-6- 声
雷が鳴り止み、火の粉がはらはらと散り、降り積もる雪をも溶かすイッシュの空模様は、摩訶不思議な表情を浮かべていた。
Nと、トウヤ・チェレン・ベルは、未だに煙が上がる町々を飛び越え、カノコタウンへと向かう。ゲノセクトを操るプロジェクトGの首謀者・アクロマを叩くためだ。
プラズマ団とポケモントレーナー、立場も思想も全く違う彼らが行動を共にするのは一つの理由がある。
レシラムの雄姿とゼクロムの制裁は、それぞれ人間とポケモンに生きることの意味を考えさせたからだ。
理想と真実の融和。灰色の世界――それこそが、世界を変えるための数式なのだと。
【 Pokemon Black & White an imaginary story 『もしもプラズマ団がポケモンの解放を実現していたら』 -6- 】
「本当にNを信じるつもりか?」
アデクのウルガモスに抱えられたチェレンは、訝しげな様子でトウヤに釘を刺す。
ポケモンリーグに残り、プラズマ団達の救助に向かったアデクとハンサムは、後の命運をトウヤ達に託した。その際、四天王のカトレアやシキミがカノコタウンに行くならば、ひこうタイプがいると助かるだろう、ということでポケモンを貸してくれたのである。歴戦の勇士であるトウヤ達の手助けを、ポケモン達とて拒むはずはなかった。
チェレンはウルガモスに。ベルはフワライドに。トウヤはゴルーグに。
戦火の消えない町を目指す。そして、シンボラーだけが、正確にはその上に乗る青年だけが。距離を置きながら空を滑る。
*
レシラムとゼクロムは、元の丸い石へと姿を変えた。
場に残されたプラズマ団とポケモントレーナーはまず、話し合うところから始めた。
今まで自分のやって来たことと、理想の世界像が食い違っていたことを認めた。ポケモンに自由を与えたい一心で起こした事変が、多くの人間を屑のように葬っていく悲劇を招くことまで想定出来なかった、そんな甘さと愚かさを。そもそも、自然を思い通りに操ることの出来ない人間風情がポケモンの自由平等を謳うことからして、おこがましいのだ。
では、今の世界におけるポケモンは本当に幸せなのか。Nは問うた。
人間の思うがままに生きることを強いられているポケモン達は、本当にこのままで良いのか。
ポケモントレーナー達は口を揃えて反論する。その中で人間と共に暮らすことを選んだポケモンもいると。無理矢理人間から引き離し、野生に帰すということは、ポケモンから幸せを奪うことにもなりかねない。
そんなことは承知していた。覚悟を決めた上での戦いだ。
Nの志は紛れも無く本物である。そうでなければ、理想を司るゼクロムがプラズマ団に付くことなど無い。悪に染まった心をゼクロムが見定めた時、人間は雷の裁きを喰らって骨の髄まで焼き尽くされる。本当に志を同じくした家臣達が付いていたならば、少なくともイッシュ滅亡の危機まで事は深刻化しなかっただろうに。
プラズマ団はポケモンの解放を主張した。主張すること自体まで咎めようとは誰も言わない。手段を選ばなさすぎたのだ。
一方でポケモントレーナーは、ポケモンとの共存を盲目的に正当化する。無論、都合が良いから。「ポケモンバトル」などと銘打って競技に駆り出すことも厭わない。所詮、人間の傲慢。
Nはポケモン達の声を聞いてきた。もう戦いたくはない。休ませてほしい。いつまでこんなことを続けるつもりなのか。子供は無事に暮らしているだろうか。これが、モンスターボールに囚われたポケモンの運命だと、今までは信じて疑わなかった。
ポケモンを解放すれば、イッシュの未来は明るいものになるとゲーチスは言った。だとすれば、この惨状は何を意味するのだろう。Nは間違っていたのか。虐待の世界は健在だ。少しばかり人間に心を許しそうになった時も、蘇ってくる。ポケモン達が足を掴み、呪詛のように人間への憎しみを説くのだ。制止を振り切った時、Nは呪い殺されるかもしれないというポケモンへの依存すら生まれる。
未だに部屋に閉じこもったままで、世界を見ていない。取り付けられた足枷を引きずっている。未だ灯りの差し込まない扉を自らの手で開ける日はやってくるのだろうか。
今、為すべきことだけを考えた時、何よりも優先することはイッシュを平穏な状態に戻すことだ。
一同に異論は無かった。プラズマ団もポケモントレーナーも、未来を見据えて生きる人間であることには変わりない。同じイッシュ地方に生を受けた。イッシュのこれからを憂う者は多い。勿論トウヤ達はプラズマ団を阻止するという目的で戦っているから、建前はゲノセクトが暴れている以上無くなっていない。
