叛骨の強奪者






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First Stage - The Ranger part -
Phase 9 プラズマレムナント


 ハナダの洞窟・ミュウツー争奪戦より数日が経過した。
 中央司令室に招集されたスナッチャー構成員一同は、次なるミッションの説明を受けるところだ。ジュノーの背後に聳える巨大なモニター――壁一面を占拠するそれ――が、船の映像を映し出す。左右ではオペレーターがレーザーキーボードを打鍵し、内部データをヒイラギたちのテーブルに転送する作業にあたっている。
 失敗を思い返してか、やや張りつめた面持ちになり、空気にもそれとなく伝わる。
 ジュノーは閉塞感を一掃するようにパチンと指を鳴らし、ミッション概要説明に取り掛かる。
「今回のミッションでは、ラグジュアリークラス客船サント・アンヌ号のプラチナクルーズ旅行にて行われる取引を阻止してもらいます。取引の品は数本の採血管です。鑑定報告の結果、ミュウツーのDNAと一致することが判明しています。わたしたちはこれに〈破壊の遺伝子〉という呼称をつけ、共通認識としたい」
「ホオズキの報告から察するに、ハナダの洞窟ではミュウツーの血液を採取することに真の目的があったと睨んでいます」
 三百六十度、タッチパネルで操作可能なミュウツーの3Dモデルが表示される。
「ミュウツーは遺伝子組み換え技術の結果、誕生したポケモンです。廃棄・隠匿された情報が多く、出生含め、謎が残されています。ですが、あなたがたが生身で体験したように、戦闘性能に特化していることは確か。ミュウツーの血液を利用して、他のポケモンにも遺伝子操作を行えば」
「戦闘集団の出来上がりか」
 ホオズキが言葉を継ぐ。ジュノーは頷いた。
「犯罪組織を牽制するためにも、ミュウツーの遺伝子は奪取していただきたい」
 今のところ、スナッチャーvsハンターの成績は後者に分がある。ここでミッションに成功すれば、敵の思惑通りにはいかなくなる。ジュノーが念を押すのは必然なのだ。
「ひとつは破壊の遺伝子。もうひとつはなんだ」
 ヒイラギが尋ねる。
「心の雫――〈ラティオスナイト〉と〈ラティアスナイト〉です」
 ナイト、という響きにヒイラギがぴくりと反応する。メガストーンの便宜的呼称だ。
 背後のモニターに、壁画が映る。海上の町を覆い尽くさんとする津波に、二匹のポケモンが光を纏って立ち向かう様が描かれている。
「ホウエン神話のひとつには、こんな話があります」
 ジュノーは語り部のように歴史を紡ぐ。
 まだ世界が今のような統合を始める前の出来事――アクア団が目覚めさせた超古代ポケモン〈カイオーガ〉と、マグマ団が目覚めさせた超古代ポケモン〈グラードン〉は、ゲンシのエネルギーを巡ってホウエン全土を消滅の危機に陥れる対決を試みた。自然の権化である二匹は導かれるようにして、出会うべくして、ルネという中心地を舞台に力の限りを放出する。それを第三の超古代ポケモン〈レックウザ〉と英雄が粛清した、という話はあまりにも有名だ。
 カイオーガの影響力は遥か海上にも及び、キナギタウンのような小さい村は津波に飲み込まれそうになった。そのとき、キナギを守ったのがラティオスとラティアスだ。
 力を失った二匹は雫となり、自らの魂を結晶化させた。次なる世代へと願いを託すために。キナギの民は子孫のラティオスたちと絆を結び、魂の雫を媒介して彼らの姿をメガシンカさせた。今度こそ、二匹と人間たちの力はカイオーガの脅威を退けることに成功したのである。以後、初代ラティオス・ラティアスの結晶をメガストーンと位置付け、代々南の孤島の護神(まもりがみ)を継ぐラティオスたちが守り抜いていくことを義務づけた。
 ジュノーがそこまで語り終えると、ようやく三人は現実へと引き戻される。
「わたしたちが今回参加するツアーは〈ホウエン地方・マボロシの場所巡り七日間ツアー〉です。彼らはツアーを利用して、心の雫をラティオスたちから奪い取るつもりでしょう。それだけではなく、手下に加えようとも画策しているはず」
「例の光線銃を使って、ね」
 イトハがゆっくりと嫌味ったらしく言う。
「そうです。絶対に止めなければなりません」
「にしても、そんな都合よく観光出来たらマボロシでもなんでもないな」
「いえ、マボロシの場所は時空の乱れや超常現象によって観測されますから、現れたとしてもほんの一部に過ぎません。日が過ぎれば、たちまち消えてしまう。しかし、天気研究所などの科学力をもってすれば、その演算なども不可能ではない。敵がこの機会を利用しない手はないでしょう」
「マボロシの場所を利用すれば、取引が行われたという痕跡自体残らない。有利な選択だ」
 ヒイラギの正解に、ジュノーが頷く。
「そう考えると、ラティオスたちの故郷である〈南の孤島〉内で取引が行われる可能性は限りなく低い。ですから、これらの条件を満たした上で、わたしたちはマボロシの場所のどこか、1ポイントで計画が遂行されると踏みました」
 オペレーターがツアーの巡航ルートを映し出す。
 カントー地方のクチバ湾からサイクリングロードを経由し、マサラとグレンの間からジョウト方面に出る。ジョウトの海を南下していくと目的地に辿り着く。流星の滝から入り、そのままムロの海を通ってサイユウ方面へ。そしてカントーに帰港する、という航路だ。
 改めて、ホウエンのルートに関しては殊詳細に検討された。天気研究所発表によるマボロシの場所発生地一覧には印がつけられているが、その数は20にも上る。ポイントを繋ぎ合わせていけば、南の孤島に隣接した島を通ることも確認出来る。
 三人は膨大な手掛かりから、たった一点の解を求められているのだ。
「ラティオスたちがもし捕獲されてしまっていたら、と考えたくはないな」
 ホオズキが険しい顔で最悪の状況を語る。敵として現れる可能性とてあるのだ。
「その時は、ヒイラギ――分かっていますね」
 ジュノーが言うと、全員の視線が彼に注がれる。
 ヒイラギは無言でスナッチコアを示した。
「ラティオスとラティアスをスナッチする」
 強奪者の双眸に曇りはない。

