Phase 12 ハイパーモード
苔生した長い石段は、ふと見上げただけでは終わりを想像させない。
船の窓から覗く命ある威容は、幼少の頃から躾けられた老壮たちにも逸る心を教える。
しかし、とうとう片鱗を覗かせたマボロシ島への感慨に耽る暇もないのは、まだ若人の方である。老後の良き思い出に、と図るのがツアー参加の主な動機といったところだろうが、浮世離れした者たちは赴く戦地にそれぞれの想いを馳せていた。
【 Mission:取引阻止、ラティオス奪還 】
観光客につられて悠長に正面階段を上る失態は犯さない。この島には秘密の抜け穴や天然迷宮への入口が多数存在する。どこで取引が行われるか分からないから、総員で島内を洗うというわけだ。取引犯は主にふたり、一箇所を捕捉して、挟み撃ちにする。
民間人の前に姿を現すとは考えにくい。あくまで「内密」な取引が目的であり、極力人との接触を避けたがるはずだ。観光客が足を踏み入れられるような場所で待ち合わせをしていたら、簡単に現場を抑えられてしまう。そんなボロは出さない。彼らのポケモンが奪われ、石化されるという事態に関しては、考慮の外に追いやって良いだろう。
ともあれ、早急に始末をつけなければならないことに、変わりはない。マボロシ島は日を股げば消えてしまう、一日限りの景勝地である。勝負は一夜に懸けられた。
オペレーターがマボロシ島の鳥瞰図を人工衛星〈GO〉で把握し、ルート誘導する。しかし、自然の気まぐれを相手にしてきたレンジャーと、すべてを戦いに転化して組み立てる波導使いがいれば、攻略は容易いだろう。
フラッシュを焚くほど光源に困りもせず、道のうねりも単調で進みやすい。ハナダを思い出すような岩窟だが、あのときと違うのは、野生ポケモンが生息している気配すら感じられないところだ。嵐の前の静けさか。
『次の三叉路を抜けると、森林に出ます』
オペレーターからの指示を受け、ヒイラギを先頭に、イトハ、ホオズキと続く。
森林での戦いに優れたポケモンはいくらでもいるし、こちらとしてもやりにくい。奇襲を仕掛けるポイントとしては最適だ。
「いつでも戦闘に入れる準備をしておけ」
走りつつ、後ろのふたりに告げる。イトハとホオズキはそれぞれの武器をチェックした。
シュート・スタイラーの紐を掴み、いつでも発射出来るように。ホルスターに入ったニードルガンで迎え撃てるように。
社交界の服装で潜入任務は自爆しに行くようなものだから、彼らは予め本場の制服を着込んでおいた。船内任務とは訳が違う。燕尾服やドレスとはおさらば。選り抜きの精鋭・スナッチャーにドレスコードなど存在しない。
まもなく視界は白む。
森林と言うよりジャングルだ。木漏れ日が差すも、まだ閉ざされた異境の域を出ない。樹木も蔓も岩も、すべて苔で覆われている。地面には根が張り出し、我が物顔をした蔓は古木を巻き付ける。不規則な力によって形成される異様な空間は、ホウエンにもこんな場所があったのだと思わせるほど神秘的だ。
「この光景、見覚えない?」
イトハが穴から這い出るホオズキに手を貸しつつ、ヒイラギの方を見やる。
指摘される前からも薄々感じてはいた。ここはラティオスが夢映しした光景に近い。
『みなさんの通った道は、正規の観光ルートから既に逸脱しています』
オペレーター曰く、整備されていない茨の道だという。
高木が競い合うように天辺を目指している。身を隠すにはうってつけだ。苔石がそこかしこに転がっている。石段を流れる水音も、しんと染み入ってくる。
『周辺に痕跡等が見られないようであれば、奥地を目指す方が良いかと思われます』
夢映しから分かる情報では、ラティオスを連れた一群が移動中だったと考えられる。
「ヒイラギ、野生ポケモンの気配は?」
ホオズキは声を張り詰め、銃を慎重に抱える。
元々、自然の流れと一体になる波導は、対話の及ばない人工物よりも調和しやすい。ヒイラギは一帯に感覚を張り巡らせるが、灯る命は緑をおいて他にないようだ。
「進むぞ」
頂の方角を確かめ、傾斜を上っていく。
ポケモンの脚部を切り取ったような形の木の実が、蔓の根本に生っている。ホオズキはチイラのみを見かけると、ふたつの内ひとつだけを拝借し、ポケットに忍ばせて行く。実は全部取らず、ひとつ残していくのがマナーだ。恩恵に対する感謝の表れ、礼儀である。
ヒイラギは立ち止まるたびに仏頂面をする。効率を削がれるのが嫌なのだ。
「なんだその顔は。きのみの効力を知らんな」
「チイラがこんなに自生してるなんて。夢みたい……」