一方で、Nはボタンの掛け違いという綻びが生んだ惨劇に、終止符を打つだけの責任があった。プラズマ団を束ねる者として、真実を受け入れ、理想を追いかける使命を負っている。一度は自分自身に終止符を打とうとことを恥じもした。
両者の利害は一致した。譲れない意地をかなぐり捨ててでも、彼らは手を組む必要がある。
*
色とりどりに移ろう四季の彩りをたしなむ景色は、灰色となって朽ちていた。
ゴルーグは地表に近づくにつれ、速度を落としていく。トウヤ、続いてチェレン、ベル、最後にNが上陸する。彼らが足を踏み入れた場所は、既に焼け野原にも等しい。焦げ臭さが空気の流れを伝って、鼻孔を刺激する。粉塵と火の粉が混じり合って、静かに滅びの一路を辿っている。
「ありがとな、ゴルーグ。ゆっくり休んでくれ」
トウヤはゴルーグに労いの言葉をかけてから、モンスターボールに戻す。ゴルーグが紅い光に飲み込まれていく様子をただ眺めるだけのNだったが、いきなり横槍が入る。チェレンの嫌味が早くも新生のチームに険悪さを招く。
「モンスターボールがそんなに嫌いか」
「ボクは何も」
「やめなよ、二人ともっ」
慌ててベルが仲裁に入る。彼女は周りに笑顔を振りまく存在だから、緊迫した状況での介入はぴんと張った糸を緩めてくれる。もっとも、現在は神経を過敏に働かさなければならないのだが。
チェレンは眼鏡のずれを直し、Nに人差し指を突きつける。
「トウヤやベルがどう思ってるか知らないが、ボクはお前のことを信じたわけじゃないからな」
そう言うと、チェレンはトウヤ達を置いて、さっさと町に向かおうとする。ベルは溜息をつき、Nに語りかけた。
「あの。チェレンのこと悪く思わないであげてね」
「あ、ああ」
ベルもおぼつかない走り方で行ってしまった。ポケモンもおらず、残されたトウヤとNだけが気まずさを余計に際立たせる。罵詈雑言を受けるのも仕方ないと、黙って一歩を踏みしめた時。
「N!」
Nは言われるがままに振り向く。強い眼差しが真っ直ぐに語る。自分の前に英雄として立ちはだかった姿そのもので。
「ゲノセクトを、助けような」
「分かった」
トウヤは変わらない。いつもポケモンのことを見ている。だから、かつてNも城で決着をつけたいと願った。
そう、目的は同じなのだ。今は心強い味方だ。
*
破り捨てられた紙屑が散乱し、屋根もろとも吹き飛んだアララギ研究所の敷地内で、たった1匹だけ赤い色をした奇異なゲノセクトとチラーミィが対峙していた。それを見るや否や、チェレンは血相を変えてモンスターボールを投げる。
ありとあらゆる鉱石を熟成させたような「こうあつポケモン・ギガイアス」の輪郭が形作られ、チェレンの覇気に溢れた指示によって重々しい脚を動かす。小手先の攻撃では微動にしないであろう、雄々しい外見だ。
「ストーンエッジ!!」
角よろしく突き出た赤い鉱石が光り輝き、今まさに獲物を仕留めんとするゲノセクトに石の刃となって向かっていく。アララギ博士達から気を逸らすための陽動だ。こちらの気配に勘付けば御の字。博士達を救出する一瞬が欲しい。一瞬だけでいい。
ギガイアスのみならず、呼び出されたもう1匹「プライドポケモン・ケンホロウ」が先陣を切って、両翼を開き、ゲノセクトに突撃していく。
「チェレン!?」
「博士、今助け――」
チェレンは口を開けたまま立ち尽くすこととなる。ゲノセクトはチェレンが喉から手が出るほど望んだ一瞬を、無駄なく活用した。
まずは眼前を飛び回るむしポケモンのようにケンホロウを足で焼き払い、続いてギガイアスを大砲の黒い光線で撃ち抜く。意識を失った2匹は白目になって意識を失う。目の前で起きたことが信じられず、ぎこちない足取りで迫るゲノセクトを前にしながら逃げ出すことも出来ない。ただ獲物を排除することを義務づけられたゲノセクトの挙動は、兵器と形容する他無かった。
「逃げて!」
「そんな、ボクはポケモンリーグを制覇した」
「チェレン!!」
博士の金切り声が掻き消され、青年の夢想は打ち砕かれた。トレーナーの指示すら無いのに、機敏に動けるだけの方が比較にならないほど強い。信じたくない事実、しかしこれが現実。ポケモントレーナーとして、チェレンは最後の足掻きに出る。
「ボクの相棒なら……っ」
3個目のモンスターボールより出でて地を這うのは「ロイヤルポケモン・ジャローダ」。旅立ちの時から苦楽を共にし、誰よりもチェレンのことを理解しているポケモンだ。ジャローダは相棒の名にふさわしく、赤い彗星の軌道に食らいつく。
