叛骨の強奪者






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First Stage - The Ranger part -
Phase 8 M2


 丁度、スナッチャーが魔窟の奥底へと突入した頃合。
 薄暗く立ち込める雲の切れ間から、ステルス機能搭載型の飛行艇が現れた。景色と同化する静けさをもって、そのまま大群を陸地へと運ぶ。濃霧の地に降り立ち、列を作る構成員は以前の黒装束から様変わりして、荒地に咲き誇るバラのようだ。
 彼らの頭首ポケモンハンター・Jが号令をかける。
「これよりミュウツー捕獲作戦を開始する」
 数にものを言わせ、徴兵されたカロス兵のように進軍していく。ミュウツーというたった一匹のポケモンを巡り、洞窟の安寧は根本から揺るがされようとしていた。

 竜巻の産声が鳴り止む。
 眠りを邪魔されたにもかかわらず、こちらに鋭利な殺意はやって来ない。三本指をじっと見つめ、立ち尽くすのみだ。
 ヒイラギとミュウツーは確かに目が合った。向こうは敵と認識し、スナッチャーを排除しにかかると思われたのだが、一向にそれらしき挙動を見せない。
「ヒイラギ、無事か!」
 ミュウツーを隔て、ホオズキの安否確認が割り込む。腕の中にはイトハが抱えられていた。キャプチャ拒絶のフィードバックで一時的な頭痛を引き起こされたが、大事には至らない。弱々しく瞼を上げ、我が身に走った衝撃の残滓を確かめている。
『三人とも、これ以上の戦闘継続は危険です』
 ヒイラギも心内では同じ考えだった。
 イトハのキャプチャが使えず、ポケモンたちもミュウツーの挨拶をもらって無事とは言い難い。闇雲に捕獲作業を続けるのは構成員の危機に関わる。
 同時に、ハナダの洞窟を退却せよという意味でもある。故にホオズキは念を押す。
「だが、これを逃せば次はないぞ」
 脳裏によぎるのはハンターのことだ。
『ハナダの洞窟で、多数のポケモンが石化』
 挟み撃ちの逆境に思わず舌打ちする。狙ったようなタイミングすぎやしないか。
「大将、どうする」
 ホオズキは状況を、ある意味で、楽しむかのように問うた。
「ハンターを倒し、帰路をこじ開ける」
 ホオズキは了解したとばかり頷く。捕獲対象など最初からいなかったかのように振る舞い、沈黙するミュウツーは置き去りにされた。
 ゴルーグの腕にイトハを預け、ヒイラギを乗せた。ホオズキ自身はドンカラスを繰り出し、肩を鷲掴みに脱出を図る。
 ホオズキが煙玉を撒くと、白亜の壁面を黒煙が伝っていく。
 波導の視界で、ヒイラギにはミュウツーの双眸だけが光って見えた。

 いとも簡単に撤退を許したことが、ヒイラギには疑問だった。
 アメジストの迷路へと逆戻りし、一気に突き抜けようとゴルーグは出力を上げる。
 ホオズキは未練がましくいつまでも後ろを向いていた。彼にしては割り切りが悪い。
 捕獲プラン失敗が堪えたのだろう。無理もない、ここまで潜り込むのにはプロフェッショナルの集まりですら手を焼いたのだから。
 後悔の時間は与えられなかった。ヒイラギは身に迫る嫌なものを感じる。進行方向とは真逆にボールを投げると同時、命令を出した。
「カメックス、はどうだん!」
 地に立ったカメックスのキャノンから、凝縮された波導が鉱石と鉱石の間を貫く。
 黄土色の光線は角度を違えて、見当外れに放たれた。一同に緊張が走る。全員の目を覚まさせるような強さでヒイラギは警告を促す。
「敵はすぐそこだ!」
 ゴルーグが停止、砂塵が舞う。応戦と状況確認のために一旦ゴルーグから降りる。
