もしもプラズマ団がポケモンの解放を実現していたら
-5- 決着



 【 Pokemon Black & White an imaginary story  『もしもプラズマ団がポケモンの解放を実現していたら』 -5- 】


「何が、起こっている」
 地獄絵図とは、まさにこのことだろう。
 彼は外の景色が一望出来る廊下を走っていた。人もポケモンも見境なく暴れ、悲鳴と高笑いと絶叫が同時に混ざり合って聞こえる。音は何も声だけには留まらない。炎が燃え盛る音、水が滴る音、崩落の音。城外から轟く雷鳴。
 分かっている事実は一つ。生き抜くこと。油断すればやられるのは自分だということだ。城壁に体を預け、呼吸を少しでも落ち着かせようとする。惨たらしい光景に目を細めずにはいられない。こうしている間にも、多くの尊い命が無碍に失われている。一息つく間も本当は許されていない。王の悪政が撒いた種を片付けなければならない。
「王。こちらにいらっしゃったのですね」
「キミは」
 Nを見つけた団員の顔には、安堵が浮かんでいた。
「まもなく戦場になるでしょう。案内しますので、どうかお逃げください」
「すまない」
 危険を省みない団員の勇敢な行動に、心を動かされる。後に従って、煙が視界を覆う阿鼻叫喚の空間を駆け抜ける。幸い、彼女のスワンナがきりばらいをしてくれるから、道を辛うじて視認出来る。
 いくつか角を曲がった所で、団員が立ち止まる。下に降りるための階段だ。声を潜め、彼女は助言する。
「ここから階下に」
「アリガトウ。キミの勇気に感謝する」
「王はプラズマ団の旗印です。どうか、ご無事で」
 階段を駆け下りる。いつもはゆっくりと降りているから、違和感があるが今ばかりは仕方あるまい。
 突如、耳の中に異物が入り込んだような不快感が生じる。辛うじて、エスパーポケモンの作用だと分かったのは、経験の賜物か。
「やれ!」
 嘘だ。後ろを振り返る。彼女は確かスワンナを連れていた。スワンナの瞳は氷のように冷たい。高みの見物を決め込んでいる。代わりにランクルスが念力を練っている。油断した最中、手足の自由を封じられてしまう。
 先程の優しそうな顔と打って変わって、鋭利な刃物を向けた憎しみの視線。人はここまで変われるものなのか。
「私はゲーチス様に忠誠を誓った身。貴様の存在など、プラズマ団にとって害でしかない」
「馬鹿な! キミは」
「少し話しただけで、親近感でも抱いたか。愚かでお人好しな王様よ」
 女は指を鳴らす。あらかじめ手配されていたと思わしき団員達が集結する。
 歯を食いしばりつつも、状況を分析。完全に囲まれている。段差のせいで念力を突破したとしても、身動きが取りにくい。
 一人の団員が、無情にも宣告する。敬礼と敬語からして、部下であることが推察出来る。
「アンジー様! 準備、完了致しました」
「ゆけ。Nの首を取るのだ!」
 レパルダスの翡翠色の瞳は、人間に飼いならされたペットではない。本来の野生。修羅の世界で生きて来た、誰にも懐かない獣の目つきだ。ポケモンは本来自然界にいるべき生き物だから、ケダモノとしての表情が間違っているとは言い切れない。
 Nは、何故だか空しい気持ちに襲われた。
 目を瞑る。走馬灯のように蘇る旅の記憶。沢山のポケモンと人間を見た。思い返せば、人間と一緒にいるポケモンは幸せそうだった。

