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途方に暮れるとはこの事だろうか。
幼馴染のチェレン、ベル、更に後輩のキョウヘイとヒュウの合計五人でプラズマ団の本拠地、プラズマフリーゲートに突入したまではいい。しかし、そこからは波乱の連続だった。
次々と無尽蔵と言わんばかりに襲い掛かるプラズマ団を前に分断を余儀なくされた。チェレン、ベルと離れ後輩二人を先へ送り出したのはいい。
そして、何とかこの場にいるプラズマ団を全て倒す事が出来たのも問題はない。
しかし、今現在考えている。ここからどこへ行けばよいのだろうかと。下手に動きすぎるとまたプラズマ団に発見され、二の舞になる。しかし早々にチェレンやベル、後輩達に合流したいのも現実だ。
リスクを犯してでも動くべきなのは言うまでもないだろう。プラズマ団と戦っていると二年前の事を常に思い出す。あの時は姉と一緒に旅をして、途中からは道を違え、互いは互いの夢のために走るのだろうと思っていた。
だがそれでも、最終的に旅の終着点は姉と同じ場所だった。そう考えると自分の旅はあの『N』と会うための運命付けられたものだったのだろうと今でも考えてしまう。姉がNを探すためにイッシュを飛び出す、と口にしたときは特別止めなかった。止める理由がないから、というのもあった。
しかしそれ以上に少し姉から離れてみたくなったのだ。ずっと一緒だったから嫌気が差したわけではない。それにNに会えたなら一発殴りたい。そういう気持ちが一切無いわけでもないから、是非姉にはNを見つけていただきたかった。
まぁ、そんな形で姉はイッシュの外へ飛び出て、自分は今まで通り研究者になるために日々精進している。ベルと一緒にアララギ博士の下で研究をずっと続けているが、つまらないなんて事はない。知らない事も多く知った。充実した二年だったのは言うまでもない。
それでも、プラズマ団が再び動き出したと知った時は勘弁して欲しかった。黒幕は恐らく、二年前の事件でも裏で糸を引いていたゲーチスに違いない。チェレンやベルと協力して打倒しようと思っていたが、予定外の事態に陥った。ヒオウギシティ出身の新人トレーナー三人がプラズマ団と既に幾度か交戦していたのだ。しかも既に因縁になるくらいのレベルで。その中でイノスさんと再会できた事は大きかった。
イノスさんはイッシュでも有数の実力者にして、こちら側の人間。しかも二年前の事件でも力を貸してくれた人物だ。信頼もできる。
しかし、それでも更に想定外の出来事が起きた。ホドモエの南に出来たポケモンワールドトーナメントの会場にプラズマ団が襲撃を仕掛けてきたのだ。
勿論、応戦したがその中でキョウヘイの妹であるメイがプラズマ団の策略に嵌り、海に投げ出されるという事態が発生した。勿論、プラズマ団を退けてから徹底的に探したのだが、それでもメイは見つからなかった。キョウヘイはそれを信じられないのか、それ以降は以前まで活発だった感情の起伏も一気に静まり返ってしまったのである。メイは死んでいない。オレもキョウヘイの考えには同意見だ。
それにもう一つ気がかりなのは少し前まで連絡が取り合えていた姉、クオレと一切連絡がつかなくなっている事。不安はあるが、あの姉の事だ。心配はないだろう。それに伝説のドラゴンポケモン、レシラムも一緒だ。殊更問題ないと思えた。
「……キュレム……」
目の前にある装置。その中に閉じ込められ、無理矢理力を行使されているように見える一匹のポケモン。伝説のドラゴンポケモンの一角、キュレム。
そして、今回プラズマ団が利用している存在。装置を破壊できないか辺りを見てみるが、機能を停止させるようなものはない。ならば、力づくでも装置を破壊するしかないという事だろうか。
モンスターボールに手をかけたその時だった。
「その装置は壊せぬよ、小僧」
声が更に続く。
「つまり、キュレムをそこから救い出す事は出来ぬ」
背を向けると一人の壮年の老人がこちらへ歩いてきた。この男は確か――
「ヴィオ……」
「久しいな、ハルト。しかし、諦めきれぬか」
「当然だとも。あんた達プラズマ団の好き勝手にさせるわけにはいかないからな」
ヴィオはその言葉を文字通りの敵対行為とみなしたのだろう。モンスターボールに手をかけた。
「なら、引導を渡すのがワタシなりの優しさなのだ」
その言葉と同時にヴィオのボールからポケモンが姿を現した。
「フリージオ……」
結晶のような姿をしたポケモンを見て気持ちを切り替える。この男を倒さなければ合流どころか後ろに居るキュレムをどうにかする事も出来はしない。
「出番だ、ブースター」
「ほぉ、暑いな……。ワタシの氷タイプにセオリー通りぶつけてきたか」
「御託はいいよ。始めようか」
「では参るとしようか。フリージオ、冷凍ビーム!」
「ブースター、火炎放射!」
