もしもプラズマ団がポケモンの解放を実現していたら - もしもプラズマ団がポケモンの解放を実現していたら
-1- 解放宣布



 吹き上がる気炎を、迸る雷光が貫いた。


 今にも閉じてしまいそうな瞼を見届ける。それでも容赦なく、雌雄を決するための一撃を浴びせる。
 白きドラゴンが力を使い果たしたことで地に伏す様を、英雄と祭り上げられた青年は茫然と見つめるしかなかった。
 彼はポケモンと一緒に旅をしたいと願っただけだ。或いは、願わなければ良かったのかもしれない。
 掻き乱された人生に翻弄されながらも、前を向いて懸命に理不尽へ立ち向かおうとした。それでも勝利の女神が微笑んだのは、皮肉にも真実ではなく、いつか散ってしまうかもしれない理想を追い求める側だった。
 帽子を被り直して息を吐く青年と、声にならない嗚咽を漏らしながら崩れ落ちる青年。
 これが、勝利と敗北のもたらす残酷な構図。
 今やまともに顔を上げることも出来ない、真実を求めた英雄に向かって。また、自分自身のやってきたことが間違いではなかったと言い聞かせるため。
 真の王という冠を被る青年が、咆える。

「これで……ボクの理想が叶う!」



 【  Pokemon Black & White an imaginary story 『もしもプラズマ団がポケモンの解放を実現していたら』 -1- 】



 わざとらしい拍手。
 右目を隠し、司祭のように仰々しい格好をした男が、王に謁見する。
 真実を求め足掻いた英雄など、今となっては無粋な置物でしかないのだと、歩調が嘲笑う。
 青年トウヤは、プラズマ団の創設者・七賢人ゲーチスが脇を通る様を、黙って見過ごすしかなかった。
 敗者にかけられる言葉は無い。結果だけが全て。
 繊細な毛並みは焼き焦がされ、黒い煤の痕が生々しく残る。トウヤは負けたという事実をようやく飲み込み、ゆっくりと噛み締めながら、レシラムをモンスターボールに戻す。無機質な赤い光が、健闘するも一歩及ばなかったレシラムを吸い込んでいく。トウヤを支える一つの巨躯がいなくなったことは、余計に虚無感と無力さだけを際立たせる。

「よくやりました。我がハルモニアの血を継ぎしポケモンの子、N(エヌ)よ」
 Nと呼ばれる青年は、普段から感情を表に出すことが無い。
 強いて言うならば、並べられた数式を光の宿らない瞳で読み解こうとする時、好奇心を垣間見られるぐらいである。人間らしい喜怒哀楽にはほとんど欠けている。Nの生い立ちは他人に語っても理解を得にくい。彼はポケモンの鳴き声を言語に置き換えることが出来る能力を有したがために、森に捨てられた。ある日突然名目上の親を名乗り現れたのが、ゲーチスだった。
 ゲーチスは一つの部屋をNに与えた。どこか普通の人間とずれた壁紙。数々のおもちゃをその中に用意した。普通の人間ならば頭もおかしくなるだろうが、Nは長い時間をその部屋で過ごした。しかし、ゲーチスは本来子供に教え込むべきである世の中を渡り歩くための常識をろくに教えなかったため、Nは独学で虐げられたポケモンから世界の様子を教わるしかなかった。
 Nは正しい道具の使い方を覚えなかったので、バスケットのゴールに電車模型を突っ込んだりと間違いを犯した。もう一つの電車模型は線路を行ったり来たりしている。電池が切れるまで止まらない。こうしている間にも、動き続けているだろう。
 ゲーチスはNの部屋に人間から虐待を受けたポケモンを連れ、Nと信頼関係を築かせた。Nの身の回りの世話は、ヘレナやバーベナ、七賢人やダークトリニティという部下達が行った。王としての歪んだ英才教育を施されたナチュラル・ハルモニアは、私利私欲に塗れた人間の手に握られるモンスターボールからポケモンを解放し、野生に戻るという自由を保障することによって、初めて存在価値を証明する。
 そういった理由から、やり遂げた使命の偉大さに身を震わせていた。
「とうさん。ボクがやってきたことは、間違いではなかったのですね」
「勿論ですとも。さあ、早く号令をイッシュ全土に轟かせなさい。アナタはその資格を手に入れたのです。プラズマ団の王にして、理想を求めた英雄よ。今ここに、ポケモンの解放を!」
「その前に、戦ってくれたゼクロム。そしてボクのトモダチに、言わなければならないことがあります」
 ゲーチスは僅かに目を細める。大願成就の瞬間がまもなく迫っているというのに。父の機嫌を損ねてはならない。
 だが、ポケモンのために戦ってきたNにとっては、大命を宣布するよりもずっと大切なことがある。
「好きにしなさい。アナタは王にふさわしいことを示しました。ワタクシは先に行っていますよ」
 言い表せない解放感に清々しさすら覚えるNは、ゲーチスの口端が不吉に緩んでいるところまで、注意が行き届かなかった。

