叛骨の強奪者






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Third Stage - The Aura Guardian part -
Phase 52 破壊衝動
 火の手が上がる。渦中でいくら浴びようとも服には焦げ痕一切つかない。
 息を殺し、頬にまとわりつく煙を払い除けながら進むと、路頭に迷う女性が物乞いをしている。
 おまえもはやく逃げろ、と口は言葉を紡いでいた。いいえ、首を横に振られる。
 仕方ないから連れていこう。歩は鎖をがんじがらめに固めたように動かなかった。そう思ったからか分からないが、いつの間にか靴の紐をせっせと鎖で結び直そうとしていた。何をしている、と蹴り上げそうになったとき、先端は頬を掠めていた。
 おそるおそる屈み、頬骨を摩る女性に声をかけようとする。炎は彼を取り巻いてやまないはずだが何故か暑さを感じさせない。
 自分の心は機械化し既に冷え切っているせいだからだと感じた。毒を塗りたくったナイフのような先っぽで切り込む視線を上げられ、既に遅いと気付いた。
 彼女は、次第にひび割れた頬を陶器のようにぱらぱらと落としながら、剥がれた顔面をひとつずつ拾い上げ、袋に詰めていく。割れた仮面のうち、まだ芸術を保っていた方ではない半面から、またひとり違う人間の瞳が覗き込む。


 な  選  バ  れ  な  か  っ  ノ  ?

 ナ

 ん  デ




 ――飛び起きた。

 首を跳ね起こし、寝違えたかと摩る。身体中汗まみれだった。二の腕から膝もふくらはぎも、すぐに乾きそうな油分が穴から吹き出し、シーツと体温は一体化し、心の臓は小刻みに音を立てている。
「夢か」
 たった一言、先程の地獄よりかは現の方が幾分ましだと再確認する。体制を立て直すかのように、夜の闇へと、無害な敷物の中へと、再び吸い込まれていく。



「ヒイラギ、やっと来たか。朝飯だ」
 朝。元プラズマ団員の共用部屋では、現チーム・スナッチャーの主要メンバーがお盆に食事をのせて席についていた。
 はやくとってこい、と急かされ、言われるがまま座り込む。おはようございます、という誰かの挨拶が耳から耳へと抜けていった。普段なら睡眠中でも警戒心を高め、臨戦コンディションでいられるよう自己管理しているはずだが、今日に限ってはどうも平和ボケしたシチュエーションのせいかスイッチがオフのままだ。
 面を突き合わせたことのない者たちとの食事は、不思議と彼の動揺を少しずつ緩和していった。だが、自分があの夢に対して動揺していることにまた動揺を隠せない。
「おいしい! 元気でるなあ」
 スープを口に運び、上品に一息で吸いながら味わう姿を、なんとなく見たことないなと思いながら、つい目をやってしまう。
「よかったです。わたしたちにはこれぐらいしか出来ないから……」
「ううん、ご飯がどれだけありがたいことか」
 エクリュが構成員のために朝食をふるまってくれたようだ。
「前まではどうしてたんですか」
「配給だったよな」
「そうそう。でも全然違う。生命維持のための必要最低限食って感じ」
 このテーブル上に広がる簡素なプレートには、色とりどりの料理が並んでいる。コーンスープから、マラサダにヨーグルト、食欲をそそる色彩豊かなサラダにはクルトンが散りばめられている。
 ヒイラギは食というものにとことん関心がなかった。誰かと席を共にし一緒に味わう行為が味覚を倍増させることも知らなかった。ただ食欲を満たせるから義務的に手にとっていただけで。摂取出来るなら固形物でもいい。だからこの献立に対して気の利いた食事レポートを述べることが出来ない。
「今まではお互い心を開けませんでした。でも、もうそんなことはない。だったらこうやってみんなで食べればいいんです」
「ああ……そうだな」
 ホオズキとイトハは、食卓の温かさを思い出していた。
「エクリュさん、今度料理教えてね」
「よろこんで」
 ささやかな口約束が成立する。
 新たに輪へと加わったのは、オペレーターだけではない。後ろ髪を束ねた小娘の関心はもっぱら、もの珍しい傷の男にあてられているようだった。
「ヒイラギにいちゃん元気無いね」
「しけたツラしやがって」
 せっかくイチジクが気にかけてくれているのに。ホオズキの、エッジが利いたいつものじゃれ合いもスルーされ、そのキャッチボールの通らなさにイトハは胸騒ぎをおぼえた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「なんでもないわけない」
 いつものように強く言い返してこない。
「大丈夫だ、任務は遂行する」
 スプーンをカチャリ、と置く音が食事ペースの違いとして表れた。
「おいしかったよ。ごちそうさま」
 不器用な感想だけを置土産にする。
「ちゃんと食べたのかあいつ」
「……食べてる」