「今回は〈シークレット・ミッション〉も課したいと考えています」
 文字通り、本題とは秘密裏に遂行される必要がある特殊任務のことだ。Jたちの知らない水面下で新たな動きを加えておこうという魂胆だろう。
 オペレーター側からの操作によって、ミュウツーのモデルを表示していたウインドウが最小化され、代わりに白衣を着た男の全身が映し出される。ホオズキとヒイラギは同じタイミングで息を詰めた。
「まさか。この男が絡んでやがるとは」
「プラズマ団内部ではNの革命失敗後、ゲーチス派による分裂が起こりました。画面に表示されている白衣の男は、その協力者にして、ゲーチスから指揮権を委託されていた、S級犯罪者〈アクロマ〉です」
「また厄介な奴が出て来たな」
「知り合いか」
 すかさずヒイラギが情報を聞き出そうと詰問する。ホオズキは適当にはぐらかした。
「元が元だと事情通にもなるものでね」
「そういうことにしておいてやろう。それで司令官、アクロマが今回のミッションとどう関係する?」
「アクロマには、スナッチャーの協力者になっていただこうと考えています。船上では富裕層を招聘したパーティーが行われるとの情報を掴みました。彼に接触して、スナッチャーへの協力を取り付けていただきたい。それが今回のシークレット・ミッションです」
「馬鹿な!」
 一同、普段寡黙を守り通すヒイラギまでもが驚きの声をあげる。
 当然来るであろう、イトハの異議申し立てにあらかじめ目線で釘を刺しておきながら、ジュノーは説明を続けた。
「プラズマ団で〈ゲノセクト〉というポケモンが極秘研究されていたのは御存知ですか」
 ヒイラギが腕を組んだまま重々しく反応する。
「以前、ゲノセクトの生態情報を入手するためのミッションにあたったことがある。古生代に生息していたポケモンを実験体として利用、生物兵器に改造された種族だ。ゲノセクトの開発は赤を初期被験体として成功、その後紫の個体が量産されたと聞いている」
「その通り」
「ひどい」
 イトハは、ポケモン解放を謳った組織の裏を非難する。
 だが、ホオズキは饒舌なヒイラギの語り口の方が気にかかったようだ。
「よくそれだけの情報を手に入れたな。プラズマ団に知り合いでもいたのか」
「やめなさいよ」
「おれはミッションに参加した人間だ。知る権利がある」
 平然と返すヒイラギに、ホオズキは舌を打つ。口論で負かすのは無理だ。
「権利ときたか。参ったな」
「何を隠そう、ゲノセクトプロジェクトの責任者がアクロマでした。彼の知識と技術力は、スナッチャーに欲しい」
 貪欲に瞳を輝かせるジュノー。ホオズキやミュウツーを引き入れたいと熱弁したときと同じだ。語尾に若干の熱意が混じる。
「今回、スナッチャーは四人分の招待券を手に入れました。サント・アンヌ号のツアーに参加する中で、取引の阻止とアクロマへの接触を同時並行に行ってください」
「頭が痛くなってきたぞ」
 ホオズキが頭を抱える。
 ここで前回煮え湯を飲まされた分を一気に取り戻すとばかり、ジュノーは高難易度のミッションをふたつも要求してきた。
「四人分?」
 イトハが首をかしげる。ジュノーは不敵な笑みを浮かべた。
「今回はわたしも現場に向かい、指揮を執ります。アクロマには少し用事があるのでね」
 ジュノーは不敵な笑みを浮かべた。いよいよ、謎めいた司令官の本領発揮が見られるということだ。しかし、まだ盤石が不完全な段階で、一世一代の奇襲を仕掛けるようなこの任務、果たして成功するのだろうか。ジュノーの表情は有無を言わせない。
「船上ではドレスコードを遵守すること。我々の立場を知られるような振る舞いは一切避けるように。概要説明は以上です。質問は?」
 一同、無言だ。モニターの電源が落とされ、任務までの解散が告げられた。


