Phase 11 Trust me.
疑惑という名の渦に放り込まれたような感覚だ。
任務終了後、医務室での治療を経てからの会議は、混迷を極める。
船内の喧騒に関しては、政府が関与する案件、ということで船長側からの理解を得た。
ヒイラギは苦し紛れな熟考の結果、ジュノーにプラズマ団女性の身柄を預けた。内通者がプラズマ団を意識するなら、ヒイラギとしても監視下に置くべき存在だからだ。無論、良いように処理されてしまう恐れは否めない。
しかし、下手を打てば、内通者によって謀反の疑いを着せられるかもしれない。プールサイドでの出来事も一切伝えていない。彼女はヒイラギとの戦闘で意識不明になったと言い訳してある。アクロマは事実を知っているし、誤魔化しようもない。意識不明になった人間とポケモンを逃がしたところで、大海で凍死する末路は見えている。こんなことになるなら、もう少し手加減しておくべきだったと悔いてしまう。
鎬を削ったのは事実だ。背中の傷が説得してくれる。
もしもジュノーが内通者であれば、司令官という立場からスナッチャー全体を操っていることになる。波導の揺れから少しの敵意も察知出来そうなものだが、彼の精神は静謐が保たれたまま、器に注がれた水のように動かない。波導を制御出来るとは思えないが。
内通者は人数も不明である。まだ好機ではない。何も知らなかったふりをして、今まで通りスナッチャーの駒として動くことを選択した。
内通者のことを一度でも口に出せば、チームに要らぬ歪が生じるのは確実だ。クリアレベルのミッションも失敗するかもしれない。
元々スナッチャーは個々のスキルこそ高くとも、結成間もない組織である。ヒイラギを始め、灰汁の強い人員間に信頼が育まれているとは到底言い難い。何より、ヒイラギ自身が一番忌み嫌っていることだ。すぐさま瓦解を迎え、機能しなくなる。犠牲になるのは民間人やポケモンだ。本末転倒の事態は絶対に避けなければならないからこそ、ヒイラギは孤独の戦いを始めようと思った。
心の中では、必ず内通者を暴き、叩き潰す、という強烈な想いを秘めながら。
イトハたちAチームの報告によると、件の男とは接触に成功したが、プラズマ団かどうかの身分を確認する暇もなかったという。代わりに、あるものを託された。
「詳しくは話せないが、どうかこのポケモンを守ってほしい」
と言い残して。
その後、イトハが仔細を尋ねる間もなく、何者からか襲撃を受けた。イトハが足止めされ、ホオズキが後を追うも、逃がしてしまった。彼の報告に隠蔽がなければの話だ。
ヒイラギからすれば、イトハの指示により、自らを足止めさせたのでは、とも勘繰ってしまう。「すべてを疑え」――警告は己に跳ね返る。それほど今の彼は疑心暗鬼に陥っていた。
〈ヒールボール〉と〈心の雫〉に視線が注がれる。南の孤島を追われ、兄と引き剥がされたこの妹は、一体どんな想いでボールに収まっているのだろう。
目下の議題は、ラティアスの処遇をどうするか。ホオズキが述べる。
「取引はまだ終わっちゃいない。心の雫はもうひとつある。船内にはまだ敵が潜伏しているし、もしかすると取引犯が奪い返しに来るかもしれん。ラティオスのことも気がかりだ。念のため、わたしたちの手で保護するべきだろう」
「となれば、誰かが一時的に所持する、という形を取った方が良いでしょうねえ。ラティアスが人間に対して恐怖を抱いている可能性もありますし、安心させるためにも」
「アクロマ、優しいのね」
「ええ。わたくしの仮説によると、ポケモンとトレーナーが心を許し合っている方が、力は引き出されやすいですから」
「前言撤回します」
この男、優しさの意味を勘違いしている。
「ラティアス所持者は、イトハ。あなたに引き受けてもらいます。直接受け取ったのはあなたですからね。それにトップレンジャーであればポケモンの扱いも心得ているでしょう」
「はい」
「妥当な判断だ」
「わたくしも良いと思います」
