叛骨の強奪者






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Opening Stage
Phase 1 波導は我に在り


 因縁の日から、十年後。
 同月、同日、同時刻。シルフカンパニー二度目の占拠が行われた。
 敵の要求は実に明解である。

 ――マスターボールの開発プログラムを渡せ。そうすれば人質は解放する。

 惑星誕生以来、人類叡智を総合した結晶〈マスターボール〉は、どんなポケモンも内に収める。神と呼ばれしポケモンさえ、科学的シミュレーションには敵わない。そんな究極アイテムの開発に携わったのがシルフだった。
 社長らは断固、犯罪組織に立ち向かう方針だ。国際警察が人質解放の交渉を進めるも、要求を呑む様子は一向に見られない。
 生殺与奪の権利は今や占領側にあり、彼らの暴力性を鑑みればいつ大勢の人質が殺されてもおかしくない。そこで、国際警察きっての特殊部隊〈SECT〉が突入する流れとなった。しかし、判断を誤れば、隊員の多くが命を落とすリスクも孕んでいる。

「シルフを占領か。嫌なやり口だ」
 万全の装備で身を固めた男が、モンスターボール片手に悪態を突く。
 摩天楼を区画に分け、ひこうポケモンやヘリで固めた。昔の事件から学び、現在のヤマブキは見えないドーム状の膜を張っている。バリヤードの〈見えない壁〉を応用した一大事業で、ありとあらゆる外敵の侵入を許さないはず、だった。それが民間人の立ち入り禁止という失態を演じるとは。
 男は無線を口元に、手短な作戦確認を行う。
「C-7ポイント。破壊光線、チャージ完了」
『こちら、L-3。レントラーの透視結果によると、敵勢力は約三十八人と推定されます』
『ヘリからです。外壁はレアコイルとマルマインの電磁浮遊で固められているため、迂闊な攻撃は被害を増長させかねません』
「粉を撒くのは?」
『防塵と同成分の武装をしているため、厳し――』
 続きが聞こえない。訝しんだ男は再度無線に呼びかけるも、返って来たのは見当違いなノイズだった。即座に、全身を粟立たせる不快な感覚が男を捕える。通信を傍受されたか。
『失礼、盗聴ではありません。十五分、時間を頂きたい。我々が隙を作りますので、その間に侵入を』
「何者だ」
『訳あって、名を明かすことは出来ません』
「笑止。名を明かすことの出来ない者を信用すると思うか」
『ごもっともです。しかし、十五分後には今の言葉が嘘ではないと証明出来ます』
 無線に割って入るほどの自信過剰な人間である。しかし、膠着を打ち破るだけの囮には使えるかもしれない。男は誘いに乗ってみる。賛同の意を示す頃には、通信が途切れていたが。

 地下の抜け道が開け放たれている。
 丹精込めて磨かれた廊下になど目も暮れず、前だけを見据える青年が立つ。
 城壁を打ち砕いてでも進みそうな力強い瞳に、決意の炎を滾らせて。茶髪を刈り上げ、迷彩柄のコートの裾が地に届きそうだ。包帯を巻いた腕に、指開き手袋を装着し、両の甲には魂を閉じ込めたような石が取り付けられている。顔の輪郭や筋肉の具合から若さを感じさせるが、既に大方の死線を知り尽くし、この世の穢れを浴びたような諦めの雰囲気を放っている。傷だらけの表情には、本来若者に宿るはずの溌剌とみなぎる輝きがない。
 その横を陣取るのは、巨大な甲羅から血の気に満ちた形相を覗かせる、闘争心の深そうなポケモンだ。両肩から大砲が突き出ている姿は体内に機械を取り付けたかのように異様である。腕には青年の甲にあるものと同じ輝きを灯す腕輪が見られる。
 通常目撃される個体と異なるのは、片目に深い切り込みが入っているところだ。隻眼のスナイパーとでも称すれば、少しは洒落が利くだろう。人はこのポケモンを〈こうらポケモン カメックス〉と呼ぶ。
 流暢に動く唇からは、無線型インターカムで何者かと話している様子がうかがえた。
「国際警察の連中とて、訓練を受けた戦士のはしくれだ」
『しかし下手に敵を刺激しては、更なる惨禍を招きかねません。彼らに対抗し得る力を持っているのは我々だけなのです』
 マイクの向こう側にいると思われる人物は、「対抗し得る力」という部分を特に強調した。改めて、自分たちの宿命を言い聞かせるような含みを持っている。
「わかっている」
『敵は紛うことなく、根絶すべき悪意です。遂に我々の反旗を翻すときが来たのです。その力、思う存分知らしめてやりなさい』
 青年は歯の間から息を通わせ、グローブをぎゅっとはめ直す。すくりと立ち上がったカメックスと同じ方角を見つめ、任務の開始を促す。
「ジュノー司令官。指示を」
『よろしい。それでは……ミッション、スタート!』


