黒と白の螺旋
7
 戦局は言うまでもなく最悪である。
 そんな事はこの場にいる全員が理解していた。鎮座するキュレムのどちらが本物で、どちらが偽物なのかはどうでもいい。二匹のドラゴンポケモンが放つ威圧感にキョウヘイ達五人は完全に呑まれていた。プラズマ団との戦いに勝つために姿を見せたクオレでさえ、今は悔しそうな表情を浮かべている。
「さて、どうしましょうか」
 勝ち誇ったようにゲーチスが得意気な顔をする。フスティ、ジャスツィアにゲーチスだけならば十分なんとかなったはずだ。しかし相手はそれに加えてゼクロムを吸収したブラックキュレムに、レシラムを吸収したホワイトキュレムまでいるのだ。彼等三人を倒したところで、自らの勝機が揺らぐ事は無く、それをまた少年たちも理解している。
「まぁ、こうなっちゃしまいだよ。せめて鬱憤晴らす感じでバトルしようや」
 と、口にしたのは三団長の一角であるフスティだ。
「アンタ、何敵にハッパかけてるのよ」
「ケッ。俺はただ俺の信条で戦いたいだけだ。その後なんざどうでもいい。ただバトルするなら思いきり、を信条としてるんでな。きな臭い感じでやりたくないだけだよ」
「敵からすれば今の状況を考えただけで随分なお節介よ、それ」
 と、ため息を零しながらジャスツィアが呆れるように口走った。
「あっちはやる気満々……か。正直、あの二匹のキュレムをどうにかしないと」
 と、クオレが二匹のキュレムを見る。念には念を入れて準備はしてきたつもりだった。しかし、いざこの現実をまざまざと見せ付けられると厳しいものを感じる。
 それとほぼ同時にキョウヘイのモンスターボールの一つがガタガタと震えると、ケルディオが姿を見せた。アクロマとの一戦のダメージが体中に残る状態でありながら、勇ましい姿を少年達に見せ付ける。
「ケルディオ……。そういえばアナタはそんなポケモンを持っていましたね」
 ゲーチスが余裕気に口にする。ケルディオはゲーチスに構う事はせず、二匹のキュレムを睨み、特攻を仕掛けるようにアクアジェットで駆ける。勿論、そんな攻撃は技を使うまでも無いと言わんばかりにその豪腕だけであっけなく弾かれる。しかし、ケルディオは諦める事はなく、果敢に挑みかかる。
 Nが口を開く。
「諦めるな」
「え?」
「ケルディオは諦めるな、と口にしたんだ」
 今のケルディオはどんなに攻撃を弾かれても、諦めずに攻め立てる。少年達を激励するように。戦う前から負けるな、と言うために。
 Nが続けてケルディオの言葉を口にする。
「キョウヘイ、ケルディオはこう言っている。『聖剣士と共に戦うと認められた同志がこんなところで諦めてはいけない。僕達はキミと戦うために、キミと共に行くと決めた。だから決して諦めるな。たとえ相手が何者であったとしても』」
 幾度の交戦で分かっていたはずだった。どんな絶望的な状況からも諦める事はなく、持ち前のポリシーと戦略で打開してきた事を。
 ケルディオはずっとキョウヘイと共に歩いてきたのだ。そんな彼の姿をずっと見てきたのだ。そんな相棒と呼ぶべき存在がこう奮起しているのだ。諦めるなんて情けないと自らを奮い立たせる。
「そうだった。こんなところで諦めるなんて選択はあっちゃいけない」
 隣に並び立つ。目は死んでいない。
「思えは俺が君と出会ったのも何かの運命なのかな。そうだとも、相手が圧倒的な力を持っている伝説のポケモン? 関係ないね、俺は戦うさ。大事な妹とこれからもバカみたいに毎日を謳歌するためにこんなところで負けるわけにはいかないのさ!」
 その言葉にケルディオは苦笑いを浮かべ、メイは赤面し、クオレ達は呆れた。それでも、再び沸き起こるその強い意志は伝染するようにその場にいた全員に力を与える。
「後輩がここまで頑張ろうとしてるんだ。オレ達が諦めるわけにはいかないね」
「当然よ。ね、N?」
「あぁ。大事なモノを失うところだったよ。それを失う前に気付かせてくれたトモダチに感謝しなければ」
 その一方でゲーチスは気に入らなかったようで舌を打つ。一度は完膚なきまでに折れたはずの心をこうも再生されては気に食わないというのも至極当然だ。だが、この展開を図らずも望んでいたフスティにとっては嬉々とすべき場面である。
「クオレさん、ハルトさん。キュレムは俺がなんとかします。なので」
「分かってるわよ。でもアンタ一人じゃ流石に不安だからさ」
 アンタも行きなさい、とメイに声をかける。メイもその指名には驚いたが、直後にその意味を汲み取ると首を縦に振り、キョウヘイの隣に立つ。
「お兄ちゃん、私も戦うから」
「メイ、あまり無理するなよ。お前に何かあったら俺、母さんに顔向けできないんだから」
「大丈夫だって。相変わらず心配性だなぁ、お兄ちゃんは。私にだってお兄ちゃんみたいに頼りになる仲間がいるんだから!」
 自信ありげにメイは口にし、二人は伝説のドラゴンポケモンと対峙する。