星座を描くように角ばった動きで翻弄するゲノセクトだが、ジャローダも負けてはいない。しなる体を生かして、変幻自在の攻撃に対応していく。ジャローダが縛り付けようととぐろを巻くと、その穴をゲノセクトが通り抜ける。目に留めることも難しい虚々実々が繰り広げられる。リーフブレードと鎌が斬り付け合って、金属がこすれるような音が辺りに響き渡る。しかし、相手が速すぎる。くさタイプの中でも屈指の素早さを誇るジャローダでさえ反応が遅れている。赤い彗星の一撃がジャローダの体勢を崩し、身を削る物理的な技の応酬から、飛び道具を駆使した反撃へと戦況が転じていく。だが、ポケモンリーグを制覇したトレーナーのポケモンは一味違った。レシラムがもたらした天からの灯りを前もって吸収していたのだ。頭上に輝く太陽の光対人工の砲撃。それは2匹だけの空間を作り出す。
チェレンは眼鏡が飛ぶのも気にかけず、ジャローダから目を離さない。煙が晴れるということは、勝敗の決定を意味する。
立っているのは、ゲノセクトだ。今度こそ膝から崩れる。チェレンは己の実力が少なからず、人工ポケモンの計算され尽くした戦闘能力に匹敵するものだと過信していた。
茶番を嘲笑うように、品の無い拍手が響く。白衣に身を包んだ男性がパソコンのキーボードを叩きながら、興奮した様子で語る。
「素晴らしい! 実験通りです。この戦闘力。レシラムとゼクロムを除けば、ゲノセクトに敵うポケモンなどこの時代には存在しないでしょう」
「お前が、ゲノセクトを創ったのか……!」
チェレンは忌々しげに土を掴む。死体のように打ち捨てられたギガイアスとケンホロウ、そしてジャローダに目もくれない無機質なゲノセクトがかえって恐ろしい。アクロマは両手を広げ、声からも愉悦の程を窺わせる。
「そうですとも。どうですか! 私の最高傑作は? 3億年前の化石から復元したポケモンを改造することで、極限まで戦闘力を高める。トレーナーの下では到底手に入れることが出来ない力を、ゲノセクトだけが得たのです! これは快挙だ!!」
「ポケモンは、強さが全てじゃないわ!」
カノコに響き渡る悪魔の実験に異議を唱えたのは、ポケモン研究の第一人者・アララギ博士だ。
小さな体でチラーミィが博士を守ろうと両手を広げている。アクロマは眼鏡をくいっと上げてみせる。
「おや。あなたも科学者だとお見受けしておりますが、アララギ博士。科学者たる者、ポケモンの可能性を探ることこそが課せられた使命ではありませんか。あなたとて、ポケモン図鑑というものを作っているでしょうに」
「でもそれは、ポケモンを道具扱いするためのものじゃないわ」
「ほう! では、何か」
「ポケモン達のことを、沢山の子供達……いいえ、人間達に理解してもらうための機械よ」
アララギは大真面目に説明したつもりだったが、人の心を喜んで捨てたアクロマには何も響かなかった。腹を抱えながら笑っている。 しかし、チェレンの中で最強の相棒ジャローダはいとも簡単に倒された。ゲノセクトを止める術は残されていない。
「は、はははは! いや、失敬。実に稚拙な考えだったもので、つい。アララギ博士! あなたは間違っています。今から私がそれを証明してさしあげましょう」
「何をするつもり!?」
「ゲノセクトの絶対的な力を目にすれば、ポケモンの力がどれだけ美しいものであるか、ご理解いただけるでしょう」
まさか。これ以上破壊を演出するというのか。アクロマの瞳が嘘ではないと嘲笑っている。
「や、やめなさい! カノコには沢山の人がいるのよ!」
「人間など、大きな力の前では所詮無力です。力によって淘汰されることもまた致し方無い犠牲なのです。ポケモンは進化すべき存在! ポケモンの進化に人間達が一役買えるならば、これほど喜ばしいことも無いでしょう」
狂っている。
思ったところで、チェレンとアララギは、ゲノセクトが浮上していく様子を見届けることしか出来ない。ゲノセクトはテクノバスターの威力をもって、完全にカノコタウンの歴史を終わらせるつもりだろう。
アクロマは人間が無力だと言った。当たっている。大きな力を目にした人間とポケモンは、太刀打ちすらままならない。まずは自分の身の保全を第一に考え、逃げ出そうとすらする者さえいる。しかし、不条理に抗おうとすることは、たった一つの勇気さえあれば、誰にでも出来る。
真っ先にチェレン達を庇ったのは、Nだ。
*
「これは驚きました。まさか王自らがお出向きになるとは」
アクロマの口調からは、Nへの敬意など微塵も感じられない。今更のこのこ出て来て、また王を気取るつもりか。そんな失笑。
洞穴のように暗黒を覗かせる空に舞うゲノセクトが、Nを見据える。
「アクロマ。今すぐにイッシュ中のゲノセクト達を退かせるんだ」