 威勢の良い号令後、異なる声に代わる。任務遂行をサポートする、オペレーターのものだ。
『シルフでの移動はワープパネルです。また、人質の解放はSECTに任せます。ですからあなたは敵の兵力を出来る限り削ぎ、突入部隊の負担を軽減してください』
「了解。カメックス、加速せよ!」
 第一声を受け、カメックスは手足と顔を引っ込め、その場で数度床の感触を確かめた後、スピンと共に敵陣へ突っ込んでいく。図体の大きさからは信じられないほど身軽な挙動だ。
 目算では、ざっと三十は軽い。黒装束を着こなし、小型のバイザーは素性を悟らせない。まるで生気を感じさせない連中だ。
 静寂を破った部外者に、銃声での洗礼を浴びさせる魂胆だろう。一口に銃といっても、マフィアが用いるピストルとはそもそも理屈が異なる。腕に装着される武器の呼称に悩んだため、便宜上〈光線銃〉と称しているだけに過ぎない。
 赤色のレーザーが発射され、常人には到底かわすことの出来ないスピードで両者を狙う。あくまでも、常人ならば、の話だ。その境を超えた青年からすれば、愚直で素直な軌道に過ぎない。
 周りの視界一切を遮断し、感覚を研ぎ澄ます。全身に遍く血液を活発にして、耳でもなく、目でもなく、心で感じ取る。三百六十度が彼の包囲網だ。そこに死角は存在しない。
 予見したところで回避は至難の業。だからこそ、引き金を押したそのときから、自分を狙うものに鋭利な殺意を向ける。内部で生成されたレーザーが銃口から射出される瞬間まで、手に取るようだ。後はシンオウの山麓で鍛えた身体能力が、肉体を思う場所へと動かしてくれる。
 辺りは阿鼻叫喚の事態だ。それもそのはず、国際警察最強の部隊が苦戦を強いられたレーザーをものともしないのだから。それより、力に物を言わせて挑みかかる青年とカメックスの方が悪夢の象徴である。
 腰を屈めている内にもカメックスが標的を弾き、無粋な骸が積み重なっていく。骨の何本かは逝っただろう、悲鳴を聞いても青年の眉は微動だにしない。光線銃に頼り切りのせいか、戦闘技術は皆無に等しい。ポケモンを出す前に、横薙ぎの手刀で開閉スイッチを破壊。流れて来たスピンを鮮やかにかわし、甲羅に飛び移る反動を利用して高い跳躍後、首筋の裏から意識を奪う。両者が残存兵力を一掃するまでには、五分とかからなかった。司令官とオペレーターの感嘆が聞こえる。
『噂通りの実力ですね、〈波導使い〉ヒイラギ』
『そのまま、テレポートポイントに向かってください』
 刃物よりも光る目つきで悪党を見下ろしながら、ワープパネルの上に立つ。精神が吸い取られるような危険を感じるも、気付けば狭い小部屋にいた。研究用のデスクが荒らされた痕跡が見える。
「テレポートの感覚は不快だな。これがまだ何度も続くと思うと憂鬱になりそうだ」
『じきに慣れてもらわないと困ります』
「はどうだん!」
 軽口の合間というような気楽さで、波導を凝縮した玉を指示する。
 たちまちデスクは元の形を留めないほど悲無残な壊され方をして、隠れている人間の悲鳴が上がった。次のテレポートに、ヒイラギは思わず悪態を突く。