満場一致と思われたとき。唯一、今までなら上がらなかったであろう異論が上がる。
「良いのか、そいつで」
「ヒイラギ、わたしの判断に異議があるのですか」
「おれに任せる方が良いかもしれないぜ。いざというとき、伝説のポケモンの力は使える。こちらには心の雫がある。おれがラティアスのメガシンカを使いこなせれば」
「自分のことばかりで、ポケモンの都合は考えようともしないのね」
畳み掛けるようなヒイラギの反論は、辛辣な批判によって一刀両断された。
アクロマはふたりの対立をさぞかし面白そうに眺めている。
「力ある者が戦うのは当然の帰結だ」
「同じこと、ハナダのときも言ってましたね」
このままでは一触即発だ。年長としてホオズキが諭す。
「毎回飽きん奴らめ。ここで揉めてどうする」
「おれは一例を示したまでだ」
ジュノーは数秒黙したのち、反論は許さないという厳しさで却下する。
「ラティアスはイトハに所持させます」
「ならば、おれから言うことは何もない」
ヒイラギは腕を組み、改めて椅子に深くもたれる。ジュノーは仕切り直した。
「ラティアスと心の雫がこちらに渡った以上、敵も黙ってはいないでしょう。わたしたちはまだ何も掴んでいない。プラズマ団の真意も、取引犯の意図も。引き続き、ミッション2を続行します」
その日の会議はここで終了した。
ツアー三日目。
小さなボールに収めていては、ポケモンと心を通わせることは出来ない。
いかにもレンジャーらしい理論は、ラティアスの人間へと変身する能力によって肯定された。誰もが見たこともないポケモンを連れ歩いていると、否が応でも人目を惹く。しかし、女性ペアならいかにもクルーズを満喫している微笑ましさだけが残る。
ちなみに光の屈折による現象のようだが、アクロマの説明を理解出来る者はジュノーただひとりだった。
人間化するとお洒落に興味が湧くのか、帽子をひとつプレゼントしてあげた。茶色い癖毛はいかにも寝起きですと言わんばかり、二本角を生やしている。赤い髪を隠す意味でも帽子は都合が良かった。
最初は目を見開き、好奇の視線をあてたものである。イトハだけは場慣れしないラティアスに多くを求めず、生き物に向けるべきまなざしだった。
イトハとラティアスが一緒に船内散策するとき、またもやヒイラギは護衛を命じられる。
ここまで巧妙に隠し切った人物がぼろを出すとは考えられないが、ヒイラギとしても監視につく必要があると感じたため、同行を引き受けた。
部屋を出る前は、必ず人間の姿に変身させておく。ヒールボールからラティアスを繰り出す。彼女より少し背が低く、小さなポケモンという印象だ。羽毛の触り心地がとても良く、硝子のように鋭い光を放つ。一本一本、きめ細やかにブラッシングされたかの如く艶やか。お腹の△マークがアクセントとして特別感を醸し出す。
ヒイラギはラティアスの波導がまだまだ頼りない波長であることを感じ取っていた。こんなポケモンが護神とはとても思えない。心の雫を守る使命の重みすらまるで理解していないような――瞬間、全身の羽を逆立てた。イトハのドレスを掴み、後ろに隠れてしまう。
「こちらの波導を読んでいるのか」
「少し遠ざかってくれません?」
ラティアスの手前やんわりと、それでいて突き放すように声をかける。
おかげでヒイラギは、イトハとラティアスがまるで大学の友人同然に出張ヒウンアイスを買って食べるときまで、ボディガードのように振る舞う羽目となった。
ラティアスはポケモン時に味わえない、人間ならではの楽しみを欲しているようだ。
本来の手がかりは見つからない代わりに、ラティアスとの溝は埋められていった。それでもラティアスはヒイラギには一向に近付こうとしない。第一印象が最悪だったのだろう。
尾行者と勘違いされかねない距離感から「ふたり」を見つめつつ、ジュノーに言われたことを思い出す。
