回想 3
それでは二年前の戦いを語ろう。
◆
オレはプラズマ団の一員として、そしてそのプラズマ団の下っ端達を取りまとめる三団長の長として活動していた。ポケモンの解放を謳うために『知』を七賢人が司り、その七賢人や王を守護する『力』として設立されたのが我々三団長だ。
組織はゲーチスというオレや王の養父が実際に取り仕切っている。最も、これは王の意向でもあるらしいので、オレはそこの観点に関しては細かく言うつもりはない。彼が決めた事だ。苦言を立てるなどとんでもない。
しかし、それ以上にオレはポケモンと人間を綺麗に二分化できるのだろうかと心の奥底で疑問に思っていた。確かに人間によって虐げられたポケモンをオレは幼少からずっと見てきた。それでも、過去にイッシュを旅した際にオレは人とポケモンが手を取り合い、力を合わせ、困難を突破する様を常に見せ付けられてきた。だからこそ、オレの中にはどこか迷いが生じていたのだろう。
そんな時、王が伝説のドラゴンポケモンとトモダチになるための旅に出ると口にした。勿論、団内からは反発の声が上がったが、最終的には七賢人と三団長の話し合い、更にはゲーチスにより最終決定が下された。王が怪我などしては一大事。よって、ボディガードとしてオレが共にする事となった。最も、彼のやりたい事を最優先にさせるため、オレは彼とは同行せず、その後、または先を行く形での同行で双方が納得した。
そして、その中でオレは王ととある話をしていた。それは、プラズマ団の強硬派の動きの牽制だ。ポケモンを強引に人の手から奪い、そして解放する。それが真にポケモンの幸せに繋がるとは到底考えがたい。たとえそれをするとしても、それは王が公式に宣言してからだ。それまでの強行的な動きの妨害への許可を求めた。勿論、渋い顔をされたがなんとか許可を貰った。ただし、正体を悟られないようにし、出すぎた真似はしない事が大前提となったが。それでも十分だった。
「お兄さんは誰?」
夢の跡地。ムンナに暴行を加えているプラズマ団を止めようとしたところで初めてオレはクオレとハルトの二人に出会った。勿論、この時はただの新人トレーナーの二人だ。しかも、正義感だけで止めようとしているので危険極まりない。二人のアシストをしつつ、この一件に関しては解決した。
王も彼らにはそれなりに気に入っていたようで、旅の至るところで対決していたことを後で聞いた。そして王が旅立ってから数ヶ月。ネジ山へ向かっていたところだった。ライブキャスターが鳴る。王からの着信だった。すぐさま人気の無い場所へ移動する。
「久しぶりだね、コスティーツ」
相変わらずの声だった。笑みを自然と浮かべ、
「えぇ、王も壮健そうで何よりです。今日はどうなさいました? 旅の話ですか?」
「うん、それも確かにありだろう。でも、今日は違うんだ」
いつも彼が連絡を入れる時は定期連絡で、旅の報告を互いにしあう。しかし、今日はそれではなく全く違う用件らしい。疑問に感じた。
「では、今日は何の用件で?」
「いよいよキミの出番だ。コスティーツ」
それはつまり。イノスとしてではなく、プラズマ団の一員、コスティーツとして動けという王直々の勅命だった。
「遂にダークストーンを手に入れた。ボクはこれからリュウラセンの塔へ向かう。ゼクロム復活の瞬間をキミに見ていて欲しい」
了解しました。
二つ返事でオレはいつも通りに返した。いつもより声が冷えていたのはきっと気のせいだろう。
◆
リュウラセンの塔の階下でどうやら目的の人物が暴れているという連絡が入ったのは割とすぐの事だった。そして、彼女がここへやってくるのもまた、そこからたいした時差のない話である。
「N」
クオレ。あの時出会った少女は短期間で既に七つのジムバッジを手に入れる凄腕のトレーナーへと成長していた。そして、今ではプラズマ団の要注意人物としてマークされている。少なくとも、既にフスティとジャスツィアの二人を手加減していたとは言え、破った点に関しては驚かざる得ない。