 廊下を出たヒイラギを、ホオズキとエクリュが引き留める。
「ヒイラギ、顔色悪くないか」
「ちゃんと眠れてますか?」
「ああ、大丈夫だ。任務の疲れだろう」
「なら、司令官に伝えるべきです」
「その必要には及ばない」
 この頑なさは依然変わる気配がない。
「ヒイラギ、これはチームワークだ。おまえひとりが任務を背負うわけじゃない。イトハのことも考えろ」

「考えてるよ毎日、嫌っていうほどな!」

 半ば反射的に声を荒げた本人の方が、言われた当人らより驚いているようだった。
 ヒイラギは俯き、先程の威勢を失う。
「……すまん」
 逃げるように踵を返す。


 朝食後、すぐさまアクロマ司令官による全員招集がかけられた。
「今回もネオロケット団の戦力低下を見込めるミッションを用意しました。皆さんには、ミュウツーの量産計画を食い止めていただきます」
「量産計画だと?」
「ロケット団では無かった計画でしたか?」
「ああ。なにせ一匹を制御するのがやっとだったからな」
 ホオズキの言う通り、ミュウツーはその出自からして簡単に量産出来るようなポケモンではない。
「ですから、ネオロケット団は、秘密裏に拠点を造る必要がありました」
「誕生の島は放棄されたままだった」
「ロケット団の跡地を利用するのは、流石に安易だと考えたのでしょう」
 拠点の所在地は、誕生の島でも、ハナダの洞窟でもない。カントー地方でもまだ触れられていない奥地がある、とほのめかした。
「火山街・グレンタウンです」
 エクリュが説明を引き継ぐ。
 グレンタウンはカントー史に残る大規模火山噴火以降、協会の管轄となった街だ。生命の住める土地ではなくなったグレンを、ネオロケット団側の工作員が引き取る。第二、第三のミュウツーを造る足掛かりとして研究施設の再開発にあたった。
「そこで研究施設に侵入し、現在進行中の量産計画を阻止していただきたいのです」
「なるほど。ミュウツーを量産されたとあっちゃ、こちらも手の打ちようがなくなる」
 確かに世界最強レベルを誇る学習能力のポケモンが易々と生産されるのは悪夢だ。
「今回から、メガシンカをミッション内にて実践投入してもらいます。イトハのサーナイトのシンクロパルスであれば、コンディション的に問題はありません。あとは本人たち次第……」
「もちろん、わたしはやれます」
 教官は何も言わない。
「ヒイラギ、おまえは良いんだな?」
「おれが許可を出した」
「なら、責任もってサポートしろ」
「ホオズキ、大丈夫だってば」
 大丈夫、と発する時が人間は一番大丈夫じゃない。分かっているからこそ心配になるのは、親心に近い愛着のなせる賜物か。
「スレート、ミッション時にはくれぐれもヒイラギを注意深く観察しておけ」
「イトハさん、ではなく?」
「ヒイラギだ。あいつ、ここ最近が一番不安定だからな」

 オペレーターが座標を入力する束の間、ヒイラギとイトハはワープパネル上に立つ。
「不安か」
「まあ、不安……といえば、不安かな。ヒイラギは?」
「おれは不安視していない」
「……そう」
 自信満々な先生を少し困らせたい教え子は、あっけらかんと冗談交じりにひとつかましてみた。
「そのうちヒイラギより強くなったりしてね」
 さあ、どんな反応をするかな。
「そうなってくれれば助かる」
「言うね」
『ヒイラギ、イトハ、スタートしてください』