「何故でしょう!? 今のあなたの命令、例えるならば解放の号令を直前で撤回する、そんな無粋なものですよ」
Nは歯を食いしばる。科学に心を売った男、やはり話が通じる相手ではない。チェレンが半ば悲鳴を上げる。
「何やってる。お前もポケモンを使わなければ、やられるだけだぞ!」
「ボクはゲノセクトと話がしたいだけだ。戦うつもりはない」
「また、そんなことを」
チェレンはいい加減苛立ちを募らせている。敵であったNに振り回されっぱなしで、おまけに醜態まで晒してしまった。理想論を振りかざして解決するような問題ではないことは、Nが身を持って知ったはずだ。
ゲノセクトとは分かり合えない。機械によって生み出された心では人間の言葉も通じない。倒すしか解決の方法は無い。
「いや、行け! 俺とベルが守り抜く」
「トウヤ、正気か!?」
「やってみなきゃ分からないことだって、あるだろ!」
チェレンが顔を上げると、覚悟を決めたトウヤとベルがいた。
ベルは既に開眼したムシャーナを、トウヤはアシガタナを握りしめたダイケンキを従えている。いつの間にか、すっかりたくましくなった幼馴染の姿を見て、チェレンは思わず笑みを零した。へこたれている暇があったら、彼らにしがみつけ。そうでなければ、いつか置いて行かれる。
チェレンが戦っている間、Nはゲノセクトの声を僅かに聞いたという。求めるような声を。
トウヤとベルは僅かな可能性に賭けてみることを決めた。終局がゲノセクト排除の先にあるものだとしたら、それはイッシュの人間達が一人一人考えるべき問題を投げかけているのかもしれない。この星に生きるもの全てに関わる問題を。
ゲノセクトはNを見るや否や、照準を定める。ダイケンキとムシャーナが目で合図し、素早くNの両側に付く。
「すまないね、トモダチ」
ダイケンキは何も言わずに頷く。もはや剣を向けるべき敵ではないことを理解している。
「N! 俺達はゲノセクトの攻撃を防ぐ。戦いは俺達に任せろ」
後ろからトウヤの勇ましい声が聞こえてくる。自然と背中を預けることが出来た。かつて敵であった者が味方になるということは、こんなにも心を穏やかにするものなのか。
戦いはダイケンキ達が引き受けてくれた。Nがやるべきことはただ一つ、ゲノセクトの声を聞くことだ。彼らが何を思い、感じ、生きているのか。声から他のポケモンと変わらないような、波打つ鼓動を感じ取りたい。
「ゲノセクト。キミの声を聞かせてくれないか」
Nにしか出来ない役目。ポケモンと人間の鮮明な意思疎通が叶えば、この世界はもっと良くなるに違いない。Nはポケモンと人間の橋渡したる宿命を背負っている。ポケモンの言葉が分からない人間にも、彼らの気持ちを理解してもらえる。
力とは、決して濫用するものにはあらず。それは、善事にも悪事にも利用され、均衡が取れず、危うく傾いてしまうものである。
そんな力の正しい使い方とは、Nのような行動を示す。しかし、彼とて一度は力の使い方を誤った。しかし、今のNならば力を所有することの意味を自分なりの結論として有しているだろう。
ゲノセクトに声など無い。あるものは、与えられた記号と装着された武器、そして電子音。と言いたげに、アクロマはコンピューターを打鍵する。カセットに命じられたコードは、PG004――テクノバスター。
「いけない。ムシャーナ、まもる!」
間一髪、護衛の責務を果たすムシャーナ。だが時既に遅し、ゲノセクトが飛び掛かる。
「そんな小手先の技で、私のゲノセクトを止められるとでも!?」
アクロマが口端を不敵に緩めると、呼応するかのようにゲノセクトは神速で障壁を破壊する。技の常識すら通用しないとは、もはや悪夢を見ているのかと思わせる。ダイケンキがムシャーナを庇うが、一瞬で炎に包まれた刀は折られてしまう。
アララギ博士は、ポケットに忍ばせていた赤い媒体を取り出す。ポケモン図鑑。ポケモンを研究素体の対象にし、白と黒、2種類のデータを区別した。Nが最も忌み嫌うこの世の遺産である。四の五の言っている暇は無い。アララギは必死にゲノセクトの解析を始める。ポケモン図鑑は赤外線によって、生き物から発せられる微弱な電波を受信する。そこから新たに生態データを割り出し、暗号化された文章を書き上げるのだ。
「ゲノセクトのデータさえ解析出来れば、まだ望みはあるわ」
「N!?」
アララギが図鑑に集中する一方で、トウヤ達は絶叫する。Nが仰天の行動を取ったからだ。あろうことかムシャーナを上空で始末しようとしたゲノセクトにしがみつき、彼自身が空中の冷気によって衣服を切り刻まれてしまっている。
*