そして、伝説のドラゴンポケモン、ゼクロムを携えた王。彼女が静かに近づいていく。
「どう、クオレ。世界を導く英雄の下、その姿を現し、共に戦うポケモンの力強い姿は!」
無言だった。ゼクロムが体全体から発する何かを彼女もきっと無意識に感じ取っているのだろう。
「ボクはこれからゼクロムと共にポケモンリーグに向かい、チャンピオンを超える! ポケモンを傷つけてしまうポケモン勝負はそれで最後。ポケモンだけの世界……ようやく実現する」
「N……」
彼女もかける言葉が見つからないのだろう。王の士気はこれまでに無いほど高まっている。ゼクロムが飛翔した。そして、王がクオレへ口にする。
「ボク達を止めるなら、キミも英雄になればいい! そう! ゼクロムと対を成すポケモン、レシラムに認められてこそ、ようやく対等になれる! ボク達を阻止できる! さて、どうする?」
「やってみせるよ。レシラムと出会って、仲間になって友達になって、あなた達を止める」
クオレの言葉は弱弱しい。しかし、芯は強い。弱弱しいのはきっとゼクロムの影響下でもあるからだろう。
「ボクの予測……ボクに見える未来なら、キミはレシラムと出会うだろう」
王の予言。未来予知に近い何かだ。ただし、それを常に見れるわけではないらしい。そして王が続ける。
「世界を変えるための数式……キミはその不確定要素となれるか? ポケモンと人の絆を守りたいなら、レシラムを探すんだ!」
そして、王はオレを見た。クオレもオレを見る。すると、クオレがオレを見て真っ先に口にした。
「もしかして……イノスさん……?」
「イノス? 残念だが、違うよ。彼はコスティーツ。ボクが最も信頼する同志であり、プラズマ三団長の一人だ。コスティーツ、彼女の技量を見てあげてくれ。彼女がレシラムと出会うにふさわしいか」
黙って首を縦に振る。そして王はゼクロムと共にリュウラセンの塔を去っていく。残されたのは、オレと彼女だけだ。
「……きっとレシラムはライトストーンの状態で待っている」
ふと、こんな言葉が漏れてしまった。まぁ別に構わないだろうと判断する。これくらいならまだ大丈夫だ。
「やっぱりイノスさんなんだ……」
正面から彼女と向き合う。彼女が怯えているのが誰の目から見ても明らかだった。ゼクロムをその目で見て、更には信頼していた者の裏切りだ。衝撃が強すぎるのも無理は無い。しかし、快進撃を続ける彼女達を見ていて、いずれこうなるだろうとオレは思っていた。
「オレの名はプラズマ三団長、コスティーツ。同胞達が世話になったようだな」
「イノスさん、アタシだよ! クオレだよ! 分からないの!?」
必死に説得を続けようとするクオレ。状況把握も既に出来ていないようだ。モンスターボールを構える。
「構えろ。お前の目の前にいるのは、他ならぬプラズマ団の一員だ。敵を倒すのは当然のことだ。それとも、お前が王へ語った言葉はその程度の事で崩れ去るものか。随分と腑抜けたものだ。よくそれで今まで王へ不敬な言葉を交わしたものだな」
罵倒だった。勿論、これは彼女の戦意を意図的に高めようという目的の元、放った言葉である。しかし、それでも。
「ねぇ、イノスさんなんでしょ! イノスさん!」
「くどい。オレはイノスではない。コスティーツだ。ゆめ勘違いするな」
「嘘! 絶対に貴方はコスティーツじゃない! イノスさんだもん!」
なんだこれは。
「イノスさん!」
なんなんだこれは。
「目を覚まして!」
なんなんだコイツは。
「いい加減にしろ!」
「ッ!?」
オレの怒号に彼女は身を竦めていた。はぁ、とため息を吐くと帽子を取る。今の服装は普段のパックバッカーとは違う。白のスーツに白い鍔のある帽子を身に纏っている。しかし、オレはとうとうその帽子を取った。
そして、呆れながら告白する。
