黒と白の螺旋
3
「ドリュウズ、ドリルライナー!」
 その一言と共にモグラのようなポケモン――ドリュウズが自慢の両爪をあわせ、一気に回転。そのまま眼前の敵へ向け突進していく。
 目の前に聳える敵はドリルライナーの直撃を受け、あっという間に戦闘不能となった。ハルトとヴィオ。その決着はあまりにもあっけなく、一瞬だった。
「し、信じられない……貴様とワタシにはまだこれほどの力の差があるというのか」
「まぁ、そうなる」
「いかなる人も夢を見ている限り、それが夢である事に気付かない……。だが、最後に笑うのはプラズマ団だ。小僧、ついでに良いことを教えてやる」
 良いことを。その一言は間違いなくハルトにとって良い通告でない事はどことなく理解した。ヴィオもそれを分かっているのだろう、口元が緩み、そして歪んでいる。
「その装置はポケモンの力でも壊せはしない。元々キュレムの暴走を押さえつける意味を込めて製作されている以上、伝説のドラゴンポケモンの攻撃を防ぐくらいは造作もない。まぁ、どうしても破壊したいのなら――」
 伝説のドラゴンポケモンを二匹ほど準備するのだな。と続けた。ハルトは苦虫を噛むようにヴィオを見ると、キュレムが閉じ込められている装置を見る。
 キュレムを解放するには恐らくこの船内のどこかにある制御装置を破壊するなりしないといけない。なら、まずはそれを探すまでの事。
「ヴィオ、制御装置はどこにある」
「さぁ。ワタシは確かに七賢人であったが制御装置の居場所までは知らされておらん。厳重を込めて場所を知るのはごく一部の人間だけだ。どうしても探すのなら三団長を探し出し、力づくで聞き出すのだな」
 三団長。その言葉にハルトは嫌な記憶を思い出す。二年前のプラズマ団にも存在し、そして現在でも存在するプラズマ団の兵を纏め上げる三人の長。
 フスティ。ジャスツィア。そして、コスティーツ。最も、コスティーツに関しては二年前の一件でプラズマ団を見限り、N派についているので現在残っているのはフスティとジャスツィアの二人だけになる。
 しかも、両者共に相当な実力者なのはハルトも知っている。一瞬で決着こそ着いたが、それでもブースターを戦闘不能にされてしまい、こちらの戦力は一匹分欠けている。
 とにかく、合流する事に頭を切り替えよう。そうする事が最善だと判断した。



 ケルディオは地に伏していた。体の至るところに傷があり、もう戦闘不能に近い状態なのはトレーナーであるキョウヘイが一番よく分かる。しかしそれ以上にあのギギギアルが何をしても異常だった。
 通常固体より強化してありますので。
 アクロマはそう口にした。だが実際は全然違っていた。通常固体より強化どころではない。キョウヘイが今まで戦ったどのポケモンよりも攻撃力、スピード、更には防御力、体力。その全てが埒外に値していた。効果抜群であろう格闘タイプの渾身の一撃を受けても、一切ものともせず、こちらへの攻撃はほぼ必中という速度で命中する。
 勝負にならない。無慈悲な、科学の力による強化はもしかすると自分達の正しいと考えている絆の力なんてものよりも上なのだろうかと思ってしまうほどだ。
「正直、データ上ではもっとやれると思うのですがね。もっとポケモンの力を引き出しなさい! あなたはこんなところであっさりと諦めるような人間ではない! あなたが土壇場で引き出してきたポケモンの秘める才覚! 資質! それら全てをぶつけてはじめてわたくしの研究は完遂されるのです」
 当人は決着なんて着いている事を認めない。誰がどう見たってこの勝負のオチは見えているはずだ。
 そんな事を彼は考える。しかし、もしかするとそれは自分だけが考えている事ではないのだろうか。と思った。
「なら、足掻くだけ足掻いてみるだけだ」
 そう、決着はまだ着いていないのだ。なら、まだ立てるはず。
 キョウヘイの言葉に後押しされたのか、ケルディオはその苦しそうな体にムチを打って起き上がる。戦いは再開された。
「ケルディオ。無理させるね」
 そんな労いの言葉にケルディオはいつものような憎たらしい表情で持って答える。考えてみれば旅立ってから土壇場で必ずという形で助けてもらっている。