自然界の知識に長けたイトハも興奮気味に覗き込んでいる。
「そうだろ、レンジャーにはこいつの重要性が分かるだろう。任務の助けになるはずだ」
「効能が本当ならね」
「海の力が宿ってるんだ。味方してくれるさ」
イトハとホオズキは他にもチイラがないかどうか目を光らせつつ、先を急ぐ。
ヒイラギこそ自然と縁深い波導使いだが、抽象的な力の一部として繋がるだけであり、ポケモンレンジャーに及ぶべくもない。
きのみマニア二名に呆れていると、ヒイラギはようやく生き物の波導を感知する。それも次々とやってくる。
とはいえ、危惧するようなポケモンではなかった。夢映しで知っていたからだ。マボロシ島の穏やかな風土に息づいたソーナノたちは、耳のような腕をパタパタと揺らしている。滅多に訪れない人間への興味を持ったか、群れで首を傾げ、話し合い、近寄ってくる。
イトハはソーナノと適度にスキンシップを図っているが、先頭を進むヒイラギにとっては後ろからついて来られるのがなんとなく落ち着かなかった。何故か種族名のような鳴き声を発して騒ぐので性質が悪い。恐らく、この鳴き声が特徴的すぎるあまりに学会で妙な名前をつけられたのだろう。ヒイラギを驚かせたいのか、それともからかいたいだけなのか、突然ぺたぺたと走り出しては前列に出ようとする。
石に躓いてこけたソーナノを冷やかな眼差しで見たとき。
赤い視線が通り過ぎた。
不吉な予感を覚えつつ、敵には悟られないよう歩みを進める。ソーナノのおかげで反応出来たと考えれば、ただの迷惑者でもない。
こちらの倍速を行くスピードで往復している。ヒイラギの異常に発達した感覚だけが、敵襲を報せている。向こうは不気味な赤目でこちらを捉え続けているのだ。
ヒイラギはとうとう立ち止まった。何かが潜んでいる。そろりと這い出す。葉を散らし、木々をどよめかせて。奥の奥、そのまた奥から、身体をしならせて、やって来る。
「敵だ!」
ヒイラギはカメックスを繰り出す。いきなり現れた巨体に、ソーナノたちは跳ね上がって群れで一回転して泣き喚いたあと、散り散りになってしまった。
「ポケモン?」
「恐らくは」
イトハもホオズキも気を引き締めた。纏う空気は既に先程とは別人だ。
カメックスが威嚇代わりに砲撃を二発お見舞いするが、怯む様子はない。ぬるりと木々の間を縫っては接近と離脱を繰り返し、スナイパーを惑わせる。となれば、威力よりもまずは当てることを重視すべきだ。
「移動時を波導で叩け」
カメックスは頷く。
波導が弱まっては強まる。今度は現れる場所が分かった。
「背後だ!」
カメックスはキャノンの角度を転換し、即席の射撃をお見舞いする。近くにいる波導と波導は惹かれ合い、決して弾は外れない。これが必中のメカニズムだ。
木々の間から伸びて来た尻尾に命中し、甲高い悲鳴があがる。これで姿を捉える隙を得た。しなやかかつインテリア模様のような先端を痛々しげに振り乱すのは〈ロイヤルポケモン ジャローダ〉だ。地の利を生かして、敵が差し向けて来たに違いない。
「わたしたちを狙っているのか」
「キャプチャしろ」
「言われなくても!」
イトハは紐を引き抜き、スタイラーを操作する。独楽は木肌をよじ登り、火花を散らす。一度の攻撃で怯んだとはいえ、素早さは健在だ。木の葉が吹き飛ぶ様は、まさに一陣の風が荒らして行った跡と言えよう。
「おまえも行け、ドンカラス」
ホオズキもボールを投げ、黒翼が羽ばたく。ドンカラスとディスクでジャローダを二重に迎え打つわけだが、敵も簡単に出て来てはくれない。
「どこに消えた……」
ヒイラギはジャローダの波導を探り当てようとする。
うねるような戦闘スタイルは厄介だ。動きを止めない限り、敵の思うがままである。
鼓動を感じる。少しずつ、近付いて、近付いたと思った頃には、すぐ傍まで来ている。
「来る」
尻尾が陰から飛び出した。今度は逃さない。ディスクはジャローダを抑え付けるようにトライアングルを描いて上昇する。ドンカラスは木々を縫って旋回する舞を踊った。ジャローダに羽毛が被さるも、尾はめきめきと音を立てて硬化し、血の気をなくしていく。技の発生に際する隙だと気付くにはいささか遅い。
「ドンカラス、退避しろ!」
腹を突き上げられ、ドンカラスが巨木に撃たれる。ジャローダはキャプチャの束縛を無理にでも解こうとしている。
「キャプチャはまだか!」
「やってる!」