 綺麗な粒子に見惚れている暇はない、その隙を取られて銅像に換えられてしまうからだ。戦えないイトハを守るように、ふたりの範囲はハンター軍団の照準内に狭められていく。
 一筋、否それ以上の束が襲いかかる。すべてを感知し、ヒイラギはカメックスに出来る限りの数を削がせたはずだった。ところが、敵の波導は前に比べると衰弱しない。怯まず、第二波が来る。地上からも、地平線上からも。
 眼下の地形が動き出したかと思えば、区画を描いて岩のブロックが飲み込まれていく。地盤は元の形態である石に戻り、スナッチャーのいる地点だけが的確に削ぎ落とされる。
 紛れもなくポケモン、それもじめんタイプの仕業だろう。
 バランスを取るのに一秒。腰に手をやり、ベルトからモンスターボールを剥ぎ取り開閉スイッチを押すのに一秒。被害の薄い地点に投擲するのに一秒。足場の獲得で二秒。五秒あれば石化光線は獲物を射止める。これらの計算を一瞬にして行い、あえて動作を封じた。
 ホオズキが手を伸ばし、ヒイラギを引っ張り上げる。だが、姿勢に無理があったため、表情筋が左頬に引っ張られ、明らかに苦渋を浮かべた。
「洞窟ごと崩してミュウツーを引きずり出すつもりか。奴ら、狂ってやがる」
 このままでは的になるだけ。ジュノーが素早く作戦を命じる。
『二手に分かれましょう。ホオズキはJと応戦。ヒイラギはイトハと共にハンター勢力を駆逐しつつ、洞窟から脱出すること。万が一、ミュウツーと交戦したときのことを考え、ヒイラギ。あなたにはそこにいてもらいます』
 両者に依存はない。一時の別行動は危険も伴うが、全滅よりはましだ。これから先のミッションにおいても想定されうる緊急事態に、慣れておかねばならない。
「入口で合流だ」
「了解」
 隙を見せてはならないから、お互い目も合わせず、声だけを掛け合う。
 ホオズキとゴルーグはゴーストダイブで景色に溶け込んだ。
 通信時間を利用して、繰り出しておいたボーマンダに着地する。まずは乗せてもらえるのかどうかからして不安視されるも、ならず者の背中は新しい主人を受け入れてくれた。抱えたイトハの分も重さがかかる。
「焼き払え」
 ボーマンダの技は【かえんほうしゃ/はかいこうせん/げきりん/すてみタックル】の四つを確認済み。この中で広範囲かつリスク皆無の選択は必然だ。その他の技は使用者自身に変調を与える。Jがいかにポケモンを傷つけながら使役したのかが手に取るようだ。
 ボーマンダは息を吸い込み、口腔から炎熱を吐き出す。辺り一帯が火炙り地獄に変わる。敵側の波導が陽炎のように揺らめき、改めてスナッチャー側についたことを認識させた。
「よし。出口に向かえ」
 二枚の翼を荒々しく羽ばたかせ、首を捻じ曲げるような方向転換に、尻尾の方まで振り落とされそうになる。ヒイラギは両足でバランスを取り、片手は皮膚に爪を食い込ませ、もう片腕でイトハを背負い直す。監獄での一件以来だが、完全に打ち解けたわけではないようだ。それもそのはず、元は敵同士として出会った立場。モンスターボールの拘束力は心まで縛れない。ヒイラギが自分を操るにふさわしいか試しているようでもあった。
 乗りこなさなければ、すぐさま振り落とされる。ある意味で敵よりも厄介だ。

 まずは洞窟内に忍ぶじめんポケモンの正体を根こそぎ暴くのが先決だろう。先程までと違い、制空権はこちらのものだ。
 上空から多数の反応を確認――ポケモンから人間まで玉石混交だ。光線銃のレーザーにも気を配らなければならず、募る緊張は尋常ではない。