 ならば、ここで自分が奮起しなければいつ奮起するというのだろう。キョウヘイは自らをそう言い聞かせ、奮い立たせる。諦めかけていた熱意に再び火が灯った。打倒すべきは眼前に立ち塞がった三つの歯車。各々の回転速度は収まるどころかさらに回転数を上げていく。当然だろう、ただでさえ厄介極まりない状態にギアチェンジを何度仕掛けられたことか。肉体が持つかどうか、もうその瀬戸際まで来ているのだろう。ギギギアルは勝ちが確定していたのにも関わらず苦しそうな表情を浮かべる。まだ立つのか、と言葉を交わせるならそう返してきそうなそんな面持ちで。
「ギギギアル、全力で迎え撃ちます。いいですね」
 アクロマに答えるようにギギギアルが甲高く声を上げた。ケルディオが構える。
「ケルディオ、ハイドロポンプ!」
「ギギギアル、ギアソーサー!」
 ギギギアルがどこからともなくギアを二つ出現させ、それをケルディオめがけて投げつける。幾度も見た光景だ。そして、それをケルディオがハイドロポンプの逆噴射を利用する事で避ける事をもまた、今まで起こった光景になる。
 全ては布石。キョウヘイがアクロマとギギギアル。いや、この場にいるケルディオを含めて全員に行った下準備だ。
 アクアジェット。その声と共に今度は猛スピードでケルディオがギギギアルに特攻を仕掛ける。しかし、それを許すアクロマではない。十万ボルトを指示させ、自慢の防御力を逆手に取り、自らに電撃を浴びせ、ケルディオの攻撃を牽制する。 計算どおり。決め手は既に決まっている。ケルディオが持てる中で再興の力を発揮できる渾身の一撃、神秘の剣。だが、生半可に放ったとしても、それは間違いなくギギギアルには届かない。仮に届いても今後こそケルディオは倒されてしまうだろう。
 そして、こちらに決め手となる一撃を用意していることはアクロマも認識しているはず。だが、アクロマにはそれが神秘の剣だという事は理解できないだろう。なぜなら、彼の前で見せた技はアクアジェット、ハイドロポンプ、そしてインファイト。決め手はインファイトで来るはずだ、と彼は睨んでいるはず。キョウヘイは考えうる限りで最善の手を尽くす。
「ケルディオ、そのままインファイト!」
「破壊光線です!」
 十万ボルトなどおかまいなしという勢いでケルディオが渾身の一撃をギギギアルに叩き込む。だが、即座に返しの一撃、破壊光線を発射する。アクアジェットを指示したおかげで間一髪避ける事には成功した。
 痺れが僅かに残っているが麻痺しているわけではないし、反動で動けない時間には解消できるほどのものだ。何より、さっきよりギギギアルの表情は一層曇っている。インファイトは効果抜群の技。
 いかに防御力が高かろうと、効果が無いわけではないらしい。アクロマが嬉々とした面持ちで口を開いた。
「粘りますね、流石です」
「お褒めに預かり光栄です」
「しかし、流石にインファイトが切り札というわけではないのでしょう。わたくしが何も考えていないと思ったらそれは大きな勘違いです」
 読まれていたらしい。
 決め手となる技自体は分からないようだが、インファイトが奥の手ではない事を見破られたのは少し手痛い。キョウヘイは表情を崩さない。
「宣言しましょう。次の攻撃は破壊光線をわたくしは選択します」
 その一言にキョウヘイは一瞬ではあるが驚愕を禁じえない。破壊光線を選ぶなら、アクアジェットやハイドロポンプを駆使して避ける事に専念すればいい。だが、アクロマがそれを安易に許す事は無い事を彼は理解している。
 第一アクロマ自身が慢心しているとは到底思えない。こちらの出方を伺うだけのカモフラージュの可能性も捨てきれないからだ。時間が流れる。ギギギアルの呼吸が落ち着いたのを見計らって、アクロマが指示を発した。
「ギギギアル、破壊光線です!」
 彼のポケモンから発する極大のエネルギー。キョウヘイは意を決した。ここで勝敗をつけようと。
「ケルディオ、決着を着ける! 神秘の剣!」
 瞬間、ケルディオの角が眩い光を発する。そして破壊光線とケルディオの剣が真正面から衝突する。双方の持つ力は五分に等しいのだろう、拮抗していた。だが、このままではやがて相殺による爆発が起きるだろう。そうなれば、蓄積ダメージの多いケルディオは間違いなく戦闘不能になってしまう。
 つまり、キョウヘイが勝つためにはこの破壊光線を完璧に破る必要があった。
「ほほぉ、これはいい! この力と力のぶつかり合いこそわたくしの求めていた答えの終着点! 無慈悲なるアプローチに心と心のアプローチ。どちらが雌雄を決するのか、運命のときはまさしく来た! と言って過言ではないでしょう……」