 グレンタウン、そうかつて呼ばれていた島。
 噴き出した溶岩流の固まった一帯に、施設が埋まっている。順序的には逆だが、大自然は人間の便乗を許すまいとその証をなお滾らせていた。劣悪な環境を好み生息するようになったブーバーなどのポケモンもいる。
 人が歩く程度の速度で流れてきた溶岩は、建造物がせき止めたことにより、そのまま海へと流れていかず、約400戸もの家を埋め尽くした。かつてはこの一帯を赤いマグマが覆っていたのだ。
 ポケモン屋敷と呼ばれる遺産を掘り起こすのにネオロケット団は躍起になった。溶岩を掘削してまで見つけ出した研究施設を新調している。
『アンダーラボを機能停止させることが今回のミッションにおけるゴールとなります。量産型ミュウツーとの戦闘が生じた際には、正面からの戦いは避けてください』
「了解」
 メガサーナイトは、イトハとの完璧なコンビネーションをスタートから披露した。アクロマが新調した「メガ・スタイラー」は、限られた者のみが使えるメガシンカをレンジャーの任務用に施した新装備だ。ディスクのカプセル部分にメガストーンを取り付け、アシストとメガシンカを同時に出来るよう組み立てられている。
 ラボ内部の赤い壁紙には悲鳴がよく似合う。ヒイラギとイトハの獅子奮迅ぶりには今更固有の説明を割くまでもない。幾多のミッションをこなす前では多少の手こずりもあったろうが、もはやそんな次元で立ち止まる二人ではない。ネオロケット団からすれば、彼らは物言わぬ悪魔のように映るはず。それでいい。
 階層を突破し、警備を解除し、奇襲を仕掛ける。研究員たちはネオロケット団の純戦闘員よりは遥かにひ弱で、白衣の内に強靭な刃を隠し持っていることもなかった。だからヒイラギたちも力の込め方には手を加える。正真正銘ミュウツーを増殖するためだけに造られた場所なのだろう、ここは。

「司令官、プロト・ミュウツーの収納部屋へ到着。これよりスナッチフェイズに入ります」
 イトハがインカム越しに伝える。
 製造完了した「完成品」は、棺のように所狭しと並べられていた。確かに、この大群が本格的な採用基準を満たしてはまずい。
 具体的な方法はブリーフィング通りで行く。メガサーナイトの『スキルスワップ』を使用し、プロト・ミュウツーに同時テレパス能力を付与。サーナイトが念力を送り込むことで一気に意識を覚醒させる。覚醒直後の朧気な状態では、障壁を張る間もなく、一方的に叩くことが出来る。この作戦の可否を分ける問題点としては、プロト・ミュウツー自身の戦闘力に大きく依存する。司令部はサーチの結果として、プロト時点での戦闘力は遠く正規個体に届かないと予測を立てた。構成員はその予測を頼りに実行する。
 死体安置所のように眠るミュウツーを叩き起こす。余波のサイコパワーとメガシンカのエネルギーが純白のドレスを攫い、その泳ぎ翻る様は強者を彷彿とさせる。ディスクは8の字を描きながら、棺と棺の合間を縫う。波導はどうだ、小さく、か弱いものだ。炎でいえば点け始めの弱火、火力が増す前に根本を絶つ。衣装の裏地にはやはりプレシャスボールが大量に装填されている。ヒイラギがそれを乱舞させると事は終わった。後は施設のコントロールを奪うだけだ。

「これで終わりか」
 ヒイラギはどこか自嘲したようにうすら笑いを貼り付けた。今までに比べると拍子抜けするほど簡単だった。それはイトハも同じ感想を抱いたようだ。何か見落としがあるのではないか、或いはボスにあたる強敵の前触れではないか、と疑り深く考えるが、
『ミッションクリアです。証拠を隠滅し、帰還してください』
 アクロマの回答はいたって事務的だ。
「施設を破壊してもいいんだな?」
『はい。証拠隠滅ですので』
 方法は問わない、という。
「……了解」
 司令部は困惑した。ヒイラギが何故か通信を遮断したからだ。
「通信を切る必要は無いはずです。連絡を取り直します」
 アクロマは首を横に振る。
「その必要はありません」
「しかし」
「スレート、わたくしたちがスナッチャーを奪われたときの苦しみ、覚えてるでしょ」
「では、まさか……」


 ミュウツーの容貌、台詞、挙動、全てが忌まわしい。敵対者はモニターに映り、遠く及ばない次元から自分を見下しているように思えてならなかった。
「こいつが、カメックスを……」
 ボーマンダが呼応する。
 瞬間、ヒイラギの我と理性が分離した。