 助け舟が欲しいと思ったところ、丁度眠り姫の動く気配がする。イトハは無駄口を叩かず、局面を把握しようと努めた。
「意識は戻ったか」
「すみません、不覚を取りました」
 ミュウツーの反撃は予想困難であり、責められる謂れはない。
「お前は充分に仕事をした。それぐらいのミスは許される。今はこの地獄をどうやって切り抜けるか、それだけを考えろ」
 責務を果たす者に対してはそれなりの優しさを返す。どこまでもミッションのリザルトに忠実な人間だ。黙って頷き、ヒイラギが「地獄」と称する迷宮内を見渡す。
 ボーマンダを猛追するポケモンたちが十匹ほどカウント出来た。地中を渡る線に対角の切り込みを入れるのもまた、ポケモンだ。ジグザグマとマッスグマが共に走行した時を思わせる混沌模様は既に古代文字のように読みづらい。故にターゲットを確認しても、速すぎるレーザーに対処するのが精一杯で、すぐに視界から掻き消されてしまう。
「個々の種族は判別可能ですか」
「無理だ。隙を見て炙り出す。まだだ、落ち着け!」
 血管ごとはち切れそうに叫ぶボーマンダを押し付けるように諭そうとする。このままでは、ふたりを支えるだけのバランスが持たない。
「急降下しろ!」
 ヒイラギ第三の目が、岩と岩の隙間で引かれたトリガーもといエネルギーの生成を認識する。降下を命じるも、受け手はすっかり頭に血が上ってしまっており、ぐるりと腹を上に向けた。指示を無視して、旋回にて避ける。背中に跨っていたヒイラギはたちまち振り落とされそうになるが、ぎりぎり首に掴まる。イトハもヒイラギの腕を掴んでいたため、安全装置を捨てたループコースターの如き勢いで宙返りを体験した。
 生存戦略を無下にするボーマンダに、ヒイラギは早口で声を荒げる。
「無茶な飛行はするな。いいか、おれの指示に従え。自己判断は死を招くぞ」
 ボーマンダは悪びれる様子もなく、聴く耳持たずだ。
 ヒイラギは歯軋りし、このドラゴンめ、と吐き捨てる。
「ヒイラギ! ボーマンダの気持ちもわかってあげなきゃ」
「だから生き残るための指示を出しているんだろうが!」
 イトハのまなざしには強い非難の色が浮かぶ。
 ヒイラギはボーマンダを適材適所だと考え、駆り出した。戦場の真っ只中で集中攻撃を受ける事態が生むであろう混乱を棚に上げ、カメックスのように的確な動きが出来るものだと思っている。波導使いは磨かれたメンタルでいかなる状況も冷静に対処するが、元ポケモンハンターのボーマンダには波導使いの論理が通用しない。そもそも元は味方だった者たちからの総攻撃を喰らえば、いかなる暴れ者であろうと心には隙が生じる。
 そんなイトハの訴えを聞いてからは、先程よりも乱暴な飛行が少なくなり、少しずつ荒ぶる気性に落ち着きが伴う。おやである自分よりも、イトハの方に理解を寄せるボーマンダに対し、ヒイラギはそれ以上何も求めなかった。

 キャプチャが使えない現状、頼みの綱はスナッチだ。そのためにはポケモンたちを射程圏内に収めなければならない。カメックスでは送り込んだ瞬間、足場を崩されて終わる。体内器官と直結した貯水を、飛行で割くわけにはいかないからだ。
 攻略のカギを握るのはボーマンダだ。どれだけ負荷の高い飛行に耐えられるかが勝負となる。
「ディスクは完全に故障したのか」
「陽動だけなら、あるいは」
「よし。反撃に出るぞ」
 素早く作戦を講じつつ、石の刃をかわす。紫色の尖端が殺意を帯びて襲い掛かり、頬を切る。元々死線の数だけ顔を傷つけたヒイラギにとっては然したる問題ではないが、ボーマンダの飛行精度が鈍る可能性は高い。
「今の、鉱石じゃないですか」
