回想 2
あの日、彼らの運命は明暗を分けた。
◆
ポケモンワールドトーナメント。
ホドモエシティのジムリーダー、ヤーコンが力を入れて建造した新施設。世界各地のトレーナーが集まり、雌雄を決する場所。まだ完成には至っていないが、それでも既に九割が完成して、プレオープンという形で簡易なトーナメントが開かれた。
結果に関しては特に語る必要はない。
「お兄ちゃん、相変わらず強いよね」
と、愚痴を漏らす少女が一人。ヒオウギ出身の新人トレーナー、メイ。既にヒオウギのベーシックバッジ、タチワキのトキシックバッジ、ヒウンのビートルバッジ、ライモンのボルトバッジ、ホドモエのクエイクバッジと五つのジムバッジを短期間で取得した凄腕のトレーナーだ。
一部では二年前にイッシュのジムバッジを短期間で集めきり、プラズマ団を解散へ追い込んだ英雄クオレと勢いはほぼ同格。もしくはそれ以上の資質と噂されており、彼女自身もそれを鼻にかけていた。
でも、慢心はしない。彼女には時同じくして親愛し、尊敬し、何よりも追いかけるべき目標が常に一緒にいる。それが、
「そんな事無いよ。メイは凄く強いさ」
兄、キョウヘイの存在である。妹のメイに比べるとどこか地味めな印象を受けるが、妹から見れば自分より効率よくジム戦を勝ち抜くなどしている。それにその親友、ヒュウも中々に手ごわい。彼とも幾度か戦った経験があるが、それでも実力は常に拮抗している。
彼女は恵まれているんだろうと思った。自分が決して凄く優れているというわけではなく、常に目標として立っている近しい存在が居る事をとても嬉しく思い、感じていた。
「それにしても、まさかアクロマさんが参加しているとは思いませんでしたよ」
「いえ、珍しい機会でしたので参加させていただいたのです。しかし、ポケモンとトレーナーの信頼関係による力の上昇はやはり素晴らしいです!」
と、アクロマが一気に一人語りを始め出して、二人は苦笑いを浮かべた。ヒウンシティの下水道で迷っていたと口にする彼と初めて遭遇し、一度腕を交えた事もあるが、彼は彼でかなりの腕の持ち主だ。
鋼タイプを主軸に扱う科学者。そのモットーはポケモンの力を引き出し、存分に引き出す事。それに加えて、もう一人遭遇したトレーナーがこの道中にはいる。
「イノスさんも、相変わらず強かったですね」
と、キョウヘイ。イノスと呼ばれたその男。
かつてサンギ牧場で偶然出会い、その後もたまに出くわす事が会ったが、彼もまた相当な実力者である事が分かったのはヒウン下水道でのプラズマ団との戦いだった。
キョウヘイ、メイ、ヒュウでプラズマ団の下っ端と交戦していた時に助け舟を出すように姿を現した彼は瞬く間にプラズマ団の下っ端達を倒していく。数に押されて劣勢だった状況が一気に逆転した事を受け、三人は驚きを禁じえなかった。
そして彼は今回のトーナメントにも参加していた。
「いや、お前達も随分腕を上げたじゃないか。だな、チェレン。そうは思わないか?」
「そうですね。本当にメイ達すっかり見違えたよ。ヒオウギで勝負したときとは雲泥の違いだよ。ポケモンと一緒の旅はみんなを成長させ――」
ジムリーダー、チェレンの言葉はそこで遮られる。答えは簡単だ。爆発が起きたからである。
一同が体を伏せる。外からの爆撃だろう、と漏らすイノス。真っ先に飛び出したのはヒュウだった。それを追うようにメイとキョウヘイも走る。チェレンもその後を追った。チェレンとイノスがアイコンタクトを取る。イノスも大体の内容は理解した。
イノスは中でお客さんの安全を守ることに専念する。チェレンは外の敵を迎撃する。その役割に徹しようという判断だった。
「やっぱりお前らか、プラズマ団!」
と怒りに震え口に出すのはヒュウだ。外にいたのは案の定、黒の服を纏うプラズマ団。この爆撃も彼らの仕業に違いない。それを追うように三人が到着する。
「おうおう、若いってのはいいねぇ。元気がある」
「うるさいわね、筋肉質。とっとと任務を遂行するよ」
と、いつもと違う光景にキョウヘイは目を疑った。
一人は黒の服の至るところがビリビリに引き裂かれている筋肉質の男。もう一人は黒のドレスを基調とした女。どちらも見た事が無い。
だが、その答えはすぐにチェレンが弾き出す。