 ツアー初日に突入した。
 サント・アンヌ号は、埠頭を丸ごと飲み込んでしまいそうなほど白き威容を纏って、クチバ港に接岸している。まるで海に浮かんだホテルのようだ、とは誰もが思うだろう。ここからクチバを後にして、幻の夢に浸るべくホウエンへと南下するのだ。
 スナッチャーはそれぞれ単独で動き、後の合流を図ることにした。必要最低限の荷物を持参し、受付を済ませたら指定の客室に集合するという段取りだ。
 任務時ではないため、インカムを着用していれば逆に怪しまれる。富裕層の中に溶け込むのだから、出来る限り格調高く振る舞うことが求められる。
 戦場で敵の眼を欺くために着こなし続け、今やボロ衣とまではいかずとも破れがかっている迷彩服を、この時ばかりはスーツケースの中に収めておくほかなかった。ヒイラギは慣れないタキシードに身を包み、襟を正す。顔の傷も勲章のひとつみたいなものだが、この場合不釣り合いで困るだけだ。幸い、ブラウンのタキシードは、色黒の肌に調和しており、ある程度の不自然さを緩和してくれた。
 12デッキ(=船における階層単位のようなもの)の内、10〜7デッキが客室分に割り当てられている。スナッチャーは最上のスイートクラスを選択しているため、10デッキに部屋がある。何から何まで破格の待遇だが、船旅の情緒に心を傾けている暇はない。すべての条件を良質にする代わり、彼らはほぼ二十四時レベルでの監視・調査を求められている。