「心の雫はラティアスとラティオスの魂が結晶化したもの。一方がこちらに渡り、他方が敵側にあるとしたら、雫は二匹のポケモンを引き寄せるかもしれません。くれぐれもラティアスの様子から目を逸らさないように」
戦士の勘なら、そろそろ進展が訪れる頃だ。乗船以降、実に多くの事件が起こりすぎている。アクロマの捕獲、プラズマ団の出現、戦闘、内通者の告発――。一寸先は闇、帰港を保障する者こそ、無責任の極みだ。
「ラティアス、どうしたの?」
ヒイラギが足を止めたのは、イトハが屈んだからだ。
ラティアスは頭を抱え込むようにしてしゃがんでいる。外界とのギャップから来るストレス症状かと疑った。恐らく、ラティアスはこれまで隔絶された地理の中で生きて来たことから、人間社会の縮図にも等しい豪華客船とは無縁であったはずだ。慣れない空間での長時間に渡る活動は身体に大きな負担をもたらす。
しかし、ラティアスは白目を剥いたかのように瞳を輝かせ、遠い空を見上げる。これは病状の兆候ではない。ヒイラギは思わず近付き、問いかけた。
「おい、どうした」
答えはなく、代わりにそれまで立っていた場所が様変わりする。彼らはサント・アンヌ号内デッキ6のショッピングエリアを散策していたところだ。ラティアスは買い物が気に入ったらしく、貴婦人たちに紛れて、女性の品を物色する趣味を持ったようである。
周りは植林された木々が南国さながらの雰囲気を用意し、曲がりくねった道は気取った大人の散歩を演出する。空間がぐにゃりと歪むと、宇宙旅行をするような圧迫感に呑まれ、次の瞬間には違う世界へと辿り着いた。
南国といっても、身体の半分を覆う高さの蔓がひしめいている。
立ち並ぶ木々の間から、場違いなほどの笑顔を露わにしたポケモンがひょっこり姿をのぞかせる。
視点をゆっくりと追いかけるように林の中を進んでいくから、リアルタイムのシミュレーションか何かと錯覚させる。
映像には、間隔を置きながら檻のように縦線が入っており、加工の跡を感じさせる。
蔓の真ん中に実を結ぶ。橙色の部分はポケモンの脚の爪のようだ。
「チイラのみ……」
イトハの口から出た単語に、一瞬だけ意識をやる。
ジャングルの先へ進めば進むほど、意識は霞み、光景は溶けて行く。アトラクションのような時間は終わり、元通り彼らは船内の地を踏んでいた。
ラティアスは息を荒く吐き、胸を抑えている。痛みが走るのか、屈みこんでしまった。
イトハは不安そうにヒイラギの方を振り向く。助けを乞う情けなさが目につき、癪に触った。雑念に苛立ちを覚えている暇などないはずだが、どうしても疑いの目線を向けてしまう。
ヒイラギはその場でしゃがみ、ラティアスに手を添える。相手は少し仰け反ったが、我慢してもらわねばならない。波導に悪性の変化がないかどうかを確かめるためだ。こうした診療法は里内において、よく用いられていた。波導の制御は身の健全さに繋がる。
レントゲンのように、脳内へと波導の分布図が浮かび上がる。急所の微弱な部分以外、怪しげな弱所は見られない。ヒイラギが分かることはここまでだ。精密な検査をするなら、アクロマに回した方が然るべき処置を施してくれるだろう。
やがて呼吸の乱れも落ち着きを取り戻し、申し訳なさそうにふたりを見つめる。
「ううん。大事に至らないで良かった」
「今のは何だ。おまえは知っているのか」
ヒイラギの剣幕にまたしてもラティアスは俯いてしまう。ポケモンが人間の言葉を話せないと分かっていても、疑り深い性がそうさせるのだ。
イトハが庇うようにふたりの間へと割り込む。
「なんでいつもそう問い詰めるんですか」
ヒイラギとイトハは顔も近く、どちらかが諦めて退くまで睨み合う。逆にラティアスの方が喧嘩を止めなければいけないのではと慌て出す始末だ。病み上がりに要らぬ心配をかけさせる辺り、ふたりも一度主張を譲らないと決めたら周りが見えなくなる人種である。
徐々に好奇の視線が突き刺さるのを感じ、ヒイラギは顔を離す。根競べに勝ったイトハは嬉しいはずもなく、声のトーンを不機嫌に落とす。