「アリガトウ……ボクのトモダチよ。キミたちのおかげで、ボクは……」
 一つ一つ、撫でるようにモンスターボール越しに伝わる温もりを確かめていく。昔からかけがえのない存在だ。これまでの旅では、ポケモンの生活を脅かさないためにも、なるたけ戦いの後は野生に帰して来た。しかし、最後に戦うと肩を貸してくれたポケモン達は、森で食糧を求めていた時にNを温かく迎え入れてくれた時からの支えだ。
 ギギギアル。アーケオス。アバゴーラ。バイバニラ。ゾロアーク。そして、新たなるトモダチ・ゼクロム。

 最終決戦は、辛くもNが旗を勝ち取るという形で幕が下ろされた。
 ポケモントレーナーのトウヤは、四天王を破り、アデクの意思を継いで戦う者。一筋縄でいくような相手ではなかったことは、Nが最も理解している。今は嘘のように静まり返った部屋の中で、死闘に思い馳せる。
 王の間が惨状を物語る。蛇のようにのたうち廻った焔。互いが背中を打った戦場に、まともな足場を見つけるのは難しい。王のために敷かれた絨毯は切り裂かれ、謀反を許したかのよう。戦いの余波で、掲げられたプラズマ団のシンボルはもはや原型を留めていない。それでも勝者はここにいる。王は依然として、生きている。
 交じり合う炎と雷の名残である煙たさが辺りに満ちて、立っているのもやっとの状態だった。
「これで、モンスターボールを使う必要はもう無くなる。人間達の罪、せめて償わせて欲しいと願って持っていたが、ボクには荷が重すぎたのかもしれない」
 誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟く。独白が終わると、終わりを蒸し返す怒鳴り声が響く。
「トウヤ!」
 チェレン――トウヤの幼馴染であり、カノコタウン出身のポケモントレーナー。
 アデクの思想に異を唱えながらも、最後には良き師弟関係に落ち着いた。実力でポケモンリーグを勝ち抜いた実績を持つ、イッシュを代表する戦士の一人だ。部屋に入ろうとするや否や、眉間にしわを寄せる。高貴さも何もかも失われた聖地へ入れるかどうかが、まるでトウヤとの境目であるかのように試練を課す。それでもチェレンは怯まず進んでいく。普通の者ならば、ここで臆して逃げ去っている。
 ポケモン達への感謝を述べたNは、一段高い所からチェレンを見下ろす。
 初めて黒きドラゴンを目にするチェレンは、息を呑む。
 「こくいんポケモン ゼクロム」は、理想を求める者の意思が強ければ強いほど、人間に知識と力を貸し与える。だが一度、心の種から悪意が芽生えれば、躊躇うことなく裁きの雷を下すと云われる。
 いくつもの線が刻まれた鋼鉄の肉体は、青光りすることで輝きと威厳を増す。
 黒翼を広げ、脚を踏みしめ、首をもたげ、人間を見定めるその姿は、伝説という称号だけで片付けるには口惜しい。
「これが、伝説のドラゴンポケモン?」
「遅かったね。まもなくポケモンの解放が始まる」
「何言ってる! トウヤは……トウヤ、は。最強の」
 そうであると言ってほしいのだろう。本人の口から、いつものように自信満々の笑みで。
 「最強のポケモントレーナーに、チャンピオンになろう」と誓い合ったあの日。ベルと3人で踏みしめた第一歩。
 脆く、割れる。チェレンが抱いた短い幻想は、たった一言で霧散した。
「ごめん」
「どうして、キミが謝るんだ」
「トウヤ。ボクはキミのことを買っていたよ。でも、理想を求める意志が強かったのは、このボクだったようだ」
 チェレンは負けじとモンスターボールを握り締める。額から頬にかけて、汗が伝う。顎から零れ落ちるものが示すのは、敵への恐れ。
 トウヤは安定しない体をふらつかせながら、くぐもっていきそうな意識の中で親友の名前をなぞる。
「チェレン」
「N! 次はボクが相手だ! ボクがお前を倒す!!」
 返って来たのは、呆れと哀れみ。Nは首を横に振る。
「トウヤとは、互いの覚悟を懸けて戦った。そして、ボクが勝った。この意味が分かるかい」
 チェレンは眼鏡の内からでも分かるほど、明確な敵意と憎しみを突き刺す。標的の瞳は、一切揺るがなかった。
 知っている。トウヤの背中を追いかけて、追いかけて。それでも立ち止まらせることの出来なかった本人こそが、誰よりも。
 分かっていても、認めたくない。人間は時として相反する感情の波に飲まれ、己を見失うことがある。一度、彼も通った道だ。