レンジャーとポケモンは基本的に念波で格闘する。ポケモンの精神が強靭であればあるほど、なかなかキャプチャには屈しにくいものだ。トップレンジャーが苦戦する事実は、今までのポケモンよりも一際レベルの高い刺客が差し向けられたことを意味する。
ジャローダはイトハの意思に抗いながら、萼と花弁が一体化したような頸部へと光を集める。嫌な事前動作に、すかさず戦闘要員のふたりは猛追を仕掛ける。
「ドンカラス、つじぎり!」
「カメックス、はどうだん!」
攻撃と同時に、打ち上げられた太陽光線が満遍なく降り注いだ。浄化の光である。
イトハはディスクにダメージを負う。ドンカラスは間一髪光の応酬を逃れた。カメックスには手痛い一撃であり、片足が崩れ落ちる。スナッチャーを総崩れさせるくさタイプ最高威力の技・ソーラービームをまともに相手するのは危険すぎる。ましてやマボロシ島のジャングルはジャローダの庭だ。深緑が細胞を活性化させ、通常ポテンシャルの倍の力を引き出している。
ジャローダvsカメックスでは分が悪い――次なる手を講じようとした瞬間、イトハが締め上げられる。迷っている暇はない。カメックスは圧縮した水の矢を撃ち、イトハを束縛から救い出す。ジャローダはすぐさまソーラービームのチャージを開始した。
戦い慣れしている。使い手の指示もなしにここまで動けるのは熟練したポケモンだ。
移動させれば奇襲を食らい、硬直させれば太陽光線で解除する。被害は後者が上だ。
イトハは手をつきながら、ぜえぜえと息を吐き、死にもの狂いで逃げ出してくる。モンスターボールをベルトから外し、中からサーナイトが現れた。ジャローダはもぎ取ろうと尻尾を振りかざすが、カメックスの砲撃で不発に終わる。
イトハとのアイコンタクトで、すぐさま辺り一帯のバリアを張り、ヒイラギたちは中へと転がり込んだ。三人は顔を近付け、状況の打開策を練る。
「なんでわたしが狙われてるの!?」
思い当たる節があるとすれば、イトハ本人ではなく、彼女の所有するポケモンだ。
「ラティアスだ」
イトハは青ざめる。
「奴を動かした方がまだ勝ち目はある。ソーラービームは撃たせるな」
「なら、ドンカラスで引き付けよう」
ドンカラスも依存はないようで、ジャローダを倒す役目を引き受けた。
「いざというときにはこいつを食べろよ」
ホオズキはドンカラスの嘴を開き、チイラのみを咥えさせる。
「任務遂行が最優先だ。ジャローダを見失ったら各々の判断で動け」
そこまで話して、障壁が眩しい光に染まる。とても目を開けていられない。
「散れ!」
ヒイラギの合図と共に、イトハとサーナイト、ホオズキとドンカラスが別方向へと走りだそうとしたとき。ジャローダの尖端がヒールボールを弾き飛ばし、貫く。イトハは泥まみれでラティアスの出現を見つめるしかなかった。ジャローダはラティアスに睨みを利かせることで射竦めようとするも、差し込む光を利用して、姿をくらます。
イトハとサーナイトはどこに消えたのかと後を追うが、ヒイラギには見えていた。
姿を消したのではない。透明化だ。ラティアスの波導はすぐそこにある。敵意から身を隠す術を知っている。
「来い!」
言葉だけならジャローダを挑発したようにも思えるが、ラティアスに向けて言ったのだ。
ジャローダには、ラティアスがどこにいるか分からない。方角を確かめていると、ドンカラスが辻斬りを食らわせた。ヒイラギもイトハも消えている。作戦通り、まずは視界の中にあって、潰せそうなドンカラスを追いかけて来た。
こんな形でラティアスと共闘することになるとは思わなかった。ヒイラギは波導でラティアスが自分に着いて来ていることを確認しながら進む。
ジャローダは樹木に絡み付き、石の上を這い、道なき道を伝って、ドンカラスを追いかける。地形を生かしてなんとか逃げ延びているが、追いつかれるのは時間の問題だ。単に追う者と追われる者を演じているだけでは、敵の思うツボである。
高木を垂直に飛び上がり、誘い込む。案の定、木に身体を巻き付け、くねらせながら上がってくる。ドンカラスは向きを変え、別の木に移った。ジャローダは追って来ない。
先程までの忙しない音が止んだ。困惑と共にドンカラスは振り返ろうとする。
「前を向け!」
鋭い叱責が飛んだ。聞き覚えある声は、あくまで逃走を命令する。
巨木が次々と捻じ曲げられ、倒されているではないか。倒壊は木を巻き込み、ドンカラスごと押し潰そうとする。今度は大自然そのものから逃げる羽目になった。
ドンカラスの飛行する下方から、張り上げた声が響く。
「奴は木を利用して〈とぐろをまく〉んだ」