 今でも忘れるはずがない。「トウヤのことがスキだ」と、喋ったミジュマルのことを。
 幼稚園児の心を暖めるメラルバ。
 外国のポケモンの化石を興味津々に見つめる老夫婦とミネズミ。
 一人の人間に付いていくことを決めたビクティニ。
 子供をからかって遊ぶゾロア。
 若者に手を差し伸べられたヤブクロンは、今頃どうしているだろうか。
 ご飯を美味しそうにたいらげるワルビルもいた。 
 ジェットコースターで悲鳴を上げながらも、終わった後は楽しかったね、と語り合う女性とエモンガ。
 観覧車から見たライモンシティでは、多くの人とポケモンが手を繋いでいた。
 冷凍コンテナで共にせっせと作業に励む男性とバニプッチ。
 空を飛ぼうと羽をはばたかせるコアルヒーを必死になって応援する飛行士。
 タワーオブヘブンでは、誰もが亡くなったポケモンに冥福を祈っていた。
 子供達とくるくる回りながら、追いかけっこをするマッギョ。
 冷めた視線で見つめられるスキンヘッドを守ろうとするコマタナ。
 一心同体となって、ゼクロムに立ち向かう四天王のポケモン達。負けると分かっていても、手を抜く者はいなかった。
 アデクのウルガモスは羽がもげても、なお戦い続けた。
 あれからすっかり成長したダイケンキは、凄まじい気炎と共にひび割れたシェルブレードを、ゾロアークへと振り下ろした。
 レシラムはトウヤを信じて、その身が潰れるまでしがみついた。

 辛いことが待っていたとしても、最後には野生で暮らすポケモンでは有り得ないような、満足した表情を浮かべていた。
 ならば、自分がやってきたことは間違いだったというのか。いや、違う。記憶の中には、目を背けたくなるような血で血を洗う闘争が含まれていたはずだ。
 Nを見るなり噛み付いてきたヒヒダルマ。
 生きとし生ける者の目をしていなかったチラーミィ。
 大量に作られ、破壊兵器として活動を強いられるゲノセクト。
 蹴られた痣を深く深く残し、体をひきずるドテッコツ。
 キバを折られ、痛みにのたうちまわるオノノクス。
 灰になって落ちていく足を震わせながらそれでも歩こうとするアイアント。
 みんな、人間に痛めつけられた、とゲーチスは言った。
 みんな、人間が痛めつけた、とゲーチスは言った。
 ポケモンの声が聞こえる。人間に復讐したい。自分にこんな傷を負わせた人間を壊したい。人間は怖い、離れたい。人間から遠い世界で暮らせれば、こんな思いをしなくて済むのに――部屋に運ばれてきたポケモンを裏切ることなど出来なかった。

 一斉に放たれるシャドーボール。丁度、こめかみの辺りを掠める。当たり所が悪ければ、目は一生使い物にならなくなっていた。
 Nは放心状態になるが、サイコキネシスが微動を許さない。生き地獄を味わっている気分だ。
「シャドーボールに体をもっていかれ、自分の愚かさを悔いながら死んで行くがいい」
 レパルダスはNを仇であるかのように威嚇している。犬歯を剥き出しに、喉の奥から枯れた声を掻き鳴らす。違う、自分はポケモンの敵ではない。しかし、目の前のレパルダスはNを殺すという明確な目的のために使役されている。敵を排除するための道具として扱われている。モンスターボールに閉じ込められたポケモンは、心を支配される。命令を忠実に聞くだけの機械になる。意思を挟む余地は、無い。
「これが、トモダチの声なのか」
「そうだよ。自分が拠り所にしていた存在によって殺される。最高のピエロだな」
 Nは何も言い返さない。確かにそうかもしれない。自分の我儘が、人を、ポケモンを、世界を散々振り回して来た。
 結局、ポケモンのためを思ってとったはずの行動は、ポケモンから大切なものを奪い取ろうとしたものでしかなかったというのか。ポケモンは怒っているのか。不甲斐ない己に対し、牙を向けている。愚者の首を噛み砕きたいという鮮烈な思いを秘めながら、機会を今か今かとうかがっている。
「つまらん奴だな。少しは抵抗しないのか」
 それでは、自分の人生とは何だ。ナチュラル・ハルモニアとは何者だ。
 ポケモンを解放する。盲目になって従ってきた志である。完璧に遂行出来なかった今、Nの存在意義はいずこにあるのか。
 プラズマ団は瓦解した。こんな状況を生み出した判断と思慮の浅さを引きずって、これからのうのうと生きていていいのか。Nが死んだと聞いて、喜ぶ人間は多いだろう。Nはプラズマ団のお荷物で疫病神だ。ゲーチスの方が人望も多い。彼に任せれば。とめどもない後悔が、胸の底から激流となって溢れてくる。
 いっそ、ここで死ぬことが、償いになる。ポケモン達やイッシュ地方を巻き込んで起こした大罪に、唯一許しを乞う手段となる。なんだか思考がぐちゃぐちゃになってきた。自分はどうしたいのだ。もう、生きることすら疲れてしまったのか。
 アンジーはあまりにも反応が薄いNに対し、つまらなそうに欠伸をする。
「もう、貴様と話す気は失せた」
 彼女の言葉が命令と受け取られ、レパルダス達は一糸乱れぬ統率でNに止めを刺そうと目論む。団員達が手を挙げ、一斉に命じる。
「はかいこうせん!」
「ギガインパクト!」
 何度も聞いた馴染み深い声。
 死角からの攻撃は速い。重心を崩され、レパルダス達はあらぬ方向へとはかいこうせんを撃つ。天井から雪崩が押し寄せ、レパルダスと団員達は見えなくなった。Nを強引に掴み、女の子が手を振る方へと一目散に逃げて行く。
 その後、アンジーの消息は不明である。しかし、王の首を狙った彼女とて、運命の奔流に弄ばれていただけに過ぎなかったのだろう。