 悪寒と予感が波を立て、まもなく真下からくり抜かれるものが答えとなった。ボーマンダを血祭にあげようという邪悪な意志を感じる。
「カメックス!」
 すかさずヒイラギはボーマンダの腹めがけてボールを投擲する。甲羅を背に、疑似ストーンエッジを受けたカメックスにはひび一つ入らない。堅固な盾としての役目を終え、地上を掠るように素早く回収される。
 レーザーの網を潜り抜けたかと思えば、息をつく暇もない。次から次へと設置されたトラップで弄ぶように、ヒイラギたちの努力は一笑に付され、上を行かれる。
「あそこまでの精度、わたしのサーナイトでも……」
 イトハは正確無比のコントロールに思わず弱音を漏らす。角度から直線に至るまで、最短距離でボーマンダを狙って来ているのが手に取るように分かるから、逆に怖いのだ。
 新たなる敵の出現によって、ルートを操作されている可能性が浮上する。〈アメジストエッジ〉を操り、スナッチャーの制空権を脅かした後は、滞りなく地上で八つ裂きにする魂胆だろう。
「任務では確実性が保障されたことだけを口にしろ。それ以外は不要だ」
 こんな局面でも、ヒイラギはいつも通りだ。少しも気を抜かず、活路だけを見出そうとする。イトハにはそこまでの強さも経験もない。トップレンジャーの世界は、空間が壊れようとも、時が巻き戻されようとも、屍を蹂躙する殺意への対処法は教えてくれなかった。
 しかし、イトハもまたプロフェッショナルとして招集されたのだ。
「僅かに残ったバッテリーで、ディスクを射出します」
 ミュウツー戦でダメージを受けたディスクを酷使すれば、機能停止は避けられない。
「スペアはあるんだろうな」
「誰ですか、確実性が保障されたことだけを口にしろって言ったのは」
 自分の言葉をそっくりそのまま返され、ヒイラギは前を向いたまま端的に告げる。
「ディスクからサーナイトを分離させ、アシストでボーマンダを守れ。地上を制圧し、おれがスナッチで仕留める」
「了解」
 ボーマンダのサイズでは、常のように体全体を使ってディスクを操るのは難しい。
 バランスを取るために最適な方法として、イトハはヒイラギの背中に寄りかかる。彼のしっかりとした骨組みは歴戦の賜物で、決して軸を崩さない安心感に満ちていた。いよいよ束縛を解き、両腕に自由を与える。この一瞬は、彼らに命を預けて。
 一気に限界寸前のディスクを射出した。中心部のコアから現れたサーナイトは、ディスクが最期に散らす火花を見届けようとベールを広げる。
「カメックス、ハイドロポンプ!」
 再びカメックスが的確に三つほどの穴を穿つ。じめんポケモンたちは奇襲を受け、陣形を崩した。ダグトリオやフカマルなどの頭部が僅かに浮かび上がる。キャプチャの軌跡がすぐさま走り抜け、続いてイトハの腕がしなる。ヒイラギはボーマンダの首を抱えることでなんとか衝撃に持ちこたえ、集中を途切れさせるわけにはいかないおやに代わり命じる。
「サーナイトッ、まもるだっ!」
 すぐそこまで迫り来る大槍の如き刺突から守るべく、ボーマンダたちを絶対的な障壁が覆う。しかし、エッジの勢いは止まらない。突破口をこじ開けようとしてきた。ボーマンダの飛行能力は徐々に失われ、落下を始める。
「くっ……!」
 イトハの操作が乱れ、ディスクがあらぬ方向へと飛び交い、ガラガラのホネブーメランによって遂に原形を失った。
 ヒイラギは顔面の風で肺をやられないように歯を食いしばる。そして、イトハの作ったチャンスを逃すまいと、上着を開いた。何重にも装備されたモンスターボールを解き放ち、内のひとつを硬く握り締める。
 ――波導は、我に有り!