そう、ジャローダはただ樹木を介して移動していたわけではない。アイアンテールに磨きをかけるための舞台装置として使ったのだ。敵がここを選んだ理由も頷ける。
ドミノ倒しのように追撃してくる倒木に、ドンカラスは背を打たれる。痛みに意識が飛びそうになった。抜け出そうにも、このままでは地面の激突を免れない。
チイラのみを噛み砕いた。甘辛い味が口内に広がったかと思えば、みるみるうち翼に活力が漲る。旋回と共にジャローダを見据えた。
ジャローダは木々の残骸に佇み、ひとたび尾を振ると、大量の緑葉を巻き上げる。自らその場で激しく回転することで、即時的な竜巻を生み出しているのだ。その流れをもって葉の一枚一枚を刃のように研ぎ澄ます。
「リーフストームだ。おまえの最高威力をもって対応しろ」
己の最強技に思い当たる節はあるか。ひとつだけある。
ドンカラスは木々を周回し、リーフストームに対抗するだけのスピードを取り戻す。向こうがとぐろをまくのと同じように、鋭い風と化して、木々に己を刻み付ける。
「相性では勝っている。臆するな、行け!」
互いに必殺を放つ準備が整った。ドンカラスの纏う勢いは気が膨れ上がるように肥大化し、目にも止まらぬ速さで全身を撃ち込んでいく。ジャローダは風の化身を消滅させるべく葉の剣を解き放つが、時間が止まったかのように静止したかと思えば、流れは自らへと巻き戻されていく。ジャローダはドンカラスではなく、姿を現したラティアスが念力で自分を妨害したのだと知る。当然、傍にはスナッチャーの男がいた。
モンスターボールを構え、波導の蒼が閃いた瞬間、ジャローダの意識が途切れる。
「きのみも侮れんな」
ヒイラギは呟きながら破壊の跡に降り立ち、モンスターボールを上着の内側に仕舞った。羽ばたきと共に降りてくる傷だらけのドンカラスが、まんざらでもなさそうに目を細める。ニヒルなポケモンだが、悪くないコンビを結成出来た。
「刺客は倒した。先を急ぐぞ」
前哨戦に過ぎない。そんな口調でヒイラギは、ラティアスとドンカラスに告げた。
イトハはオペレーターに戦線離脱を告げ、取引犯の捕捉に切り替えた。ジャローダの狙いはラティアスだったが、キャプチャが不利にはたらく以上、正解だったと言える。
実は、マボロシ島にはまだ隠された場所があったのだ。オペレーターが指摘した。
『この先、ストーンサークルと思しき遺跡があります。陸地はここで途切れていますね。あとは海が広がるのみです』
「そうですか。なら、いよいよかもしれませんね」
『現状ヒイラギさんやホオズキさんの動向が掴めませんので、くれぐれも警戒を』
「了解」
小声で返事をして、通信を切る。
誰が何のために建てたか、どのような経緯で出来たのか、ただでさえ謎の多い世界だ。考古学の発展に寄与する素材であることは確かだろう。
密林も現実離れしていたが、ここも負けず劣らずだ。穢してはならない聖域のような厳かさがある。石の上に石が横たわり、蒼穹を望む。遥か昔から見上げて来たのだろう。同じ空を、幾度となく。
「ソユーズさん、御苦労だったな」
「老体には堪えましたよ、ソー殿」
「では、約束通り取引に移ろう」
先客がいる。それもひとりではない。敵は取引段階まで漕ぎ付けたのだ。ヒイラギとホオズキがいない以上、自分がミッションを果たすしかない。イトハは彼らの目を盗み、ストーンサークルの陰に隠れ、背中を張り付ける。
会話だけではなく、しきりに何かを壊そうとする体当たりの音が聴こえる。
「大丈夫ですかな。随分はしたない」
「ずっとこんな調子だ。ここまで連れて来るのには骨が折れた」
瞬間、耳を塞ぎたくなる、内から引き裂くような叫びが辺り一帯に広がった。ずっと聴いていたら気分が悪くなりそう、そんな悲鳴だ。
ラティオスは体力を使い果たしたか、何も声を発さなくなる。
「これが〈破壊の遺伝子〉です。確かにお渡ししましたよ」
「〈むげんポケモン ラティオス〉と心の雫だ」
取引を終えてしまった。何をしているのよ、イトハ。言い聞かせる。
隠れている場合ではない。ポケモンが壮絶な助けを求めているのに、応えられなければレンジャー失格だ。
しかし、相手は石化光線銃の使い手たち。一歩手順を間違えれば、待っているものは。
「では、わたしはこれで」
ソユーズが去ろうとすると、もうひとりの男・ソーが呼びかける。
「Jから伝言を預かっている」
「J様から?」
一言一句聞き逃すまいと努める。
「プラズマ団を取り逃がすような失態を演じた男には、表舞台から消えてもらう……とな」
「まさか! わたしはそんなことしていない!」