 *


 ハーデリアの背中にもたれかかるNは、揺れる頭の中でまとまらない意識をさまよわせていた。
 七賢人ロットと、あともう一人――ミネズミを連れた少女が、Nに忙しなく目をやりながらも辺りを警戒している。
「よしなさい。N様は疲労困憊でいらっしゃる」
「もうっ、分かってますって」
 少女は不満そうにするが、表情自体は真剣そのものだ。
「ヘレナやバーベナと合流出来れば良いのだが」
「女神様はご無事でしょうか」
「分からぬ、そればかりはな。何せ、敵も味方も無い状態だ」
「そうですね」
 短いやり取りを済ませ、瓦礫で埋め尽くされた道無き道を越えていく。中にはポケモンの屍もあった。そこで立ち止まり、ロットと女の子は手を合わせる。
 空にひびが入ったと思いきや、容赦なく大地を焼き滅ぼす稲妻が到来する。
 見上げれば真っ暗な絵具を塗りつぶしたような蒼い空。視線を下ろすと見えてくるのは限りなく燃え移り行く焔。夢の世界に迷い込んだような色彩によって、景色すら創り出されていた。ロットは空を見やりながら毒づく。ハーデリアは礼儀正しく足を止めながらも、Nが落ちないようにしっかりと背負っている。
「神が怒っているとしか思えぬな」
 ミネズミが制服の裾を引っ張り、指を差す。ハーデリアにもたれるNが険しくも瞼を開いたからだ。ロットは思わずそっと目を細める。女の子は涙ながらにNの手を取る。普段ならば下々の者が王に取る態度としては無礼であると制裁を受けるところだが、この時ばかりはロットも苦言を呈することはなかった。
「N様!」
「キミは」
 掠れた声を訝しむN。朽ち果てた植物のように生気が抜け出ている。相変わらず、目を覚ましても悪夢は変わらない。一層惨さを増しているほどだ。とはいえ、一人の青年がいることでこんなにも喜怒哀楽を露わにする少女と老人を見ていると、少しばかり心の渇きが癒される。この時間が永遠であることを願う。
「N様。プラズマ団は」
 かつて栄華を極めた城が、積み木崩しの要領で壊されていた。旗を掲げた夢の跡はいとも簡単に崩落した。埋もれた人やポケモンがどうなったかは分からない。生き残った者は肩を支え合いながらなんとか逃げ道を探ろうとするが、途中で精根尽き果てる。
「プラズマ団は、もうおしまいです」
 女の子はNの胸に泣きつく。Nは彼女を残された力で抱擁する。人の体温が感じられた。流れてくる雫が服を塗らすがそんなことは気にならない。抱きかかえる儚い少女の存在が、Nもまた世界の一部であることを教える。
 ミネズミもハーデリアも、今は亡き者達に向かって吠え立てる。世界の終末をただ嘆き、そこに満ち溢れるのは慟哭だった。
「このままでは、大昔のイッシュと同じ道を辿るでしょう」
「建国神話の最後にあるのは、滅亡だ」
 「こくいんポケモン ゼクロム」と「はくようポケモン レシラム」は、元々1匹のドラゴンポケモンだった。
 彼らは双子の英雄と協力し、新しい国を創った。しかし、互いに求めるものの相違から袂を分かつ。一度は人間の愚かしい争いを静観していたが、彼らの子孫によって過ちが繰り返されたためにイッシュを焼き払ったという。果たして一人間の手に収まるかは疑わしいほど凶悪な性質を持つポケモンでもある。
