黒と白の螺旋 - 黒と白の螺旋
5
 戦いは最終局面を迎える。

  ◆

 プラズマフリーゲートを急ぎ足で後にしたキョウヘイとハルトはジャイアントホールの最奥部の洞窟に到達していた。天井から雫が垂れ落ち、着水音だけが静かに響き渡るこの場所であるが、既に何者かが先に入っている形跡が見られる。
 十中八九、ゲーチスだろう。
 イノスさんは大丈夫だろうか、とキョウヘイがハルトに尋ねる。突然ブツリと通信が途切れたのだ。あの場所には少なくとも、三団長のジャスツィア、フスティ。それに加え、ダークトリニティもいた。
 最悪、一人で五人の相手をしなければならない。いかに強いイノスでもあれだけの数相手では部が悪いのではないだろうかと。だが、そんな問いに彼はこう返す。
「大丈夫さ。あの人は強い。単純に力が強いなんてものじゃない、心が強いのさ。だからこそ、オレ達全員が信頼できる。あの人は負けはしないよ」
「そうですか」
 不安げにキョウヘイが頷く。信用しているのだろうが、それでもという気持ちはハルトにも理解できる。しかし、そんなお喋りをしている場合ではないようだ。
 目つきが変わった。眼前に奴らがいる。瞬間的にそれを悟った。
「ようこそジャイアントホールへ!」
 笑みを交え、黒幕が二人を歓迎する。その脇に控えるのは、フスティにジャスツィア。それを見てキョウヘイは少し安堵した。少なくとも、ダークトリニティだけならまだ大丈夫だろうと息を落ち着かせる。
 そしてゲーチスが再び語り始めた。
「ココこそがキュレムのパワースポット。ココでならキュレムは最大限のパワーを発揮し、イッシュ全土をいともたやすく氷漬けに出来ます!」
 そして少しばかり平行移動を取ると、片手に持つ杖を振り叩く。力強く叫んだ。
「いでよキュレム!」
 その言葉と共に空間が一瞬だけ雪景色に包まれる。雪景色が止むと、一匹のポケモンが彼らの前に静かに佇んでいた。
「キュレム……」
 息を呑む。伝説のドラゴンポケモンをなぜこの男が使役できるのだろうかとキョウヘイの頭にはそれしか浮かばない。あの男は間違いなく、この大地にとっては災厄を招く元凶でしかないだろうという考えばかりが過ぎってしまう。
 そんな時、ゲーチスが杖でキョウヘイを指した。
「ワタクシには許せない記憶があるのですよ、唯一ね」
 敵意だった。絶対的な悪意だけが向けられている。彼だけではない、ハルトも同様だった。
「アナタはそれを思い出させる不愉快な眼をしています」
「それはお前の自業自得だろ、ゲーチス」
「えぇ、傍から見ればそうかもしれませんね」
 と、ハルトの反論をゲーチスは軽く流す。そして続けた。
「ですが、ここまで来た事に敬意を表し、プレゼントです。ここで氷漬けとなりイッシュの行く末を見るがいい!」
「おいおいそりゃねぇぜボス。俺にやらせてくれよ」
 と、そこで反論したのは三団長の一角、フスティだ。それに対し、ゲーチスが冷ややかな眼を彼に向ける。
「アナタも一緒に氷漬けになりますか?」
「おっと、それは勘弁したいです。だが、ここまでついてきた因縁の敵なんだ。いっそ俺自身の手でケリを着けたいんだがね」
 なるほど、とゲーチスは肩を竦めた。しかし。と返すと、
「それは許可できない話です。現実、アナタはあの二人に勝てたと聞きません。勝てる保証などないでしょうに。到底許可などできませんよ」
「そうですかい、そりゃ残念だ」
「当たり前のことを聞くんじゃないのよ、この筋肉馬鹿」
「うるせぇぞ」
 ジャスツィアの言葉に悪態をつくフスティ。だが、主の言う事も納得がいくのだろう、黙って引き下がった。
 モンスターボールを構える。黙って氷漬けにされるわけには当然いかない。が、そこでハルトが違和感に気付く。
「モンスターボールが開かない……?」
「え!?」
 開閉スイッチをキョウヘイも押した。しかし、反応がない。なぜか理解ができない。そこへ更にゲーチスの言葉が飛ぶ。
「キュレム! 凍える世界です!」
 その一言と共にキュレムの体から冷気が発され、そして氷塊が無数に姿を現す。氷漬けにするつもりなど一切無い。
 邪魔者を排除するという彼の思想をキュレムはそのまま受信したのだろう。攻撃があまりにもそれを示していた。逃亡など許されない。逃げる事すら諦めた。キョウヘイの頭に一瞬走馬灯のようなものが通過する。ハルトは恐怖のあまりか、歯軋りが収まらない。
 絶体絶命とはまさしくこの状況の事を指し示すのだろうと誰もが言うだろう。まさにその時だった。
「ゼクロム、雷撃!」
 直後、無数の稲妻が空から降り注ぎ、瞬く間に氷塊が破壊される。誰だろうかとキョウヘイが周囲を見渡す中、彼以外の誰もがある人物の登場を察した。彼しか居ない。ゼクロムを使役する人物など、知る限りでは一人しかいないからだ。
 ゲーチスが一人静かに囁いた。
「来ましたか。ヒトの心を持たぬ化け物、Nよ」
 その言葉と共に、黒き竜が一人の青年を連れ、大地に降り立つ。