イトハは思わず石と石の裂け目から覗き込んだ。プラズマ団を取り逃がす、どういうことだ。ラティアスを奪われたということか。
刻まれた皺、たくわえた髭、いかにも人の良さそうなこの男が、悪事に加担する取引犯だとは。弱々しく拒む老人に光線銃をつきつける男の方は、恰幅の優れた格闘家に見える。髪を肩まで伸ばし、剛腕にまで覆い被さっている。見るからに殺意を漂わせた修験者だ。
ブラック・クリスタルとでも呼ぶべき檻に閉じ込められたラティオスは気を失っている。
それだけではない。ソーナノたちの群れが身を固め合い、耐え忍んでいる。
「Jは失態を許さん。その身で代償を払え」
「ま、待ってくれないか。ち、違う。残り少ない、そう、余生なんだ。わたしは……」
レーザーの飛び交う地獄と同様の音が響いたことから、ソーはソユーズという味方に、躊躇なく石化光線を撃ったのだろう。失敗を咎めるためとはいえ、度を過ぎた始末だ。ポケモンハンター・Jが仲間を平気で使い捨てにする人種だと知っていれば、それほど驚きもないが、純情なイトハには認められなかった。
「さ、て」
ソーは静まり返った遺跡内で、とっておきのショーでも開催するかのように改まる。
ソーナノたちの身に何か起こったのだと教える音が、岩を伝って彼女に届いた。
「これから一匹ずつソーナノを石に換える。そこにいることは分かっている。ポケモンたちの命が惜しければ姿を見せな」
その場に立っているだけで、敵の存在に勘付いた。潜った修羅場の数が違う。
パニックを起こし、混乱に塗れるソーナノたちの内、一匹が逃げ出そうとした。末路は想像通りだ。
「やめて……」
「早く出て来い。それとも自分の身の方が惜しいかな?」
ヒイラギのように、レーザーを感知して避けるほどの身体能力はない。
ホオズキのように、冷静に敵を撃ち抜くほどの割り切れた残酷さはない。
イトハは戦闘要員ではない。応援を待つのが正しい。ソーはまるでその場にいるのがスナッチャーらしからぬ心の持ち主だと分かっているように、最善の罠を張った。
大きかったソーナノたちの鳴き声がどんどん小さくなっていく。その度光線銃声は鳴る。
耐え切れない。これ以上見過ごしていたら、レンジャーとは名ばかりではないか。
「サーナイト、力を貸して」
モンスターボールから勇気を貰うように握り締め、敵へと赴く。誘い出すためだと分かっていても、最初から戦うしか道は残されていなかったのだ。
イトハはサーナイトと手を繋ぎ、遺跡の内部へと立ち入る。男は笑い声をあげた。
「思った通り、レンジャーの小娘か。情に駆られて飛び込んで来るとは、度し難い!」
レーザーが迷いなく撃ち抜かれた。いちに、の、さんでイトハとサーナイトは飛び上がり、そのまま風にさらわれたかの如く、空間に溶ける。
「テレポート、それで攪乱のつもりか? サワムラー、とびげり!」
男はボールに切り替え、使い手としての外見通り格闘戦士を繰り出す。
伸縮自在と謳われる足は、相手が遠く離れている場合でも蹴り上げてみせる。
攪乱を見破ったか、攻撃は出現地点を射抜く。イトハは宙に放り出されるも、受身を取り、強気の姿勢で命じる。
「サイコキネシス!」
サワムラーの身体が反り、サーナイトはこれまでにない勢いで相手を固めにかかる。
力量が及ばないと、瞬間的に悟ったのだろう。
「ラティオス、今助けるからね!」
すっくと体勢を整え、シューターを構える。光線銃がこちらを狙った。
サワムラーから使い手のソーに対象を切り替え、動きを止める。これでサワムラーの手、ならぬ足が空いてしまった。ダイヤモンドの如く硬化した一撃が、サーナイトの華奢な肉体を破壊せんと迫る。これまでか、そう思われたとき――。
「なんだ」
男は空を見上げた。晴天に稲妻が走ることなど有り得るだろうか。違う、稲妻ではなく。
「竜だ」
天から竜が降り注いだ。丁度サワムラーに直撃し、波導に貪られ、噛み砕かれる。
ソーも巻き添えを食らい、銃にはひびが入った。
莫大な傷を負ったサワムラーはそれでも膝を突き、なんとか立ち上がろうとする。それを黒翼が掻っ攫い、そのまま岩壁に打ち付けた。サワムラーはクロスした足の体勢からのかかと落としでドンカラスを叩き落とし、地上に降り立つ。しかし、脱出に専念するあまり、高度を計算に入れていなかった。先の衝撃が尾を引いて、ドンカラスと共倒れになる。
「サワムラー!」
「よくやった、ドンカラス」
爆風に人影が入り込んでくるのを見て、イトハは形勢逆転を確信する。