 波導の使い手が疾駆を始めれば、止められる者は誰もいない。ポケモンのスピードについていくのはさすがに不可能だとしても、ヒイラギの走りは生半可なアスリートの鍛え方を遥かに凌ぐ。カメックスに至っては通りかかったついでとばかりに、ナットレイの下を削るように持ち上げ、ズルズキンにフードを被せて首を絞め落とす。もはやオペレーターが警戒の指示を出すこともない。一陣の風というよりも破滅的な嵐に近い。通り過ぎれば、草も生えなくなっている。
「案ずるな、オペレーター。敵の気配はすべて、おれとカメックスが察知する」
『では、このフロアに忍ばせたチームメイトと合流してください』
「二人いたと思うが。どっちだ」
『女性です。情報は記憶していますか』
「パートナーはサーナイトと聞いている。カメックス、波導を感じるか」
 その場で目を瞑り、周辺に波紋を投げかける。ヒイラギは何事もないように腕組みを決め、コートをはためかせているが、監視カメラと思しき物体が四散する程度には威力がある。カメックスは首を横に振る。
「そうか。どちらにせよ全滅させればいいだけのことだ」
 侵入が割れたか、廊下はレーザーでのお出迎えだ。ジュエルを好んでやまない怪盗が赤外線の罠を縫うような勢いで、壁を伝い、体を上下運動させては、アクロバティックに敵を翻弄する。
 体が重いためにヒイラギと同じ動きを真似出来ないカメックスは高速スピンで壁という壁を跳ね返り、ゲームコーナーのパチンコ玉よろしく暴れ回る。しかし、それはレーザーに触れない軌道を計算した上での反射だ。触れれば倒れるドミノも、数だけは立派なほど揃えられている。埒が明かないことを察したか、ヒイラギが高らかに叫ぶ。
「ハイドロポンプ!」
 二本の矢が障害物を薙ぎ払うように、盛大な放射が辺りを水浸しにする。上階からの瓦礫が逃げ場を封じた。すかさずヒイラギは残存兵力のおおまかな数を計測する。フロア全体に波紋を広げ、波導を感知出来るかどうかを確かめているのだ。純粋な〈はどうポケモン〉ではないカメックスで埋められない穴を、パートナーたる人間の波導使いが埋める。
 ぽつりぽつりと、無心に火が灯っていく。微弱だが、反応はまだ生きている。
「十、九、八、七……数が減っている?」
 そのときカメックスは有無を言わさず、水流の一閃を走らせるも障壁によって阻まれた。位置は丁度目元のライン。当たれば失明は免れない。
 ミッションは常に予測不能の事態が起こり得る。故にヒイラギは断定と先入観を捨てて、声を荒げる。
「誰だ!」
「味方です」
 若い女性を庇うように立つのは、まるで淑女のような印象を与えるポケモンだ。これほど人間と瓜二つな容姿も珍しい。純白のスカートを履き、カールのかかった緑髪を靡かせる。
「サーナイト、事前に聞いていた手持ちだ」
「チーム名は」
「〈スナッチャー〉」
 二人が同じ単語をなぞる。チーム名は暗号だ。これを知っているならば、合流は無事果たされたと見るべきだろう。
「カメックス、確かに話の通りですね」
「ジュノー司令官から話が通っているならば早い。説明は省く、行くぞ」
 サーナイトと並走する女性。その格好は世間に出れば幾度となく目にする。ランクの低い組織員とは違い、自由なデザインを許可された制服だ。深い赤色のタートルネックで首元を覆い、黒い線の入った白ジャケットを着こなし、下半身も似た調子で整えている。ふわりとしたミディアムパーマでまとめられた黒髪が艶やかだ。耳元から覗く片方のピアスが、あどけない雰囲気の中にも見え隠れする大人の風格を備えつける。
 何より目を引くのは、光線銃所持者の如く大義そうに取り付けられた黄金の機械だろう。〈キャプチャ・スタイラー〉の実物を見るのは、ヒイラギも初めてだ。
『彼女は〈トップレンジャー〉のイトハです』
『これからあなたたちには、社長を救出してもらいます』
 ヒイラギの期待は大外れだった。血の色も分からない赤子が、間違って戦場に迷い込んでしまった物足りなさを感じずにはいられない。真っ白で傷もなく、握られてしまうほど小さな手が操るキャプチャ・スタイラーに、どれだけの威力が秘められているというのか。レンジャーが果たして戦力になるのか。司令官の采配を疑いつつも、シルフ奪還という最優先事項を置き直す。