 スナッチグローブが魂のように青白く光り、生命力を借りた略奪が行われるかに思われた。しかし、スナッチへと意識を高めるヒイラギは死角からの追撃、その注意を怠った。
「サーナイト、持ちこたえて!」
 サイコパワーの出力を上げながら、両手を交差させ、強く念じる。
 サーナイトの努力も空しく、ボールがヒイラギの手から零れ落ちる。もちろん標的になど命中するはずもない。ヒイラギとイトハは、激震の渦中にあった。互いに背中を預けていたからもつれ合い、これまでバランスを維持出来ていたのが奇跡に近い状況となる。ふたりの後頭部がぶつかり、意識が飛びそうになった。思わず握力を弱めてしまう。ボールは嘘のように手から抜けていった。珠のように隙無く磨き込まれたモンスターボールの丸い形状に、グリップでも装着されていればまた話は変わって来ただろう。五本指で押さえつける弾力がないという致命的な弱点のために失敗を誘発した。
 残ったボールは、ばらばらになって、宙の一点に向かって引き寄せられていくではないか。一瞬だけ上を向いた視線の先には、ポケモンハンターの頭。
 スナッチ・プロセスの完全なる失敗が突きつけられた。そして、共に銃口も。
 Jはボーマンダごと、彼らを石化させるつもりだ。今レーザーを放たれれば、助かる確率はゼロに等しい。
 
 
 惨い有様だ。
 経路を遡ってはみたが、洞窟一面、銅像が無秩序に放置されている。照り映える光沢は新品も同然で、その道で売り払えばすぐに買い手がつくだろう。しかし、壮年の男はとある女性と違って、それら一匹に想い馳せる感傷など持ち合わせてはいない。ロケット団に所属していた頃は、部分部分に解体されたポケモンとは呼べない何かの実験風景だって幾度となく目にしてきた。いかに心を殺し、取るべき手段を成功させるかが双肩にかかっている。最終的にはポケモンを救うことに繋がると信じているから、今はあえて優しさを向けない。
 記憶を辿り、ミュウツーの姿に改めて確信する。十年前と全く変わらぬ危うさと脆さ、依然として自分のものに出来ず抱え込んでいた。
 現れろ――ホオズキは強く願う。
 並走する気配に、ゴルーグはふと首を傾ける。ホオズキたちは器用な波導を感じられないから、いつの間にかその場にいることに気付かないでいた。ただし、ひとたびそこにいると分かれば、後まで残り続ける印象を焼きつけて行く、そういうポケモンだった。
 ホオズキは、旧友に再会した時のように、片方の眉を上げ、少しの感慨を混ぜ、呟く。
「十年ぶりだな。ミュウツー」
 宙を飛び交う二匹は静観する。はっきりと意識を覚醒させたミュウツーは氷の上を滑るように浮遊しながら、ホオズキとゴルーグに目を凝らす。まるで赤子が初めて物体というものを認識する過程を見せ付けられるようだ。2mはあるかと思われる身長を予め有しながら、中身はかつてよりも退行をうかがわせる。
「おれが分からないか。まあ、無理もない」
 ホオズキはニードルガンの収納されたホルスターに手をかけ、若干迷いと共に止める。まだミュウツーに正面切って語りかける勇気がなかった。
 十年の封印は、人工ポケモンの感覚をすっかり麻痺させてしまった。せめて、自分のことを忘れているであろう今の内に決着をつけたかった。手を下すのがヒイラギではなくて、或いは良かったのかもしれないと言い聞かせる。
「悪く思うなよ」
 銀色の銃身を突きつける。
 一瞬、ホオズキはミュウツーの身体にノイズが生じたのかと錯覚した。
 ゴルーグの体を貫通するほどの熱線。遠くに目を凝らすと、雷を具現化したような存在が全身から細く張った蒼い糸を張り巡らしている。それこそ、銃から放たれる針など灰塵に帰すようなきめ細かさで。
 本当に危機を覚えると、かえって何も感じなくなるものだ。じめんタイプ、それも土によって形成されたゴルーグにいとも容易く痕を刻み付ける。レーザーで腕を焼き切るような手軽さで、眼下の地面が切り取られていく。二度と接合出来ない気がした。