波導使い・ヒイラギと元ロケット団・ホオズキは、そのとき救世主に思えた。
役者は揃った。ヒイラギはジュノーと通信を取り、手短に告げる。
「取引犯を捕捉した。ひとりは何故か石化しているが、予定通りラティオス捕獲に入る」
ホオズキは、石に換えられた哀れな老人を訝しげに見る。
「内輪もめか?」
「それならありがたい」
「ふっ、まあ確かにそうだよな」
ソーは片腕を支えながら立ち上がる。このままでは自分もソユーズと同じ失態を演じることになる。与えられたノルマを果たせずおめおめと帰る者に、未来などない。
「実験を、実験をしなければ……」
イトハは表情筋をひきつらせる。ソーの顔が悪鬼のように歪んだからだ。そのケミカルな単語からは不吉な含みを感じ取れる。
「アタッシュケースを確保しろ!」
ヒイラギが叫ぶ。サーナイトの念力で引き寄せるも、動きは向こうの方が機敏だった。
アタッシュケースから採血管を取り出し、クリスタルシステムの中にうずくまるラティオスへと投げ入れる。中身は破片と共にぶちまけられ、ラティオスの至る傷口からミュウツーの血液が染み渡っていく。
「なんてことを」
敵の暴挙に、スナッチャーは言葉を失う。破壊の遺伝子は輸送物ではなかったのか。
尋常でない苦しみ方をしながら、唸りと引きつった声が入り混じる雄叫びをあげる。
イトハは約十年ほどのレンジャー人生の中で、これほど惨いポケモンの悲鳴を聞いたことはなかった。
ラティオスの慟哭に呼応するように、空が黒みを帯びていく。周囲から雲という雲を掻き集める。遺跡の真上で渦を描き、赤黒い雷が今にも撃ち落とされそうだ。
クリスタル・システムなど脆弱な檻だった。ラティオスは完全に覚醒を遂げた。最も忌避されるべき形で。
「実験成功」
ソーは恍惚として変わり果てた護神を見つめる。
以前より魅力的な姿になったとでも言わんばかりに。種族としての輪郭自体は巨大化し、シャープに洗練された青いラティアスという印象だが、元々の優しさは見る影もない。
今そこに在るのは、相手を骨の髄までしゃぶり尽くし、血肉に換えようとする飢えた獣の姿だ。周囲には赤、緑、青、黄、……ありとあらゆる色を最終的に黒で覆い固めて結晶化した瘴気が漂っている。眼は血みどろで、自我の欠片も残されていない。
ラティオスが腹の底からあげた声は、今までとまるで違うものだった。およそ生き物としての輪郭に沿うものではなく、一声だけで雷鳴が轟く。
「これが。伝説の護神の力!」
ポケモンが〈ポケモン〉とは呼べなくなる瞬間を、スナッチャーは目にした。
惑星において大前提である人間など最初からいなかったと宣言するように、元来あるべき野生に立ち戻った姿。思考を奪われ、生存に必要な本能だけが残る。
イトハの目の前で飛翔するラティオスは、そんな風に見えた。
「ラティオス、奴らを根絶やしにしろ」
誰の目から見ても、ソーはホウエンに伝わる護神の力を得たと思い上がっている、としか思えなかった。支配される側は一瞬にして明らかとなる。
世界が白に包まれ、無数の光が湧く。ソーは真っ先に犠牲となった。腕が焼け付くように蒸発し、聞き苦しく絶叫する。
「伏せろっ!」
ヒイラギはホオズキとイトハが我に帰るぐらいの大声で呼びかける。自らも灼熱の波導を察知し、石柱を陰に回避していったが、当たったものはほとんど焼け飛んでしまう。地表から迫り来る昇熱に耐え切れず、意識を失いそうになった。邪気にあてられて、波導が機能しない。ラティアスは。生きているのか。
イトハはその場で立ち尽くしており、足が竦んで動かない。置物同然の状態だ。
ラティオスは〈ラスターパージ〉を終えると、まっすぐにイトハと目を合わす。
ポケモンにいつも寄り添って来たはずのイトハは顔面を震わせながら、首を振り、ラティオスの存在を拒む。
「そいつをキャプチャしろ――――!」
鬼気迫る勢いでヒイラギが叫ぶ。現に破壊の遺伝子を植え付けた当人が叛逆に遭っているのだ。イトハがラティオスの激情を抑えなければ、スナッチャー半壊まで秒読みになる。それだけの危機感を彼は持っていた。
イトハが足を動かすと、何かにぶつかる。錯乱を解く鍵となるサーナイトは、既に煤をこびりつけ、屍同然に横たわっていることが、彼女をとうとう追い詰めてしまった。
「いやあああああああっ!」
尻餅をつき、無茶苦茶に叫びながら、ディスクを射出するが、狙いも理性もタガが外れている。ラティオスが咆哮するたび、イトハは後ろに退く。
「くそがっ! 死にたいのか!」