炎と冷気。二つの力がぶつかり合い、直後辺り一面は水蒸気に包まれた。
◆
キョウヘイはプラズマフリーゲートを進んでいた。しかし、どうやら道に迷ってしまったらしい。
困ったな、と一人愚痴を零した。こちら側に下っ端が大して現れないのはヒュウ達がうまく足止めしてくれているからだろうか。真相こそ不明であるが、彼にとっては非常に大助かりだ。
何よりも自分のポケモン達にいらない負担をかける心配が一切無いからである。
「ワープパネル……?」
今回フリーゲートに突入した際にあったものと類似しているものだ。つまり、このワープパネルはこのフリーゲートのどこかへ繋がっているという事になる。
行くしかないか、と呟くとキョウヘイは意を決し、パネルの上に足を踏み入れた。
飛ばされた先は、外の光景が一望できる箇所。いわゆる操縦室というべき場所だった。そこに居座る一人の人物に彼は見覚えがあった。
「……アクロマさん」
「久しぶりですね、キョウヘイ君」
笑みを浮かべてこちらの突入を歓迎するアクロマ。この旅の中で幾度か遭遇した謎の科学者だ。しかし、彼のおかげでどうしようもない窮地から脱する事が出来たという事は否定のしようが無い。
真っ先に感じたのは怒りよりも関心だった。ポケモンの力を引き出す研究をしている彼とプラズマ団の行動には一体何の利益が一致するのだろうか。この場に居る以上、彼もプラズマ団の一員だという事は不回避であるのに真っ先に聞きたかった点である。
「あぁ、それですか。そうですね、こう説明いたしましょうか。わたくしは知り合いに頼まれて研究を手伝っていた。たったこれだけです。それにわたくしの望みは何よりもポケモンの能力を完全に引き出す事。それが出来るというのなら」
手段は何でもいいのです。
彼はそう平然と返した。更に続ける。
「あなた方トレーナーのように、心と心の交流でポケモンの強さを発揮させても、プラズマ団のように無慈悲なアプローチで無理矢理ポケモンの強さを引き出しても。その結果、世界が滅ぶとしても」
瞬間、キョウヘイはこのアクロマという人物がどれほど狂っているかを感じ取らざる得なかった。つまり、この人物は自分の知りたい事が完遂されるなら世界など知った事ではないのだ。きっと死に至る時に到達しても同じ事を口にするだろうとも直感で感じ取った。
以前は変な人だな、位にしか感じなかったが変な人ではない。狂っている。その一言に限る。
「それはさておき」
「?」
「わたくしがイッシュの各地で数多くのポケモントレーナーと勝負をしていたのはポケモンの強さを引き出せるか? その資質を見ていたからです」
そして彼はキョウヘイを指差し、
「そういう意味であなたはとても優秀です! あなたならわたくしの望む答えを教えてくれるでしょう」
「つまり、それは」
アクロマは無言で頷く。それ以上は口にしなくても分かった。ポケモンバトル。
それにより自分の研究の答えを彼は導こうとしているのだ。しかし、こうも口にした。
「勝負は一対一の形式。わたくしは現在一匹しかポケモンを所持しておりませんので」
その言葉にキョウヘイは耳を疑った。かつてポケモンワールドトーナメントやヒウンシティで彼とは戦った経験があるが、一匹しかいないという事は無かった。
「一匹しかいない? どういう事ですか?」
「ですから言葉通りですよ。先ほども言いました。わたくしは強さを引き出すためならばなんでもします。それがたとえ」
ポケモンを死に至らしめたとしても。
その突拍子もない一言にキョウヘイは絶句した。言葉も何も出てこない。
「研究の過程で耐え切れなくなりましてね。唯一耐え切ったのは一匹だけ。通常固体よりも非常に強力な固体に成長しました。相性の悪さなど関係ないと言わんばかりの強さを持ってますから、それなりに厳選してくださいね」
嬉々として口にするアクロマを見て、気持ち悪いと彼は思う。
しかし、アクロマをどうにかしなければ恐らくこの場からの離脱はできないだろう。彼がプラズマ団の一員である以上、この一室にも何かしらの仕掛けが施してあるのは当然だろうから。
「分かりました。では俺はこいつでいきます。出番だ、ケルディオ」
モンスターボールから出したポケモン。子馬のような姿をしたポケモンで、頭の鬣には青、橙色、緑と鮮やかな三色の毛が立っている。
「ほほぉ、ケルディオですか。珍しいポケモンをお持ちのようで。ではこちらは出番です、ギギギアル!」
アクロマがボールから繰り出したのは三つの歯車によって構成されているポケモンだ。しかし、通常ならゆっくり回っている歯車が、既に相当なスピードで回り続けている。臨戦態勢に既に入っているという事なのだろうかとキョウヘイは考えた。
「では始めましょうか。無慈悲な強さと心の強さ。どちらが正しいのかを。さあ、わたくしを満足させなさい!」
その一言が開戦の合図となった。