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「さて、久しぶりね。ゲーチス。それにフスティ、ジャスツィアも」
伝説のドラゴンポケモン、レシラムを連れ、クオレが口を開く。その傍らには彼女の旅を一から見てきた相棒であるエンブオーもいた。それだけではない。キョウヘイの妹、メイもまたクオレと共にエンブオーを伴っている。
キョウヘイが最後に見た時、妹のエンブオーはまだチャオブーだった。別れて後、きっと修行を積んだのだろうという事はすぐに理解した。少なくとも、彼女の顔つきが以前と変化している事はすぐに気付いた。
「そうですね。二年前、ワタクシの目論見を全て無に帰す原因を作り出した者がこうして集まったのです。少しは笑うとしましょう」
と、笑うゲーチス。ブラックキュレムを引き連れた彼は既に余裕がたっぷりだ。しかし、それは同時にクオレ達も同じ事である。
「そんな笑みもここまでよ。アンタに伝説のドラゴンポケモンがいるみたいだけど、それはアタシだって同じ事。条件はフィフティフィフティよ」
「そうですね。しかし、ワタクシのブラックキュレムはゼクロムをも吸収した素体。単純な力だけならばこちらのキュレムの方が上だと思いますがね?」
彼女にとって不安要素は完全にその点につきる。単純にキュレムとレシラム、もしくはゼクロムとレシラムの対峙ならば十分に戦える。だが、相手はキュレムだけではない。ゼクロムの力をも吸収し、手に入れている。
だからこそ、戦えるのかとふと不安になった。レシラムを見る。だが、白き龍は静かにブラックキュレムを見つめている。敵を見る目で。静かに見つめていた。
「そうよね。レシラム、ブラックキュレムは任せるわよ。アタシ達はその内にゲーチスを叩く」
「姉さん、その件なんだけど」
「どうしたのよ?」
弟、ハルトはそこでモンスターボールが開けなくなっているという事を説明した。まさかと思いつつもクオレも即座にボールの開閉スイッチを押すが、機能する様子は無い。今いるこの二匹のエンブオーだけで戦うしかないのだろうか。
まずいな、と感じていた。
「さて、この状況ならば単純にブラックキュレムとレシラムの正面対決となりますね」
彼が不適な笑みを一切崩さないというのも息を呑んでいた点ではあった。正直な話、それが何よりも恐ろしい。
「しかし、そうはいきません。ブラックキュレムはイッシュ凍結作戦において重要な鍵なのです。ですが、この展開を予め予測していて安心致しました」
「予測していた……!?」
Nが口を開く。これを素直に話せば、彼は初めからクオレとNの両者がこの場に集う事を計算に入れていたことになる。
「そうですとも! アナタ達が必ず集う事など始めから全て計算のうち。そして、それに対する対抗策もまた……準備していましたとも!」
そう力強く言葉にすると手に持つ杖を大地に振り下ろす。それが合図となり、再び周囲を一瞬の吹雪が襲う。あくまで視界を奪うための吹雪。しかし、それはほんの先ほどまでハルトとキョウヘイの両者が体験したものと同一だった。
しかし、それは無いはずだと二人は信じている。イッシュの伝説のドラゴンポケモンは唯一無二。それが二匹も存在しているはずが――
「嘘だろ……」
「二匹目のキュレム……!?」
そう、彼らの眼前に立っていたのは正真正銘、二匹目のキュレム。しかしその隣にはブラックキュレム。これは一体どういう事なのだろうか。視線がゲーチスに集まる。
嬉々として、彼は語り始める。
「遺伝子の楔を使い、ゼクロムとレシラムの両者を吸収する。それがワタクシの野望でした。しかし、それが叶う事は現実厳しい。ですのでワタクシは当初よりアクロマに唆す形で指示しておいたのですよ。キュレムの模倣を作り上げよ、と。それは結果的にポケモンの力を引き出す上でも必要なデータを収集するのに使えるはずでしたからね。案の定、彼は乗ってくれました。そしてこのコピーキュレムもまた、遺伝子の楔を既に内臓している。どういう事は既にお分かりのはず」
顔面蒼白。
少年少女達はまさにその状態になっていた。二匹目のキュレム。しかもそれを人為的に作り上げるなど聞いた事も無い。Nが声を荒げた。
「ふざけるな! ポケモンの意志、命を弄んでいる!」
「そうですとも! ワタクシにとってポケモンは道具。野望達成の手段に過ぎません。さあ、ブラックキュレム。そしてコピーキュレムよ、レシラムの力を手に入れるのです!」
「姉さん、レシラムを遠くへ逃がして!」
「レシラム、逃げて!」
クオレとハルトの言葉にレシラムも即座に反応した。しかし、それをさせまいとブラックキュレムがレシラムの進路を阻む。そしてコピーキュレムがゼクロムに発射した光を今まさに発射しようとしている。流石のレシラムでもこれを回避する事はまず不可能だろう。メイがクオレを見る。彼女も即座に首を縦に振った。
「エンブオー、火炎放射!」
「大文字で牽制して!」
二匹のエンブオーの同時攻撃がブラックキュレムを襲う。不意に飛んだ攻撃にブラックキュレムは思わず避けたが、続く第二波は難なく回避した。更なる第三波に至っては迎撃してあっけなく相殺されてしまう。
しかも、それをしてなおレシラムに張り付いている。そして背後から迫る光。モンスターボールの機能が失われている今、レシラムをボールに戻すことすら出来ない。キュレムの手にレシラムが落ちるのは時間の問題だった。