 あれから、Nはゼクロムを、トウヤはレシラムを従えた。理想と真実のどちらが正しいのか、雌雄を決するために彼らは人間に今一度手を貸した。だが結局、プラズマ団がやろうとしたことは独裁であり、ポケモンの意思を無視した恐怖支配である。内部での確執に狼狽えるだけのNに愛想を尽かし、とうとう見限ったのだろう。そして、歴史を昔に戻し人間を悔い改めさせようと考えた。
「王よ、思うに。我々は神にでもなろうとしていたのかもしれませぬ」
「ロット……ボクは、間違っていたのだろうか」
「それを決めるのは私ではありませぬ」
 ロットは親のようにNを擁護してくれるわけではなかった。厳格な目つきでNを見据える。いつも身近な存在にもかかわらず、奈落の底に突き落とされたような気持ちになる。
「しかし」
「ここもそろそろ危ぶまれるか」
 ロットは空模様が標準を切り替えたことに気付き、Nらを先に行かせる。足取りは依然として重い。
 突如の発光が周りを否応が無く照らし出す。おぼろげに浮かび上がるのは、原型を留めていない城と、逃げて行く群衆の波だ。雷は無造作に城を縫いながら、火を移ろわせる。その中でも殺し合いは続く。
「まるで悪魔よ」
 女の子は忌々しそうに、天空に佇む審判者を憎む。黒い悪魔が体中を青光りさせながら、人知の及ばない力を振るう。その度に地盤が沈み、人やポケモンが流されていく。Nは険しい顔で伝説をなぞる。
 今になってようやく、ゼクロムを操るということが何を意味するのか、分かった。
「ゼクロムは理想を追い求められない者を容赦なく焼き尽くす、と云われている。イッシュが火の海になるまで、ゼクロムの怒りが鎮まることは無いだろう」
「こんなの、ただの虐殺よっ!」
「では、お主はポケモンを利用した愚か者の集うプラズマ団が……なおあり続けるべきだと考えるか」
 女の子はロットの問いに口をつぐむ。心底意地悪な質問だった。決してゼクロムを庇うわけではないことぐらい分かる。行き場の無い感情をどこにぶつければいいのか分からない。或いは最初から、ぶつけるような相手などいないのかもしれない。
 しかし、ゼクロムは人の手に余りすぎた。理想を求めたドラゴンが、理想がいつまで経っても実現されることのない虚無に気付いてしまった以上、もはや事態は取り返しのつかないところまで進行している。待つべきものは死。来たるものは滅び。これは悲劇の一片でしかない。プラズマ団の城やポケモンリーグを破壊した後、ゼクロムはイッシュ全土に裁きを下すだろう。ゲノセクトがテクノバスターを放ち、ゼクロムがらいげきを落とす。こうして、イッシュ地方は何年にも渡る歴史に幕を閉じる。
 唯一止められるポケモンがいるとすれば、同じだけの力を持ち、真実を求めたドラゴンに頼る他無い。
「ロット! あれは」
「我々にとって、あの光が希望となることを願うばかりだ」
 白き衣をまとった尾から吹き出る紅蓮の炎は、真実の象徴。赤い閃光が一直線に暗黒を切り裂いていく。空の裂け目からは火の粉が零れていく。黒い悪魔を断とうと立ち上がった英雄の姿が、Nやロット、女の子には辛うじて視認出来た。