「フスティ、それにジャスツィア!」
「おう、久しぶりだなチェレン。二年ぶりか」
「ていうか、あのガキ共何? ハルトにクオレそっくりの目じゃない。凄く生意気。ホント気に食わない」
「いいじゃねぇの。若気の至りだぜ? 野心や好奇心旺盛なんだ。俺は嫌いじゃないがね」
と、口々に意見を交えるフスティとジャスツィア。誰ですか、とメイが尋ねた。
「二年前のプラズマ団にも在籍していたプラズマ団内でも凄腕のトレーナーさ。プラズマ三団長とも名乗っていてね。ぼくらも幾度か交戦したことがあるが、下っ端とかとはレベルが桁違いに違う」
「プラズマ三団長……そういやあのじじいも言ってたな。コスティーツがどうのって」
と、口を挟んだのはヒュウだ。ホドモエにいた元プラズマ団の七賢人ロット。彼が口にした元プラズマ団の一員にして、かつては三団長として名を馳せていたコスティーツという人物。
「あぁ、コスティーツは三団長のリーダー格だった人物だ。最も、現在はN派についているみたいだけどね」
と、解説する。さてと、とフスティが口を開いた。
「一応俺達の本日の任務はこの会場に襲撃をかけることで大々的にプラズマ団復活をイッシュの皆さんにお知らせする事だ。まぁ、ついでに余裕があればそこいらのトレーナーからポケモンを奪って来いとも仰せつかっている。それに久しい顔も見たんだ。てめぇらは逃がす気はないし、こちらは暴れたい。双方利害は一致しているんだ」
戦うか。と楽しそうに言う。モンスターボールを構えた三人をチェレンが制止した。
「三団長の二人とはぼくがやる。正直、今の君達では三団長と戦うのは無理だ。次元が違いすぎる。君達は下っ端達を頼む」
「でも! 相手は二人だ! こっちだって」
「大丈夫。負けはしないから」
と、チェレンが歩きだした。僅かに舌を打つヒュウ。キョウヘイとメイはすぐさま目の前の相手に切り替える。
「お兄ちゃん、後ろは任せていい?」
「あぁ、親愛なる妹の頼みだ。軽く請け負うとしよう。存分に戦っていくといいさ。今日の勝利の祝いはそうだな、ホドモエの名産品にしよう」
「あ、それいいじゃん。じゃ、お願いね」
「勿論だとも」
「いくぞ、ラブラブコンビ」
ヒュウの煽りに二人が即座に顔を真っ赤にしてうるさいと高らかに返す。
「さて、二人を同時に一人で相手取るのも中々に厄介だけど」
「助っ人でも呼ぶか?」
「別に。必要ないさ。ぼくだってなまっていない。本気で相手取るとするよ」
しかし、チェレンは正直不安だった。相手はかつて自分と全く互角に渡り合うほどの実力者二人。それがこの二年で修行していたのならば実力差は全くの互角。いや、二人いる分非常に苦戦するのは言うまでもない。
だが、問題はない。下っ端達を蹴散らし、安全を確認できたのならイノスを呼び二対二に持っていけば。それまでしっかり時間を稼ぐ事が重要なのだ。だが、ここで思いもよらない援軍が現れた。
「遅くなった、チェレン!」
「ハルト!?」
そう、研究所にいるはずのハルトがクロバットに乗って姿を見せたのだ。誰の差し金だろうと頭をよぎったが、それを彼が自分で暴露する。
「イノスさんから連絡を貰ってね、急いで飛ばしてきた」
「あぁ、そういう事か」
ハルトが大地に着地する。そして敵の二人を見ると懐かしさからか、こんな事を喋りだす。
「久しぶりだね、フスティ。それにジャスツィアも」
「会いたくなかったわ」
「元気そうで何よりじゃねぇか。反抗期か? 随分棘々しいぞ」
「さぁ? 敵にはこんな感じだよ。さて、始めるとしようか」
四人がモンスターボールからポケモンを出現させる。
チェレンはムーランド。
ハルトはゼブライカ。
フスティはワルビアル。
ジャスツィアはメブキジカ。
二年ぶりとなる交戦が幕を開けた。
「マリルリ、アクアジェット!」
「ルカリオ、ボーンラッシュ!」
「ヤナップ、タネマシンガン!」
三者三様の攻撃がプラズマ団のポケモンを次々と払っていく。調子は良好、とは言い難い。何しろ敵の数が多すぎるのだ。これではキリが無い。
「ちぃ、キリが無いな」
「お兄ちゃん、どうしよう」
「今回は本気って事なのか。正直メイに危ない真似はさせたくないからな。よし、ヒュウ特攻して」
「お前らなぁ!」