 ジュノーの部屋に集合すると、既にイトハとホオズキが到着しており、インカムに替わるワイヤレスイヤホンマイクを受け取っていた。耳孔にぴったりはまる円形で、傍から見ても気にならないほどの小型だ。
 ヒイラギも入室するなり渡され、装着する。今回の任務では言動に制限が付き纏う。電波妨害などの懸念事項こそあれども、インカム機能を付加し、これを使用することになる。
 ドレスコードに従って、既にふたりも上流と言わんばかりの雰囲気を出している。イトハは黒のショットドレスを着用し、フォーマルな形に整えてきた。ピアスもいつもと違う。
 ホオズキはキャスケット帽を外し、タキシードを着込んでいるため、いつもの親父臭さがすっかり紳士寄りになっている。しかし、若干遊びの感は抜けていない。
 言葉は交わさないが、イトハとホオズキもこれが単なる旅行だとしたら、ヒイラギに何らかの感想を述べていただろう。それだけの仲が深まっていれば、の話だが。
 正装しているのはジュノーも同様だ。彼は髪色と調和した白いタキシードで襟を正す。
「ひとつ提案だ。ラティオスとラティアスに関する情報をこちらから流し、敵候補を炙り出すことは出来ないか」
 切り出したのはホオズキだ。
「手段としては悪くない。しかし、わたしたちに危険が及ぶことにもなりかねませんね。また、敵が明らかな誘いに乗ってくれるとは限らない」
「リスクは承知の上だ。今回の任務、長引かせるより短期決戦で決着をつけた方がいいと思う。少しでも時間が惜しいなら、こちらから仕掛けるべきだ」
「あなたの主張は分かりました。ふたりに仰ぎましょう」
 ジュノーは、ヒイラギとイトハに判断の是非を求める。
 ふたりは一瞬だけ目線を合わせる。まともにお互いを見ようとしない。
「このチームには、危険を恐れるような弱者はいないはずだ」
 素直に了承を乞えばいいものの、相変わらず視線には険悪なものが宿っている。
「わたしは受けて立ちます」
「決まりだな、ジュノー」
「許可しましょう。ミッション1と2を並行で進行します。アクロマはまずこの船内にいますが、さすがに素顔を晒して出歩くとは考えにくい。何者かに成りすます、あるいは整形を施している、などの可能性を考慮した上で、調査を進めるべきでしょう。また身の安全を図るため、ペアでの行動を命じます。わたしとヒイラギ、イトハとホオズキに分かれます」
 一同、敬礼にて了解する。ジュノーの鋭い目が細められ、戦いは幕を開ける。今までにないほど、長丁場になることが予想された。
「よろしい。それでは、ミッション・スタート」


【 Mission:マボロシの場所取引阻止、元プラズマ団ボス・アクロマとの接触】


 「スナッチャーはラティオス・ラティアスについての情報を少なくとも掴んでいる」
 潜伏しているであろう遺伝子の配達人にそう認識させ、出方をうかがう。パーティーの時刻まで、スナッチャーは忙しなく船内を回った。
 ホオズキはクリスタル・カジノに繰り出し、闇社会のはぐれ者がいないかを探った。ブラックジャックの途中にはラティオスたちの情報をわざと振り撒き、自らの頭に銃口を突きつけて来る人間がいないかどうかを期待した。しかし、敵はまるで尻尾を出さなかったようだ。それ以上ゲームに没頭することを恐れて、イトハが連れて帰った。
 また、敵情視察がてら、乗客の様子を逐一観察した。不審物を忍ばせてはいないか、会話を盗み聞きしてキーワードが紛れていないか、想定出来ることは行った。
 ヒイラギが「すべてを疑え」と言ったのだ。
 彼はスナッチャー以外のサント・アンヌ号という船全体すら疑ってみせるような態度で調査にあたっていた。
 さすがに上流階級の集う社交の場だけあってか、身なりそのものに高貴さが漂う。頭の天辺から爪先にかけて油断なく張り詰め、それでも寛ぎを忘れないように、全身で心がけている。連れ歩くポケモンにしても、ニャースやトリミアン、ニャスパーなど、都会で人間社会に適応していると見なされることが多い種族ばかりだ。
 ヒイラギは自分の場違いを感じずにはいられなかった。タキシードは異物が身体にまとわりついているようだし、船の中途半端な騒がしさも気持ち悪く感じられる。戦場では悲鳴が飛び交うか、息を殺すかの二択だった。ここはどちらにも当てはまらない。
 目立った収穫はないまま、時計の針が人々を招集する。