「さて、あっちはラブラブな兄妹に任せるとして」
 ハルトがフスティに目をやる。フスティも察したのか、静かに手招きした。
「N、アンタはどうするの?」
「ボクはゲーチスを止める。だからあの二人はキミ達に任せたい」
 曲がる事のない決意を帯びた眼。それを見たクオレは静かにNの肩を叩くと、お願いと口にしてハルトの隣に並び立った。
 Nがゲーチスに目線を向ける。
「良いでしょう。ならばアナタから始末する事に致しましょう。アナタのような親不孝者をいつまでも放置しておくのも癪でしたから」
 ゲーチスのボールから姿を現す三つ首の竜、サザンドラ。二年前、満身創痍ながらも四人がかりで倒したゲーチスの切り札にして化け物でもある。
「ボクに力を貸してくれ。頼むよ、トモダチ」
 その言葉と共にモンスターボールから一匹のポケモンを繰り出す。彼と半生の刻を共に過ごした化け狐ポケモン、ゾロアーク。
「サザンドラ、竜の波動!」
「ゾロアーク、ナイトバーストだ!」
 三つ首の竜が各々の首から球体の波状攻撃を発射する。それと同時にゾロアークの手から放たれた二重三重の黒い螺旋の波が三つの竜の波動と激突した。
 王と臣。親と子の決戦の幕が上がった瞬間である。
「おっぱじめたな。ようやくか」
「よく言う」
 ゲーチスとNの対決の幕が上がったのを見物するフスティの傍ら、そんな彼を睨みつつジャスツィアが口を開いた。始めからこうなるように誘導していたように傍から見ると思えるが、実際彼にそこまでの策略や考えなりが至るような人柄でないのは皮肉ながらも長年の付き合いで分かっているつもりだ。
「で、わたしらの相手はアンタ達って事」
「そういう事。決着を着けましょうよ、ジャスツィア」
「いいねぇ。滾ってくる」
「うっさいわね、筋肉バカ」
「姉さん、二年ぶりのタッグだけど問題は?」
「一切なしよ」
 クオレとハルト。フスティとジャスツィア。二年越しの因縁に終止符を打つために両者が動き出す。



 一方でジャイアントホールの地底密林ではN派とゲーチス派の交戦が続いていたが、戦局がここにきて大幅に狂い始めていた。
 ゲーチス派首領アクロマがフリーゲートの甲板からその姿を見せてまではいい。そこから異常というべき行動を起こした。敵味方区別なく一斉に攻撃を仕掛けだしたのである。そんな彼の隣に佇むアリのような姿をし、背に大砲をつけたようなポケモン。そのポケモンの一撃は全てが重い。一回の攻撃で何十の命が無残に奪われたのだろうか。この地獄のような場所にいた者は既に数える事を止めた。
「ムーランド、ギガインパクト!」
 再び攻撃を放とうとしたところでチムーランドの攻撃が襲い掛かる。そのポケモンも回避を取らざる得なかった。アクロマが指示のあった方を向く。そこにはチェレンとベルの姿。
「いいだろう。ゲノセクト、お前の力を試すにはそれなりの相手だ」
 ゲノセクト。それがこのアクロマの隣に付き添うポケモンの正体。二人も既に目の前に立つポケモンの危険性を本能的に悟り、目つきを鋭くする。
「ベル、気をつけなよ。アレは色々と危険だ」
「チェレンこそ。気をつけてね」
 ベルはその言葉と共にハミングポケモンのチルタリスをボールから出した。
「チルタリス、ゴッドバード!」
「ムーランド、ギガインパクト!」
「ゲノセクト、テクノバスター」
 三者の攻撃がぶつかり合う。

 その様子は未だフリーゲートの奥部、ゲーチスの部屋にいたヒュウとイノスにもモニタリングで把握できていた。戦局は非常に危うい状況である。
 第一撃まではいいにしても、直後ゲノセクトが放った二発目のテクノバスターを受け、一撃の下にムーランドとチルタリスの両者が戦闘不能に追い込まれたからだ。
「拙いな、これは」
 苦虫を噛むような表情を浮かべるイノス。それを見たヒュウが、
「行きましょう、イノスさん」
 レパルダスは未だ警戒心を緩めない。しかし、敵意が無いのを察したのか攻撃に関しては既に行う気が無い様子だ。と言っても、それはあくまで二人が余計な動きをしないまでの間の話だろう。
「いや、ヒュウ。お前はここにいろ。レパルダスはまだ完全に警戒心を解いていない。レパルダスの心を解すにはお前の力が間違いなく必須だ」
「でも、アレは」
「あぁ、分かっている」
 正直厳しいだろうと心苦しそうに口にした。一方で、あのアクロマはさっきモニターでキョウヘイと一緒にいたアクロマとは何かが違うと感じたのだ。勿論先入観に過ぎず、ただの勘である。
「でもアレは止めなければならない。アレは恐らくかつてプラズマ団が計画し、Nが計画の凍結を宣言した事で葬られたはずのポケモンだからだ」
「葬られたはず……。アンタら、とことんとんでもない連中だったんだな」
「まぁな」
 ヒュウの言葉に自虐するような態度を取る。既にそうする他何も出来ない。
 彼は当事者の一人でもあったはずだが、今現在においては完全に部外者でもあるのだから。しかし、王の忠臣である以上、あの存在――ゲノセクトは自らの手で止める必要があった。
「じゃあ、行って来る」
「……気をつけて」
 幼き少年に別れを告げ、イノスがワープパネルに足を踏み入れる。飛ばされた先はフリーゲート内の廊下。さっきのアクロマの部屋に行けば何かが分かるかも知れない。
 合流はその後だ。研究者のいたはずの部屋へ向け走り出した。
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プラネット ( 2013/09/13(金) 00:46 )