ヒイラギは悪態を突き、そのまま駆け出した。石柱の破片が足場となって伸びている。これを掴み、よじ登って、ラティオスを背後から叩く。
急所はラティアスと同じ、△マークの部分だ。スナッチのチャンスさえ掴めれば、事態の鎮静化もまだ可能性はある。
イトハはラティオスを振り払うようにスタイラーを操っている。あれでは気持ちなど伝わるはずもない。大言壮語を振りかざし、いざというときに実行出来ない。そんな戦士に何の価値があるのか。ヒイラギが最も嫌う戦士の姿だった。
しかし、彼女の協力なしにはスナッチもままならない。
「カメックス、行くぞ!」
ヒイラギの呼びかけに応じたのは積年のパートナーだった。
石と石が発光し、扉の開いた先に新たなる姿が待つ。メガシンカ・メガカメックスだ。
「りゅうのはどう!」
これまでも勝利の決め手となってきた技に命運を託す。
黒雲に竜が飛び立ち、ラティオスの喉元に食らいついた。
「よし!」
破壊神が怯む。イトハは大汗をかき、その場に膝を突く。ラティオスが与えていた呪縛に近い念が一時的に緩んだ。ラティオスの背後にはコートをはたかめせる波導使いの姿が見える。
「トップレンジャー、おまえの役目はなんだ!」
ヒイラギはありったけの侮蔑でイトハを睨み付ける。
イトハは砕けそうなほど歯軋りし、まだ回っているディスクに目をやった。
「……キャプチャ・オン!」
今度は負けない――決死のまなざしで、ディスクは命を貰い受けたように再稼働する。不規則な軌道は復活の証だ。石を利用して上昇の勢いをつけ、独楽の挙動を捌いていく。
敵はそう易々と心を覗かせてはくれない。腕を収納し、ジェット機よりも高速という飛行技術をもってディスクの軌跡から逃れようとする。
これではカメックスの狙撃も意味を為さない。ボーマンダのボールを構えたところ、その必要はないと知る。空間の裂け目からゴルーグが這い出し、ラティオスを地上で羽交い絞めにする。ラティオスは腕を折り曲げて、脱出を図ろうとするがパワーの差は明らかだ。
第三のスナッチャーが叫ぶ。
「今だ、やれ!」
イトハは容赦なくスタイラーを振るった。今度こそ、自分をトップレンジャー足らしめるために。ラティオスに心を伝えるため。しかし、彼女の様子は徐々におかしくなる。
最初は鈍い頭痛から始まった。脳の神経を乗っ取られ、頭に、耳に、反響する。続いて腕があらぬ方向へと曲げられそうになる。抑え込もうとすると、全身が痙攣する。髪が獣のように額へと垂れ、泡を吹く。
ラティオスが地べたを這いずり牙を剥くたび、イトハの顔は青ざめ、挙動が常人からかけ離れていく。ヒイラギとホオズキはこれに近い兆候を一度目にしたことがある。逆思念だ。
キャプチャは、ポケモンと人間の心を直接リンクさせる、ある意味では非常にリスクを伴う行為である。故にエスパーポケモンであれば、思念を返すことも不可能ではないのだ。イトハはラティオスからの凶悪なテレパシーを受け、自我の破裂に陥りかけている。このまま続けると、恐らくイトハは二度と人として立ち上がれなくなるだろう。
「キャプチャをやめさせろ!」
「ディスクの回転を止めろ」
ヒイラギはカメックスに命じ、水の矢を刺し、ディスクを止める。
ホオズキが支えに行くと、彼女は歯をかちかちと震わせたまま、薄く半目を開いている。
伝説はトップレンジャーをも弄ぶというのか。いつだって、最後に頼れるのは自分だけだ――ヒイラギは決心したように、ボールへと波導を込める。左手のグローブにはめられたコアが起動し、ボールにバグのような紋様が浮かび上がる。ゴルーグの締め付けもそろそろ限界だ。腹の△マークが見えたところで、ボールを投げつける。
「波導は、我に在り!」
気合一閃、凄まじい投擲で、ラティオスにボールが命中した。憎悪ごと吸い込まれていくように、ボールは地を数回跳ねる。
信じられないことが起きた。開閉スイッチが真っ二つに裂かれ、瞬く間に内側から爆散したのである。破片の数々が、数秒前までモンスターボールだったものなのだ。
キャプチャ失敗。スナッチ不可能。
もはや、打つ手なし。
ヒイラギとホオズキ、両者の思考が停止する。
そのときだ。景色に溶け込んでいたラティアスが自ら姿を現し、兄に向かって飛んで行こうとするではないか。
「待て、早まるな!」
ヒイラギの制止も空しく、ラティアスは歯を食いしばる。
ラティアスという新たに湧き出した獲物を狙ったのは、ラティオスだけではない。物陰から光条が妖しくきらめいたかと思えば、迷いなき一線がラティアスを撃ち抜こうとする。