「ヒイラギの奴も来れば良かったのにな」
 ホオズキが煙草を取り出そうとして、そういえばないのだったと諦めながら呟く。
 ボールルーム(舞踏室)に集った人々は、パーティーの開催を今かと心待ちにしている。
 視界には一度で捉えきれないほどの情報量が広がっている。端から端までドレスやタキシードで飾った人々が談笑しており、ポケモンまでも着飾って参加する空間だ。カロス地方のバトルシャトーにもこれほど豪華な一室はないだろう。刺繍が施され、絨毯のような温かみをもった一面赤の床を、照明が仄かに薄暗く染め、夜と大人の場所という雰囲気を演出するに一役買っている。カーテンで閉め切られた窓は、これから特別な時間が始まることを予感させた。
 年齢制限が設けられているのか、あまりにも一目で子供と分かる少年少女はいない。制限こそクリアしているが、イトハは元々の背丈とドレスのおかげで、辛うじて大人の女性としての階段を上れたようなものだ。幸い、本人が気にするほど周りは彼女を気にかけていない。
「人の多いところ苦手みたいだし、来ないんじゃない」
「なんだかんだ言いながらもちゃんと理解してるんだな」
「わたしが? あの男を!?」
 ホオズキが茶化すと、イトハは早口になって反論する。よほど屈辱的な仕打ちを受けたと言わんばかりの剣幕だ。本人がいたら応戦していたかもしれない、と考えると空恐ろしい。やはり上流階級とは縁のないスナッチャーである。
「分かった分かった。ここは紳士淑女の場だ。ドレスが泣くぜ」
 大の大人に弄ばれている内に、船長が社交辞令を述べ始めた。

 ようやく社交ダンスの場が開かれる。
 壇上では既に演者たちがスタンバイ済みだ。指揮に従って、楽器が音を奏でて行く。それぞれ固まったペアは、リズムに乗って踊り始めた。ポケモンたちはポケモン同士でペアを組んでいるのがなんとも微笑ましい。
 時間帯にふさわしく、ゆっくりとしたワルツの曲調で、足取りを急かすこともない。
 いくら運動神経抜群のレンジャーとはいえ、挑戦したこともない分野は足が追いつかない。ここで醜態を晒して目立ち過ぎれば今後の活動に響く。ホオズキは顔を近付け、そっと声をかける。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ありがとう」
「慌てず、わたしに着いて来てください」
「はい」
 にっこりと答えるイトハ。気取らない笑顔が咲いた瞬間だった。
 ホオズキはイトハを一人前の女性として扱い、無理なくリードする。花弁が開くように回るのを見届けると、先程までの紳士面から一転して目を光らせた。囁くようにイトハへと伝える。
「些細な違和感も見逃すな」
「分かってる」
 誰にも聞き取れないほど、短く、緊迫したやり取りを交わしたのちは、お互いダンスに興じるが如き表情を見せ、専念する。ジュノーの目論みが功を奏せば、アクロマはこの場にいるはずだ。しかし、見渡したところ、それらしき人影、人相は見当たらない。S級犯罪者として、間違っても社交界に紛れ込むことはないということか。
 曲が終わると、ホオズキはイトハと離れ、それぞれ違うペアを探しに向かう。ペアを交代することで、親睦を深めようという計らいなのだ。本来、敵意を許さないはずの場なのに、定義を捻じ曲げてでも探り出さなければいけないのは、ある意味で皮肉なものだ。
 イトハは壁際でジュノーに状況報告を行う。
「こちらにはいないようです」
『引き続き、調査を。ヒイラギがもうじきそちらへ向かうそうです』
「了解」
 手短に終えると、橙色の巻き毛をした男性が辺りを見回しながらこちらへ歩いてくる。ペアを探しているようだ。イトハもこのままだと「壁の花」になりかねない。近寄るかどうか躊躇っている内に、向こうから声をかけてきた。
 爽やかで低めの声、船内では珍しい若者に、この男性も少しばかり場違いの空気を感じているかもしれないなどと邪推を巡らす。少なくともイトハよりは年上だろうが。
 よく見ると、どこかで見たことのあるような既視感を覚える。
「これはお若い方だ。失礼ですが、お相手は?」
「いえ、見つからなくて」
「よろしければ、踊りませんか」
「お願いします」
 イトハの手を引き、一瞬だけ背を向けた男性は、戦いならばそれが隙となっただろう。彼女は出来る限りの情報を収集するも、外見上怪しげな点は見当たらない。声は加工しておらず肉声だし、武器の類を仕込んでいるとも考えにくい。ヒイラギならば波導から敵意を読み取るかもしれない。術の会得がないことが不利にはたらいた。
 男性の足取りは軽やかで、ふたりは即興の踊りをつくりあげてみせた。前の曲よりも少しばかりテンポが早く、どこか気分も高揚する。相手はイトハのことをじっと見つめていた。お互い、探り合う真意を瞳の内に隠しながら、惹かれ合う。
「誰かを探しているのですか」
 優しげな、だが決して甘い声ではなく、毅然とした意思を感じさせる。変に取り繕うのは逆に手の内を曝け出すことになると感じた。
「待ち人がいますの」
 少しばかり言葉を工夫して、いたずらっぽく微笑みかけた。
「それは素敵だ。僕も探している人がいます」
「誰でしょうね?」
「さあ、誰でしょう」
 ペアを変えずにもう一曲踊って、男性とは別れた。心が地を離れたような、不思議な時間だった。