赤い彗星の速さに付いていくことは、もはややっとである。呼吸がとても出来ない。止め処も無い空気が口の中に入ってきて、肺を砕かれそうだ。それでも、Nは必死に呼びかける。血を吐いたとしても、きっと呼びかけ続けるだろう。
「ゲノセクト! キミは……苦しんでいるのではないのか」
深紅の生物兵器は三日月を見上げている。Nの方を見てはいない。それでも、Nは歯を食いしばってでも、語りかける。ゲノセクトと話がしたい。本当の気持ちを知りたい。苦しみから解き放ってやりたい。ゲノセクトだって、この星に生を受けた立派なポケットモンスターの一員なのだから。
「本当、の声を、聞かせてくれッ……!」
『……カイ……。メイ、レイ……。サカラ、……ララララ……』
今、確かに聞き取った。ゲノセクトからの助け。
『カセ……カセ……コワ、イ。アクロ……コワイ。コワイ』
「ゲノセクト。キミは――」
カセ。片言でも何かを訴えようとしている。Nは絶対に聞き逃すまいとした。
人間の都合で造られたポケモン。本来、そんなことがあっていいはずが無い。しかし、生まれて来たゲノセクトが世界の中で生きてはいけないという道理はどこにもない。そんな不条理がもしあるとすれば、このプラズマ団の王が――ナチュラル・ハルモニアが、完膚なきまで打ち砕いてやる。
「Nゥゥッ!!」
地上からの救世主がボールを投擲した。内より出で来るは、大空を勇猛果敢に制圧する傷痕の戦士「ゆうもうポケモン ウォーグル」。ゲノセクトに対抗するため、瞳に力強さを灯し、颯爽と飛翔する。ウォーグルとゲノセクトの駆け引きが始まった。
「これを見て!」
アララギの呼びかけで、ポケモン図鑑に拡大されたゲノセクトの姿が映し出される。一同は画面を覗き込む。電子音から女性の声によって解説がなされるのをじっと聞いていた。
『こせいだいポケモン ゲノセクト。3億年前にいたポケモン。プラズマ団に改造され 背中に砲台をつけられた』
改めて生々しい説明を噛みしめながら、アララギは一つの箇所を指差す。
「ベル、チェレン。これ、見える?」
真っ先に博士の提言に勘付いたのはベルである。
「あっ。何か色がついてますね」
「そう。黄色くて……四角い、物体かしら?」
それを聞いたチェレンが、ここぞとばかりに眼鏡をくいっと上げる。
「実はカノコに向かう途中、ゲノセクトの姿を観察していたんだけど」
「さっすがあ!」
「当然だよ。まずは敵を知らないとね。恐らく、ゲノセクトの心臓部だ。技を繰り出す時に若干の発光が見られるから、エネルギーを供給しているのかもしれないね。そして、通常のゲノセクトは姿が紫色だが、カノコのゲノセクトだけは赤いよね」
「つまり、チェレン。赤いゲノセクトが、ゲノセクト達のリーダーじゃないかと言いたいわけね?」
アララギ博士は研究者としての目つきに変わる。チェレンは思わず頷く。
「仰る通りです」
「後はゲノセクトの背中にあるものが何か分かれば、もしかすれば」
「カノコを救えるかもしれない。ねっ、トウヤ!」
ベルの無邪気な笑みには、アララギもチェレンも僅かに胸を撫で下ろす。彼らの話を聞いていたトウヤは、目で会話する。
「Nを助けるぞ。ウォーグル!」
「何をしても無駄です。あなたの脆弱な有機素体では、ゲノセクトに及びませんよ」
勝ち誇った顔をしているアクロマ。不快な自信の根を折ってやろうとばかり、ウォーグルがゲノセクトに向かって咆える。
Nは一つ確信したことがあった。ゲノセクトが操られているという紛れも無い事実だ。
ゲノセクトの声は助けを欲しているが、破壊活動に勤しんでいる。望んでいることと反対のことをわざわざ自分から進んで行うだろうか。コワイ、とはアクロマによって自我を良いように改竄されることを恐れているのではないか。
「ゲノセクト! ボクはッ、キミを助けたい!」
『メイ……レイ……ゼッ、タイ。ギギギ』
ゲノセクトはNを振り下ろす。アクロマの顔が笑みに満ちる。ウォーグルが拾うのを見て、舌打ちした。
「ありがとう、トモダチ」
ウォーグルは一声上げて、Nの感謝に応える。
ゲノセクトには若干の機能不全が生じる。ゲノセクトは頭を抱えながらもがいている。
「何をしているのです、ゲノセクト。早く始末しなさい!」
アクロマの打鍵が焦りを暗に示している。その瞬間をアララギは見逃さなかった。
「やっぱり、あの男が指示を送っている?」
「ならば、今度こそボクが!」
チェレンはここまで来ると執念で引き下がるわけにはいかなかった。見下されてきた分は返す。アクロマは爪を立て、弧を描きながら襲い掛かるレパルダスを見ながら、それでも余裕の一切を崩さなかった。