 N。イッシュに住む者で彼の名を知らない者はいないだろう。二年前のプラズマ団騒動で、事実上プラズマ団を率いていた王。ポケモンの解放をうたい、その強き想いで遂には伝説のドラゴンポケモンを呼び覚まし、チャンピオンも打倒した人物。だが、同じく伝説のドラゴンポケモンを目覚めさせた者にその願いは阻まれ、事件収束後は行方が分からなくなっていた。 
 緑色の髪に白黒の帽子が見える。その青年にキョウヘイは心当たりがあった。かつて、電気石の洞穴で一夜を共にした謎の人物。名前を聞きそびれたが、その不思議な雰囲気に心を惹かれていったのを今でも忘れていない。
「N……さん」
「二年ぶりだな、N」
「久しぶりだね、キョウヘイ。それにハルトも」
 Nは笑顔で彼との再会を喜んだ。そして、即座にゲーチスと相対する。ゼクロムもまた、キュレムの正面に立って対峙した。
「ゼクロムが教えてくれた。『キュレムが苦しんでいる』と。ボクはポケモンを苦しめる身勝手なヒトを許さない!」
 固い決意。そして、彼は静かに語る。
「それにボクはイッシュが好きです。ボクにヒトとしての生き方を、ポケモンとヒトが共にいることで奏でるハーモニーがあると気付かせてくれた場所。そこに暮らすポケモンやヒトをボクは守る!」
 その言葉に同意するように、ゼクロムが力強い咆哮を上げる。それを聞いたゲーチスは笑顔と共に拍手した。
「素晴らしい! 胸を打つ決意の表れ! ワタクシが施した王としての教育、決して無駄ではなかったか」
 そして、彼はすぐさまNを鋭い眼光で睨みつける。
「とはいえ、森の中でポケモンと暮らしていたアナタを探し出し、面倒を見てやったのに、最後好き勝手にのたまい、ワタクシの計画を狂わせたこと――今でも忘れていませんよ」
 アナタの能力を利用して、イッシュを支配するはずだったのに。と彼は口にした。
「Nさん、お久しぶりだな。覚えてるかい?」
「敵なのに何挨拶してんのさ」
 と、フスティとジャスツィアがNへ声をかける。Nがちらりと二人を見た。
 覚えているさ、と返す。
「久しぶりだね、フスティ。ジャスツィア。キミ達はゲーチスの側にいるのか」
「まぁな。ロットの爺さんから誘われたが、俺は正直荒くれ者だ。それに暴れたいってのもある。だから悪いが断った」
「え、アンタロットに勧誘受けてたの」
 と、そこでジャスツィアが返す。Nもフスティの言葉には少々驚きがあったようだが、確かにと納得したようだった。
 ゲーチスが杖を叩く。無理矢理遮られ、彼が再び口を開いた。しかし、その表情はもう何も読み取れない。
「だが、それも許しましょう」
 突然先ほどの言葉全てを否定するかのような言葉を口にした。その場にいた誰もが驚きを隠しきれない。勿論、Nを除いて。
「アナタが連れてきたゼクロムなら氷を砕ける! 探す手間が省けたというもの。最も、ソウリュウに氷を撃ち込めば異変を察知し、姿を現すと読んでいましたが」
「美しくない数式です、ボクは認めない!」
 その時、ゲーチスが懐に手を伸ばした。そして、読めなかったはずの顔が一気に黒く歪んでいく。
「認めさせますとも! この『遺伝子の楔』を使ってな!」
 直後、彼が取り出したモノをキュレムへ与える。それはかつてソウリュウを襲撃した際に、ダークトリニティが強奪した遺伝子の楔。与えられたキュレムは本来の姿であった羽の部分が丸ごと無くなり、細い管が姿を現す。
 否、無くなったのではなく、あれは全て自身の体から漏れ出した冷気で凍結していた部分が遺伝子の楔の影響を受け、消失し本来の姿を現したのだろう。そしてキュレムが一歩前へ踏み出す。
 ゼクロムが何かすると睨んで一歩後退した。一同の目線はキュレムの先に消失した部分に向けられる。その先端、四つの円形から紫色の光が発したと思うと、その光がゼクロムを襲う。更に後退してゼクロムがその一撃を避ける。
「ゼクロム!」
 ゼクロムが飛行を開始した。だが、キュレムがそれを逃がさんと言わんばかりに光を再び発射する。今度は追尾していた。ゼクロムの後ろにぴったりとひっついている。やがて収束するも第二波が襲い掛かる。ゲーチスはニヤニヤと高みの見物だ。
 伝説のドラゴンポケモン同士の戦いに誰もが目を釘付けにされている。やがて光がゼクロムを捕らえ、ゼクロムが拘束されると、強制的に一つの石に戻された。
「ダークストーンに!?」
「何が起きている……!」
「ゼ、ゼクロム!」
 ゲーチスが口元を歪めた。
「キュレムよ! ゼクロムを取り込みなさい、吸収合体です!」
 光がダークストーンを包み、キュレムはそこから何かを得ているようだ。『吸収』という言葉の通り、じきにダークストーンは跡形も無くなる。
 同時にキュレムの身体が眩い光を発する。一同、目を隠した。キョウヘイが目を開けると、そこにはゼクロムでもなく、キュレムでもないようなポケモンが鎮座していた。
 ゼクロムに酷似した黒の体色にゴツゴツとした質感を持つ肉体を持ったそのポケモンはキュレムなのだろうか。誰もが驚愕を隠しきれない。
「まさかポケモンが合体だなんてそんな数式あるものか……」
 Nも口元が震えている。キョウヘイがハッとしたようにNへ告げた。
「N、キュレムは元々ゼクロムとレシラムが分裂し、その抜け殻として誕生したポケモンだ。吸収という言い方も納得いくが、あれはゼクロムがキュレムに戻されたというべきかもしれない」
「しかし! それでも……」
 Nの動揺は隠し切れない。ゲーチスは高笑いした。
「愚か者め! 前回はお前を使い民どもの心を誑かし、掌握するはずだった。だが、今回は圧倒的なパワー! それでイッシュを支配する。分かるか? お前が王になっていれば、イッシュは美しいままだった。さて……これでお前達の望みは絶たれた」
 ゲーチスが再び邪悪な笑みを浮かべる。もう、誰も助けてはくれぬと口にする。
「これで本当の終わりとするとしよう。ゼクロムの力を取り込んだキュレム……そうですね、『ブラックキュレム』とでもいいましょうか。さて、その力をここで見せてもらいましょう!」
 その言葉を攻撃の指示と受け取ったブラックキュレムが攻撃態勢に入る。Nがしきりに声をかけるが、ブラックキュレムの攻撃がとまる事は無い。
 放たれる攻撃は恐らくブラックキュレムの持つ最大級の一撃。稲妻と冷気がブラックキュレムを包んでいく。その攻撃の前にポケモンすら出せない彼らは文字通り対抗策すら見出せない。
「こんな時、姉さんがいれば……!」
「クオレ……」
 もう一匹のドラゴンポケモンを持つ英雄。ハルトの姉、クオレ。
 だが、彼女がここに現れるかなど聞かれればこの場に居る誰もが諦めかけていた。仮に来たとしてもその頃には既に自分達の命は文字通り潰えているだろう。
「さあ、ブラックキュレムよ『フリーズボルト』です!」
 そう思った時だった。