「破壊しろ!!」

 暴君は命令に従う。
 ミュウツーの顔面がまず四分割された。
 モニター際のキーボードを爪で挽き、床をひび割れるまで叩き続けた。壁に幾度となく突進し、崩壊した穴という穴から炎を吐き出した。実験器具や用途不明の装置は噛み砕かれ、尻尾の先で二度と元の形に戻せないようになるまで執拗に叩きつけた。コードを無理矢理に引っ張り上げて引き千切った。研究員たちはとうに逃げ出した。追走よりも破壊を優先させた。命まで獲るつもりは無い。それは波導使いの教義に反する。だが、この研究所だけは跡形も無く爆砕し、破砕し、木端微塵に、凋落させる。
「そうだ! 燃やし尽くせ!」
 夢と同じ、焔の中に彼はいた。
 この炎は自分が起こした怒りそのもの。どれだけ浴びても痛くない、怖くない。心が軋み、涙すら枯れても。むしろ愉快ですらある。破壊が進むにつれて、肩が軽くなっていく。許せない、許せない、許さない。自分の相棒と認めた戦士を奪ったあの、人間の強欲が生み出した成れの果てだけは。
「誰からも感知されないボールの孤独に閉じ込めてやる」
 必ずスナッチし、その無機質な顔色の悪さを、怯懦で染め上げる。感情がないのなら書き換えてでも感情を芽生えさせ、その上で壊す。
 ヒイラギはモニター上のミュウツーが消え行く様を見て、破壊の痕から通る風を浴びて。唐突に、虚しさへと襲われる。
「破壊されたのは、おれの方だ」
 このような形でしか報復出来ない。
 両手をわなわなと震わせ、自分の愚かさに気付く。感情にものを言わせて、あるがままに振る舞うのは、化物でなく人間である証左か。
「くくく」
「ふふっ。くくく。くふふっ」
「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」 
 喉が切れて血の味がしそうなほど、嗤った。傍からすれば狂人にしか映らない彼の有様に、それでも彼女は驚きすらしなかった。前にも見たことがあるから、追い詰められた彼が、音なきSOSを出しているところを。
 イトハと、メガシンカを解いたサーナイトが、火の手に近付いてくる。

 ひとしきり嗤い、笑い、疲れたあと、ヒイラギは振り向く。やつれた、醜い貌を、見せたくないという躊躇や注意力は薄れていた。自分の汚い部分をまとめて曝け出しても、近付くことを恐れない人がずっと欲しかったという想いに、もう嘘はつけなかった。
「やっぱり、まだ気にしてる」
「おれの歳とそう変わらない数を共に生きた。忘れられるのなら血の通っていない人間か、或いは」
「じゃあ、わたしたちと同じだ」
 また「マシーン」などと自分を揶揄し傷付けるのを止めるように、イトハは言葉を被せた。
 カメックスとの絆を、イトハとサーナイトは同じと称した。彼らの関係の深さを知ってなおそう言えるのなら、ヒイラギの与り知らぬ部分で彼女らもまた深く繋がっているのだと、腑に落ちる。
 少しずつ、ヒイラギは鎮火されていく。
「イトハ……」
 ボーマンダの羽ばたきが止む。
 また、助けられた。
 時折、発作のように自分を肯定出来なくなる。自暴自棄に陥った時、彼女は多くを語らず、そっと傍にいてくれる。アーロンとの邂逅でヒイラギの心は間違いなく救われた。でも報われたのは波導使いの半生としてであり、一個の生きる命としての彼はまだ何かを求めてやまない。自分を肯定出来なくなったら、彼女はどうやって立ち上がるのだろう。
「どんな夢を見たんだ。破れた世界で」
 タイミングが果たしてそぐわしいかは分からない。けれども知りたかった。
「まだ話してなかったね」
 そして、彼女はゆっくりと語り出す。