 葛藤に苦しむ青年を諭すのは、やはり彼の師匠にもふさわしい老年の男であった。
「チェレンよ。今のわしらではNに勝てん」
「アデク、さん……」
「また、許しを請うのかい?」
 敗者のアデクは勝者のNに乞うため、頭を地につけた。人としての恥をかなぐり捨てた。
 どれだけ不格好の烙印を押されても、アデクは決して頭を上げようとはしなかっただろう。チェレンはそのことを思い出したのか、苦虫をすり潰したような顔になる。
 大真面目な顔つきで、重々しく語るアデク。老いてなお伝わる貫禄に、誰がこのチャンピオンを嘲笑うことなど出来ようか。
「もう良い。Nよ、わしは自分の行為を悔いてなどおらんぞ。チャンピオンなど、所詮は人間が作り出した偶像に過ぎん。未練たらしく、しがみつくようなものでもない。そんなことより、わしはイッシュの人やポケモン達から笑顔が消える。そのことの方がよっぽど堪えるのう」
「ポケモンと人間は幸せになる。それぞれの世界で」
「お前さんは、本当にそう思うのか。このままゲーチスの言いなりとして、生きていくつもりなのか」
「ゲーチスは……とうさんは、ボクに託してくれた」
「馬鹿馬鹿しい。ゲーチスがどんな奴だか分かってないんだ」
 ずれた眼鏡を直し、たまらず悪態を突く。すると、アデクが有無を言わせぬ圧力で押し黙らせた。
「ならば、見せろ。お前さんが望む、理想の世界とやらを」
「アデクさん!?」
「チェレン! わしらは負けた。それは認めなければいけない。現実から目を逸らすことは出来ない」
「くそっ!!」
 叫びたくなる気持ちはここにいる誰もが理解している。そう、敵対者として立ちはだかったNですら。
 戦いを経験した者達は皆譲れない思い、れっきとした信念を持っているからだ。
「トウヤ」
 呼びかけが意味するものは、戦い抜いた青年への賛辞か。はたまた、同情か。それとも。
「そろそろ……行くよ。ボクは、これからイッシュに号令をかけなければいけない。王としての役目を果たし、戦いに終止符を打つ」
「号令をかけたら、お前もポケモンと離れることになるんだぞ! それでもいいのかよ!」
 答えが返ってくるまでには、僅かな間を要した。
「最初から、人間とポケモンは別々の世界で過ごすべきだったんだ」
「そんな」
「それじゃ……」
 踵を返す。手を伸ばす。もう振り返ってはくれない。
「サヨナラ……」
 代わりに告げられたのは、決別の証。


 *


 プラズマ団の勝利宣言は、瞬く間に広がっていった。
 歓喜に打ち震える者。発狂する者。獣のような雄叫びを上げる者。泣き出す者。気を失う者。反応は十人十色だった。
 そして。
「N様! N様!」
「プラーズマー!!」
 儀式に参列するプラズマ団員をここまで沸き上がらせるのは、考えられる限り一人しかいない。
 ゲーチスが引率する青年が入場した途端、宗教的なまでの歓声が起こる。
 勝者は気味が悪いほど称えられる。結果だけが全て。
 白い衣に身を包み、冠を携えながらも、まだあどけなさの取れない青年の後ろには、黒いドラゴンが控える。調子に乗っていた何名かは赤い瞳に睨まれただけで、たちまち縮こまってしまった。民を畏怖させる迫力を常に纏うのも、王に求められる力だ。
 団員いわば臣下たちに手を振るが、ゲーチスがたしなめた。
「王としての立ち振る舞いを、心掛けていただきたい」
 顔を俯け、それ以上目配せをしなかった。あくまで感情の一切を封じることを選んだ。
 イッシュに革命の旗を掲げる者として、玉座に腰掛ける。完全なる静寂に支配された空間。ゼクロムの存在が周囲を圧倒する。民を一望する王。
 プラズマ団の悲願にして、未来永劫の歴史に語り継がれるであろう儀式の決行を、ゲーチスが代表して執り行う。
「全ての臣下達よ、喜びなさい。イッシュ地方は本日をもって、新たなる歴史を迎える!!」
 この日からイッシュ地方は、ポケモンと人間に境界線を敷き、白と黒が分けられた暗黒の未来に向かって突き進む。
 民を束ねる者は、変わったのだ。


はやめ ( 2013/05/24(金) 20:38 )