彼のモンスターボールからは、鋼鉄の歯車――主人を守る盾が出現する。レパルダスの爪は無残にも真っ二つとなる。
「ギギギアル……ポケモンまで持っていたのか」
「ははははは! 面白い。面白いですねえ、あなたたちは。どこまで愉しませてくれるのでしょうか!」
ギギギアルは破滅へのカウントダウンさながら、無慈悲な回転を続けている。
いや、違う。
ギギギアルはただ生命活動を維持するために回っているわけではない。チェレンは戦慄する。科学者にまで負けては、ポケモントレーナーとして再起出来る気がしない。そんなチェレンの漠然とした恐怖を見透かしたアクロマが告げる。
「あなた、チェレンと言いましたね。もう一度ポケモントレーナーをやり直してはいかがですか?」
「何!?」
「もっとも、この世界が残っていればの話ですが!」
ギギギアルは歯車から火花が散るほど高速回転を始める。これ以上やれば、ポケモンの体に負担がかかりすぎて、ギギギアルの歯車に亀裂が入ってしまいそうである。チェレンは頭が真っ白になりながらも、最後はポケモントレーナーが拠り所とする本能に従って指示を送る。チェレンを頼るレパルダスを見放せるはずがない。勝ち目が無くとも、足掻く。ポケモントレーナーは無様な姿を人々の前に晒しながら、それでも勝利ただ一つを渇望する生き物なのだ。チェレンは最後までトレーナーであることを選ぶ。
しかし。常に、勝ち負けとは。戦っている者にしか分からない僅かな差において、静かに決着する。女神が微笑むのは、勝ちを拾おうとする執念をより燃やした者のみだ。
「シャドー、クロォォォッ!!」
「ギガ、インパクト!!」
死に瀕したレパルダスは、一矢を報いる。既に限界を迎えていたギギギアルは弱所を貫かれたことによって、破片となって飛び散り、逆にゲノセクトを操る忌々しい機械へ牙を剥く。
アクロマは自信に満ちていた表情から、口をぽかんと開け棒立ちになる。
洗脳の証であるコンピュータを破壊した。これでゲノセクトは鎮まるはず。
チェレンは大きく息を吐き、レパルダスをモンスターボールに戻す。もちろん、労いの言葉は忘れない。レパルダスとギギギアルの勝敗は、ポケモンに対する信頼の明確な差を示していた。
「レパルダス。ありがとう……勝てたのは、君のおかげだ」
「……まさか。こんなことがあるとは。興味深い、興味深いですねえ」
何の感慨も無く、ギギギアルを悼みもしないアクロマ。彼のために戦い抜いたというのにも関わらず。
実験用携帯獣の1匹が死んだだけ。彼はポケモンを生き物としては見ていなかった。大袈裟な動作をもって、これが最後の戦いであるというように壮大な宣戦布告を行う。
「私の研究と! あなた方の絆とやら。どちらが強いのか。私は知りたくなりました。今ここに! 雌雄を決しましょう」
「何をする!?」
馬鹿な。戦いは終わったはず。チェレンは虚空を見上げる。ゲノセクトとウォーグルは依然として相見えている。
「さて……。科学者同士の対決、とでもしゃれこみましょうか。アララギ博士?」
アクロマの表情は、まるで無邪気な子供のようにきらきらと輝いていた。
「トモダチ、無理はしなくていいよ。キミの体が壊れてしまう」
ウォーグルは大丈夫だとばかりに一声上げる。苦しみは十分聞き取れた。大分体力を消費しており、辛そうである。
ゲノセクトが追う。ウォーグルが逃げる。ゲノセクトが追う。またウォーグルが逃げる。延々と繰り返し。
景色は飛ぶように過ぎ去り、脳裏をかすめる。Nは帽子が飛ばないようにしっかりと鍔を抑え、なるべく互いが傷つけ合わないで済むように距離を置いての飛行を試みている。だが、それでは埒が明かない。追いかけっこにはやがて終わりが訪れる。その時上空から敗者を見据えるのは恐らくゲノセクトだろう。
「これは」
「博士、何か分かったんですか?」
「ベル。このことを何とかNに伝えられないかしら」
伝えるとはいっても、Nはウォーグルに乗っており、ゲノセクトと一触即発の状態だ。
「ゲノセクトはね、アクロマの指示で動いている訳じゃないの」
アララギによって紡がれるポケモン図鑑の分析結果は、まるでキリキザンのように鋭い手刀を向ける冷たい響きを持っていた。反応したのはトウヤだ。
「どういうことですか」
「もしNがポケモン図鑑を信用してくれるなら、これを手渡したいのだけれど」
Nはポケモン図鑑を拒んでいる。以前、アララギは面と向かって図鑑の存在価値を否定された。ポケモンを人間の勝手な都合で白と黒を分けることに異論を唱えられたのだ。科学者はポケモンの生態を研究することが生きがいだから、そういった媒体を作り出すことに反感を持つ人間がいるとは思いもしなかった。