 それからというものの、瞬間移動から始末という単調な仕事を繰り返すばかり。階下では爆音と揺れが激しくなってきたところを見るに、SECTが人質解放のため武力行使に出た頃合だろう。
 眉間に皺を寄せ、青ざめたヒイラギを横目にイトハがうかがう。
「ワープパネル、苦手なんですか?」
 壁に手をついて歩くほどの衰弱ぶりにおずおずと小声をかける。しかし、苦しそうに首をもたげるのみで、返事の気配もない。それよりも彼の神経は蠢く波導を察知して、来る戦闘に備えていた。
「カメックス、感じるな」
 命の灯が一気に掻き消され、唯一巨大な生命反応だけがプレッシャーをかける。
 取り合ってもらえないイトハは面白くなさそうに眉を上げるが、指示にすぐさま姿勢を正す。
『この先は社長室です。奇襲をかけ、社長と秘書を奪還します。戦闘に備えてください』
 サーナイトが扉に向かって手をかざすよりも早く、怒声が飛ぶ。
「どけ!」
 カメックスのハイドロキャノンには、蒼白い気が漲っている。水とは違う。
 イトハは、はどうだんの巻き添えを食わぬよう、素早い身のこなしで直撃を防ぐ。仄かな風が、毛を何本か攫っていった。
 拓けた視界からは、背の高い女性が、人質を銃で威嚇する光景が見られた。国際警察に声明を出したのと同一人物だろう。
 小太りの方は社長、華奢な体躯は秘書だ。揺れる眼は助けを求め、つられて女性の視線が動く。
 銀髪の女性――もとい光線銃所持者を束ねるリーダー格は、湧いて出た標的に照準を合わせ、無言で撃ち抜く。壁に張り付いていたため、威嚇の一撃は免れた。愚直な突入へと焦りを募らせていれば、今頃二つの銅像が出来上がっていたことは想像に難くない。
 息を殺しながら、ヒイラギは姿勢を同じくするイトハに問う。
「サイコキネシスの範囲は」
「全開時なら、室内全体に」
「対象は選択できるか」
「可能です」
「よし、親玉を縛れ。カメックスが銃を破壊する。タイミングはおれの指示に合わせろ」
「了解」
 ヒイラギは静かに集中の念を傾ける。敵の光線銃はまだ波導が弱く、レーザー生成前だ。隙を突けば、社長と秘書をここから逃がせる。
 どちらにせよ、たった十分間という制限つきで、局面を変えねばならない。
 ヒイラギはそれとなく、イトハにアイコンタクトを送る。了承の合図か、前触れなしのサイコキネシスが敵を縛る。生身ではさしもの大悪党も念力を解けない。
「今だ!」
 膠着破れたり。部屋に攻め込み、机を飛び越え、首を狙う、はずだった。
 天井を食い破って襲い掛かるツメが、波導使いの喉元を掴む。巨大反応の正体はこれか――呼吸のままならない状態で、ヒイラギは歯を食いしばった。締め上げられた血が頭に上る。主人の危機に、カメックスは甲羅で銀髪の女性に圧し掛かり、ひび割れた音を聞くや否や、強打をドラピオンに食らわせる。硝子の机は真っ二つだ。ドラピオンは顔面をすり減らされながらも、尻尾でキャノンの端っこを捕らえ、カメックスを壁へと打ち付ける。危機を悟り、甲羅に身を隠したから致命傷を免れた。両者むくりと立ち上がり、構えをつくり直す。
「こっちへ!」
 戦場を掻い潜って、イトハが社長と秘書の手を取る。
「マスターボールのプログラムは」
「別の場所に」 
「わかりました。サーナイト、二人をテレポートさせて。シルフの一階、国際警察の突入地点」
 サーナイトはこくりと頷き、二人にサイコパワーを送る。重鎮の命は守られた。