「わたしには、ラティアスが何かを伝えようとしている、そんな風に見えました」
「具体性に欠けるな」
「じゃあ、ラティアスがわたしたちを陥れたとでも言いたいんですか?」
イトハの陰に紛れようとするラティアスを、逃がさないとばかりに見据える。
「今の現象は恐らくポケモンの能力によるものだ。条件を満たして発現する類のな。だが、誰が敵かも分からないこの状況で、潜伏の可能性を否定出来ると思えるか」
イトハの腕を掴み、怯えるラティアスを撫でてやる。小刻みな震えは少しずつ解けていくようだった。寄り添い、目線を下に向けたままぽつりぽつりと、語り出す。
「ラティアスは、パーティーの人から託されたんです……。守ってほしいって。わたし、あの人が悪い人だとは思えませんでした」
一昨日、ダンスを踊った青年のことだ。しかし、単に良い人かもしれないという見てくれの憶測だけで信じるなら、大したお人好しもいいところである。
「パーティーの熱に浮かされていただけだ」
「そうかもしれません。でも、見てください」
ヒールボールを取り出し、ヒイラギの眼前に突きつける。
何の変哲もない桃色の球体は、可愛らしくデザインされたものと分かるだけだ。
「これがどうした」
「ヒールボールって、ポケモンをゲットしたときに少しだけど体力を回復してあげるんです。きっと傷だらけだったラティアスのために使ったんですよ。ポケモンを思いやる気持ちがなければ、そこまで考えません。だから、昔プラズマ団だったとしても、今は良い人なんじゃないかなって」
ヒイラギに言わせれば、馬鹿馬鹿しい、で済まされる。たまたま持っていたボールがそれだけだったかもしれないのに、是が非でも自分の主張を押し通そうとする。
この娘は出会ったときからそうだった。他意のない善意を自信ありげに振りかざすのだ。
どうして素性の分からない者たちに心を許せるのか。甘さは戦場で命取りとなる。ヒイラギが戦士になるとき、真っ先に捨て去ったものだった。
「信じてあげてよ」
プラズマ団を、ラティアスを信じた先に、自分のことを信じて欲しい、と懇願するような瞳。内通者のことをイトハは知っているかもしれないし、あるいは知らないかもしれない。二重写しの状況が、ヒイラギをひとりでに苦しめる。
彼女を初めて見たときから、自分でも抑え切れない何かが腹の中で煮え滾るのを感じていた。言葉では説明し切れないものを、探ろうとして、諦めた。心を許したわけではなくとも、どこかで受け入れようとしていた。
信じることの愚かさを身に染みて学んだはずなのに。
ラティアスはイトハの主張は正しいと言わんばかり、首を縦に振る。
「敵ではない、……そう言いたいのか」
ラティアスは伏目がちだった姿勢を直して、正面切って頷く。
ヒイラギが黙っていると、イトハは業を煮やしたように叫ぶ。
「あんたはメガシンカを使えるような人でしょ!?」
ヒイラギは天井を見上げ、息を吹く。煩わしいことこの上ない。ここまで馬鹿正直な人間が、本当に卑劣な策を練り上げた内通者なのか。
「信じている信じてほしい信じてあげて」
上を向いているのに目を瞑り、早口で呪いを紡ぐように発するので、イトハは何が何だか分からなそうに眉をひそめる。
「うんざりだ」
心底から吐き捨てて、それから元の冷徹な波導使いに戻る。
「そこまで言うなら、おれも折れよう。部屋に戻って、検証するぞ」
ひとまず、ラティアスと共に体験した現象の謎を突き止める、話はそれからだ。
調査にあたっていた面々も緊急招集を受け、部屋に再集結する。
ヒイラギとイトハの話を聞いたアクロマには、思い当たる節があるようだ。例によって大学教授が講義を開くような口調で、人差し指を立てながら説明する。
「それはまさしく〈夢映し〉ですね。兄のラティオスには見たものや考えたイメージを映像として見せる能力があるのですよ。妹のラティアスはそれをキャッチする……つまり、ラティオスがラティアスに夢映しを利用したヘルプを送って来た、と考えられます」