「今のあいつなら……大丈夫だと思います」
「トウヤ」
ベルは、一回り大きくなったトウヤを見る。彼の横顔には勇ましさが堂々と表れていた。Nを認めたトウヤもまた、成長を遂げた。互いの思いを受け止めようとする柔らかな心が化学反応を起こし、影響を及ぼしている。
それを見たアララギは、もはや何も言わなかった。
「お願い出来るかしら」
「博士。俺もNも、ゲノセクトを助けたいという気持ちは同じですよ」
トウヤは確かに図鑑を受け取る。モンスターボールから再びゴルーグを繰り出し、Nの支援に向かう。
理想を求めた英雄。真実を求めた英雄。二人が手を取り合う時。
*
「どうすれば、ゲノセクトを助けることが」
Nは歯を食いしばる。そろそろ筋肉のあちらこちらが軋み、不穏な音を立てている。ウォーグルはパイロットでもない限り、素人が乗ればたちまち体を壊す強力なポケモンであることに間違いは無い。
ゲノセクトが視界に映る。ぼうっとしていく意識の中で、赤い悲鳴を見捨てるなと心の奥で告げる声がある。城に雷が落とされてからというものの、ろくに眠ってもいないことに、今更気付いた。このまま目を閉じてしまえば、楽になれる。だが、それではゲノセクトを救うという本来の目的を果たすことは――。
「N! しっかりしろ!」
「トウヤ!?」
喝を入れんとばかり、トウヤの叫びが胸を突く。ゴルーグが巨大な掌でゲノセクトをぎりぎり受け止めている。
『ヒョウ……テキ、シニン。コワス、コワ、シタク、ス、シタ、ク。ギギギギ』
「ゲノセクト、もう。やめてくれ」
頭を抱えるN。このままではゲノセクトよりも先にNの方が廃人と化してしまう。
今、トウヤがすべき最善の行動は、ポケモン図鑑を手渡すことにある。
「ゲノセクトを助けよう。俺も手伝うからさ」
「しかし」
「アララギ博士からの伝言だ。もしお前がポケモン図鑑を信用してくれるなら、これを手渡したいと言っていた」
Nは目を丸くする。トウヤは微笑んでいる。この状況で、何故そんなに明るく振る舞えるのだ。トウヤの内から湧いて来る源とは何だ。
そう簡単に受け取ろうとはしない。さすがにまだ心の整理が付かない。
「あの時のお前は、ゼクロムと一緒に理想を実現するっていう思いでいっぱいだったよ。だから、俺が及ばないほどポケモン達の力を引き出してやれたんだ。お前は凄い奴さ」
そう語るトウヤ自身、どこか照れ臭そうである。
ゴルーグが少しずつ押され始めている。時間は限られている。
「ボクは」
「N! 戦え。目を逸らすな。ゲノセクトの声は、俺には聞こえない。でも、お前はゲノセクトの声を聞いてやれる。苦しみを取り除いてやれるのはお前だけだ」
厳しい叱咤激励。トウヤは残念ながら、ゲノセクトを包み込んでやることは出来ない。ゲノセクトと分かり合えるのはNだ。
Nは黙って手を伸ばす。
「キミたちの想い、受け取ろう」
「そうこなくっちゃな」
そっと優しく、赤い機械がNの手に置かれる。今までに感じたことのない感触。無機質だが、人の手によって温かさがこもっている。
早速、ポケモン図鑑に表示されたゲノセクトの弱点に注視する。全体像が表示され、大砲の部分が細かく解析されている。これを見るに、ゲノセクトの本体と言うべきパーツが組み込まれていると推測するのは容易だ。思わずポケモン図鑑の威力に唸る。人間は恐ろしい物を生み出す力を持っている。だが、力は使い方次第でいくらでも善となる。
「ゲノセクトを操っているのは、アクロマではなかったのか」
「ああ、カセットだ。大砲の後ろに差し込まれたカセット。あれにゲノセクトは操られている」
Nは拳を握りしめる。トウヤはNの怒りというものを肌で感じる。普段温厚なNがこれほど表情を揺らしているのは初めて見る。
「トウヤ。ボクとウォーグルで、カセットを壊す。手伝いをしてくれないか」
「言われなくても、そのつもりだぜ」
「恩に着る」
二人の会話に痺れを切らしたのか、ゲノセクトがゴルーグを蹴り飛ばす。
トウヤとゴルーグは重心が狂い、地上へ真っ逆さまだ。Nは思わず叫ぼうとしたが、彼らの変わりない勇猛さに無事を確信する。
「トモダチ、無茶させるね。あともう少しだけ……ボクに付き合って欲しい」
ウォーグルはトウヤのポケモンだが、すっかりNとも心を通わせるように翼をはためかせた。
深紅の憤怒をぶつけるゲノセクトを受け止める。もう目を離さない。戦うことへの抵抗は消えた。
新たなる数式が導き出された、今。