 *


 始まりは一通の着信から。
 出る資格があるのか。自分からコールを解かなくてもいいのなら、このまま鳴り止むのを待っていようと思った。
 けれどもコール音が10を越えた。随分と根気強い。数えるのも馬鹿らしくなり勘定をやめる。携帯をふんだくるように手に取った。
『久しぶり』
「久しぶり」
『珍しいな、連絡もよこさないで何処にいたんだよ?』
「……ごめん」
『なんてな』
「えっ」
『嘘だよ、知ってるよ。スナッチャー。おまえのことをユニオンの連中に問い詰めたからさ」
「ハジメが……?」
『だって、今までトップレンジャーやってた仲間が突然いなくなったら、何かあるって思うのは当然だろ』
「あのね、ハジメ。わたしにも出来たよ。……頼れる仲間が」
『よかった。多分、おれが言うのもなんだけど、大変なんてもんじゃないんだろうな』
「ブラック通り越してダークって感じ」
『心配してたんだけどさ……連絡、とっちゃいけないかなって』
「……ハジメ。わたし、あなたが羨ましかった。そのまま言うね」
 レンジャーとしてエリート街道を歩む中、イトハは何も持たないハジメに追い付かれそうになった。以来、彼を純粋な目では見つめられなくなった。
『勝手でしょ。やめといて正解だよ、わたし』
『おれはおまえの生活をぶち壊したかなって思ってたけどな』
「えっ?」
『アンヘルの野望を打ち砕いたとき、勤めてたおまえの親父さんのこと思い出してさ。スナッチャーに左遷されたって聞いた。おれは自分がやってきたことを後悔しそうになった。もっと、違うやり方が出来てれば……』
「そんな、ハジメのせいじゃないよ」
『ま、これで迷惑かけたのはおあいこさま? みたいな』
 彼らしい、あっけらかんとしたものの言い方だ。
「なにそれ」
 いつの間にか、くすりと笑っている自分がいる。
「……ハジメ、ひとつ教えて。ダークライをキャプチャするとき、どんな気持ちで挑んだの?」
『何か壁に当たってるんだな』
「絶対にキャプチャ出来ないポケモンがいて」
『……そうだな。おれは、抉じ開けようとはしなかった』
「ダークライの気持ちを?」
『ああ。ダークライが魅せる夢に飲み込まれそうなときは、自分が飲み込まれてもいいって考えたな』
「それでナイトメアを打ち破れるの?」
『うーん……。破る、とか、そういうんじゃないんだよ。おれたちはポケモンに力を貸してもらう立場じゃん? 屈服させるんじゃなくて』
「わたし、敵意が強いポケモンは、自分に従えって命じてた」
『それじゃ、イトハより強いポケモンは聞き入れてくれないよ』
「……もしかして」
『何か気付いたみたいだな』
「ありがとう、少し分かった気がする」
『頑張れよ。最後まで』
「うん。ハジメもね」
『それとさ……今度プエルに戻ったら、ご飯でも食べに行こう。積もる話も色々あるしさ。だめ……、かな』
「良いに決まってんじゃん」
『それ楽しみにしとくから、生きて帰って来いよ。訃報はごめんだぞ』
「……おう」


 *


「でも、それはわたしが作り出した都合の良い幻でしかないんでしょ?」
 破れた世界で出会う人間は、本物ではない。自分の深層心理が望み欲し、理想に基づいた忠実な再現でしかないのだ。
 イトハはきっと長らく、旧友の同僚との不和を気にかけていたのだろう。そしてそれは解消されていない傷のまま、ここまで来てしまった。でも、再び立ち上がるだけの理由には成り得た。そんな少年少女時代の、淡い話。
 ヒイラギは肯定する。
「幻でもいいじゃないか。幻でも、会いたい奴がいる」
 それこそ自分が会いたいと願い、焦がれる人を求めてもいいと、肯定の口実にしているようだった。
 イトハは察した。察したからこそ、釘付けにさせたいという欲に駆られる。

「じゃあ、これからはわたしを導いてよね」

 ずる賢い女。自分だって現を抜かしていたのに。わたしを見て、なんて束縛に等しい。でも、ヒイラギがイトハを見ている時、その彼方に別の誰かを見ているような気がするのだ。そんな眼をされると、歪で、悪役になれそうな自分の素質が、芽を出す。

「……ふ。つくづく敵わんな……」
 毒気を抜かれたように、ヒイラギの表情は緊縮を緩める。
「分かった」
「よし」
「だが、おまえも独りで行くな」
「……努力する」
「自分にはそれか」
「あんただってそうでしょ。怖いものなんかないくせに」
「おれにだって怖いものはある」
「なに?」
「今度聞かせてやるよ」
「言ったな。忘れたら許さないから」
「努力する」
 ふたりはくすり、と笑い合う。任務の合間に許し合ったほんの戯言が、ふたりの心を癒し、明日への活力に変える。
「帰ろう」
「ああ……。任務、完了だ」

■筆者メッセージ
イトハの過去については、「Phase 16」で触れたものと、本家ポケモンレンジャーバトナージのストーリーを合わせたものになっています。
はやめ ( 2021/07/24(土) 22:23 )