「奴は、リニアの」
 頭が真っ白になる。電気の針は、こちらに矛先を向けた。束は両手を合わせたようにホオズキとゴルーグを焦熱で包み込む。
 咄嗟に飛び出す影を見て、ホオズキは自分がいかに情けない顔をしているだろうな、とぼんやり思う。真正面からすべての電撃を受け止めるミュウツーが、ちらりと彼らに横顔だけを見せる。その瞬間だけが、失った十年を取り戻した。
「覚えていたのか……」
 現実はあくまでも無慈悲だ。ヒイラギならば気付けただろうが、死角から閃光がひらめいたかと思えば、ミュウツーの足元から銅色の侵食が始まる。
 ホオズキは我を忘れ、ニードルガンを乱射する。効果がないと分かっているはずなのに。撃ち込んだはずの銀の針は尖端を折られるばかりだ。ゴルーグはおやの安全を確保するため、ミュウツーを見やりながらも距離を取る。このままでは自分たちも石化の餌食となる。
 だが、限りなく最強を目指して造られたポケモンに助けなど必要なかった。ミュウツーの瞳が白目を剥くと、石化現象が途端に止まる。念力で硬化を巻き戻していくのだ。汚物を削ぎ落とし、脱皮のように新たなる衣服を纏う美しさ。
 本当にそんなことが出来るポケモンがいるのかと、言葉も出ない。
 スナッチャーのポケモンになってくれたら、どれほど心強いか。そう考えるのは罰当たりな気がしてならない。この力を使いこなせる人員はチームにいないし、ミュウツーは確かにホオズキを助けてくれたのだ。ロケット団に所属したことで腐り果てたこの性根に残る最後の人情が、ミュウツーのゲットを躊躇わせた。
 しかし、ホオズキは心を鬼にするべきだった。
 電磁波に囚われたミュウツーは今度こそ抵抗出来ず、四肢を束縛される。無尽蔵の束が羽の頂点から伸びて、蒼い錠という拘束をかけているのだ。
 サンダーを護衛するハンターたちの銃口が唸る。ミュウツーを避けるようにレーザーは邪魔者を狙い定めた。ゴルーグがジェットを噴き上げれば噴き上げるほど、遠ざかっていく。ゴルーグが追撃をかわす間にも、ミュウツーは黒き六角形の檻に閉ざされ、脚に、腕に、針が刺し込まれる。
「何をする気だ!」
 サンダーの電撃に固定されて既に身動きが取れないミュウツーに対する追い打ちは、とても見ていられるものではない。ただ衰弱させるにしては手が込み過ぎだ。ミュウツーが肩をいからせて抵抗する様子を見ても、苦しみようは尋常ではない。
 助けてやりたいが、どうにもならない。十年間の眠りからの覚醒は、結局ミュウツーの生涯が人間を中心に回っていると教え込む、残酷なものでしかなかった。
 彼は躍起になってインカムの通信回線を回し、ジュノーたちに状況報告しようとする。それしか頭になく、出来ることもなかった。最上の妨害電波に阻まれ、繋がるはずもなく、耳障りなノイズだけが流れていく。
 ホオズキは思わずありったけの悪態を叫びそうになる。
 後は簡単だ。強制的に麻酔を打たれ、二度目の抵抗はなかった。
 クリスタルは硬く閉ざされながらも銅像となったミュウツーを透けて見せる。置物と化していた銅像もろとも宙へと運ばれ、コンテナへと収納されていく。ホオズキを襲った刺客の退散と同時に、ミッションの幕は降りた。

 
 咄嗟の機転を利かせたのはサーナイトだった。
 正体不明の敵が送り込む念波に干渉を仕掛ける。具体的には、搾取しようとしたモンスターボールが宙に浮かんだ隙を見計らって、それらを念力で一点に集めることで疑似的な盾としてのはたらきを担わせる。念力の上に念力を浴びせ、相殺する無効化だ。サーナイトは先のミュウツー戦から学び、イトハのダメージをチャンスに変えたのだ。
 レーザーは獲物を違え、赤と白のカプセルも銅一色に染まり、紙一重の差で危機を逃れた。光線は貫通せず、ボーマンダやヒイラギたちの身は辛うじて守られる。