 ヒイラギとイトハはノックだけで存在を確かめ合う。パーティーの盛り上がりから自分たちを断つように、明確な壁を築いて。ドアは開けず、ふたりは背中越しに話し始めた。
「状況報告、こちらは異常なし」
「少し年上で、橙色の髪をした男性と踊った」
「……そんな奴はどこにでも溢れている」
 ヒイラギの口調はどこか苛立たしげだった。日常的に世界を睨みつけているような男だから、気にも留めないが。
「アクロマはホールにはいないと思います」
「ダンスパーティーの終わりまで断定はするな」
 ヒイラギが壁から背中を離すのがなんとなく分かるような気がした。必要最低限以外のことは口を割ろうとしても話さない主義だ。
 どうしても腑に落ちないことを尋ねるために、ヒイラギを引き止めた。
「さっきの人、どこかで見たことある気がするんです。それに、誰かを探していると言っていました」
「その、平凡な男が?」
「棘のある言い方ですね」
 気まずい間が流れるも、あくまで無頓着を装い、ヒイラギが意味深な台詞を残す。
「おまえの既視感、もしかしたら当たるかもな」
 思い当たる節は、この場合ひとつしかない。
「まさか、プラズマ団?」
「そいつから目を離すな」
 早口で言い添えるあたり、焦りの陰が出ている。
 