「レシラム、青い炎! エンブオー、大文字!」
「エンブオー、火炎放射!」
 ブラックキュレム渾身の一撃を後ろからの強烈な三種の炎が食い止める。攻撃の直前で止められたブラックキュレムは攻撃を中断せざる得なかった。
 ゲーチスがその人物の名を口にする。
「クオレ、そしてレシラム。遂に現れましたか」
 忌々しそうに口にする。だが、キョウヘイにとっても馴染みのある声がした。
「……メイ?」
 後ろを向く。そこには伝説の白き竜に乗った二人の少女が。片方はハルトそっくりなので、クオレだろう。
 そして、もう一人は――
「久しぶり、お兄ちゃん!」
「メイ!」
 生きていた。生きていてくれた。
 それを今間近で感じた。涙が自然と零れる。それを見たクオレが呆れて、
「ほら、その涙は今は取っておく。目の前の敵に集中しなさい」
 と、笑顔で口にするのだった。

  ◆

 研究者アクロマも動き出した。外にいるプラズマ団の交戦を止めなければと彼は歩き出した。
 だが、次の瞬間、彼は伏していた。身体が全く動かない。襲撃だろうか。背後から声が響く。女の声だ。
「主の裏切りか。しかし、貴方の思い通りにはいかない。貴方の研究成果は、あたしが存分に使ってやる。ではまず、この『最後の』ゲノセクトから」
「ま、待ちなさい……。何を企んでいるのです、“ミヤビ”……」
 後ろは向けない。動けない。ミヤビが間を少しだけ挟むと、愉快そうにこう返す。
「あたし自身のためだ。では眠れ」
 次の瞬間、アクロマの意識は黒へ塗りつぶされた。だが、分かる事はいくつかあった。
 プラズマ三団長の最後の一人にして、コスティーツの後釜、ミヤビ。彼女は間違いなくゲーチスとは違うベクトルで放置しておけば災厄を招きかねない存在になっていた。あの男だけを執着して事実見ていたのは失敗だったと彼は強く後悔する。
 そして最後のゲノセクト。アクロマが唯一実践投入しなかったのはある理由があったからだ。嫌な予感など既に走り回っている。
 誰かが、彼女を。ミヤビを止めてくれる事だけを祈り、彼は意識を失った。

プラネット ( 2013/06/10(月) 02:35 )