ビビヨンパレス - ドダイトスのせなかで
ドダイトスのせなかで


 わたしはドダイトスの上で生活していた。
 木の下の土を掘り起こして作った家の近くにはむしポケモンたちが集まり、仲良く暮らしていた。

 ドダイトスは一日に少しずつ移動する。
 ドダイトスはおばあちゃんなのであゆみが遅い。
 のっしのっし歩くと、家が揺れる。それが逆に心地良さを感じるのだった。

 ある日、ドダイトスが動かなくなってしまう。
 わたしは最初、疲れから眠ってしまったのだろうと思っていた。
 しかし、次の日もそのまた次の日もドダイトスは動かないのである。ケムッソやチェリンボは心配そうにしている。
 葉っぱが枯れはじめ、木の色が褪せてきた。
 ドダイトスは病気にかかってしまったのである。

 ドダイトスを助けなくちゃ!
 わたしとポケモンたちは会議を開いた。どうやったらドダイトスを助けられるか。
 世界を飛び回ったムクホークが言う。

 ある場所に、病を治す薬をくれる幻のポケモンがいるという。

 わたしたちはドダイトスを助けるために旅をはじめた。
 世界の果てにあるという森に行けば、どんな病気をも治す薬がもらえる。
 そのために、わたしたちはいくつものポケモンのせなかを歩いていく。

 イワパレスの砂漠を越え、
 クレベースの氷河を抜け、
 ホエルオーで海を渡り、
 レックウザの背中を歩き続け……

 ようやく着いた!
 森の中にはたくさんのポケモンがいて、小さな目から大きな目までがじろじろ見つめる。
 洞窟では襲われることもあったけれど、ケムッソが糸を吐いたら、目の前がまっくらになったのか、退散していった。
 わたしたちは祭壇に辿り着いた。そこには幻のポケモンがいる。やさしい心を持っていれば、きっと姿を現す。

 森の神様はセレビィと言った。
 事情を伝えると、ああ、お気の毒に。ドダイトスはあなたたちの帰りを待っているでしょう。どうぞ、この薬を持ってお行きなさい、と話して、わたしたちは薬をもらった。
 しかし、ドダイトスの上で長年生活していたわたしには、なんとなく、急がなければ取り返しのつかないことになる予感がした。

 わたしたちが今すぐドダイトスの下まで戻れないか、セレビィにお願いすると、これだけたくさんのポケモンとなると、わたしでも転移させるのはむずかしいでしょう、と言われてしまった。わたしの青ざめた顔や急がなければいけないのに立ち尽くした様子を見ると、よろしい。わたしがなんとかしてみせましょうと胸を叩いた。

 すると、セレビィの瞳が輝いたかと思えば、今まで静まり返っていた森が動き出したのである。
 森はドダイトスにも負けないぐらい巨大なポケモンだった。
 セレビィはそのレジギガスというポケモンを起こして、ドダイトスの下へと送ってくれるようだ。
 しかし、レジギガスは目覚め立てのせいか、いまひとつ調子が出ない。
 そこでわたしたち含め森中のポケモンたちが集まり、少しずつレジギガスの眠気を分かち合っていく。セレビィが何か技のような名前を唱えた。
 すると、レジギガスは腕を振り上げたのでわたしたちは滑り落ちてしまいそうになったが、セレビィが念力で森を支えてくれた。
 レジギガスは勢いよく歩き出したので、レジギガスに跨られるポケモンや踏まれるポケモンがびっくりして逃げ出してしまったが、そこはごめんねと声をかけて先を急ぐ。

 わたしたちの何倍ものはやさでレジギガスはドダイトスのところへと辿り着いた。
 ドダイトス、薬を持って来たよ。とわたしはレジギガスのてのひらに立ちながら語りかける。はじめて見るドダイトスの顔は、今にも眼を瞑ってしまいそうで怖かった。

「そんな顔をしていたんだね」
 
 こんなに辛そうにしているのに、顔も知らなかったなんて。わたしの胸に痛みが突き上げる。

 ドダイトスは死んだ。深い眠りに就いた。
 わたしとポケモンたちの涙が光って緑を照らした。
 みんなでまぶたをそっと閉じてやると、ドダイトスをお墓に入れてあげようとセレビィが言った。わたしはこくりとうなずいた。
 レジギガスは大陸を引っ張るだけの力を持っていて、縄でドダイトスを縛って引っ張ると、世界にぽっかりと空いた穴が見えた。

 そこにはデスカーンというポケモンが住んでいて、わたしたちの顔を見ると何が起きたかを悟ったようだった。
 デスカーンはシャンデラたちを集めると、ドダイトスをそこに寝かせた。
 デスカーンはポケモンを中に入れられるほど大きかった。
 たくさんのポケモンがデスカーンの中で眠りに就いたということだ。

 ドダイトスを中に入れてあげるために、肉体は燃やされた。
 緑色の葉っぱが黒く散り散りになって、大木のようなからだが削ぎ落とされて、細く、心細くなっていく。
 最期にシャンデラたちが見せてくれた幻なのか、ドダイトスの上で過ごした日々が映っては消えて行くような気がした。
 わたしたちは涙を流さずにその光景をじっと見つめていた。
 ありがとう。と、言い残して。

 骨を入れて、わたしは薬を横に添える。そしてデスカーンの棺桶は閉じられた。
 わたしはドダイトスの上で暮らす日々がいつまでも続くと思っていた。
 その日々はよろこびに満ち溢れたものだ。
 かくれがにはイトマルがぶらさがって、きのみを分け合って、そんな生活が楽しかった。
 思うままに振る舞える地面は、わたしの足を地につけてくれた。
 ここは限りなくわたしの世界に近いばしょだったのだ。

 悲しみに沈むわたしの前に、ヒトモシがやってきて、タマゴを渡してくれた。
 ヒトモシはおずおずと言った。
 このタマゴは燃えずに残っていたものです。気付かずに燃やしてしまわないよう、火の勢いを弱めました。どうか大切に育ててほしいと、シャンデラたちもお願いする。
 わたしはそのタマゴを手に取る。
 すると、中から殻を破って出て来たのは小さなナエトル。
 わかばをぴょこぴょこ動かして、様子もわからずくりんとした瞳を潤わせる。あどけない顔つきは新たな命のはじまりを感じさせた。

 わたしはヒトモシたちに、必ず大事に育てますと言った。
 わたしの暮らした世界のことを伝えよう。そして、将来立派なドダイトスに進化したら、その背中に乗って世界を巡りたい。

 そんなことを考えるわたしの想いなど知らないように、ナエトルはこちらをじっと見つめていた。
 亡くなったドダイトスからのお礼だったのだろうか。
 お腹に子どもをみごもっても生き抜いたドダイトスの願いを、わたしが叶える。
 いつの日かまた、一緒に同じ景色を見られるように。



はやめ ( 2015/09/29(火) 22:12 )