 理想と真実の対決が始まる。


 *


 レシラムは大気を震わせながら悠然と、力を持ちすぎた権化との距離を縮めていく。
 二度目の戦いは予感されている。
 頭上に瞬く光を見て、僅かに軌道を逸らすことで致命傷を避けた。無限の稲妻が、的を撃ち落とすための矢となって襲い掛かる。しなる鞭状の炎が残らず返り討ちにする。敵が直接の迎撃を始める頃であることは容易に考えられる。黒いドラゴンは遥かな上空へと飛び立つ。白いドラゴンは追いかける。黒と白の螺旋が、夜空に絶望と希望の余韻を残しながら、決戦の舞台は人の目では追うことの出来ない高みへと移り行く。

 行先、立ち込める黒雲。
 天候はレシラムに牙を剥く。敵は体内の発電機によって無尽蔵の電力を生み出す。抑えきれなくなった力が漏電し、雲を絡め取る。城一画を覆う規模のかみなり。世界がホワイトアウトに包まれる。
 無策だったわけではない。天より振り下ろされた雷の剣を炎の鑓で一閃に貫く。僅かな間を要さず、龍脈の息吹が胸板を穿つ。
 雷雲の隙間から光が差し込む。力の浪費がもたらす黒い支配の揺らぎ。戦いは新たなる局面に突入する。
 
 敵から発せられる10万ボルトの電撃を縫い、眼前に迫った。竜の爪を伸ばすや否や、頭突きで体勢を崩してくる。丁度取っ組み合いの形になる。急降下していく2匹のドラゴン。景色が過ぎ去っていく速度が今までの比ではない。敵は終止符を打とうと目論む。人間が天を見上げるところで止めを刺し、イッシュの旗を引き裂こうと目論んでいる。このままでは負ける。歴史は繰り返される。レシラムは繰り返すつもりなど無い。負の連鎖を断ち切るために、今ここで相見えている。

 帽子を被った緑髪の青年達が世界の行方を見守っているようだった。
 かつての敵であった者達の瞳は、まだ完全に諦念だけで埋め尽くされているわけではないと見定めた。
 硬い皮膚に噛み付くと、敵は唸る。技の発動を僅かに遅らせた。着陸した地点は、余波のせいで木端微塵に吹き飛ぶ。彼らは距離を取りながら、何があっても戦いを繰り広げる獣達の姿から目を離そうとはしない。

「ボクはもう、真実から逃げない……だから。レシラム!」

 尻尾に火が灯る。煙がそれ以上を見えなくした。
 帽子の鍔を握りながら、オーバードライブを彼女からのメッセージだと受け取った。
 戦場は再び上空へ。目まぐるしく変遷する舞台。決着がつくまで、幾度となく飛翔と堕落を連続する。それはイッシュの歴史だ。何が正しく、何が間違っていたかを裁くことは誰にも出来ない。だが、間違いを咎めようとする怒りもまた真理。
 真実はいつも冷酷な事実だけを突きつける。
 その真実を受け入れ、理想のために邁進しようとする決意こそが糧になる。
 
