のポケモンを捕獲する。石化光線銃を多数所有する彼らには造作もないはず」
「そんなことって……」
「Jの率いる犯行組織は、ポケモンに対し、二通りのアプローチを行っています。ひとつは消費。先程のリニア戦がそうです。ヒイラギがスナッチしたポケモンたちは、スナッチ出来る以上、野性ではなく人間の手に一度収まったポケモンでした」
つまり、野性ポケモンに対するスナッチ(強奪)は不可能、というわけだ。モンスターボールに対して効果を発揮するスナッチは、通常のゲット概念と比べて遥かに歪である。
「これがかつて人から奪ったポケモンなのか、それとも元々彼らのポケモンだったのか、適当に数合わせのために揃えられたポケモンか……。そこまでは、わたしたちの分析では分かりかねますがね」
さらりと言ってのけるジュノーと対照的に、イトハは暗い面持ちだ。ポケモンを、一個の命を、入れ替えの利く駒として扱うなんて。
「それに、必ずしも彼らは無計画にポケモンを使い潰すわけではないようです」
ジュノーが振り向くと、オペレーターが画像を取り出し、転写する。ヒイラギたちは少しの証拠でも見逃すまいと、穴が開くほどリニア衝突後の内部写真を見つめる。いくつか枚数を経て分かるのは、意識を失っていた人員たちが消失しているという確かな証拠だ。
「脱出経路を確保していた?」
「あの状況でそんなこと出来ませんよ」
イトハが否定する。
「だとしたら、どうやって逃げた」
「こちらも分析を進めますが、くれぐれもJたちの動向には目を見張ってください」
謎は深まるばかり。回収するポケモンとそうでないポケモンを区別しているようにも思われる。
「現に、国際警察のポケモンたちは何匹もハンターに奪われています。リニア動員された中にはその個体も混ざっていた可能性が高い」
「なるほど。SECTの敗因はそれか」
チームの要であるヒイラギの言葉は、この場で重い発言権を持つ。
「元々おかしいと思っていたがな。おれは国際警察と何度も共闘しているし、奴らの強さは心得ている。SECTがハンターに手も足も出なかったのは、鍛え上げられたポケモンを奪われたから、ということか」
ヒイラギの意見に、ホオズキも頷く。
「一理あるな。それに、本来ならばSECTがスナッチを使えば良かったはずだ」
「スナッチコアは、波導をエネルギー源として作動します。ですから、必然的に波導使いだけがスナッチャーとなる。それに」
「国家の象徴たる特殊部隊が法を犯したら、示しがつかないでしょう?」
ジュノーはさも当たり前のように言い放ち、彼らを驚愕させる。
「わたしが立場と言ったのはそのためです。これから、あなたがたの情報はすべて政府が隠蔽し、存在を知られることはない」
「勘違いしないでください……我々は、悪の組織ではない。しかし、善の組織などでは、有り得ないのです。言うなれば『闇の組織』。一切の手段は選ばない。それがロケット団でも、喉から手が出る程欲しい人材でした」
辺りに沈黙が満ちたことを受けて、ジュノーは続ける。
「SECTは戦闘に秀でてこそいますが、レンジャーや波導使いなどの特殊機関に属するスキルを持った人間を欠くこともまた事実です。ならば最初から対石化光線銃に特化した組織を作れば良い、というのが上層部の考えでしょう」
「特化組織か。ヒイラギはともかく、何故おれたちを?」
「スナッチャーひとりでも、目的は達成出来ますよね」
ホオズキとイトハが自分たちの存在意義に毒づくと、これまた手痛い反撃が返ってきた。
「あなたがたは今回のミッションを経て、彼ひとりだけでスナッチャーを全う出来ると、そうお考えですか?」
思わず反論に窮する。
「スナッチャーは、そんな単純な構想の下に出来た組織ではありませんよ。安心してください、ホオズキ、イトハ。あなたがたにしか出来ない役目をもって、呼ばれたのですから。次のミッションではより顕著になるでしょう。それに、あなたがたが作戦に参加する本義はもっと崇高なところにあると思いましたが」