「モンスターボールさえ使えれば……」
そう口にするのは他ならぬハルトだ。少しでも戦力を足せばレシラムの吸収だけでも避けられるかもしれない。しかし、その少しの戦力すら供給できないこの状況下では黙って見る事しか出来ない。
レシラムも必死にブラックキュレムを振り払おうと攻撃を試みるが、それをすれば今度は自身がゼクロムと同じ末路を辿る事を既に悟っている。ゆえに白き龍はひたすら空を舞い、避ける事にだけ徹するしかない。時間もそこまで残されていない。
ふと、キョウヘイが口を開いた。
「そういえば、ゲーチスって元々杖を持っていたんですか?」
「そういや、二年前は持ってなかったな」
と、ハルト。Nやクオレもそれに同意するように首を縦に振った。そこで全員の思想が一致した。モンスターボールの異常がもし、あの杖によるものであるなら、納得がいく。
非人道的ではあるが、やってみる価値はある。ブラックキュレムをもしかすればレシラムから引き剥がす事もできるかもしれない。
クオレが声を飛ばした。
「エンブオー、諸刃の頭突き!」
「こっちはアームハンマー!」
二匹同時攻撃が主犯ゲーチスを襲う。突然の襲撃に彼も驚きを隠せず、ブラックキュレムがゲーチスの前に立ち塞がり、即座に防御した。心臓に悪いのは言うまでもない。
「なるほど、ワタクシの杖狙いですか……。いい判断ですね」
嫌らしく言葉を吐き出す。しかし、と彼は表情を歪めた。
「時既に遅しです。御覧なさい」
ゲーチスが杖を空へ掲げる。そこにはなんと既にキュレムの光に囚われるレシラムの姿があった。間に合わなかった。レシラムは瞬く間に本来ある姿、ライトストーンへその容姿を変化させていく。そして、二匹目のキュレムがライトストーンを取り込んでその姿を変えた。
白の体色にフサフサとした質感を持つポケモン。ゼクロムを吸収したキュレムをブラックキュレムと呼ぶなら、ホワイトキュレムと呼ぶべきでしょうとゲーチスは言葉を発する。
伝説のドラゴンポケモン全てが彼の手に渡った。あまりに絶望的なこの状況にゲーチスも完全に勝ち誇っていた。いや、事実上の完全勝利である。
「素晴らしい! 二年前は手に入らなかったぜクロムとレシラムの力が遂にワタクシの物となった! これで邪魔な者共全てを一掃できるでしょう。しかし」
ゲーチスはそのタイミングでフスティを見た。
「このまま決着をあっさりと着けてしまうのは味気ない。フスティ、いい機会です。アナタの願いを叶えましょう。モンスターボールの開閉スイッチのジャマーを解除します。存分に戦いなさい」
「マジか、ボス!」
それを聞いた途端、フスティが満面の笑みを浮かべた。かつての宿敵を自身の手で倒す事が出来る。彼にとっては何よりも一番の至福なのかもしれない。更にジャスツィアも乗ったのか、
「わたしも乗るわ。たとえ負けても二匹のキュレムが残るもの。気にせず思う存分戦えるものよ」
「まぁ、いいでしょう。しかし、ワタクシも出るとしても三対五ですからね。二匹のキュレムも出しますか」
既に勝ちが確定しているムードが漂うゲーチス達。一方のキョウヘイ達はこの状況下で絶望していた。伝説のドラゴンポケモンを直接その手で止める必要がある今、それが為せるポケモンがいるかと言われれば答えはNOだろう。
既に彼等に勝機は失われていた。
◆
「ふぅ、なんとか撃退できたか」
と、声を漏らすのはイノスだ。ダークトリニティとイノス、チェレン、ベルの三対三の戦いはイノス達の勝利で決着が着いた。勝敗が決すると彼らはすぐさまその姿を晦ます。とはいえ、手持ちを全て倒した今、ゲーチスの元へ向かっても下手なことは出来はしない。精々、彼が敗戦した時の救出くらいだろうとイノスは高をくくり、一安心した。
しかし、ヒュウは未だレパルダスと対峙していた。レパルダスもヒュウに戦意が無いのを見抜いているのか牙を剥いてこそいるが、攻撃を仕掛ける気配は一向にない。それはヒュウも同じ事。膠着していた。
「ヒュウ、ちょっといいか」
どっかりとヒュウの隣に座るイノス。チェレンとベルに静かに頷くと彼らは戦火の沈静を図るためにその場を後にした。残されたのは人間二人にレパルダスだけだ。
「まぁ、座れよ。いつまでも放心して立ってるのも体に毒だからな」
「あ、はい……」
いつもなら威勢よく反発している彼だが、目の前で敵対するレパルダスが相当応えたのだろう。いつもの威勢のよさがまったく無い。今が全てを話すときだと彼は判断した。
「レパルダス、お前も気を緩めるといい。ずっとそのままだと疲れないか?」
優しく語り掛けるも、レパルダスが警戒を緩める事は無い。やれやれと肩を竦めると、天井を見上げた。何かを見ているわけではない。思い出に耽っているだけだ。
「ヒュウ、まずはお前に謝らないといけない」
「は?」
「オレは元プラズマ団の一員だ」
その一言に彼も不意を突かれたようで、目を丸くしていた。様子を伺いながら、言葉を一つずつ選び、そして語っていく。
「イノス、というのはオレの一つの名前。もう一つの側面としてオレは『コスティーツ』という名をかつて共有していた」
「コスティーツ……確かプラズマ三団長の名前か」
「そうだ。オレは三団長のリーダー格として、主であるN様のために動いていた。ポケモン解放という理想のために」
そして彼は静かに語りだす。
二年前の戦いを。彼の視点から。
プラズマ団の一員、コスティーツとして。
クオレ達の仲間、イノスとして。