本編
目が覚めると、オレはホウオウになっていた。
鳳凰と書いて「ほうおう」と読むあのホウオウだ。カッコつけたらHO-OHだ。信じられるか、だってオレはただのしがないオニドリル。遺跡調査の手伝いをしていたら、いつの間にか姿が変わっていた。前後の記憶は曖昧で、いまいち思い出せない。
外に出てみると、発掘隊の人間たちがこぞって食い入るように見つめてくる。
「マツバさん見てください! ホ、ホウオウです……」
青年が手に持っていた荷物を取りこぼした。そのまま失神しそうな勢いだ。オイオイ大丈夫か? あるオッサンにいたってはいきなり床に膝をつくし、ありがたやありがたやと唱えながら手を擦り合わせるヤツもいるし、一生に一度の出会いみたいなテンションが場を取り巻いた。
いやごめん、なんか感動に浸ってるところ悪いけど、オレ、オニドリル。
そんなわけで自由の身となったオレは大空を優雅に滑空していた。セレブの手持ちポケモンはこんな気分なんだろうなあ毎日。ああ、うらやましいったらないぜこんちくしょー。
「そのお姿、もしや……。我が主君! 主君ではありませんか?」
なんだかキザったらしく頭にけったいな飾りものをつけたヤツが追っかけてくる。
あー、どっかで見たことあるな。氷の抜け道だったかな、こんな形してたやつがあちこちにくっついては刺さりそうだったな。
うわ、こっち来たよ。
なんだなんだ、おっかねえ。
「主君、なぜ逃げるのですか!」
思いのほか飛べる。翼の一振りでどこまでも飛んでいけそうな気がした。体は重くて軽い。オレの体は超がつくほど丈夫だけど、この体になってから羽一本一本が燃え滾るようで常に熱を帯びている。
しばらくクリスタル野郎とオレの妙な追いかけっこが続いた。空は虹が咲き誇り、水は透き通り、それはとても優雅な光景だったとかなんとか。
「私は貴方にお会いすべく、城都各地を探し回りました。しかしもう会えないかと諦める日もございました。今日という日を、私めは絶対忘れませぬ〜〜!!」
コイツの名前は「スイクン」というらしい。オレがつけたそうだ。水の君でスイクン、仲間は炎帝とか雷皇とかいうらしい。すげえエラそうな名前だ。
スイクンはウォンウォン吼えながら涙を流している。あまりに涙を流すものだからウパーたちが泳げそうな池が出来た。
再会の余韻に浸っているところ大変申し訳ないのだが、オレはコイツを知らない。
スイクンは尻のあたりから生えている便利そうなヒラヒラで眼を拭き始めた。あ、それそうやって使うんだ。
「……泣き止んだか?」
「申し訳ありません」
ドライに突き放そうとするのは簡単だが、あんまり邪険にするのも良心が痛むと感じ始めた。
「まあ、その……なんだ? 会えてうれしいよ」
心にもないことを真顔で言ってのけた。オレもワルだな。案の定歓喜に震えながらその場で雄叫びをあげた。それビックリするからやめてくれ。
「左様でございますか!」
「お、おう。オレ……じゃなかった、ワシ」
苦し紛れに自分のことを称してみたがいくらなんでもこの姿で「オレ」は無いだろうと思ったので変えてみた。
「ワシ……?」
首を傾げられる。
「ワシ……ほら、ちょっと外国まで行ってきたんだよね。そこでワシ、ワシ……ワシボンだ、そのポケモンを見てだな」
「なるほど、ワシボンでございますか」
どうにか納得してくれたようだ。いや、よく納得したなこれで。
「思い返すこと数年、私は名も無きポケモンでございました。私は……」
なんてこった、自分の過去を語り始めやがった。これは長くなる、野生時代の勘が告げている。しかし顔つきはいたって真剣そのもの。感動を共有出来ないことに申し訳なさを覚えずにいられないほどには。