ホオズキが自分のことのように呟く。
「忌々しい悪意を……繰り返さないため」
イトハは己の決意を今一度胸に問いかける。
「ポケモンたちを、守るため」
「だからあなたがたは参加している。そうでしょう?」
上手いこと乗せて来る司令官だ。
事前に説明こそ受けていたが、実際にはスナッチ贔屓で彼らはヒイラギのお手伝いでしかないかもしれない、という疑念に対する説明は充分ではない。だが、彼らを突き動かすものは、目先の役職ではなく、その先にある使命感に他ならない。
イトハとホオズキは互いに自分の目的を見直し、少し晴れやかな表情になる。
対して、ヒイラギは淀んだ瞳で地を見つめていた。
一拍置いて、話は戦闘面での役割分担に移る。
スナッチャーで最も高い突破力を誇るのは、紛れもなくヒイラギとカメックスだ。既に誰もが認めるところだろう。しかし、ヒイラギには致命的な弱点がいくつかある。
波導は、身を守るのに不向きである。相手の気配を感じ、対処が出来ても、鋭敏に尖らせた感覚はより敵の影響を受けやすい体質と化す。戦いが長引けば長引くほど、波導の純度は一時的に弱くなる。嵐のように通り過ぎる戦法なら右に出る者はいないが、防御と搦め手を求めるには尖りすぎた能力というわけだ。
「そこで、サポートが必要になります」
ジュノーが求めるのは、明確な役割理論に基づく戦闘スタイルである。
カメックスが攻撃タイプなら、イトハのサーナイトは防御タイプ。キャプチャで相手を鎮静化させ、徹底して砲台の攻撃力を死守する。
ホオズキは、ふたりと異なる戦い方を命じられた。
小道具や武器、機械を用いた敵の攪乱、弱体化。ゴルーグは近接戦に優れるが、ホオズキは元々ドンカラスの使い手である。【フェザーダンス/ひみつのちから/つじぎり/ゴッドバード】といった技構成もスタイルを象徴している。
「今一度、ロケット団だった頃の自分を思い出してみると良いでしょう」
「思い出させたのはどっちだろうな」
ジュノーの呪詛に対し、ホオズキは静かに威圧する。
ふたりの間には何か、ヒイラギとイトハの知らない黒い対立が渦巻いているのだ。一向に語る様子もなく、匂わせるだけ。イトハが不安そうに目を向けると、ヒイラギは我関せずを貫いていた。
暗部に求められているものが結束力ではなく実力だと認めるには、時間がかかりそうだ。
一通りポケモンたちの情報交換を行ったのち、イトハが素朴な疑問を口にする。
「波導使いといえば、ルカリオのイメージなんですけど……どうしてカメックスを? その、別に悪いとかじゃなくて、気になって……。わたしの住むアルミア地方でも、ルカリオといえば石の守り神として祀られているぐらいで」
面倒臭げにイトハを一瞥してから、質問に答え始める。好奇心旺盛な娘だ。
「ロータの里は、リオルやルカリオだけを育てる場所ではない。里は波導の素質が少しでもあるポケモンを見つけ、数を増やす。〈はどうだん〉を使えるポケモン……例えばゼニガメやコジョフーがそうだ」
「純粋な波導ポケモンでなくとも、波導は使える。ただし、ルカリオや波導使いのように生まれ持ってその才覚を閃かせた者とは違うから、並大抵ではない鍛錬が必要になる。そういう意味では、むしろリオルやルカリオの方が、すぐに息を合わせやすい」
難易度の高いカメックスとのコンビネーションがぴったりなところを見るに、ヒイラギの波導使いとしてのレベルは相当高いものだと想像出来る。
今度はホオズキが質問する番だ。
「お前のカメックスは隻眼だが、あれでよく戦えるな」
「不利だと言いたいのか? むしろ逆だ。片目を潰されたことで、以前より波導に順応しやすくなった。そもそもロータの里長は波導の純度を高めるために自ら両目を切り裂いた男だ。驚くような話じゃない」