 ヒイラギはジュノーと通信し、これまでの証言と予想を照らし合わせる。
 組織というものは、何より一糸乱れぬ統率を重視する。だが、何をどこまで重視するかは統治者の思想が出る部分だ。
 例えば、ロケット団は制服のデザインが個々人によって違う、かと思えばギンガ団は全員が同じような宇宙からの来訪者に見える。中でも、プラズマ団はとりわけ宗教色の強い組織である。無論、偶然の一致を根拠と決めつけるには、調査が足りなさすぎるが。
 しかし、アクロマとのコンタクトを試みる自分たちの情報を掴み、プラズマ団側が何らかのアクションを起こしたと考えるのは容易い。イトハへの接触が、意図的なものだとしたら。わざと手掛かりを自分たちに与えようとしている、としたら。
 プラズマ団もまた、スナッチャーを探していることになる。
『ひとまず、イトハの報告から考えられることはふたつでしょう。接触した男性がアクロマではないか、変装したアクロマ本人か。後者なら手間は省ける。しかし、仮にアクロマがパーティーに参加していなかった場合、わたしたちとすれ違うことになりかねません。敵勢力のことも考え、早く味方に引き入れたい。やはり、こちらから動くのが適切でしょう。ヒイラギ、船内をもう一度調査してください』
「了解」
 通信を切り、立ち寄った先は洒落たバーだ。波導使いには縁のない場所である。アルコールは感覚を鈍らせるからだ。
「いらっしゃいませ」
 厳かな声で、グラスを拭くマスター。ヒイラギはカウンターに座り、注文代わりに胸ポケットから写真を差し出す。アクロマの写真だ。
「この男を見なかったか」
 マスターはまじまじと見つめながら、首をかしげる。一日中こうやって聞き込みをしているわけだが、足跡でも消しているかのようだ。やはり素顔を隠して行動しているに違いない。
「いえ、覚えがありません」
「そうか。失礼したな」
 去り際に辺りを見やる。一本の矢にありったけの集中力を注ぎ込む者たちが気にかかった。なるほど、ここはいわゆる〈ダーツバー〉というやつだ。
「お客様も嗜まれますか」
「いや、見ているだけでいい」
 ヒイラギはひとりの男性を注意深く観察する。
 外見は普通の紳士で、良い腕だ。三本放ったが、どれもボードの中央――ブルを射ている。その後も連続して狙うべき点に突き立ててみせた。
 昔、休憩時間にはダーツで遊んだものだった。狙撃訓練のちょっとした気晴らしだ。目線の延長上にダーツとボードを見据え、腕で扇型を描くように、放つ。一点を突くように、フォロースルーまで神経を尖らせるのだ。
 しかし、ダーツの腕以上に、どこか人間のものとは思えないような波導が気にかかった。霞むように弱い部分がある。これは、ポケモンで言うところの急所ではないか。
 片付けているところを見るに、終わったようだ。
 男性は片腕を肩までしっかり通してから、もう一方の手を通して上着を着る。
「ありがとうございました」
 ヒイラギはそっと席を立ち、男性の後をつける。

 アトリウムを歩く速度が、だんだん早足になっている。こちらがまだ追尾していることをちらりと確かめるや否や、逃げだした。
 逃がしはしない。ヒイラギはカメックスを繰り出す。デッキに重量級ポケモンの振動が響き渡る。
「本当の狙撃を見せてやろう」
 麻酔にも等しい、出来る限り人間の細胞や組織を傷つけないように濃縮された、水のダーツが突き刺さった。刺激されることで強張った体は動かなくなり、その場に倒れる。
 何人かが悲鳴を上げたが、仕方ない。何より、逃がさず、苦しませず、穏便に捕らえるにはこうするしかなかった。
 男性の全身を覆っていた膜が剥がれていく。粘液のような生命体が地面を這いずり回るも、痺れにぴたりと静止した。一時的な麻痺で、のちに回復するだろう。
 ヒイラギは写真と噴水前に伏せる人物を見比べる。水色の癖毛に金髪、黒のタキシードだけが異なる。紛れもなく、元プラズマ団ボス・アクロマだ。
 違和感の正体は、〈へんしんポケモン メタモン〉の波導だったのだ。メタモンを体に張り付けることで別人に変装していたのだ。道理でイトハやホオズキ、ジュノーの監視網を易々と掻い潜れたわけである。
『目標人物との接触に成功』
 総員に対し任務の成就を告げ、ヒイラギはゆっくりと近付く。
「ハイドロキャノンの命中精度、見事なものです」
 アクロマは見破られた事実よりも、カメックスの射撃能力に関心を示しているようだった。ヒイラギは盗み聞かれることのない距離まで歩み寄り、囁きかける。
「おまえがプラズマの亡霊だな」
「あなたは……」
 ボールを手元に収め、端的に名乗る。
「波導使いだ」

はやめ ( 2016/02/15(月) 22:00 )