「湖の底に沈んだと聞いていたが、相変わらず悪事をはたらいているようだな。ポケモンハンター〈コードネーム:J〉」
 イトハはその名に動揺を隠せなかった。
 ポケモンハンターJ――公の組織に属する者には顔の知れた人物だ。ポケモンの売買を生業としている。悪意あるやり口は、枚挙に暇がない。依頼人に要求されたポケモンを光線銃で石化させ、独自の捕獲容器に閉じ込めて逃走を図る。国際警察がS級クラス犯罪者に認定している稀有な人物で、足跡を掴ませない飛行艇を有する。標的と決めたポケモンは自らの手で捕獲に赴くが、間違っても凶悪犯罪の表舞台には姿を現さない知略家としても定評がある。
「マスターボールはクライアントの依頼か、それとも」
 ヒイラギの言う通り、シルフ占領などと称して耳目を集める行為は愚の骨頂だ。本来の彼女が最も嫌いそうな作戦の先陣を切っているのだから。
「貴方の悪行はレンジャー業界でも有名だわ。なおさら、思い通りにはさせない」
 頭を支え、よろめきながら起き上がるJに宣戦布告する。イトハは半壊した部屋を一望しながら、新型のキャプチャ・スタイラーを構える。
 ドラピオンの戦闘意欲はまだ失せていない。加勢が必要だ。
「キャプチャ・オン!」
 シューター式スタイラーから紐を思いきり引き抜いて、射出されるキャプチャ・ディスク。独楽たる回転が火花を散らし、カメックスとドラピオンの取っ組み合いに乱入する。スタイラーから迸る不可視の電磁波は、軌道を自在に描く。
「退け、カメックス」
 指示を受け、跳躍でバックする。イトハがスタイラーを振り上げると、意のままに独楽は動かされた。腕を振るだけであたかも指揮のようにディスクが応える。従来のスタイラーでは考えられない精度だ。ドラピオンを御するが如く、二重、三重にも輪が踊る。
「小賢しい。ドラピオン、ディスクを破壊しろ!」
 割れた机を蹴飛ばし、ドラピオンが咆える。部屋全体が地響きを起こしたかのような錯覚を覚える。尻尾の標的はイトハだ。察知したサーナイトが両腕を広げ、割って入る。
「ポケアシスト、まもる!」
 展開されたバリアは、ドラピオンの刺突を逆に怯ませるだけの防御力を誇る。続けざまにサイコキネシスをかけようとするも、硬直する様子は一切見られない。それもそのはず、タイプ相性だ。イトハはサーナイトでの攻略が無理と見るや、ヒイラギに援助を求める。
「ドラピオン硬直出来ません。アシストをお願いします!」
「羽交い絞めにしろ」
 カメックスが背後から迫るも、伸縮自在の尻尾で突き上げられる。鼻元の傷を拭った後、カメックスはキャノンを背後に付けた。だがドラピオンの首がぐるり、一回転するとこちらを振り向くではないか。矢と毒牙が同時に粉塵を撒き、ヒイラギとイトハはすぐさま鼻と口を隠す。
「貴様と同じだ、波導使い。ドラピオンの視界は三百六十度。死角はない」
「ならば」
 すぐさま次の手を講じる。ヒイラギはドラピオンに掌をかざした。
 心内ではドラピオンの輪郭が模られ、全体に波導が漲る。この中で、波導が弱い部分を探り当てる。生物誰しもに宿る〈波導〉は、強く集中する箇所と、反応が微弱な箇所に分かれる。後者を突くのが戦いの定石だ。
 例えば、ヒイラギのような人間であれば、手足や心臓など、血液の流れる部分に波導が巡る場合は多い。この法則はポケモンにもあてはまる。波導の強弱を見極め、利用することで戦闘を有利に運ぶ。これがヒイラギとカメックスの十八番とする波導式戦法だ。
 しかし、驚くべき結果が導き出された――Jのドラピオンには、弱所が存在しない。弱所すなわち急所がないということは、考えられる可能性はただひとつ。
「〈カブトアーマー〉か……!」
 ドラピオンは〈スナイパー〉か〈カブトアーマー〉、どちらかの特性を生まれつき有する。見分けるのはポケモンソムリエでも難しいとされるが、波導によって可能性のひとつが棄却された。しかし、嬉しい報せではない。
「早く、攻撃を!」
 スタイラーを繰り、辛うじてドラピオンに踏み潰されぬよう速度と持久力を保っている。しかし、カメックスの攻撃タイミングは、明らかにイトハと噛み合っていない。これでは向かう先は自滅だ。断固キャプチャを優先するイトハに、ヒイラギは思わず怒鳴りつけた。
「対処している!」
 ドラピオンを束縛する、と言うは易し、行うは難し。これまで一度も逮捕されなかったJ自身のトレーナーレベルをみくびってはならない。
 敵のレベルを失念しているのではないか。目算を見誤った自分にも、そして見通しが甘いトップレンジャーにも、ヒイラギは苛立ちを募らせる。
 犯罪組織を殲滅するために新生されたチーム。
 個々の世界で頭ひとつ抜けた強者同士がペアを組むことで、かえって互いの長所を潰している。バラバラなコンビネーションに、Jは悪党らしく嘲ってみせた。
「チームメイトとの意思疎通がなっていないな」
「ほざけ、余裕ぶっていられるのは今の内だけだ」
「波導は我に在り!」
 胸にあてた右腕を天高く伸ばし、口上を紡ぐ。ヒイラギは二つあるコアの内、右側に指をかざす。蒼白い炎のような気が辺りに漲り、彼らを巨大な扉が飲み込むように光の波が浮上していく。その扉が開かれた瞬間、最終形態であるはずの姿が変貌を遂げ始めた。
 波導を昂ぶらせたことによる波紋が、サーナイトやイトハをも巻き込む。外傷こそないが、花瓶は割れ、壁に開いた穴から風が吹き荒ぶ。波導使いがひとたび本気を出せば、体内中の気が制御を失い暴れ出す。宿主から解き離れた殺気はイトハたちを萎縮させ、一大企業の栄華を少しずつ引き剥がしていく。部屋が全壊するのはもはや時間の問題である。
「待ってください、そんなことしたら!」
 イトハの危惧通り、ディスクは巻き添えを食らい、機能停止する。
「キャプチャでは時間が足りない。直接片付ける!」
 イトハは腕を荒く振り、屈辱の意を示しながらディスクを回収する。怒りの矛先が向かうのはJだ。対するポケモンハンターも、波導の竜巻を前にして、断罪者の手腕を推し量ったようだ。
「よもやこれほどとはな。だが、こちらにも手段はある」
 Jが取り出したのは一個のモンスターボールだ。その真意をイトハは読み解く。
「ドラピオンを戻す気? 違う。Jは手段があると言った。だとしたら!」
「攻撃を中断して!」
 だが、もう遅い。メガカメックスの〈メガランチャー〉が紡ぎ出す波導は、摩天楼の屹立を暴き、禍々しいドラゴンとして収束する。生を得たそれは迷いなくJに向かって、垂直に飛び掛かるではないか。混濁の竜が床をも大きく貫き、その場に立っていられないほどの衝撃を拡散させた。