 今回ばかりは危なかった。スナッチの失敗という予想外のアクシデントは、彼らを死の淵へと一気に引き寄せたのだ。だが、逆転を生かせない面子ではない。
 ヒイラギが無事だったボールのひとつをキャッチする一方で、イトハは目を見張る。
 支えを失ったかのように、ぷつりと事切れ、Jは奈落へと真っ逆さまだ。恐らく、敵ポケモンの念力が解除されたせいだろう。カウンターでしばらくは使えないはずだ。
 ボーマンダは何を思ったか。憎むべき対象か、それとも。その時ばかりは、元主人の姿だけを瞳に収める。暴君にも複雑な感情が渦巻いているのがわかった。
「これで死ぬはずがない」
 生死を案ずるわけではないが、ヒイラギはボーマンダに声をかける。
 すぐさま敵の逆襲が来る。サーナイトが圧迫されたように呻き声を上げ始めた。
 ヒイラギは胸部のあたりに手を添え、正体の把握に努めようとする。サーナイトを締め付ける触手のような筋が見えた。つまりは、それを辿れば答えは明らかだ。
「敵は間近にいる!」
 ヒイラギが言った瞬間、ポケモンから発せられたと思われる激しい明滅にて視界が乱される。彼奴は念力を封じ込まれた途端、腕力にものを言わせてきた。
 エルレイドではなくサーナイトであることの短所を突き、自分の方がエスパーポケモンとして立場が上だと知らしめたのだ。根競べに負けたサーナイトはすっかり荒らされた洞窟内のどこかへと放棄される。
「サーナイトッ!」
 イトハは迷いなく救出に向かおうとしたが、ヒイラギが腕を掴んで離さない。
「離して、サーナイトが――」
 ヒイラギは空のモンスターボールを差し出す。レンジャーの教義に反してでも、使えと言っているのがわかった。リリースを絶対視するレンジャーにとって、モンスターボールにポケモンを閉じ込めることは考えられない。それでも、頼みの綱のディスクは木端微塵。我武者羅に飛び出したところで、イトハの身体ではサーナイトを助けられない。
 僅かに目元を引きつらせて逡巡していると、ヒイラギは珍しく激昂したように叫ぶ。
「身を呈してポケモンを守る方が先だ!」
 イトハは歯を食いしばると、モンスターボールをひったくるように掴み、サーナイト目掛けて投げつけた。粒になるぐらいまで縮んだのち、星が弾ける。ヒイラギはボーマンダの首を二回叩き、拾えと指示を出す。まだ間に合うと思って彼もボールを託したのだから。
「しっかり捕まっていろ」
 イトハはヒイラギの首に手を回し、頷く。
 ボーマンダは翼を折り曲げ、垂直に落下する体勢に入った。胃が上下するような衝撃に耐えながら、生身の彼らはそのまま洞窟の最下層まで逆戻りしていく。
 モンスターボールまであともう少し、というところで隣に殺気を感じる。
 ヒイラギは直感した――先程のポケモンだ。触手でこちらを絡め取り、一方の触手でボールを破壊しようとしている。味方を支える力がなくなっても、自身は宙に浮かんでいられることからも、やはり強力なサイコキネシスの使い手だと判断出来る。
 動きを読んで、ボーマンダの眼前を横切る触手に牙を突き立てるよう指示。呪詛のような声色が漏れて、ただでさえ不安定な脳を揺さぶる。
「ヒイラギ、ヒイラギッ!」
 イトハが半ば悲鳴に近い声をあげる。お互い限界が迫りつつあるのは承知の上だ。しかし、サーナイトの命も懸かっている。ここで退くわけにはいかない。
 ヒイラギは途切れそうな視界の狭間に、嘲笑を嘴に張り付けた宇宙からの使者の如きポケモンを目撃する。
「〈カラマネロ〉……!」
 ボーマンダは炎を吐いて威嚇するが、間を縫うようにするりと抜けて行く。触手を尻尾に巻き付け、そのまま叩きつけるように引っ張った。バランスが崩れ、ヒイラギとイトハは放り投げられそうになる。ドラゴンポケモンの太い尾をいとも容易く利用する腕力は肉弾戦にも秀でたことの証明だ。ボーマンダは体勢を整え、極力ふたりが落ちないように努める。彼らは今、共通の敵に立ち向かっている。とっくに一蓮托生なのだ。