 遥かな雲を越え、月を審判にドラゴンポケモンは激突した。
 氷のように凍て付く空気は、竜の皮膚から生気をむしり取っていく。命を削り取る以上、もう2匹共長くはない。過去を見据え、未来を創り上げる歴史。どちらに傾くかが決まる。どちらが勝ったかという事実が、これからのイッシュを左右する。
 敵は電撃の障壁を纏う。雲ごと吸い込まれていき、ストームが荒れ狂う。炎を吐いて応戦するも、通用しない。黒雲に身を隠しているドラゴンまで届かない。敵は待ってはくれず、向かって来る。審判の時。白旗を揚げられたくはない。
 最期を覚悟したレシラムは、自身の周囲を熱する。小細工に構わず、力に物を言わせる敵は止まりそうもない。だが、レシラムは大気を動かし続けた。
 クロスサンダーが、レシラムを一転して地獄へと葬り去る。

 雲が遠くなっていくところで、レシラムは微動にしなかった。互いに満身創痍。二度も同じ技を使うことは厳しい。自分の体が崩壊寸前であることぐらいは知っているだろう。それでも理想の化身は追撃に向かう。相手を完膚なきまでに叩き潰す。勝利の最低条件。勝者は正義。敗者は悪。結果だけが全て。
 だが、遅すぎた。準備は整った。ここから逆転するための術をレシラムは練り切った。
 敵の皮膚に降りかかる雫。城周辺の天候は、快晴でもなければ曇天でもないし、かといって雷雨でもない。残された選択肢は共に終わりを迎えるということ。崩れ去った地表すら彫刻に変え、時間の流れを止めるものの正体。それは、霰だ。
 レシラムは大気を熱し、世界中の天気を変える。
 動きが鈍った。レシラムは獣らしく獰猛に笑ってみせる。
 ゼクロムは霰に襲われ、肩や翼に雪を淡々と積もらせることを許してしまった。対して、レシラムはほのおタイプでこおりを抑える。冷え切った心を、春の訪れを待つ希望に変える。灯を司るポケモンだ。最終的にドラゴンタイプの対決は、ポケモンバトルの基本と何ら変わりなかった。決め手になったのは、ドラゴンが苦手とするこおりである。
 レシラムはゼクロムが動き出すまでに、必死になって炎熱を体内から振り絞る。頭上に火の粉を集めていき、小惑星を生み出す。
 クロスフレイム。
 そして、クロスサンダーで力を失ったゼクロムを仕留めるには、後攻が有利だ。
 
 だが、そうは問屋が卸さなかった。
 獣最期の意地。ゼクロムも戦いの修羅だった。結局のところ、殴り合うことは戦いの原点。ゼクロムは爪を伸ばし、何とかレシラムが撃ち出すクロスフレイムを阻止しようとする。眼には相手を破壊するという本能が塗れていた。だが、怒りで我を忘れてしまったゼクロムよりも、レシラムの方が今回ばかりは一歩上を行った。
 レシラムは神通力を送り込む。ゼクロムが拘束を受ける。隠し玉は最後の最後まで取っておくものだ。霰が無情にもゼクロムを襲う。
 小惑星にも等しい炎の塊を解き放ち、決した。
 理想と真実の戦いは、真実の勝利によって幕を閉じた。これから始まるのは、未来を見据えた青年達の戦いである。
 時代を創り上げたドラゴン達の戦いは、終わった。

 地に堕ちた敗者である黒いドラゴンに向かっていく。レシラムではなく、Nだ。
 Nは石と化して行くゼクロムに向けて、何かを喋っているが、レシラムからは聞き取れない。しかし、一つ分かったのはゼクロムが彼の言葉に頷いたということだった。ゼクロムはダークストーンに戻った。最期の顔は安らかであった。
 そして、限界を迎えたレシラムもライトストーンへと戻っていく。

 地に降り立ったところで振り向くと、トウヤの声だけが聞こえた。
「今まで、ありがとう」
 そう言っていた。レシラムもまた、安らかな眠りに就いた。
 人間とポケモンを焼き尽くした怒りの炎は雪解けを迎え、イッシュには光が降り注ぐ。
 破壊の後には、再生が待っている。


はやめ ( 2013/05/31(金) 20:57 )