と、お気楽な会話をしているにも関わらずそれぞれがそれぞれの敵をきちんと迎撃している。余裕が決してあるわけではない。
しかしこうして気持ちだけでも優位を保っておくだけでも重要なのは言うまでもない。そして肝心のチェレンとハルトは三団長のフスティとジャスツィア相手に互角の勝負をしている。
援軍は望めないだろう。キョウヘイはそれを考えた。
「よし、一気に行こう。こっちも早々に終わらせてカタを着けるよ」
「了解だ」
「OK」
キョウヘイの言葉にヒュウ、メイが了承する。そして三人が同時に攻撃を思い切り仕掛けたその時だ。プラズマ団員の群集から突如ムチが姿を現し、それが瞬く間にメイとマリルリの体を縛りつける。
その突然のことに少年二人は足を止めた。
「メイ!」
「ムチ!?」
そして群集から姿を見せたのは一人のプラズマ団員。そしてその脇に控えるのはツルじょうポケモンのモジャンボである。一気に縛ったのだろうか、メイは意識を失っている。マリルリが懸命に声をかけて、メイを起こそうとしているがそれも叶わない。
「メイを離せ!」
キョウヘイの言葉にプラズマ団員がクックとあざ笑う。
「立場を弁えなさいな。アンタ、この状況が理解できる? こっちには人質がいるんだ。……って、そこの筋肉バカ、いい加減に終わりな。芝居はおしまいだよ」
プラズマ団員の言葉がフスティに届いたのか、彼はいかにもご機嫌ナナメという面持ちでプラズマ団員を見る。
「あん? 下っ端なのにいくらなんでもその言葉の使い方はねぇだろ、おい」
「あ、そうか。じゃあ、こうしたらどうだろうね?」
と、プラズマ団員が服を脱ぎ捨てた。そこにいたのはハルトやキョウヘイと戦っていたはずの三団長が一人、ジャスツィア。流石の二人もこれには驚愕した。
「影武者さん。今まですいませんでしたねぇ。おかげで任務が無事に遂行できそうです」
と、団員服だったジャスツィアが口にする。つまり、今までハルトとチェレンが戦闘していたのは他でもない偽者。本物はずっと、この群集の中に隠れていた。
だが、マリルリが抵抗を始める。それが鬱陶しく思えたのか、ジャスツィアが忌々しく舌を打つとモジャンボに指示を送る。
「モジャンボ、マリルリにギガドレインよ」
一気にマリルリの抵抗が弱まっていく。やがて、動けなくなったのを確認してから、ジャスツィアがライブキャスターを開き、
「任務完了。撤収準備に入りなさい」
と、口にする。だが、已然としてメイとマリルリは拘束されたままだ。やがてプラズマ団のモゴが入ったヘリが降り立つ。団員達がそそくさと撤収していくあたり、今回は先ほどフスティが述べた通り復活宣言のための襲撃だったのだろう。
フスティと偽ジャスツィアがヘリに乗り込む。特にフスティは苛立ちからか、足取りが非常に重かった。残るは人質を持つジャスツィアのみ。
「さて、ここでおさらばするのが通例なんだけど、正直うざいのよね。あの時の目をするガキがこんなにも多いと。だから」
根こそぎ奪い取ってあげる。と発した途端、モジャンボに小声で語りかける。すると、モジャンボがなんと思い切りメイとマリルリを放物線状に海へ投げ飛ばし、そのまま着水したと同時に破壊光線を発射する。
勿論、キョウヘイがそれをさせまいとルカリオと共に走ったが、叶わない。ジャスツィアはモロバレルをいつの間にか出していたのだろう。モロバレルの胞子により、キョウヘイは足を止めざる得なかった。痺れで動けない。
そして、非情なる一撃が発射された。言葉も何も出ない。
一方の彼女は呆然とするキョウヘイが面白いのだろうか、高笑いでそれを見ていた。そのままジャスツィアもヘリに乗り込み、プラズマ団は姿を消す。
勿論、すぐにメイの捜索が総力を挙げて行われたが、メイが発見される事は無かった。目の前で起きた事実と無力さにキョウヘイは完全に喪失していた。
自分は無力だ、と。メイを守れなかったと。許されるべきではないと。だが、そんな彼を必死に励ましたのはヒュウだった。
彼は言った。見つかってないだけだ。もしかしたらどこかに流されて無事かもしれないと口にした。お前の妹は大丈夫だから、と。
元気付けてくれた。その甲斐もあり、彼は前を向く事が出来た。
しかし――
キョウヘイはその日以来、今までのような冗談や喜怒哀楽を見せる事は無くなった。