「しかし、あの輝きは今も焼き付いております……今の貴方の輝きと、少しも変わっておられない。私は……」
このまま放っておけば夕陽が沈んでそしてヤミカラスの連中が夜を貪り始める。
これは困った。
スイクンは自分の世界に埋没していて主君の困惑には無関心だ。
「あ、あの……その話、いつまで続く?」
「……? た、たいへん申し訳ございませんでしたッ!!」
ダイナミック土下座、いやそこまでしなくても。
「ワシ、行きたいところがあってさ」
「ハッ、なんなりと申しつけ下さいませ」
お、頼もしい臣下の顔つきだ。これは期待してもいいだろう。
「アルフの……遺跡? そこまで案内してもらえるか?」
そもそも体が変わっちまったのは、そこで妙な壁画か何かを見たせいだ。ちょっと思い出してきたぞ。
スイクンのお尻のヒラヒラが「敬礼!」のポーズをつくった。色々と自由だな。
「承知いたしました! このスイクン、ゼンリョクで貴方を護衛いたします」
オーバーなヤツ。しかし、わるいポケモンではないのだろうなと思った。思っただけだが。コイツきっと「まじめ」な性格なんだろうな。オレは「きまぐれ」だから。
「ってここ違う場所じゃねーか!!」
さむい。
オニドリルだったら即死だ。今ほどホウオウでよかったと思うことはない。嘴がガチガチに震えていて、その速さはカイリキーのパンチングに勝るとも劣らない。
「はて、おかしいですね……?」
おかしいですね、じゃねえよおまえはオレを殺す気か。さてはコイツ――護衛じゃなくて暗殺に来たのでは? たくましそうに健脚を運んでやがるがその実方向音痴? とか、色々疑いの目を向けてしまう。
ここはどこなのか。看板を見た。願わくば、急に季節が過ぎて雪が積もったアルフの
【 シントいせき 】
どこだよ。
オレはスイクンを睨んだ。スイクンはギャンと飛び上がって、ディグダが生えてきたときのような驚きと共に片足を持ち上げた。なんとも可愛らしさと気品のミスマッチ、いやギャップと言い直そう……がある。
そんなことを言っている場合ではなくて。オレは困っているがきっと 本当の主君だって困っているはずだ、いやそうに違いない。だって考えてもみるべきだろう、あんなナリをしたポケモンだったらオレみたいなそんじょそこらで沢山捕まえられる野生ポケモンとは格が違う。そんなポケモンがオニドリルになってみろだ、愕然とするに決まっている。そんで元に戻ろうと血眼で肉体を探すはず。
元に……元に戻ったら……オレはまたオニドリルだ。つまらん配達の仕事を延々とやらされる。スイクンは中身がホウオウであることを疑いもしないようだ。少しは疑ってほしい……と思うのだが、気付かないならこのままホウオウを演じるのも一興なのでは、と邪な囁きがオレを悪魔の道へと引きずり込む。
「スイクン。聴け」
「はい、傾聴致します」
「ワシは……」
もう誤魔化すのはやめよう。自分に嘘をついて生きていくのは、おしまいにしよう。
「いやオレは……正確には、ホウオウではない」
マメパトがポケマメ鉄砲喰らったような顔すんじゃねえ。
「はっ? いやいや何を仰るのです。誰がどう見てもホウオウ様ではありませんか」
「オニドリルだ」
「オニドリル」
「スイクン、おまえには悪いことをしちまった」
「主君、話が見えないのですが……」
「もうオレのことはホウオウなんて呼ぶんじゃねえ! オレはしがない、野生のオニドリルなんだッ! それがどうしてかニセモノのホウオウになっちまったんだよ!」
こんだけ言えば通じるだろ。ゼエゼエ息吐きながら必死なオレを、真顔で見つめてやがる。ほれみろ、失望しただろ――。
「……左様でございますか」
「驚かないのか?」