一方、ホオズキは別の点に着目していた。
「映像に檻のような線が入っていた、というのは本当だな」
「間違いない。ラティアスがおれたちに夢映しをしたなら、映像自体はラティオスの見た光景ということになる。視力が低いにしても、人工的な線が入るのはプログラムでもない限り不自然だ」
ヒイラギの詳しい分析に、ホオズキは腕を組み、考え込む。
「もし、わたしの憶測が正しければ、ミュウツーの捕獲装置と特徴が類似している」
「どういうことだ」
ホオズキは以前、ハナダの洞窟でミュウツーと交戦した際の状況を改めて説明する。
サンダーの電磁波で麻痺を受け、成す術もなく装置に収められたときのことだ。ラティオスの視界から覗くそれは、装置の外見と酷似しているという。六角形のクリスタルを紫色の対角線が檻のように繋ぐのだ。
ラティアス・ラティオス捕獲には、やはりハンター軍団が関与済みと見ていいだろう。いよいよプラズマ団との抗争も真実味を帯びてきたわけだ。
「断片のような情報が、一線に繋がって来ましたね」
「どうも、腑に落ちません」
「アクロマ、何が腑に落ちないのですか」
「わたくし、この装置を見たことがあるんですよ」
「それを早く言え!」
一斉に突っ込まれ、目を丸くする。どこか世間ずれしている男だ。
注目を一身に受けて科学者の血が騒ぐのか、時宜を得たように語り出す。
「ミュウツーに使用した装置は〈クリスタルフィールド・ジェネレーションシステム〉と性質が似ています。これはロケット団がジョウト蜂起の際、三聖獣ライコウ捕獲時に使用した優秀なシステムなのですが、そのメカニズムはと言いますと」
「メカニズムの話はいい。今回、重要なのは一点だ。ロケット団が使用した、と言ったな?」
アクロマの講義を中断させ、ヒイラギが詰問する。まだ事の重大性を理解していない様子。科学以外には関心がないと見える。
「ヒイラギ。あなたはバックにロケット団がいると睨んでいるのですね?」
ジュノーがすかさず切り込む。最初の会議でも浮上した疑問が、ここにきて意味を持つ。
「ああ、まだ確証はないが……。シルフ制圧といい、システムといい、今回の敵はロケット団のやり方を踏襲しているようにしか思えない。そうだろう?」
ヒイラギが話を振った相手は、すぐ後ろの元ロケット団だ。
そのとき、ホオズキの波導が、一瞬だが凄みを増した。波導に不純物が混ざり、一滴の血が垂れるような静けさに、薄ら寒さを覚える。それ以上、言ってはならない。最後通牒を言い渡されているようだった。
「ヒイラギ?」
第一級容疑者である女性の言葉も耳を通り抜ける。
誰にも思考を読み取られないことを確信した上で、ヒイラギは「もうひとつ」の可能性を即座に考慮する。
内通者は――ホオズキかもしれない。
そんな思考は途中で打ち切られることになる。
「とにかく、これは非常に重大な手掛かりです。夢映しの報告から、ラティオスの現在位置を割り出しましょう。もしもマボロシの場所なら、取引犯を抑えたことになります」
ジュノーはオペレーターに連絡を行い、すぐさま検索に取り掛からせる。
結果には数十分を要したが、彼らの狙いは見事的中した。
この先、観光スポットとして一時停泊する〈マボロシじま〉の環境や写真と一致したのである。ラティオスは囚われの身で、救出を待ち望んでいるに違いない。
ジュノーは椅子から起立し、司令官然とした声色で厳格に告げる。
「これより、ミッション3を発令します。任務内容は、ラティオスの奪還です。また、取引の阻止であるミッション2と同時並行し、一気に敵を叩きます。マボロシじま停泊次第、スナッチャーは一般客から離れ、行動開始。総員、取引犯との接触・拘束を試みてください。わたしも現地に向かいます。よろしいですね」
一同は敬礼にて応じる。
ジュノーは全員を見渡した後、常の号令をかけた。
「それでは、ミッション・スタート」