ヒイラギはいち早く反応し、波導を是が非でも探り当て、ソーを捕獲しようと動く。
しかし、敵の目論みは脆くも崩れ去る。中途半端な体勢から放たれたレーザーは、ラティオス・ラティアス、どちらを石化させてもおかしくはなかったからだ。
兄妹は再会も空しく、戦うことを強いられた。結果として、兄は妹の笑顔を見ることなく、妹は兄の笑顔を見ることなく。ラティオスは石になった。
ソーは勝ち誇ったように、にんまりと笑みを広げ、降下するヘリを待つ。直後、ヒイラギからありったけの拳をもらい、顔面が歪む。ソーから見たヒイラギの瞳は、果てしなく義憤に駆られていた。
「無様だな、波導使い」
「失せろ」
「失せてやるよ……お望み通りな」
しかし、帰還は叶わなかった。
まず、大地が上下に揺れ、ヘリの爆発が起こった。地盤が無理矢理引き剥がされ、亀裂が生じていく。ヒイラギはソーを捕獲する前に、自分の身を守らなければならなくなった。一方のソーは岩や砂を掻き集め、なんとか爪を立てて陸地に生き残ろうとするも、そのまま浮上する石柱に押し戻される。不時着もままならないヘリは海の藻屑と化した。
護神は一匹だけではない。むしろ、ソーの仕打ちが力を開花させた。念力を自分でも制御出来ていないのだ。海水がうねり、四本もの竜巻が槍となって人間たちに矛先を向ける。
石となったラティオスに頬を擦り付け、すすり泣く。
涙の一粒が零れ、その上にまた落ちる。小さな水溜まりが石像の上に出来上がった。
ラティアスは、怒っているのではない。憎しみからあのような優しさが生まれるはずなどないのだ。あれは悲しみだ。
ずっと見ていたい気もした。ポケモンの神秘に触れるなら、悪くない生き様だったと胸を張れる。これだけ追い詰めてもなお、天はまだスナッチャーを殺さなかった。
ラティアスが最期、その目に焼き付けたものは。兄の温もりではなく、冷たい光線だったのだから。
ソーは消えた。せめてもの足掻きとして、レーザーを撃ったのだろう。
ラティオスに重なるラティアスは、およそ安らかとは言い難い顔のまま、目覚めの保障されない眠りに就いた。
イトハは涙の流れるままに任せ、ただただ、放心する。
そんな醜態を、ヒイラギは許せなかった。
「おまえは最初、ラティオスから逃げたな」
彼女の横に立ち、ヒイラギは見下げ果てたように吐き捨てる。
「それがおまえの信頼か」
「……うるさい」
ぴくりと反応し、イトハは見上げた。頬に涙の跡がくっきりと残り、紅潮した顔で、感情の昂ぶるままに言い返す。
「スナッチ出来なかったくせに!」
思わぬ反撃を食らい、言葉に詰まる。ヒイラギは屈辱を抑え切れないばかりに、考えもなく口を開こうとするが――
「いい加減にしろ!」
一喝に止まった。
ホオズキは心底滅入ったように顔を手で覆っている。泣いてはいない、彼はこの場で誰よりも現実と先を見据えていた。
「餓鬼どもが……。出来なかったことを責めるな。何故出来なかったかを考えろ」
返事はない。彼らは別々の方向を見ている。
「プロなんだろ!?」
ヒイラギとイトハは俯くことしか出来ない。彼らが何を思うか、そこまではホオズキの立ち入る領域ではない。あくまで省みるためのきっかけとして叱ったのだ。
無力感だけが場を覆う中、ホオズキは惨劇を味わった代表者としてジュノーに報告する。
「どうなってる?」
第一声はそれだった。今回のミッションに対する、ホオズキの感想がすべて含まれた言葉だ。自分より年下にぶつけては仕方ない疑問は、司令官にぶつけるしかない。
「キャプチャもスナッチも通用しなかったぞ」
スナッチャーの二本柱がまるで通用しない事実は、チームを根本から瓦解させかねない。
内通者などよりもっと、手っ取り早い方法があったのだ。
「破壊の遺伝子だけは確保した。正直、触りたくもないがな。ラティアスとラティオスは……石になった」
破壊の遺伝子をソーは回収出来ず、アタッシュケースは足元にある。あんな出来事の後では、誰も入手に関心を払わない。むしろ、憎むべき対象だ。
「また、追って報告する」
ホオズキは通信を切ろうとするが、重い間を空けて、司令官が口を開く。
『……そうですか』
他になんと言って良いか分からない口調だった。
『あなたたちは尽力してくれました』
破壊の遺伝子、と呟き、最後に続ける。
『これが、一筋の希望になることを願います』
ジュノーの言うところの意味は察せた。
破壊の遺伝子を解析し、ラティオスのような犠牲を二度と生まない。
通信機ごしでも痛いほどに、司令官・ジュノーの決意が伝わって来た。