さらりととんでもないことを言う。
「あそこまで行くと、もはやおれにも理解出来んがな」
一体、里長は何者なのか。イトハとホオズキは顔を見合わせる。その場のみなが疑問に思うも、悲しきかな、昔話に興じる暇はなさそうだ。
話は本題に入る。ジュノーがモニターに映したのは、マスターボールの画像だ。
「ここからは、あなたがたの知識を貸していただきたく思います」
そう言って、ホオズキをちらりと見やる。当人は真剣な調子を崩さないが。
「今回の事件の論点は、敵の狙いです。マスターボールの要求は、ただシルフを占領するための口実に利用するためだけだったと思いますか?」
イトハだけが首を振って反応を示す。
「おれが不可解だったのはJの方だ。オペレーター、奴の経歴は洗ったのか」
「はい、一通りは」
オペレーターが手際よく、Jのプロフィールをモニターに流す。劇的な変化はない。
「奴は、ギンガ団との契約時、シンオウのリッシ湖で飛行艇ごと墜落したと聞いていたが」
Jが死んだか否かは、闇社会では注目の的だった。それだけの影響力を誇る存在で、悪党の中には彼女を英雄視する者さえ後を絶たない。
ヒイラギの疑問に、イトハが意見を述べる。
「Jの生死は長年議論の的でした。証拠映像があれだけしかないんだから」
〈あれ〉の意味を示すべく、オペレーターが、Jの死亡間際の映像を流す。ギンガ爆弾の投下に際し、丁度ヘリが大挙しているところだ。
映像を見る限り、アグノムたちの〈みらいよち〉を受け、飛行艇からの脱出が間に合わず、渦に飲み込まれ、バイザーだけが水流にのって浮かび上がる……と思わせる内容だ。
オペレーターは淡々と述べる。
「この映像は、加工・改竄の一切を行われておらず、現地で撮影され、速報として流されたものです。特殊処理を施す余裕はなかったかと」
「本人ではなく、影武者、あるいはメタモンの変身、ゾロアークの幻影などである可能性は?」
「それは……戦ったあなた自身が、一番分かるのでは」
「確かに、そうだ」
ヒイラギの波導に悪意を染み込ませたJは、決して偽物などではない。
死してなお混沌をもたらす狩人は、身を隠しながら生き延びたということか。
「その映像をいくら議論したって、時間の無駄だろうが。それより、ヒイラギの意見を聴く方が先決じゃないのか」
ホオズキがぶっきらぼうに言うと、ヒイラギは単刀直入に要点をかいつまんで話す。
「奴は稼業上表に出ることは有り得ない。必ず痕跡を絶ち、逃げ延びる……。今回もやり口自体は変わっていないが、肝心の作戦が違う。おれの予想では、背後に契約者がいるはずだ。単独で、それもあそこまで首尾よく動けるとは考えにくい。恐らく、莫大な資金源を持った計画的犯罪」
「同感だな。それに個人的犯行だとしたら、シルフを狙う動機がJにはない」
何より、シルフカンパニーは、今より十年前――稀代のポケモンマフィア・ロケット団に占拠された会社だ。
ロケット団との繋がりが判明してからは地位を落とすどころの話ではなかったが、喉元過ぎれば熱さを忘れるというか、時が経てばそれなりに風化してしまうもので、シルフ自身もクリーンなエネルギーの生産に努めたことも幸いしてか、少しは信用を取り戻しつつある。十年が経過した今でもそんな状態だから、一度の失墜が会社にとってどれだけの損失をもたらすかなど、計り知れない話だ。
「かつてシルフカンパニーを狙ったのは、ロケット団だ」
一同の緊張が高まる。ホオズキは次に、これを言いたかったのだろうと核心に迫る勢いで、かつ慎重に議論しようとする姿勢を崩さない。
「奴らのバックにいるのは、ロケット団だとは考えられないか」
カントーで数えるなら十年前。ジョウトで数えるなら八年前か。
どちらにせよ、消えたはずの影が、再び戦慄となって蘇る可能性は高い。