それは、レシラムが上昇していく様をも彷彿とさせる。尻尾から炎を噴き上げることは出来ずとも、負けず劣らずの迫力でゲノセクトを威圧する。ゲノセクトは我武者羅にあらゆる手段をもって、Nとウォーグルを叩き落とそうとする。そうは問屋が卸さない。Nは天と地の境目を見失う。どの方角が大地なのかはもう分からない。ウォーグルの覚悟を感じる。かけられた呪縛から、ゲノセクトを解き放つという気合と共にNもまた無茶苦茶な飛行を耐え抜いた。だが、そうでもしなければゲノセクトの包囲網を掻い潜ることは出来ない。気分はまさに宇宙旅行。何度も何度も宙返り、頭が揺れる。自分が今どうなっているのかは分からない。
誰かの声が聞こえる。ゲノセクトか、はたまた。
「N!」
不思議だ。その声は力をくれる。
とっくに普通の人間ならば自我を崩壊させるであろうこの局面で、Nはただゲノセクトだけを見据える。否、正確にはゲノセクトの足枷に一点集中する。
『ナゼダ』
ゲノセクトの攻撃が頬を掠めるのと同時に、トウヤが見えた。そんな気がした。
精度が鈍る。今頃地上でアクロマは、信じられないという顔を浮かべているのだろう。
原因を探り始める。体力調整が不十分だったか。培養液に漬けておく時間が短かったか。内部に機能不全が生じたかなどと考えるはずだ。そんなことしか見えないから、声が聞こえないのだ。耳を傾ければ、自然と入ってくる。周りのざわめきも全てに身にまとった、命の声が。
「ゲノセクト」
『ド……ウ、シテ……』
カセットが輝いている。そうやってゲノセクトを洗脳しているようだが、光は自ら破壊してくれと示しているようなものだ。標的に向かって一直線、翼を燃やす。Nは迸るエネルギーを直に受けながら、笑みさえ浮かべていた。
不思議だ。負ける気がしない。
なるほど、これが――自分には無かったものの、正体。
『ニンゲン……ギギギ。コワス、コワ、イ、カセ、コワイ、デモ、コワシ、タクナイ』
「もう苦しむ必要は無いよ」
『ニンゲンハ、ヤキハラ、ワネバ』
「もうそうする必要も無い」
『ジャマナニンゲン、ヲ、ヤキツクサナクテハ、デモ、コワシタ、クナイ』
「ボクたちはこの世界で生きていく。今を。そして、これからを」
『……タ……スケ、テ』
勿論だとも。救世主たる火の玉は、紅蓮の翼となって鋼鉄の司令塔を貫く。
ブレイブバード。
*
どれだけの時間が経っただろうか。もう覚えていない。
随分Nは長いこと眠っていたという。目を覚ますや否や、ベルやトウヤ、アララギが無事を喜んでくれた。チェレンは眼鏡を押し上げながら不平を漏らしていたが、こっそり雫が滴るのを見てしまった。このことは内緒にしておこうと思う。
トウヤから謝られたが、アクロマを逃がしてしまったらしい。彼は新しい研究材料が出来たと言って、忽然と姿を消したという。反省した様子は全く無いようだ。
ゲノセクトは、リーダーである赤い個体が停止したことが契機となり、イッシュ中のゲノセクトごと破壊活動を中止した。カセットの中にプログラミングされていた凶悪的思想はすっかり影を潜めたようだ。
カセットの呪縛から逃れたゲノセクトを人間達が許すまで時間はかかるかもしれないが、Nは信じる。
ポケモンと人間が真に分かり合える日が、いつか必ずやって来ることを。そして、それを少しでも実現に近付けるのが、生かされた自分の新たなる使命であると胸に秘めて。
また、これはポケモンと人間の切っても切れない縁を証明するお話。
ゲノセクトが町を破壊している最中、野生に帰ったはずのポケモンが主人の身を案じて戻って来るという前代未聞の現象が各地で次々に目撃されたという。更には、イッシュ地方以外に生息するポケモン達も、世界の平和を願う人間達によって転送され、ゲノセクトに破壊をやめるよう訴えていたというのだ。
世界は、まだまだ捨てたものではない。
Nとトウヤ達は今、ジャイアントホールに進路を取っている。アララギ博士は町の復興のために残った。
プラズマフリゲートという飛行艇が、外国の一つシンオウ地方の方角に停泊している情報を、ハンサムが教えてくれたからだ。ゲーチスが城を抜けていたという噂は嘘ではなかったことを知り、Nは複雑な表情になる。
しかし、この瞬間だけは、ゲノセクト達を助けられたことに一つの安堵を覚えることを許して欲しいと願う。
Nとトウヤを乗せ、果てしない雲を越えるゴルーグ。チェレンを乗せたウルガモスと、ベルを乗せたフワライドもすぐそばにいる。背の上でトウヤは語りかける。
「俺にも、ポケモンの声。聞こえたよ」
「そうか」
互いに笑みを零し合う。
「ゲノセクト、お前に言ってたぜ」
「なんて……?」
「それはなっ」
アリガトウ、という感謝の言葉。