「そうだ。オレはお前の言う通り、イノスでも間違いは無い」
「やっぱりそうだよ! なんでプラズマ団にいるんですか! 今までずっと戦ってくれてたのに!」
「そうだな。お前とはずっと戦ってきた。それは認めよう」
「じゃあなんで!?」
「王自らの勅命だからだ」
「え?」
彼女はそこで理解できないのだろう。きょとんとした。
「オレは王が命じることには絶対の忠誠を尽くす。それが非人道的でないものなら一切の容赦はしない。オレはお前と出会うずっと前からプラズマ団の一員だった。コスティーツというのはオレの本当の名前。イノスというのはただの偽名だ。勘違いするな、お前と共闘していたのはあくまで、後の王の立場を考えての事だ」
「王の立場?」
「そうだ。力づくでしか支配できぬ王などただの暴君だ。そんな王をイッシュの民やポケモンは求めていない。人々とポケモンの架け橋となる王。それが彼だ。彼は人でありながら、ポケモンの言葉を介する事ができる。そんな王の忠実なる部下が身勝手に臣民から略奪していれば自然と王への評価は恨み、憎しみへと変化するだけだ。オレはあくまでそうさせないために動いていたに過ぎない。あくまで一時的に利害が一致したからこそ、オレはお前に手を貸したのだ」
「ずっとアタシ達を騙していたの?」
「そうだ。夢の跡地の時も、ヤグルマの森の時も、ヒウンシティの時も、ホドモエシティの時も。ずっとお前達を騙してきた。まぁ、最も誤算だったのは夢の跡地の時、お前達の中に潜む潜在能力を見抜けなかったことくらいだな」
正直な本音だった。最後の一文に関してだけは真面目に本音だった。
「嘘だよ、だってイノスさん……」
「御託はいい。始めよう。お前が我が王に歯向かうに相応しいかどうか。オレが直々に確かめてやる」
あの時。オレが勝負を急かした本当の理由。それは至極簡単な話だった。この少女と話していれば、きっとオレは王の味方ではなくなる。王を守るために、あの日ゲーチスに頼み込んで修行させてもらったあの日々を全て無為にしたくない。クオレとあれ以上話し込めばきっとオレは。コスティーツでなくなってしまうだろう。
プラズマ団の王、ポケモン解放を謳うNの味方で無くなってしまう事が何よりも恐ろしかった。
結果なんて言うまでもない。両者共に迷わされたんだ。助太刀があったとはいえ、引き分けに終わったよ。
◆
それから少しの時が経過した。
王――つまり、Nがポケモンリーグチャンピオン、アデクを下した。名実共にイッシュ最強を示した。だが、時同じくしてクオレも駆けつけたそうだ。全ての決着を着けるためにNはプラズマ団の城を出現させた。そしてオレは玉座の間をゲーチスと共に守っている。彼が待つのは英雄だけ。英雄以外は決して通さない。それがオレに課せられた最後の使命だった。
やがて、少女が姿を見せた。クオレだ。
「久しぶりだね」
以前と違って大人びた雰囲気で彼女は言った。あの戦い以後、オレを敵とみなしたのだろう。容赦の無さがどこか違うのをオレは感じた。
「あぁ。よく来たな。王はこの先だ。お前を待っておられる」
「邪魔しないの?」
「しないさ。オレの使命は英雄の邪魔立てではない。英雄以外の不届き者をこの先へ入れない事だ」
「そう」
そこへゲーチスが口を挟んだ。
「ようこそ、ライトストーンを持つ者よ。ポケモンリーグを包み隠すように出現した城はイッシュが変わる事を示すシンボル。その城の王は伝説のポケモンを従え、チャンピオンを超えた最強のトレーナー。しかも、世界を良くしたいという熱い思いを胸に秘めている! これを英雄と呼ばずして誰を英雄と呼ぶのです?」
彼の言葉にこの場に居た誰もが沈黙した。この男は時折、意味深な事を口にする。いや、想像は出来ているのだ。しかし、それが現実なのかと聞かれれば正直疑いたくは無い。何せ、この人物はオレの養父でもある。育ててもらい、あまつさえ我侭すら聞かせてくれた恩があるのだ。