「ボーマンダ、モンスターボールを……」
 ボーマンダはカラマネロを見据えながら、ヒイラギの掠れるような願いを聞き入れる。
 竜の堂々とした降下に対し、隕石の如き軌道を描く。両者は螺旋上にもつれ合いながら、一点を目指す流星のように命を散らし合った。
 ヒイラギは拳をあげ、枯れる声で命じる。
「すてみタックル」
 ボーマンダとカラマネロの視線が交差した。頭を下に向けたカラマネロは念力の刃を、それを接近にて迎え撃つボーマンダはダイブからのタックルを繰り出す。
 衝撃波に耐え切れず、周りの岩壁までも剥がされゆく中、イトハは遂に身を放り出された。もうモンスターボールは手の届くところにある。ポケモンのために身を呈する――ヒイラギたちが無事であると信じて、彼女はレンジャーの絶対なる掟を破った。
 サーナイトを胸の中で、柔らかく抱く。ボールの感触は、キャプチャ・ディスクとはまた似て非なるものだった。
 そして、接近する翼の音のようなものに気付く頃には、ボーマンダの首にぐったりと身体を預けるヒイラギの姿を見ていたのだ。カラマネロはどうなったのかと、上空を見やる。
 プログラムのバグが消去されるようなノイズを刻みながら、音もなく消えて行く。だが、忘れてはならない。これは消去ではなく、一種の復元――始まりに過ぎないのだと。

 
 こうして、セカンドミッションは苦い敗北の味を噛み締める結果となった。
 中でもジュノーの作戦が裏目に出たことが特に痛手だ。バッティングが逆なら、まだ反撃の余地はあっただろう。彼自身、そのことを強く悔いていたので、スナッチャーの面々にも文句はなかった。
 今回の作戦における失敗は、今後の成功のために受理される。スナッチの弱点克服、ミュウツーの追跡、新型ボールの開発、敵の目的追究――為すべきことは山積みである。

 本部での事後処理を終え、次のミッションに備えての一時解散を告げられた。
 それぞれの部屋に戻るところ、踵を返すヒイラギに、イトハは声をかける。サーナイトの入ったモンスターボールを複雑そうに握りつつも、ふんわりと口角を上げた表情はどこか穏やかだ。
「サーナイトのこと、ありがとうございました」
 それ以上言うべきか顔を俯けてから、若干上目遣いで躊躇いがちに切り出す。
「ポケモンのために身体を張るなんて、ちょっとだけ見直したかもしれません」
 サーナイトの件もそうだが、カラマネロのような凶悪な敵と最後まで渡り合い、捨て身の一撃で一矢報いようとした姿勢に、それまでの像を変えさせるだけのものがあった。
 ボーマンダの気持ちを理解してほしい、というイトハの気持ちも少しは届いたのかもしれない。ミッションは失敗ばかりではないのだ。
 ヒイラギは振り返りもせず、ボーマンダのボールを見つめながら、感慨もなく呟いた。
「こいつを飼い慣らすにはそれが手っ取り早い」
 それだけ言って、中央司令室を後にする。
 あまりにもぞんざいな言い方に、イトハは返す言葉もなかった。ホオズキが通り過ぎる間際に、吐き捨てるような悪態を突く。溝は埋まるどころか深まる一方だ。
「あの人、どこまでが本音で、どこまでが建前なんでしょうね」
「演技だと思ってるのか?」
 訝しげにホオズキは眉を吊り上げ、ドアの先を睨みつけた。しばらくして、胸ポケットからジッポと煙草を取り出し、口に咥える。
「そんな器用な真似、出来るようには見えんがな」
 煙草をかじり、かつ火をつけながら喋るので聞き取りにくいが、確かにそう言っている。
 ヒイラギが何を思ってボーマンダを自分の手持ちとしたのか。サーナイトを助けるときに飛び出した言葉は本物なのか。最後のすてみタックルを指示したのは、ボーマンダを信頼させようとする彼の打算的な考えに過ぎないのか。
 すべては断じて悪を許さないという決意の表れか。答えは本人のみぞが知る。


はやめ ( 2016/01/09(土) 18:21 )