「実は、薄々と気付いておりました」
さすが、伝説のポケモンの慧眼は見抜いていたか。
「ですが主君である可能性も捨てきれず……。何せ、私が生を受けて以来、あの御方には会えていないものですから。どうか一度でもお会いし、お礼を申し上げたいのです」
クォォォォォォーーーン……。と、スイクンの慟哭が天を突いた。
やめろ、そんな寂しそうな遠吠えをするんじゃあない。可哀想に、感情移入しちまうじゃねえか……。
「一緒に探そうぜ……スイクン!」
「手伝って……くれるのですか?」
「ああ。どのみちオレもおまえも、このままじゃ引き下がれねえだろ」
こうしてオレとスイクンは、本物のホウオウを探す旅に出た。何せホンモノだ、見つけるのにはさぞかし苦労するだろう、オレもこうなれば覚悟を決めたさ、きっとコイツとは長い付き合いになるんだろうってな……。
「さてはお主、余の体と入れ替わったポケモンであるな?」
「主君……!」
いや、秒で見つかったよ。
しかもご本人の登場ときた。でも……その姿はやっぱりオニドリルだ。こうやってオレのもとを訪ねて……さぞかし迷惑かけただろうな……。元に、戻らないと。
「スイクン。オレたちをアルフの遺跡まで案内してくれ」
「はい!」
今度は行先間違うなよ。
「ここだ」
思い出した。オレはここを通りかかった時、オニドリルとしての自分をなくした。
オニドリルとホウオウ、スイクンが一斉に壁画の前に揃う。圧巻ちゃ圧巻な光景だが今はそんなことを気にしている場合ではない。人間に見つかる前に、一刻も早く元に戻らなければ。
それにしてもこの壁画……オニドリルにもホウオウにも見えなくもない。こんな紛らわしいもんがあるから、オレたちが入れ替わるようなことになっちまったんじゃ。
「人間は昔、この二匹を勘違いし、同一視したのかもしれませんね」
いや、どう見ても全然違うだろ。
壁画が放つ光に包まれた瞬間、次に意識を取り戻した時には、無事に元に戻ることが出来た。
「余の体が迷惑をかけたな」
お、お、お天道様?
そう言いたくなるほどに、真のホウオウは眩しかった。いや、これはホウオウなんてもんじゃねえ。ホウオウ「様」だ。
「いっいえ、思いのほか楽しかったです〜! 貴重な体験をさせて頂きました」
「うむ。余もあのように飛行を愉しんだのは久方ぶりである。この出逢いに感謝する」
それを聞いて、オレはちょっと安心した。
ホウオウがオニドリルになったらイヤだなって思われるのはツラいなあって。散々愚痴ったけどさ、それでもこの生活は気ままで楽しいもんだなって。でも、嫌がるどころか楽しんでくれてたみたいでよかったよ。
「そして……。久しいな」
「はっ、私めのことを覚えていらっしゃいますでしょうか」
「無論よ」
ガクン、と感動のあまり膝が抜けたようだ。オーバーなリアクション、とはもう言うまい。スイクンのホウオウに対する熱意は心に染みた。あ、咽び泣いてる。ヒラヒラで涙拭ってる。
「貴方様から御命を頂戴し、私はこうして生きております……。一度でもお礼を申し上げたく、馳せ参じました」
「良い。お主の生を存分に謳歌するがよい。それが、余にとっての喜びにもつながるであろう」
「ありがたき、幸せ」
うんうん。スイクンもお礼言えたし、なんだかんだハッピーエンドだな。
オレはスイクンやホウオウと別れを告げ、配達の仕事に逆戻り。でも、きっとこれでよかったんだ。
一時とはいえ、自分の入れ替わっていたポケモンがあれだけ立派だと、どこかオレもトサカが立つってもんだ。スイクンがあれほど慕う理由もなんとなく分かった気がする。たまにはホウオウになるのも……悪くない、かな、なんて!
いや、こりごりだわ。やっぱり自分の体が一番だな。
おしまい