信じなければならないと義務ではないが感じてしまう。
「ここまで舞台装置が整えば、人々の心は掴める! プラズマ団の望む世界に出来るのです! 長かったぞ! ここまで辿り着くのにずっと悟られぬよう、息を潜めていた苦しみの日々も終わる! さあ、進め!」
彼が声高に叫んだ。
「そして、自分にも英雄の資質があるか確かめればいいのです!」
彼女は黙して先へ進んだ。玉座の間。王の一室。二人の英雄が激突するのは時間の問題だと思っていた。しかし。
数分後、彼女が玉座の間から吹き飛ばされるように飛び出て、そのまま壁に激突した。玉座の間を覗く。中にあったのは紛れも無くライトストーンだ。つまり、彼女はレシラムを目覚めさせようとしたが失敗した。英雄の資質は無かったのだ。
「買いかぶっていたという事か。ゲーチス、これで晴れて解放宣言を出せるな」
「えぇ、そうですとも。そもそもただの小娘一人に計画を大幅に狂わされた気もしますが……」
安堵したその瞬間だった。
「まだ終わりじゃないよ」
階下から何者かの声がする。聞き覚えがあった。やがて一人の少年が姿を見せる。クオレの弟、ハルトだ。ハルトは倒れる姉を見て、
「姉さん。ごめん。ずっと今まで無理させて」
と口にすると、静かに玉座の間へと進んだ。彼もまたレシラムに挑むというのだろうか。彼女に資質が無かったのに、彼にあるはずがない。最初こそそう思っていた。しかし、オレは失念していた。Nという成功者の影響で考え方がゲーチス同様に固かったのかもしれない。
一人ではなく、『二人で一人』の英雄という可能性を、オレはこの時完全に捨て去っていた。だからこそ、レシラムが覚醒した時ゲーチスも目を見張った。そのタイミングでクオレが目を覚ます。
英雄として選ばれたのはハルトだ。これから始まる一騎打ちの邪魔をさせるわけにはいかない。クオレが奥へ行かないよう阻止する事がオレの最後の任務になる。リュウラセンの塔以来の対峙だった。
「イノスさん……」
「ここから先は英雄同士の対決の場だ。英雄以外を通すわけには行かない。どうしても通りたいのなら」
「貴方を倒すしかない……そういう事ですね」
「そうだ。ちょうどいい。リュウラセンの塔の決着をつけよう。この前は邪魔者をも交えたが、今度は手加減なし。そして、誰も手助けに入る事はない」
迷い無く彼女はボールに手をかける。あの時からそこまで長い月日は経っていないというのに、ここまで成長したものだと関心した。
そして、オレとクオレの二度目の直接対決が幕を開けた。決着?
そんな事言うまでもないだろう。プラズマ団の野望は阻止されている。そこから導き出される答えなんて簡単至極だ。オレは負けたよ。
勿論、その時はそれを俄かには信じられなかった。プラズマ団として動く以前から修行をしていたので、それを踏まえても彼女とは経験値の差は決定的というばかりに雲泥の差だ。だが、覆された。
そして、Nとハルトの戦いもハルトが大接戦を制する結果となった。プラズマ団の中で最強と謳われていた二人が敗れた今、文字通りオレ達の目算は全て水泡に帰したことになる。NはNで呆然としている。負けるはずがないと思っていたのは当然だろう。
だが、それすら彼らは打ち破った。Nの元へオレは走った。クオレはハルトの元へ走る。
「王」
「レシラムとゼクロム……。二匹がそれぞれ異なる英雄を選んだ……こんな事もあるのか。同じ時代に二人の英雄。真実を求める者、理想を求める者。共に正しいというのか? ……分からない。異なる考えを否定するのではなく、異なる考えを受け入れる事で世界は化学反応を起こす。これこそが……世界を変えるための数式……」
「えぇ、そうです。異なる考えは否定するべきものではない。受け入れ、そして考える事で世界はまだ見ぬ形へとその形相を変えていく。それこそ、世界を変えるための数式となるのですよ」
「コスティーツ。キミは分かっていたのか?」