 アクロマは奮闘しているギギギアルを他所に目を輝かせ、感激しているようだ。自分の研究がまもなく終わりを迎えるかもしれないという気持ちに駆られている。
 だが、彼は違った。
「ケルディオ、負けるんじゃない。お前は俺と一緒にここまで戦ってきた。だったら、ここから先も一緒に戦いたい! プラズマ団のやり方は間違ってるってあの人に教えてやるんだ!」
 次の瞬間、キョウヘイが心の底から思い切りケルディオを励ますよう、力強く叫んだ。
「ケルディオ、いっけええええぇえええええ!」
 その時、ケルディオの剣が破壊光線をなぎ払う。破壊光線は打ち破られた。そしてギギギアルは反動により動く事ができない。決着をつけるため、ケルディオが走り、そのまま自身の剣をギギギアルに向けて振りぬいた。
 ギギギアルは満足そうな表情でそのまま倒れる。雌雄は決した。
 キョウヘイの勝利だ。
 アクロマも、その光景の変化の早さに言葉を失ったのか、口が開きっぱなしになっている。だが、次の瞬間に一気に歓喜したようで、
「ポケモンの秘めている能力を引き出すとはこういう事ですか! ギギギアル、よくやってくれました。休んでいてください」
 と、既に戦う事の出来ないギギギアルをボールの中へ戻した。そして、キョウヘイを彼は見る。
「強い! やはりあなたは強いトレーナーだった! そこで尋ねましょう。ポケモンとトレーナーは分かり合う事で更なる高みを目指せると考えていますか?」
 それに対する答えなど決まっていたようで、即座に自信を持って彼は勿論です、と答えた。
「なるほど……あなたの返答はわたくしにとっての理想。実際にあなたはその信念を持ち、ポケモンと向き合ってその力を存分に引き出している」
 更に研究者は自らの信念を語った。
「繰り返しますが、わたくしはポケモンを強くするなら手段は何でもいいのです。人とポケモンの交流では届かない高みがあるなら、そこに心はなくても科学的アプローチのみで能力を発揮させてもいいのです。ですが、あなたはわたくしに可能性を見せてくれた! 科学の力を絆が超えたあの瞬間、わたくしはあなたの信念が偽りなどではなく、真実であると。あなたが勝つのか、プラズマ団が勝つのか。わたくしにとって、人とポケモンの関わりはどうあるべきかを決める戦いでもあるのです」
 科学的アプローチに交流による人的アプローチ。全く異なる文字通りの対極の勝負はキョウヘイが制した。科学の限界を人はあの瞬間、超えたのだろう。
 そして、とアクロマが更に続ける。
「非常に悲しいですが、わたくしの用意したゲノセクト達もどうやら軒並み機能を停止させてしまったようで。改めて人とポケモンの絆の強さには感服しました」
「ゲノセクト?」
 聞いた事も無い名前だった。アクロマは苦々しくその続きを口にする。
「えぇ。わたくしが復活させた古代のポケモンです。最も、科学的なアプローチをつけて強化し、その個体数を増やしたものを各ジムリーダーのいた町へ送りました。かつてプラズマ団は最後の最後の総力戦でジムリーダーの援護という予想外の戦力が現れましたので、その対策です」
 今、この男はさらりと恐ろしい事を口にした。とキョウヘイは思った。つまりジムリーダー達が救援に来ないのはそれも原因だった、という事だろうか。そう考えるとこの人物が恐ろしく憎く感じてしまう。
「わたくしはそもそも二年前の戦いは存じ上げません。この指示に関してはある人物による手引きです」
「ある人物……?」
「えぇ、その人物の名前は――」

『そこまでにしておきなさい、アクロマ。そこからはワタクシが説明致しましょう』
 モニターに突如として現れた黒の服を着た壮年の男。その後ろにはパックバッカーのような姿の男が見える。少なくとも、キョウヘイはパックバッカーへの認識はあった。
「イノスさん!」
『よぉ、悪いなキョウヘイ。このクソ野郎と話し込んでた』
 モニター越しで行われる会話。壮年の男があざ笑うようにその口を開く。
『イノス、ですか。いい加減に本当のことを教えて差し上げたらどうです? 元プラズマ三団長が一人、“コスティーツ”』
 瞬間、キョウヘイにはこの壮年の男が何を言っているのか理解できなかった。

プラネット ( 2013/06/07(金) 00:09 )