 波導の残滓が消し炭になる頃、既にJの姿はなかった。
 元の形を想像出来ないぐらい栄光のビルは砕け散り、白昼に紛れたポケモンハンターという現実を彼らに嫌というほど知らしめる。
 カメックスはその場に膝をつく。力を開放して断罪を下すつもりが、逆に取り逃がす失態を演じてしまった。生温い風が、敏感な素肌に不愉快なほど突き刺さる。日の沈みかけた世界を席巻するのは、飛行能力に長けたポケモンや、追尾用のヘリコプターばかりだ。
「前言撤回する。勝負を焦らず、キャプチャに徹するべきだった。Jを逃がしたのはおれのミスだ。すまない」
 イトハ自身、ヒイラギに助けられた局面はあったので、足を引っ張ったならばこれで五分だろう。堅物が見せる素直な一面に、責め立てなどしない。
「まだ完全に逃がしたわけじゃないわ。後を追いましょう」
 それでもヒイラギにとっては、痛い失敗に違いない。途方に暮れるところ、インカムに通信が入る。
『わたしです。ヒイラギ、イトハ、見事なはたらきでした』
「司令官、Jを取り逃がしてしまいました」
『心配には及びません。ヤマブキのリニアに乗り込んだという情報が入っています』
「リニアだと? 何を考えている」
『このままでは、民間人やポケモンに甚大な被害が及ぼされるでしょう。ヒイラギ、イトハ。リニアに乗車し、Jを止めてください』
「はい!」
「了解」
『通信終了後、ヘリの包囲網をゴーストダイブで掻い潜り、ゴルーグが現れます。敵ではなく、第三のチームメイトの手持ちポケモンです。あなたたちはゴルーグでヤマブキ駅まで飛行し、Jを追ってください。コガネに行かれては厄介なことになります』
「リニアの発車時刻は」
『五時三十七分。現在は三十三分ですが、ゴルーグのスピードなら二分とかからないでしょう』
「全力を尽くす」
『健闘を祈ります』
 要旨だけの通信は途切れた。ヒイラギは改めてグローブの感触を確かめる。イトハは手をかざし、ゴルーグの出現を待ち受ける。
 チーム・スナッチャーのミッションは、始まったばかりだ。


はやめ ( 2015/08/06(木) 18:00 )