オレはその問いに首を横に振った。
「いいえ。オレもようやく気付いたのです。こうする事が何よりも大事なのだと、今やっと気付かされました」
「そうか」
そう口にする王の言葉はどこか安心したかのような口振りだった。そこへ、
「それでもワタクシと同じハルモニアの名前を持つ人間なのか?」
四人の後ろからゲーチスが歩き、近づいてきた。
「不甲斐ない息子め」
「ゲーチス! それは自身の息子を王だと知っていての狼藉か! いかに七賢人で組織の運営を任されていたとしても今の暴言は許されるものではないぞ!」
「黙りなさい! 元々ワタクシがNに理想を追い求めさせ、伝説のポケモンを現代に蘇らせたのは『ワタクシの』プラズマ団に権威をつけるため! 恐れおののいた民衆を操るため!」
一同が絶句する。その点はよくやってくれました、と付け加えたが、既にそれは何も感じない。つまりこの男は私利私欲のために息子であるNを、オレすら――いや、プラズマ団全員を利用していた事になる。
とんでもない奴だ、と思っていたがそれ以上に当たっていて欲しくない最悪の予想が当たってしまった。そして、Nの胸倉を掴むと、
「だが、伝説のポケモンを従えた者同士が信念を懸けて闘い、自分が本物の英雄なのか確かめたい……とのたまった挙句、ただのトレーナーに敗れるとは愚かにも程がある!」
そして胸倉を乱暴に離した。息苦しそうにNが呼吸する。即座にオレはNへ近寄った。ゲーチスを鋭い目で見る。だが、彼は見下すようにオレを見た。
「アナタもだ、コスティーツ。アナタがところどころで邪魔をしてくれたせいで計画はかなり狂いましたよ。王の番犬と言われるだけあり、正義感だけはバカみたいに強い。Nを守るために力をつけたい。だから修行に行かせてくれと頼み、そして事実強くなったのにも関わらず新人に敗れ去るなど愚考!」
そして、Nを再び軽蔑した目で見ると彼はこう口にした。
「詰まるところ、ポケモンと育った歪な不完全な人間か……。クオレ! ハルト! まさかアナタのようなトレーナーが伝説のポケモンに選ばれるとは完全に計算外でしたよ。ですがワタクシの目的は何も変わらない! 揺るがない! ワタクシが世界を完全に支配するため! 何も知らない人間の心を操るため! Nにはプラズマ団の王でいてもらいます。だがそのために事実を知るアナタ……邪魔なモノは排除しましょう」
「ゲーチス……貴様……」
この瞬間、オレの中でゲーチスへの尊敬は完全に崩れ去った。孤児であった自分を拾って育てたのは自身の野望のため。ただの玩具扱いだったという事だ。
Nを守るのは当然だ。しかし、気付けばオレはモンスターボールから相棒を繰り出していた。
「ほう、ワタクシに歯向かいますか。コスティーツ。しかし、今のアナタのポケモンは先の戦闘で満身創痍。戦う事などまずできないでしょうに」
言い返す言葉が無い。事実その通りだからだ。オレの相棒、ウォーグルは身体のいたるところに傷を残し、そして息は絶え絶えだ。無理をさせれば恐らく命に関わるのは言うまでもない。しかし。
「クオレ、ハルト、N。お前達は逃げろ。ここはオレが時間を稼ぐ」
そう、たとえ犠牲となったとしても彼らはなんとしても救わなければならない。罪滅ぼしでもなんでもない。この男の思い通りには何が何でもさせたくないからだ。
「イノスさん、ウォーグルを戻してください。頼むよ、ジャローダ!」
「エンブオー、お願い!」
「ゾロアーク……」
しかし彼らは逃げなかった。つい先ほどまで死闘を演じていた彼らに満足な闘いは出来ないはずだ。それでもなお、戦おうとする。
「支配なんてさせない。プラズマ団はポケモン解放を目的としていたんじゃないのか!?」
と、ハルトがゲーチスへ言う。
「あれはプラズマ団を作り上げるための方便。ポケモンなんて便利なモノを解き放ってどうするというのです? 確かにポケモンを操る事で、人間の可能性は広がる。それは認めましょう」
だからこそ、と強調し、
「ワタクシだけがポケモンを使えればいいんです」
「そんなくだらない考えで……Nやイノスさん。いやイッシュのみんなを巻き込んだって言うの!?」
「なんとでも。さて、神と呼ばれようと所詮はポケモン。そいつが認めたところでアナタ達など恐るに足らん。逃げなかった事に敬意を表しましょう。かかってきなさい、ワタクシはアナタ達の絶望する瞬間の顔が見たいのだ! サザンドラ!」
ゲーチスのボールから姿を見せたのは彼の持つ最強のポケモン、サザンドラ。オレも幾度か手合わせをした事があるが、勝てた事はない。
四対一とはいえ、四匹はギリギリの状態だ。どこまで戦えるのか分からない。しかし、それでもクオレとハルトの目からは強い闘志が漲っていた。Nは迷っているようである。それでもオレが身体を張って守ろうとしていることに共感してくれているのだろうか。
少なくとも、この瞬間ゲーチスは四人の敵と化した。それだけは間違いではない。
「誰が何をしようと、ワタクシを止める事はできない!」
◆
結局、プラズマ団のやろうとしていた事は何だったのだろうかと今でも思う。
二年という月日が経過し、クオレやハルトも成長した。あの戦いの後、行方を晦ませた王は未だに消息不明だそうだ。しかし、きっと無事なのだろうと信じている。
あの後、ゲーチスをなんとか倒し、プラズマ団は壊滅した。オレは最後の戦いが終わってすぐに姿を眩ませた事もあったが、改めてクオレとハルトの元へ出向き、国際警察のハンサムという男に事情を聞かされた。最も、オレの知っている全てを話したが。ある事を除いて。
「Nの番犬、か。随分と変わった異名をつけられたな。イノス」
「まぁな。今では正直後悔しているよ」
「プラズマ団に在籍していた事をか?」
「いいや、違う。それを後悔すればN様の在り方を否定してしまう。オレが後悔しているのは、結局ゲーチスの良いように使われたって事だ」
「あぁ、それか」
「オレはかつて、イッシュの各地を旅した。その時既に気付いていたはずだったんだ。人とポケモンは共に生活できるんじゃないかと。しかし、否定していた。虐げられたポケモンを見ていた上、オレはN様の思想に心酔していた。オレはオレのやった事を全て間違っていたとは思わないが、それでももう少し彼に助言できた事もあったのかもしれないな」
それはハンサムという男にどう映ったのだろうか。彼がこんな事を口にした。
「まるで弟を見るような感じだな、それだと」
「弟、ね。王に家臣が異議を申し立てるのは相当の覚悟がいる。事実、七賢人でも幼き青年に異議を申し立てられなかったんだ。そのさらに下の立場であったオレがそんな事を言えるとは思わないでくれ」
「分かってるとも」
思い出す。あの日のことを。
幼かったあの日。まだ十代に入ってすぐの事。父であるゲーチスにオレはとある人物と会わされた。
「今日からアナタの『弟』となるNです。仲良くするのですよ」
「はい」
初めてNを見たあの日。ポケモンと共にいる彼をオレは不思議に感じた。特別な何かを持っているこの人物にオレはどこか心惹かれていた。気付けば、こんな事を言っていた。
「父上」
「どうしました?」
「オレ、アイツを守りたいです。『兄』として。アイツを守れる強さが欲しいです」
それは当時ゲーチスにどう映ったのだろう。全く分からない。いい意味での予想外だったのだろうか。はたまた始めから計算していたのだろうか。
それから一月ほどでオレはイッシュの各地を旅してよいと許可を貰った。苦心したが、それでも弟を守れるほどの強さは身に着けれてたと今でも思う。
しかし、最終的に手元に残ったものといえば何だろうか。ゲーチスによって形成された孤児同士の家族と、旅の中で出会ったポケモン達だろうか。
そう考えると、ふと虚しくなった。結局のところ、父親も母親もオレ達にはいないのだろうかと。